フェデリコ・フェリーニ監督の「道」
今年のバンクーバー冬季オリンピックでフィギュアスケート男子の高橋大輔選手が、イタリア映画「道」の主題曲”ジェルソミーナ”(ニーノ・ロータ作曲)を採用し、見事銅メダルに輝いたことは記憶に新しい。
フェデリコ・フェリーニが1954年に監督した「道」(原題:"La Strada")は56年にアカデミー外国語映画賞を受賞した。
ニーノ・ロータは1952年の「白い酋長」以降、79年の「オーケストラ・リハーサル」で自身が亡くなるまで、全フェリーニ作品の音楽を担当している。
「道」や「カビリアの夜」(アカデミー外国語映画賞受賞)に主演したジュリエッタ・マシーナはフェリーニ夫人である。二人は「魂のジュリエッタ」('66)撮影中に別居し、イタリアの民法が改正され離婚が自由になった1971年に離婚した。しかしジュリエッタは結局、93年にフェリーニが病死するまで連れ添い、彼女が他界したのはフェリーニの死から5ヶ月後のことであった。
僕が「道」を初めて観たのは中学生の時である。NHK教育テレビ「世界名画劇場」のオン・エアだった。頭の弱い主人公ジェルソミーナの純粋さに心打たれ、哀しい物語にボロボロ泣いた。
この度、高橋大輔選手のことや、ミュージカル映画「NINE」の公開を契機に、「道」を観直したくなった。恐らく20年ぶりくらいの邂逅である。そして、全く物語が別の様相を帯びてきたので驚いた!フェリーニが映画に散りばめたメタファー(暗喩)の数々が、初めて見えてきたのである。
物語の半ばから綱渡り芸人が登場し、彼はジェルソミーナの心の支えとなる。しかし結局、彼は旅芸人ザンパノに殺されてしまう。
サーカスの場面で、この綱渡り芸人が背中に羽を背負っていることに、僕は今回初めて気が付いた。つまり彼は「天使」として描かれているのである。登場シーンも綱を渡っている場面であり、彼はジェルソミーナのもとへ「天から降りてくる」のだ。
イメージとしてはこんな感じである↓
(エル・グレコ「受胎告知」)
映画のラスト・シーンでジェルソミーナの死を知ったザンパノは海岸で慟哭し、慙愧の涙を流す。
ザンパノのZampaとはイタリア語で「悪」の意味。そしてジェルソミーナはイノセンス(無垢)の象徴である。そこに綱渡り芸人(= 天使)が現れ、「どんな物でも何かの役に立っている。この石ころだって」と語り、彼女に神へと続く「道」を示す。そして物語の最後、悪人ザンパノは悔悛し、その魂は浄化されるという構造を持っているのだ。
ザンパノとジェルソミーナは旅の途中、修道院に泊めてもらう。その深夜、ザンパノは鉄格子に手を突っ込み、中にある銀製の十字架を盗もうとする。 そしてそれを咎めるジェルソミーナを振り向き、「お前が代わって取れ。お前なら十字架に手が届くはずだ」と言う。このエピソードも象徴的である。つまり彼女の方が神に近づける存在であることを示していているわけだ。
そしてラストシーン。ザンパノは海岸で頽れ、号泣する直前に、一瞬天を見上げる。そこにジェルソミーナがいるからなのだろう。
また今回、実はジェルソミーナには何度か選択のチャンスが与えられていることも分かった。サーカスの芸人たちは移動する際、彼女に「ザンパノみたいな男はさっさと見限って、私たちと一緒に行かないか」と誘う。さらに修道女も「ここに残らない?」と尋ねる。その度にジェルソミーナはザンパノのもとに留まることを選び取っていたのである(彼の魂を救済するために)。
フェリーニが「道」を監督した当時、彼は34歳。なんと早熟な天才だろう。
それにしても久しぶりに「道」を聴いて、ロータの音楽はパーフェクトだなぁと改めて感嘆した(試聴はこちら)。一分の隙もない。僕が特に大好きなのは、ジェルソミーナとザンパノが旅路につくときの、あの哀愁を帯び、何かに急き立てられるように疾走する旋律である。
児玉宏/大阪交響楽団は2011年3月17日の定期演奏会でニーノ・ロータ/交響曲 第4番「愛のカンツォーネに由来する交響曲」を取り上げる(同時にライヴ・レコーディングされる予定)。また、リッカルド・ムーティ/ウイーン・フィルハーモニー管弦楽団は2009年の来日公演でロータの作品を演奏した。遂に彼の時代が来たのである。
「ゴッドファーザー」の作曲家としても知られるニーノ・ロータはゲイであり、生涯独身を貫いた。彼の来日コンサートでも若い男性の恋人を連れてきていたそうである。バイセクシャルだったルキノ・ヴィスコンティ監督とロータは「山猫」などでいくつか仕事を共にし、またアラン・ドロン主演のゲイ映画「太陽がいっぱい」の音楽も担当しているなど、色々と興味が尽きないエピソードがあるのだが、残念なことにそろそろお時間です。この続きはいずれまた。
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