夏樹へ
18歳の夏、僕は福永武彦の小説「草の花」と出合った。そして20代の大半を福永の小説を読み耽り過ごすことになる。その想いは下記に綴った。
福永の息子が芥川賞作家、池澤夏樹である。幼い頃両親が離婚(母はその後再婚)したため、池澤は高校生になるまで自分の父親が福永だということを知らなかったという。最近、福永が幼い夏樹について書いた日記が発見された→こちら。
「なぜ夏樹と命名されたのか」と池澤は自問している(「池澤夏樹の旅地図」世界文化社)。夏のさなか(7月7日)に生まれたのが理由の一つとして挙げられるだろう。さらに彼は、ある一篇の詩に想いを馳せる。
福永武彦は東京帝国大学卒業後、仏文科の同級生だった中村真一郎や詩人の原條あき子らとともに「マチネ・ポエティク」を結成し、日本語による押韻定型詩の可能性を追求した。原條あき子こそ、だれあろう池澤の母となる人である。
そして福永の朋友、中村真一郎に「夏野の樹」という詩がある。池澤はこれが自分の名前の由来ではないかと推理しているのだ。
光を浴びて野中の樹
緑に燃えて金の絵を散らし
しじまの凍る真昼時
大地の夢を高く噴き出し
「夏野の樹」の詩碑は軽井沢高原文庫に建立されている。
小説「草の花」第二の手帳には信濃追分が登場する。そこに福永の小さな別荘があり、また中村真一郎が執筆のためにしばしば逗留した油屋旅館も近くにある。
ちなみに東宝映画「モスラ」の原作は中村真一郎、福永武彦、堀田善衛が共同で執筆している(「発光妖精とモスラ」)。
池澤は娘に”春菜”(現在、声優・エッセイストとして活躍)という名前をつけている。よっぽど自分の”夏樹”が気に入っているのだろう。
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