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大阪シンフォニカーから大阪交響楽団へ!/ロシア革命に翻弄された作曲家たち

ザ・シンフォニーホールへ。

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外山雄三/大阪交響楽団(4月1日より大阪シンフォニカー交響楽団から名称変更)の定期演奏会を聴く。ヴァイオリン独奏はドイツ人の父と日本人の母を持つ有紀 マヌエラ・ヤンケ

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  • ショスタコーヴィチ/交響曲 第9番
  • プロコフィエフ/ヴァイオリン協奏曲 第1番
  • ラフマニノフ/交響的舞曲

ショスタコーヴィチは1917年のロシア革命後も祖国ソヴィエトに留まり、生涯を終えた。プロコフィエフはアメリカ亡命後、何を想ったか1935年にソ連へ戻った。一方、貴族として生まれたラフマニノフは全財産を没収され、二度と祖国に戻ることが出来ずにカリフォルニア州ビバリーヒルズの自宅で没した。三者三様の人生を歩んだのである。

僕が学生時代にショスタコ第9番を初めて聴いたときは、「なんと軽薄で、ふざけた音楽なのだろう」と感じたものだ。しかし年齢を重ね、次第にこの曲に秘められた作曲家の意図が見えてくるようになった。

アイロニー(皮肉)とパロディ精神に富み、諧謔(かいぎゃく)を弄すショスタコの音楽を理解するためには、彼がスターリンと格闘してきた日々のことを知る必要があるだろう。

交響曲第3番の後に発表された、オペラ「ムツェンスク郡のマクベス夫人」はレニングラードやモスクワで2年間に83回も上演されるなど、センセーショナルな成功を収めた。しかしこれを観たスターリンは内容に激怒し、途中で退席。その2日後に「プラウダ」紙に「音楽のかわりに荒唐無稽」という批判が掲載され、ショスタコは生命の危機を感じるほどの状況に追い込まれた(当時処刑された芸術家は多い)。オペラはその後20年間上演禁止となり、彼は第4交響曲を封印、代わりに革命を賛美する第5交響曲を発表した。これで作曲家の名誉は一気に回復されるのだが、ベートーヴェンのシンフォニー「合唱付き」のような壮大な曲が期待される中、発表された軽妙で小ぶりな第9交響曲は見事聴衆に肩透かしを食らわせ、再びスターリンの逆鱗に触れる。そしてそれはソビエト連邦共産党中央委員会による「ジダーノフ批判」に直結した。

スターリンの死後書かれた交響曲第10番や弦楽四重奏第8番にはドミートリイ・ショスタコーヴィチのイニシャル「D-S(Es)-C-H」の音形が頻繁に登場し、抑圧された自己の内的告白となっている。また弦楽四重奏の方には「KGB(ソ連の秘密警察)がドアを叩く」ことを音で表現した戦慄のモチーフが出てくることでも注目される。

ショスタコの音楽は時に戯けてみせても、常に「屈折」している。これが第9交響曲を聴く上でも、キーワードとなる。作曲家の本音は隠蔽され、表面に浮かび上がってくることはない。

外山さんの指揮は知的で冷静な解釈で、音楽の見通しがいい。テンポは中庸で、軽すぎもせず重すぎもしない演奏だった。

続くビロードのように艶やかなプロコフィエフのコンチェルトは有紀 マヌエラ・ヤンケのやや線が細いが、しなやかで美しく磨かれた音色に魅了された。大阪交響楽団の定期は毎回、ソリストが素晴らしい。これは音楽監督・児玉宏さんのセンスの賜物だろうか?それに引き換え、大阪フィルハーモニー交響楽団のソロ選定は本当にお粗末である。ヴァイオリンのルノー・カプソンクリストフ・バラーティ、ピアノのジャン=フレデリック・ヌーブルジェフランチェスコ・ピエモンテーシ……何でわざわざ外国からこのように凡庸な2流アーティストたちを招くのか、大フィル(大植 音楽監督)の意図が僕にはさっぱり理解出来ない。

閑話休題。ソリストのアンコールはバッハ/無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ 第3番より第3楽章「ガヴォット」だった。バッハでは装飾音以外ヴィブラートを抑え、音尻はノン・ヴィブラートのピュア・トーン。しっかりピリオド(古楽)奏法も踏まえた彼女のテクニックは大したものだ(大フィル定期のクリストフ・バラーティによるヴィブラート垂れ流しのバッハは正に悪夢だった)。

プログラム後半のラフマニノフ、ヴィオラが伊福部昭の作曲した「ゴジラ」を彷彿とさせる旋律を奏でる第3楽章が僕は特に好きだ。ちなみに「交響的舞曲」が作曲されたのは1940年、映画「ゴジラ」の公開は54年である。

交響的舞曲」の第3楽章はグレゴリオ聖歌「怒りの日(Dies irae)」をモチーフにしている。そこで何故、これが「ゴジラ」のテーマに似ているのか、こんな珍説をふと思い付いた。

「怒りの日」のメロディはこうだ。

ドシドラシソララドドレドシラソシドシラ

そして「ゴジラ」のテーマは、

ドシラドシラドシラソラシドシラ(繰り返し)、レドシレドシレドシラシドレドシ(繰り返し)

つまり両者はソラシドまでの5音だけを行き来して成り立っている。故に「ゴジラ」は「怒りの日」のメロディを換骨奪胎したものと言えるのではないだろうか?

人類が水爆実験(核兵器)により生み出した怪獣「ゴジラ」の登場こそ、神からの最後の審判が下される「怒りの日」であると解釈出来なくもない。

外山さんのラフマニノフはロシアの土の匂いとか、切実な望郷の想いといった感情を感じさせない、客観的で純音楽的な内容。ただ今、絶好調の大阪交響楽団も好演し、大変充実したコンサートとなった。

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