ダン・タイ・ソンのショパン/ピアノ協奏曲(室内楽版)
兵庫県立芸術文化センターへ。

1980年ショパン国際ピアノコンクールに優勝したヴェトナム出身のピアニスト、ダン・タイ・ソンのコンサート。彼は最近、ショパンが生きた時代にフランス「エラール社」が製作したピアノを弾き、ブリュッヘン/18世紀オーケストラとショパンの協奏曲をレコーディングしたことでも話題となった。今回はスタインウェイ(Steinway & Sons)を使用。
オール・ショパン・プログラムで、
- ピアノ協奏曲 第2番(室内楽版)
- アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ
- ピアノ協奏曲 第1番(室内楽版)
アンコールは
- マズルカ 第13番
伴奏はクァルテット・エクセルシオ(日本の弦楽四重奏団)+赤池光治(コントラバス)
ショパンは生涯、ピアノ曲以外作曲しなかった。協奏曲のオーケストレーションも実は極めて単純である。例えばトランペット。時々想い出したかのように「プァー」「プァー」と和音を吹くだけで、見ていてやり甲斐がなさそうである。だからこの伴奏が、弦楽五重奏に置き換わっても何の不足もない。あくまで主役はピアノ。その他は添え物にすぎない。
ダン・タイ・ソンは何を遠慮することもなく、ガンガン弾きまくった。アンサンブルとしてのバランスとか、全体の調和のへったくれもない。でもショパンはそれで正しいのである。
強靱な指でミス・タッチは皆無。音の粒が揃っている。畳み掛ける疾走感が凄い。
「アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ」は力強さと、まるで子犬が鍵盤を駆け回っているような軽やかさとの対比が鮮烈だった。
協奏曲では一音一音がキラキラと宝石のように煌めく。硬質な抒情。そこには愛を語るロマンティックなショパンではなく、病弱で痩せ、青ざめた、ひとりの若者の肖像が浮かび上がるかのように感じられた(ショパンは結核だった)。
僕が大好きな小説、福永武彦「草の花」にこのピアノ協奏曲 第1番を聴きに行く場面があり、こんな一節が登場する。
ーショパンって本当に甘いんですわね、と尚もにこにこしながらとし子が言った。
もしこの「とし子」がダン・タイ・ソンの演奏を聴いたなら、同じ感想は決して抱かなかったろうなと想像しながら、僕は帰途に就いた。
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コメント
こんばんは!どうやら、この3日間、雅哉さんと同じパターンで動いていたようです。
パユ、タイソン、そして今日は延原さんですね?
連続でBLOG書く気力すらありません、今日のコンサートのアップも待っています。
ピアノ協奏曲は2番が室内楽に合ってるように思いました・・・あの繊細さはフルオケよりいいように感じました~美しくて泣けてきました。
あのホルンのパートもビオラで十分でしたし!
投稿: jupiter | 2010年5月27日 (木) 23時44分
jupiterさん、こんばんは。
お察しの通り、今日は延原さんを聴きに行きました。感想は近いうちに。是非またコメントお願いします。
ショパンのピアノ協奏曲は本当にオーケストラが演奏する必要がないですよね。だからベルリン・フィルやウィーン・フィルがこの曲を取り上げることは滅多にありません(最近ではラン・ランのCDがありますが、非常に珍しいことです)。
そのやり甲斐のない曲を大フィル定期で取り上げ、しかも独奏に中村紘子って、どうよ?と僕は首を傾げたくなります。
ダン・タイ・ソンのテクニックは完璧でしたね。中村さんのミス・タッチがどれくらい飛び出すか、当日は注目して聴きたいと想います。
投稿: 雅哉 | 2010年5月28日 (金) 00時20分