忘れられた作曲家”タニェエフ”~児玉宏/大阪交響楽団 定期
大阪交響楽団の音楽監督・児玉宏さんはミシュランで三ツ星に選ばれたレストランのシェフに喩えることが出来るだろう。客はシェフを信頼し、全てを委ねればいい。お任せコースを頼めば、「こんな料理、食べたことがない!」という品々が次々と目の前に供され、そのどれもが極上の美味しさなのである。客の食欲は満たされ、幸福感のうちに店を後にすることになる。今回もそんな《小さな奇跡》が起こった。
ザ・シンフォニーホールへ。
- バーバー/管弦楽のためのエッセイ 第1番
- バーバー/ヴァイオリン協奏曲
- タニェエフ/交響曲 第4番
ヴァイオリン独奏は竹澤恭子さん。
「管弦楽のためのエッセイ」の冒頭はヴィオラ、チェロ、コントラバスが息の長い、内証的な旋律を奏でる。有名な「弦楽のためのアダージョ」を髣髴とさせる雰囲気。
コンチェルトの第1楽章は咽ぶような、濃密な浪漫が漂う。竹澤さんのヴァイオリンは才気迸り、その官能性に陶酔した。第2楽章は冒頭オーボエの叙情的旋律が限りなく美しい。そして第3楽章、ヴァイオリンが無窮動で駆け回る。悪魔的超絶技巧。オーケストラとの丁々発止の掛け合いも素晴らしい。息を呑む名演であった。
休憩を挟み、プログラム後半。いよいよ未知の作曲家、19世紀後半ロシアに生まれたセルゲイ・タニェエフ(タネーエフ)の登場である。タニェエフはピアニストとしても著名であり、チャイコフスキー/ピアノ協奏曲 第1番のモスクワ初演や、ピアノ協奏曲 第2番の世界初演を担当している。作曲はチャイコフスキーに学び、自作をチャイコフスキーにしか見せていなかったという。
第1楽章。ロシア的な歌心、春への憧れに満ちた旋律から始まる。ここら辺りはチャイコフスキーの交響曲を髣髴とさせる。ところが展開部から対位法が前面に押し出され、バッハのオルガン曲を想わせるような荘厳な響きがホールを包み込む。ある意味、ブラームスが交響曲第4番 第4楽章で用いた、シャコンヌに近い楽想である(ブラームスもバッハのカンタータから着想したといわれる)。タニェエフは対位法の権威であり、オケゲム、ジョスカン・デュプレなどルネッサンスのポリフォニー音楽も深く研究したそうだ。つまりこの第1楽章で試みられているのはロシア(東欧)的なものと、ルネッサンス&バロック期の西欧音楽との融合であると言えるだろう。
第2楽章は穏やかで、慰めに満ちた楽想。
第3楽章はメンデルスゾーン的スケルツォ。考えてみれば、忘れ去られていたバッハの「マタイ受難曲」を100年ぶりに蘇演したのはメンデルスゾーンであった。
そして第4楽章。いきなりスネア・ドラムが鳴り渡り、吃驚した。それにシンバルが随伴するので、まるでトルコの軍楽隊みたい。児玉さんは前へ前へと、強力な推進力でオケを引っ張り、大阪交響楽団も一瞬たりとも弛緩しない、引き締まった演奏でそれに応える。そして再び対位法のがっちりした構築性で圧倒的迫力のうちに曲は終結を迎えた。
知られざる名曲(秘曲)をじっくりと堪能。”日本のカルロス・クライバー”(その鋭い感性と知的コントロール、切れのある解釈から僕はそう呼ぶ)児玉宏、恐るべし。
なおこの演奏会はNHKにより録画収録され、秋に教育テレビ「オーケストラの森」やBS「クラシック倶楽部」で放送される予定。
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