大植英次/大フィル ”宿命の第9シンフォニー”
ザ・シンフォニーホールへ。
大植英次/大阪フィルハーモニー交響楽団の定期演奏会。
- ショスタコーヴィチ/交響曲 第9番
- ブルックナー/交響曲 第9番
第二次世界大戦のさなかに交響曲 第7番、第8番の2作品を発表したショスタコーヴィチは、戦後に第9番を発表した。いわゆる「戦争3部作」最後の作品である。作曲者自身「祖国の勝利と国民の偉大さを讃える合唱交響曲を構想中である」という公式発言もしており、ソヴィエト共産党もベートーヴェンの第九のような壮大なシンフォニーを期待していた。
ところが蓋を開けてみると、演奏時間25分弱の軽い「小交響曲」になっており、肩すかしをくらった政府当局は大いに失望、ショスタコーヴィチは非難囂々を浴びた。この事件はその後、ジダーノフ批判へ直接結びつき、彼は窮地に追い込まれてゆく。
一方、アントン・ブルックナーは1824年、ベートーヴェンが交響曲第9番を作曲した年に生まれた。そしてブルックナー最後の交響曲である第9番はニ短調。ベートーヴェンの第九と調性が同じである。これは単なる偶然ではあるまい。
このようにベートーヴェン以降、宿命の数字となった”9”に、その後の作曲家がどのように対峙していったのか?が今回のテーマである。
また、ブルックナー/交響曲第9番は1936年2月15日に東京音楽学校においてクラウス・プリングスハイムの指揮により日本初演が行われた。つまり今年はブルックナー演奏史75周年になるそうだ。大植さんが2月の定期にこの曲を選んだのには、こんな理由もあったというわけ。
さて、演奏の感想に移ろう。2曲とも第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンが指揮台をはさんで向かい合う対向配置。コントラバス8台はオケ最後方に横一列に並ぶ。つまりウィーン・フィルのニューイヤー・コンサートと同じ。
ショスタコーヴィチの第1楽章は穏やかで静かに始まる。しかし音楽は次第に暴力的になり、大植さんはアクセントやテヌートを強調、グロテスクな様相を呈してくる。第2楽章は哀歌。暗い。作曲家の絶望が音符の行間から垣間見られる。一転して第3楽章はシャープに疾走。狂騒的だ。第4楽章は重苦しく、ファゴットが沈痛な叫びを発す。ところが休まず突入する第5楽章になるとそのファゴットのソロがパロディに転化する。アイロニーに満ちた道化師(Pagliacci)の哀しみ。それは政治に翻弄された、ショスタコーヴィチの自画像でもある。表面的にはロッシーニの行進曲風だが、その裏で進行するのはベルリオーズ/幻想交響曲 第5楽章で描かれた「魔女の夜宴の夢」の世界。
ブルックナーの第1楽章 第1主題は思い切った加速がみられた。第2主題はなぐさめに満ちた祈りの音楽。ここで大植さんは感情豊かに歌う。第3主題は滔々と流れる大河のよう。悠久の時を感じさせる。第2楽章は速めのテンポ。ものすごい破壊力、野性的でパワフルだ。しかし中間部は軽快で、そのコントラストが鮮やか。第3楽章アダージョは深みのある弦が素晴らしい!ビロードのような美しさ。また厚みがあり、低い重心の金管群も見事であった。これぞ大フィルの底力。
総評として陰影がくっきりした、色彩豊なブルックナー。大変充実した、手応えを感じさせる演奏会であった。
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コメント
雅哉さん、こんばんは。コメントありがとうございました。
いい演奏でしたね。こうして見ると、大植さん、ベートーヴェンという鏡を真ん中に立てて、「聖」と「俗」のコントラストを徹底させた、とも思わされますね。
ともわれ、今シーズンの大植ラインアップの締めくくりに相応しい、充実のコンサートだったと思います。
投稿: ぐすたふ | 2011年2月19日 (土) 20時17分
ぐすたふさん、コメントありがとうございます。
仰る通り、今回のテーマの裏にベート−ヴェンの第九があったことは間違いないでしょう。
ブルックナーはそれを昇華し、教会音楽に仕上げ、一方のショスタコーヴィチは第九のような曲をという周囲の期待を敢えて裏切ることで、体制に対する抵抗の意思表示をしたと言えるのではないでしょうか?
投稿: 雅哉 | 2011年2月20日 (日) 01時21分
ショスタコは私が苦手な作曲家で、家でCDを、聴くこともないのですが、コンサート、とりわけ大植さんの演奏は表情が豊かで楽しめます。
それでも、今回は大植さんにしては大人しい目の演奏に感じました。
ブルックナーは本当に感動的でした!!
投稿: jupiter | 2011年2月24日 (木) 02時52分
jupiterさん、コメントありがとうございます。
ショスタコは屈折した人ですから、パロディとかアイロニーに満ちていて、その音楽も一筋縄ではいかないですね。僕はようやく最近、その面白さに目覚めつつあります。
投稿: 雅哉 | 2011年2月24日 (木) 09時40分