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2010年7月26日 (月)

佐渡裕プロデュースオペラ「キャンディード」

まずはこちらからお読みください。

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レナード・バーンスタインが作曲したミュージカル「キャンディード」の原作はフランスのヴォルテール。啓蒙主義を代表する哲学者、作家。「私はあなたの意見に賛同できない。しかし、あなたがそれを主張する権利は命をかけて守ろう」という言葉が、彼の思想を端的に表している。

「キャンディード」は奇想天外・荒唐無稽な物語である。それは本作が初演された1956年にアメリカで吹き荒れていた「赤狩り(マッカーシズム)」と切り離しては考えられない。

例えば劇中、宗教裁判の場面は当時行われていた非米活動調査委員会の暗喩である。台本を書いたリリアン・ヘルマン(映画「ジュリア」の原作者であり、登場人物)は実際に非米活動委員会に呼び出され、ハリウッドのブラックリストに掲載されることになった。バーンスタイン自身もこの時代、自由主義的言動からFBIにマークされ、電話も盗聴されていたという。

バー ンスタインがその生涯で、唯一書いた映画音楽「波止場」(1954)を監督したのはエリア・カザン。元共産党員だったカザンは非米活動委員会に嫌疑をかけ られ、司法取引をして共産主義思想の疑いのある者として友人11人の名前を同委員会に表した。その中にリリアン・ヘルマンの名前もあった。

兵庫県立芸術文化センターへ。

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「キャンディード」Tシャツも売られていた。

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今回上演されたのはロバート・カーセンが2006年にパリ・シャトレ座で演出したバージョン。演奏は佐渡裕/兵庫芸術文化センター管弦楽団・ひょうごプロデュースオペラ合唱団。

独唱者は全員外国勢で演劇界やオペラ界の混成チーム。ダンサーは、トニー賞を受賞した振付家ロブ・アシュフォード率いるオリジナル・メンバーなど、ロンドン・ウエストエンドで活躍する精鋭たちが結集した。英語上演・日本語字幕付き。

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非常にレベルの高いカンパニーだった。とりわけ素晴らしかったのがカーセンの演出である。

元々のお話はドイツ・ウエストファリアから始まり、そこから主人公はブルガリア→オランダ→パリ→リスボン(ポルトガル)→スペイン→ブエノスアイレス(アルゼンチン)→ベネチアと目まぐるしい旅をする。

しかしカーセン版は巨大なテレビのブラウン管を模した舞台となっており、その中で物語が進行する。冒頭のウエストファリアはいきなりアメリカ・ホワイトハウスでの出来事になっていて、驚かされる。そこでバングロス博士が子供たちに「この世の中は全て善いことで創られている」と教える。彼の説では戦争さえも善へと続く行程である。つまり、民主主義を世界に広めるという「正義の戦争」を掲げ、イラクを侵略したブッシュ政権への痛烈な風刺になっているのだ。

リスボンでの宗教裁判の場面は非米活動調査委員会の尋問そのものに置き換えられていた。しかも舞台両脇は三角白頭巾を被ったKKK(クー・クラックス・クラン=白人至上主義を唱える秘密結社)が取り囲むという念の入れよう。アメリカの狂気を白日の下に晒す演出はこのシャトレ座版の真骨頂であった。また被告を演じるダンサーたちは赤いスカーフをそれぞれ手に持ち、振付も洗練されていた。

その他にもタイタニック号が登場したり、マリリン・モンロー風のクネゴンデ(キャンディードの恋人)がユダヤ人の映画プロデューサーに囲われているなど、びっくりするような趣向が凝らされていて最後まで飽きさせない。作品全体が20世紀以降のアメリカ現代史の縮図・カオス・おもちゃ箱仕立てとなっており、テレビのチャンネルをカチャカチャ切り替えるように展開されていった。

主人公キャンディードはまずバングロス博士から楽観主義(optimism)を教えられ、後に悲観主義(pessimism)を唱える人物(同じ役者が演じる)ともめぐり合う。そして最後に世の中の真の様相はどちらでもなく、ちょうどそのあいだ位だろうという結論に達する。そこで全員で歌われるのが"Make Our Garden Grow"(僕らの畑を耕そう)。僕は佐渡さんの頭が見える最前列で聴いたのだが、もう圧倒的迫力で感動のフィナーレであった。

また演奏中に時折、佐渡さんの唸り声も聞こえてきた。並々ならぬ気合が感じられる入魂の指揮ぶりであった。

そうそう、劇中マクシミリアン(クネゴンデの兄)が女装してアメリカに入国しようとし、移民を選別する審査官に股間を摑まれ、「お前は男だろう!」と言われた時に、"Nobody's perfect."(完璧な人間なんていないさ)と答える場面は腹を抱えて笑った。これはビリー・ワイルダー監督「お熱いのがお好き」(モンローが出演)のラストに登場する名台詞。この映画はギャングに追われたジャック・レモンが女装して逃げるお話である。

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コメント

雅哉さん、ブログ読ませていただきました。
当方の記事からリンクを貼らせていただきましたが、
不都合はございませんでしょうか?

楽しい舞台でしたね!舞台そのものが巨大なTVに
なっているのはもとより、戦争すらも善につながる
・・・すなわちブッシュ前政権への風刺だったとは!
そこまでは読めませんでした。深い洞察力、さすが
です。宗教裁判の際に周囲をKKKの衣装の合唱が
取り囲んでいるなど、唸らされる部分が何度も。
素晴らしいプロダクションですが、アメリカ人に
見せてどんな反応を示すか見てみたいと思った次第。

個人的には、ミュージカル歌手、つまりマイク向きの
声とオペラ歌手、つまりマイクに向かない声が混在
して耳が疲れてしまった部分もありました。初日
だったからということもあったのでしょうか。
そのあたりいかがでしたか?

投稿: Odette | 2010年7月31日 (土) 01時59分

私も水曜日に観劇しました。
かつての筒井康隆のようなブラックでシュールな舞台を十分満喫しました。
音楽的なレベルも申し分なし。
メイクアワガーデングローでは涙が出ました。

しかし機知に富んだ演出ではありましたが、スノッブなヨーロッパ人から見た「アメリカ批判」が強すぎて、ヨーロッパではさぞ大受けだろうけど、日本(アジア)ではどうかなとちょっと疑問を感じたのも事実。ここらは難しい問題ですが…。

あと、「王様のバルカローレ」を日本の元首相でやったらおもしろかったかもね。
小泉、安部、福田、麻生、鳩山、菅でね(苦笑)。

投稿: 福島です! | 2010年8月 1日 (日) 01時26分

Odetteさん、コメント及びリンクありがとうございます。

アメリカという国家は「民主主義を世界に広める使命」を感じている節があり、自分たちの「善意」を疑っていないようですから、この演出は受け入れがたいでしょうね。忘れてはならないのは9.11同時多発テロの直後、ブッシュ大統領の支持率は92%に達したということです。イラク侵略をアメリカ国民の多くが賛成したわけです。

マイクは気になりませんでした。宝塚歌劇やミュージカル公演は通常使用するので、馴れているからかも知れません。

投稿: 雅哉 | 2010年8月 1日 (日) 09時54分

福島さん、コメントありがとうございます。

元々、支離滅裂な失敗作(ブロードウェイでは興行的に失敗)を、よくここまで面白いものに仕上げたなと感心します。

原油の流出した海上で各国の元首相たちが会話する場面は、この演出の中でも些か退屈でした。まぁこれは作品の限界なのでしょう。

投稿: 雅哉 | 2010年8月 1日 (日) 09時59分

はじめまして。ブログを拝見しました。
兵庫最終日を観てきましたが、丁寧な公演評を読ませていただき感動がよみがえります。
芸文センターの佐渡オペラは欠かさず観ています。
今回、改めて感じたのは、ここのプロデュースオペラは、総合舞台芸術作品としての総合点が高いなあ、ということでした。
特に今回は古典的名作路線とは違うマイナー作品でしたし、既成の海外カンパニーの作品にも関わらず、上手く言えませんが、映像、照明、音響、舞台転換がきっちり・ばっちりで、本当に感心しました。
芸術的な内容のコメントでなく申し訳ないですが、ハチャメチャな作品が国内最高レベルのエンターテイメントに仕上がっていたことで、感激した次第です。

投稿: Martinez | 2010年8月 1日 (日) 22時22分

Martinezさん、コメントありがとうございます。昨年の「カルメン」も素晴らしいプロダクションでした。

来年兵庫芸文で上演されるオペラ「椿姫」(指揮:現田茂夫)にも期待しています。何と言ってもヴィオレッタが森麻季さん、アルフレードが佐野成宏さんということで、現在日本で望みうる最高のキャストではないでしょうか。

投稿: 雅哉 | 2010年8月 1日 (日) 22時43分

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