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水の戯れ~オリバー・ナッセン/大フィル×ピーター・ゼルキン

ザ・シンフォニーホールへ。

D01

オリバー・ナッセン/大阪フィルハーモニー交響楽団の定期演奏会を聴く。ピアノ独奏はピーター・ゼルキン

  • ドビュッシー/牧神の午後への前奏曲
  • バルトーク/ピアノ協奏曲 第3番
  • ナッセン/交響曲 第3番
  • ドビュッシー/交響詩「海」

今回のプログラムを聴いて気付いたのは、夥しい「水のイメージ」である。

牧神の午後への前奏曲」はマラルメの詩に基づく。その内容はこうだ。

はるか昔、神話の時代。芦の葉そよぐシチリアの真夏の午後、岸辺で半人半獣の牧神がもの憂さくまどろんでいる。彼は目の前で水浴をしている美しい水の精(ニンフ)を夢想し……

またこの音楽は手塚治虫の短編アニメーションの傑作「人魚」にも使用されている(視聴はこちら)。やはり水が重要な役割を演じる。

ドビュッシーの「」は言うまでもない。初版楽譜の表紙には作曲家の意向で北斎の絵が印刷されていた。

Kanagawa

ナッセンの交響曲は単一楽章で、「ハムレット」のオフィーリアの死を描く。そう、彼女はへ身を投げるのだ。ここでも水のイメージが登場する。

そしてこれらを通して想い起こしたのは、ナッセンとゼルキンの共通の友人であった作曲家・武満徹のことである。武満の音楽も水のイメージに彩られ、彼はドビュッシーが好きだった。

ピーター・ゼルキンのビアニズムは、一言で評せば無骨。決して流れるような滑らかさはなく、ごつごつしている。まるで打楽器を扱うような荒々しい弾き方だが、むしろバルトークの音楽にはそういったアプローチが相応しく感じられた。「2台のピアノと打楽器のためのソナタ」という作品があるくらいだから、作曲者自身の意図とゼルキンのベクトルがしっかり一致していた。

ナッセンの指揮は精緻。オーケストラの隅々にまで目配りが行き届き、透明感があってドビュッシーのオーケストレーションの鮮やかさが浮き彫りにされた。その知性の輝きはブーレーズの指揮ぶりに近いものを感じた。大フィルもナッセンの要求によく応え、申し分のない演奏を繰り広げた。

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