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2010年1月 6日 (水)

上方と江戸/それぞれの落語

大阪に住み落語に親しむようになり、まず気が付いたのは上方と江戸の相違である。これ程までに別物なのか!と驚いた。それは関西人と関東人の気質の違い(温度差)を示しているようにも想われる。

落語はJAZZだ!~桂枝雀と上方落語 論」で書いたことの繰り返しになるが、上方には人情噺がない。気持ちいいくらい皆無である。一部では「立ち切れ線香」を人情噺とする風説があり、噺家の中にもそう信じている人がいるが(柳家喬太郎さんはその著書「落語こてんパン」の中で「たちぎれ」を人情噺と書かれている)、僕は誤解ではないかと考える。「立ち切れ線香」はある商家の若旦那と芸妓・小糸の純愛(悲恋)物語。最後は少しだけ怪談噺めいた味付けがされている。

桂米朝さんは著書「落語と私」の中で、講談における「世話物」を、(講談のように)説明口調ではなく感情を込めて喋るものを人情噺と定義し、人情噺にはサゲが存在しないと書かれている(実際、代表的演目「文七元結」や「紺屋高尾」にサゲはない)。

大体「人情」とは「人に対する思いやりや、いつくしみの心」であり、基本的に男女の恋愛はその範疇に含まれない。例えば「世界の中心で、愛をさけぶ」や「冬のソナタ」を普通、人情噺とは言わない(「ALWAYS 三丁目の夕日」は典型的な人情噺である)。

「立ち切れ線香」にはちゃんとしたサゲがあるし、恋愛以外では若旦那に対する親の愛情とか、番頭の思いやりといった感情は一切描かれていない。むしろこの噺に登場する番頭の仕打ちは非情ですらある。だからこれは人情噺ではない(江戸から明治にかけて退廃的な恋愛や風俗を描いた「人情本」が書かれたが、落語の「人情噺」とは全く別物である)。恋愛も人情に含めてしまったら、「崇徳院」まで人情噺になってしまう。

ではなぜ上方では人情噺が流行らないのか?…恐らく関西人は湿っぽい(お涙頂戴の)情が嫌いなのだろう。上方の笑いは乾いている。クールなのが身上なのだ。

関西人の人情噺に対する姿勢を端的に表す一例を紹介しよう。以下、「落語DE枝雀」(ちくま文庫)の《情は情でも落語の情は》という章より桂枝雀さんと落語作家・小佐田定雄さんとの対談を引用する。

枝雀 なんぼ「情」が結構やちゅうてもおしつけがましなったらいけまへん。おしつけがましい「情」てなもん、私らの最もかなわんもんでっさかいね。

小佐田 演者に先に泣かれてしまうと私らみたいなヘソ曲がりの客は「オッサン、なに泣いとんねん」てなもんで、かえってサーッと醒めてしまいますねんな。ことに落語なんかで「泣き」を入れられると、「わかったわかった。もうええもうええ」てな気ィになってしまいますな。(中略)一般に「情」とか「人情」とかいうと、つい「お涙頂戴」的なものを思いうかべてしまうんですが、それとは正反対の「薄情な情」こそが上々のものであるというのが我々の結論ですかね。

さて次に、上方落語には武士とか殿様が殆ど登場しないのも特徴である。一方で江戸落語には多い(「目黒のさんま」「八五郎出世(妾馬)」など)。「たがや」なぞは町人が侍の首を「スパッ」と斬り、皆で歓声を上げるという凄まじい噺である。当時の庶民の武士に対する反感・不満・憎悪が強烈に滲み出している。これは恐らく武家社会中心だった江戸文化と、豊かな町人文化が花開いた上方との大きな相違でもあるのだろう(上方落語は船場の商家を舞台としたものが多い)。

それから現在も見られる傾向だが、関西の芸人は政治問題を笑いのネタにすることを好まない。ところが関東の芸人は風刺・権力批判が大好きであり、客にもよく受ける。このことも上方落語の登場人物が庶民中心で、江戸は必ずしもそうでないことの理由の一つに挙げられるのではないかと推察する。

落語を聴けば江戸時代の文化の有り様が垣間見られ、土地の気風の違いも理解できる。そんなことを考えるようになった、今日この頃でございます。←最後は枝雀風に

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