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2011年7月

2011年7月30日 (土)

林家正雀・桂文我/新橋たっぷり寄席 -大阪出張ー

7月29日(金)カタログハウス大阪店へ。

Shin1

  • 林家正雀/町内の若い衆
  • 桂 文我/豊竹屋
  • 林家正雀/「真景累ヶ淵」より”豊志賀〜お久殺し”

Shin3

文我さんはネタが短めなので、マクラで枝雀師匠のエピソードをたっぷり。枝雀さんは東京の八代目・正蔵(後の彦六。正雀さんの師匠)のことが大好きで、自宅に伺った時に苦手だったコーヒーを出され、飲んでみたら好きになったとか。

また凝り性だった枝雀さんは一時期、グラタンばかり食べていた。ある日、テレビ番組でホットプレートを当てて持ち帰り、上等な肉を使って昼に焼きそばを作ったら美味しかった。「師匠、夕ご飯は何にしましょう?」と当時内弟子修行中だった文我さんが尋ねると、「そうね、焼きそばにしようかな」それから約1ヶ月間、文我さん、九雀さんとともに毎日焼きそばを食べ続けた。またコーヒーフロートに凝った時は上に浮かぶアイスクリームを崩さず食べることに「美学」があるんだと言い、後に同じ趣向をコーラフロートでも試みた。

カラオケに夢中になった時は「達者でナ」(三橋美智也)、「憧れのハワイ航路」(岡晴夫)、「ギザギザハートの子守唄」(チェッカーズ)、「野風増」(河島英五)などを得意にしていた。

枝雀さんは歩きながら落語の稽古をした。文我さんがアイロンを掛けている周囲をぶつぶつ呟きながら廻り、そのままふっと外出した。すると車軸を流す雨が降り出し、文我さんが傘を持って表に迎えに出ると、雨宿りするでもなく、びしょ濡れになりながら腕を組み「住吉駕籠」の稽古をしつつ坂を上ってくる師匠の姿に出くわした。

浄瑠璃は女義太夫の竹本角重(かくしげ)おっしょさんの所に習いに行った。浄瑠璃のレコードを聴きながら「名人は時代を超えるな」と涙を流したこともあった。……といった内容で、興味深く傾聴した。

正雀さんを初めて聴いたのは「水神」で、このネタが詰まらなかったので印象が悪かった。でも一度聴いただけでその人の評価を下してはいけないと想い、今回の落語会に臨んだのだが、漸くその醍醐味を理解出来た。端正でありながらシャキシャキっとして気っ風がいい。そして年増の女性を演じるのが上手い(若い女性はいまいちだけど)。

町内の若い衆」はシュールなサゲが秀逸。面白い!

三遊亭圓朝・作の怪談「真景累ヶ淵」は背筋がゾクゾクッとした。豊志賀の顔に腫物が出来、これがどんどん腫れてくる。それを巧みな語り口と表情の変化で迫真の演技!

最後は軽く江戸小噺(お天道さま、お月さま、雷さまが旅する噺)をされて〆。聴き応えのある会だった。

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第七回 なんことけいこ 〜夏祭りスペシャル〜

7月23日(土)、動楽亭へ。 

N1

  • 春野恵子/浪曲 両国夫婦花火
  • 旭堂南湖/講談 夏祭浪花鑑
  • 「トークコーナー 恵子のギモン ~なんこ兄おしえて!~」
  • 春野恵子/河内音頭 高田馬場 (太鼓・みゆき、三味線・一風亭初月)

客の入りは23人。

春野さんは花火の三尺玉を実際に見るために、京都・福知山まで出かけた逸話などを話され、ネタへ。大阪でこれだけ大きいものには、中々お目にかかれないそう。

南湖さんの講談はこれから面白くなりそう、というところで終わってしまい残念!続きが聴きたい。

春野さん初挑戦という河内音頭は太鼓の音も賑やかで愉しかった。

とても夏らしい会で、開放的で高揚した気分となりつつ会場を後にした。

Haru

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2011年7月29日 (金)

大植英次/大フィル 待望のマーラー交響曲 第4番

兵庫県立芸術文化センターへ。

Eiji

大植英次/大阪フィルハーモニー交響楽団(コンサートマスター:崔 文沫)で、

  • モーツァルト/歌劇「ドン・ジョヴァンニ」序曲
  • シェーンベルク/浄められた夜(浄夜)
  • マーラー/交響曲 第4番(ソプラノ:ハイディ・エリザベス・マイヤー)

ワルツに彩られた、このコンビによる7月定期のテーマは「」だった。

そして今回は「」。「浄められた夜」の作品番号は4。そして「ドン・ジョヴァンニ」は「死」で始まり、「死」で終わるオペラである。

浄められた夜」が作曲されたのは1899年、シェーンベルク25歳の時である(初演は1902年)。彼が無調の楽曲を書くのが1908年、十二音技法を確立するのが20年頃なので「浄められた夜」は後期ロマン派の芳醇な香りを漂わす、耽美的調性音楽となっている。

一方、マーラー/交響曲第4番が完成したのが1900年(初演01年)なので、両者はほぼ同時代の作品と言えるだろう。

ジョン・ジョヴァンニ」序曲は初っ端から軟らかい響きに魅了された。しなやかなモーツァルト。

浄められた夜」は大フィル自慢の弦が文句なく美しい!ビロードの響き。

プログラムの全てが対向配置。前半は暗譜だったが、後半のマーラーは大植さんとしては珍しく、スコアを見ながらの指揮。「浄められた夜」は指揮棒なしで、マーラーは短めの指揮棒。なんだかバーンスタインがウィーン・フィルを振って同曲を演奏した時のものに似ていた。

軽やかに開始される第1楽章は第2主題の登場でグッとテンポを落とす。そして唐突なクラリネットの叫びを強調。また時折たっぷりの「間」を置く。

一音高く調律した独奏ヴァイオリン(持ち替え)が不気味な死神を表現する第2楽章は鋭いリズムが特徴的。中間のトリオでは一転、遅いテンポで曲の歪さを明確に示す。

穏やかに歌う第3楽章は寂寞としたオーボエ・ソロが印象的。また最後のティンパニの強打が腹に響く。

そして「天上の世界」を描く第4楽章は夢見るような歌声と、オーケストラ単独による鋭く激しい合いの手の呼応、コントラストが鮮烈。

マーラーの多面性、躁鬱気質(感情的振幅の激しさ)が白日の下に晒される快演であった。

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2011年7月27日 (水)

月亭遊方のゴキゲン落語会(7/21)

ワッハ上方4階・小演芸場へ。

月亭遊方さんワン・アンド・オンリーの会。客の入りは34人。

  • 開幕前戯噺(遊方の日常あれこれ)
  • 報労金(遊方 作)
  • パンチ・パンチ・パンチ!(遊方 作)

まず遊方さんは着物・ファッションデザイナー、紫藤尚世(しとう ひさよ)さんのショー@東京でモデル・デビューを果たされたエピソードを披露。なんとこの方は34歳年下の男性と結婚されているとか。

続いて朝6時からお寺で口演されたこと、ツイッターを始められたこと(アカウントは @tsukiteiUFO )などの話題を。

報労金」はネタおろしの会「できちゃったらくご!」で初演以来、二回目。まぁこれは今後の発展を期待するということで。

パンチ・パンチ・パンチ」はボクシングの噺で「あしたのジョー」や「ロッキー」へのオマージュ。古典落語「花筏」のパロディにもなっている。輪島功一さんの「かえる飛び」戦法や「よそ見パンチ」等のエピソードをマクラに。抱腹絶倒、すごくいい!パンチの応酬になるクライマックスでは、「シュワ、シュワッ!」という陰の効果音(声による擬音)をわざわざ笑福亭鶴笑さんが来られて担当された(ノーギャラの友情出演?だそう)。これが絶品。遊方さんによると鶴笑さんは初演でも効果音を担当。後に別の噺家がしたこともあるが、どうもしっくり来なかったそう。滅多にお目にかかれない、大変貴重な体験をさせて貰った。

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2011年7月25日 (月)

マーラー「夏の交響曲」〜大野和士/京都市交響楽団 定期

7月24日(日)、京都へ。

「馳走いなせや」で昼食。丹波地鶏や縁高に盛り込んだ季節の品々に舌鼓を打つ。

Kyo3

時間が余ったのでイノダコーヒー本店へ。

Kyo2

いい感じ。

そして最終目的地、京都コンサートホールに到着。

Kyo

フランス国立リヨン歌劇場主席指揮者として活躍する大野和士さんの指揮、京都市交響楽団および、京都市民合唱団(女声)、京都市少年合唱団で、

  • マーラー/交響曲 第3番

チケットは発売数日で早々に完売。期待の高さが窺われる。

アルト独唱は当初、小山由美さん(ドイツ・シュトゥットガルト在住)が予定されていたが、体調不良のため手嶋眞佐子さんに変更になった。

マーラーは当初、各楽章に副題を付けていた(後に削除)。

第一部 序奏「牧神(パン)が目覚める」(8本のホルンが奏でる第1主題) 第1楽章「夏が行進してくる(バッカスの行進)」 

第二部 第2楽章「野原の花々が私に語ること」 第3楽章「森の動物たちが私に語ること」 第4楽章「夜が私に語ること」 第5楽章「天使たちが私に語ること」 第6楽章「愛が私に語ること」

マーラーは夏期休暇をアッター湖畔のシュタインバッハで過ごし、この交響曲もそこに建てられた小さな作曲小屋で生み出された。

どんどん高みに上って行くかのような終楽章について、大野さんはプレトークで、ゲーテの「ファウスト」 第二部 最後に登場する「永遠に女性的なるものがわれらを高みへと引き上げ、昇らせてゆく」という詩に恐らく呼応しているだろうと仰っていた。

第1楽章からリズムに切れがあり、弾ける。音楽は躍動し、終盤の加速が凄かった。

第2楽章は軽やかでスマート。透明感があった。

第3楽章は研ぎ澄まされた音で、澄み切った高原の空気が感じられた。音楽は洗練され、爽やかな風が通り過ぎる。

アルト独唱が登場する第4楽章はまどろみ、夢見る。

そして天使(児童合唱)が歌う第5楽章を経て、第6楽章では自分のヨゴレが浄化されるよう。最後は清清しい光が差し込んでくる風景が目の前に広がっていった。「嗚呼、人間マーラーを抱きしめたい!」そんな愛おしさを感じた。

「世紀末」「病的」「爛熟」「退廃」という文脈で語られることが多いマーラーの音楽だが、大野さんの解釈はそれとは無縁で、むしろ健康的な夏の開放感、魂の清らかさがあった。こういうマーラーも新鮮で素敵だなと想った、真夏の昼下がりであった。

それにしても京響の金管はよく鳴って気持ちがいいね!安心して聴ける。日ごろ大フィルの頼りない金管(特にトランペット)にハラハラさせられっぱなしなだけに、羨ましかった。

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2011年7月23日 (土)

スピリチュアルな響き~いずみシンフォニエッタ大阪 定期

7月15日、いずみホールへ。

飯森範親/いずみシンフォニエッタ大阪を聴く。

  • 川島素晴/牧神幻想
    ~ドビュッシー、ラヴェルが描く牧神達の午後(初演
  • メシアン/天上の都市の色彩(ピアノ独奏:碇山典子)
  • クセナキス/フレグラ
  • 西村 朗/虹の体

先だって恒例のロビー・コンサートあり。12名の金管アンサンブルでヘイゼル/「三匹の猫」から二曲。ヘイゼルはフィリップ・ジョーンズ・ブラスアンサンブルのアルバム・プロデューサーを務め、この曲も彼らのために書かれた。綺麗で優しい曲とJAZZっぽくて格好いい曲。

川島さんの新曲は「牧神の午後への前奏曲」を中心に、ドビュッシーのフルート無伴奏独奏曲「パンの笛(シリンクス)」や、ラヴェルの「ダフニスとクロエ」、さらにドビュッシーの継承者と言える武満徹の「鳥は星型の庭に降りる」を加味したもの。

冒頭でチベット仏教で使用される「シンギングボウル」=鈴(リン)が使用されたが、これはプログラム最後の「虹の体」とリンクし、円環する仕組みとなっている。

川島さんと西村さんのプレトークによると、「牧神の午後への前奏曲」の主題は増4度が用いられているが、これはトリトヌス(悪魔の音程)と呼ばれ、中世ヨーロッパでは禁忌とされていたそう。トロンボーンがマウスピースだけでこの主題を吹く場面も。

時空を超えた作曲家たちの饗宴。幻夢的で印象深かった。是非また聴きたい。

メシアンは弦なし。ピアノと3本のクラリネット、そして6人の打楽器奏者による鳥の歌、そして金管のコラールとの対話。不思議な編成。神秘的。

フレグラ」はヴァイオリンからコントラバスまで弦4人、そして木管金管各パート1名ずつで計11人のアンサンブル。ギリシャ神話に登場する神々の戦いを描くが、モーレツで面白い。なんだか動物園でトラ、ライオン、ゾウ、ヒヒなどが一つの檻に閉じ込められてぎゃーぎゃー騒いでる光景を連想した。飯森さん曰く、「(クセナキスは)変人ですね」

プログラム最後は西村さんの「虹の体」。チベット仏教において修行を積み、高い悟りに至った行者の魂は、その死後永遠の光となり、肉体も虹の輝きを放ち昇華して消えるとされる教義への憧れをこめたもの。色彩豊かな響きで聴いていて気持ちが良くなった。これって仮想解脱?音楽によるバーチャル神秘体験かも(笑)。

というわけで楽器編成もさまざまで、小難しい「現代音楽」ではなく、退屈しない会だった。

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2011年7月22日 (金)

蘭寿とむ 主演/宝塚花組 ミュージカル「ファントム」

宝塚大劇場へ。

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宝塚花組によるミュージカル「ファントム」を観劇。

Fa2

僕は今までこのミュージカルを4回観ている。

2004年宙組(和央ようか、花總まり、樹里咲穂、安蘭けい)の宝塚大劇場公演および東京公演、2006年花組(春野寿美礼、桜乃彩音、彩吹真央、真飛聖)、そして2008年大沢たかお主演版である。

「ナイン」「タイタニック」で知られる作曲家モーリー・イェストンの手によるこの作品が、本国アメリカでどういう不幸な運命を辿ったかは上の記事に書いたので、ここでは繰り返さない。

今回は蘭寿とむのトップお披露目であり、新曲2曲が加わった(宝塚初演でも”僕の悲劇を聴いてくれ”《Hear My Tragic Tale》 というオリジナル曲が書かれている)。蘭寿さんは歌とダンスに定評のある人なので、今回も文句なし(彼女は宝塚音楽学校時代、入学から卒業まで一度も主席の座を渡さなかったことで知られている)。特に伸びる高音に聴き惚れた。

ヒロイン・クリスティーヌ役の蘭乃はなさんは歌がちょっと……。でも美人だから許しちゃう(美は、他の価値感全てを超越する)。それにしてもこの役は、どうしても宙組・花ちゃんの可憐な姿を想い出してしまうんだなぁ。

特筆すべきはキャリエール(前支配人)を演じた壮一帆さん。低音の魅力が絶大。初演の樹里さんは特に銀橋でエリック(ファントム)との2重唱がショー・ストップの名歌唱で、感動の涙を流したものだが(だから東京まで追いかけて行った)、あれに引けをとらない素晴らしさだった!

カルロッタ役の桜 一花さんもコミカルで愉しませてくれた。フィリップ・ドゥ・シャンドン伯爵役の愛音羽麗さんは今一つパッとしない。

中村一徳の演出は、初演時よりだいぶ改善された。

例えば初演の幕切れでは、白いゴンドラをファントムが漕ぎ、その足下に座ったクリスティーヌが幸せそうに笑っているというものだった。「ファントムは死に、クリスティーヌは生きているのに、なんじゃこりゃ~!」とズッコケたものだったが、現在ではこの矛盾は解消されている。

また、幼子を抱く母親の巨大イラスト(漫画)がドド~ンと登場した時には「こ、これはベルばらか!?」と悶絶し、頭を抱えたものだったが、それも今回なくなった。元々台本と音楽は優れているし、今では「エリザベート」と並ぶ宝塚の代表的演目になったと胸を張って言えるのではなかろうか?

そうそう、それから”踊る指揮者”マエストロ・塩田明弘がタクトを振られていたので驚いた。はやり一流の人が指揮台に立てば、オケの音も引き締まり、生き生きと鳴る。見違える様だった。

必見。

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2011年7月21日 (木)

大植英次/大フィル、爆演の「チャイコフスキー・セレクション」!

7月20日、ザ・シンフォニーホールへ。

Tcha

大植英次/大阪フィルハーモニー交響楽団で、オール・チャイコフスキー・プログラム。

  • 歌劇「オプリチニク(親衛隊)」より第4幕"ダンス"
    (ミステリーピース)
  • ピアノ協奏曲 第1番
  • 交響曲 第4番

ミステリーピースは農民舞曲風。チャイコフスキーにこんな愛らしい曲があるとは知らなかった。曲名当てはクイズになっており、7月28日にHPで正解が発表された。

ピアノ協奏曲 第1番の独奏はドイツ生まれのマキシム・ベッケルマン、22歳。ハノーファー音楽演劇大学で大植さんに指揮法を学んでいる。時折ミス・タッチがあり荒削りなところもあるが、豪腕の持ち主で、リヒテル、ベルマン、ブロンフマンらロシアのピアニストの流れを汲む剛直なダイナミズムを感じた。

第1楽章はピアノとオケの息がぴったり。丁々発止で力強い演奏が展開された。抒情的な第2楽章は繊細でニュアンス豊か。また速い中間部は爽快なドライブ感が魅力的。第3楽章では大植さんが指揮台で踊り、時々身を乗り出して鍵盤を覗き込む。今まで聴いたことがないくらいのスピード感で、またテンポをどんどん動かす。

そして交響曲 第4番はとんでもないチャイコフスキーが待ち受けていた。

第1楽章冒頭から大植さんは唸り声を上げ、音楽は引きずるように進行する。そしてその後、加速したり急激に減速したりしながらテンポは目まぐるしく変化する。奇っ怪で濃厚な解釈。定期演奏会でのマーラー/交響曲 第5番を想い出した。

チャイコフスキーは躁鬱病だった。例えばパトロンであるフォン・メック夫人に当てた手紙「人生は憂鬱な現実と、儚い夢の交替に過ぎない」という言葉からもそれが伺われる(往復書簡は13年間で1200通に及んだ)。作曲家の極端な気分の変化が今回、白日の元に晒されるかのように感じられた。そしてその性向はマーラーにも共通するものである。

第3楽章スケルツォは軽快。管楽器だけのトリオは「突然酔っぱらいの農夫が現れ、街の歌が聞こえる。遠くで軍楽隊が通り過ぎる」(by チャイコフスキー)という情景が描かれているが、その金管アンサンブルは滑稽で切れがある。その後に再現される弦のピチカートでは大植さんは手を振らず、首だけで指示を飛ばす。しかし大フィルの弦楽セクションは一矢乱れぬアンサンブルでそれに応える。

そして爆走する第4楽章!「これはロシアのオケか?」と錯覚するくらいのド迫力。ムラヴィンスキー/レニングラード・フィルの「ルスランのリュドミラ」序曲を思い出したくらい。途中、やはりテンポは変幻自在で大植さんはやりたい放題。錯綜する感情。ブルックナー張りのゲネラル・パウゼ(全休止)ではたっぷりの間。チャイコフスキーに対してこれだけ自由になれるって凄いわ。

いやぁ、痛快!(いい意味で)ストコフスキーもびっくりの怪演。僕はゲラゲラ笑いながらこのコンビに対し、やんや、やんやの大喝采を送った。

僕は2006年9月3日に神戸国際会館でこのコンビによるチャイコフスキー/交響曲 第4番を聴いている。その時はイン・テンポで比較的オーソドックスな演奏だった(正直、それほど面白くはなかった)。しかし、それから5年後の今回は同じ演奏家とは到底信じられないくらいの変貌ぶり。それはフェスティバルホールで聴いたマーラーの5番と定期のそれが全く別物だったのに似ている。大植英次、予断を許さない男である。

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2011年7月20日 (水)

Shall We ダンス!~大阪交響楽団 定期

7月13日(水)、ザ・シンフォニーホールへ。

Dance

キンボー・イシイ=エトウ/大阪交響楽団 定期演奏会を聴く。

  • バルトーク/舞踏組曲
  • セジョルネ/マリンバと弦楽のための協奏曲
  • コッペル/マリンバ協奏曲
  • ラヴェル/ラ・ヴァルス

マリンバ独奏はボストンを拠点に活躍する大茂(だいも)絵里子さん。

舞踏組曲は滅多に実演を聴く機会のない作品であり、嬉しかった。小躍りしたくなるようなワクワク感。リズムは泥臭い。その土俗性は大栗裕の「大阪俗謡による幻想曲」を連想させる。そういえば朝比奈/ベルリン・フィルが「大阪俗謡」を演奏した時、”東洋のバルトーク”とドイツの新聞に評されたんだった。

マリンバの音は生で聴くと特に低音に豊かな倍音があり、深みを感じる(CDでは倍音の一部がカットされてしまう)。

セジョルネ(1961-)はフランスのリモージュ生まれ。曲は2006年リンツで開催された国際マリンバ競技会のために作曲されたもの。現代作品だが、親しみやすい調性音楽。第1楽章はミシェル・ルグラン作曲「シェルブールの雨傘」を彷彿とさせる叙情性があり、打って変わって賑やかな第2楽章はジプシー キングスのノリ。フレンチ・ジャズとフラメンコの融合。いい。

デンマークの作曲家コッペル(1947-)は元々ロック・ミュージシャンだったとか(若い頃、兄とサイケデリック・ロックバンド「サベージ・ローズ」を結成)。1995年にルクセンブルクで催された国際打楽器競技会の委嘱で書かれた曲。第3楽章はしっかりとしたソナタ形式になっている。ノリがよく、これぞクロスオーバー(crossover)という感じ。変で面白い。

大茂さんのアンコールはマスカーニ/歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」間奏曲だった。

ラヴェルの「ラ・ヴァルス(=The Waltz)」を僕が初めて聴いたのは高校生ぐらいの頃だろうか?なんだか全体に霧がかかってもやもやっとした、捉えどころのない音楽という印象であった。今回生で聴いて感じたのは、ラヴェルは印象派と一般に言われているけれど、この曲に関する限り一番近いのはピカソのキュビスムではなかろうかということ。ワルツの旋律の断片が現れては突如中断され、また別の旋律が登場する。それらのピースがモザイクのように組み合わされ、一部では重なり合い、立体的に全体が構成されている。ちなみにピカソが「アビニヨンの娘たち」を描いたのが1907年、ラ・ヴァルスが完成されたのは1919年であった。また、曲の断片がピョンピョン切り替わっていく様はレコードの針飛びにも似ている。レコードもラヴェルの時代にはあったわけで、そういうイメージも内包されているのかも知れない。

キンボー・イシイ=エトウの指揮は明快。あっけらかんとして陰影はないけれど、今回のプログラムには似合っていたと思う。

また同じコンビで7月17日(日)に名曲コンサートを聴いた。特にモートン・グールド/アメリカン・シンフォネット 第2番がJAZZが盛り込まれた小粋な音楽で気に入った。第2楽章「パヴァーヌ」のミュート・トランペットも良かったな。

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2011年7月16日 (土)

林家のご先祖様の落語会

繁昌亭へ。

Haya

パンフレットによると、林家の系図は下のようになる。

  • 林家玉蘭ー林家蘭丸
  • 初代正三ー初代菊丸ー二代菊丸 ー初代花丸
                          |
                                                   ー初代染丸

蘭丸の作として「天下一浮かれの屑より」(紙屑屋)、「浮かれの掛取り」、「龍王(竜宮)界龍の都」(小倉船)、「月宮殿星の都」などが知られている。

しかし、玉蘭と蘭丸について文献に記載はあるが、実在さえ証明されていないそうだ。

初代染丸は幕末から明治二十年代まで活躍したが、没後は名跡が絶えていた。二代目を継いだのは三代目笑福亭松鶴一門の松喬で、その一門から現・四代目へと続いている。

さて、今回の演目は、

  • 桂阿か枝/子ほめ
  • 林家染弥/浮れの掛取り(蘭丸 作)
  • 林家染二/不動坊火焔(菊丸 作)
  • 林家花丸/月宮殿星の都(蘭丸 作)
  • 林家染丸/堀川猿回し(菊丸 作)

阿か枝さんは活舌と気風がいい。約17分。

染弥さんは女性の演じ方に難あり。夫婦の会話が男同士に聞こえる。狂歌、浄瑠璃、歌舞伎、喧嘩などあの手この手で借金取りを撃退。

染二さんは軽妙な高座。リズミカルでコミカル。

花丸さんは奇想天外な噺なので、「ついて来られるところはついて来てください」と。緩い構成の細部に工夫を凝らし、自在に洒落のめす。宝塚歌劇団のパロディ(天の川歌劇団)も登場。ミュージカル「エリザベート」の看板を書き損じて「エリザベーソ」に。明るく賑やかで花丸さんのニンに合っていたが、唯一不満だったのは宝塚の「大階段」を「だいかいだん」と喋っていたこと。花丸さん、正しくは「おおかいだん」です。なお余談だが、あと宝塚用語で間違いやすいのに「銀橋」(ぎんきょう)がある。

堀川猿回し」は親不孝な息子二人の噺。演じ方によっては後味悪い内容だが、染丸さんは巧みな話術で嫌味なく、明るい笑いへと転化させた。特にこの人は年増の女性を描かせると絶品で、オバン(母親)には参った!肩の力を抜いた、はんなりした芸を堪能。

林家らしくハメモノ(お囃子)がふんだんに盛り込まれ、実に愉しい会だった。

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2011年7月15日 (金)

テーマは3!〜大植英次/大フィル 定期

7月14日(木)、快晴。

Dai1

ザ・シンフォニーホールへ。

Dai2

大植英次/大阪フィルハーモニー交響楽団の定期演奏会を聴く。

プログラムは、

  • クレンペラー/メリー・ワルツ(日本初演)
  • ベートーヴェン/三重協奏曲
  • ラヴェル/ピアノ協奏曲
  • R.シュトラウス/歌劇「ばらの騎士」組曲(ロジンスキー編集

今年2月、大フィル定期のテーマは

そして4月のテーマはだった。

そして今回は。冒頭と掉尾を飾るのがワルツ(拍子)で、間にトリプル・コンチェルトを挟む。また、名指揮者オットー・クレンペラーの「メリー・ワルツ」はオペラ「目的地」(Das Ziel)のために作曲された音楽。つまりプログラムはオペラーコンチェルトーオペラという構成になっており、これを一種の複合三部形式と見立てることも可能だろう(ちなみにクレンペラーは1911年の夏、R.シュトラウスの別荘を訪ねている。「ばらの騎士」はこの年に初演された)。

メリー・ワルツ」は優雅で、レハールの「メリー・ウィドウ」を彷彿とさせる。途中、ホルンが不協和音を奏で、一瞬不安な空気がよぎる(作曲された1915年は第一次世界大戦中であり、時代の空気を反映しているのかも知れない)。三部形式。中間部はワルツでなく、闊達な音楽。ロッシーニのタランチュラを連想した。愛すべき佳作。これから日本でもどんどん演奏されることを期待する。

ベートーヴェン/トリプル・コンチェルトのソリストは長原幸太(ヴァイオリン)、趙 静(チェロ)、デニス・プロシャイエフ(ピアノ)。

この曲はつい先日、オーギュスタン・デュメイ(Vn.)、パヴェル・ゴムツィアコフ(Vc.)、児玉 桃(Pf.)で聴いた。ほぼ同じ位置(座席)だった。

今回の演奏は、しなやかに歌うオケに不満はない。若芽萌える春の息吹を感じた。ただソリストはいただけない。雄弁なデュメイゴムツィアコフと比べ、線が細く、楽器が鳴らない。ベートーヴェンなんだからもっと力強さ、揺るがない前向きの意思(「馴れ合い」ではなく、自己主張)が欲しい。内輪だけのサロン演奏じゃないんだから。

また、ラヴェルの協奏曲は昨年、菊池洋子さんで聴いた。

やっぱりどうしても比べてしまうのだけれど、プロシャイエフはべダルを多用しすぎ。印象派だからといってラヴェルの音楽は曖昧模糊とした響きにしては駄目だ。もっとはっきりしたイントネーションで演奏すべきである。菊池さんの方が断然良かった。

しかし、最後の「ばらの騎士」は速いテンポで畳み掛ける冒頭部から一気に引き込まれた。その後のテンポは伸縮自在の変化に富む音楽が展開される。

ウィーン・フィルがウィンナ・ワルツを演奏する時、そこには独特の「ウィーン訛り」がある。三等分に拍子を刻まず、(第1拍が強拍なのはそのまま)第2拍目を若干長く弾くのだ。つまり一般的な三拍子「ズン/チャッ/チャッ」ではなく、跳ねるように「ズ/チャッ/チャ」という風に聴こえる。その「ウィーン訛り」を今回大フィルはしっかり再現していたので、すこぶる感心した。

R.シュトラウスの濃密で魔術的なオーケストレーションを堪能。豊穣なワインの薫り。文句なしの出来映え!

第一次世界大戦前夜の1911年に初演された「ばらの騎士」は若い恋人たちを見た元帥夫人が、そっと身を引く「別れのオペラ」である。そしてそれは貴族社会、ハプスブルク家への別れを意味し、またやがてシェーンベルクやベルクが登場することで、調性音楽の終焉へも繋がってゆく。音楽監督勇退を表明した大植さんと大フィルの今にふさわしい楽曲であり、またその成果でもあった。

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2011年7月11日 (月)

127時間

評価:C

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映画公式サイトはこちら。アカデミー賞では作品賞・主演男優賞(ジェームズ・フランコ)・脚色賞・編集賞・作曲賞・歌曲賞の6部門にノミネートされた(受賞はゼロ)。

原作は登山家アーロン・ラルストンの自伝「奇跡の6日間」(Between a Rock and a Hard Place) 、実話である。

キャッチコピーはこうだ。

生きて帰りたい。断崖に挟まれた青年の、究極の<決断>

こんなことを書かれれば、観る前から何を<決断>するか、大方の予想は付く。そしてその通りの展開となった。ダニー・ボイル監督のホラー「28日後...」を彷彿とさせる描写。

「スラムドッグ$ミリオネア」のスタッフが再結集した作品だから、切れのいい編集や映像も悪くない。でもこういう「痛い」映画は生理的に好きになれない。そういうことだ。

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2011年7月 9日 (土)

音月桂 主演/宝塚雪組「ハウ・トゥー・サクシード - 努力しないで出世する方法 -」

梅田芸術劇場へ。

How1

「ハウ・トゥー・サクシード」は1996年に宝塚花組で上演されたブロードウェイ・ミュージカル。その時の主な出演者は真矢みき、純名里沙、愛華みれ らだった。

僕が初めて宝塚の舞台を観たのが1998年の宙組「エリザベート」なので当然、花組公演は観ていない。しかし市販されているビデオで愉しんだ。

How2

作詞・作曲のフランク・レッサーはミュージカル「ガイズ&ドールズ(野郎どもと女たち)」で有名だが、僕は断然「ハウ・トゥー・サクシード」派だ。今回、雪組公演を観て「嗚呼、僕はこのミュージカルが大好きだ!!」と世界に向かって叫びたい衝動に駆られた。

まず曲がいい。"How To Succeed" "Coffee Break" "The Company Way"など聴いていてウキウキする。サクセス・ストーリーも実に愉快だ。コメディとして笑わせながらも、しっかりとカンパニーという組織の仕組みが描かれており、現代でも十分通用する。ブロードウェイ初演は1961年。マイケル・J・フォックス主演の映画「摩天楼はバラ色に」(The Secret of my Success,1987)とプロットが似ている。

現在、ブロードウェイで再演されており、主人公の窓ふき青年フィンチを映画「ハリー・ポッター」のダニエル・ラドクリフが演じている。先日トニー賞授賞式でそのパフォーマンスを観たが、断然宝塚版のほうがいい(ラドクリフ、背が低すぎ!見栄えがしない)。

そのフィンチを音月桂が爽やかに好演。彼女は歌唱力があるから安心して聴ける。秘書のローズマリーの舞羽美海(まいはねみみ)はダンスは上手いのだけれど、歌が……。痩せっぽちの容姿も好きになれない。どうしても花組の(可憐な)純名里沙と比べてしまう。まぁ純名さんは宝塚史上最高のソプラノだったから損だよね。しかし社長の甥、バド役の早霧(さぎり)せいなやローズマリーの友人スミティ役の愛加(まなか)あゆがコメディエンヌとしての魅力を遺憾なく発揮。特にスミティはキュートだった。ブロンド美女ヘディ役の晴華(はるか)みどりはセクシー・ダイナマイトでこれも○。さすが宝塚。どこを向いても美女ばっかりで人材が豊富。

ローズマリーには不満が残ったが(彼女がどうしてトップ娘役になったのか僕には理解できない)、それを吹き飛ばしてくれるくらい他のキャストが魅力的。カラフルな衣装も華やかだし、ミュージカル・コメディはかくあるべしと言える極上の作品である。必見。

それにしてもチラシに「著作権上の理由により、本作品のDVDは発売されません」と書かれているのだが、返す返すも残念である。

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2011年7月 6日 (水)

ラ・プティット・バンドによるバッハのブランデンブルク協奏曲

ザ・シンフォニーホールへ。

今日隆盛を誇る古楽器演奏のパイオニアと言えば、指揮者のニコラウス・アーノンクール、鍵盤楽器(・指揮)のグスタフ・レオンハルトトン・コープマン、バロック・ヴァイオリンのシギスヴァルト・クイケンサイモン・スタンデイジ、バロック・チェロのアンナー・ビルスマ、フラウト・トラヴェルソのバルトルド・クイケン有田正広らの名前が真っ先に挙げられるだろう。

その内のクイケン兄弟が中心となり組織したラ・プティット・バンドを聴く。なお今回、長男でヴィオラ・ダ・ガンバ奏者のヴィーラント・クイケンは参加せず。

福島原発事故の影響で、来日しなかったメンバーもちらほら。

Band

当初オーボエはパトリック・ボージローの予定だったが、バッハ・コレギウム・ジャパンで活躍する三宮正満さんに変更となった。

  • ブランデンブルク協奏曲 第2番(10名)
  • ブランデンブルク協奏曲 第6番(7名)
  • 管弦楽組曲 第2番(6名)
  • ブランデンブルク協奏曲 第5番(7名)
  • ブランデンブルク協奏曲 第3番(11名)

シギスヴァルト・クイケンはバロック・ヴァイオリンだけではなく、ヴィオロンチェロ・ダ・スパッラ(肩掛けチェロ)も演奏した。この楽器についての説明は下記記事にしたのでここでは繰り返さない。

ブランデンブルク協奏曲 第2番のみナチュラル・トランペット(ジャン=フランソワ・マドゥーフ)あり。ピストン(バルブ)がないので左手は腰に当てたままでの演奏。唇の調整だけでトリルも吹いちゃうのだからすごい。ヴァイオリン独奏はサラ・クイケン。彼女はなんだか物足りない。

ヴァイオリンの登場しない第6番はガンバ2本あり(以降サラはヴィオラに配置)。

管弦楽組曲 第2番ブランデンブルク協奏曲 第5番ではシギスヴァルトが1st.ヴァイオリンを担当。俄然引き締まる。毅然として気高い演奏。バルトルドが吹くフラウト・トラヴェルソ(バロック・フルート)の調べは軟らかく、やさしい音色で木の温もりが感じられた。

溌剌とした第3番も素晴らしかった。特にスピード感溢れる第3楽章は才気煥発!また、ヴィオロンチェロ・ダ・スパッラが3本というのも壮観だった。

行ってよかった。

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笑福亭仁智/笑いのタニマチ(6/30)

6月30日、谷町六丁目・薬業年金会館へ。

Tani

  • 笑福亭鉄瓶/卒業式
  • 笑福亭仁智/アフリカ探検
  • 月亭遊方/親分の謝罪
  • 笑福亭仁智/決戦!カバヤン王国の懐かし砦(仮題)

出演者全員が自作ネタ。

鉄瓶さんは「枝雀師匠の『緊張と緩和』理論」と言っていたけれど、正しくは「緊張緩和」なんだけどなぁ。噺は中学時代の「私落語」。いたずらの数々を披露。ここらあたりはさすが鶴瓶さんの弟子。

親分の謝罪」は永六輔さんが体験したエピソードを聴いた遊方さんがそれを脚色したもの。本人の了承も取られているそう。7月に東京でも演じる予定とか。新幹線の車内。携帯電話で喋っている男を諌める主人公。そこへ車掌が現れて……事態が雪だるま式に膨れ上がっていく様は、まるでマルクス・ブラザース(映画「オペラは踊る」)のよう。

仁智さんの「アフリカ探検」はいわば古典落語「阿弥陀池」のパロディだな。いやぁ、面白かった。

ネタおろしは、カバヤン王国のキャラメル大臣なる使者から「ココナッツ殿下のジューシー姫がパラダイ国王にさらわれてしまいました。つきましてはどうか姫を助けて頂きたい」(註:「バラダイ王国の秘宝」は「月光仮面」に登場)と主人公に依頼が来るという設定。以下は「月光仮面」「少年ジェット」など昭和30年代の懐かしヒーロー&CMソングのオン・パレード。ある程度(50歳)以上の年齢層でないとピンとこない、マニアックな内容。繁昌亭などでは難しそう。

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2011年7月 5日 (火)

上方で柳家喬太郎 三昧!(7月2日、3日)

7月2日(土)、道頓堀近くのTORII HALLへ。

Kyo

  • 桂壱之輔/真田小僧
  • 柳家喬太郎/極道の鶴
  • 柳亭市馬/笠碁
  • 柳亭市馬/がまの油
  • 柳家喬太郎/抜け雀

役者として舞台に立っていた喬太郎さん(東京・大阪公演あり)。その後2週間お休みされていたそう。だから5月18日以来久しぶりの高座とか。「今日はリハビリです」と。

またAKB48について「あんなに(人数)要りますか?」「メンバーの名前を全部覚える暇があったら、赤穂浪士の名前くらい言えるようにしろ!」で場内の笑いを喚起。

極道の鶴」は古典落語「つる」の舞台を現代のやくざ事務所に換えて。「富の公平な分配」というフレーズとか、「ツィッター」も登場。そのモダニズムに痺れた。対立する組から銃撃を受けた後のサゲも秀逸。凄みを感じさせる一席。

市馬さんは志ん生が「まった倶楽部」という将棋好きの落語家の同好会を作っていたことをマクラに「笠碁」へ。爽やかないい声。気品がある。喬太郎さんと全く芸風が異なるところもこの二人会の魅力である。

免許を持っていない喬太郎さん、前座時代にさん喬師匠が車を運転し、自分は助手席に座っていて、申し訳ないことをしたという話を「抜け雀」のマクラで。そして本篇のサゲが「大事な親父を駕籠かきにした」天才にしか成し得ない、見事な伏線の張り方!恐れ入りました。”伝統を現代に”という、立川談志さんの心意気に通じるものがあった。

以前、喬太郎さんで「竹の水仙」を聴いたことがあるが、これは基本的に「抜け雀」と中身が同じ。無銭宿泊をした匠が宿代の代わりに製作する作品が3Dか2Dの違いくらい。どちらかを演じる噺家はあまたあれど、両者というのは珍しいのでは?

翌3日(日)は高槻の割烹旅館・亀屋へ。「喬太郎の日」、The One and Only !

Kyo2

  • 子ほめの失敗
  • 夫婦に乾杯(春風亭昇太 作)
  • 怪談牡丹灯籠 お札はがし

前座噺「子ほめ」は気っ風がいいねぇ。赤ちゃんが生まれた友人の家に上がった主人公。奥に進むと、そこに横たわっていたのは白髪の……なんと喬太郎!「どうしてこんなところに芸人が!?」という「粗忽長屋」もびっくりの不条理、ナンセンス。これぞ喬太郎の真骨頂。

夫婦に乾杯」はSWA=創作話芸アソシエーションで昇太さんが初演したもの。その狙いでもあった「ネタの共有化」を実践したもの。またSWAの仲間、三遊亭白鳥さんについては「人非人」との発言も!大受け。

牡丹灯籠~お札はがし」は囁くようなppから凄みのあるffまで。声音の高低も使い分け、変幻自在の目くるめく高座。圧巻。ゾクゾクッとした。また途中、伴蔵が幽霊の手つきをすると、お峰が「ピグモン?」と言うギャグ(緊張の緩和)も盛り込まれた。

夢か現か。極めて充実した、魅惑の二日間であった。

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2011年7月 2日 (土)

鶴笑・遊方・文華/どっかんBROTHERS (6/29)

TORII HALLへ。

Dot

  • 鶴笑・遊方・文華/雑談 その壱
  • 鶴笑/パンチ・パンチ・パンチ!(遊方 作)
  • 鶴笑・遊方・文華/雑談 その弐
  • 文華/二人癖
  • 鶴笑・遊方・文華/雑談 その参  
  • 遊方/ペンギン・ア・ゴーゴー
  • お遊び

客の入りは37人くらい。開演前に客席では先日、笑福亭生喬さんが高座に掛けた「ピカソ」(先代・桂春蝶 作)の話題で持ちきりに。蘊蓄が長すぎるとか賛否両論。そんな問題作なら僕も是非、聴いてみたい!

雑談ではあやめ・鶴笑・三風・染吉(現・染二)というメンバーで天王寺で開催されていた新作ネタ下ろしの会「ごちそう倶楽部」(鶴笑さんのパペット落語もここから生まれた)のエピソードが披露された。遊方さんは4人に誘われて、後から参加。林家染二さんが蝶々に変身する自作落語第1作「ビューティースカイメモリー」を東京でも演じた時、手作りの羽が大きすぎて新幹線のドアを通過出来なかったとか、当時染二さんはマクラで「エンゼルフィッシュを真正面から見たような顔」と自己紹介されていたとか。

また文華さんは遊方 作「隣人(ネイバーズ)」を一度だけ高座に掛けたことがあるとのこと。

パンチ・パンチ・パンチ!」はロッキー&あしたのジョーのパロディ。これを紙芝居仕立てにした鶴笑版は一度聴いたことがあるのだが、さらに一層面白くなっていた!

文華さんの「二人癖」はスピード感があった。

ペンギン・ア・ゴーゴー」はラブリーちゃんが主人公。その特徴について遊方さんは「いつもカンカンのケースを持っていて、食べるお菓子はみなイチゴ味、得意料理は肉じゃがで、『お母さんとは友達みたいな関係』と言う、また『~ちゃんとは大親友!』が口癖」と評された。なるほど。

お遊びは鶴笑さんの企画で、「花鳥木(申すか申すか…)」や「たたいてかぶってジャンケンポン」など。最後のゲームコーナーは企画倒れのことが多いのだが、今回は愉しかった。

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2011年7月 1日 (金)

SUPER 8/スーパーエイト

評価:B+

Super8

映画公式サイトはこちら

製作がスティーブン・スピルバーグ、脚本・監督がJ・J・エイブラムス。予告編を観た時から予測はしていたけれど、これは「未知との遭遇」(1977)や「E.T.」(1982)への些かの衒いもないラブ・レターである。

少年たちがBMX(競技用自転車)に乗って走り回る(「E.T.」)、軍隊が山火事を演出し住民を避難させる(「未知との遭遇」では毒ガス発生のデマを流し住民を避難させる)、無人の車のエンジンが突然かかり、ヘッドライトが点灯する(「未知との遭遇」)、最後に宇宙船で立ち去るエイリアンをみんなで見送る(「E.T.」「未知との遭遇」)といった具合だ。

また、スピルバーグは「未知との遭遇」と「E.T.」で”父親不在”の映画を撮った。それは彼が母子家庭で育ったことと無縁ではない。最近その特徴は薄れてきたが、それは彼自身が結婚し、子どもが生まれ、父親になったからである。「SUPER 8」は逆に”母親不在”の映画となっており、見事な対となっている。

「SUPER 8」では劇中ラジオからスリーマイル島原発事故の報道が流れてくるので時代背景は1979年。ソニーのウォークマン(WALKMAN)も登場する(発売は1979年7月1日)。J・J・エイブラムスは1966年生まれなので、この時13歳ということになる。彼はインタビューでこう語っている。

「この映画は、スーパー8フィルムで映画を作っていた子どもたちのことを語りたいという気持ちから生まれたもので、もともと自伝的な要素のあるアイデアだった。でも結果的には、僕が少年時代に夢中になっていた作品に対するオマージュになっていると思うよ(笑)」

そこには当然「スタンド・バイ・ミー」(1986)への想いもあるだろう(公開当時、エイブラムス20歳)。少年たちの友情、その中に肥満体の子もいるというのが、いかにも「スタンド・バイ・ミー」を彷彿とさせる。あとジョージ・A・ロメロ監督の「ゾンビ」(1978)も。

8mm少年が主人公というのは、まるで大林宣彦監督の映画みたいだなぁ(「転校生」など)。大林監督の「いつか見た映画、いつか見た夢」という言葉を想い出した。

「SUPER 8」は現役の少年たちと、かつて少年だった大人たちの為の寓話である。敢えて暴言を吐くと、「女にはこの映画の良さが分かんねぇだろうなぁ。ざまあみろ」、分かりやすく言い換えるならば「未知との遭遇」「E.T.」に時めかなかった人には無縁の映画であろう。

そうそう、それから「ベンジャミン・バトン」「サムウェア」等、エル・ファニング(ダコタの妹)といえば今やハリウッド映画における「美少女」の代名詞・アイコンであるが、「SUPER 8」のエルも彼女の美少女ぶりが炸裂。特にゾンビ・メイクの彼女には参ったね。

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