映画「ゴールデンスランバー」とビートルズ
評価:B
伊坂幸太郎の小説「ゴールデンスランバー」は宝島社「このミステリーがすごい!」で国内第1位となり、2008年の本屋大賞および山本周五郎賞を受賞した。
僕は「アヒルと鴨のコインロッカー」(2003)や「チルドレン」(2004)など、《等身大の、トリッキーな作品》を書いていた頃の伊坂作品が好きだった。しかし2005年に出版された「魔王」の辺りから、どうも雲行きが怪しくなってくる。大言壮語というか、政治など《デカイこと》、天下国家を語るのを好むようになってきた。「ゴールデンスランバー」もその流れの中にあり、一読してどうも好きになれなかった。
この小説のテーマは要約すれば「国家権力やマスコミの言うことは信じるな」「疑え!」ということに尽きる。で、僕に言わせれば「そんなこと、君みたいな青二才に言われなくても分かっているよ」と鼻白んでしまう。気取った文章表現も鼻に付く。
だから僕のこの小説に対する評価は低いのだが、それでも映画を観る気になったのは、監督が「アヒルと鴨のコインロッカー」を見事に映像化した中村義洋だったからである。そしてその期待は裏切られなかった。はっきり言って原作より面白い。
映画公式サイトはこちら。
本作の舞台は仙台。これは伊坂クンが仙台在住だからである(東北大学法学部卒)。
原作の設定は近未来。日本に大統領制が敷かれ、街の数メートルおきに監視カメラ・盗聴システムが設置されているという管理国家の話だが、それを現代に置き換え、首相暗殺にしたのは正しい判断だと想う。
主人公が下水管を使って逃亡する場面は、アンジェイ・ワイダの「地下水道」やキャロル・リードの「第三の男」を彷彿とさせ、非常に映画的だと想った。
中村監督は本作を青春映画と捕らえ、再構築(Re-Creation)した。この試みが成功している。特に空き地に放置されたポンコツ自動車の場面から、花火の日の回想へと続く流れが、胸がキュンとするくらい切なくて良かった。これは「既に失ったものと諦めていた友情を、取り戻す物語」と言うことも出来るだろう。
オズワルド役の堺 雅人が好演。竹内結子はそもそも昔から好きじゃない。
ただ残念なことに、この映画には致命的欠陥がある。「ゴールデン・スランバー」は元々、ビートルズのアルバム「アビイ・ロード」に収録された楽曲である。 登場人物たちがそれを聴き、アルバム製作時のポール・マッカートニーの気持ちを推察する場面もある。しかしビートルズの版権が高すぎるためか、映画ではオリジナル音源が使用出来なかったようである。代わりに劇中に流れるのは、日本人によるカヴァー演奏である。物語の核となるガジェット(小道具)が偽物では、お話にならない。
篠田正浩監督が映画「悪霊島」でビートルズの「ゲット・バック」や「レット・イット・ビー」を使った時、楽曲の再使用が認められず、テレビ放映やビデオ化が出来ないという事態に陥った。結局、カヴァー演奏に差し替えることによって、漸くDVD化されたという経緯がある。
そこで僕が一番心配なのは、今年の12月に公開を控えた映画「ノルウェイの森」(監督:トラン・アン・ユン、出演:松山ケンイチ、菊池凛子ほか)である。公式サイトはこちら。
村上春樹の原作小説には表題曲のみならず、「ミッシェル」「ヒア・カムズ・ザ・サン」「ひとりぼっちのあいつ(Nowhere Man)」等、ビートルズの曲が大挙して登場する。果たしてオリジナル音源は使用出来るのだろうか??
そういえば、ビートルズの版権はマイケル・ジャクソンが所有していた筈だが、マイケルの死後、一体どうなったのだろう……。
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