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2009年10月 7日 (水)

落語は寂しさの中に~桂枝雀 論その2

これは昨年書いた記事、

の第2弾である。

先日、NHK BS-hiで放送された5時間に及ぶ桂枝雀さんの特集を観た。枝雀さんのことを知れば知るほど、「この人は、寂しい孤独な方だったんだなぁ」という想いが募る。

枝雀さんは家族に恵まれ、そして八人の弟子たちに囲まれて、ある意味幸せな人生を送られた。しかしその心の奥底には常に《一人ぼっちで生きている》という意識があったのではなかろうか?そうでなければ周りの人々を見捨て、自ら命を絶ったりはしないだろう。

枝雀さんと桂米朝・宅で3ヶ月間一緒に内弟子生活を送ったざこばさんの証言。

内弟子は朝、6時半か7時に起きて掃除をせんといかん。最初の1週間は私もちゃんと起きていました。しかし元々ずぼらやから、その後は平気で寝てる。兄ちゃん(枝雀)はパッと起きる。そしたら奥さんが私を起こしに来る。それが続くと怒るんです。それで兄ちゃんに愚痴った。「兄ちゃん汚い。あんたが起きる時、私も起こしてぇな」「寝たいもんは寝てたらええがな」「そしたら奧さんに怒られるやろ」「怒りたいもんは怒らせといたらええ」「それじゃ、私がつらいがな」「つらかったら、起きたらよろしい」

ここにも《自分は自分、他人は他人》という哲学が垣間見られる。《孤高の人》だった、と言っても良いかも知れない。

枝雀さんは長年うつ病を患っておられた。27歳の時、朝日放送「きょうの世紀、あすの世紀」というテレビ番組(白黒)の中で披露した新作落語「20世紀」。 舞台となるのは20世紀が始まったばかりの明治34年。「20世紀はどうなるでしょう?」「死なない薬が発明されるだろうな」と会話が続く。「もうこの世が嫌になって死にたくなったらどうします?首を吊りますか?」「そしたら機械が縄をプツンと切ってしまうな」「じゃぁ川に飛び込みますか?」……死にたくても死ねない世界。この頃から死の観念に囚われていたことが窺われる。

自身のうつ病を本人は「死ぬのが怖い病」と呼んでいた。 師匠である米朝さんの証言によると、若い頃の枝雀さんは「地球最後の日に人類がロケットで脱出するとなると、役に立たない落語家が最後ですな」と言っては客から笑いをとっていたそうだ。(何を笑ってまんねん)「これホンマの話しでっせ」と、ついには高座で泣き出すのであった。

しかし小米から枝雀を襲名した昭和48年(1973年)あたりから、その高座は変り始めた。オーバーアクションで明るい爆笑落語のスタイルを確立してゆくことになる。「ずっと笑いの仮面をかぶり続ければ、いつかその仮面が自分の顔になる」という想いがそこにはあったという。

枝雀さんの新作には「夢たまご」や「山のあなた」(DVD「桂枝雀/落語大全 第四十集」収録)などがある。爆笑の古典とは雰囲気が異なり、枝雀さんの新作は哀しい。でもそこには幽玄の儚い美しさ、人生の真実を映し出す言葉がある。夕暮れ時、あたり は薄暗く万物の境界がぼんやりと溶け合ってくる時間。「そは彼の人か」…現(うつつ、此岸)と夢(彼岸)の境界まで曖昧になってくる。最早達観した世界。 その中に独り淋しく、静謐に佇む枝雀さんの姿がある。「この人は、もう死ぬしか他に道がなかったんだ」と落語を聴く誰しもが、そう想うことだろう。

落語作家・小佐田定雄さんの協力を得て枝雀さんが初演した「貧乏神」にも、貧乏神が夕焼けをうっとり眺める場面が登場する。枝雀落語の真骨頂である。また僕が大好きな古典に「三十石 夢の通い路」がある。京都・伏見から大阪への帰路、舟歌がたゆたい、夜舟の中で人々はまどろむ。やがて朝もやの中、舟はゆっくりと音もなく川面を進む。そして枝雀さんの姿もそこに溶けて消えてゆく。なんとも幻想的で、この世のものとは想えない情景を描く口演は絶品。これは夕暮れの逆バージョンと言えるだろう。

たそがれ時の噺家、滅びゆく者の美学。そういった側面も枝雀落語の本質にあるのではないか?という気が僕にはするのである。

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