上映中止相次ぐ問題作、アカデミー賞受賞「ザ・コーヴ」を観る
今年の米アカデミー賞で最優秀長編ドキュメンタリー賞を受賞した時から観たいと想っていた映画「ザ・コーヴ」(入り江)だが、和歌山県太地町(たいじちょう)のイルカ漁を題材にしていることから、日本国内で様々な軋轢が発生した。
まず太地町からの要請で、漁師の顔などにモザイクを入れることが決められた。この時点で不穏な空気が漂っていたが、その後配給会社への抗議・嫌がらせなどが相次ぎ、東京や大阪の一部の映画館での上映が中止に追い込まれた。これまでの経緯は「まどぎわ通信」に詳しい。
そこで僕はどうしようかと考えあぐねた結果、アメリカ製DVDを入手した。Amazon.co.jpで1,919円。ただしリージョン1が再生可能なプレーヤーが必要。
映画公式サイトはこ ちら。
評価:C+
まず僕の立場を明確にしておきたい。小学生の頃から学校給食に出ていた鯨のから揚げが大好物だった。今でも鯨の肉は食べる。だから食用の捕鯨は賛成であり、欧米諸国の日本批判は食文化の違いを無視した、いわれなきバッシングであると考える。鯨を食べることは食物連鎖の頂点にある人間に与えられた、正当な権利である。
「ザ・コーヴ」を観ながら感じた違和感は、この製作者たちが全ての生物の中でイルカを特別視していることだ。
欧米人は大量に牛や豚を屠殺し、食用にしているのに、何故鯨やイルカを殺してはならないか?という疑問に対して、彼らが自分たちを正当化するために用いている理屈は「鯨やイルカは他の哺乳類より知能が高いから」ということである。では逆に「知能指数の低い人間、痴呆老人なら殺してもいいのですか?」と僕は問いたい。それは精神病院の患者を大量虐殺したナチス・ドイツにも繋がる、危険な思想だと想う。
イルカを大量に捕獲して「イルカ・ショー」に売り飛ばすのは可哀想という彼らの理屈は理解できる。でもイルカだけに限定するのは変じゃない?どうせなら地球上にある全ての動物園・水族館の廃絶を訴えるべきであろう。生命に優劣をつけるべきではない。
またこのドキュメンタリーは食物連鎖の上位に位置するイルカに水銀が蓄積していることを警告する。ご丁寧にも水俣病患者の記録映画まで引用して。彼らの主張によると、日本ではイルカの肉を鯨肉と偽装して販売しているそうだ。知らず知らずのうちに消費者はイルカの肉を食べているというのだ。それがもし事実ならば、由々しき事態である。ただ問題なのは、偽装疑惑はあくまで彼らの推論であって、映画の中でなんら証拠が提示されるわけではない。
というわけで、映画の製作者たちの主張は決して首肯出来るものではない。しかし一方で、この作品がプロパガンダ映画として出来がいいことも確かである。それはレニ・リーフェンシュタール監督がナチスの党大会を撮った「意思の勝利」(1935)や、ベルリン・オリンピックの記録「オリンピア(民族の祭典・美の祭典)」(1938)が優れたドキュメンタリー映画であるのと同じ意味である。
まず前半で、イルカがどれほど愛らしい動物であるかが描かれる。そして後半になると太地町の立ち入り禁止地帯「入り江」で何が起こっているか?に焦点が当てられる。
ここからはチーム・プレイで、いかにして現場に潜入し、隠し撮りをするかが丹念に描かれる。リモコンのヘリコプターとか、鳥の巣を偽装したカメラThe Nest Cam、岩を偽装したThe Rock Camsなど秘密兵器が登場。特にThe Rock Camsは「スター・ウォーズ」のジョージ・ルーカス率いる特撮工房ILM特製というのだから恐れ入る。このあたりはまるで「ミッション・インポッシブル」か「オーシャンズ11」のノリ。
そしてクライマックスは文字通り「入り江」が血の海と化す衝撃の映像が用意されている。確かに思考回路が停止した人間がこれを観れば、「日本人はなんて残虐なんだ!イルカが可哀想だ」と思うだろう。さすが構成の上手さ、敵ながら天晴れである。だからこそオスカーを獲得できたのだろう。
まあとにかく、この作品の是非を議論するためにもちゃんと日本国内で公開され、多くの人々が観て、考える機会が与えられる日が来ることを僕は強く希望する。
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コメント
小生も英語版で観ました。欧米人がイルカや鯨を食べる事に反対の理由は夫々で、必ずしも一致しているわけではなさそうです。映画でも主演のオバリー氏はイルカは知能が高く、ストレスの余り自殺するからと信じられない事を言っていますが、監督のルイ・シホヨス氏はそうでもないみたいです。ある放送局とのインタービューで何故イルカは反対で豚や牛は良いのかと質問されました。しばらく絶句した後で、自分は海洋保存協会をやっているからと答えにならない事を言っています。彼は牛の屠殺現場を見て以降、哺乳類の肉を食べなくなり魚だけを食べるようになりました。ところが、今度は漁師である息子共々、毛髪の水銀が多く検出されました。それ以降今度はマグロ等大型魚類を食べるのを控える羽目になりました。この映画は監督のこうした体験から出来たもので、彼自身なぜイルカを特別扱いするか良く理解できてないみたいです。水銀は多くの日本人にとってイルカよりマグロの方が大きな問題ですが、こういった自然に摂取される水銀はやはり自然に摂取されるセレンにより中和され、水俣病になる事はありません。太地町の検査でも高齢の何十年も水銀の高濃度のイルカやマグロを食べ続けてきた方も水俣病の兆候は出ていません。
投稿: にんじゃはっとりくん | 2010年6月27日 (日) 06時45分
詳しいコメントありがとうございます。
結局、どうしてイルカや鯨だけ特別扱いするのか、我々日本人に説得力のある回答を示せないのがこの映画最大の欠点ですね。彼らもそのことは承知していて、だから水銀問題という「言い訳」を持ち出すのでしょう。
投稿: 雅哉 | 2010年6月27日 (日) 10時25分
こちらで公開されるのはまだ先みたいですか、大阪では十三の「七芸」で公開中だそうで。雅哉さん、一応字幕版もチェックします?
投稿: S | 2010年7月 7日 (水) 13時35分
Sさん、コメントありがとうございます。この映画を巡る日本の騒動は、なんだか右翼VS.左翼の攻防みたいな様相を呈してきました。そんなことに巻き込まれたくはないので、観に行きません。それにしても、その争点になっているのが社会主義国家のプロパガンダ映画ではなく、アメリカの作品であるというのがけったいな話です。
話題作だけあって映画館は満席のようなので、結構なことだと想います。
投稿: 雅哉 | 2010年7月 7日 (水) 22時43分