The Age of Eiji 「不安の時代」から始動!〜大植英次/大フィル定期
ザ・シンフォニーホールへ。
大植英次/大阪フィルハーモニー交響楽団の定期演奏会(二日目)を聴く。
昨シーズンこのコンビはふたつの「第9シンフォニー」で有終の美を飾ったが、今シーズンはふたつの「第2シンフォニー」で幕開け。
- バーンスタイン/交響曲 第2番「不安の時代」
- シベリウス/交響曲 第2番
まず最初に大植さんがマイクを持って登場。東関東大震災の被災者を想い、賛美歌 320番「主よ、みもとに近づかん」(Nearer My God To Thee)が演奏された。これは99年前(1912年)にタイタニック号が沈没する際、最後まで船上で音楽家が弾き続けた曲(試聴はこちら!)。指揮なしで弦楽器のみ。コンサートマスター・長原幸太さんのソロで始まり、続いて2nd.Vn.主席の田中美奈さんが加わり、弦楽合奏へ。「(戦争や)災害があったとき、人々の心を助ける目的でバッハやラヴェル(←恐らく「クープランの墓」のこと)が作曲したという前例はありますが、音楽家が演奏したという記録はこれくらいしかないんです」と大植さん。
実は僕も先月の大フィル定期を聴きながらタイタニック号のことを連想し、奇しくもレビューでそのことに言及している。
正にシンクロニシティ。
ジャズ・ピアニスト小曽根真さんをソリストに迎えたバーンスタインは「夜のシンフォニー」。ニューヨーカーらしく都会的で雄弁。小曽根さんはスウィングしてノリノリ、大植さんのタクトは複雑なリズム処理が見事であった。第2部「挽歌」は厚みのある弦の響き、凄まじい管の咆哮が強烈。「仮面劇(マスク)」はJAZZ。大植さんが指揮台で軽快にステップを踏む。シンコペーションが小気味よく、ここで前に出てきた(コントラバス主席)新 真ニさんのピッツィカートが弾ける!「エピローグ」は朝の爽やかさ。そこには気だるい虚無感も漂う。しかし音楽は最終的に(「ウエストサイド物語」のように)浄化され、力強く「再生の願い」を込めて締めくくられる。大植さんも小曽根さんも満面の笑み。会心の出来だった。
このシンフォニーが発表されたのが1949年。赤狩り(マッカーシズム)がアメリカで吹き荒れ始めたのが48年、東西冷戦が深刻となりベルリン封鎖が行われたのも同年である。そうした空気が"The Age of Anxiety"の背景に流れており、それは福島原発事故に伴う放射能の恐怖に晒された今の日本とシンクロニシティがある。
大植さんはバーンスタインから直接「Eiji、この曲をお前にやる」と言われたそうだ。しかしクラシックの技法からジャズまで幅広くこなせるピアニストが中々見つからず、レニーの死後21年間、一度も演奏する機会がなかったという。まさに満を持しての内容だったというわけ。だからこそシーズン最初の曲がこれだったのだろう。
なお、通常暗譜で指揮する大植さんだが珍しく譜面台が置かれており、レニーのスコアが表紙を上にして置かれていた。しかし演奏中、それは一度も開かれることはなかった。最後に大植さんが楽譜を高く掲げて盛大な拍手を贈る聴衆にアピール。それにキスするパフォーマンスも。まこと愛すべき人だ。
小曽根さんのアンコールは「ウエストサイド・ストーリー」から"Tonight"。ビル・エヴァンスの「ワルツ・フォー・デビー」風に優しく始まり、最後は"Cool"のメロディも加わってマイルス・デイビスの"So What"仕立てに。粋で素敵だった。なお、定期一日目のアンコールはやはり「ウエストサイド・ストーリー」の"Somewhere"だったそうだ。
プログラム後半のシベリウスは大きくうねり、振幅のある演奏。音楽の表情、テンポがクルクル目まぐるしく変化する。大植さんのチャイコフスキーの解釈に近い印象を受けた。故にシベリウスがチャイコフスキーから、いかに多大な影響を受けていたかを今回如実に感じることが出来た。大フィルの濃い陰影ある弦の響きが素晴らしく、フィンランドの深い森が幻視された。第2楽章には仄暗い情念がめらめらと熾火のようにくすぶる。第3楽章には木枯らしが吹き抜ける疾走感があり、レント・エ・スアーヴェ(ゆっくり、しなやかに)と指定されたトリオでは自然を謳歌するのびやかさがあった。そしてスケールの大きな第4楽章へと怒涛の如くなだれ込む。そこには氷河を押し分けて進む船の力強さ、頼もしい推進力があり、大植さんはさらに一層激しくテンポを動かした。有無を言わせぬ圧巻の名演!
The Age of Eiji はこうして輝かしく船出した。さぁこれから一年、どのような驚きがさらに僕たちを待ち受けているのだろうか?大植/大フィルの動向から片時も目が離せない。
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コメント
雅哉さんこんばんは。
前回の定期で雅哉さんがタイタニックのことを想起されたこと、そして今回の定期でタイタニックのことが大植さんから語られたこと・・・・非常に、考えさせられました。
やはり、すべてのことに偶然は無いのかもしれません。
大植さんの今回の2曲の指揮ぶりは、ともに我々に救いの手を差し伸べるような指揮で、本当にありがたいと思いました。
音楽には、人を救う力があるのですね。
投稿: ぐすたふ | 2011年4月16日 (土) 21時47分
雅哉さん、こんばんは。私は一日目を聴きました。
ジャズは(いわゆるクラシックほどは)聴きなれていませんので、Somewhereのアレンジがどのようなものだとかはわかりませんでしたが・・・
タイタニック号のエピソードに、我々はここで音楽を続けていくんだという強い意思を感じました。
折しも、フィラデルフィア管の破産というニュースが飛び込んで参りました。微力ながら、大フィルを応援していきたいと思います。
投稿: Odette | 2011年4月17日 (日) 22時45分
ぐすたふさん、コメントありがとうございます。
昨日、映画「のだめカンタービレ最終楽章」をテレビで観ていて、エルガー/エニグマ変奏曲の"ニムロッド”が流れる場面で否応なく感動させられてしまいました。やはり音楽の力って凄いなと想います。この曲、東関東大震災を受けて大植/大フィルの「星空コンサート」で急遽演奏されることになったのですよね。きっと私たちが心に受けた傷を癒してくれることでしょう。
タイタニック号の音楽家たちが語りかけるもの。それは、いかなる状況に於いても"The Show Must Go On"ということなのではないでしょうか?
投稿: 雅哉 | 2011年4月17日 (日) 23時47分
Odetteさん、こんばんは。
フィラデルフィアO.経営破綻のニュースは衝撃的でした。僕は以前から大阪に4つのオーケストラは必要ないと想っているので、橋下知事が大阪(現・日本)センチュリー交響楽団への補助金を打ち切った方針には賛成です。しかし、大阪フィルまで共倒れになっては困ります。これからも、しっかりとこのオケを支えていきたいと考えています。
投稿: 雅哉 | 2011年4月18日 (月) 00時02分
大植さんがタイタニックの話をされた時、私も雅哉さんのマイヤーズの時のあの発言を思い出しビックリしてしまいました。
実は私、あの有名なタイタニックを見逃しているのです!
映画館で見れないまま,TV放映を見たのですが、家にいると雑用が舞い込んで集中できず、気が付いたら終わってしまっていたのです。
これを機会に見直してみようと思っています。
投稿: jupiter | 2011年4月18日 (月) 03時18分
jupiterさん、コメントありがとうございます。
ジェームズ・キャメロン監督の映画なら、僕は「エイリアン2」「ターミネーター2」「アバター」の方が好きです。でも「タイタニック」が一見の価値ある作品であることも確かです。
また白黒ですが、「SOSタイタニック」(1958)も優れた映画です。機会があればこちらも是非。
投稿: 雅哉 | 2011年4月19日 (火) 01時10分