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2011年3月

ニーノ・ロータの交響曲 日本初演!〜児玉宏/大阪交響団

3月17日ザ・シンフォニーホールへ。

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児玉 宏/大阪交響楽団の定期演奏会。

  • モーツァルト/交響曲 第35番「ハフナー」
  • 糀場富美子/「-古えの堺へ-百舌鳥耳原に寄せる3つの墓碑銘」初演
  • ニーノ・ロータ/交響曲 第4番「愛のカンツォーネに由来する交響曲」
    日本初演

最初に楽員が楽器を持たず全員ステージに登場。楽団長の敷島さんが現在は避難所になっている東北の小学校などで演奏した想い出を語った後、聴衆もみな起立して東日本大震災で亡くなった方を悼み黙祷した。

大阪交響楽団の前身・大阪シンフォニカー交響楽団の第一回定期演奏会が森ノ宮ピロティホールで開催されたのはいまからちょうど30年前の1981年3月17日のことだった。当時のプログラム第一曲目として演奏された「ハフナー」が今回も取り上げられた。音尻がスッと減衰し、軽やか。弾力あるモーツァルト

糀場さんの新曲は楽団創立30周年を記念し、大阪府・堺市に因む委嘱作品。仁徳天皇陵、そしてその息子である履中、反正の両天皇陵がテーマとなっている。第1章プロローグは鳥の羽ばたきを木管楽器のキー・クリックで、鹿の鳴き声を弦楽器の特殊奏法で、また風の音を金管楽器に吹き込む息で表現している。第2章は穏やかな仁徳天皇を、第3章は暴力的で激しい表現法を用い非情な履中天皇を表す。第4章はコールアングレで実の兄を殺さなければならなかった反正天皇の深いラメント(嘆き)を描く。そして第5章は時空を超越する古墳群をイメージして締めくくられる。現代音楽にしては分かりやすく、大変面白い曲だった。機会があれば是非また聴きたい。

「ゴッドファーザー」「道」「太陽がいっぱい」で知られるニーノ・ロータとその交響曲については既に下記記事で詳しく語ったので、ここでは繰り返さない。

「愛のカンツォーネ」に由来する交響曲は1972年1月にローマで初演されたが、調性の枠を外れない古典的様式で書かれている。「時代遅れ」の烙印を押され長らく忘れ去られていたのだが、この度ようやく日の目を見る事が出来た。僕は10年前からこの曲のCDを所有していたが、よもや実演で聴けるとは考えてもみなかった。千載一遇の機会を与えてくれた児玉宏さんに感謝したい。

第1楽章アレグロは歌心に満ち、第2楽章はパンチが効いた舞曲。田舎の風景が広がる。第3楽章は美しいカンタービレ、そして第4楽章は急き立てられるような焦燥感、緊張感ある楽曲。良かった!

最後にプログラムにはないバッハ/管弦楽組曲 第3番〜アリアが演奏された。「これはアンコールではありません。拍手もいりません」と児玉さん。囁くように、消え入るように、そして祈るような演奏だった。

なお、同プログラムで3月19日に東京公演(地方オーケストラ・フェスティバル2011)も予定されていたが、震災の影響で中止となった。

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フィリップ・ベルノルド/フルートリサイタル 2011

3月9日、いずみホールへ。

Flute

1987年ジャン=ピエール・ランパル国際フルートコンクールに優勝し、現在はフランス国立リヨン・コンセルヴァトワール教授、フィリップ・ベルノルドのコンサートを聴く。これに是非行きたいと想ったのは、下記演奏会で彼の演奏に魅了されたからである。

今回のプログラムは

  • シューベルト/「しぼめる花」による序奏と変奏
  • シューベルト(ベーム 編)/2つの歌曲「おやすみ」「セレナーデ」
  • ベーム/シューベルトの主題による幻想曲
      - Intermission -
  • マルタン/フルートとピアノのためのバラード
  • ブルーノ・マントヴァーニ/アペルデール
  • プロコフィエフ/フルートとピアノのためのソナタ

ピアノ伴奏はアリアンヌ・ヤコブ。

前半はすべてシューベルトの歌曲に因むもの。

しぼめる花」には孤高の響きあり、ゾクゾクッとした。柔らかく、軽やか。エスプリに溢れエレガント。一音一音の粒が揃い、不発がない。

続く2つの歌曲はやさしく、切々と哀しい歌を奏でる。

一転して「シューベルトの主題による幻想曲」は華麗で、お花畑のようにカラフル。なお作曲者のベームはモダン楽器=ベーム式フルートを開発した人。

1939年、第二次世界大戦勃発の年に書かれたマルタンの曲は前半、不安感と焦燥感に満ちている。そこからは魂の叫びが聴こえる。しかし抒情的な中間部を経てフィナーレではピアノが鐘の音を模し、コラールのように清浄な響きがあった。発表された同年、ジュネーヴコンクール課題曲となった。

1974年生まれのマントヴァーニは2010年に35歳の若さでパリ音楽院院長に選出された。「アペルデール」は2000年に発表され、翌年にジャン=ピエール・ランパル国際フルートコンクールの課題曲になった。風を切る音、息の音。尺八や篠笛を思わせる音程の変化。フラッタリング(fluttering)。楽器の性能をフルに活用した不思議な曲だった。

躍動感あるプロコフィエフのソナタはプーランクと並ぶ20世紀の最高作。ベルノルドは芯の太い音でどっしりと大地を踏みしめる。姿勢の美しさ。そして上半身がよく動く。第2楽章は疾風怒濤の如し。第3楽章は幻夜。夢想の世界が広がってゆく。そして力強い第4楽章へ。

アンコールは

  • ドビュッシー/シリンクス(パンの笛)
  • タファネル/ミニヨンの主題によるグランド・ファンタジー
  • プーランク/フルート・ソナタ 第1楽章

シリンクスは豊かな響きで無限の音色があった。プーランクのソナタをしてくれたのも驚いた。何というサービス精神!

フィリップ・ベルノルドエマニュエル・パユ(ベルリン・フィル主席)、ヴォルフガング・シュルツ(ウィーン・フィル主席)、マチュー・デュフォー(シカゴ響主席)らと肩を並べる、世界トップのフルーティストである。必聴。

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立川談春 独演会/子別れ(上・中・下)通し

堺市民会館(大阪)へ。立川談春さんの文字通り、ひとり舞台。The One And Only.満席。

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「ラブ・サウンズコンサートシリーズ2010」のトリということで、「興奮しています。爆発しそうです。放水してもらおう」と。このシリーズに登場した加山雄三さんについては「立川談志と同い年なんですよ。信じられます?加山さんまだまだお元気ですよね。うちの師匠(談志)はもう駄目です」

東日本大震災について触れ、東京のある噺家がしみじみと「オレ達はこういう時に無力だね。何の手助けも出来ない」と言ったことに対して、「何を今更そんなこと言っているんだぃ。そもそも落語家てぇのは生産性を拒否した人間じゃねぇのか?」と。

「落語は弱い芸です。こういう非常事態には時間が必要。いま被災者の方々にはエンターテイメントも、『頑張れ』という励ましの言葉も要らない。むしろ人の話よりも、自分の話を聞いて欲しいのではないか?」「本当に辛い時は助けられない。見守るしかない」「我々がお役に立てるのはもっと先の話」理性的で重みのある言葉だ。

テレビにおける東電・保安員・菅首相の会見については「皆、日本語が不自由ですね」「スピーチが上手いのは枝野さんだけ。さすが元・弁護士。ブレスの使い方がいい。大したこと言ってなくても説得力がある」と話芸のプロらしい観察眼。

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今回のネタは

  • 粗忽の使者
  • 子別れ(上・中・下)

子別れは「強飯の女郎買い」、は「子は鎹」の名で呼ばれることがある。は副題なし。上方に伝わった「子は鎹」は三遊亭圓朝が改作した別バージョン(「女の子別れ」)。中と下の間で仲入りがあった。

かつて談志師匠は「子別れ」のしか演じなかったそうだ。を高座に掛けるようになったのはいまから10年くらい前。40年かかっているから弟子は誰も手を出さなかった。しかしある時、家元と談春さんが差しで話をする機会があった。その時、「(オレの「子別れ」を)やってくれ」と言われた。そして談春さんも高座に掛け、絶賛された。

そんなある時、弟弟子の志らくさんから電話。嬉しそうな声で「兄さん、家元の『子別れ』をパクったんだって?家元が怒っていて『もうあいつは破門だ!』って言ってるよ」

「こんな酷い話ないと思いません?」と談春さん。「伝統芸ですよ。弟子が師匠を『パクった』となじられるなんて!米朝師匠なら絶対そんなこと言わない筈です」ここで場内爆笑。「これが立川流なんです」

結局その後、談志師匠から電話があり「談春、悪かった。オレ、思い出した。お前に『やってくれ』って言ったよな」こうして破門騒動は収束した。

談春さんの「子別れ」は”物語る力”を感じさせる傑出したもの。シリアスな場面と、”緊張の緩和”=笑いを誘う場面の配分、匙加減が絶妙。談春(談志)版の亀ちゃんは絵を描くのが大好きで、お父っつぁんから五十銭を貰った時、「これで鉛筆を買う」と言う。画用紙一杯にを描きたいと語るのだ。実はそれが、父親との想い出に繋がっていることが最後の最後になって判る仕掛け。色彩感があり、晴れ渡るのように爽やかな高座であった。

午後2時開演で終演が4時45分。休憩時間を除いてもたっぷり2時間半。びっしり中身が詰まった、深い余韻が尾を引く口演だった。

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笑福亭松喬還暦落語会 (3/19)

国立文楽劇場(大阪)へ。

その道中、なんばグランド花月(NGK)の前を歩いて通ったら黒山の人だかり。背伸びして覗いて見ると、東日本大震災の被災者支援の募金箱を持った笑福亭仁鶴さんが街頭に立っておられた。

さて、松喬さんは兵庫県出身。笑福亭松鶴に入門後も「播州訛り」が残り、師匠から「早く(落語家を)辞めろ、やめろ」と怒られ放しだったという。

大阪弁には「泉州弁」「河内弁」など沢山あるが上方落語は「なにわことば」の「船場ことば」が中心になっており、修行中は松鶴から徹底的に「なにわことば」を 仕込まれたそう。十八で入門して芸歴四十二年。松喬落語を通して上方の匂いを感じてもらいたいとの意気込みが、パンフレットに書かれていた。

  • 笑福亭遊喬/道具屋
  • 笑福亭三喬/べかこ
  • 笑福亭松喬/お文さん
  • 桂  春團治/祝のし
  • 桂   ざこば/強情
  • 笑福亭松喬/帯久

お文さん」で松喬さんの描く丁稚はアホっぽくて可愛い。本妻・妾・女中と三者三様の女性の演じ分けも上手いなぁ。

ざこばさんは開口一番「私は落語が嫌いなんです」と。そして日常でムカつくことを幾つか挙げた後で「強情」へ。さすがベテラン、ニクイ導入。

再び登場した松喬さん、「帯久」では”本卦還り(ほんけがえり)”=還暦の説明をした上でネタへ。50分にわたる熱演。人間の悪意を描くシリアスな前半、打って変わって後半の痛快な裁判(@奉行所)シーン。そのコントラストが鮮明で、ダイナミックな高座を堪能した。

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トリイどっかんBROTHERS Vol. 4

3月16日(水)、TORII HALLへ。

  • 桂  文華/いらち俥
  • 月亭遊方/戦え!サンダーマン(遊方 作)
  • 笑福亭鶴笑/しょーもないもん屋(仮題、鶴笑 作)
  • 鶴笑・遊方・文華/ゲームコーナー

Torii

3人による雑談をマクラとして繋いでゆくユニークな落語会。

「久しぶり」という文華さんの「いらち俥」は勢いがあってどんどん加速する、躍動感溢れる高座。最後はハーハー息を切らしながらの熱演。

遊方さんは前回のどっかん同様、声が嗄れていた。「戦え!サンダーマン」は以前、三風さんで聴いたことがあるが、本家本元は初めて。ラッキー!マクラで、ウルトラの父と母の実の息子はウルトラマンタロウだけという雑学も。へぇ〜。

鶴笑さんは押入れに眠っていた様々な自作小道具のコレクションを「これを世に出そう」と披露。はしご人形、風船式のパイプオルガン、しゃべる手袋、等々が次々に日の目を見た。くだらないといえば確かにくだらないのだが、そこがいい。なお「ブログにはタイトルを《文七元結》と書いておいて下さい」と。

最後のクイズゲームはいつも通りグダグダ。間延びして企画倒れ。これは再考を要す。でも、そこまではすこぶる面白かった。

終始三人はノリノリだったが、逆に客席は普段と比べて元気がなかった。日々報道される震災の深刻さに皆打ちのめされ、しゅんとしている感じ。こういう時こそ笑いが必要!

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桂文枝七回忌追善落語会 (3/12)

東西日本大震災の翌日、3月12日に繁昌亭へ。

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五代目・桂文枝の直弟子による一門会。この日が命日で、今年が七回忌。

  • 桂 文福/師匠の想い出
  • 桂かい枝/豊竹屋
  • 桂枝曾丸/和歌山弁落語・入院上々
  • 桂 文喬/悋気の独楽
  • 桂 坊枝/四人癖
  • 桂あやめ/ちりとてちん・芸者編
  • 桂 三枝/誕生日(三枝 作)

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文福さんは師匠の写真をスライドで見せながら、得意の謎かけや相撲甚句を披露。

文喬さんは、はんなりした女性の描き方が上手い。

坊枝さんは軽妙で陽気な高座。

あやめさんは登場人物を女性に置き換えた脚色が巧み。お座敷芸で「狐釣り」があったりと独自の工夫も。

老いをテーマにした三枝さんの新作も聴き応えあり。

文枝一門の実力の高さをまざまざと見せつけた、充実した会であった。

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米朝、春團治、三枝、鶴瓶の直筆サイン入り/東日本大震災「支援手ぬぐい」即完売!

天満天神繁昌亭へ。

上方落語協会が販売し、桂米朝、桂春団治、桂三枝、笑福亭鶴瓶4人の手書きサインが入った手ぬぐい(5,000円)を購入するためである。

東関東大震災を受け、被災者を支援するため桂三枝・上方落語協会会長の発案で急遽決まったもの(→三枝さんのブログへ)。

朝11時からの発売で僕が到着したのが10時15分。既に整理券を配布しており、20番台だった。集まった人数により、購入枚数制限をすると説明を受ける。用意された手ぬぐいは90枚。

午前11時。並んだ人が50人を超え、「お一人様一枚とさせていただきます。なお複数枚ご希望の方は、ご購入後に整理番号を受け取り、もう一度お並び下さい!」と。購入した人のうち、2/3位は並び直していた。そして発売後たった7分で完売。

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上の写真は桂春團治さんと笑福亭鶴瓶さんのサイン。

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これが桂三枝さんと人間国宝・桂米朝さんのサイン。三枝さんは「夢」と書かれている。

売上金は全て日本赤十字社を通じて、被災地に届けられる。更に後日、100枚限定で追加作成の予定だそうだ。

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東西笑いの喬演〜笑福亭三喬・柳家喬太郎 二人会 (3/11)

東日本大震災が発生した3月11日(金)、大阪市立子ども文化センターへ。

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  • 吉崎律子、笑福亭喬若、喬介/幕開お囃子披露
  • 鈴々舎風車/真田小僧
  • 柳家喬太郎/白日の約束
  • 笑福亭三喬/鴻池の犬
  • 笑福亭三喬/鷺取り
  • 柳家喬太郎/錦木検校

まずは3人で四天王の出囃子を披露。五代目文枝の「廓丹前」、六代目松鶴の「舟行き」、桂米朝「三下り羯鼓」、そして桂春団治「野崎」。

風車さんはマクラで東西の気風の違いを。エスカレーターで東京は左に立ち右側を歩く人のために空けるが、大阪ではその逆。また東京の人は地下鉄車内で喋らず、シーンとしていると。

喬太郎さんは「何も触れないのも不自然ですから」と震災について触れ、「もしここで地震が発生したら、私もお客さんも一蓮托生です」そして1999年より以前に、ノストラダムスの大予言について考えたことなどを語られた。続いてバレンタイン・デーについて「ちょこざいな日」「こしゃくな」「冗談じゃねぇ!」と。真打になる前の二つ目の頃、2月14日の出来事。タクシーの後部座席に立川談春さんと柳家花緑さんにはさまれて座った。女性達がキャーと両サイドの窓に群がり、叩かれたウィンドウを下ろすとチョコレートの嵐が二人を襲う。ふと、その中のひとりが真ん中の人物に気付き「あ、良かったら喬太郎さんもどうぞ」と。「そんなお情け、いらねぇよ!!」と激怒する喬太郎さんに会場は大爆笑。

そして新作「白日の約束」の”白日”とはホワイト・デーの意味だと噺の半ばで分かる仕掛け。マクラはその伏線だったのだ。う~ん、やるねぇ!主人公が彼女をデートに誘う映画が「総長の首」(菅原文太主演、中島貞夫監督)や「県警対組織暴力」(菅原文太主演、深作欣二監督)といったマニアックさも最高に可笑しい。「背番号6」、SWAのユニフォームを着て口演。

三喬さんはマクラで西宮の小学校で転校生の女の子が「ぼん(坊)さんが屁をこいた(東京では”だるまさんがころんだ”)」を「ぼんさんが本読んだ」に言い換えていたという想い出を語られた。つまり公序良俗に反するので、親からそのように教育を受けたのだろうと。これが異なる環境で成長した犬の兄弟を描く「鴻池の犬」に結びついてゆく。三喬版で兄貴の”くろ”は鴻池家に引きとられ、サプリメントや皇潤(飲むヒアルロン酸)を与えられすくすく育つ。この”くろ”が親分肌でいい感じ。

鷺取り」は仁輪加(にわか)のないバージョン。サゲは「一人助かって、四人死んだ」

そしてトリは本当に聴きたかった喬太郎さんの「錦木検校(にしきぎけんぎょう)」!古典落語「三味線栗毛」を喬太郎流にアレンジし、それを聴いた鶴瓶さんが電話で了解を取って演じ始めたという逸話あり。おそらく喬太郎さんが大阪で人情噺を掛けるのは今回が初めてなのでは?満を持してのネタであり、聴き応えたっぷり。喬太郎さんはNHK「坂の上の雲」に役者として出演されており、迫真の演技で聴衆を魅了した。

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阪神・淡路大震災の被災地から音楽のメッセージ〜岩村 力/兵庫芸術文化センター管弦楽団 定期

3月20日(日)、兵庫県立芸術文化センター(西宮)へ。

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岩村 力/兵庫芸術文化センター管弦楽団(PACオケ)の定期演奏会。太鼓:林 英哲さんと和洋の饗宴。

3月11日に発生した東日本大震災について、フランスにいる佐渡 裕 芸術監督からのメッセージも届けられた。

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今回のプログラムは、

  • 伊福部 昭/SF交響ファンタジー 第1番
  • 山下洋輔(挟間美帆 編)/プレイゾーン組曲(管弦楽版、世界初演)
  • 武満 徹/鳥は星形の庭に降りる
  • 松下 功/和太鼓協奏曲「飛天遊」

まず指揮者の岩村さんからお話があった。地震発生時には仙台フィルと青森で公演中だったこと、大変な思いをして関西にたどり着いたこと。そして水爆実験から生まれた怪獣「ゴジラ」のテーマが入った「SF交響ファンタジー」をこの時期に演奏していいのか、PACのメンバーからも疑問の声が上がり、どうするか真剣に悩み議論を重ねた上で、演奏する決意をした経緯を語られた。

その「SF交響ファンタジー」は威圧的なゴジラの動機から始まる。大地が揺らぎ、大津波が襲ってくる情景が目に浮かぶよう。後半になると地球防衛軍が活躍する格好いいマーチが登場。その音楽が、自衛隊・警察・東京消防庁ハイパーレスキュー隊らが福島第1原発に放水する雄姿に重なった。リアルに心に響く音楽体験であった。伊福部昭の偉大さを再認識した。

プレイゾーン組曲」は元々、和太鼓と室内アンサンブルのために書かれたもの。この度、和太鼓+オーケストラ用にアレンジされた。無調で混沌とした「ビギニング」から始まり、締太鼓とサヌカト(讃岐岩から作られた打楽器)による「イントゥ・ザ・ゾーン」、さらに「ダイアログ」「ダンス」「チェイス(フーガ)」と続き、激しい和太鼓のパフォーマンス「ゾーン・プロミネンス」で締めくくられる。山下洋輔さんの作曲だけにJAZZのイディオムがふんだんに取り入れられ、後半はキャッチーでエキサイティング。熱狂のリズムに和の鼓動、日本人の生命力を感じさせた。これは是非、近い将来東北地方でも演奏してもらいたい曲である。きっと多くの人々が勇気づけられるだろう。

僕は昔から武満徹の音楽が大好きなのだが、残念なことに関西で聴ける機会は滅多にない。「鳥は星形の庭に降りる」は武満らしく幻夢的でミステリアス。カラフルな音色でとても良かった!

そして1994年に初演され、世界各地で繰り返し演奏されてきた「飛天遊」。またまた和太鼓が大活躍で、林さんの熱いパフォーマンスで興奮は頂点へ。

アンコールは「太鼓打つ子ら」。

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八丈島に太鼓の囃子歌というのがあり、それに林さんが歌詞を付けたもの。元々恵まれない子ども達に太鼓を教える時に演奏してきたそうだが、「今度の震災でも親を亡くした子供が沢山いるでしょう……」と林さんは声を詰まらせた。

この関西からの想いが、今も震災の地で辛い避難生活を送られる皆さんに、いつか伝わりますようにと願いながら、帰途に就いた。

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ドイツからヴォルフガング・ツェラー来日~バッハ/オルガンが拓く大宇宙

3月21日(月・祝)、東日本大震災および福島原発事故の影響で、予定されていたヒラリー・ハーンのヴァイオリン・リサイタルが全公演中止となり、代わりにいずみホールのバッハ・オルガン作品連続演奏会へ。

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シリーズ8回目の今回は「オルガンの拓く大宇宙」と副題が付けられている。ブルージュ国際オルガン・コンクールで優勝し、現在はハンブルク音楽演劇大学でオルガン主任教授を務める名手ヴォルフガング・ツェラーが来日した。

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当初日本で予定されていたツェラー氏の3公演のうち、茨城公演はオルガンが地震で壊れて中止となり(詳細はこちら)、交通網の乱れ、計画節電の影響で東京公演も中止となった。つまり大阪のためだけに来日されたそうである。友人たちからは「この時期に日本に行くべきでない」と言われたが、「今だからこそ人々を慰める必要がある。そういう力、精神性の高さがバッハの音楽にはある」と考えて、敢えて渡航されたという。

最初に国立音楽大学教授・いずみホール音楽ディレクターの磯山 雅さんからの呼びかけで、震災で犠牲になった方々の冥福を祈り、観客全員が起立し黙祷した。

今回のプログラムは、

  • J.S.バッハ/クラヴィーア練習曲集 第3部(全曲)

これはドレスデン聖母教会における大バッハ自身の演奏会プログラムを下敷きに、内容を充実させ出版されたもの。冒頭に壮大なプレリュードがあり、これに対応するフーガが最後に置かれている。それぞれ《父・子・聖霊》の三位一体を表す3つの主題からなる。そして、プレリュードとフーガに挟まれて21のコラールが響き、4つの技巧的なデュエット(2声のインベンション)がクリスタルの輝きを放つ。コラールは大コラールと、ペダルを用いない軽やかな小コラールがそれぞれ配されている。これらが渾然一体となって、オルガンの音色の豊かさと、表現の多様性がめくるめく歓びとして僕たちの目の前に広がっていった。それはまさに悠久の時を感じさせる「宇宙」であった。

会場はほぼ満席。シリーズ次回(8月6日、土)の先行販売には長蛇の列が出来ていた。

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笑福亭鶴瓶/紅寄席

3月6日(日)、朝 「菊池のおじき」をしのぶ落語会、昼 丸谷明夫(特任教授)/大阪音楽大学短期大学部 吹奏楽演奏会を聴いた後、繁昌亭へ。

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四代目・桂文紅さんを偲ぶ落語会。

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  • 笑福亭鶴瓶/鶴瓶噺
  • 笑福亭喬介/つる
  • 笑福亭瓶太/延陽伯
  • 笑福亭三喬/べかこ
  • 桂文福/相撲甚句
  • 笑福亭鶴瓶/お直し
  • 鶴瓶・文福・三喬/対談

鶴瓶噺では文紅さんが立命館大学卒業で、当時としては珍しいインテリだったこと、文才があり「青井竿竹」のペンネームでテレビ・ラジオの構成や脚本の執筆を手がけたことなどを語られた。鶴瓶さんは2002年に文紅さんから「子は鎹」の稽古を付けてもらった。「一番喋りにくい師匠を選んだ」と。鶴瓶さんがこのネタを掛ける時は必ず舞台袖でメモを取られ、ある雪が降る寒い夜、楽屋もない四条畷の落語会で初めてO.K.サインをくれたそうだ。文紅さんの死後は守口寄席を開催してきたが、七回忌の今回、初めて繁昌亭へ場所を移した。

喬介さんは「落語しま~す」と陽気に。噺に登場するアホが可愛い。

瓶太さんは文紅さんに5つのネタの稽古を付けてもらったそう。また笠智衆に似ていたとも。

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上の写真は落語会で配られた瓦煎餅。

三喬さんは甲南女子大で講義した時のエピソードを披露。「飲む、打つ、買う」といっても、今の女子大生には理解してもらえない。”打つ”とは何かと学生に問うと、返ってきた答えは「シャブ?」では”買う”は……「牛?」(=cow) 繁昌亭が笑いに包まれた。

べかこ」は噺家が主人公。そこで様々な落語家をスケッチ。「下ネタの鶴光、声が大きい文福、爆笑の枝雀、客席をシーンとさせる右喬」と。ネタに登場するニワトリを三喬さんは大熱演。また、お姫さまの一言コメントが最高に可笑しい!この噺は何度か聴いているが、今回が一番面白かった。

文福さんは得意の相撲甚句と謎かけで文紅さんを紹介。「鬼あざみ」などのネタを得意とし、またその師匠「文團治」の名前は現在空き名跡だが、上方でいずれ誰かが継がないといけないという話も。

さんは南光さんから「お直し」のテープを渡され、「お前、これやれ」と言われたそう。江戸時代には最下層の女郎=「蹴転(けころ)」が路地に立つ羅生門河岸(らしょうもんがし)があり、あまりにも乱暴な客引きだったため、鬼が引きずり込む場所という意味でそう名付けられたという。その頃、大阪・新町には遊女屋が31軒あり、上方では「蹴転」のことを「ドグロ」と呼び、それは魚のこと(調べてみると、河川など淡水に生息するドンコのことらしい)であると説明があった。このネタは本当に鶴瓶さんのニンに合っている。笑福亭のお家芸である酔っ払いの演技、そしてうぶな男の愚かしさ、滑稽さ。そういう人間性のおかしみが滲み出し、じっくり聴かせた。

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大空祐飛 主演/宝塚宙組「ヴァレンチノ」

梅田芸術劇場 シアター・ドラマシティへ。

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ヴァレンチノ」は1920年代にハリウッドで活躍した不世出の映画スター、ルドルフ・ヴァレンチノの半生を描いたミュージカル。作・演出を担当した小池修一郎のデビュー作。1986年に杜けあきを中心とした雪組により宝塚バウホールで初演、1992年に再演されている。

小池さんはパンフレットに次のように語っている。

「純粋な魂が栄光を掴むが挫折。再生を目指すが志半ばで肉体は滅ぶ」のは、私の永遠のテーマである

そして1920-30年代=ジャズ・エイジのアメリカを好んで取り上げるのも彼の特徴である。スコット・フィッツジェラルドの小説をミュージカル化した「グレート・ギャツビー」や、「失われた楽園 -ハリウッド・バビロン-」(フィッツジェラルドの遺作「ザ・ラスト・タイクーン」へのオマージュ)はその典型であろう。さらにヴァレンチノが主演したサイレント映画「黙示録の四騎士」と同じ原作に基づく「タンゴ・アルゼンチーノ」もある。そういう意味においてもまさしく「ヴァレンチノ」は小池ワールドの原点と言えるだろう。場面転換の手際よさ、スピード感に演出家のセンスが光る。

タイトルロールは大空祐飛。シナリオライターのジューン・マチスに野々すみ花が配役された。またデザイナーのナターシャを演じた男役・七海ひろきが好演。彼女の歌は……だが、その妖艶な美貌が圧倒的存在感を示した。

邸宅の庭にアランチャ(オレンジ)が豊かに実る美術装置が素晴らしく、音楽もいい。

劇中とアンコールで門奈紀生率いるタンゴ・バンド「アストロリコ」が演奏する、スタイリッシュなタンゴが特に印象的。また初演・再演で使用された宮本亜門氏の振り付けは今回、桜木涼介、AYAKO(宝樹彩)に変わり、これも洗練され、卓越した出来栄え。

最後に大空祐飛からの挨拶があった。

「本日は皆様、不安を抱えた中お越し頂きありがとうございました。私たちは皆様が元気で笑顔になって頂きたいと、日々舞台を一生懸命務めております。もし笑顔になれたなら、帰って他の方にも分けてあげて下さい」と。

心に残るスピーチであった。なお、東日本大震災の影響で「ヴァレンチノ」東京公演は中止となった。

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アン・アキコ・マイヤース緊急帰国!長原幸太コンマス 代演/大フィル定期

3月15日(火)ザ・シンフォニーホールへ。

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本日の大阪フィルハーモニー交響楽団 定期演奏会、本当はアメリカ出身のヴァイオリニスト、アン・アキコ・マイヤースがプロコフィエフを弾く予定だったが、急遽変更になった。

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3月11日に我が国を襲った未曾有の東日本大震災、さらに福島原発事故(米スリーマイル島原発事故を上まわるレベル6←仏核安全局の見解)の影響で在日ドイツ大使館は自国民に国外待避を勧告しているが、アメリカ大使館からも通達があり、マイヤースは緊急帰国したという次第。前日14日まで彼女はやる気満々だったのだが(こちらに詳細)、演奏会当日に降板が決まり、コンサートマスターの長原幸太さんが代演、プログラムも急遽メンデルスゾーンに変更となった。

開演時間になると長原さんや大フィル弦楽セクションの面々が舞台に登場。そして指揮者の円光寺雅彦さんがマイクを持って現れ、「今回の震災で亡くなられた方々を追悼し、バッハアリア(管弦楽組曲 第3番より)を演奏します」と。プログラムにはない、祈りの音楽。

円光寺さんは1989-1999年に仙台フィルの常任指揮者として活躍された方なので、特別の想いがそこにはあっただろう。

続くドヴォルザーク/序曲「謝肉祭」は活き活きとして、弾む鼓動を感じさせる演奏。あたかも生を謳歌するよう。

そしてメンデルスゾーン/ヴァイオリン協奏曲。長原コンマスの独奏を聴きながら、救命ボート(飛行機)で避難する人々(マイヤースら外国人演奏家)を尻目に、沈没しつつあるタイタニック号(日本)で演奏し続ける音楽家の姿が重なって見えて、何だか切なくなった。また長原さんの雄姿に、大植英次さんが急病で降板した数年前の事件を想い出した。

休憩を挟みフランク/交響曲 ニ短調。第1楽章は激しい慟哭があり、第2楽章は弦のピッチカートに乗って、イングリッシュホルンが切実な哀歌を奏でる。元PAC奏者ドミトリー・マルキンさんの妙技が光る。そして力強い第3楽章に再生・復興へ向かう強い意志を感じた。けだし名演であった。

終演後は大フィルの楽員たちが募金箱を持って聴衆をお見送り。僕も寄金した。

この日のことは一生忘れないだろう。ありがとう、大フィル!そして突然の代役を暗譜で見事に弾ききった長原コンマス、ブラボー!

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丸谷明夫(特任教授)登場!/大阪音楽大学短期大学部 吹奏楽演奏会

3月6日(日)、「菊池のおじき」をしのぶ落語会の後、大阪音楽大学 ザ・カレッジ・オペラハウスへ。

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大阪音楽大学短期大学部 吹奏楽演奏会

《第一部》

指揮は講師の小野川昭博 先生。小野川先生は大阪の女子高・明浄学院高等学校吹奏楽部の音楽監督でもあり、同部を全日本吹奏楽コンクール8回出場(うち金賞2回)に導いている。

  • 酒井 格/たなばた
  • 2011年吹奏楽コンクール課題曲より
    ・ 新実徳英/シャコンヌS
    ・ 佐藤博昭/天国の島
  • F.ティケリ/シェナンドー
  • N.ヘス/イーストコーストの風景
    I. シェルター島 II. キャッツキル山地 III. ニューヨーク

たなばた」は強弱のコントラストがはっきりしていて、波のよう。勢いがありさわやか。この作品は作曲者が大阪府枚方市で高校生の時代に書いた楽曲。酒井さんが大阪音楽大学作曲科在学中にオランダの出版社から刊行された。憧れの先輩への想いを描き、彼女の誕生日が7月7日だったという。

課題曲「シャコンヌS」は平易なメロディで映画音楽みたい。

天国の島」は、曲調が保科洋/風紋によく似ていると想った。日本的で変拍子があったりするが、オリジナリティが感じられない。しょーもな。

ティケリの曲は滔々と流れる大河の如し。しっとりと歌う。

アメリカ東海岸を描く「イーストコーストの風景」第1曲は浮遊感があり、第2曲はゆったりとして雄大。冒頭トロンボーンのコード進行がまるでドヴォルザークの「新世界より」第2楽章みたい。何か原曲に相当するようなものがアメリカ大陸にあるのだろうか?第3曲は大都会の喧噪を描き、クラクションの擬音など賑やかで愉快。

《第2部》

指揮は特任教授の丸谷明夫 先生(丸ちゃん)が登場。丸ちゃんは大阪府立淀川工科高等学校(淀工)吹奏楽部の顧問として全日本吹奏楽コンクール31回出場(うち金賞23回)という記録を持つ。今回は珍しくM.C.(トーク)なし。

  • 2011年吹奏楽コンクール課題曲より
    ・ 渡口公康/南風のマーチ
    ・ 堀田庸元/マーチ「ライヴリー アヴェニュー」
  • G.ホルスト/吹奏楽のための第1組曲
  • A.リード/アルメニアン・ダンス パート I

マーチを振らせたら右に出る者がないと言われる丸ちゃん。「南風のマーチ」は生き生きとしたffで始まる。タテが揃い、一糸乱れぬ演奏。

ライヴリー アヴェニュー」の中間部は「A列車で行こう」を彷彿とさせる。歯切れ良く、弾ける。

ホルストの第1楽章「シャコンヌ」はカチッととしたイン・テンポで心に響くハーモニー。第2楽章「間奏曲」は小気味好い。A-B-A'という構成の第3楽章「行進曲」は静かな中間部Bでむしろテンポは速まり、A'に戻って更に加速する。これぞ丸ちゃんの真骨頂!

アルメニアン・ダンス」はピンと糸が張り、躍動感があった。

アンコールは

  • P.グレインジャー/デリー地方のアイルランド民謡
    (ロンドンデリーの歌)
     指揮:小野川
  • スーザ/マーチ「美中の美」 指揮:丸谷

大阪音楽大学の実力は全日本吹奏楽コンクール大学の部や一般の部の金賞受賞団体(例えば龍谷大学吹奏楽部、大津シンフォニックバンド)レベル。一曲ごとに演奏者が入れ替わった。当然、大半が女子学生である。

聴き応えのある充実した演奏会だった。

しかし考えてみれば、音楽の専門教育を受けていない高校電気科の先生(丸ちゃん)が音楽大学の特任教授に任命されたというのは実に痛快だなぁ。

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森麻季、佐野成宏、青山貴/歌劇「椿姫」@兵庫芸文

兵庫県立芸術文化センターへ。

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ヴェルディのオペラ「椿姫」を鑑賞。配役はヴィオレッタ:森 麻季、アルフレード:佐野成宏、ジェルモン:青山 貴 ほか。平日マチネにかかわらず満席。

兎に角、十川 稔の凡庸な演出がお粗末だった。安っぽい衣装もいただけない。宝塚歌劇団の方が豪華ってどうよ?

僕は今まで6種類くらい「椿姫」の演出を映像で観ている。

フランコ・ゼッフィレリ(映画版、およびジュゼッペ・ヴェルディ劇場ブッセート版)、リリアナ・カヴァーニ(ミラノ・スカラ座)、ウィリー・デッカー(ザルツブルク音楽祭)、リチャード・エアー(コヴェント・ガーデン・ロイヤル・オペラ・ハウス)等である。

それらと比べると、十川の演出はまるで大リーグの試合を見た後で子供の草野球を観戦するようなものだった。ミュージカル界で活躍する小池修一郎や宮本亜門が如何に優れた演出家であるかということを、改めて実感した。

それにしても、このプロダクションを観劇する直前にアンナ・ネトレプコの「椿姫」@ザルツブルク音楽祭で予習したのが間違いだった。

森さんのヴィオレッタは澄んだ高音が素晴らしく、弱音の美しさも絶品なのだが、如何せん線が細く、声量がない。オーケストラの大音響に声がかき消されてしまう。コロラトゥーラの彼女にはモーツァルトのオペラや「ボエーム」のムゼッタは似合っているが、ドラマティックなこの役を演じるには些か荷が重すぎたのではないだろうか?ヴィジュアル的には全く文句ないのだが。

佐野さんは今年のNHKニューイヤーオペラコンサートの頃から調子が悪いなぁと感じていたが、今回も低音が掠れていた。

という訳で一番良かったのはジェルモン役の青山さん。声量が豊かで耳に心地よい歌唱であった。

最後に、新国立劇場合唱団と現田茂夫/兵庫芸術文化センター管弦楽団は大変好演だったことを申し添えておく。

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上方落語の風紀委員長「菊池のおじき」をしのぶ落語会

名人 桂文太さんのマクラに次のようなものがある。

落語もほどほど聴くのがよろしいでんなぁ。私の知り合いに365日のうち350日ほど落語を聴いている人がいてまんねん。で、こういう人は「落語を聴きながらぽっくり死にたい」てなこと言いまんねん。こんな無責任な発言はおまへんで。
「あれ、落語会が終わったのに、客席にまだ一人いてまっせ。もし、落語会終わりましたで、菊池さん……」(場内爆笑)
でこんな死人が出たら”不審死”ですから、当然病理解剖に廻されますわな。お腹を開けたら真っ黒い落語の塊がぎょうさん出てくる。それを詳しく検分すると、誰の高座か判明する。そして「文太、お前が犯人だ!」と警察に逮捕される……そんなことになったらかないまへんからな。やめといてくださいよ、菊池さん。

その、田辺寄席や文太の会には当たり前のように客席に座っていた菊池さんが今年の正月に亡くなった。享年69歳、尼崎市にある長屋で独り暮らしだった。

「菊池のおじき」はいつも右端の真ん中あたりに腰を下ろし、客席ににらみをきかせていた。マナーの悪い客には厳しかった。

遺品には几帳面な字で落語会を記録した数冊のメモが残されており、演者や演目、演じられた時間が分単位で淡々と刻まれていた。

例えば、

田辺寄席 in 寺西家 12月師走席 45人

桂文太(有)19:57~20:02~20:30 「猫の災難」

とある。(有)、(無)は見台(+膝隠し)の有無を示し、マクラの開始~ネタに入った時間~終了時間と続く。色物には名前の前に△印が付く。

またメモの一番上の隅の方に「アホ4人」と書かれたものもある。追悼文集のなかでその意味を本人に訊ねた人がいて、「帽子かぶっとるヤツや!」と答えが返ってきたそうだ。帽子を被ったままだと、後ろの人が見えにくい。そういう不届きな連中を、菊池のおじきはいつもにらみつけていたのである。

おじき語録(田辺寄席「参加者の声」)から面白い(共感した)ものを引用してみよう。

食堂で定食を注文して、おかずの中に嫌いな物があれば食べずに残す事もできるが、落語会はそうはいかない。フォアグラを採る為に飼育されている鴨のようにいやでも全部聴かねばならない。そやから演者はある程度のレベルまで技能を磨いて欲しい。辛口ですんまへん。

また、高座の最中に客席で携帯電話が鳴ったことについて、

文明の利器をサルが使ったらいかんと思った。

とある。きつい一言である。

僕は菊池さんの名前と顔を認識していたが、言葉を交わしたことはない。でも一度、文太さんが出演された繁昌亭の会で目が合い、向こうから目礼して下さった ことがあった。「あっ、菊池のおじきは僕のことを《まっとうな落語ファン》として認めてくれたのかな」と嬉しくなった。単なる好意的誤解・我田引水なのか も知れないが、それでも構いやしない。

この度おじきの訃報を聞き、有志が「しのぶ会」を企画。「おじきの贔屓にしていた落語家さん」に連絡を取ったところ、みんな快諾し1時間足らずで出演者が決まったという。

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3月6日(日)朝、落語「高津の富」や「崇徳院」の舞台となった高津神社にある「高津の富亭」へ。

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定員80名、前売りで完売。当日券無し。

  • 桂 文太/開口0番
  • 露の団姫/道灌
  • 笑福亭生喬/しらみ茶屋
  • 桂 文太/居残り佐平次
  • 桂 文華/阿弥陀池
  • 桂 千朝/代書(オリジナル完全版)

菊池さんのいつもの指定席には遺影が置かれていた。

開口0番で文太さんは、菊池さんが繁昌亭などで大向こうを掛けてくれる時に、(師匠の文枝邸が「玉出」にあり、文太さんも玉出なので)「若玉出」と叫ぶのだが、どう聞いても「バカ玉出」にしか聞えなかったというエピソードなどを話された。さらに「そうそう、帽子は取ってくださいよ。おじきがにらみますから」と。

団姫さんはマクラで大師匠・露の五郎兵衛が創った川柳を披露。

「へそまがりの 虫を一匹 飼っている」
「ネクタイの 数見て恋の 数を知り」

久しぶりに彼女の「道灌」を聴いたが、間の取り方が良くなったのだろうか、ますます上手くなってるなぁ!

笑福亭生喬さんは菊池さんの印象として「常に怒ってはる」。落語会のアンケートにも「あのおばちゃん、腹が立つ」と書かれていたり。生喬さんの勉強会が田辺寄席と重なると「行かれへんがな!」と怒られた。また「米揚げ笊」をネタ下ろしした時ボロボロの出来で、受付をしていた生喬さんの奥さんに菊池さんがツカツカ寄ってきて、「お宅の旦那は、ちゃんと稽古してはるんか!」と。朝日新聞に掲載された菊池さんの記事については「あんな大きい写真を載せてもらって羨ましい。僕なんか小さい写真しか載ったことないのに」

また生喬さんは林家花丸さんの影響で最近、宝塚歌劇にはまっているそう。何と雪組「ロミオとジュリエット」は3回観劇されたとか!負けた・・・。ラインダンス(ロケット)で綺麗に足が揃っているのを褒め讃えた後、大声で「住吉踊り、アホか!!」と。場内大爆笑。

しらみ茶屋」に登場する唄「夜桜」で、生喬さんが踊りながら虱を取る仕草が可笑しかった。

文太さんはマクラで大阪の色町、曾根崎・新町・松島の特徴を小咄で紹介し、ネタへ。元々は江戸の噺だが、兵庫県の福島に舞台を移植。滑らかな口跡で飄々と演じられた。

文華さんは雀のおやどでの勉強会にも菊池さんが来てくれて、「噺家冥利に尽きます」と。「阿弥陀池」は1ブレス(呼吸)で一気に喋り、スピード感ある高座。

千朝さんは梅田・太融寺の会に於いて、よく「今日、菊池さん来てはるで」と楽屋で話題になったというエピソードを披露。「代書」は依頼客が4人登場するオリジナル完全版。

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座談会では笑福亭竹林さんが遊びに来られていて、アンケートの「お気づきの点をお書き下さい」という設問に、菊池さんが「お気づきの点を」と記載していたという想い出を語られた。

さらに、菊池さんが最後に聴いた生の落語は?という話題に。12月上旬、桂雀五郎くんの5日連続勉強会、前半2日間で目撃したと客席からの証言。すると某噺家さん曰く、「雀五郎が最後やったら死んでも死にきれんやろうな」その後、12月9日「NHK上方落語の会」での見かけたとの証言が。その日は文太さんが「幾代餅」をかけ、トリは三枝会長の「相部屋」。どうやらそれが最後らしいとの結論に達した。竹林さんがボソッと「雀五郎が最後でなくて良かった」

露の団姫さんは、年季が明ける前から田辺寄席に手伝いに行っていたが、菊池さんからよく「元気か?」「頑張っているか?」と声を掛けられたそう。文太さん曰く「気ぃあったんちゃうか?」「そういえば(露の)眞ちゃんは話し掛けられたことないと言っていました」

一落語ファンを追悼するため、プロによる落語会が開催されるというのは前代未聞のこと。これも菊池さんの人徳だろう。温かくて、愉しい一時であった。

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第6回 なんことけいこ ~太閤記の巻~

動楽亭へ。

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講談師・旭堂南湖さんと浪曲師・春野恵子さんとの二人会。客は今回少なめで19名。恵子さん目当てで、東京から来た人も。

  • 旭堂南湖/講談・矢矧橋(やはぎばし)
  • 春野恵子/浪曲・出世太閤記 ~秋風矢矧の橋~
    (曲師・一風亭初月)
  • トークコーナー・恵子のギモン ~なんこ兄おしえて!~
  • 旭堂南湖/講談・長短槍試合

南湖さんは高座にある釈台(しゃくだい)で喋り、

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客席反対側には浪曲のテーブル(演台)が設置され、恵子さんはそこで立って演じられた。

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恵子さんのネタは、入門して最初に師匠から教わったものだそう。今回の打ち合わせで、南湖さんから「時間はどれくらい?」と訊ねられて「28分です」と答えたら、「生意気な」と言われたとか。講談の場合、その場の雰囲気で長さが変わるので「大体30分くらい」としか言えないが、浪曲ではきちっと型が決まっておりそれほど時間が前後しないので、分刻みで申告する習慣なのだそう。

同じ物語を講談と浪曲で聴き比べるのは面白い。矢矧橋で秀吉(当時:日吉丸)が出会う人物が違う。

明治の著名な講釈師・玉龍亭一山(ぎょくりゅうてい いっさん)は「太閤記」一本で、他は一切手がけなかった。彼の続き読みは元旦に秀吉が生まれるところから始まり、そこから一年かけ、大晦日に秀吉が死ぬところで読み終わりになったという。落語「くっしゃみ講釈」に登場する後藤一山は彼をモデルにしており、口調もそっくりだそう。

南湖さんが1999年に三代目(先代)旭堂南陵に入門した時、師匠は既に82歳(その6年後に亡くなった)。「弟子にしてください!」と言うと、あっさり「うん」との返事。4月に入門して初高座は6月の「太閤記 ー天王山のとりやりー」。師匠の手本をメモに取ったり、テープ起こしたりして学んだ。「適当にやった方がいい」と助言されたという。滋賀県出身ということから、日本一になれという願いをこめ、琵琶湖に因んだ”南湖”という名を頂いた。内弟子ではなく、最初は生活できないので寿司屋でバイトをやったという話も。

春野さんは東京から夜行バスに乗って大阪・国立文楽劇場で弟子入り志願をした。最初は声調べ(音程のチェック)があったそう。”凛子”という名前を師匠から提案されたが、当時は渡部淳一の「失楽園」が流行っていて、そのイメージが強いので「ちょっと……」と断り、本名の恵子で収まった。

会場では桂ざこばさんの新弟子・あおばくんがお手伝い。そこで南湖さんが彼のエピソードを披露。ざこばさんは彼のために「ふたば」と、もう一つ別の芸名を考えていたそうだ。師匠から「どちらか選べ」と言われると、彼は「易者から『あおば』の字画がいいと言われました」と自ら申し出たという。う~ん、大物だ。

またトークでは、恵子さんが南湖さんに「もしお兄さんのところへ女性の入門志願者が来たら、どうされますか?」と質問。しばし沈黙の後、「……奥さんがどう言うかですね」と南湖さん。ここからさらに大変興味深い会話が続くのだが、それはまた、別の話。残念ながら、そろそろお時間です。

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飯森範親/いずみシンフォニエッタ大阪「マーラーへのオマージュ」

2月26日(土)、いずみホールへ。

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ソプラノ・中丸三千繪さんを迎えての飯森範親/いずみシンフォニエッタ大阪の定期演奏会。今回は没後100年を記念して「マーラーへのオマージュ」がテーマ。

開演30分前に恒例のロビー・コンサートあり。ハープ奏者・内田奈織さんの独奏で、

  • A. アッセルマン/五月の歌
  • C. サルツェード/夜の歌

ハープって間近で聴くと、力強く大きな音がする。「夜の歌」は印象派風で、爪の裏で弾いたり打楽器風に共鳴胴を叩くなど奏法が面白い。

その後、飯森さんとシリーズ企画・監修の西村 朗(作曲家)とのプレトークあり。

  • シュナーベル/Mahler-Moment(日本初演)
  • マーラー(コルノット 編)/交響曲 第10番からアダージョ
  • 神本真理/Playful theater(委嘱新作・初演)
  • マーラー(川島素晴 編)/さすらう若人の歌、私はこの世に捨てられて

現役のドイツの作曲家シュナーベルは最弱音のハーモニクス(倍音)で開始され、ガラスのように繊細で神秘的な楽曲。マーラー/交響曲第1番や第9番からの引用もあるが、5分くらいであっけなく終わる。

ルキノ・ヴィスコンティ監督の映画「ベニスに死す」の影響もあり、マーラーの音楽は”厚化粧”というイメージがある。しかし室内オーケストラによる解像度の高いすっきりした響きを聴くと、とても見通しがよく、印象がガラリと変わるから面白い。

未完の交響曲では再現部に入ってからの終盤、属9和音の不協和音の中に浮かび上がるトランペットが強烈な印象を与える。飯森さんが「これはマーラーの叫びですね」と言うと、西村さんが「19世紀と20世紀の音楽を分ける響き」と答えられた意味がよく理解出来た。

飯森さんの指揮は表情豊かで動的。時折激しい表現もある。

神戸出身の若い作曲家・神本さんは《シック×カラフル》をキーワードに、文字通り遊び心に満ちた新作。冒頭部がJAZZっぽい。また息の音や、弓を叩く音を用いたりと変な曲。どこがマーラー?という感じだったが、それなりに愉しめた。

しかし今回の白眉は何と言ってもプログラム後半、中丸さんの深みのある歌唱だろう。声量豊かで陰影に富み、一言一言噛みしめるように歌われた。本来「さすらう若人の歌」はバリトンが歌うが、今回初めてソプラノで聴いても違和感はなかった。これは大変面白い試みと言えるだろう。

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TOR I I 講談席 ~ヒメたちの戦国~ (3/2)

TOR I I HALL(トリイ・ホール)へ。

Koudan

NHK大河ドラマに沿った、勝手に便乗企画。

  • 旭堂南青/細川ガラシャ
  • 旭堂南華/浅井三姉妹物語 ~茶々・初・江~
  • フリートーク(全員)/女性が主人公の講談ってどう?
  • 旭堂南湖/お江が亡くなった日
    ~その頃タイの山田長政は…~
  • 旭堂南海/女たちの大阪の陣

客は33人。通常講談は10-20人程度という感覚だったので、かえって多くてびっくりした。落語と比較して年齢層がさらに高めな印象。

会の前に鳥居学 社長がご挨拶。この4月でトリイホールは20周年だそう。先日はテレビ「アド街ック天国」にも取り上げられ、これからもミナミから発信する文化を守っていきたいと力強く決意を語られた。

南青さんはブレス(息継ぎ)が多く、文節がぶちぶち切れる。テンポが悪い。

南湖さんは講談に登場する女性たちは次の3つのタイプに分類できると分析。1.貞女、2.遊女、3.毒婦。そしてこれらの女たちは男の理想を描いていると。さらに南海さんからの質問で、賢婦勇婦(brave woman)は貞女の領域に含まれるそう。

南湖さんのネタはどう大河と結びつくんだろう?と興味を持って聴いていたら、なんとタイの日本人町に住んでいた、江と同姓の全く別人の話だった。いや~見事に騙されました、天晴れ。内容も結構面白かった。途中「フィリピン国外逃亡」とか「Yahoo !知恵袋」など時事ネタが織り込まれ、バックパック担いでタイに旅行した時の想い出も語られた。「タイの飛行機はたまに落ちるんです。いや、滅多に落ちませんけどね。下手な噺家みたいに」などのフレーズも飛び出した。上手いっ!

南海さんの「女たちの大阪の陣」もすごく良かった。歴史に翻弄された、三姉妹の数奇な運命に想いを馳せ、感じ入った夜だった。”トンデモ”大河の方はもう観なくていいや。

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誕生150年記念/アルフォンス・ミュシャ展

堺市立博物館へ。

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19世紀末から20世紀初頭のパリに花開いたアール・ヌーヴォーを代表する画家、アルフォンス・ミュシャ展に行く。

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そもそも大阪府・堺市は、500点に及ぶミュシャのコレクションを持っており(→アルフォンス・ミュシャ館公式サイトへ)、僕は以前サントリーミュージアム天保山で開催されたミュシャ展にも足を運んだのだが、今回の展覧会は今まで見たこともない作品が沢山海外から取り寄せられており、大変見応えがあった!感動した。

今回特に気に入ったのは、まずチョコレートの宣伝ポスター。

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そして「ムーズ川のビール」

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モラヴィア(オーストリア帝国領、現在のチェコ)に生まれたミュシャが後年、故郷に帰ってから描いた「モラヴィア教師合唱団コンサート用ポスター」の少女も可愛く魅力的である。

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また元々、堺市のコレクションにあるのだが、下の「音楽」という作品をご覧頂きたい。

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女性が耳をそばだて、音楽を聴いている情景を示しているわけだが、この絵には様々な工夫が凝らされ、ダイナミックに描かれていることに今回初めて気が付いた。

まず彼女の背景。木の枝に鳥がとまって囀っているが、これが五線譜と音符に見える。また女性を取り巻く円の中に描かれた指を順に目で追ってゆくと、まるでハープを爪弾いているかのような錯覚に陥る仕掛けが施されている。さらに絵の上、両隅にト音記号が描かれているのが分かりますか?画面下、女性のスカート部はヘ音記号だ。

それからミュシャの髪の毛の描き方とか、少女の周りに星を散らす手法とかが、日本の少女漫画に与えた影響の大きさも再認識した。

ミュシャってやっぱり凄い!必見。

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桂九雀/落語と噺劇の会(day & night) あるいは、「芝浜」論

かつて「道頓堀五座」と呼ばれた元「中座」の跡地に立つビル内にある、道頓堀ZAZAヘ。

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落語家・桂九雀さんがプロデュースする会。噺劇(しんげき)の詳しい説明は九雀さんの公式サイトを御覧下さい→こちら!落語的手法が用いられた演劇である。

僕は噺劇の大ファンなので、今までも何回か観ている。

今回の演目は、昼の部

  • 噺劇「包丁」
  • 九雀/落語「不動坊」
  • 噺劇「芝浜」
  • かっぽれ 総踊り

夜の部

  • 噺劇「転宅」
  • 九雀/落語「宿屋仇」
  • 噺劇「小間物屋政談」
  • かっぽれ 総踊り

初っ端の挨拶で九雀さんは「枝雀一門は落語を”話芸”ではなく、スポーツだと考えています」と。なるほど!運動神経が大切ということですね。

昼・夜の部とも、噺劇の間に九雀さんの落語(長講)が挟まるという形。来場者は演劇ファンが多いので、落語の魅力も知って欲しいという趣旨のようだ。小気味よい高座だった。

それにしても、やっぱり噺劇はエキサイティングだ。九雀さんによる台本の上手さが光る。役者たちもそれぞれ適材適所で好演。

包丁」は女の怖さが滲み出す。芝居の冒頭と最後に「大阪音頭」が下座で演奏された。これはわざわざ九雀さんが昭和8年に出版された楽譜を取り寄せ(2千円だったとか)忠実に再現したものだそう。そのこだわり、さすが!

次の「『芝浜』は人情噺」と九雀さんが仰ったが、僕はそうは思わない。

桂米朝さんは著書「落語と私」(文春文庫)の中で、講談における「世話物」を(講談のような)説明口調ではなく、(落語家が)感情を込めて喋るものを人情噺と定義し、人情噺にはサゲがないと書かれている(代表的演目「文七元結」「紺屋高尾」など)。よって立派なサゲがある「芝浜」は人情噺ではないというのが米朝さんの見解である(別に九雀さんの発言を否定しているわけではありません。ものの見方、定義の違いということです)。

今回「芝浜」を演劇という形で観て、初めて気付いたことが幾つかある。まずSF的手法が用いられているということ。この噺は一種のパラレル・ワールド、あるいはデジャヴ(既視感)を扱っているとも解釈出来るだろう。そして最後にはその謎が解明され、ミステリー仕立てになっているという訳。非常にモダンである。三遊亭圓朝の三題噺が原作と言われているが、つまり明治時代に成立した可能性が高い。だから当時ドッと入ってきた欧米小説の影響を受けているのではないだろうか?(例えばシャーロック・ホームズなど)ちなみに圓朝の「死神」もグリム童話「死神の名付け親」の翻案だと言われている。

こういう様々なことを考えるきっかけを与えてくれたのも噺劇という形で演じられたおかげ。九雀さんに感謝したい。

また、銅鑼を使った鐘の音が効果的で、心に響いてきたことも特筆に価するだろう。時を告げる鐘を魚屋とその女房が、同時に別々の場所(魚市場/裏長屋)で聴いている情景が空間的広がりを感じさせ、印象深かった。見事な演出である。

しかし今回最大の収穫だったのは「小間物屋政談」だろう。むちゃくちゃ面白い!特に幽霊がナレーターを務めるアイディアは最高だね。上方と比べて複雑な物語を持つ江戸落語は(おそらく講談に由来するためと思われる)、非常に演劇的であるという事実を再認識した。

出演者全員が踊る「かっぽれ」も愉しかった。

これは必見!

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月亭遊方のラディカル・コメディ・シアター (2/24)

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2月24日(木) 心斎橋にあるバー、FINNEGANS WAKE (フィネガンズ・ウェイク) 1+1へ。

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月亭遊方さんの実験的趣向による落語会。今回が第2回目(最初の写真は第1回目のチラシ)。限定20名の小さなスペース。料金2,000円で1ドリンク付き。

たっぷりのマクラ。八方師匠の元へ来た、ミックス・ジュースが好きでアホな入門志願者のことや、師匠が息子・八光に託した夢の話など。なんと八方さんが入学した浪商高校野球部はレギュラー15人に対し、部員が800人もいたとか!詳しくはこちら

八光が所属していたリトル・リーグのお母さんたちによる”えげつない”応援を再現してくれたのだが、これがすこぶる面白い。

今回は座布団に座らず、ラフな格好で椅子に腰掛けての口演。

  • 公園の幼児ん坊(遊方 作)
  • 親子酒

古典落語「親子酒」は着物。その下はTシャツで、足にブーツという格好。物語を完全に現代に移し替え、うどん屋の代わりにラーメン屋が登場。

まぁ正直言って演じる場所と服装が目新しいだけで、いつもの遊方スタイル。ラディカルでもなければ実験的でもないけれど、色々興味深い話が聴けて、パーソナルで愉しい会だった。

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さん喬・喬太郎 親子会/亀屋寄席

2月22日(火)は「猫の日」(222→「ニャン・ニャン・ニャン」)。高槻の割烹旅館・亀屋へ。

K2

柳家さん喬さんと、その一番弟子・柳家喬太郎さんの親子会が遂に関西で実現した!二人のお座敷での親子会は滅多にないことだそうである。

  • 喬太郎/たいこ腹
  • さん喬/棒鱈
  • 喬太郎/ほんとのこというと(喬太郎 作)
  • さん喬/井戸の茶碗

K1

喬太郎さんはマクラで、東京から北海道の倶知安(くっちゃん)町へ、学校寄席で日帰りをした話を。片道7時間、往復14時間。「1日は24時間しかないんです!」と。また、ホッケの刺身(!)を食べた感想も。

たいこ腹」に登場する猫の「たま」がとても可愛かった。このネタをされたのは「猫の日」と無関係ではあるまい。また若旦那が幇間に「人体実験」を試みる場面では、喬太郎さんの腹芸が最高に可笑しい。

棒鱈」は途中に挿入される「百舌の嘴」や「十二ヶ月」といった珍妙な歌が愉しかった。

さん喬さんは淡々とした語り口で、「はんなり」(京言葉。上品で、明るく華やかなさま)した芸。最初は聞えるか聞えないかという弱音(p)で話し始めるが(ここで聴衆が耳をそばだて、意識を集中する)、やがて音量がメゾ・ピアノ(mp)→メゾ・フォルテ(mf)と次第に大きくなり、豪放磊落な武士の登場でフォルティシモ(ff)に達する。その強弱の変化が耳に心地よく、音楽的なのだ。

僕は故・桂枝雀さんの落語にも音楽を感じるのだが、枝雀さんの特徴はそのリズム感にある。緩急の自在なコントロール、そして極端に少ないブレス(息継ぎ)。

それとは全く別の意味で「さん喬落語」は音楽であると言えるだろう。現役の噺家で、こんな人は他にいない。

ここで仲入り。

喬太郎さんはバレンタイン・デーをめぐる「阿鼻叫喚」や、節分に食べる恵方巻(えほうまき)という風習が、大阪から今や全国に広がってしまったことを嘆き、「もうやめましょうよ。太巻きは切って食った方がいい」

喬太郎さんは”おばちゃん顔”なので、新作「ほんとのこというと」に登場する母親がミョ~にはまっていて可笑しい。まくし立てるように喋る父親もヘンでいい。この噺はタイトルが曲者。男が家族に引き合わせるために連れてきた婚約者がどこまで「ほんとのこと」を言っているのかがミステリー仕立てになっている。いろいろな解釈が可能だが、サゲの一言だけが真実というのが僕の意見。皆さんはどうお感じになるだろうか?喬太郎が仕組んだ罠、恐るべし!

井戸の茶碗」は以前、喬太郎バージョンも聴いた。ここで二人の違いを比較してみよう。噺のクライマックスで千代田卜斎が細川家臣・高木から、屑屋を介し百五十両を渡される。彼は「自分の娘を嫁にめとって下さるのであれば、支度金として受け取る」と言う。

この場面で喬太郎さんはすかさず屑屋に「するってぇと、百五十両でお嬢さんを売り飛ばしちまうんですかい!?」と言わせるのである。内容が現代にそぐわなくなり、下手すると人身売買の様相を呈してきたストーリーの穴をギャグに転化することで、見事にそれをクリアするのである。天才・喬太郎だからこそ出来る鮮やかな技である。

一方、さん喬さんの描く屑屋は「(往来の真ん中を歩けないような、身分の卑しい)私みたいな者に、仲人の役を仰せ付けて下さるのですか!?」と感激するのである。この情景が落語「はてなの茶碗」で茶金に売りつけた茶碗が、めぐりめぐってお天子さまの手元にまで渡ったことを油屋が目を輝かせて聴く場面にピッタリと重なった。つまり、普通なら言葉を交わすことすら叶わない身分の高い方と、(一時とはいえ)繋がりを持つことがが出来た歓びに昇華されているのである。”人情噺の達人”ならではの卓越したアプローチ。恐れ入りました!

さん喬・喬太郎の師弟関係は米朝・枝雀のそれを彷彿とさせる。全く芸風が違う。弟子は師匠が歩む真っ直ぐ揺るぎのない道を離れ、軽やかに飛翔する。喬太郎さんも枝雀さんも、師匠の完成された落語を一旦壊し、自分なりに再構築しているように見受けられる。そこには「『芸を受け継ぐ』ことを言い訳にして、(劣化)コピー、クローン人間になるようなことは決してしない」という矜持がある。しかし師匠の落語を否定しているのではない。心から敬愛しているからこそ、全く違うことをする。その距離感こそが「リスペクトの証」なのだと僕は想う。

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華麗なるオスカー・ナイト 2011!/そして「英国王のスピーチ」製作秘話

今年のアカデミー賞、僕の予想は18部門的中した。過去最高は20部門(「おくりびと」が外国語映画賞を受賞した年)なので、まずまずといったところ。

アカデミー監督賞を受賞したのは「英国王のスピーチ」のトム・フーパー。1972年、ロンドン生まれ。「セブン」「ゾディアック」「ベンジャミン・バトン 数奇な人生」「ソーシャル・ネットワーク」といった実績を持つデヴィッド・フィンチャー監督は、イギリス人で大したキャリアもない若造にオスカーを奪われて、さぞかし悔しいだろうなぁ。

授賞式のベスト・ドレッサーは文句なしに司会のアン・ハサウェイ(写真はこちら)。なんとタキシードを含め7着も衣装チェンジ!このどれもがシックで似合っていた。まるで彼女のファッション・ショー。さすがハリウッド女優。ナタリー・ポートマンのマタニティ・ドレスも良かったなぁ。

僕はナタリーが12歳で出演した映画「レオン」(1994)を公開時に映画館で観ている。オスカーを受賞できて、本当によかった。人気子役から名女優に成長するケースは極めて希。前例としてはエリザベス・テイラーくらいなのでは?

逆にワースト・ドレッサーはケイト・ブランシェットだろう(写真はこちら)←何これ??トイレの便座カバー?

アン・ハサウェイがミュージカル「レ・ミゼラブル」のナンバー"On My Own"の替え歌を披露する場面もあり、何だか無性に嬉しかった。また歌曲賞候補をグウィネス・パルトローが歌ったり、最後は子供たちによる”虹の彼方に”(映画「オズの魔法使い」1939)の大合唱で、歌に溢れた素敵な授賞式となった。

また、「英国王のスピーチ」でオリジナル脚本賞を初受賞したデヴィッド・サイドラーが壇上に上ると、白髪のおじいちゃんだったので驚いた。1937年生まれだから73歳くらい。「父は生前、私に『お前は大器晩成型だ』と言っていました。この賞の受賞者の中では恐らく私が最高齢ではないでしょうか」とスピーチした。彼自身、幼少時に戦争体験の影響で吃音に悩んだいたという(父方の祖父母をホロコーストにより亡くしている)。そしてラジオから流れるジョージ6世のスピーチを実際に聴いたことがあるそうだ(それが映画のクライマックスとなった)。

今から約30年前、彼はジョージ6世の未亡人に彼女の夫が吃音だった話を脚本に書いてよいかと手紙で尋ねたところ、「それはとても辛い思い出なので、自分が生きている間は書かないでほしい」という返事を貰ったという。結局、彼女は2002年に亡くなった。

トム・フーパー監督の母親は、友人の誘いで「英国王のスピーチ」の台本を読む朗読会に出かけ、この物語を知った。そして息子に電話を掛けてこう言った。「あなたの次回作を見つけたわよ!」こうして様々な人々の想いが交差し、映画の歯車は静かに動き始めた。

ちょっと素敵な話でしょう?

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