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2010年1月

笑福亭鶴瓶、吉永小百合/映画「おとうと」

評価:A

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いっぱい笑った、そして泣いた。素晴らしい作品である。今年、米アカデミー外国語映画賞の日本代表として「誰も守ってくれない」などという駄作が選ばれたが、来年の日本代表は是非、本作に!と希望する。映画公式サイトはこちら

山田洋次監督が「おとうと」を撮ると聞いた時、幸田文(原作)市川崑(監督)の映画「おとうと」(1960年、キネマ旬報ベストワン)のリメイクなのかなと思った。ところが完成した作品を観ると現代を舞台にした全くのオリジナル作品で、「病に伏した弟と看病する姉がリボンで手と手をつなぐ」というアイディアのみ借用されていた(映画の最後に《市川崑監督「おとうと」に捧げる》とクレジットが出る)。

山田監督の「寅さん」シリーズが、人間として駄目な兄と賢い妹の滑稽噺だったのに対し、 今度の新作は賢い姉と駄目な弟の物語になっている。そして21世紀になり描くことが難しくなった《家族=血の繋がりというやっかいなもの》をテーマとしている。

吉永小百合は現在64歳。娘役の蒼井優は24歳。ちょっと親子としては厳しい年齢差だが、映画を観る限り不自然さを微塵も感じさせない。さすがプロの女優である。それにしても蒼井優のウェディング・ドレス姿は本当に綺麗だった!

東京郊外に住む吉永は、弟の笑福亭鶴瓶に娘の結婚を知らせる手紙を書く。しかし「宛先不明」で戻ってくる。そこに書かれた住所は大阪市西成区。実にリアルだ。

結婚式に駆けつけた鶴瓶は「天下茶屋で住吉のおばさんにばったり会って(結婚のことを)聞いた」と言う。このフレーズが実に落語的である。

山田洋次監督は落語に造詣が深い。故・柳家小さんのために新作落語「目玉」を書いているくらいである。

鶴瓶によると山田監督は撮影中、彼に対して一切NGを出さなかったそうである(一方、小林稔侍は40回くらい出したとか)。つまり、彼を《落語国の住人》として自由に泳がし、その浮遊感を映画の核としたということなのだろう。酔っ払いの演技は笑福亭一門のお家芸。鶴瓶が結婚式を滅茶苦茶にする場面は絶品だった。正に、立川談志さんが言うところの落語の本質、《人間の業の肯定》がそこにはあった。

末期癌に冒された鶴瓶は民間ホスピスで息を引き取るのだが、これにはモデルがあるらしい(→「きぼうのいえ」ホームページへ)。そこに登場する人々は決して偽善的でなく、真摯で温かい。見事な描写力である。しかし山田演出は死を目の前にしても、決して笑いを絶やさない。それは落語「らくだ」や「死神」(どちらも鶴瓶が高座に掛けたことのあるネタ)にも通じる精神である。鶴瓶は映画のクライマックスに向け、15Kgの減量をしたそうだ(撮影はシナリオの順番どおり行われた)。その迫真の演技には凄みさえ感じられた。

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春野寿美礼 IN ミュージカル「ファニー・ガール」

梅田芸術劇場へ。客席の9割5分は女性。宝塚大劇場に近い比率。

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舞台ミュージカルの中には、ある役者の存在抜きに語れない作品がある。「アニーよ銃をとれ」や「ジプシー」におけるエセル・マーマン、「ハロー・ドーリー!」におけるキャロル・チャニングなどがそれに該当する。

ファニー・ガール」(Funny Girl)はそもそもバーブラ・ストライザンドのステージを観た作曲家ジュール・スタインが彼女のために書き下ろし、1964年にブロードウェイで初演された。'68年にはバーブラの主演で映画化(監督は「ベン・ハー」「ローマの休日」の名匠ウイリアム・ワイラー)、彼女はこれでアカデミー主演女優賞に輝く。

実在した主人公ファニー・ブライス(Fanny Brice)はユダヤ人だったので、ユダヤ系の家庭に生まれ、ブルックリンで育ったバーブラの個性的な顔立ち(Funny Face)がよく似合ったのだろう。

なおファニー・ブライス本人は、アカデミー作品賞を受賞した映画「巨星ジークフェルド」(1936)や「ジークフェルド・フォーリーズ」(1946)などに出演している。僕はどちらも観たが、何と言うか……けったいな人だった(なかなか形容し難い)。

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宝塚男役トップ・スターだった春野寿美礼さんは整った顔立ちなので、正直ファニー・ブライスという感じではない。周囲から「あんたみたいな美人じゃない娘は……」と言われても、なんだか違和感がある。しかし歌唱力は抜群で、バーブラの代名詞となった名曲"People"は力を抜いてたおやかに、一方、賭博師ニック・アーンスタイン(綱島郷太郎)を追って決然と歌う「パレードに雨を降らせないで」(Don't Rain On My Parade)はパワフルで熱く。宝塚時代は限りなく格好よかった春野さんだが、本作では実に軽やかに演じ、コメディエンヌとしての魅力を発散していた。

映画「ファニー・ガール」の冒頭、バーブラが楽屋の鏡に写った自分の姿に向かい"Hello, gorgeous."と言う台詞は余りにも有名である。AFI(アメリカ映画協会)が選ぶ「アメリカ映画・名セリフ100」では81位にランク・インした。バーブラのコンサートで彼女がスクリーンに映った若き日の自分に「ハロー、ゴージャス!」と語りかけるだけで、観客は熱狂し、喝采するのである。ところが、今回の舞台版ではこの台詞がなかったので驚いた。元々、映画用の脚色だったのか、それとも日本版の演出の都合上カットされたのかは僕には分からない(事情をご存知の方、コメント頂けると幸いです)。

それから舞台版ではファニーの親友で振付師エディ・ライアン(橋本じゅん)の比重が多いのにもびっくりした。事実上、準主役級の扱いである。映画版のエディは小さな役で、恐らくファニーとニックの関係に焦点を当てるために、様々なエピソードが割愛されたのだろう。

宝塚歌劇団の座付き演出家・正塚晴彦さんは普段どおり地味で堅実な仕事振りだった。もう少し華やかさがあってもいいかな?という気もした。

舞台は2段のひな壇になっており、そこに階段が掛けられて上下を行き来できるようになっていた。オーケストラは上段に配置された。ニックと決別したファニーが毅然と観客に背中を向け、階段を上がって舞台奥へと消えていくラストシーンは宝塚・男役の美学が感じられ、素敵だった。

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(500)日のサマー

評価:B+

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Vividな(生き生きした)青春映画だ。公式サイトはこちら

冒頭、「この映画は"Boy Meets Girl"の物語であるが、"Love Story"ではない」とナレーションが入る。何とも粋ではないか。

決して"Happy Ending"ではないし、かといって逆に悲しい物語でもない。敢えて一言で表現するなら、極めて「洗練された(Sophisticated)style」の映画である。

主人公とヒロイン”サマー”の500日が描かれるわけだが、日付は必ずしも順番に並んでいない。それは福永武彦の小説の如く、夢の理論というか、語り手の意識の流れに従って配列されていると言ってもよい。

ナショナル・ボード・オブ・レビュー(米国批評家会議)が選ぶ2009年のアメリカ映画ベスト10にランク・イン。スポットライト(初監督)賞も同時受賞した。

メガホンを取ったマーク・ウェブは本作における力量が認められ、サム・ライミが降板した「スパイダーマン」シリーズ第4作目の監督に抜擢された。バットマン・シリーズがクリストファー・ノーランの起用で目覚しい成果を上げたのと同様(「ダークナイト」はもの凄い傑作だった)、ソニー・ピクチャーズ エンターテイメントは正しい選択をしたと言えるだろう。

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大阪フィルによる管楽アンサンブル/いずみホール特別演奏会

いずみホールへ。

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コンサートの前に、道頓堀今井の名物・親子丼ときつねうどんに舌鼓を打つ。

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だしが効いて美味なり。

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さて、大阪フィルハーモニー交響楽団がウィンド・オーケストラに変身した。弦楽器なしのコンサート。指揮は東京佼成ウィンド・オーケストラも振る下野竜也さん。

  • メンデルスゾーン/吹奏楽のための序曲
  • ロドリーゴ/管楽器のためのアダージョ
  • アーノルド/金管楽器のための交響曲
  • R.シュトラウス/ソナチネ 第2番「楽しい仕事場」

全てオリジナル曲で、通常の吹奏楽団と異なるのはサクソフォンが見あたらないこと。

面白いことに今回はチューニングなしの演奏だった。つまり、大阪府立淀川工科高等学校(淀工)や、なにわ《オーケストラル》ウィンズ(NOW)同様の手法である。ちなみに、大阪市音楽団(市音)はチューニングをする。

客の入りは9割くらい。吹奏楽をしている中高生がいっぱい。淀工丸谷明夫先生と生徒さん達の姿も見かけた。また客席には大フィル弦楽セクションの楽員もちらほらと。

こういう編成は馴れないせいか、アンサンブルの精度はNOW市音に一歩譲った。しかし演奏された曲が珍しく、僕も生で聴いたことがないものばかりだったので、とても愉しめた。

メンデルスゾーンは15歳の作品で、青春の息吹が感じられる瑞々しさがあった。

ロドリーゴといえば「ある貴紳のための幻想曲」等、ギター&管弦楽の曲が有名だが、まず冒頭フルートから始まるメロディは「アランフェス協奏曲」の第2楽章(恋のアランフェス)を彷彿とさせるロマンティックな楽想。そこへ突如、何かに追い立てられるような緊迫した不協和音を金管が咆え、これが20世紀の作品であったことを想い出させる。

アーノルドはTp 4,Tb 4,Hr 1,Tuba 1の計10人による演奏。これのみ指揮台無しだった。

R.シュトラウスは「ばらの騎士」の如く、やわらかく甘い香り立つ、芳醇な魅力があった。この作品が1944年、つまり第2次世界大戦中ナチス・ドイツ末期に作曲されたことが到底信じられないくらいの優雅さ(ある意味、現実逃避とも言える)があった。ちなみにR.シュトラウスは第三帝国の帝国音楽院総裁として当時ナチスに協力していた。また、彼の父親はミュンヘン宮廷歌劇場の首席ホルン奏者だったこともあり、この曲でもホルンが格好よく大活躍するのが面白かった。

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笑福亭鶴瓶 落語会/柳亭市馬、大いに歌う

兵庫県立芸術文化センターへ。

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芸術監督の佐渡裕さんから花が届いていた。佐渡さんは若い頃、指揮者コンクールに挑んだ時も、飛行機やホテルで桂枝雀さんのテープを聴いていたというほどの落語好き。兵庫芸文で大晦日に開催されるジルベスター・ガラコンサートでは桂三枝さんが毎年佐渡さんと共演し、創作落語を披露している。

今回のプログラムは、

  • 鶴瓶噺(Stand-up Talk )+市馬の歌あり
  • 柳亭市馬/七段目
  • 笑福亭鶴瓶/転宅(ネタおろし)
  • 笑福亭鶴瓶/子は鎹(子別れ)

鶴瓶さんからのリクエストで柳亭市馬さんが歌ったのは三波春夫の長編歌謡浪曲「俵星玄蕃」(たわらぼしげんば)。いやぁ、惚れ惚れするくらいの美声。むしろ本職の落語より上手いんじゃないかな?やんや、やんやの大喝采。でも、終わったかと思うと語りや歌がまだまだ続く。会場が沸いた。何とこの曲は市馬さんしか歌うことが許可されていないそうである。昭和39年までの歌なら、市馬さんは何でもこいだとか。

昨年の「ディア・ドクター」で日刊スポーツ映画大賞とキネマ旬報ベスト・テンの個人賞で主演男優賞を受賞した鶴瓶さん(映画自体も第1位に)、

元々腰に持病があり、最近は右足の関節が次第に悪くなって、この落語会の前日に曲がらなくなったそう。慌てて兵庫芸文に電話を掛け、「もしかしたら正座が出来ないかも」と一報。すると、「まあ最悪の場合、高座に腰かけて足を伸ばしたまま演じられた前例もありますから」との答え。「誰や?」と問うと、「亡くなる直前の五郎兵衛師匠です」

(僕はちょうど晩年の露の五郎兵衛さんの口演を聴いている。当時の写真もある→こちら。高座の前方に赤い小さなクッションが置かれているのが見えるだろう)

そうするわけにもいかないので、急遽近所の整形外科を受診した鶴瓶さん、痛み止めの注射を打ってもらい、漸くなんとか正座出来るようになったそう。「歩き方や腰の下ろし方がぎこちないので、予めお断りしときますわ」

話題変わって、一週間ほど前に月亭可朝さんからの電話。「(立川談志師匠があんたに会いたいって」それから色々あって、病院へ見舞いに行くことに。こうなると「何か(おもろいことを)しなければならない」というモード(強迫観念?)にスイッチが入った鶴瓶さん、まず病棟の詰め所に入り看護師さんに「お医者さんの白衣を貸して!」それを着て、顔をマスクで覆い「松岡さん(談志の本名)の病室はどこや?」

「ディア・ドクター」同様、ニセ医者の格好で鶴瓶さんが入室した時、談志さんは輸血中で、その副作用のため悪寒戦慄がきているところだった。「お父さん!」と家族が心配そうに呼びかける中、鶴瓶さんもニセ医者のまま「松岡さん、大丈夫ですか!」

その後看護師に付き添われトイレに行く談志さんを見送り、そのまま病院を後にしたそう。途中、鶴瓶さんに気が付いた家族や看護師は必死で笑うのをこらえていたとか。

この顛末を上方落語協会会長の桂三枝さんに報告すると、「鶴瓶ちゃん、困るなぁ!僕、明日見舞いに行くんだよ。鶴瓶ちゃんがニセ医者やったんなら、僕は看護師の格好でもするしかないなぁ」

一般人がこれをしたら非常識と顔をしかめられるところだろう。しかし、鶴瓶さんの芸人魂や天晴れである。シャレの分かる談志さんも、きっと心から喜ばれたに違いない。

以前談志さんが入院された時にも、鶴瓶さんは病室で芸を披露して談志さんを大いに笑わし、「オイ、祝儀をやるから持って行け!」と言われたそう。そして置いてあったお見舞い金を袋ごと渡された。そこには「桂三枝」と書かれており、中には5万円が入っていた。そのまま受け取るわけにもいかず、三枝さんに電話し事情を説明。「少なかったんやろうか?」と心配する三枝さん。「兄さん、僕に任せて下さい」と電話を切った鶴瓶さん、お見舞い金を10万円包み談志さんに渡した。袋には《笑福亭鶴瓶(うち半分は桂三枝)より》と書いて。

僕はこのエピソードを聞いて、立川談志 著「現代落語論 其二 ーあなたも落語家になれるー」(1985年初版、現在絶版)の内容を想い出した。「落語家は幇間(たいこ)もち(=男芸者)たれ」と語る一文を引用してみよう。

 かりに、バーのカウンターで十人の客の話し相手になり、小話を演り、歌を披露して、そこで小遣いをもらうのも立派な芸と考えていいのではないか。(中略)いわゆる修羅場といってもいい場所だ。政治家もいるだろう、学者もそこにいる。ビジネスマンもいよう。それぞれの職種の人たち、現代に生きている人たちに、サービスをし、芸を演り、相手の内容に合わせて話をはずませ、相手を喜ばせるのは、もうそれで立派な芸で、高座で落語を演じるのと違った苦労もあり、それなりの芸も要る。もちろん内容も問われるのである。これも立派な一つの芸だと考えていい。ましてそこに私のよくいう落語のエキス、つまり人間の業の肯定があればいうことはない。形式的には幇間もちのジャンル。それを完全に落語家が喰いあらしたのである。しかも、現代的な方法で……。

僕は漸く理解した。笑福亭鶴瓶は「現代の幇間もち」だったのである。

鶴瓶噺では他に、鶴瓶さんの兄弟のことや、お母さんが亡くなった時のエピソードなどを語られた。それは私落語「ALWAYS-お母ちゃんの笑顔」の番外編(Another Story)と呼べるものだった。

ネタ下ろし「転宅」は話芸の巧さが光り、泥棒の純情が心に残った。

七年前から落語を始めた鶴瓶さん。春風亭小朝さんからのアドヴァイスで、まず最初に取り組んだのが「子は鎹」。だれに稽古を付けて貰おうかと考えあぐねた結果、「マス・メディアに露出が多い僕のような人間を一番嫌っている師匠に(敢えて)教えを請おう」と決め、桂文紅(2005年死去)の門を叩いた。文紅さんは当初鶴瓶さんに対し反感を抱いておられるようだったが、そのうち可愛がってくれるようになった。鶴瓶さんの落語会に何度か足を運ばれた文紅さん、ある2月の寒い日に鶴瓶さんが「子は鎹」を演じ終え高座を下りると、そこに文紅さんが立って待っておられ、手で○印をしてくれたそう。

僕はこの「子は鎹」が余り好きではない。それは誰が演じても同じこと。その理由をずっと考えてきたが、最近やっと分かってきた気がする。まずこの噺は笑いに対して、情や演者の「泣き」の比率が多すぎる。だから「もうえぇ、もうえぇ」とうんざりする。落語全体を通してそこに情が占めるのはせいぜい2-3割までにして欲しいというのが正直な気持ちである(その点、「立ち切れ線香」や「一文笛」における情の塩梅は絶妙である)。それから談志さんが論破されたように、落語の醍醐味は「人間の業の肯定」にある(最近、談志さんは「」を「非常識」という言葉に置き換えておられる)。しかし「子は鎹」は逆に「人間のを克服する」噺である。つまり非常識な人間が更正し、真っ当になる。だから詰まらない。爽快感がない。それをありがたいと感じ、涙する人々も当然いるだろう。しかし僕にとっては無縁の世界なのである。

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長講「初天神」/天神寄席(1/25)

天満天神繁昌亭へ。

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  • 桂 雀太/饅頭こわい -半ばー
  • 桂 三若/生まれ変わり(三枝 作)
  • 桂 一蝶/昭和任侠伝(二代目・春蝶 作)
  • 桂 文太/つるつる(贋作シリーズ)
  • 桂 坊枝/野ざらし
  • 笑福亭松喬/長講「初天神」

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雀太さんは枝雀さんの孫弟子にあたる。言葉のリズム感が枝雀さんのそれを彷彿とさせる。つまり上手い。携帯電話のスイッチを切るように注意する時、「ポンカラキンコンカンカンカンと鳴っては困りますから」という口調が面白い。

東京の言葉は冷たくて、「だめ!」というのは英語の"NO !"に似ているが、大阪弁はもっと柔らかく、「あかん」はフランス語の"Non"に近いなどといったことを一蝶さんは話された。しかしこれ、桂三枝さんが以前使っておられたマクラと全く内容が同じなんですけれど……。

文太さんは落語を聴く心得《はひふへほ》を披露した後、最後の幇間(=たいこもち)と呼ばれる悠玄亭 玉介(ゆうげんてい たますけ)さんから聴いた話を。「幇間の極意は旦那が言ったことに決して逆らわないことです」そして幇間の哀感滲む「つるつる」へ。文楽や志ん生が得意とした江戸の噺だが、巧みに上方に移植しているので違和感はない。味わい深い高座だった。

坊枝さんは大きな声でハイテンションな主人公が愉しい。

松喬さんは落語の《上下(かみしも)を振る》ことの説明から入った。「歌舞伎でも吉本新喜劇でも家屋は舞台の上手(かみて)にあり、訪問客が下手(しもて)から入ってくるというルールは同じです。だから花道は下手にあるのです」嗚呼、確かにそうだと納得。「落語で夫婦が登場する場合、おかみさんが上手に来るのか、旦那が上手なのかはその力関係によって変わってきます。その選択は噺家の演出に任されています」へぇ~!目から鱗であった。

松喬さんが「初天神」を高座に掛けることは滅多にないそうなのだが、「今日は師匠の松鶴から教わった型でやります」と。噺に登場する息子だけが吃音という演出が面白かった。考えてみれば、以前NHK-BSで観た松鶴の「らくだ」も登場人物の一人が吃音で演じ分けられていた。成る程、これが《笑福亭の芸》なんだと膝を打った。

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大阪シンフォニカー 名曲コンサート/フランス篇

ザ・シンフォニーホールで大阪シンフォニカー交響楽団の名曲コンサートを聴く。

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  • ビゼー/交響曲 第1番
  • イベール/フルート協奏曲
  • ラヴェル/亡き王女のためのパヴァーヌ
  • ドビュッシー/管弦楽のための映像より第2曲「イベリア」

指揮はパリを拠点に活躍する、フランス音楽のスペシャリスト・矢崎彦太郎さん(フランス政府より芸術文化勲章シュヴァリエおよびオフィシエを授かる)。フルート独奏は工藤重典さん。

矢崎さんは上智大学数学科に学んだという特異な経歴の持ち主。そういう意味では数学者としてローザンヌ大学の教授だった名指揮者エルネスト・アンセルメに似ている。

ラヴェルなど半音階を駆使したフランス印象派の音楽は響きが曖昧模糊として混沌に沈みがちであるが、矢崎さんの指揮ではそういったことが一切ない。知的にコントロールされ明晰である。考えてみれば淀工の丸谷明夫先生が振るラヴェルも同様の特徴があり、丸ちゃんは電気化の先生。つまり理系の頭脳を持っていることと、その音楽性には密接な関係があるのかも知れない。

工藤さんのテクニックは今更言うまでもなく万全。軽妙洒脱なフランス音楽の粋を堪能した。

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桂文我上方落語選 大阪編(1/23)

大阪梅田・太融寺へ。

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  • 笑福亭呂竹/時うどん
  • 桂 文我/親子の嫁入
  • 桂 米平/雁風呂
  • 桂 文我/鎮守の森
  • 落語ゼミナール
  • 桂 文我/虱(しらみ)茶屋

珍しく、けったいなネタの数々。「時うどん」以外は聴いたことのない噺ばかりであった。「雁風呂」は釈ネタ(講釈の落語版)で、「鎮守の森」は昔、にわか芝居として演じられたものではないかとのこと。「親子の嫁入」も「鎮守の森」も文我さんは速記本で読んだだけで、誰かが高座に掛けているのを見たことはないそうだ。

文我さんの兄弟子・雀々さんが仰っていたが、上方でよく演られる古典落語のネタは60くらいしかなく、230人を超える噺家がそれを奪い合っている状態である。だから、文我さんのように研究熱心な落語家の存在はとても貴重だ。

落語ゼミナールでは三遊亭円朝(「芝浜」「文七元結」「牡丹燈籠」「四谷怪談」「真景累ヶ淵」を創作)直筆の和歌(?)や当時の落語演題見立番付表、また桂米朝さんが師事した作家・落語研究家の正岡 容(まさおか いるる)の手紙など、レア・アイテムを見せて頂いた。

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柳家三三×桂吉弥 ふたり会/アッ!と驚く初高座あり

天満天神繁昌亭へ。

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恒例となった桂 吉弥さん(38歳、93年入門)と柳家三三さん(35歳、93年入門)のふたり会。

プログラムを見てびっくり。開口一番に桂 弥生と書いてあるではないか!

さんが太郎という一番弟子を取ったことは知っていた。初舞台が2009年11月8日、豊中市伝統芸能館の「岡町落語ランド」。この日は吉弥さんの師匠・吉朝の命日でもあった。

ということはさんの二番弟子?そして名前からすると女性??が上(いやがうえ)にも期待は高まる。

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  • 桂  弥生/東の旅 発端
  • 桂  吉弥/いらち俥
  • 柳家三三/二番煎じ
  • 柳家三三/やかん
  • 桂  吉弥/三十石

弥生さんはこれが初高座だそう。色白で丸顔の可愛らしい女の子だった。噺の3分の2くらいまではトントンと調子よく運び、聴き心地がよい。しかし、「腹が減ったんなら『ラハが北山、底でも入れよか』てなこと言ぅてみぃ」の件で突然詰まる。

舞台袖から吉弥さんが助け船を出す「らはがきたやま」という囁き声。こそこそっと2度繰り返すが、続きが中々出て来ない。3度目に大きな声ではっきりと「らはがきたやま!」

客席から暖かい笑い声が零れる。これをきっかけに思い出した弥生さん。後はすらすらと最後まで完走した。盛大な拍手に包まれて彼女は高座を下りた。

僕もそうだったけれど会場に居合わせた人々は皆、吉弥さんが出演したNHK朝ドラ「ちりとてちん」のヒロイン・徒然亭若狭(喜代美)の旅立ちを見守り、応援するような、祈るような気持ちでいたに違いない。ちょうど僕は「ちりとてちん」DVD-BOXを観直している所で、喜代美が徒然亭草若に入門志願しているあたりだったので、物語と現実がシンクロし、熱い気持ちが込み上げて来るのを抑えることが出来なかった。この場に立ち会うことが出来て本当に嬉しかった。

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吉弥さんは弟子に名前をつける苦労をマクラで語られた。一番弟子の第一候補は「弥七」。でも調べてみると名前の画数が最悪だったそうで「弥太郎」に。「弥生」はあっさり決まり画数も良かったが、「ふたり会」直前になってスタッフのひとりから「女の子だから、平仮名の『やよい』の方が可愛いのでは?」とアドバイスされたそう。「今更言うなよ!」に会場は大爆笑。

今まで聴いた中で桂かい枝さんや笑福亭たまさんの「いらち俥」が僕は気に入っている。吉弥版「いらち俥」は今回初体験だったが、威勢がよく軽妙。色々と独自の味付けがあり、腹膜が破れるくらい笑った。いやはや、さすがである。

続いて登場した三三さん、「お弟子さん、初々しかったですねぇ。それに引き換え師匠の高座、あれは一体何ですか?手だれの娼婦みたいにお客様を手玉にとって」と互いに切磋琢磨する好敵手に対し、これ以上ない賛辞を送った。

三三さんは523人の大アンケートに基づく「今おもしろい落語家ベスト50」(文春MOOK)で堂々第10位にランクインした(師匠の小三治さんは第3位)。ちなみに吉弥さんに三三さんとふたり会をするように勧めたのは立川談春さん(同・第4位)である。

三三さんは重力に反し雲の上を歩くような登場の仕方が特徴的で、若いのにその高座は老練ささえ感じさせる。「二番煎じ」も「やかん」も文句なしに上手かった。名人芸を堪能。

一席目の出囃子は「日本全国酒飲み音頭」、二席目は童謡「たきび」。「本当はこんなこと解説しちゃうと『粋じゃないね』って言われるんですけれど、いいんです!」と三三さん。客席に大ウケ。

吉弥さんの「三十石」は2008年7月に聴いている。その時はまだネタおろししたばかりで、正直「教わった通りに喋っているだけ」という印象しかなかった。しかしあれから一年半。ネタが十分練り上げられ、熟成されたようで前回の数倍は面白くなっていた。繁昌亭大賞を受賞しているだけに、やはり実力がある人だなぁと改めて感嘆した。

帰宅して「ちりとてちん」DVD-BOXの続きを鑑賞。吉弥さん演じる徒然亭草原が若狭(喜代美)に、掃除・洗濯など内弟子修行の心得を指南していた。

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月なみ九雀の日(1/20)

阪急電車の岡町駅を下り、豊中市立伝統芸能館へ。

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  • 桂九雀/宿替え
  • 桂文三/十徳
  • 桂九雀/高台寺(別名「幽霊飴」、または「子育て幽霊」)
  • 桂九雀/蔵丁稚

自由料金制。お代は見てのお帰りで。客の入りは50人くらい。

文三さんは桂文枝18番目の弟子。内弟子時代に師匠から口伝されたネタ「十徳」を「初心を忘れないために」演じられた。入門した時に文枝は既に60歳になっており、あまり熱心に稽古をつける気もなかったそう。本当は最初、「つる」を教えて欲しいと頼んだが、「あのネタは米朝一門がきっちり習うからなぁ。こっちは『十徳』にしとこか。よう憶えとらんけど」と言われたとか。前座ネタではあるが、さすがベテランが演るとすこぶる面白い。落語の醍醐味を体感した。

高台寺」はとても珍しいネタ。聴けて良かった。阪急電車・河原町駅から高台寺までの道筋を詳しく説明した 「九雀の京都案内」が愉しい。

興味深かったのは「宿替え」で九雀さんは眼鏡をかけたまま演じたのに対し、「高台寺」と「蔵丁稚」では外されていたこと。想像するに後者2つは江戸時代を舞台にしているが、九雀版「宿替え」にはサザエさんの漫画本が登場するので、昭和あたりを想定されているのだろう。

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尾高忠明のエルガー/大フィル定期

大阪フィルハーモニー交響楽団(コンサートマスター:長原幸太)定期演奏会@ザ・シンフォニーホールへ。

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曲目は、

  • エルガー/海の絵
  • エルガー/交響曲 第2番

メゾ・ソプラノ独唱は重松みかさん。そして英国エルガー協会より日本人として初めてエルガー・メダルを授与された尾高忠明さんが指揮台に立った。尾高さんは今年からNHK交響楽団の正指揮者に就任されている。

エルガーの音楽を自家薬篭中のものとしている尾高さんだけに万全の演奏だった。僕が大好きなサー・ジョン・バルビローリが指揮するエルガーのシンフォニーはどこか寂寞として、生きることの哀しみを感じさせるものだが、尾高さんの解釈はもっとpositive thinking(前向き思考)で、勢いがある。生気が漲っているのだ。指揮者の熱い想いに大フィルもしっかりと応えた。

一方のオーケストラ付き歌曲「海の絵」はたゆたう叙情、うつりゆく色彩のグラデーションが繊細であり、絶品であった。

是非次は尾高/大フィルのコンビで、エルガーのオラトリオ「ゲロンティアスの夢」を聴いてみたいものである。

以下余談。プログラム解説によると、交響曲 第2番の第3楽章についてエルガーは「生きながら埋葬される恐怖」を描いていると語ったそうだが、これってエドガー・アラン・ポー(1809-1849)の小説「早すぎた埋葬」(The Premature Burial)からの影響じゃないだろうか?エルガーには「エニグマ(謎)変奏曲」という作品もあり、ミステリー好きだった可能性が高い。

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第二回上方落語台本入選作発表落語会

第二回 上方落語台本大賞入選作の発表会を聴きに繁昌亭へ。

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  • 選考結果について(笑福亭仁智)
  • 月亭遊方/ショッカー商店街(佳作:伊藤ふなみ)
  • 桂 三風/ハンカチ(優秀賞:小堀裕之)
  • 笑福亭仁智/多事争論(佳作:木下真之)
  • 表彰式(三枝・仁智)
  • 露の都/すし屋繁盛記(佳作:橋本美津子)
  • 桂 三枝/父娘(おやこ)ん活(優秀賞:石山悦子)

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今年、大賞は該当者なしだった。仁智さんによると応募総数は第一回目の440に対し235作品。これは前回1人で15,6作品も応募した人がいたが、今回は1人1作品に限定したため。3割は大阪在住で2割が近畿圏。さらに2割が東京近辺だったそう。

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遊方さんは選考委員の中の一番年少で、先輩の落語家から「お前はこれを演れ」と指名を受けたのが「ショッカー商店街」。「何でですか?」と訊ねると、「だってショッカーが出てくるから」まあ確かにこのネタは遊方さんしか出来ないわな。「僕の落語は相当好きになってくれる人と、生理的に全く受け付けないという人の両極端に分かれるんです」と遊方さん。「食べ物に例えるなら万人に好まれるプリンとかデザートじゃなくて、ホルモンみたいなもんですわ」

ショッカー商店街」は母親が息子に「いつまで寝てんの、早よう起き!」と言っている場面から始まり、会話が進むと実はその息子は仮面ライダーだということが次第に分かってくる。ショッカー怪人の蜘蛛男、蝙蝠男、蜂女、そして死神博士などが登場。賑やかな噺だったが、説明過多で冗長にも感じられた。

一番面白かったのが「多事争論」。目玉焼きにかけるのはソースか、醤油かの夫婦喧嘩がどんどんエスカレート、周りの人々を雪だるま式に巻き込んでゆく(古典落語「天狗裁き」みたい)。息子はケチャップ、そこに登場した大家(!?)は塩だと主張。向かいの住人はなんとタパスコ派。そして最後は陪審員制度の裁判に持ち込まれる。ここで落語は客席参加型へ切り替わり、拍手の数で優劣を決めることに。「他にありますか?」という仁智さんに対し、聴衆から「何もかけない」「カレー!」という意見も飛び出し、大爆笑に。これは学校寄席なんかでやっても受けるんじゃないかな?

すし屋繁盛記」の作者はなんと、繁昌亭でアルバイトをされている方だった。

父娘ん活」は受賞作「ああ、オヤ婚」を改題したもの。三枝さんのおっとり柔らかい語り口の巧さが光った。36歳になっても結婚しようとしない娘を憂え、代わりに父親が婚活パーティーに出席するという噺。矢沢永吉ならぬ、トラック運転手のロックンローラー「湯沢」が登場、その息子が「裕也」というのが可笑しい。三枝さんの創作落語「ダンシング・ドクター」や「じいちゃんホスト」に近い雰囲気を感じた。

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柳家喬太郎×柳亭市馬 二人会 (2010年1月)

昨年12月、523人の大アンケートに基づく「今おもしろい落語家ベスト50」(文春MOOK)という本が出版された。ここで第1位に選ばれたのが柳家喬太郎、第9位が柳亭市馬であった(ちなみに東京主体のアンケートだったようで、上方からは南光、春團治、三枝、米團治、吉坊、鶴瓶、雀三郎の7人しかランクインしていない)。

「ここ数年で、ライブを聴いた落語家について一番面白かった噺家は誰ですか?1位から3位まで3人挙げてください」という質問に答え、「鷺と雪」で直木賞を受賞した北村薫喬太郎ただひとりを選んだ(この本には北村薫と喬太郎の対談も掲載されている)。

北村薫はデビュー作「空飛ぶ馬」で五代目 春桜亭円紫(しゅんおうていえんし)という噺家を登場させ、探偵役を務めさせるほどの落語通。この《円紫師匠とわたし》シリーズの一篇、「夜の蝉」は日本推理作家協会賞を受賞している。その作家が喬太郎を「天才」と呼び、THE ONE AND ONLYと太鼓判を押すのだ。これはただ事ではない。

 関連記事:(断っておくが、こちらの企画の方が文春MOOKの出版より先である)

トリイホール(大阪)へ。人気の二人なので予約で早々に完売。

Kyotaro

  • 桂あさ吉/子ほめ
  • 柳亭市馬/粗忽の釘
  • 柳家喬太郎/次郎長外伝 小政の生い立ち
  • 柳家喬太郎/初音の鼓
  • 柳亭市馬/淀五郎

市馬さんのマクラは朴訥な喋りで、「えー」とか「あー」、「うー」を連発。ある意味拙いのだけれど、それが親しみやく独特な味にもなっている。ところが、本編(ネタ)に入ると滑らかな口調に早変わりするのだから面白い。

粗忽の釘」は上方落語の「宿替え」。江戸版を聴くのは初めてなので、細部の違いが興味深い。市馬さんは途中、歌を挿入して自慢の喉を披露。なかなか愉しい趣向である。人情噺「淀五郎」はネタがネタだけに退屈だった(情がToo Much)。僕は桂九雀さん脚色による噺劇(しんげき)版の方が好き。

喬太郎さんは白髪だし、どっしりと貫禄があるのでとても46歳には見えない。桂きん枝さん(59歳)が喬太郎さんに初めて会った時、てっきり自分より年上だと勘違いして「師匠」と呼んだというエピソードも頷ける。

喬太郎さんは喉の調子が悪いようだったが、いつも通り緩急自在、才気煥発の高座で聴衆を笑いの渦に巻き込んだ。

(桂)枝雀には間に合わなかったが、喬太郎には間に合った。その至福を今、改めて噛み締めた。

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淀工グリーンコンサート 2010!@ザ・シンフォニーホール

大阪府立淀川工科高等学校(淀工)吹奏楽部の定期演奏会「グリーンコンサート」(グリコン)は例年、フェスティバルホールで開催されてきた。しかし、改築工事のため閉鎖されたので2009年は大阪城ホールに代わった。

今年はザ・シンフォニーホールに場所を移し、土日に4回公演が行われた。チケットは当然、即日完売。

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僕は日曜《昼の部》に行ったのだが、朝10時に指定券に引き換えに行くと、16時半から引き換えが開始される《夜の部》の列が既に出来ていたのには驚いた。

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丸谷明夫先生(丸ちゃん)の指揮で、リード/「音楽祭のプレリュード」の華やかなファンファーレから始まる。プログラムの解説によると1970年に淀工はこの曲を吹奏楽コンクール自由曲と決め練習していたのだが、その年の5月に課題曲に決まったとのこと。ちなみに淀工が全国大会に初登場するのは'74年のことである。

そして三年生のみで、本家よりも淀工の方が沢山演奏していると丸ちゃんが豪語する「カーペンターズ・フォーエバー」。指揮する丸ちゃんが時折ふっと、満面の笑顔を浮かべるのが印象的。本当にこの曲が大好きなんだなぁ。

続いて星組選抜メンバーで(オーディションは生徒たち自身がブラインドで審査する。先生は介入しない)ラヴェル/バレエ音楽「ダフニスとクロエ」第2組曲より。昨年、全日本吹奏楽コンクールで金賞を受賞した自由曲である。例年、サマコンとグリコンではコンクール自由曲を出向井誉之先生が振るのが恒例になっているのだが、今年は珍しく丸ちゃんが指揮台に立った。さすが半年かけて練り上げてきただけに、隅々まで各パートが明瞭に聴こえ繊細緻密、一部の隙もない引き締まった演奏であった。

OBによる演奏は岩井直溥編曲によるアメリカングラフティXI(虹の彼方に~ミセス・ロビンソン~ローズ~いそしぎ~ダイヤが一番)。フルート、アルト&テナー・サックス、フリューゲルホルン、トランペット、トロンボーンなどソロの上手さが光る。

そして一年生が登場。「何でも拍手してやって下さい。調子に乗りますから」と丸ちゃん。まず、入部して最初に合奏するというジェームズ・M・フルトン/行進曲「海兵隊」。もう一年近く経っているので、こちらが想像したほど下手じゃない。強弱の変化には乏しいが、無垢で一生懸命なところがいい。

淀工は合奏前にチューニングをしない。「何でせえへんのや?」と丸ちゃんが生徒の一人にマイクを向ける。「出来へんからです」との回答に、会場が沸く。

そして生徒の紹介と曲当てクイズへ。紙に本人が書いたプロフィールを丸ちゃんが読み上げる。《クラブに入った理由》は「流れ」「(先輩から)強制的に入れられた」など。《一番楽しいと思う時は?》という設問に対して「休憩中」「ミーティングが終わった瞬間」。いかにも高校生らしく、微笑ましい。

一年生がソロで楽器を吹き、客席が手を挙げて解答するのだが(正解者にはタオルをプレゼント)、宮崎アニメ「天空の城ラピュタ」の音楽が演奏されると”鳩と少年”、「風の谷のナウシカ」なら”鳥の人”と、正確に曲名まで当てる人が続出。な、なんてマニアックなんだ!

コーナーが終わる頃になると、僕の周囲に座っていた一年生のお母さん達がざわざわ騒ぎだした。「うちの子もソロを吹くって聞いていたのに、指名されない。どうして!?」いやいやお母さん、折角4公演あるのだから丸谷先生は毎回別の子を紹介して、なるべく多くの生徒にスポットライトが当たるようにしているんですよ(丸ちゃんの座右の銘は亡くなった松平先生が残した言葉、「こどもに音楽の機関車を」)。

続いて出向井先生の指揮で、岩井直溥編曲によるディズニー・メドレー(ミッキー マウス マーチ~小さな世界~ハイ ホー~狼なんかこわくない~いつか王子様が~口笛吹いて働こう~星に願を)。ここで前半終了。

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休憩を挟みIntroduction to Soul Symphony(楽器紹介)の後、再び丸ちゃんの指揮でヴェルディ/歌劇「アイーダ」凱旋行進曲。今も語り継がれる1990年の普門館、5年連続金賞受賞の特別演奏で披露された曲(DVD「淀工・青春の軌跡1986~2005」に収録)。しかしその短縮版ではなく今回は全長版が演奏された。2階席ではOBがバンダ(金管別働隊)を担当。上手にトランペット、下手にトロンボーンが配され、ステージ後方のパイプオルガン両サイドには細なが~いアイーダ・トランペットが。壮大で厚みのあるサウンドがホールを包み、聴衆を圧倒。演奏の質、精度は1990年より明らかに向上している。いやはや、途轍もないものを聴かせてもらった。

続く「ザ・ヒットパレード」の内容は、パラダイス銀河~ホップ・ステップ・ジャンプ~嵐メドレー(A・RA・SHI、Beautiful days、One Love、Happiness、サクラ咲ケ)~幸せなら手をたたこう(一年生男子の歌と踊り)~三三七拍子~明日があるさ(一年生女子の歌と踊り)~乾杯(三年生の歌)。このグリコンで三年生は引退である。考えてみたら彼らが一年生の時から僕はずっと聴いてきたわけで(サマコンも、全日本吹奏楽コンクールが開催される普門館にも3年連続で行った)、感慨もひとしおである。おめでとう、そして今まで素晴らしい演奏を本当にありがとう!

ところで三三七拍子のときに例年なら「阪神タイガースの優勝を祈願して」となるのだが、今年は「皆様の無病息災を祈念して」に変わった。何でだろう?と不思議に思っていたら、丸ちゃんの呼びかけに応じ、朝日放送「おはようパーソナリティ道上洋三です」の道上さん(熱狂的阪神ファン)が客席からステージに上がる。そして淀工の伴奏で「六甲おろし」を熱唱。

さらにアンコールはジャパニーズ・グラフティIV弾厚作作品集~(お嫁においで、サライ)と行進曲「ウエリントン将軍」が演奏され、終わってみれば休憩時間を含め2時間45分。盛りだくさんのコンサートであった。

来年度、淀工はコンクールが3出休みである。丸ちゃんと生徒たちはこれから一年間かけて、どんな曲に挑むのであろう(4年前はグレインジャー/「リンカンシャーの花束」だった)。それもまた、愉しみである。

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実況!淀工グリーンコンサート

実況!淀工グリーンコンサート
ザ・シンフォニーホールにて、携帯電話より送信。

いよいよ始まる。詳しくは後ほど。

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炎のコバケン、チャイコフスキーを振る/大阪シンフォニカー 定期

音楽監督・児玉宏さんとのブルックナー文化庁芸術祭「大賞」を受賞し、破竹の勢いの大阪シンフォニカー交響楽団定期演奏会へ。

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今回の指揮者は”炎のコバケン”こと、小林研一郎さん。オール・チャイコフスキー・プログラムで、

  • 弦楽のためのセレナード
  • ロココ風の主題による変奏曲
  • 交響曲 第3番「ポーランド」

ロココ風」のチェロ独奏は昨年、第8回 齋藤秀雄メモリアル基金賞を受賞した遠藤真理さん。のびやかで感興に富む、素晴らしい演奏だった。この曲は2007年に古川展生(チェロ)&佐渡裕/兵庫芸術文化センター管弦楽団で聴いているが、凡庸で退屈極まりなかった。あれとは雲泥の差。役者が違うと想った。

弦楽セレナード」とシンフォニーをコバケンは暗譜で振った。「弦楽セレナーデ」序奏は僕が今まで聴いた中で最も遅いテンポ。その粘り腰が実に愉快。フレーズとフレーズの”間”を大切にした、豊かな表情と息遣いを感じさせる演奏だった。大阪シンフォニカーの弦楽セクションも滑らかで潤いのある音色を奏で、聴衆を魅了した。

交響曲 第3番は中間楽章の表現がデリケート。一方、第1楽章と終楽章は力強い推進力で徐々に燃え上がり、最後は完全燃焼を遂げた。ブラボーが飛び交う中、満足顔のコバケンと楽員たちの笑顔が眩しかった。

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バッハの遺言/バッハ・オルガン作品連続演奏会

いずみホールへ。

バッハ・アルヒーフ・ライプツィヒ(ドイツ)の協力で展開している演奏会シリーズの第6回目を聴く。

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今回登場したのはアメリカからやって来たジェイムズ・ディヴィット・クリスティジョン・フィニー。クリスティは小沢征爾/ボストン交響楽団と共にそのオルガニストとして来日して以来、20年ぶりだそうである。

演奏されたのは未完の遺作「フーガの技法」。最後はバッハが死の床で口述したとされるコラール《あなたの御座の前へといま私は歩む》がそれを補うために弾かれた。

日本一、音響のいいいずみホールは天からオルガンの重低音が客席に降り注ぐ。正に音のシャワーである。これは絶対に家庭のステレオでは味わえない、未曾有の体験である。

バッハの音楽は荘厳である。そこに人間的感情は一切介入しない。ここが古典派やロマン派の作曲家と全く異なる点である。

芸術監督の磯山 雅さんがコンサートの前に仰っていたが「フーガの技法」は数学的・幾何学的技巧が高度に駆使された作品であり、その主観を排した絶対的客観性によりバッハはひたすら神の世界を目指したのであろう。余りの崇高さに畏怖の念さえ覚えた。

未完の終曲「四重フーガ」はBACHの名前を音形化した主題が提示されたところで筆が絶えている。それはあたかも遺言書に署名を刻印したようで、戦慄を禁じえなかった。バッハは見事に自分の人生を完結したのである。

次回は7/14(水)19:00より。スウェーデンからオルガン奏者ハンス・ファギウスがやって来る。

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白羽ゆり、井上芳雄 IN 「シェルブールの雨傘」

この記事は《春野寿美礼 IN ミュージカル「マルグリット」、そしてミシェル・ルグランの軌跡》と併せてお読み下さい。

一般に、フランス映画の黄金期とはルネ・クレール監督の「巴里の屋根の下」(1930)、ジュリアン・デュヴィヴィエ「舞踏会の手帳」('37)、ジャン・ルノワール「大いなる幻影」('37)、マルセル・カルネ「天井桟敷の人々」('45)などが生まれた1930-40年代だと言われている。

しかし僕は、ルネ・クレマン監督「太陽がいっぱい」(1960)、ルイ・マル「地下鉄のザジ」('60)、フランソワ・トリュフォー「突然炎のごとく」('61)、セルジュ・ブールギニョン「シベールの日曜日」('62)、アニエス・ヴァルダ「幸福」('65)、ジャン=リュック・ゴダール「気狂いピエロ」('65)、クロード・ルルーシュ「男と女」('66)、ロベール・アンリコ「冒険者たち」('67)、そしてカンヌ映画祭で最高賞のパルムドールを受賞したジャック・ドゥミの「シェルブールの雨傘」('64)が撮られた1960年代こそが、フランス映画が最も豊かで幸福だった時代なのではないかと考える。そしてそれを象徴する至福の、世界中の人々から祝福されたミュージカル映画がドゥミの「ロシュフォールの恋人たち」('67)である。

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「シェルブールの雨傘」と「ロシュフォールの恋人たち」でドゥミの色彩豊かな演出と、ミッシェル・ルグランの絢爛たる音楽は頂点を極めた。またこの両者はカトリーヌ・ドヌーブの美貌が神々しいまでに輝いていた時期にも一致する。

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ルグランの音楽の魅力はその目くるめく転調と、ルグランJAZZにある。「シェルブールの雨傘」もJAZZYな音楽を主体としながら、優雅なワルツや、タンゴ、ラテンありと変化に富む。全ての台詞にメロディが付けられ、語りの部分は一切ない。1979年にニューヨークで幕を開けた舞台版にもそれは踏襲されている。日本での初演は83年。

その舞台版を観にシアターBRAVA!へ。

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主演は宝塚歌劇団を卒業したばかりの白羽ゆり、そして井上芳雄

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元・宝塚の美貌の娘役で僕が真っ先に想い出すのが黒木瞳檀れい、そして白羽ゆりである。今回のヒロインには正に打って付けであり、全盛期のドヌーブに引けをとらないジュヌヴィエーヴであった。完璧。

井上くんの声量のなさは相変わらずだが、デビュー当時(「エリザベート」皇太子ルドルフ)の線の細さは影を潜め、凛々しく、逞しい青年に成長した。とてもお似合いのカップルである。

そして脇役の充実振りも特筆に価する。ヒロインの母親役の香寿たつきや、井上くんの叔母を演じる出雲綾は宝塚時代から歌唱力に定評があった。特に香寿はきりっと背筋が伸び、誇り高き女性像を見事に描き切った。ANZA演じるマドレーヌも控えめで優しさにあふれ、イメージにピッタリ。

映画版は色とりどりな雨傘の俯瞰ショットから始まり強烈な印象を残すが、その冒頭部についてはやはり舞台版は弱いと想った。しかし、明らかに映画より優れていたのは謝珠栄のダイナミックな振り付け(演出も兼任)。特に男性ダンサーが女性ダンサーをぶんぶん振り回し、ぐるぐる回転する場面は鮮やかで美しかった。近年希にみる素晴らしい作品に仕上がっている(17日、日曜日まで上演中)。

久しぶりに「シェルブールの雨傘」に接して感じたのは、これはメロドラマの究極の完成形だということ。以降、本作を上回る傑作は生まれていない。

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第四回繁昌亭大賞受賞記念落語会

天満天神繁昌亭へ。

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繁昌亭大賞は入門25年以下の中堅・若手を対象に選出される(「輝き賞」は入門10年以下)。

選考委員は次のような人々で構成される(第一回の資料に基づく)。

放送局プロデューサー、報道各紙文化部記者、演芸ライター、「奇跡の寄席」著者、天神橋筋商店連合会会長、大阪天満宮宮司、繁昌亭支配人 など

審査の方法は過酷で、24名の審査員がいつ繁昌亭に立ち寄るか分からない。だから噺家は毎回、手が抜けない。桂三枝・上方落語協会会長は「一門のバランスや年功を考えずに、客席に座ってるお客さんの反応やご自分が思った感じで選んでください」と要望されたそうである。

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さて、今回の落語会の面々は、

  • 桂三四郎/普請ほめ
  • 桂吉の丞(第四回 輝き賞)/遊山船
  • 桂三金(第三回 創作賞)/奥野君の選挙(三金 作)
  • 桂文華(第四回 奨励賞)/子は鎹
  • (仲入り後)表彰式
  • 桂春蝶(第四回 爆笑賞)/母恋くらげ(柳家喬太郎 作)
  • 笑福亭銀瓶(第四回 大賞)/立ち切れ線香 

創作賞を受賞した笑福亭たまさんは東京での落語会が既に決まっていたので欠席。代わりに第三回受賞の三金さんが出演された。得意のデブネタで、「奥野君」は三金さんの本名。メタボ糖(=党)の選挙演説で扇子を何本も握り締め、マイクに見立てる演出がニクイ。

吉の丞さんは、「”輝きの丞”です」と登場。兵庫県の播磨(はりま)町で開催された農家の青年と都市部の女性、30対30のお見合いパーティ(?)で落語を披露した時の体験を面白おかしく語られた。結局2組しかカップルが生まれず、沈んだ雰囲気の中、大変やりにくかったそう。

「寒い日が続く中、せめて落語の中だけでも温かい気持ちになって頂きましょう」と吉の丞さん。「かぜうどん」か「時うどん」でもするんかいなと思いきや、天神祭りを描く夏の噺「遊山船」が始まったから意表を突かれた。客席がドッと沸く。

稽古屋の船がやってきて、その浴衣姿を見た清八が「よッ、さッても綺麗なイカリの模様!」と声をかけると、船上の女性たちが「川に落ちても流れんよぉに」と答える(仕込みの)場面で、吉の丞さんは「質に入れても流れんよぉに」と(サゲを)言ってしまった。これには驚いた。慌ててやり直したものの、痛恨のミスであった。

文華さんは江戸の人情噺。とっても退屈だったので途中、意識を失った。上方なのに何でこんなもん演るんだろう?帰り際、他の客が「もっと別のネタにして欲しかったなぁ」とぼやいているのが耳に入った。

春蝶さんの「母恋くらげ」は2008年10月に聴いている。その時は「しょーもない!」としか想わなかったのだが、今回は意外や意外、愉しめた。くらげや蛸、平目などの所作が明らかに上手くなっている。噺に生命が吹き込まれた感じ。春菜から春蝶を襲名し、その披露興行の中でネタを練り上げてきた成果なのだろう。

先日聴いた銀瓶さんの「七段目」は感心しなかったが(芝居噺はやはり吉朝一門に限る)、「立ち切れ線香」の若旦那は銀瓶さんのニンに合っていた。シュッとして正統派。爽やかな高座だった。

 関連記事(「立ち切れ線香」は人情噺か?):

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ちょっと”はんなり”染二です

繁昌亭へ。

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第二回繁昌亭大賞を受賞した林家染二さんの会。ゲストは第一回繁昌亭大賞の笑福亭三喬さん。

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  • 桂さん都/初天神
  • 林家染二/親子酒
  • 笑福亭三喬/崇徳院
  • 旭堂南湖/赤穂義士伝(講談)
  • 林家染二/宿屋仇

染二さんは神戸文化ホールで開催されている「東西落語名人選」で20年ほど昔に、前座として高座番を務めていた時の想い出を語られた。東京からのゲスト・三遊亭圓楽さんが舞台を終えて着替えられると、高座番はそのお世話をして着物を畳む。すると圓楽さんは「ありがとよ。これで蕎麦でも食いな」と祝儀袋をポイとくれたそう。中にはなんと、一万円札が入っていたとか。何とも粋な話である。

染二さんの二席はいたって普通の出来で、特に書くべきことはない。

驚いたのが三喬さん。以前から「上手い」人だとは分かっていたが、今回初めて「面白い!」と想った。DVDで視聴した桂枝雀さんの高座は別格として、今まで生で聴いたうち最高の「崇徳院」だった。様々な工夫、独自のくすぐりがあり、その按配が絶品。終盤の床屋の場面「精根尽き果て、毛根も抜け果てて」という下りは実に落語的な言い回しで唸った。

なお、三喬版「崇徳院」は現在、DVDで愉しむことが出来る→こちら

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十日戎 そして、桂雀々 噺を聴く会 

今宮戎へ。

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十日戎(とおかえびす)の賑わい。警察が出動し、境内への入場制限も。

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「商売繁盛で笹もってこい」の威勢のいい掛け声が行き交う。

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笹を受け取るのも、もの凄い人混みで押しくらまんじゅう。圧死するんじゃないかと想った。

奇麗な福娘からササに縁起物を付けてもらい、次の目的地へ。

南海電車に乗り、河内長野ラブリーホールへ。

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河内寄席を聴く。

Jaku

  • すずめ家すずめ/狸賽
  • すずめ家ちゅん助/堪忍袋
  • 桂 雀々/口入屋
  • 笑福亭三喬/花色木綿
  • 桂 雀々/遺言(小佐田定雄 作)

雀々さんの高座は粗さはあるが実にダイナミック。機関銃のように畳み掛ける言葉の連射に圧倒される。緩急のコントラストも鮮やか。

口入屋」は「ドガチャガドガチャガ」の口調や、師匠である枝雀さんから直伝の「ボウフラが水害に遭ぉたよぉな」恰好が愉しい。

続いて登場した三喬さん、「笑福亭は(枝雀一門と違って)口数が少ないんです」と笑いをとる。「その分、言葉の単価が高いかも」

雀々さんからのリクエストで泥棒噺。さすが十八番だけあって三喬さんのニンに合っており、申し分のない高座だった。

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「代書」オリジナル完全版/宗助ひとり会

大阪府高槻市にある割烹旅館「亀屋」へ。

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桂宗助ひとり会。THE ONE AND ONLY.

  • 子ほめ
  • 骨つり
  • 代書(四代目米團治仕立て)

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宗助さんは桂米朝さん最後の直弟子。落語「二番煎じ」の登場人物"宗助”から名前が採られた。上方落語協会に所属されていないので繁昌亭への出演がない。だから高座を聴く機会が滅多にない希少な噺家さんである。端正でオーソドックスな芸風。

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代書」は米朝さんの師匠、四代目桂米團治が昭和十年代に創作したもの(現在の米團治は五代目)。

三代目桂春團治や桂枝雀の口演が有名だが、実は「代書」のごく一部が演じられているだけで、本来この後にさらに3人の客が代書屋を訪れる。

その中に片言の日本語を喋る在日朝鮮人がいて、渡航証明書を書いて欲しいと依頼する。しかし話しているうちに戸籍謄本に書かれた戸主の死亡届けや彼の妹の出生届が役所に提出されていないことが判明する。

代書」が発表された当時は問題なかったのだろうが、戦後の日本ではある種タブーと言うべき題材であろう。別に朝鮮の人を馬鹿にしているわけではないが、「差別的内容」と誤解されかねない。これでは確かにオリジナル版が演じられなくなったのも仕方ないのかも知れない。

それでも今回初めて聴いた完全版は構成がしっかりしていて、これはこれで面白かった。また逆にこの噺の中からエッセンスだけ凝縮し、さらに独自のギャグ「セェ~ネンガッピ!」や「ポンで〜す」という爆発的サゲを持ってきた枝雀さんの天才性にも改めて感服した。

なお代書屋の名前・中濱賢三は米團治の本名。最初に登場する客の名は元々、太田藤助だったが米朝版は田中彦次郎、春團治版は河合浅次郎(先代・春團治の本名)となっている。さらに枝雀版では松本留五郎(松本姓は枝雀の祖父の旧姓)に代わっている。

また宗助さんが米朝さんから直接聞いた、米團治の人となりも興味深かった。「米團治師匠はどういうお人やったんですか?」と訊ねると「真面目で、律儀で……、ずぼらな人やったな」と。寄席から帰っても米朝さんが世話を焼かない限り着物を着替えることなく、そのまま酒を飲んだり、ごろっと横になってしまったそうだ。絵や字の上手い人で、飼っていた鶏の羽をある日、余っていた絵の具のグリーンで染めてしまった。鶏小屋に戻すと他の連中からえらく虐められるものだから「鶏てあんまり賢こないなぁ」とポツリ。う〜ん、落語的だ。

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野村萬斎・万作/狂言公演@兵庫芸文

兵庫県立芸術文化センター(西宮市)へ。

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野村万作(人間国宝)・萬斎 親子が出演する狂言を鑑賞。

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  • (素囃子)神楽
  • 鍋八撥
  • 釣針

野村親子は顔立ちが整っている。東京藝術大学音楽学部邦楽科能楽専攻を卒業している萬斎さん、声がいいし口調がとても音楽的。また高い跳躍が鮮やかだった。華がある人だ。

ご当地・西宮(えびす)神社を舞台とした「釣針」は通常入らないお囃子を入れたバージョン。萬斎さん独自の演出賑やかで良かった。やはり狂言に音楽や舞がないのは寂しい。

会の冒頭に萬斎さんによる解説があり、「釣針」に登場する「釣ろうよ、釣ろうよ」の節回しを観客にレクチャーし、一緒に声を出して練習する一幕も。「出だしはシンコペーションで」という的確な指導が愉しい。この掛け声は上方落語「親子茶屋」にも登場する。

古典芸能の面白さ・醍醐味を満喫させて貰った。

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ロビーにはレナード・バーンスタインのミュージカル「キャンディード」の宣伝が。今からワクワクする気持ちが抑えられない。

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上方と江戸/それぞれの落語

大阪に住み落語に親しむようになり、まず気が付いたのは上方と江戸の相違である。これ程までに別物なのか!と驚いた。それは関西人と関東人の気質の違い(温度差)を示しているようにも想われる。

落語はJAZZだ!~桂枝雀と上方落語 論」で書いたことの繰り返しになるが、上方には人情噺がない。気持ちいいくらい皆無である。一部では「立ち切れ線香」を人情噺とする風説があり、噺家の中にもそう信じている人がいるが(柳家喬太郎さんはその著書「落語こてんパン」の中で「たちぎれ」を人情噺と書かれている)、僕は誤解ではないかと考える。「立ち切れ線香」はある商家の若旦那と芸妓・小糸の純愛(悲恋)物語。最後は少しだけ怪談噺めいた味付けがされている。

桂米朝さんは著書「落語と私」の中で、講談における「世話物」を、(講談のように)説明口調ではなく感情を込めて喋るものを人情噺と定義し、人情噺にはサゲが存在しないと書かれている(実際、代表的演目「文七元結」や「紺屋高尾」にサゲはない)。

大体「人情」とは「人に対する思いやりや、いつくしみの心」であり、基本的に男女の恋愛はその範疇に含まれない。例えば「世界の中心で、愛をさけぶ」や「冬のソナタ」を普通、人情噺とは言わない(「ALWAYS 三丁目の夕日」は典型的な人情噺である)。

「立ち切れ線香」にはちゃんとしたサゲがあるし、恋愛以外では若旦那に対する親の愛情とか、番頭の思いやりといった感情は一切描かれていない。むしろこの噺に登場する番頭の仕打ちは非情ですらある。だからこれは人情噺ではない(江戸から明治にかけて退廃的な恋愛や風俗を描いた「人情本」が書かれたが、落語の「人情噺」とは全く別物である)。恋愛も人情に含めてしまったら、「崇徳院」まで人情噺になってしまう。

ではなぜ上方では人情噺が流行らないのか?…恐らく関西人は湿っぽい(お涙頂戴の)情が嫌いなのだろう。上方の笑いは乾いている。クールなのが身上なのだ。

関西人の人情噺に対する姿勢を端的に表す一例を紹介しよう。以下、「落語DE枝雀」(ちくま文庫)の《情は情でも落語の情は》という章より桂枝雀さんと落語作家・小佐田定雄さんとの対談を引用する。

枝雀 なんぼ「情」が結構やちゅうてもおしつけがましなったらいけまへん。おしつけがましい「情」てなもん、私らの最もかなわんもんでっさかいね。

小佐田 演者に先に泣かれてしまうと私らみたいなヘソ曲がりの客は「オッサン、なに泣いとんねん」てなもんで、かえってサーッと醒めてしまいますねんな。ことに落語なんかで「泣き」を入れられると、「わかったわかった。もうええもうええ」てな気ィになってしまいますな。(中略)一般に「情」とか「人情」とかいうと、つい「お涙頂戴」的なものを思いうかべてしまうんですが、それとは正反対の「薄情な情」こそが上々のものであるというのが我々の結論ですかね。

さて次に、上方落語には武士とか殿様が殆ど登場しないのも特徴である。一方で江戸落語には多い(「目黒のさんま」「八五郎出世(妾馬)」など)。「たがや」なぞは町人が侍の首を「スパッ」と斬り、皆で歓声を上げるという凄まじい噺である。当時の庶民の武士に対する反感・不満・憎悪が強烈に滲み出している。これは恐らく武家社会中心だった江戸文化と、豊かな町人文化が花開いた上方との大きな相違でもあるのだろう(上方落語は船場の商家を舞台としたものが多い)。

それから現在も見られる傾向だが、関西の芸人は政治問題を笑いのネタにすることを好まない。ところが関東の芸人は風刺・権力批判が大好きであり、客にもよく受ける。このことも上方落語の登場人物が庶民中心で、江戸は必ずしもそうでないことの理由の一つに挙げられるのではないかと推察する。

落語を聴けば江戸時代の文化の有り様が垣間見られ、土地の気風の違いも理解できる。そんなことを考えるようになった、今日この頃でございます。←最後は枝雀風に

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月亭遊方@徳徳亭

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1月4日、「徳家」の毎日寄席へ。

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約1時間の高座+ちょっと一杯セット(生ビール中ジョッキと鯨の刺身・唐揚)で木戸銭2,500円也。今回の出演はここが初めてという月亭遊方さん。「ライブ感が一杯で、いい雰囲気ですね」と大いに気に入った様子。是非またここで会を催したいと。客の入りは17人。

  • ゴーイング見合いウエイ(遊方 作)
  • 「絶叫ドライブ」〜彼女を乗せて〜(遊方 作)

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「徳家」の名物にちなみ、はりはり鍋の話題から始まる。天王寺に住む遊方さん、近所のスーパーへ買い物に行く時は、どうしても暴力団組事務所の前を通るしかないとのこと。ある夜、その路上で中堅の組員が20前後の若い組員を怒鳴りつけていたそう。恐る恐る近付いていくと、会話の内容が次第に聞こえてきた。「おい、わしは水菜を買ってこいと言ったろうが!こんな大量に菊菜を買ってきやがって。お前はアホか!」これには場内、大爆笑。

遊方さんは今回、R-1にエントリーされたそうである(予選は1月14-15日ごろ)。R-1に出る落語家は殆どいないらしい。そこで演じられる予定の漫談も披露された。ネタ作りのために深夜のファミリーレストランをよく利用する遊方さん。そこで遭遇した、ある男女の修羅場……。R-1での健闘を期待したい。

演じられた新作はどちらも二回目なので感想は繰り返さない。しかし何度聴いても抱腹絶倒である。遊方さんの一生懸命さが見ていて愛しく、何ともいえない可笑しみが込み上げてくる。

二席の間に「折角、着物を持ってきたので」と客に断った上で、舞台の上で喋りながら着替える一幕も。普段では滅多に見られない貴重な体験をさせてもらった。

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繁昌亭 新春公演(1/2、1/3)

お正月は天満天神繁昌亭へ。連日満席で僕が観た3公演全てに立ち見客がいた。

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《1月2日 第1回公演》(11時〜)

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  • 笑福亭笑子/狸賽
  • 桂  歌之助/桃太郎
  • 桂     米左/七段目
  • 笑福亭智之介/(お笑い)マジック
  • 桂     文太/明烏
  • 露の団四郎/百面相
  • 桂   枝女太/四人癖
  • 笑福亭松喬/はてなの茶碗

歌之助さんの同じマクラ(地下鉄における大阪のおばちゃんの生態)を聴くのはこれで5回目くらい。いい加減うんざりした。

文太さんの「明烏」は何度聴いても愉しい。登場人物各々に愛嬌があって、憎めない連中である。

はてなの茶碗」に登場する行商の油屋は松喬さんのニンに合っていた。いかにも大阪のおっちゃん的で、もっちゃりした味わい。”茶金さん”も風格があり、さすがベテランの巧さ。

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《1月2日 第3回公演》(18時〜)

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  • 林家   染左/寿限無
  • 桂     文三/動物園
  • 笑福亭生喬/提灯屋
  • 豊来家玉之助/太神楽(だいかぐら)
  • 林家   染丸/豊竹屋
  • 林家   染二/餅屋問答
  • 月亭   八方/坊主茶屋
  • 全員/住吉踊り

文三さんの「動物園」ではトラの皮を着た主人公が見物の子供に要求するのが、パンではなくてポン・デ・リング(ミスタードーナツ)に代わっていた。それから園長さんの名前が「長谷川はん」だったが、これは文三さんの師匠である文枝の本名・長谷川多持(はせがわたもつ)に由来するのだろう。ちなみに米朝一門では「池田はん」となり、これは故・桂文蝶の本名だそうである(詳細はこちら)。

坊主茶屋」は寝ている遊女の頭を悪ふざけして剃る噺だが、八方さんが演じると何だか可愛らしい遊びに思えてくる。つまり、非常識な行為が許せる気がする(立川談志曰く、「落語とは人間の業の肯定である」)。これも芸の力なのだろう。

噺家さん達による踊りも正月らしく目出度くて、無性に愉しかった!伊勢音頭に始まり、最後はかっぽれで賑やかに。途中、八方さんの一人舞も披露された。

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《1月3日 第1回公演》(11時〜)

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  • 桂   阿か枝/子ほめ
  • 桂  よね吉/時うどん
  • 桂     文華/替り目
  • 笑福亭鶴笑/パペット落語「ザ!忍者」
  • 桂     九雀/御公家女房(「延陽伯」小佐田定雄改作)
  • 桂     三象/三象踊り
  • 桂     春若/京の茶漬け
  • 笑福亭福笑/大道易者(福笑 作)

最前列の8割は若い女性客。これもよね吉人気のためだろう。

そのよね吉さん、相変わらずシュッとして粋な高座。

鶴笑さんは大爆笑を呼ぶ。これぞ鶴笑ワールド、やっぱりパペット落語は最高!今回演目が「ザ!忍者」と書かれていたが、DVD「よしもと上方落語をよろしく」に収録されている「ザ・サムライ」と内容は同じ。なんて適当なんだ!←そこがいかにも鶴笑さんらしい。

九雀さんは快調なテンポで、ポンポン出てくる言葉のリズムが耳に心地よく。世の中に”勝負服”があるならば、この「御公家女房」は九雀さんにとって"勝負噺”なのだろう。兵庫芸文の「上方落語競演会」や昨年の「枝雀生誕70年記念落語会」でも高座に掛けられていた(DVD「笑う門には枝雀一門」に収録)。その噺を聴けて良かった。

上方の秘密兵器、三象踊りは藤あや子の「むらさき雨情」にのせて。会場にバカ受けで、”おひねり”が4つくらい舞台に投げ入れられていた。

福笑さんの新作もすこぶる面白かった。枝雀亡き後の上方落語界において現在唯一、ある種の狂気を感じさせる噺家である。    

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恒例!年越しオールナイト落語会「さあ、とらになれ!」2009-10

動楽亭へ。

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大晦日の午後8時に開演し、元旦の朝4時まで実に8時間!盛り沢山の内容で木戸銭たったの3千円也(乾杯ドリンク付)。

  • ごあいさつ
  • いきなり若手大喜利(司会:遊方)
  • 笑福亭生寿/手水廻し
  • 林家  染雀/手切れ丁稚
  • おしどり/音曲漫才
  • 笑福亭鶴笑/鶴笑ワールド
  • 笑福亭松枝/天狗さし
  • 桂   三金/奥野君のコンパ・スペシャル(三金 作)
  • 旭堂南湖/天皇陛下大阪漫遊記(南湖 作)
  • こっこ/コッコショー(マジック、フラフープ)
  • 笑福亭 たま/憧れの人間国宝(たま 作)
  • 桂    あやめ/のりぴー復帰プロジェクト(あやめ 作)
  • 108つ!除夜の鐘小咄(全員)
  • 新年カウントダウン乾杯!
  • マイケルに捧ぐダンス・ホームレス"スリラー"(めぐまりこ指導)
  • カムローズ・をはぎ/舞踏・情熱大陸にのせて
  • 桂ぽんぽ娘/メイド漫談
  • 笑福亭笑子/腹話術落語
  • 林家   小染/ふぐ鍋
  • 笑福亭生喬/トラうどん(生喬 作)
  • 桂       三風/動物園(客席参加型)
  • めぐまりこ/メス動物園
  • 月亭    遊方/素顔のままで(遊方 作)
  • 姉様キングス/音曲漫才
  • 笑福亭福笑/珍説・耳なし芳一(福笑 作)
  • 大団円(年男クイズ)

初っ端の大喜利に挑戦したのは笑子、ぽんぽ娘、生寿、さろめ、ちきんら若手噺家。そして謎かけで一番成績が良かった生寿さんが前座で喋る権利を獲得。

鶴笑さんは鬼退治の噺で見台や膝隠し、小拍子などを組み合わせ、馬に見立てて。そしてサゲは「天狗裁き」に。途中鶴笑さん手縫いの「魔除け」がばら蒔かれ、一個手に入れることが出来た。

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三金さんは「細かすぎて伝わりにくい物真似」がすこぶる面白い。

めぐまりこさんは得意の松田聖子の物真似で「赤いスイートピー」の替え歌(47歳バージョン)を披露。

南湖さんの講談は好きなのだが、今回の新作はメッセージ性が強すぎて引いた。

たまさんの新作はネタ下ろしで聴いているが、中身が練り上げられてさらに一層完成度が高いものに仕上がっていた。これは傑作!

遊方さんのネタも今回2回目だったが、何度聴いても笑える。

それから除夜の鐘に因み、出演者全員が次々と108つの小咄を披露するコーナーは圧巻だった。当意即妙、さすが皆さんプロだなぁと感心することしきり。

繁昌亭ではない秘密倶楽部的雰囲気の中、さらに深夜ということもあり、噺家さんたちも自主規制を緩め下ネタ連発。吹っ切れたようなぽんぽ娘さんの「メイド漫談」も可笑しかったし、鉄板のおしどり姉様キングスなど色物も充実。愉し過ぎて、あっという間の8時間であった。

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年越しそばと、久石譲 ジルベスターコンサート2009

12月31日大晦日、快晴。

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梅田スカイビル真下から、青空を見上げる。

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年越しそばを食べに、ザ・シンフォニーホール近くにある名店「まき埜」へ。

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「すだちそば」を戴く。

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そばにはシコシコ腰があり、すだちの爽やかな香りが一気に口の中に広がる。美味なり。

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そして「久石譲 ジルベスターコンサート2009」の会場に到着。

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現在公開中の映画「ウルルの森の物語」の音楽を久石さんは担当されているので、そのオオカミの子・ウルルから会場に花が届いていた。

2009年は久石さんがNHK紅白歌合戦に出演されるので、恒例となった大阪でのジルベスターコンサートはないのかな?と想っていたら、例年より時間を早めての開催となった。コンサート終了が午後4時くらい。それから久石さんは直ちに大阪空港に向かい、飛行機が羽田に到着するのが6時過ぎ、そして7時15分からの紅白のオープニングに登場するという強行スケジュールとのこと。

さてコンサートの方は久石 譲(指揮・ピアノ)、金 洪才(指揮)/関西フィルハーモニー管弦楽団の演奏で、

  • 「My Lost City」(Prologue〜Drifting in the City、Cape Hotel〜Madness、冬の夢、Tango X.T.C.)
  • 「坂の上の雲」組曲(時代の風、青春、戦争の悲劇、Stand Alone)
  • ストラヴィンスキー/バレエ音楽「火の鳥」(1919年版)
  • 久石譲ポップスセレクションロシュフォールの恋人達、Adventure of Dreams、Mission Impossible

「My Lost City」は1929年の世界大恐慌時代に生きた小説家スコット・フィッツジェラルドをテーマに久石さんが作曲したもの。エリック・サティ風の"Cape Hotel"は北野武監督「あの夏、いちばん静かな海」、"Madness"(狂気)は宮崎駿監督「紅の豚」、そして"Tango X.T.C."は大林宣彦監督「はるか、ノスタルジイ」で使用された楽曲である。僕は映画「はるか、ノスタルジイ」とその音楽が死ぬほど好きなので、久しぶりに聴けてとても嬉しかった。

「坂の上の雲」はこの12月にNHKで第1部(全5話)が放送されたばかり。僕も勿論、毎回欠かさず観ている。本木雅弘をはじめとする出演者が豪華で、しかもナレーションを渡辺謙が担当するという贅沢さ。久石さんによる壮大なスケールの音楽も実に素晴らしく、サラ・ブライトマンがメインテーマを歌っているということで話題沸騰である。今回その"Stand Alone"はピアノとオーケストラによるバージョン。坂の上に主人公が凛として立ち、そこに一陣の心地よい風が吹き抜けるような演奏であった。

「火の鳥」の久石さんは律儀な指揮ぶり。面白味に欠けるが、まあ本人がやりたがっているのだから仕方がないか、といった感じ。久石さんが指揮するクラシック音楽を聴きたいと想っている人は、会場に1人としていないだろう。別に全曲、自作のプログラムで構わないのだけれど……。

"Adventure of Dreams"は久石さん作曲で日清カップヌードルのCM曲だそう。「ロシュフォールの恋人たち」はミッシェル・ルグラン、"Mission Impossible"はラロ・シフリンの楽曲。Jazzyな雰囲気が醸し出され、実にgroovy(いかす、かっこいい)。機知に富むアレンジがお見事!

アンコールは、

  • 「千と千尋の神隠し」〜あの夏へ
  • Runner of the Spirit(TV「箱根駅伝中継」のテーマ曲) 

「千と千尋」のこの曲を聴くと、映画を観た時のことや、その匂いを鮮明に想い出す。当時、僕は四国に住んでおり、愛媛県新居浜市の映画館で仕事帰りに観た。その日は近所で花火大会があって、上映中に遠くから花火を打ち上げる音が聞こえてきた。

その後、新居浜市には立派なシネコンが出来て、「千と千尋」を観た映画館はあっけなく潰れてしまった。2001年7月、今となっては遠い夏の日の想い出である。

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