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2010年2月

映画「インビクタス/負けざる者たち」と冬季オリンピック

評価:B

Invictus

アカデミー賞ではモーガン・フリーマンが主演男優賞、マット・デイモンが助演男優賞にノミネートされている。映画公式サイトはこちら

南アフリカ共和国初の黒人大統領ネルソン・マンデラと、ラグビーの南ア代表チーム「スプリングボクス」主将・ピナールとの友情を描く娯楽映画である。クリント・イーストウッド監督はリラックスして、いい仕事をした。

「事実は小説より奇なり」とはよく言ったもので、物語の展開にはびっくりさせられる。フィクションならば「こんなご都合主義、現実にはあり得ないよ!」で済まされることが実際に起こったのだ。最後の試合の場面は正に血湧き肉躍る大迫力(スローモーションが効果的に使用されている)。誰しも興奮せざるを得ないだろう。

この映画を観れば、ワールドカップとかオリンピックというものは《国家戦略》であり、スポーツ選手たちは国を背負って戦っているという現実がよく分かる。勝たなければ意味がない。「参加することに意義がある」なんていうのは全くの世迷い言、真っ赤な嘘である。

今年、冬季オリンピックのフィギュアスケート女子、浅田真央選手は本当に素晴らしい演技をした。よく頑張った。しかし日本国民の多くが彼女の銀賞に落胆したのもまた、事実である。誰も言葉には出さないけれど、金 姸兒(キム・ヨナ)選手が金賞だったこと、つまり日本が韓国に負けたことを、認めたくないという気持ちが強かったのではないだろうか?

しかし考えてみれば、極東アジアの2選手がを独占したのである。世界にアジアン・パワーを見せつけたのだ。大局的な目で見れば、これは画期的なことだと僕は想うのだが……。

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「鼻の狂歌」八方会@八聖亭(2/26)

大阪・福島の八聖亭へ。

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八方さんの小屋で、「有料の稽古会」(←本人談)。木戸銭2,000円也。

  • 月亭八方/ごあいさつ
  • 月亭八天/天災
  • 笑福亭仁智/トクさんトメさん(仁智 作)
  • 月亭八方/鼻の狂歌

冒頭で八方さんは、冬季オリンピック、特にフィギュアスケート女子についてあれこれと。

八天さんは口跡よく、端正な芸。上手い。ただ、同じネタをつい先日、桂よね吉さんで聴いたばかりなので、比べると「華」が足りない気がした。

仁智さんの新作は老人病院を舞台にしたもの。とぼけた遺言状に腹を抱えて笑った。

鼻の狂歌」は元々、江戸落語。あちらでは「鼻ほしい」「口惜しい」等と呼ばれ、三遊亭圓生(六代目)が得意としたネタ。梅毒で鼻がなくなる武士の噺だが、上方に移植され、主人公は戦(いくさ)で鼻をスパッと斬られ、今は浪人の身となって寺子屋で子供たちに教えているという設定になっている。上方では主に桂福團治さんが演じられているよう。タブーすれすれの笑いで、ちょっと罪悪感を感じながらも実に面白い。いたずら坊主みたいな八方さんのやんちゃさが、噺の雰囲気に合っている。

ただ、梅毒で鼻がもげる方が《人間の業の肯定》(by立川談志)が感じられ、より落語的ではなかっただろうか、という気もした。まあ確かにペニシリンの発明以降、梅毒は容易に治る病気になったので、鼻が落ちる(第3期、4期に「ゴム腫」で鼻が欠損する)という現象は、現代人にはピンと来ないかもしれないが……。そういうグロテスクさ(毒)を笑いに転化してしまうところに、僕は落語という芸能の凄みを感じるのである。

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魔法のヴァイオリン III/むかしむかし、イタリアで

千里阪急ホテル・クリスタルチャペルでイタリアの古楽を聴く。

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音楽家の面々は、

  • 伊佐治道生(バロック・ヴァイオリン)
  • 佐野健二(ヴィウエラ、アーチリュート、19世紀ギター)
  • 大西万喜(ヴィオラ・ダ・ガンバ)

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伊佐治さんは桐朋学園大学卒業後、デンハーグ王立音楽院(オランダ)などで学び、現在もイタリアで研鑽を積まれている。ナポリが生んだ当代随一の人気テナー歌手マルコ・ビーズリーが率いる古楽アンサンブル「アッコルドーネ」にも参加。

佐野さんは関西を中心に活動するリュート奏者で、アーリーミュージックカンパニーを主催されている。

今回のプログラムは、

  • カステッロ/ソナタ 第6番
  • オルティス/レセルカータ集より
  • マッティス/パッサッジョ-2弦のフーガ-グラウンド
  • モリーノ/ヴァイオリン伴奏付きギターソナタ
  • モリーノ/トリオ 第1番
  • ヴェネツィア民謡より2曲(アンコール)

ヴェネツィアの作曲家・カステッロで使用されたアーチリュートは14コース、27本もの弦が張られた楽器。

続くオルティスはスペイン・ルネサンス期の作曲家で、ナポリ王国の宮廷楽長を務めた。6コースの複弦を持つヴィウエラという撥弦(弦をはじく)楽器が興味深かった。

マッティスはナポリの作曲家。

モリーノのトリオでは、音域の高いヴィオラ・ダ・ガンバ=トレプルが使用され、子供のように小さな楽器で可愛らしかった。

3人とも名手であり、聴き応え十分。楽器もとっかえひっかえで、すこぶる面白かった。アンサンブルの悦楽を堪能。

特に伊佐治さんの優雅で、のびやかな音色に魅了された。バロック・ヴァイオリンの名手といえば、バッハ・コレギウム・ジャパンやオーケストラ・リベラ・クラシカのコンサート・ミストレスを務める若松夏美さん、「ラ・プティット・バンド」のコンサートマスターを務めた寺神戸亮さんらの名前が真っ先に思い浮かぶが、伊佐治さんも彼らに遜色ない実力を持つ、素晴らしいヴァイオリニストであった。

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月亭遊方・笑福亭たま/サムシング寄席

動楽亭へ。

「上手い」「端正だ」「師匠から教わったとおり演じている(瓜二つ)」という言葉だけでは表現出来ない「人を引きつける何か」=サムシングを探求する落語会。客の入りは47-8人。

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  • 笑福亭たま/ドーベルマン刑事(たま 作)
  • 月亭遊方/ペンギン・ア・ゴーゴー(遊方 作)
  • ナオユキ/STAND UP COMIC
  • 遊方・たま・ナオユキ/サムシングトーク
  • 笑福亭たま/景清
  • 月亭遊方/埃をかぶったヒーローへ(遊方 作)

ペンギン・ア・ゴーゴー」は桂あやめさんによる新作の会「できちゃったらくご」で1991年に初演された、遊方さんの2作目。その頃の「できちゃった」メンバーは他に、桂三風・笑福亭鶴笑・林家染二さんだったとか。これは意外。ペンギンのようにピョコピョコと、猪突猛進するラブリー(不思議)ちゃんが可笑しい。僕はフランス映画「アメリ」を想い出した。あんな女の子が身近にいたら、迷惑極まりないことだろう。そこを見事に突いた、抱腹絶倒の噺。

遊方さんの二席目について、たまさんからのリクエストは「テーブル・ジャンクション」。これはたまさんが大学生の頃行った落語会で、遊方さんが事前にネタ出ししていた演目。しかし高座に上がると「このネタ、あんまりおもろないんで『看板の一』に変えます」と結局演らず、幻の作品になってしまったとか。「気になってしょうがなかったんです」と。しかしよくよく聞いてみると、実はネタが成長して「飯店エキサイティング」に至る、その原型だったとか。

代わりに演じられた「埃をかぶったヒーローへ」は2002年、アメリカ村 BIG CATで開催された独演会でネタ下ろしされたもの。遊方さんの公式サイトからそのまま引用すると、「はがれてしまった夢を呼び起こすべくメッセージを込めて書きおろした、ブルージーストーリー」。

夢をテーマに、中高年男性へのエールをと「埃をかぶったヒーローへ」を創作、宣伝したら、本当に男性客が多くてびっくり。 皮肉なもんで、ガチガチに緊張していた僕を救ってくれたのはおっちゃん達の‘笑い声’でした。

とは、独演会を終えた遊方さんのコメント。それ以来、久しぶりの口演とのこと。

ロックがやりたくて上京するも、ひょうんなことから落語家になってしまった遊方さんの熱い気持ちが伝わる作品。ただ思い入れが強すぎて、作品として(笑い)のバランスを崩しているという印象も。だから滅多に高座に掛けられないのだろう。でも珍しいものが聴けたので、それはそれで良かった。

たまさんの二席は今回、いまいち。もう少し、サムシングが欲しかった。

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道頓堀今井/うどん寄せ鍋

甘くジューシーな「きつねうどん」で有名な、難波の道頓堀今井で、うどん寄せ鍋を頂く。

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小奇麗な個室に案内された。先付けで鯛の昆布締めが出る。

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パッと見少なめの具だなと思ったが、食べ終わる頃にはお腹いっぱいに。道頓堀今井といえば、出汁(ダシ)の美味さは絶品。具も良いものを使用し、丁寧な仕事ぶりであった。

「うどんすき」といえば何てったって美々卯。僕もよく食べに行くが、今井のうどん寄せ鍋の方が好みかも。

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繁昌亭夜席/「猫の日」特集

天満天神繁昌亭へ。

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2月22日は”ニャーニャーニャー”と「猫の日」だそうで、それに因んだ企画。

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1階席は満席で、2階席まで大入り。

  • 笑福亭右喬/犬の目
  • 月亭   遊方/猫と金魚
  • 笑福亭仁勇/猫の皿
  • 桂     蝶六/猫の忠信
  • 右喬、遊方、仁勇、蝶六/猫トーク
  • 笑福亭鶴志/猫の災難

右喬さんの実家は、猫を38匹飼っているそう。古典落語「犬の目」を改変し、「猫の目」バージョンで。サゲも別物(「招き猫で千客万来」)。活舌が良く、大変聴きやすい。途中一箇所、「犬の目」と言い間違える場面もあったが、これはご愛嬌。「すまん、昨日までは犬やったんや」

遊方さんは黒猫を一匹飼っていて、名前は「ルナ團治」。luna=月であり、月亭で”團治”を襲名することは将来的にもなさそうなので、せめて猫に付けてあげたいと考えられたのだそう。

元々猫が登場するネタを持っていなかったので、この日のためにわざわざ江戸落語「猫と金魚」を稽古したとか。七転八倒、愉快な高座だった。

また遊方さんは、上方落語に登場する猫の扱いが如何に酷いかを力説された。

例えば嘘つきを主人公にした古典落語「鉄砲勇助」は、こんな場面が発端となる。

「こんにちわぁ。えらいことです、えらいことです」
「どないしたんや?」
「うちの隣りのオバハンが猫の仔を産んでね」
「人間が猫の仔を産むわけないやろ」
「そんなこと言ぅてしまへんがな、『うちの隣りのオバハン、猫の仔踏んだ』ちゅうてまんねん」
「なんや、踏んだんかいな……」

で、話題が別のところに移っていく。その放置プレーが遊方さんには我慢ならず、「大の大人が猫の仔踏んだら、だだではすまんやろ!死んだんちゃうか?」と気になって、その後の噺の展開に集中できないのだという。

また古典落語「阿弥陀池」では、

「お前が新聞読まんさかい、人に馬鹿にされても分からんのや。大阪中どころか、この町内のことでも知らんやろ」
「そんなことおまへんで。町内のことなら、わたしゃ『どこの猫が何匹仔を産んだ』まで知ってまっせ」

この件を聴くと、遊方さんは「猫にはプライバシーすらないのんか!?」と嘆かわしい気持ちになるそうである。

こういった(常人を超えた)発想の飛躍こそが、遊方さんの魅力であると僕は常々想っている。彼は人情噺が「大っ嫌い!」だそうで、古典落語「つる」の方が哀しいと以前語っていた。噺に登場する、人の真似さえ出来ないアホな主人公が、その後どのような人生を歩んだのか考えると、泣けてくるのだそうだ。本当に、愛すべき人である。

鶴志さんによると、酒癖が悪かった噺家(すべて故人)の代表選手は林家小染(先代)、桂文我(先代)、桂春蝶(先代)、そして笑福亭松鶴だそう。酔っ払いの生態を巧みに演じるマクラから、「猫の災難」本編へ。声が客席後ろまでよく通り、豪快な高座。躍動感があり、すこぶる面白かった。

 関連記事:

なお、飼っている猫の写真を持参したら、帰りに100円の入った大入袋を貰えるというキャッシュバック・サービスもあった。

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桂よね吉落語会@いたみホール

2月21日(日)、伊丹市立文化会館へ。

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NHK朝ドラ「ちりとてちん」への出演でも知られる、桂よね吉さんの落語会。開場は14時30分、開演は15時。僕が会場に到着したのが14時ジャスト。4階のエレベーターを降りると、既に31人並んでいた。うち男性が2人。女性率9割以上!「こ、ここは宝塚大劇場か!?」とドン引きした。

着物で来た人には粗品進呈とのことで、そういう服装の方が多かった。受付4人も全員着物姿。よね吉さんによると、これはある会社の女性有志が企画した手作りの落語会で、今回が第1回目だそう。そこで最初に白羽の矢が当たるところが、よね吉人気のもの凄さを物語っている。

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  • 桂   二乗/動物園
  • 桂よね吉/七段目
  • 桂よね吉/愛宕山

よね吉さんの十八番、「七段目」をようやく生で聴けた!NHKテレビや、「繁昌亭らいぶ」シリーズのDVDでは既に観ていたが、やっぱり落語はライヴが一番。DVDに収録されたものとは完全にマクラが異なり、「七段目」だけでなんと1時間10分たっぷり。本編よりも、はるかにマクラの方が長かった。

澤潟屋(おもだかや)こと、市川猿之助が演じる歌舞伎「伊達の十役」をよね吉さんが東京まで観に行った時のエピソード。師匠の吉朝から「珍しい演目だから絶対観ておけ」と薦められたそう。お金がないので深夜の高速バスを利用し、カプセルホテルに泊まった。そこで遭遇した恐怖体験……。いやぁ、面白かった。

芝居噺「七段目」の本編は、よね吉さんの所作の艶っぽさ、指先の流麗な動きが生むイリュージョン(幻影)に魅了された。

また米朝宅における内弟子生活のエピソードも爆笑ものだった。大師匠にあたる桂米朝さんは、大変な”いらち”(短気)だそうで、出囃子が鳴って5秒くらいで高座に上がっていたとか。よね吉さんが運転手を勤めていたときも、お出掛けが夕方5時と聞き、4時35分に車を玄関に回したら、表に既に米朝さんがイライラしながら立っていて「よね吉、遅い!」と叱られたそう。「しかし師匠、出発は5時と仰いませんでしたか?」「(腕時計を見て)もう25分前やないか!」

また、米朝さんは肉が大好物だそうで、しばしば食卓にハンバーグが出たそう。夫人はよね吉さんたちにはたっぷりソースをかけてくれたが、米朝さんの分には肉の味をしっかり味わってもらいたいと、チョコッとしかかけられていなかった。それを見て不機嫌になった米朝さん、「お前はハンバーグのソースを、そんなにわしに食べさせたくないんか!」その言葉にカチンときた米朝夫人、こう切り替えした。「それが人間国宝の言うことか!」

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笑福亭福笑・たま〜たった二人の一門会〜

天満天神繁昌亭へ。笑福亭福笑(←上から読んでも、下から読んでも…)さんと、弟子のたまさんの一門会。補助椅子も出て、びっしり満席。

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  • たま/青菜
  • 福笑/代書屋
  • たま/愛宕山
  • 福笑/瀞満峡(福笑 作)

夏の噺「青菜」は暑さでヘロヘロのおかみさんの描写が、まるでゾンビみたいで可笑しかった。以前聴いた時よりも、たま版「青菜」はさらにエキセントリックに進化した。

代書屋」はたまさんが二年間の通い弟子生活の最後に、福笑さんから稽古を付けてもらったネタだそう。「文字の書けない庶民を見下している(知識人の)代書屋は、お前にピッタリや」と言われたとか。確かにたまさんの「代書屋」は嫌味な感じが絶妙だった。しかし京都大学を卒業しているたまさんの場合、その知性が邪魔をするのか、アホになりきれないというか、噺に登場する《すかたん》(間抜け)が精彩を欠いている印象を憶える。その点、今回の福笑さんは代書屋も、その客のキャラクター造形も鮮やかで、さすがだなぁと想った。また、代書屋が座って表を眺めている店の描写が克明で感服した。

瀞満峡(どろみつきょう)」は家族でサマーキャンプに出かけるという、福笑さんの新作。途中、インディアンやターザンが出てきたり、不条理な噺だなぁと想って聴いていたら、サゲで冒頭の場面に戻り、円環構造を持つSF仕立てだったので驚いた。落語ってこんなことも出来るんだ!ジャンルの可能性を広げる、凄い作品だった。

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桂よね吉、文三 IN ちょっと”はんなり”染二です!

天満天神繁昌亭へ。

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第二回繁昌亭大賞を受賞した林家染二さんの会。

  • 笑福亭生寿/犬の目
  • 桂   よね吉/天災
  • 林家  染二/宿替え
  • 桂     文三/芋俵(いもだわら)
  • 林家  染二/しじみ売り(初演)

よね吉さんら吉朝一門は、伝統的に桂米朝・宅で3年間、内弟子修行をするのが慣わしになっていた。彼が入門したのはちょうど米朝さんが人間国宝に認定された頃で、御年70歳。「まだまだ血気盛んでした」とよね吉さん。「私は《人間国宝の喧嘩》を目の当たりにしたんです」そして米朝さんが十三で買ってきた焼餅をめぐる、他愛もない夫婦喧嘩の傑作エピソードへ。これがちゃんと、いらち(短気)な男が登場する「天災」に繋がっているのだからさすがである。僕がよね吉さんの「天災」を聴くのはこれが2回目だが、前とは完全にマクラを変えてきたから驚いた。

よね吉さんの指先の動きの美しさについては既に語ったが、この噺では右手の指数本で見台(けんだい)を「トトトン」と叩く動作を繰り返すことにより、登場人物のイライラ感を見事に演出している。そしてそれが心地よいリズムにもなっている。華麗で粋な高座であった。

続いて登場した染二さん、「よね吉さんと楽屋で話していたのですが、彼はバレンタインでチョコレートを50個以上も貰ったそうです」と。高校生の息子さんは12個貰ったとか。これも立派な数字である。

宿替え」のクライマックスは通常、主人公が打ち込んだ釘が隣家の仏壇の、阿弥陀さんの喉から先が出ているのだが、染二版は股ぐらから飛び出すというユニークな趣向で、愉快だった。染二さんの軽妙さがよかった。

文三さんは噺に登場する”明るく機嫌良いアホ”の描写が絶品。染二さんが「将来の上方四天王になる人」と評していたのは決して誇張ではない。

蜆売り」は元々、江戸の義賊・鼠小僧次郎吉が主人公の噺。歌舞伎にもなっており、恐らく講談ネタから落語に取り込まれたものと思われる。東京では故・古今亭志ん生らが得意としたネタで、最近では立川志の輔らが演じている。人情噺だけに上方では演じ手が少なく、現在では桂福團治、桂文我くらいだろうか。本来サゲはないが、染二版は噺半ばで突如サゲて終わり、意表を突かれた。そもそも僕は人情噺が好きじゃないので、感想はまあまあ。

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大植英次と佐渡裕/「キャンディード」をめぐって

これは以前書いた「大植英次、佐渡裕~バーンスタインの弟子たち」という記事と併せてお読み下さい。

大植さんと佐渡さん、どちらがよりレナード・バーンスタインに愛されていたのだろう?と、僕は時々考える。

大植さんは遺族から、レニーが最後のコンサートで使用した指揮棒とジャケットを形見分けされたそうだ。一方で佐渡さんは、レニーのベストを譲られている(こちらに写真あり)。

山田真一著「指揮者 大植英次」(アルファベータ刊)より大植さんの発言を引用してみよう。

「バーンスタイン先生は、正式に弟子というものを取ったことがなかった。世界に、バーンスタインの弟子、と言って喧伝しているものは少なくないが、セミナーやリハーサルなどで一緒に時間を過ごしただけの者が多い」

「もし、一人あげるならば、それはマイケル・ティルソン=トーマス」

これはある特定の人物を念頭に置いた、牽制球のようにも受け取れなくはない。

大植さんが「青少年のためのコンサート」や大阪城「星空コンサート」を始めた当初は、その冒頭で必ずミュージカル「キャンディード」序曲を演奏していた。しかし佐渡さんが「題名のない音楽会」のテーマ曲として「キャンディード」序曲を選び、毎週日曜日にテレビから流れるようになったあたりから、一切演奏するのを止めてしまった。僕にはこれが、佐渡さんを意識した行動のように思えてならない。

2008年、佐渡さんは「レナード・バーンスタイン生誕90周年」と銘打ち、シエナ・ウインド・オーケストラでバーンスタイン特集を組み、レコーディングも行った。また兵庫県芸術文化センター管弦楽団(PACオケ)とはバーンスタインの交響曲全曲演奏会を行った(「題名のない音楽会」でもその一部が演奏された)。しかしその一年間、大植さんは日本で一切バーンスタインを取り上げず、沈黙を守る。

喧騒が過ぎ去った2009年になって初めて、大植さんは4月の定期演奏会で組曲「キャンディード」を取り上げ、8月の「青少年のためのコンサート」では待望の「ウエストサイド物語」~シンフォニック・ダンスに挑んだ。

「キャンディード」組曲のスコアおよびパート譜には次のような記載がある。「大植英次とミネソタ交響楽団のために」……ちなみにこの組曲が編纂された当時、大植さんはミネソタ交響楽団の音楽監督を務めていた。レニーの深い愛情が窺われるエピソードである。なお、組曲に序曲は含まれず、2009年に大植さんのタクトから「キャンディード」序曲が紡ぎ出される事は結局なかった。

さて2010年。兵庫県立芸術文化センターで佐渡さんが遂に念願の「キャンディード」全曲を振る。パリ・シャトレ座版(演出:ロバート・カーセン)で英語上演。歌手は全員外国人で、ダンサーもオリジナル・プロダクション・メンバーが来日するという超豪華版。これは今からわくわくドキドキだ。一般発売は2月21日(日)から。詳しくは→こちら

佐渡さんは故・桂枝雀さんの大ファンだそうである。指揮者コンクールの直前にも飛行機やホテルで、枝雀落語のカセットテープを繰り返し聞いていたとか。佐渡さんが無邪気にレニーを慕う気持ちが、落語家の師匠と弟子の関係に似ていると思うのは、僕だけではないだろう。

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京都でハプスブルク気分!

一路、京都へ。

南禅寺の近く、ウェスティン都ホテルのハプスブルク展記念スペシャルランチに出向いた。チケット付き4,000円という値段もあって、あまり期待はしていなかった。店内はガラガラで少々不安に。が、食べてびっくり、これはお得!

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開催中のハプスブルク展にちなんだ、ドイツ・スペイン・オランダ・オーストリアをテーマにしたメニューとなっている。肉、魚ありのフル・コース。メインのウィンナーシュニッツェル(ウィーン風カツレツ)はザルツブルグを旅した時にも食べたので、懐かしかった。ちなみにこの料理、ザルツブルグを舞台にしたミュージカル「サウンド・オブ・ミュージック」のナンバー”私のお気に入り”の歌詞にも登場する。

見た目は地味だが、フレンチに食傷気味な舌には新鮮な、素朴だが美味しいヨーロッパ地方料理。パンも焼き立てで美味しいし、とにかくこれで4,000円は安すぎ。

ホテルを後に、歩いて南禅寺へ。

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境内の水路閣(ローマ水道)。

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なんだか「廃墟」のような浪漫を感じる。

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上の写真は南禅院方丈庭園。

続いて建仁寺へ。

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これは潮音庭。

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○△□乃庭。禅宗の四大思想(地水火風)を象徴したものとか。う~ん、哲学的。

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法堂(はっとう)の天井画「双龍図」。2002年の作品で、新しい。

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そして最終目的地、京都国立博物館に到着。

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一番の目的は、写真右上「オーストリア皇后エリザベート」の肖像画を見ることであった。

この絵は宝塚歌劇によるウィーン・ミュージカル「エリザベート」にも登場し、1幕のフィナーレではヒロインが、正に肖像画と同じドレスと髪型で階段を下りてくるシーンが、このミュージカル最大のハイライトとなっている(何度観ても息を呑む場面である)。

実物を見ると等身大の巨大なキャンバスで、度肝を抜かれた。

写真左上、「11歳の女帝マリア・テレジア」はとても可憐な少女であった。ウエストがむちゃくちゃ細くて「これはいくらなんでも、誇張だろ~!あり得ない」と想った。

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ベラスケスが描いた、上の写真左手「白衣の王女マルガリータ・テレサ」も美しく、素敵だった。写真右、同じくベラスケスの「皇太子フェリペ・プロスペロ」は哀しく切ない絵であった。病弱だった皇太子はこの絵が描かれた2年後に亡くなっている。肌はぬける様に白く、皇太子の体を心配した両親が、沢山の鈴やお守りを身に付けさせているのが痛ましい。

ハプスブルク展は3月14日(日)まで。内容が充実しており、これは必見。

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音楽業界の不況と、大植/大フィル

英EMIが「アビイ・ロード・スタジオ」を売却すると報道された。

「アビイ・ロード」はビートルズのアルバムでも知られるように、言ってみれば”EMIの魂”である。それを売り飛ばすとは、経営状態の悪化が、それ程までに深刻だということなのだろう。

CDが売れなくなって久しい。今は音楽をインターネットから直接ダウンロードする時代である。例えばウォルト・ディズニー・スタジオは、アカデミー作曲賞にノミネートされた「カールじいさんの空飛ぶ家」のサウンドトラック・アルバムCDですら販売していない。ダウンロードのみである。

さて、つい1-2年前までは大植英次/大阪フィルハーモニー交響楽団の定期演奏会に足を運ぶと、必ずライヴ・レコーディング用のマイクが多数設置されていたものだった。大植さんの体調が最悪だったベートーヴェン・チクルスも、昨年2月に話題騒然となったマーラー/交響曲 第5番もしっかり録音されており、大植さんの許可が下りればフォンテックからいつでも発売出来る筈である。

しかし、今シーズンの定期から、マイクの棒がニョキニョキ立てられている光景がすっかり見られなくなった。それは今回のアルペン・シンフォニーでも同じこと。

そして来シーズンは、同コンビによるブラームス交響曲全集が、財団法人「ローム ミュージック ファウンデーション」の手で録音・販売されることが発表された。

クラシック音楽のCDを出すにも、助成金がなければ難しい時代がやってきたのだなぁと、感慨に耽らざるを得ない。

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大植英次のアルペン・シンフォニー!

ザ・シンフォニーホールで大植英次/大阪フィルハーモニー交響楽団(コンサートマスター:長原幸太)の定期演奏会を聴く。

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曲目は、

  • シューマン/ピアノ協奏曲 イ短調
  • R.シュトラウス/アルプス交響曲

ピアノ独奏はスイス生まれのフランチェスコ・ピエモンテーシ。このピアニストがお粗末でいただけなかった。なんだかナヨナヨした(女々しい)演奏だなと想って聴いていたのだが、タッチの力強さが足りないのだという結論に達した。特に小指が弱いので、音が均一に鳴らない。そしてそれを誤魔化すためにペダルを多用し、曖昧に響く。

これなら仲道郁代、上原彩子、河村尚子ら日本のピアニストの方がよっぽど上手いし、彼女たちならもっと逞しい演奏をするだろう。どうしてわざわざスイスからこんな実力のない人(エリザベート王妃国際音楽コンクール第3位)を呼び寄せたのか、全く意味不明だった(ソリスト・アンコールはシューベルト/ピアノソナタ第13番から第2楽章)。

一方、以前から大植さんは協奏曲の伴奏が巧い指揮者だと想っていたが、今回もソリストにぴったり寄り添い、繊細でニュアンスに富む演奏だった。

 関連記事:

プログラム後半のアルペン・シンフォニーは気宇壮大で、100点満点。溢れる歌心と、迫力に満ちたサウンドで聴衆を魅了した。R.シュトラウスによる華麗なオーケストレーションが名外科医の手で鮮やかに腑分けされ、各声部が明瞭に聴こえる。僕が常日頃、悪口を言っている大フィルの金管セクション(特にトランペット)も、今回は輝かしい響きで大健闘だった。

大植英次という人は、ベートーヴェンやブルックナーの交響曲など、音楽に精神性を求められる作品はからきし駄目な人である。しかし後期ロマン派の音楽、特に外連(ケレン)味たっぷりで、変化に富む標題音楽を振らせたら彼の右に出るものはいない。

R.シュトラウス作品の中でも、このアルペン・シンフォニーは外面的ド派手な効果だけをひたすら追求した作品であり、はっきり言って中身は空っぽ。だから大植さんの資質にピタリとはまった。

一人の登山者がアルプスを登り、下山時に嵐に遭うというプロットである。しかし、言及されているのは自然描写など事実のみで、主人公の感情は全く音楽で描かれない。

僕は久しぶりにアルペン・シンフォニー(交響詩と言うべきか)を聴きながら、「これは正しくスペクタクル映画だな」と想った。ウィンドマシーンやサンダーマシーンなど賑々しい「効果音」が駆使されているし、舞台脇のバンダ(副指揮者付き金管別働隊)なんか、ドルビー・サラウンド音響そのものである。

「山の動機」「太陽の動機」「岩壁の動機」「登り道の動機」など、この作品にはワーグナーが生み出したライトモティーフ(示導動機)が駆使され、有機的に絡み合っている。この手法はR.シュトラウスの後継者としてウィーンで活躍したオペラ作曲家エーリヒ・ヴォルフガング・コルンゴルトに受け継がれ、コルンゴルトがハリウッドに移ってからは「シー・ホーク」「風雲児アドヴァース」「ロビンフッドの冒険」など映画音楽に採り入れられた。

また、映画「風と共に去りぬ」「キング・コング」「カサブランカ」の作曲家として知られるマックス・スタイナーはウィーンで生まれで、彼の名付け親はR.シュトラウスであった(ちなみにスタイナーは幼少時にピアノの手ほどきをブラームスから受け、音楽学校ではマーラーから学んでいる)。

だから僕は今回、遠くアルプスの彼方にジョン・ウィリアムズの「スター・ウォーズ」やハワード・ショアの「ロード・オブ・ザ・リング」が鳴り響くのを聴いた。彼らは紛れもなく、R.シュトラウスの孫たちだったのである。

いつの日にか大植さんの指揮でコルンゴルトのシンフォニーやヴァイオリン協奏曲、あるいはその映画音楽を聴いてみたいと希う、今日この頃である。

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「彫刻の腕」「ベガーズ・バンケット」/月亭遊方のゴキゲン落語会(2/16)

ワッハ上方・小演芸場「上方亭」へ。月亭遊方さん、The One and Onlyの会。

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  • 開幕前戯噺(近況報告)
  • 彫刻の腕(遊方 作)
  • ベガーズ・バンケット(遊方 作)

彫刻の腕」は2009/7/29に動楽亭であった「できちゃったらくご!」で初演され、今回が2回目とのこと。美術品の価値とは何か?を問う傑作。スラップスティック(ドタバタ)・コメディ仕立てで実に可笑しく、僕はマルクス兄弟の映画(「我輩はカモである」「オペラは踊る」)を想い出した。腕が取れたら美術品としての価値が高まるという設定は、まるでミロのヴィーナスみたいで説得力があった。

ベガーズ・バンケット」はホームレスがひょんなことからバンドを組んで、コンテストに出場するというお伽噺。2006/10/7にワッハホールで開催された、遊方さんの芸能生活20周年独演会でネタおろしされ、それ以来の口演とのこと。その時はギターとベースの助っ人があったようだが、今回は全部一人で。だから着物の早変わりなど、もたついた感あり。途中、自作の歌“路上の輩(とも)”をギターの弾き語りでたっぷり披露。歌詞が真っ当すぎて、「いとしのレイラ~彼女のロック~」程のインパクト(パンチ)に欠けたのが残念。

ただ僕は遊方さんの天王寺ネタが大好きなので、自らホームレスに取材したというこの噺も、そこそこ愉しめた。

1728年、ジョン・ゲイの書いた「ベガーズ・オペラ乞食オペラ)」がロンドンで初演され大人気を博し、1463回という驚異的な上演記録を残した。1928年、ドイツの劇作家ベルトルト・ブレヒトがこれを基に「三文オペラ」を書き、クルト・ヴァイルがそれに作曲をした(ブロードウェイ・ミュージカル「キャバレー」は「三文オペラ」へのオマージュである)。そして21世紀に入り、日本の大阪で「ベガーズ・バンケット」が産声を上げる。これらの作品全てに共通するのは、貧乏のどん底に生きる人間の、心の気高さである。歴史は繋がっている。

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アマゾン・バス/ニュー・タイプ登場!

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ムムム、遂に5色目のAmazonが現われたか……。

今まで登場したものは、サイト内検索で「アマゾン・バス」と入力し、クリック。

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鈴木秀美と仲間たち/オリジナル楽器による究極の室内楽

大阪倶楽部へ。

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バロック・チェリストで指揮者としても活躍されている鈴木秀美さんと、彼が率いるオーケスト・リベラ・クラシカ(OLC)のメンバーを中心とした室内楽を聴く。

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会場はぎっしり満席。

今回のプログラムは、

  • ベートーヴェン/七重奏曲
  • シューベルト/八重奏曲

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演奏者は以下の通り(*はOLCのメンバー)。

  • 若松夏美(ヴァイオリン)*
  • グーヤ・マルティニーニ(ヴァイオリン)
  • 成田 寛(ヴィオラ)*
  • 鈴木秀美(チェロ)*
  • 今野 京(コントラバス)*
  • ロレンツォ・コッポラ(クラリネット)*
  • 村上由紀子(ファゴット)*
  • ディレーノ・バルディン(ホルン)

なお、若松さんはOLCおよび、バッハ・コレギウム・ジャパンのコンサート・ミストレスである。

勿論、弦楽器はガット弦を張ったピリオド楽器で、弓も現代のものとは異なる。木管もベートーヴェンが生きていた時代のもののコピー。ホルンは実際当時に製作されたオリジナル楽器(ナチュラル管)で、バルブ(ピストン)を持たず自然倍音のみ発音でき、右手のこぶしを出し入れすることにより音階を作るゲシュトップ(フト)奏法だった。ホルン開口部に花の模様があしらわれ、優雅である。

クラリネットは現在の黒檀ではなく柘植(つげ)製。秀美さんの解説によると、モダン楽器より軽量とのこと。

古楽器は音域により異なった音色を奏でる。「楽器が改良され、今では高音から低音まで均一な音色が出るようになりましたが、それが果たして音楽にとって良いことなのかどうかは疑問が残ります」と秀美さん。僕も全く同感である。

モダン楽器(スチール弦)による演奏が、滑らかで取り澄ました、冷たい音色(ステンレスの肌触り)がするとしたら、古楽器によるそれは、節くれだってごつごつした、木目の温もりを感じさせるものと言えるかも知れない。

オリジナル楽器による、これら2曲の演奏はほとんど日本で初めての試みだそう。このコンサートのためにイタリア・スペイン・オランダそして日本から集まった精鋭たちが紡ぎ出す音楽だけに、まことに申し分のないものであった。

歯切れよく、生き生きと弾むリズム。自発性に富み、伸びやかに歌う旋律が聴く者に音楽的感興を呼び起こす。恐らくこれ以上の演奏で同曲を聴く機会は、今後一生ないだろうなと想った。

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育っちゃったらくご!/バレンタイン・愛のネタ特集

2月14日(日)、天満天神繁昌亭へ。

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新作ネタおろしの会「できちゃったらくご!」と対を成す、「育っちゃったらくご!」を聴く。リーダーは桂あやめさん。20回記念ということで、口上もあった。

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  • 口上(全員)
  • 桂あやめ/営業1課の高田くん(あやめ 作)
  • 桂三金/延陽伯
  • 桂三風/ハンカチ(小堀裕之 作)
  • 旭堂南湖/お秀の結婚(講談)
  • 笑福亭たま/新景累ヶ淵(たま 作)
  • 月亭遊方/いとしのレイラ~彼女のロック〜(遊方 作)

あやめさんは8歳の頃から24歳で結婚すると決めていたそうで、「営業1課の高田くん」は23歳の時に作った噺だそう。主人公の女性が屋上で高田くんに愛の告白をする場面では、下座の三味線がエルヴィス・プレスリーの"Love Me Tender"を演奏する。何とも愉しい演出である。

ハンカチ」は2丁拳銃・小堀裕之さんの作品。「第2回上方落語台本募集」で優秀賞を受賞。「お巡りさん、あの人を捕まえてください!私のハートを盗んでいきました」という台詞は、宮崎駿監督「ルパン三世 カリオストロの城」のパクリではないかと僕は思うのだが……。

新景累ヶ淵」は昨年8月の「たま・南湖二人会」でネタおろしされたもの(その時の感想はこちら)。初演時には「豊志賀の顔」という副題が付けられていた。今回が2回目の口演とのこと。駄洒落の連発や、エスカレートする(サディスティックな)虐めのギャグなど、たまさんの師匠・福笑さんの新作を彷彿とさせる場面が多々あり。これは快打!たまさんの喉の調子もだいぶ良くなった様だ。

この日、一番会場を沸かせたのは遊方さんだった。口上で「僕は明治大学落語研究会に入って、初めて落語と出会いました。最初に憶えたのがこれです」と小噺「甘酒屋」を全編披露。横に正座したあやめさんはドン引きで、客席は大爆笑に。

いとしのレイラ~彼女のロック〜」を僕が聴くのは2回目。何度でも腹を抱えて笑ってしまう。これは遊方さんの傑作中の傑作ではなかろうか?特にギターを抱えて弾き語りする場面は最高!今回、調弦が合っておらず、慌てて舞台上でチューニングする場面も。そんなハプニングも実に愉快だった。なお、この噺の挿入歌はクロスビー、スティルス、ナッシュ&ヤングの「ヘルプレス」(アルバム「デジャ・ヴ」に収録)。映画「いちご白書」の挿入歌でもあるそうだ。

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桂吉弥、南光/じょいふる落語会

2月13日(土)、堺市民会館・小ホールへ。

じょいふる落語会は元々、桂吉弥さんの師匠・吉朝が世話人を務めていたもの。吉朝の死後、雀松さんが引き継いで現在に至る。吉弥さんによると、通常は堺市にあるジョイフル1という狭い会場で開催され、出囃子もテープなのだそう。今回は”新春特別編”ということで堺市民会館小ホールに場所を移し、生の三味線付きという豪華版。木戸銭3,500円也。

なお、吉朝は堺市出身で、その最後の弟子・吉の丞さんも堺市で生まれ育ったそう。

  • 吉の丞/動物園
  • 雀松/星野屋
  • 南光/住吉駕籠
  • 吉弥/ふぐ鍋
  • 雀松/天神山

南光さんはタクシーの運転手と交わす会話をマクラに。「結局、あの人たちは自分がいかにして現在の職業に至ったか、身の上話を語りたがるんです。そんなん私にとっちゃ、どっちゃでもええことで、かなわんのです」成る程、これにはうん、うんと頷けた。そして自然な流れでネタへ。駕籠かきが酔っ払いに絡まれる下りまで。上手い。

吉弥さんの「ふぐ鍋」を聴くのはこれが2回目。以前より進化し、さらに面白くなっていた。清酒「犬乃盛(いぬのさかり)」を飲む下りでは、美味しそうに瞬きし、口笛をヒュ~と鳴らす工夫が愉しい。「いち、にぃの、さん!」で、てっちりを口に放り込む場面では、声のトーン(ピッチ)を次第に上げ、登場人物の緊張感を高める手法がお見事!やっぱり、たいしたひとである。持ち前の明るさで、パッと華やかな一席であった。

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おもろい夫婦

今日、電車に乗っていると、向かい側にひと組の夫婦が座っていた。

ふたりともハードカバーを読んでおり、奥さんの方の表紙には「スコットランド日記」と書かれていた。

旦那さんはどうなんだろうと見ると、「森とほほ笑みの国ブータン」とあった。

成る程、気の合う夫婦だなと微笑ましく感じられたが、しかし一方で、「次の海外旅行の行く先は揉めるんじゃないかな?」とも想った。

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映画「ゴールデンスランバー」とビートルズ

評価:B

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伊坂幸太郎の小説「ゴールデンスランバー」は宝島社「このミステリーがすごい!」で国内第1位となり、2008年の本屋大賞および山本周五郎賞を受賞した。

僕は「アヒルと鴨のコインロッカー」(2003)や「チルドレン」(2004)など、《等身大の、トリッキーな作品》を書いていた頃の伊坂作品が好きだった。しかし2005年に出版された「魔王」の辺りから、どうも雲行きが怪しくなってくる。大言壮語というか、政治など《デカイこと》、天下国家を語るのを好むようになってきた。「ゴールデンスランバー」もその流れの中にあり、一読してどうも好きになれなかった。

この小説のテーマは要約すれば「国家権力やマスコミの言うことは信じるな」「疑え!」ということに尽きる。で、僕に言わせれば「そんなこと、君みたいな青二才に言われなくても分かっているよ」と鼻白んでしまう。気取った文章表現も鼻に付く。

だから僕のこの小説に対する評価は低いのだが、それでも映画を観る気になったのは、監督が「アヒルと鴨のコインロッカー」を見事に映像化した中村義洋だったからである。そしてその期待は裏切られなかった。はっきり言って原作より面白い。

映画公式サイトはこちら

本作の舞台は仙台。これは伊坂クンが仙台在住だからである(東北大学法学部卒)。

原作の設定は近未来。日本に大統領制が敷かれ、街の数メートルおきに監視カメラ・盗聴システムが設置されているという管理国家の話だが、それを現代に置き換え、首相暗殺にしたのは正しい判断だと想う。

主人公が下水管を使って逃亡する場面は、アンジェイ・ワイダの「地下水道」やキャロル・リードの「第三の男」を彷彿とさせ、非常に映画的だと想った。

中村監督は本作を青春映画と捕らえ、再構築(Re-Creation)した。この試みが成功している。特に空き地に放置されたポンコツ自動車の場面から、花火の日の回想へと続く流れが、胸がキュンとするくらい切なくて良かった。これは「既に失ったものと諦めていた友情を、取り戻す物語」と言うことも出来るだろう。

オズワルド役の堺 雅人が好演。竹内結子はそもそも昔から好きじゃない。

ただ残念なことに、この映画には致命的欠陥がある。「ゴールデン・スランバー」は元々、ビートルズのアルバム「アビイ・ロード」に収録された楽曲である。 登場人物たちがそれを聴き、アルバム製作時のポール・マッカートニーの気持ちを推察する場面もある。しかしビートルズの版権が高すぎるためか、映画ではオリジナル音源が使用出来なかったようである。代わりに劇中に流れるのは、日本人によるカヴァー演奏である。物語の核となるガジェット(小道具)が偽物では、お話にならない。

篠田正浩監督が映画「悪霊島」でビートルズの「ゲット・バック」や「レット・イット・ビー」を使った時、楽曲の再使用が認められず、テレビ放映やビデオ化が出来ないという事態に陥った。結局、カヴァー演奏に差し替えることによって、漸くDVD化されたという経緯がある。

そこで僕が一番心配なのは、今年の12月に公開を控えた映画「ノルウェイの森」(監督:トラン・アン・ユン、出演:松山ケンイチ、菊池凛子ほか)である。公式サイトはこちら

村上春樹の原作小説には表題曲のみならず、「ミッシェル」「ヒア・カムズ・ザ・サン」「ひとりぼっちのあいつ(Nowhere Man)」等、ビートルズの曲が大挙して登場する。果たしてオリジナル音源は使用出来るのだろうか??

そういえば、ビートルズの版権はマイケル・ジャクソンが所有していた筈だが、マイケルの死後、一体どうなったのだろう……。

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桂よね吉、文太、梅團治/繁昌亭昼席(2/11)

天満天神繁昌亭へ。祝日とあって、立ち見も出る盛況。

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  • 桂    そうば/狸賽
  • 桂      三弥/僕たちヒローキッズ(三枝 作)
  • 桂   よね吉/御公家女房
  • 桂      三象/三象踊り
  • 笑福亭仁嬌/八五郎坊主
  • 桂      文太/愛宕山
  • 露の団四郎/百面相
  • 桂      米輔/宿替え
  • 桂    あさ吉/書割盗人
  • 桂    梅團治/花筏

よね吉さんは開口一番、「僕の出演している《繁昌亭らいぶシリーズ》CD・DVDが発売されて、今日がちょうど……二日目なんです」と。これにはよね吉さんが「東西若手落語家コンペティション」でグランドチャンピオンを掻っ攫った勝負ネタ、「七段目」も収録されている→詳細はこちら

やっぱり彼の高座は絶品だった。「御公家女房」は古典落語「延陽伯」を、落語作家の小佐田定雄さんが脚色したもの。よね吉さんは、とにかくその流れるような所作が美しい。滑らかな指先の動きの、なんと艶っぽいことだろう!役者で例えるならミュージカル「ミス・サイゴン」のエンジニア役でトニー賞を受賞したジョナサン・プライスとか、市村正親さんに近い資質を感じる。つまり音楽的なのである。

《上方の秘密兵器》、《テポドン》とも称される三象踊り大月みやこさんの「別れてひとり」をバックに。いやはや愉快、場内大爆笑。

仁嬌さんは余り抑揚のない淡々とした語り口で、さすが師匠の仁鶴さんに似たスタイルだなと想った。

名人・文太さんは飄々として、味のある一席。その軽妙な口調が、聴いていて嬉しくなる。途中、一八が荷物を担いで山登りする場面は本当にしんどそうだった。

春團治師匠のお弟子さんの中で、僕は梅團治さんが一番センスがある噺家だと常々想っている。豪快な語り口が実に魅力的。相撲噺「花筏」は、そういう梅團治さんのニンに合っていた。

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フランツ・シュミット、知られざる交響曲/大阪シンフォニカー定期

ザ・シンフォニーホールで寺岡清高/大阪シンフォニカー交響楽団の定期演奏会を聴く。

プログラムは、

  • ベートーヴェン/交響曲 第8番
  • シュミット/交響曲 第4番

以前この、知られざるウィーンの交響曲シリーズを聴いた感想は下記。

Sympho2

歯切れよく軽やかな古楽器演奏、あるいはピリオド奏法に慣れた耳には、大編成による寺岡さんのベートーヴェンはいささか機動力に欠け、腰が重く感じられる。テヌート気味で滑らかな、厚化粧のベートーヴェン。ただこの演奏会のテーマが「世紀末ウィーン」なので、ロマン派の見地から解釈した20世紀的演奏と考えれば、理解出来ないこともない。僕はこれを聴きながら、ルキノ・ヴィスコンティ監督の「ベニスに死す」を連想した。特に映画の最後、(マーラーをモデルにした)作曲家・アッシェンバッハが息絶え、その化粧が醜悪に溶けていく場面を。つまり、「マーラー的ベートーヴェン」であった。

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さて、すこぶる面白かったのがプログラム後半、フランツ・シュミット(1874-1939、オーストリア)である。まさに後期ロマン派最後の作曲家と言えるだろう。

交響曲第4番が初演されたのが1934年。ナチスがドイツの政権を取ったのが1932年、38年にオーストリアはドイツに併合され、翌39年にシュミットは亡くなっている。

ユダヤ人だった「三文オペラ」の作曲家クルト・ワイルは、舞台作品への度重なるナチスの暴力的干渉に身の危険を感じ、33年にドイツを離れパリへ逃れた。そして35年にアメリカへ渡り、ブロードウェイ・ミュージカルを手がけるようになる。

「カルメン幻想曲」で知られるフランツ・ワックスマンはユダヤ系ドイツ人。ナチス政権下で自由な活動を閉ざされたワックスマンは34年にアメリカに渡る。そして「フランケンシュタインの花嫁」('35)「レベッカ」('40)など映画音楽に携わり、「サンセット大通り」('50)「陽のあたる場所」('51)でアカデミー作曲賞を受賞することになる。

ウィーンでオペラ作曲家として活躍したエーリヒ・ウォルフガング・コルンゴルトもユダヤ系であった。ハリウッドから招かれ1936年の映画「風雲児アドヴァース」でアカデミー作曲賞を受賞したコルンゴルトは、38年ナチスのオーストリア併合により、アメリカで生きることを余儀なくされる。

その38年、ドイツ出身の名指揮者ブルーノ・ワルターもまた、マーラー/交響曲第9番のレコーディングを最後にウィーン・フィルと別れを告げ、スイス経由でアメリカに亡命する。

そういう風雲急を告げる時代に、このシンフォニーは作曲された。またシュミットの妻は精神病院に収監され、1932年には娘エンマが出産直後に死去。そういった度重なる不幸が交響曲に暗い影を落としている(妻カロリーネはシュミットの死後、ナチスの精神病患者一掃政策により、殺害された)。

第1部はトランペット・ソロにより調性と無調の狭間をたゆたう、不安定でもの寂しい主題から開始される。僕はこれを聴いてジェリー・ゴールドスミスが作曲した映画「エイリアン」のメイン・テーマに雰囲気が似ているなと感じた。そして谷川俊太郎さんの処女詩集「二十億光年の孤独」というタイトルが想い起こされた。

第2部は葬送行進曲。これはまさしく後期ロマン派の音楽への、悲痛な、告別の歌である。

そして空しく盛り上がる第3部のスケルツォを経て、全てが虚無へと帰す第4部へ。僕はここにロマン派の音楽とヨーロッパ文明が瓦解する音を、間違いなく聴いた。

このシンフォニーは少なくともマーラーの第7番や8番を凌ぐ、傑作である。こんな素晴らしい作品がもっと日本で演奏される機会が増えることを心から望む。そしてこれを取り上げる英断を下した寺岡さんと、大阪シンフォニカーにエールを送りたい。

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桂文珍 独演会@大阪府吹田市

昨年末、523人の大アンケートによる 「今おもしろい落語家ベスト50」(文春MOOK)という本が出版された。

このアンケートは「ここ数年で、ライブを聴いた落語家について一番面白かった噺家は誰ですか?1位から3位まで3人挙げてください」という質問であった。

対象が東京の落語ファン主体だったので、50人のうち上方の噺家は7人しかランクインしないという結果に終わった(南光、春團治、三枝、米團治、吉坊、鶴瓶、雀三郎)。

大阪で同じアンケートをしたら、全く異なる結果となっただろう。是非、文芸春秋社には「上方版」も企画してもらいたい。

そこでもし、僕が同じ質問を受けたらどう答えるだろうか?と考えてみた。東京の噺家も含めるなら、現時点では次の3人かな。

  • 柳家喬太郎
  • 桂よね吉
  • 桂文珍

もしこれをお読みの方で、「私ならこの人を選ぶ!」というのがあれば、どしどしコメント欄にお書き下さい。お待ちしています。

さて、吹田市文化会館メイシアターへ。

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文珍さんの独演会は昨年末にも聴いている。

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今回の演目は、

  • 桂   楽珍/ふぐ鍋
  • 桂   文珍/風呂敷
  • 内海英華/女道楽
  • 桂  文珍/不動坊
  • 桂   文珍/粗忽長屋

内海さんは名前の通り、のある芸でいつも愉しませてくれる。三味線のテクニックがすごい。

文珍さんは色々な小咄を積み重ね、それに時事ネタを織り交ぜるマクラが巧い。

結構落語会に足を運んでいるつもりだが、考えてみれば冬の噺「不動坊」を生で聴くのはこれが初めて(米朝さんと枝雀さんの高座はDVDで視聴した)。結構大ネタだし、季節ものなので高座に掛けられる機会は意外と少ないのかも知れない。

文珍さんの「粗忽長屋」は二度目。とぼけた味わいが可笑しい。カフカもびっくり、何とも不条理でシュールな噺。文珍さんのニンに合っている。落語の醍醐味、ダイナミズムを堪能した。

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たま・南湖 二人会/近松門左衛門に挑む!!

動楽亭へ。近松門左衛門をテーマにした三日連続の二人会、その二日目と三日目に足を運んだ。

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2月6日(土) 客の入りは35-6人。

  • 旭堂南斗/細川の福の神
  • 旭堂南湖/大高源吾(「赤穂義士銘々伝」より)
  • 笑福亭たま/書割盗人
  • 旭堂南湖/出世景清 その弐
  • 笑福亭たま/新作(「冥途の飛脚」より)

2月7日(日) 入りは15人(うち、男性3名のみ)。

  • 笑福亭笑子/寿限無
  • 旭堂南湖/赤垣源蔵 -徳利の別れ-(「赤穂義士銘々伝」より)
  • 笑福亭たま/兵庫船
  • 旭堂南湖/出世景清 その参
  • 笑福亭たま/新作(「心中天の網島」より)

日本語の美しさ、言葉の力、南湖さん(講談)のダイナミックな話芸に魅了された。

なお南湖さんによると、近松門左衛門は人形浄瑠璃を書く前に、泉州堺で講釈師をして糊口を凌いでいたとか。

たまさんは、昨年末から喉の調子が少々良くないよう。

近松ものからインスパイアされた新作は擬古典および、中学校を舞台にした教師と女子生徒・禁断の恋。出来立てのホヤホヤなので、現時点では感想を差し控えたい。出囃子が数分鳴っても、中々出てこないたまさん。「大丈夫なのかな?まだ噺を作っている最中なんだろうか?」と、こちら(客席)の方がハラハラ・ドキドキした。最終日はそのことについて、南湖さんから突っ込まれるたまさんであった。

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ほうがく de バロック/上方西洋古楽演奏会シリーズ

大阪市中央公会堂へ。

K01

西洋古楽と邦楽のコラボレーション(クロスオーバーcrossover)!いやぁ、面白かった。興奮した。音楽家の面々は、

  • 児玉宝謹(よしのり)/唄、三味線、尺八、パーカッション
  • 森本英希(ひでき)/バロック・フルート、リコーダー
  • 吉竹百合子/チェンバロ
  • 赤坂放笛(ほうてき)/バロック・オーボエ(ダ・カッチャ)、リコーダー

K03

物語仕立てになっており、紋付袴姿の赤坂さんが狂言口調で進行役(まさに狂言回し)。

東の国(江戸)で事業 仕分けなるものが行われ、予算を削減されたことに怒った伝兵衛と上方の楽師たち。いざ抗議せんと船に乗り込み大阪から江戸へ向かうが、その航海中に嵐に遭遇し漂流。ほうほうの体でたどり着いたのはカムチャッカ半島。ロシア人に拘束されサンクトペテルブルクへ。そこでピョートル大帝に謁見し、日本語教師として働くことにな る。仲間の楽師の中にはクリスチャンに改宗するものもあり……

K02

演奏された曲目は、

  • 矢野正文/組曲「童夢」より ざわめき
  • ヴィヴァルディ/フルート協奏曲「海の嵐」
  • ヴィヴァルディ/ヴァイオリン協奏曲「冬」
  • ヘンデル/王宮の花火の音楽 より
  • ヴァヴィロフ/カッチーニのアベマリア(通称)
  • J.S.バッハ/マニフィカト「我が心、主を崇め」より
  • こきりこ節(富山県民謡)
  • ヘンデル/歌劇「リナルド」~私を泣かせてください
  • クヴァンツ/トリオソナタ
  • ジャン=ジャック・ルソー/歌劇「村の占い師」~パントマイム
  • ブレンナー/ラ・フォリアの主題による変奏曲
  • シチリアーナ(イタリア伝承)
  • グリーンスリーブズ、スカボロフェア(イギリス民謡)
  • オキャロラン/小さな妖精と大きな妖精
  • 五木の子守唄(熊本県民謡)
  • 矢野正文/組曲「童夢」より 走馬灯
  • アンコールデカンショ節(篠山節、兵庫県民謡)

和楽器の音色と西洋古楽器が不思議とよく溶け合い、違和感はない。民謡の発声法による「カッチーニのアベマリア」やヘンデルのアリアも異世界で、すごく良かった!

盛りだくさんの内容。これで入場料1000円は安すぎ。是非また聴きたい。

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藤原紀香/ブロードウェイ・ミュージカル「キャバレー」

梅田芸術劇場へ。

僕はミュージカル「キャバレー」を、今まで3つの演出で観ている。

1972年ライザ・ミネリ主演、ボブ・フォッシー監督による映画版(アカデミー賞8部門制覇)。そしてサム・メンデス(映画「アメリカン・ビューティ」「レボリューショナリー・ロード/燃え尽きるまで」)とロブ・マーシャル(映画「シカゴ」「NINE」)が共同演出したブロードウェイ・リバイバル版(2度の来日ツアーおよびブロードウェイ公演)、さらに松尾スズキが演出した2007年版(主演:松雪泰子)である。詳しくは下記記事に書いた。

今回の演出は宝塚歌劇団のエース、小池修一郎。キャストは歌姫サリーに藤原紀香、アメリカ人の作家クリフに阿部力、下宿の大家・シュナイダー夫人に杜けあき、下宿の娼婦に高嶺ふぶき、そしてキャバレーのMCを諸星和己が演じた。

C01

結論から先に言おう。小池版は今までで、最も不出来なプロダクションであった。

BWリバイバル版にはドイツという国家の破滅の足音が聞こえ、デカダンス(退廃)、滅びの美学があった。松尾版には猥雑さと腐臭、狂気があった。しかし小池版は非常に健全で、一言で言うなら《清く、正しく、美しく》、つまり宝塚的なのである。

冒頭、「ウィルコメン(ようこそ)」のナンバーはダンサー全員が黒の燕尾服で登場。「なんだか、やたら上品な『キャバレー』だな」と違和感を覚えた。

BWリバイバル版のMCは地獄への水先案内人、つまりメフィストフェレス的役割を担っていた。小池版は顔半分を白塗りにしたジョーカー。しかし悪魔的な魅力が欠け、物足りない。

ヒロインであるサリー・ボウルズは本来、怠惰で自堕落な女である。最後に「人生はキャバレー」と歌うナンバーにはベルリンと共に滅びてゆくだけという、投げやりで、自暴自棄な感情が込められなければならない。松尾版の松雪泰子にはそれがあった。しかし藤原紀香のサリーはあっけらかんと明るく前向きで、パワフルにこれを歌い上げる。そりゃ全然違うだろう!

大家のシュナイダー夫人という役には絶望と諦念がある。しかし、宝塚男役トップスターだった杜けあきは堂々とした風格で、確かに歌は上手いのだが、世の中の流れに逆らえない夫人の人間的弱さが全く表現出来ていない(これは役者のせいではなく、演出・キャスティングが悪い)。それからコメディじゃないんだから、肉襦袢にも違和感があった(「ウーマン・イン・ホワイト」のマイケル・クロフォードを想い出した)。

クリフがアメリカ兵として戦場で死ぬという幕切れは、余りにも唐突で閉口した。メンデス/マーシャル版では舞台が眩いばかりの白い光に包まれ、登場人物たちが強制収容所で処刑される(勿論、儀式を司るのはMCである)という衝撃的な演出で圧巻だったのだが、もう雲泥の差である。

キャバレー・シートも中途半端であった。1階最前列、両端に設けらたテーブル(ペア)席のことである。ブロードウェイで「キャバレー」を観劇した時は1階席全てがテーブル席で、劇場全体が第2次世界大戦直前のベルリンの雰囲気を醸し出していた。テーブルにはランプが置かれ、それが舞台の進行と共に点滅する。観客は思い思いにアルコールなどドリンクを注文し、それを飲みながらショーを愉しむのである。今回のように、ただ一部にテーブルが置かれているだけ(飲食禁止)では意味がない。

結局、このプロダクションの見所は藤原紀香の細くすらっとした美脚と、諸星和己がローラースケートを履き、ステージ狭しと駆け巡る場面に尽きる。淀工(大阪府立淀川工科高等学校)吹奏楽部の「ザ・ヒットパレード」冒頭で演奏される「パラダイス銀河」は元々、この人が歌っていたんだなぁと懐かしく想い出した。

小池修一郎さんは素晴らしい演出家である。ミュージカル「エリザベート」なんか、ウィーン・オリジナル版よりも日本版の方が優れていると評価しているくらいである。

小池さんは映画「サウンド・オブ・ミュージック」を観てミュージカル演出家を志した人であり、ジュリー・アンドリュース・ファンクラブにも入っていたという逸話は有名である。そういう真っ当な精神の持ち主には、「キャバレー」という作品の持つ、爛れ、今にも朽ち果てんとする病んだ世界は似合わない。本公演は小池修一郎の資質と、その限界を示したものと言えるだろう。

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桂よね吉、九雀、雀々/動楽亭昼席(2/4)

動楽亭へ。

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今月は、桂米朝一門のみによる昼席。平日にもかかわらず、ぎっしり満席。

  • 佐ん吉/狸賽
  • 雀五郎/牛ほめ
  • よね吉/千早ふる
  • 雀々 /代書
  • 九雀 /公家大根
  • 都丸 /読書の時間(三枝 作)

よね吉さんは現在、上方で最も「粋(いき)」な高座を聴かせてくれる人である。着物のセンスも抜群。開口一番、「まばらな拍手をありがとうございます」が可笑しかった。

僕は雀々さんをここ一年、集中的に追いかけてきた。今回はNHK山形放送局のアナウンサーが臨時ニュースの原稿を読み間違えたという初めて聴くマクラだったので、こ、これはもしや!?と緊張が走った。すると遂に出た!!待望の「代書」。

依頼人が「松本留五郎」で、「セェ~ネンガッピ!」「ポンで~す」がある枝雀版。しかし、細部に色々と独自の工夫があるので、意外と印象は違った。どちらかと問われれば、そりゃ枝雀さんの「代書」の方が好きだけれど、言葉の奔流とリフレインが心地よい雀々さんも、味わい深いものがある。

九雀さんはメガネを外し、つまり《JAZZ型》ではなく《クラシック型》で口演。「公家大根」は昨年9月12日、「超古典落語の会」でネタおろしされたもの。上方落語の祖、米沢彦八が300年前に書いた笑話集「軽口御前男」(元禄16年)を原作とし、小佐田定雄さんが脚色された。九雀月報によると、12月1日の「桂米朝落語研究会」(京都安井金比羅会館)でこれを掛けた時、たまたま来られていた米朝師匠がいたく気に入られたとか。「どぜう丁稚」と共にどうしても聴きたい噺だったので、とても嬉しかった。ラッキー!

雀々さんが常々仰っているように、上方で主に取り上げられるネタは60くらいしかなく、それを230人の噺家が奪い合っている状況である。だから新しいネタを発掘する努力はとても大切だと僕は想う。そうしなければ聴衆も次第に飽きて、離れていくだろう。ブームは永遠に続かないのだから。

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ラブリーボーン

評価:B

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映画公式サイトはこちら

脚色はピーター・ジャクソン、フィリッパ・ボウエン、フラン・ウォルシュら、「ロード・オブ・ザ・リング」「キングコング」のチームが担当。しかしこのトリオ、内容を書き込みすぎる傾向があり、果たしてこの内容で135分の上映時間が必要だったか甚だ疑問である。もっと簡素化することが可能だったのではなかろうか。

主演は「つぐない」(2007)で13歳にしてアカデミー助演女優賞にノミネートされたシアーシャ・ローナン(現在15歳)。ちなみにシアーシャはアイルランド語で「自由」を意味する言葉。結局、この映画は彼女の魅力に尽きる。

「ロード・オブ・ザ・リング」や「キングコング」を観れば分かる通り、ピーター・ジャクソン監督は大人の女性を描くのことが余り上手くない。しかし、「ラブリーボーン」のシアーシャは素晴らしい。カメラは彼女を、まるで舐めるように撮っている。本作はシアーシャのプロモーション・フィルムと言い切っても過言ではない(原田知世/大林宣彦「時をかける少女」、広末涼子/原将人「20世紀ノスタルジア」、蒼井優/岩井俊二「花とアリス」、チャン・ツィイー/チャン・イーモウ「初恋のきた道」などと同類)。つまりこの監督は、移ろいゆく少女の輝きしか捉えることが出来ない感性の持ち主なのだということを今回、悟った。そういう意味でスティーブン・スピルバーグの資質に近い。スピルバーグが製作総指揮としてこの映画に参加しているのは象徴的である。

「シアーシャって可愛いよね」「今度彼女を主演に映画を一本撮りたいな」「そうだね。やろう、やろう!」とふたりで盛り上がっている姿が眼に浮かぶようだ。

だからシアーシャが好きになれるか、否かで本作の評価は真っ二つに分かれることになる(世間的にはどちらかと言えば、否定的意見に傾いている)。僕は前者だったということだ。

些か冗長で緩い映画だが、ヒロインが殺され、この世とあの世の狭間に彷徨する場面は幻想的でとても美しい。さすがファンタジーを撮らせたら、ピーター・ジャクソンの右に出るものはいない。

アカデミー助演男優賞にノミネートされたスタンリー・トゥッチの演技も特筆に価する。殺人犯の不気味さが巧みに醸し出されている。つい先日観た「ジュリー&ジュリア」におけるメリル・ストリープの理解ある夫役とは完全に別人。役者って、やっぱりすごいな。

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春風亭昇太独演会/オレスタイル

ワッハ上方へ。

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523人の大アンケートによる 「今おもしろい落語家ベスト50」(文春MOOK)で第8位にランクインした春風亭昇太さん、The One And Onlyの会。

開口一番「第13回目という、区切りの悪い会へようこそ!」で会場がドッと沸く。「僕の人生の目標は”いい気になること”なんです」

同じ日に、近くのトリイホールでは桂米朝さんのお孫さん(高校一年生)が高座に上がり、小噺を披露したそうで、「あちらには新聞社が4社、取材に駆けつけたそうです。こちらには1社も来てません」「落語家なんて、獣(ケモノ)がやる種の職業ですから、代々受け継ぐもんじゃないですよね」と舌好調♪

幼い頃、駄菓子屋でくじを引くのが大好きだった昇太さん「”ハズレ”じゃなくて”スカ”と書かれた、その響きが何とも言えませんでした」ある日、お年玉など貯めたお金を全てつぎ込み、くじを丸ごと買い占めたが、引いても引いても最後まで1等はおろか2等も出てこなかったそうである。「世の中、そういうもんなんだと僕は悟りました」

大学では落研に所属。もともとは応援団だったのが、内部分裂して落語研究部になったという変り種。その名残で対外的な活動も詰襟の学生服姿だったとか。夏休みに四国の老人ホームを落語で慰問しながら旅行していた時、その礼儀正しさで園長さんにとても気に入られた昇太さん。色々話を聞いてみると、その園長さんは元海軍で潜水艦に乗っていたそう。

日本敗戦の知らせを太平洋のど真ん中で受けた彼らは、「これから俺たちは、どうしたらいいのだろう」と途方にくれた。焦土と化した祖国に帰っても希望はない。すると誰かが突然「海賊になろう!」と言い出した。魚雷は6本残っている。「そうだ、そうだ!」「そうしよう!」と皆が一気に盛り上がった。そこで艦長は「よし、分かった。海賊になろう。しかしお前たち、その前に一度日本に戻って、家族にきちっと挨拶をして来い」と提案した。結局、潜水艦が帰港するまでにはみな冷静さを取り戻し、誰も何も言わず、とぼとぼとそれぞれの故郷に戻っていったとか。

「僕はこの話を聞いて、『人間、いざとなれば何にでもなれるんだ』と思いました」と昇太さん。いゃ~、心に残るエピソードだった。虚無感というか、極限状態に置かれた人間の業のもの凄さを感じた。

今回の演目は、

  • 短命
  • リストラの宴(昇太 作)
  • 寝床

一席目と二席目の間に、昇太さんは舞台上で着替えられた。いかにもオレスタイル。「間が空かないし僕はこれ、いいアイディアだと思うんですよね。でも他に誰もやる人がいないんです」いやいや昇太さん、上方にはいますよ。

昇太さんの高座は、何だかクネクネと体を左右に動かし、まるで軟体動物みたいである。

短命」が終わると、「聴いた後、何にも残らないでしょ?こんなのが好きなんです」

圧巻だったのは「寝床」。旦さんが三番蔵に鍵を掛けて閉じこもった番頭を追いかけ、汗でべっとりした手を吸盤のように壁にくっつけ、ペタペタと這い上がる。そして明かり取り窓から浄瑠璃を流し込み、蔵の中でそれが渦を巻くというホラー仕立て。

クライマックスでは旦さんがぶつけてくる浄瑠璃の固まりを避け、店子(たなこ)たちが戦場の如くはいつくばり、匍匐前進するという展開に。落語の狂気がそこにはあった。

昇太さんは大学生の時、古今亭志ん朝が演じる「寝床」を聴き、その美しさに感動されたそうである。しかし、あっけらかんと「全然違う方向に来てしまいました」

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四代目 林家小染 追善落語会

京橋花月へ。

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四代目 林家小染(1947-1984)は店で酒を飲んでいる最中、酔った勢いで外へ飛び出し、走ってきた車に轢かれ事故死したそうだ。生前親しかった笑福亭鶴瓶によると、「トラックと相撲を取る」と言って車道に飛び出したという。なんとも落語的な生き様である。

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  • 林家染弥/時うどん
  • 林家染丸/掛け取り
  • 笑福亭仁鶴/道具屋
  • 桂 文珍/四代目林家小染物語(千島団地の夜は更ける)
  • 五代目 林家小染/上燗屋
  • 四代目 林家小染/鍬潟(くわがた)VTR

先代の弟子だった現・小染が故人を偲んで酒の噺「上燗屋」を演り、四代目のVTRが相撲の噺だったというのは象徴的であった。文珍さんの新作も、酒にまつわる故人との想い出を活写したもの。

先代の高座は畳み掛けるようなスピード感があり、ダイナミック。「惜しい人を亡くしたものだ」としみじみ想った。

仁鶴さんは故人のことに触れることもなく淡々とネタへ。抑揚がないその口調にはやはり違和感がある。「演じ分けることが落語の真髄ではない」という意見があることも十分承知しているが、僕はそういうスタイルを余り好きになれない。

最後に四代目の長女が挨拶をされた。先代が亡くなった時、彼女は9歳。小学校に入ってから、父親は酒を飲みに行ったまま帰宅しないことが多くなり、ほとんど話をすることもなかったという。今回DVD・CD-BOXの発売や追善落語会の話が持ち上がり、初めてその高座に接し、父の偉大さを知ったそう。その姿は家庭で見せる素顔とは全く違っていたとか。

とても印象深い会であった。

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新世紀落語の会

繁昌亭へ。

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全て新作落語の会。

  • 桂さん都/中村の恋(7-8 作)
  • 笑福亭由瓶/侍ジャイアンツ2010(由瓶 作)
  • 桂三歩/私がパパよ(三枝 作)
  • 月亭遊方/ハードボイルド・サザエさん(遊方 作)
  • 桂雀三郎/わいの悲劇(小佐田定雄 作)

由瓶さんは漫画「侍ジャイアンツ」の主人公・番場蛮の息子、バンバ・ババンが大リーグでイチローと魔球で勝負し、10年連続200本安打の記録樹立を阻止しようとする噺。実にアホらしくて面白かった。

遊方さんの噺は、25歳になったカツオが町に帰ってくる。とあるバーを舞台に明らかになる、サザエさん一家のその後。冒頭とエンディングに映画「カサブランカ」の"As Time Goes By"(時の過ぎ行くままに)が流れ、ハードボイルドな雰囲気を醸し出す。ただ遊方さんは意識して標準語で窮屈そうに喋るため、テンポが遅くなり、もたついた感は否めない。落語なんだから、別にカツオが大阪弁でもいいんじゃないかな?由瓶さんなんか、大リーガーもアメリカのアナウンサーもみんな大阪弁だったし。

今まで何度か聴いていたが、雀三郎さんの高座でこんなに大笑いしたのは初めて。これは小佐田さんによる「あて書き」(予め演者を想定して台本を書くこと)の勝利だろう。能が好きな父、歌舞伎好きの母、姉が浪曲派で、妹が宝塚!皆がそれぞれの口調で話し、てんやわんやに。古典落語「蛸芝居」や「延陽伯」のパスティーシュ(パロディ)。歌手として、桂雀三郎 with まんぷくブラザーズでも活躍する雀三郎さん、「わいの悲劇」は歌がふんだんに盛り込まれ、とても愉しかった。

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今年の米アカデミー賞の行方を占う

さて、いよいよ明日は第82回米アカデミー賞ノミネートの発表である。

恐らく今年の最多ノミネートはジェームズ・キャメロンの「アバター」(9部門前後)、それをクエンティン・タランティーノの「イングロリアス・バスターズ」やキャスリン・ビグロー監督「ハート・ロッカー」(The Hurt Locker)が追う形になるのではないかと予想する。

作品賞の本命は混戦模様だが、監督賞はキャスリン・ビグローで決まりではないだろうか?もしそうなればアカデミー賞史上初の女性監督受賞となる。ヒラリー・クリントンが初の女性大統領になる前に、ハリウッドは新しい歴史をつくっておきたい筈だ。むしろ遅すぎたと言えるだろう。

僕個人の意見としては1993年に、カンヌでパルム・ドール(最高賞)を勝ち取った「ピアノ・レッスン」のジェーン・カンピオン監督が受賞しても良かったのではないかと想っている。しかし、これはフランス/ニュージーランド/オーストラリアの合作で(つまりアメリカ映画ではなく)、しかも対抗馬が「シンドラーのリスト」のスティーブン・スピルバーグだったのだから、元々勝ち目はなかった。

結局アカデミー賞は演劇界に先を越されてしまい、1997年にミュージカル「ライオンキング」で女性演出家として初めて、ジュリー・テイモアにトニー賞が贈られた。その後も2001年に「プロデューサーズ」の演出でスーザン・ストローマンが受賞している。

しかし考えてみたら、日本では西川美和監督の「ディア・ドクター」がキネマ旬報ベストワンに輝いたし、本格的に女性の時代が到来したんだなぁと実感する。

話を元に戻そう。今年からアカデミー賞の作品賞候補は10作品が選ばれることになった。ノミネートを期待したいのがピクサーの「カールじいさんの空飛ぶ家」。もし入れば、ディズニーの「美女と野獣」以来、アニメーション映画として史上2回目の快挙となる。まあ現在は長編アニメーション部門が新設されたので、無理に作品賞に入れなくてもいいと言えば確かにそうなのだが……。

その長編アニメーション部門に「崖の上のポニョ」がノミネートされるかどうかは、微妙な状況。同じ日本人として、今はただ神に祈るのみである。

昨年は「おくりびと」が大旋風を巻き起こしたが、今年の外国語映画賞には残念ながらアジア映画は一本もノミネートされない見込み。もし「ディア・ドクター」か「ヴィヨンの妻〜桜桃とタンポポ〜」が日本代表としてエントリーされていれば、十分可能性はあったのにと悔やまれる。

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笹本玲奈/ミュージカル「ウーマン・イン・ホワイト」千秋楽

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ウーマン・イン・ホワイト」は2004年にロンドンで初演されたアンドリュー・ロイド=ウェバーのミュージカル。「オペラ座の怪人」でトニー賞を受賞したマイケル・クロフォードが久しぶりにウェバー作品に出演した(フォスコ伯爵役)ということでも話題になった。翌2005年にブロードウェイに進出したが、プレビューを含む129公演(3ヶ月)で終了しており、これは事実上、興行的失敗を意味する。

オリジナル・プロダクションの演出はトレヴァー・ナン(「レ・ミゼラブル」)。舞台背景にスクリーンを配し、そこにCGの映像を映すことで場面転換をするという奇をてらった演出で、すこぶる評判が悪かった。日本版ではそれを一新、きちっとセットを組んで展開されていく。

なお、ウディ・アレン監督がロンドンで撮り、スカーレット・ヨハンソンが主演した映画「マッチポイント」(2005)には「ウーマン・イン・ホワイト」を観劇するシーンが登場する。

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本作で読売演劇大賞の優秀女優賞および杉村春子賞を受賞した笹本玲奈、テノール歌手で「マルグリット」にてミュージカル界に進出した田代万里夫大和田美帆、軽妙にフォスコ伯爵を演じる岡幸二郎らキャスト、そして日本版演出は見事である。全く文句はない。特筆すべきは音楽監督兼、指揮を担当した塩田明弘さんの卓越したタクト。マエストロ塩田は”踊る指揮者”として有名で、ミュージカルを振らせたらそのセンスたるや右に出るものはない。

しかしその充実したプロダクションの足を引っ張ったのが、作品そのものの出来の悪さである。

1993年に初演された傑作ミュージカル「サンセット大通り」(Sunset Boulevard、日本未上演)を最後に、ロイド=ウェバーの才能が枯渇したことは周知の事実である。「オペラ座の怪人」や「サンセット大通り」の充実度を100%とするならば、「ウーマン・イン・ホワイト」の出来は70%くらい。愛のデュエットも陳腐で「オペラ座の怪人」の名曲"All I Ask of You"と比べるべくもない。劇団四季が最近のウェバー作品を買おうとしないのは、さすが見識が高い(しかし「キャッツ」や「オペラ座の怪人」などドル箱作品があるから、お義理でロイド=ウェバー版「サウンド・オブ・ミュージック」を買ったのではないだろうか?と邪推してみた)。

B級怪奇映画みたいな台本もお粗末。例えばこの物語の鍵を握る「白いドレスの女」が幽霊の如く、野を彷徨っている理由に全く説得力がない。彼女はパーシバル卿の秘密を握っているのだが、なにもそれを心の内に秘めなくても警察や村の人々に告発すればいいではないか。大体、日々の食事はどうしているの?虚構の中のリアリティが欠如している。彼女は主人公マリアンと偶然出会った時に、「秘密は明日の同じ時間に打ち明ける」と言う。そこで僕は「おいおい、今言っとけよ!明日に延ばしたらパーシバル卿に捕まっちゃうよ」と内心、突込みを入れた。そして予想通りの結果となったことは、言うまでもない。

ただ、ロイド=ウェバーの"Aspects of Love"がスティーブン・ソンドハイムのミュージカル"A Little Night Music"へのオマージュだったように、「ウーマン・イン・ホワイト」にもソンドハイムへの憧れが垣間見られたのが興味深かった。例えば姉妹と画家が森へ 写生に繰り出す場面は明らかにスーラを主人公にした「日曜日にジョージと公園で」(Sunday in the Park with George)を意識しているし、後半の精神病院に至る展開は「スウィーニー・トッド」そっくりである。

果たしてロイド=ウェバーが復活し、嘗ての栄光を取り戻す日は来るのであろうか?

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