午前十時の映画祭/「追憶」とアーサー・ローレンツ
バーブラ・ストライザンド、ロバート・レッドフォード主演、シドニー・ポラック監督の映画「追憶」 ("The Way We Were" ,1973)を初めて観たのは多分、僕が大学生か社会人になったばかりの頃だろう。バーブラが歌いアカデミー歌曲賞・作曲賞を受賞したマーヴィン・ハムリッシュ(「コーラスライン」)の音楽(試聴はこちら!)は印象に残ったが、はっきり言ってかったるい恋愛映画で、全然面白いと想わなかった。
それから歳月が流れた。僕がもう一度この作品に興味を抱いたのはアメリカの連続テレビドラマ「セックス・アンド・ザ・シティ」が切っ掛けである。あるエピソードで4人がレストランで会食中に「追憶」のラストシーンが話題となり、キャリーとシャーロット、ミランダが「あの映画、私大好き!」と盛り上がる。観ていないと言ったサマンサはミランダから「あなたエイリアンじゃないの?」とバカにされ、目の前で主題歌を歌いだした3人に呆れ返るというもの。
それほどまでにアメリカの女性たちはこの映画のことを愛し、今でも語り草になっているのかと強い印象を受けた。
さらにこの度「午前十時の映画祭」でも”何度見てもすごい50本”に選ばれたので、久しぶりに観直してみようかという気になった次第である。
そして今回は感想が全く、180度と言っていい位、変化したので驚いた。やはり映画には観る「適齢期」というのがあるのだろう。フェデリコ・フェリーニ監督の「甘い生活」や「8 1/2」だって、高校生の時は上映中退屈で、苦行でしかなかったけれど、今ならすこぶるエキサイティングで、その真の価値が手に取るように分かる。
以前「追憶」を観た時は、この作品で話題となる「ハリウッドに魂を売った作家」スコット・フィッツジェラルドのことや、スペイン内戦(ヘミングウェイが参戦)、赤狩り(マッカーシズム)、ハリウッド・テンなどについてよく理解していなかった。でも今なら多少の知識はある。ニューヨーク(東海岸)とハリウッド=ロサンゼルス(西海岸)がどれくらい離れているかも実感できる。それだけ僕も人生経験を積んで来たということなのだろう。
バーブラ・ストライザンド演じる”ケイティ”とロバート・レッドフォード演じる”ハベル”は大学の同級生だが、ふたりの社会階級が全く違うという設定があることも今回初めて気が付いた。”ハベル”は裕福な家庭に育ったおぼっちゃまで、”ケイティ”は貧しいユダヤ人の家庭に育った娘(恐らく出身はブルックリンかブロンクスあたり)。映画「ソーシャル・ネットワーク」で喩えれば”ハベル”は大学の社交クラブに入る資格を有しているが、”ケイティ”なら審査で落とされるといったところだろう。アメリカが格差社会であるという事実も最近になって知ったことだ。
”ケイティ”の育ちの悪さを示すために、彼女のワイングラスの持ち方はぞんざいで品がなく、ビールやワインは「音を立てて飲む」。そういう風にちゃんと繊細な演出が施されているのだ。
それにしてもこの作品は「まるで(古い)少女漫画みたいだな」と感じた。例えば設定が「キャンディ・キャンディ」そっくりなのである。ドジで生き方が不器用で、決して美人とは言えないヒロイン(ケイティ)がある日突然、丘の上の王子様(ハベル)とめぐり逢う。そして王子様は「おチビちゃん、笑った顔の方がかわいいよ」と声を掛けてくれ、何故だか(理由は全く不明だが)ヒロインに好意を寄せる。
イケメンの王子様初登場は真っ白な軍服で座ったまま眠っている。それから様々の格好いい軍服やスポーツ・ウェアに着替えて、そのノリはまるでファッション・ショーか宝塚歌劇の如し。夜、彼が野外で花に囲まれて(背景に花を散らして)ひとりビールを飲む姿は完璧に少女漫画の世界だった。
そこで僕は考えた。「こんな風に女性観客の心を捉えて離さない物語を書いているのだから、この作者は女性に違いない」と。ところが調べてみると、オリジナル脚本を執筆したのがアーサー・ローレンツだったのだから驚いた。ミュージカル「ウエストサイド物語」や「ジプシー」の台本を書いた人である。「論理的にあり得ない。『追憶』の世界を男が描ける筈はない・・・」そこから導き出される結論は一つしかない。つまり、アーサー・ローレンツはゲイなのではないか?という仮説である。
僕はさらに調査を進めた。すると出てきた!ローレンツは1984年にゲイのカップルが主人公のミュージカル「ラ・カージュ・オ・フォール」の演出でトニー賞を受賞していたのである。
さらにWikipediaによると、ローレンツは2000年に回想録を出版しており、その中で沢山のゲイの恋人たちの名を挙げ、とりわけ役者のトム・ハッチャーとは(ハッチャーの死まで)52年間、共に暮らしたと書かれている。
ならばローレンツがバイセクシャルのレナード・バーンスタインと「ウエストサイド物語」で共同作業を行った理由が納得出来るし、「追憶」でのバーブラ起用も頷ける(映画「イン&アウト」によると、ゲイはマイケル・ジャクソンやバーブラが好みだそうだ)。
こうして「追憶」との久々の邂逅は、作品に秘められた沢山の新事実を僕に教えてくれる豊穣な体験となった。
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