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2011年6月

2011年6月27日 (月)

矢代秋雄の足跡 下野竜也/大阪交響楽団 定期

ザ・シンフォニーホールへ。

下野竜也/大阪交響楽団 定期演奏会を聴く。

Shimono

  • 矢代秋雄/チェロ協奏曲(独奏:上森祥平)
  • 矢代秋雄/ピアノ協奏曲(独奏:野田清隆)
  • フランク/交響曲 ニ短調

大阪で日本人作曲家(関西出身者以外)の曲を聴く機会は殆どない。だから矢代秋雄(東京都出身)が聴ける機会は大変貴重であり、嬉しかった。

チェロ協奏曲は神秘的な歌に満ちた音楽。矢代が留学先のパリ音楽院で師事したメシアンを彷彿とさせる。最後の静寂も良かった。雄弁な上森さんのチェロも印象的深い。

ピアノ協奏曲はパンチが効いており、独奏とオケの丁々発止のやり取りがスリリング。畳み掛ける下野さんのドライブは万全だった。第2楽章の執拗なオスティナートは、やはり矢代が師事した伊福部昭みたい。

フランクは第1楽章序奏から動的な表現。テンポを積極的に動かし、途中遅くなりすぎて停滞感があったのが残念。第2楽章は繊細でビロードのよう。第3楽章は音楽が躍動する。

フランクでは些か大阪交響楽団の弦の弱さが気になったけれど(この点に関しては大フィルの方が一枚上手)、矢代秋雄は満足度が高かった。

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2011年6月25日 (土)

桂文我/柿の木金助 連続口演 其の四

梅田・太融寺へ。

  • 桂 小鯛/延陽伯
  • 桂 文我/柿の木金助(其の四)
  • 笑福亭生喬/紐落し
  • 桂 文我/関津富

小鯛くんが「吉日」のことを「きちにち」と言っていたので、この読みは正しいのか帰宅後調べてみた。「きちじつ」は呉音「きち」と漢音「じつ」の混ぜ読みで、新しい形。「きちにち」「きつじつ」が本来の読み方だそうだ。なるほど。落語って勉強になる。

小鯛くんを上手いと想ったことは今まで一度もなかったけれど、スピード感があって見違えるようだった。生喬さんも今回の出来を褒められたそう。ただし女性の口調はまだまだ。

柿の木金助」は其の一、二を聴いたが、其の三は都合が悪くて行けなかった。でも毎回、それまでの粗筋を解説して下さるので困ることはなかった。波乱万丈の物語。これは果たして落語なのか、はたまた講談なのか微妙なところではあるが、今後の展開が気になる。

生喬さんはシュークリームに対するこだわりをマクラで。中身は生クリームではなくカスタードでなければならないそう。また、数珠は煩悩の数108あるが、主玉(もんど)の数珠はその半分54個だとか。「紐落とし」はとても珍しい噺で、なかなか良かった。

文我さんは今までで一番驚いた一言について語られた。上方落語協会が桂文枝(当時は小文枝)会長、笑福亭仁鶴副会長だった時代。選挙の結果、次期会長が桂米朝、副会長が枝雀に選出された。しかし枝雀師匠はその場で立ち上がり、辞退を申し出た。「やっと僕の落語が形になってきたところなので、そちらに専念したいのです」すると隣に座っていた三枝さんが横を向いて「枝雀さん、それはあきまへんで」と言った。「会員の総意で決まったことですし、別の人が選ばれたら貴方も拍手したでしょう」と。これを聴いて文我さんも内心(なるほどその通りだな)と思われたそうだ。しかし枝雀さんはそこでこう切り返したという。「僕の体は僕のものなんだ!」そしてその言い分が通ったというのだからすごい。

また、先代の桂歌之助さんが1982(昭和57)に太融寺で「やけくそ五日間」を開催したところ、その会期中にホテルニュージャパン火災(2月8日)、羽田沖日航機墜落(同9日)などがたて続きに起こり、唯一何もなかったのが落語会休演日のみだったというエピソードも披露された。

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愛の勝利を ムッソリーニを愛した女

評価:B+

Vincere

激烈な映画だ。脳天にアイスピックを突き立てられたようなショックを受けた。公式サイトはこちら

陳腐な邦題は明らかにミス・リーディングと言えるだろう。原題は"Vincere"、「勝つ」という意味だそうだ。つまり「愛」なんてない。

2009年イタリア・フランスの合作。脚本・監督はマルコ・ベロッキオ

本作で全米批評家協会賞主演女優賞を受賞したジョヴァンナ・メッゾジョルノ、そしてムッソリーニとその息子の二役を演じたフィリッポ・ティーミの演技がとにかく強烈だった。

ムッソリーニのカリスマ性、どうして当時のイタリア人たちが彼に熱狂したか理解出来たし、愛人の個性も物凄い。その執着に狂気すら感じさせた。近年も「ニュー・シネマ・パラダイス」(1989)や「ライフ・イズ・ビューティフル」(1997)などイタリア映画の名作はあったが、どれも比較的おとなしい(優等生的)内容だったような気がする。

ルキノ・ヴィスコンティ、フェデリコ・フェリーニ、ピエル・パオロ・パゾリーニ、ベルナルド・ベルトルッチらが活躍した時代。「濃厚な」味わいのイタリア映画復活に快哉を叫びたい。

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延原武春/大阪フィル「ウィーン古典派シリーズIV」

いずみホールへ。

延原武春/大阪フィルハーモニー交響楽団で、

  • ハイドン/交響曲 第83番「めんどり」
  • モーツァルト/フルート協奏曲 第1番
  • ベートーヴェン/交響曲 第3番「英雄」

第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンが指揮台をはさみ向かい合う古典的対向配置。ベートーヴェンではクラシカル・ティンパニを使用(ハイドンとモーツァルトの編成はティンパニなし)。弦は基本的にヴィブラートを抑えたピリオド・アプローチ。

ハイドンは歯切れよく弾むよう。第3楽章メヌエットのトリオでは弦楽器の各パートをソロにした工夫も愉しい。踊りの雰囲気が出ていて新鮮だった。

モーツァルトのフルート独奏は大フィル首席の野津臣貴博(のづみきひろ)さん。使用楽器は1871年製ルイ・ロット(工房は1855年から始まり、1951年に幕を閉じた)。野津さんの奏法もピリオド・アプローチを意識したもので、音尻は短く、タンギング・イントネーションが明瞭。ヴィブラートは控えめ。朝の光を浴びたような、清涼感溢れる演奏だった。

休憩を挟みベートーヴェンの「英雄」。

朝比奈隆、カラヤン、バーンスタインらが活躍した20世紀、僕はこのシンフォニーを聴く度に、重々しい第1、2楽章と軽い第3、4楽章との落差に違和感を抱いた。しかしノン・ヴィヴラートでスコアのメトロノーム記号に則した延原/大フィルの演奏にはそんな居心地の悪さがなかった。

第1楽章から疾風怒濤の如し。颯爽として動きのある解釈。第2楽章はクラシカル・ティンパニが絶大な効果をあげた。足取り軽やかな葬送行進曲。劇的な第3楽章を経て、第4楽章からは生命の鼓動が聴こえてきた。活き活きした「英雄」。そこに僕は馬に乗って駆ける若々しいナポレオンの姿を幻視した(このシンフォニーが完成当時、ナポレオンは34歳だった)。

Na

清新な魅力に満ちたこのシリーズ、今後の展開に期待したい。

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2011年6月22日 (水)

いずみホール・オペラ グルック「オルフェオとエウリディーチェ」

6月10日いずみホールへ。

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グルックのオペラ「オルフェオとエウリディーチェ」を鑑賞。演出は岩田達宗。イタリア語上演で字幕付き。

このオペラは1762年にウィーンのブルク劇場で初演された。この時、モーツァルトは6歳だった。

Izumi

登場人物は3人のみ。福原寿美枝(オルフェオ)、尾崎比佐子(エウリディーチェ)、石橋栄実(アモーレ)という布陣。

河原忠之がピアノと指揮を担当し、いずみシンフォニエッタ大阪8名のアンサンブル、そして8名の合唱団によるシンプルなもの。原曲はチェンバロだがピアノを用いた編曲(足本憲治)も悪くなかった。

派手さはないが、素朴な味わいがあって、こういうのも好きだな。歌の美しさを堪能した。演出も粋で良かった。

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2011年6月20日 (月)

「笑ってコラえて!」吹奏楽の旅 2011に市立柏高校登場!

6月22日(水)放送、日テレ「笑ってコラえて!」吹奏楽の旅 2011 マーチング編に千葉県の名門・柏市立柏高等学校=市柏(いちかし)が登場する。

今まで僕が市柏を聴いた感想および関連記事を紹介しておこう。

有り得ない、まさかのミス・ジャッジで市柏が銅賞だった2009年の全日本吹奏楽コンクールは本当に腹が立ったし、悔しかったが、石田修一先生はしっかり翌2010年に雪辱を果たし、金賞に返り咲かれた。あれは感動的光景だった。

その市柏がマーチングで石田先生からどのような指導を受けているのか、今回の番組で詳しく分かるだろう。今から愉しみである。

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講談まつり@動楽亭 (6/19)

動楽亭へ。

  • 旭堂南斗/雷電の初相撲(「寛政力士伝」より)
  • 旭堂南湖/谷風の情相撲(「寛政力士伝」より)
  • 南湖・左南陵・南左衛門/座談会「講談の歴史と講釈師について」
  • 旭堂左南陵/酒井の太鼓(「三方ヶ原軍記」より) 
  • 旭堂南左衛門/扇の掟(「水戸黄門漫遊記」より)

南湖さんは動楽亭に新たに導入された座椅子について「我々は”グリーン車”と呼んでいます」と。「座り心地がいいから居眠りする人が続出するんです」

谷風の情相撲」は「佐野山」というタイトルで落語家も演じるようだ。

座談会では講談の歴史が語られた。今から500~550年前の「太平記読み」に起源を発し、江戸時代は「講釈師」と呼ばれ、明治になってから「講談師」になったと。

扇の掟」には御用飛脚が登場。これは継飛脚(つぎびきゃく)とも呼ばれ、公儀の飛脚。書状・荷物を入れた「御状箱」を担ぎ、「御用」と書かれた札を持ち、二人一組で宿駅ごとに引き継ぎながら運んだという。

巧みにリズムの変化をつけじっくり聴かせる南湖さん、豪快で迫力ある語り口の左南陵さん、そして軽やかで可笑しみのある南左衛門さん。それぞれ個性が違う芸を堪能した。

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2011年6月18日 (土)

神尾真由子 パガニーニ/24の奇想曲

6月16日(木)兵庫県立芸術文化センターへ。

Kami

神尾真由子さんのヴァイオリンでパガニーニ/24のカプリース(全曲)を聴く。

ご存知の通り、神尾さんは2007年チャイコフスキー国際コンクール優勝者。同じ日に大阪のザ・シンフォニーホールでは1990年同コンクールで優勝した諏訪内晶子さんがステージに立っておられたので、関西で揃い踏みとなった。

ちなみに神尾さんの楽器はサントリーより貸与された1727年製ストラディヴァリウス(以前ヨーゼフ・ヨアヒムが使用していたもの)であり、諏訪内さんが所持するのは日本音楽財団より貸与された1714年製ストラディヴァリウス「ドルフィン」。

僕が神尾さんのソロ・リサイタルを聴くのはこれが4回目。さらにコンチェルトを2回聴いている。以前の彼女のイメージは「情熱の赤」だったが、今回は薄いピンクのドレスで登場。最近はしっとり大人びた雰囲気に変わってきた。

チャイコフスキーで優勝した当時に放送されたドキュメンタリー。イヤホンでへヴィメタルを聴きながら、真夜中に自宅のある豊中周辺をジョギングする神尾さんの姿を見て僕は度肝を抜かれた。「体を鍛えるヴァイオリニスト」-なんて娘だろう!彼女のお母さんはインタビューで「昔は自分の(激しい)感情を抑えることが出来ない子でした」と答えている。

しかし現在の神尾さんは「角が取れ、まあるく、柔らかくなった」という印象を受ける。彼女が紡ぐ音楽には馥郁たる香りがある。勿論、昔からの特徴である「迸る情熱」も持ち合わせているが、それをしっかりコントロールする術を身につけた感が強い。

縦横無尽に天翔けるパガニーニ。文句なし。神尾真由子は日々進化していることを実感させる、手ごたえある公演だった。

来年、神尾さんは東京交響楽団と共演し、コルンゴルトとバーバーのヴァイオリン協奏曲に挑むそうだ。是非関西でも聴かせて欲しい!

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ウルバンスキ/大フィルのポーランドとロシアの調べ

6月17日(金)、ザ・シンフォニーホールへ。

ポーランド生まれの28歳、クシシュトフ・ウルバンスキ大阪フィルハーモニー交響楽団の定期演奏会。

ウルバンスキは今年秋よりインディアナポリス交響楽団音楽監督に就任が決まっており、アメリカのメジャー・オーケストラでは最年少となる。彼が2009年に大フィル定期に登場したときの感想は下記(この時は英語読みで”アーバンスキ”と表記されていた)。

Ur

  • ルトスワフスキ/小組曲
  • シマノフスキ/ヴァイオリン協奏曲 第2番
  • バッハ/無伴奏ヴァイオリン・ソナタ 第3番よりラルゴ(アンコール)
  • ストラヴィンスキー/バレエ組曲「火の鳥」(1945年版)

ヴァイオリン独奏は1990年にチャイコフスキー国際コンクールに優勝した諏訪内晶子さん。

プログラムの構成は最初の二曲がポーランドの作曲家で、後半がロシア。

ルトスワフスキの曲はポーランド南部山岳地帯の民謡を採集したもの。

また、ショパンやパデレフスキが主にポーラなどポーランド北部低地地方の民謡に取材したのに対し、シマノフスキが影響を受けたのはポーランド南部山岳部タトラ地方の民謡、特にGórale(グラル人)と呼ばれる、牧畜を主体とする農民に伝わるものだったそうだ。

さらにルトスワフスキストラヴィンスキーから多大な影響を受けており、「小組曲」第1曲「横笛」にも「春の祭典」を彷彿とさせるような弦の刻むリズムが登場する。このように考え抜かれたプログラム構成であった。

小組曲」は切れがありスマートな演奏。第2曲「ポルカ」は踊りの曲だけにエキサイティング!

シマノフスキのコンチェルトは諏訪内さんの奏でる凛とした美しい音に陶酔した。のびやかで、しなやか。そしてソロの箇所では毅然とした佇まい。パーフェクト。アンコールのバッハは澄み切った音で清浄な演奏だった。

火の鳥」は速めのテンポで明晰・知的な解釈。繊細な弱音から迫力ある最強音までグラデーションが鮮やか。多彩な音色のパレットが魅力的であった。またいろいろな箇所に今までこの曲から聴いたことのない表現が飛び出し、特に終曲における全奏のスタッカートには驚いた。

そこで調べてみると、終曲の主題を繰り返す箇所で全曲版・1919年版では4分音符の動きで朗々と旋律を奏でるところが、1945年版では「8分音符(または16分音符2つ)+8分休符」という、途切れ途切れの乾いた響きで奏でられるように変えられているそうだ。指揮者によっては1945年版を用いながらも、終曲のみ1919年版に差し替えて演奏する人もいるらしい。

実に新鮮な体験だった。

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2011年6月15日 (水)

夏樹へ

18歳の夏、僕は福永武彦の小説「草の花」と出合った。そして20代の大半を福永の小説を読み耽り過ごすことになる。その想いは下記に綴った。

福永の息子が芥川賞作家、池澤夏樹である。幼い頃両親が離婚(母はその後再婚)したため、池澤は高校生になるまで自分の父親が福永だということを知らなかったという。最近、福永が幼い夏樹について書いた日記が発見された→こちら

「なぜ夏樹と命名されたのか」と池澤は自問している(「池澤夏樹の旅地図」世界文化社)。夏のさなか(7月7日)に生まれたのが理由の一つとして挙げられるだろう。さらに彼は、ある一篇の詩に想いを馳せる。

福永武彦は東京帝国大学卒業後、仏文科の同級生だった中村真一郎や詩人の原條あき子らとともに「マチネ・ポエティク」を結成し、日本語による押韻定型詩の可能性を追求した。原條あき子こそ、だれあろう池澤の母となる人である。

そして福永の朋友、中村真一郎に「野の」という詩がある。池澤はこれが自分の名前の由来ではないかと推理しているのだ。

光を浴びて野中の樹
緑に燃えて金の絵を散らし
しじまの凍る真昼時
大地の夢を高く噴き出し

「夏野の樹」の詩碑は軽井沢高原文庫に建立されている。

小説「草の花」第二の手帳には信濃追分が登場する。そこに福永の小さな別荘があり、また中村真一郎が執筆のためにしばしば逗留した油屋旅館も近くにある。

ちなみに東宝映画「モスラ」の原作は中村真一郎、福永武彦、堀田善衛が共同で執筆している(「発光妖精とモスラ」)。

Mos

池澤は娘に”春菜”(現在、声優・エッセイストとして活躍)という名前をつけている。よっぽど自分の”夏樹”が気に入っているのだろう。

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トニー賞授賞式 2011 雑感

NHK-BSでアメリカ演劇界の祭典、トニー賞授賞式を観た。

ブロードウェイで「ハウ・トゥー・サクシード/努力しないで出世する方法」に出演中のハリー・ポッターことダニエル・ラドクリフが歌と踊りを披露したのにはびっくりした。それにしても背が低い!女性ダンサーよりチビだから見栄えがしない。これには笑った。調べてみると彼の身長は公称5フィート8インチ(173cm)だが、実際は168cmくらいしかないらしい。なお、「ハウ・トゥー・サクシード」は7月に宝塚雪組公演を観劇予定である(1996年花組公演はビデオで鑑賞)。

またウガンダに派遣されたモルモン教の若い2人の宣教師を描いた喜劇「ブック・オブ・モルモン」が作品賞・演出賞・楽曲賞・台本賞など9部門に輝いた。製作者のマット・ストーンとトレイ・パーカーはアニメーション「サウス・パーク」の作者として有名。僕もこのアニメのファンで、「あの悪ガキどもが、遂にこんな立派な賞を!」と感慨深い。「サウス・パーク」シリーズ初期からバーブラ・ストライザンドを登場させるなど、彼らのミュージカルに対する深い愛情は知っていた。「サウス・パーク/無修正映画版」も全編ミュージカル仕立てで、「レ・ミゼラブル」のパロディもあった。"Blame Canada !"(カナダのせいにしろ)なんかアカデミー歌曲賞にノミネートされたくらいだ(授賞式のパフォーマンスではロビン・ウィリアムズが歌った)。

「サウス・パーク/無修正映画版」で音楽を担当したマーク・シャイマンはその後、ミュージカル「ヘアスプレー」を作曲しトニー賞を受賞。今回作品賞にノミネートされた「キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン」も彼の手による。これは良かった!都会的で洗練された音楽とダンス。主演男優賞を受賞したノーバート・リオ・バッツのダイナミックなパフォーマンスにも痺れた。

そして圧巻だったのは司会のニール・パトリック・ハリスと、嘗ての司会経験者ヒュー・ジャックマンのデュエット!「ウエストサイド物語」から"A Boy Like That"(あんな男に)や、「アニーよ銃をとれ」から"Anything You Can Do"(あんたにゃ負けない)、そして「ハウ・トゥー・サクシード」等の替え歌がどんどんメドレーで登場。無類の愉しさ。そして踊るヒューの格好よさといったら!是非ミュージカル映画に主演して欲しい。

出演者の転落事故、演出家(「ライオンキング」のジュリー・テイモア)の降板、度重なる公演延期と災難続きのミュージカル「スパイダーマン」の紹介もあった。しかし、U2のボノとジ・エッジが手がけた音楽が地味でお粗末!華がない。こりゃ駄目だと想った。ショーの売りであるフライングが披露されなかったのもガッカリ。

天使にラブ・ソングを」の音楽を担当したアラン・メンケン(「リトル・マーメイド」「美女と野獣」「アラジン」「ノートルダムの鐘」)の低迷振りにも愕然とした。余りにも曲が単調。アンドリュー・ロイド=ウェバー同様、彼の才能も枯渇したのだろうか……。

それにしても相変わらず映画→舞台ミュージカル化が多い。現在のアメリカ演劇界は企画が保守的で、冒険心がなさ過ぎるのではないだろうか?

トニー賞授賞式の模様は6月18日(土)午後3時よりNHK-BSで再放送(字幕版)される予定だそうだ。お見逃しなく。

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2011年6月13日 (月)

映画「マイ・バック・ページ」

評価:B+

My

左翼は嫌いだ。朝日新聞を過去に購読したこともなければ、今後もない。しかし、青春映画として興味深く観た。公式サイトはこちら

現在は映画評論家として活躍する川本三郎氏が、自身の新聞社入社当時1969~72年までのジャーナリスト時代の日々を綴ったノンフィクションが原作。川本さんは「週刊朝日」編集部を経て「朝日ジャーナル」記者になった。72年に逮捕され、会社は懲戒免職に。当時「朝日ジャーナル」は新左翼路線を突っ走り、早稲田大学新聞に「右手に(朝日)ジャーナル、左手に(週間少年)マガジン」と書かれたという。

理想を実現するためには暴力も辞さない左翼思想の学生を演じた松山ケンイチがいい。「男の色気」を感じさせる。新聞記者役で最後に男泣きする妻夫木聡くんも好演。

これは理想と現実の落差に打ちのめされ、敗北する男たちの物語である。黒澤明 監督「わが青春に悔なし」という映画もあるけれど、惨めに挫折する青春だってある。それもまた人生。味のある作品だった。

「リンダ・リンダ・リンダ」では女子高生たちを生き生きと描き、「天然コケッコー」では過疎の分校を舞台に小・中学生の群像劇を活写した山下敦弘 監督。また新たな青春映画の傑作を生み出した。

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ハーディング/マーラー・チェンバー・オーケストラのブラームス・チクルス!

ザ・シンフォニーホールへ。

ダニエル・ハーディング/マーラー・チェンバー・オーケストラでオール・ブラームス・プログラム。

第一日目

  • 交響曲 第3番
  • 交響曲 第1番
  • アンコール)交響曲 第2番 第3楽章

第二日目

  • 交響曲 第2番
  • 交響曲 第4番
  • アンコール)交響曲 第3番 第3楽章

ハーディングはイギリス・オックスフォード生まれの35歳、イケメン。16歳でサイモン・ラトルと出会いそのアシスタントとなり、ベルリン・フィルを初めて指揮したのが21歳。ウィーン・フィル定期演奏会にデビューしたのが弱冠29歳というスーパー・エリートである。

僕は彼がドイツ・カンマーフィルハーモニー・ブレーメンとレコーディングしたブラームス3、4番のCDを持っているが、クラシカル・ティンパニを使用し、ノン・ヴィブラート奏法による驚天動地の演奏だった。今回はインタビューで「それとはまったく違ったものになるだろう」と語っていたので期待して臨んだ。

通常のモダン・ティンパニを使用。第1と第2ヴァイオリンが指揮台をはさみ向かい合う対向配置。ハーディングは全曲、暗譜で振った。

交響曲 第3番が始まる。普通にヴィブラートを掛けている。引き締まった第1主題、ふわっとして、揺りかごのような第2主題。ハーディングの手綱捌きはcatch and releaseが実に巧みだなと感じた。第2、第3楽章はアタッカで演奏された。第3楽章には寂寞とした叙情があり、第4楽章は鋭利な刃物のように研ぎ澄まされた解釈。決して熱くはならない、怜悧な目がそこにはあった。

交響曲 第1番 第1楽章序奏や、主部に入ってからも弱音はほとんどノン・ヴィブラート。音尻は短く、ピリオド奏法のエッセンスが盛り込まれる。一転して第2、3楽章ではヴィブラートを効かせてロマンティックに甘美な歌を歌う。第4楽章は厳しい表情で開始されるが、ホルンが”クララ(・シューマン)の主題”を奏でると穏やかで愛情に満ちた雰囲気となり、そしてベートーヴェン第九に基づく”歓喜の主題”へ。このシンフォニーにはベートーヴェンを敬愛する新古典派としてのブラームスと、ロマン派としての側面が渾然一体となっている。その多面性をハーディングは巧みに表現した。またホルン・ソロが素晴らしかったことも特記に値する。オーボエ首席奏者・吉井瑞穂さんもお見事!

交響曲 第2番 第1楽章は押しては返す波のようなリズムが心地いい。第2楽章は雄弁でよく歌い、第3楽章は軽妙で繊細なニュアンスに富む。第4楽章はクールなスポーツカーのアクセルを踏み込み、海岸をドライヴしているような爽快感!ハーディングは切れのいいハンドリングで聴衆を圧倒した。これはかのカルロス・クライバー/ウィーン・フィルの名演を凌駕する内容だった。

交響曲 第4番 第1楽章は虚無感に支配された第1主題から開始されるが、次第に激情が交じり合ってゆく。第2楽章でフリギア旋法を活かし、第4楽章はバッハの主題に基づくパッサカリア(シャコンヌ)であるなどバロック的古典性を打ち出しながらも、ブラームスはあくまでロマン派の作曲家であった。ハーディングはスコアを深く読み解き、そんな古典派とロマン派が拮抗する音楽世界を明晰に、色鮮やかに我々聴衆に提示してくれた。

Ha1

コンサートの休憩時間にハーディングは募金箱を持ち、ロビーに登場。

Ha2

気取らず、爽やかな好青年である。

Ha3

福島原発事故で日本がこんな状況の中、敢えて来日してくれた彼やマーラー・チェンバーO.の楽員たちに、心から感謝したい。

Ha4

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2011年6月11日 (土)

市村正親、大竹しのぶ主演/ブロードウェイ・ミュージカル「スウィーニー・トッド」

僕は日本人の中では比較的スティーヴン・ソンドハイムのミュージカルを観ている方に属するのではないかと思っている。

彼が作詞のみ担当した「ウエストサイド物語」「ジプシー」は勿論だが、作詞・作曲を担当したもので生の舞台を観たのは「カンパニー」「リトル・ナイト・ミュージック」「スウィーニー・トッド」「イントゥ・ザ・ウッズ」「太平洋序曲」の5作品。さらにBSやDVDで鑑賞済みなのが"Putting It Together"「ジョージの恋人(日曜日に公園でジョージと)」「パッション」の3作品である。中でも「スウィーニー・トッド」はソンドハイム最高傑作ではなかろうか?

アメリカ初演が1979年で日本における初演は81年、帝国劇場。市川染五郎(現・松本幸四郎)と鳳蘭が主演だった。

26年ぶりの上演となる宮本亜門 演出版が幕を上げたのが2007年。

今回の再演でアンソニー役が城田優から田代万里生に代わった以外、キャストに大きな変更はない。

シアターBRAVA!へ。

Todd1

Todd2

2007年の公演で菊田一夫演劇賞を受賞した大竹しのぶの歌唱力は些か難があるが、演技力はさすがだし、人肉パイを思い付くブラックな場面でも会場から結構笑いが起こっていた。ラヴェット夫人役は今まで、ブロードウェイのオリジナル・キャスト、アンジェラ・ランズベリーパティ・ルポン、また映画版のヘレナ・ボナム=カーターらを観てきたが、決してそれらに遜色ない出来である(いずれも甲乙つけ難い)。

市村さんは前回と比較しても凄みが増していた。今やこの役は市村さん以外に考えられない。パーフェクト。

またジョアンナを演じたソニンは病的なヴィブラートがいい!水夫(アンソニー)以外、登場人物全員が狂っているというのがこのミュージカルの凄いところ。

田代万里生は美声だし、キムラ緑子、武田真治ら他のキャストも好演。

亜門の演出は目まぐるしくセットを動かしながらのスピーディーな場面転換が鮮やか。素晴らしいプロダクションだ。必見。

それにしてもはやり冒頭「スウィーニー・トッドのバラード」は迫力がある名曲だ。これが映画版で(撮影されながらも)カットされたのは余りにも惜しい。

そして、これから残酷に人を殺そうとする場面で歌われる「プリティ・ウーマン」のなんという美しさ!そのギャップこそがソンドハイムの天才性を示している。

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2011年6月10日 (金)

天満講談寄席 (6/7)

天満の北区民センターへ。

  • 旭堂南斗/角屋船の由来
  • 旭堂南湖/大谷と湯浅の最後(関ヶ原の戦い)
  • 旭堂南左衛門/水戸黄門漫遊記 長屋の出世
  • 旭堂左南陵/伊達政宗堪忍袋

昨年、四国八十八箇所巡りをした南湖さんは43日で歩き、今年お遍路に挑んだ先輩の南北さんは36日で達成したとのこと。1日40Km歩いたそうで、この距離は大阪環状線を2周することになるとか。すごい!

南左衛門さんが掛けた「長屋の出世」は師匠・南陵最後の高座だったそう。

左南陵さんは豪快な一席だった。

ネタ的に偏り過ぎで、今回は少々物足りなかった。

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2011年6月 6日 (月)

「笑ってコラえて!」吹奏楽の旅 2011に京都橘高校登場!

6月8日(水)放送、日テレ「笑ってコラえて!」吹奏楽の旅 2011 マーチング編で京都橘高等学校吹奏楽部が登場するそうだ。

今まで京都橘のパフォーマンスを観た感想は下記に書いた。

どういう雰囲気のバンドなのかは、各々の記事を読んで頂けばイメージが掴めるだろう。

なお、全日本マーチングコンテスト 2010は大会規定により3出休み(3回連続で全国大会に出場した翌年は1回休み)であった。

マーチングコンテストに向け、ここがどのような練習をしているのかは全く知らないので、これからの「笑ってコラえて!」の展開が愉しみだ。

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第80回 創作落語の会(仁智・八方・三枝)

6月3日、繁昌亭へ。

Sousaku1

出演者全員、自作のネタおろし。

Sousaku2

  • 桂さろめ/婚活パラダイス
  • 桂 雀喜/こだわり君
  • 桂 三歩/トライ
  • 月亭八方/ZUBORA
  • 笑福亭仁智/自分に遇った男
  • 桂 三枝/猫 すねちゃった

さろめさんは結婚相談所を舞台にした噺。ギャルやオタクが登場し「プリキュア ダンス」を披露するなどアイディアは中々いい。将来性を感じた。ただ依頼人が5人と多く、後半がダレる。もう少し整理すれば一層面白くなののでは?

三歩さんは新作落語のタイトルを事前に発表するものの、その中身が思い浮かばず悪戦苦闘する自分をスケッチ。これってまるでチャーリー・カウフマン脚本の「アダプテーション」みたい。どんな映画かは→こちら

八方さんのネタはずぼらなボラが登場。ボラは”出世魚”と言われるが、成長するにつれ呼び方が変わり、オボコ(まだまだ幼いという「おぼこい」の語源)→イナ(粋で勇み肌の者を「いなせ」【=鯔背】と呼ぶようになった語源)→ボラ→トドとなる。「とどのつまり」とは、トドがこれ以上大きくならないことから、その語源となったそう。八方さんの人生観が垣間見られ、味のある一席。

仁智さんはシュワちゃんが離婚で300億円の慰謝料を払った話題などをマクラに。主人公はひょんなことから20年後にタイムスリップ。そこでは”大阪国”が日本から独立し、通過単位は円ではなく”秀吉”になっているという設定。未来の大阪案内は「天王寺詣り」のノリ。爆笑。”大阪国独立”という発想は現在公開中の映画「プリンセス トヨトミ」や三枝さんの創作落語「大阪レジスタンス」にも登場する。大阪人の悲願・ロマンなんだな。

「猫踏んじゃった」の出囃子で登場した三枝さん。You Tubeで話題になっている「しゃべるねこ、しおちゃん」の話題などをマクラに。「ニャンマイダブツ」に続く、ねこシリーズ。猫や犬が喋る設定は古典落語「鴻池の犬」を彷彿とさせ、それに「桃太郎」のエッセンスを加味したような噺。さすがの安定感。

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2011年6月 4日 (土)

映画「プリンセス トヨトミ」

評価:C

Toyotomi

映画公式サイトはこちら

直木賞候補となった原作の著者、万城目 学(まきめ まなぶ)は大阪府出身。京都大学法学部卒。

豊臣家の末裔が生きていて、それを地下組織が守っているというアイディアは悪くない。大阪国が立ち上がり、独立しようとするのは桂三枝の創作落語「大阪レジスタンス」に通じるものがあり、この発想に大阪人の長年に渡る鬱屈した想い・反骨精神・ロマンが感じられるので僕は好きだ。

但し、この物語(法螺話)のプロットには大きな穴、欠陥がある。

映像的に「プリンセス・トヨトミ」は道頓堀や新世界が人っ子一人いなくなる「大阪全停止」が売りである。

しかし「豊臣家を守れ!」という使命は父から息子に代々受け継がれてきた。つまり「母と娘」は無視されているのである。ならば、「お家の一大事、いざ見参!」となった時、一堂に会するのは男達だけということになる(実際そうなっている)。とすると、道頓堀や新世界から女性たちは消えないし、観光客だっている。だから空っぽになる筈がないのである。いくらフィクションとはいえ、詰めが甘い。興醒めであった。

堤真一、綾瀬はるか、岡田将生、中井貴一らは好演しているし、演出も悪くない。惜しい。

なお映画を観終わり、近くに座っていたおばちゃんが開口一番、「綾瀬はるか、どんだけ走んねん!道頓堀から空堀商店街やで」には爆笑した。さすが大阪のおばちゃんはおもろいわ。

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TOR I I 講談席「今、敢えてお金儲けを考へる/浪花の商人物語特集」

トリイホールへ。

Torii

  • 旭堂南青/石門心学の開祖 石田梅岩
  • 旭堂南華/はじまりの物語 毛布を作った男たち
  • フリートーク「私たちはこんな仕事をしたことがある」
  • 旭堂南湖/貿易商 毛剃九右衛門
  • 旭堂南海/清酒発見の豪商 鴻池善右衛門

南華さんは大阪府泉大津市の綿製造は全国の98%を占めるという話から真田紐(さなだひも)のことや、明治になってチーゼルから織物を作った話も(詳しくはこちら)。

南湖さんは《人を食ったような》ネタ。毛剃九右衛門(けぞりくえもん)は長崎生まれ。ばくち打ちとなり、後に海賊となって密貿易で金儲けする。そして最後は捕らえられて大阪で裁かれるという「どこが浪速の商人やねん!」というオチ。笑った。

落語「はてなの茶碗」「鴻池の犬」でお馴染みの鴻池善右衛門。祖先が戦国の武将・山中鹿介(やまなかしかのすけ)で、後に伊丹で酒造業者をしていたという来歴は知らなかった。さらに両替商から鴻池銀行→三和銀行→三菱東京UFJ銀行に至るとか。へー!

鼎談では4人の師匠である旭堂南陵(先代)が「おいっちにの薬売り」をしていたとか、原始人講談をしたエピソード、南華さんは阿倍野-堺を結ぶ路面電車・阪堺線の車上で、南海さんは広島-熊本の観光バス内で立ったまま講談をした経験、「卑弥呼は天理生まれ」という設定で講談をした話、「ため池講談」などのエピソードを披露された。

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映画「ブラック・スワン」を読み解く!

評価:A

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アカデミー賞では作品賞・監督賞・主演女優賞・撮影賞・編集賞の5部門にノミネートされ、ナタリー・ポートマンが米・英のダブル受賞を果たした。監督は「レスラー」のダーレン・アロノフスキー。映画公式サイトはこちら

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すこぶる刺激的な映画だ。

これは白鳥(イノセント)としての自己と、黒鳥(邪悪)の自己との葛藤の物語である(以下ネタバレあり)。

ニューヨークのバレエ団に所属するニナはチャイコフスキーの「白鳥の湖」でプリンシパル(主役)に抜擢されることを希う。しかし黒鳥を上手く踊ることが出来ず、振付家から罵られる。「もっと官能的に!誘惑しろ!」

悩んだニナは(今は落ちぶれた)嘗ての花形バレリーナで、振付家と性的関係を持つベス(ウィノナ・ライダー)の個室に忍び込み、口紅や化粧道具を盗む。その口紅をつけ、振付家を誘惑するニナ。つまり彼女は汚れたベスと同化しようと試みる。

どうにかオデット役を勝ち取るが、サンフランシスコからやってきた自由奔放な新人・リリーが彼女の代役(alternate,プリンシパルが怪我をした時の交代要員)に決まり、脅威となる。

リリーにドラッグを飲まされたニナはレズビアン的交わりもする。自分の”臆病な性”を開放しようとする訳だ。

そして黒鳥の役を奪われそうになり、彼女はリリーを割れた鏡の破片で刺し殺す。こうして邪悪な黒鳥に変態(メタモルフォーゼ)するのである。

クライマックスのステージ(初日)で白鳥と黒鳥は渾然一体となる。熱狂する観客。彼女は喝采に包まれる。

しかし最後に、リリーを殺害したのはニナの幻覚であり、実際は鏡に映った自分を刺したことが判明する。結局彼女は振付家とセックスをしなかったし、リリーと交わったのも妄想だった。ベスには口紅を返した……こうして彼女は純潔なままの白鳥の姿で「私は完璧だわ」とつぶやき、死んでいくのである。だからこれは意思の勝利であり、ハッピー・エンドと言えるだろう。

故に本作は、例えばビリー・ワイルダー脚本・監督の名作「サンセット大通り」みたいな、”次第に狂気に追い込まれていく女性の悲劇”では決してないのである。

おどおどしてニューロティック(神経症的)なヒロインを演じたナタリー・ポートマンは見事であった。ヒッチコックの「レベッカ」や「断崖」(アカデミー主演女優賞受賞)におけるジョーン・フォンテインの演技を彷彿とさせた。参考にしたのかな?

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