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2009年10月

第57回全日本吹奏楽コンクール高校の部を聴いて 2009 《後編》

この記事は、第57回全日本吹奏楽コンクール高校の部 2009《前編》と併せてお読み下さい。

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西関東代表 春日部共栄高等学校(埼玉県) 金賞 / 埼玉県立伊奈学園総合高等学校 銀賞 / 埼玉栄高等学校 銀賞

春日部共栄の課題曲Vはタテがきっちりと揃っていた。自由曲は福島弘和/ラッキードラゴン〜第五福竜丸の記憶。静謐な美しさを湛えた名演。ここは常に邦人作曲家の新作に取り組んで来た学校であるが、保守的な選曲の団体ばかり高く評価される不利な状況の中、金賞が受賞出来て本当に良かった。

伊奈学園の課題曲IVは少女がはしゃいで水たまりを跳ね回っている姿を連想させる、チャーミングな演奏。問題は自由曲のマーラー/交響曲第1番「巨人」第4楽章。曲を聴きながら弦楽器のないマーラーへの違和感が終始付きまとった。ヴァイオリンのパートをクラリネットとフルートで代用しても駄目なのだ。吹奏楽でマーラーをする意味が皆目分からなかった。演奏中に僕は「今年、伊奈学園の金賞は絶対にないな」と確信した。これは宇畑知樹先生の戦略ミスと言えるだろう。宇畑/伊奈学園と長年コンビを組む作曲家・森田一浩さんのアレンジも精彩を欠いた。

大滝実/埼玉栄の神髄は"歌心"。その息遣いまでもが見事にコントロールされた歌の世界が展開された。自由曲はメンケン(宍倉晃 編)/「ポカホンタス」。アカデミー作曲賞および主題歌賞("Colors of the Wind")を受賞したディズニー・アニメのメドレー。優しい歌に満ち、ボンゴなどが活躍して愉しい。今年ここが何故金賞でなかったのか、さっぱり理解出来ない。



東海代表 光ヶ丘女子高等学校(愛知県) 銀賞 / 安城学園高等学校(愛知県) 銀賞 / 愛知工業大学名電高等学校 銀賞

光ヶ丘女子の自由曲は僕が大好きな新進気鋭の作曲家マッキー/「翡翠」よりI. 雨上がりに... II. 焔の如く輝き。ただ前から何度も書いていることだが、マッキーで金賞を取ることは至難の業である(今年までに6団体が挑戦し、金賞ゼロ)。演奏に破綻はないが、もっと躍動感・溢れ出る生命力が欲しい。

安城学園のこれ見よがしの学校ロゴ入り譜面隠しは如何なものか。いかにも私立らしい発想である。自由曲はカリンニコフ/「交響曲第1番」より第2・第4楽章鈴木英史さんのアレンジがイマイチで、吹奏楽でなぜこの曲を??と頭の中が疑問符でいっぱいになった。

愛知工大名電の自由曲はR.シュトラウス(森田一浩 編)/楽劇「サロメ」〜7つのヴェールの踊り。各々の奏者が上手で歯切れ良く、精度の高い演奏だった。



関西代表 大阪府立淀川工科高等学校 金賞 / 大阪桐蔭高等学校 金賞 / 天理高等学校(奈良県) 銀賞

淀工丸谷明夫先生(丸ちゃん)と言えば、マーチを振らせれば天下無双。課題曲IVはきりっと手綱を引き締め、タテがしっかり合った完璧なアンサンブル。強弱の変化(ダイナミックス)も際だっている。自由曲はラヴェル/バレエ音楽「ダフニスとクロエ」第2組曲淀工の神髄はpp(弱音)の美しさ。冒頭部のアルベジオから曖昧さは皆無で、精緻・鮮明。複雑なオーケストレーションが隅々まで見透かせるような演奏で文句の付けようがない。見事23回目の金賞受賞となった。

丸ちゃんは昔、自由曲で色々な試みをして来た。しかしイベール/交響組曲「寄港地」に2回挑み、いずれも銀賞だったあたりから「吹奏楽コンクールには金賞を勝ち取れる曲と、そうでない曲がある」という悟りの境地に至ったのではないか?と推察する。その頃から「ダフニスとクロエ」「スペイン狂詩曲」「大阪俗謡による幻想曲」という鉄壁の3曲ローテーションが始まり、1995年以降実に12大会連続金賞(3回の3出休みを挟む)という快進撃となった。これには当然、賛否両論があるだろう。しかしコンクールの目的はやりたい曲を演奏するとか、聴衆を楽しませることではない。「確実に勝つ。子供たちに絶対悲しい想いをさせない」というのも、やはりひとつの正しい見識であるだろうと僕は想うのだ。

大阪桐蔭が演奏する自由曲オルフ(J.クランス 編)/世俗カンタータ「カルミナ・ブラーナ」は今年の7月、(偵察がてら)既に聴いている。

この時点では正直、全国大会で金賞を獲れる内容だとは想わなかった。それから3ヶ月、高校生は練習を積み重ねればこれだけ伸びるのかと、その目覚ましい進化に腰を抜かした。課題曲Vは細かいニュアンスまで目が行き届き、精度が極めて高い。自由曲は金管の力感とヌケが抜群で、燦然と輝く華やかな音色に圧倒された。ユージン・オーマンディが音楽監督だった時代のフィラデルフィア管弦楽団のサウンドを彷彿とさせたと言ったら、褒めすぎだろうか?いやはや凄かった。

天理は音に表情がなく平板。自由曲「ダフニスとクロエ」は冒頭部が曖昧模糊としている。それから終曲「全員の踊り」はもっと軽やかさが欲しかった。



中国代表 修道高等学校(広島県) 銀賞 / おかやま山陽高等学校 銅賞 / 明誠学院高等学校(岡山県) 銅賞

修道は今時、珍しい男子校だった。パワーはあるが荒っぽい。それから鈴を鳴らすタイミングが遅れているのが気になった。自由曲「ダフニスとクロエ」は冒頭部がムニャムニャ混沌とし、旋律が間延びして聴こえた。

おかやま山陽は結構テンポが動く課題曲Vだった。自由曲はリスト(田村文生 編)/バッハの名による幻想曲とフーガ。聴いてて心地良い演奏。

明誠学院の課題曲IVは威勢がいい反面、大雑把。自由曲はカールマン(鈴木英史 編)/喜歌劇「チャルダッシュの女王」セレクション。手拍子が途中入ったり、元気よく若々しい演奏。賑やかで愉しいアレンジに魅了された。



四国代表 香川県立坂出高等学校 銅賞 / 高知県立高知西高等学校 銅賞

四国地区は昨年に引き続き銅賞2つ。7年連続銅賞のみという不名誉な記録も持つ。

坂出はリズムの後打ち(ホルン、トロンボーン)が遅れているのがすごく気になった。

高知西の課題曲Vはメリハリがあったし、自由曲ブライアント/アクシス・ムンディは緻密な演奏だった。という評価は、これが現代曲だったので損をしたのだろう。2年前、高知西が全国大会初演したマッキー/レッドライン・タンゴの時と全く同じ現象が起こったのである。



九州代表 精華女子高等学校(福岡県) 金賞 / 原田学園鹿児島情報高等学校 銀賞 / 沖縄県立コザ高等学校 銅賞 

今年のコンクールで何といっても期待されたのは藤重佳久/精華女子による自由曲C.T.スミス/華麗なる舞曲。最早伝説となったあの壮絶な名演、宮本輝紀/洛南高等学校吹奏楽部(京都府)の「華麗なる舞曲」(1992年全国大会)を果たして超えることが出来るのか?ということに注目しつつ、固唾を呑んで見守った。だが残念なことに精華女子の演奏は細かなミスが目立ち、全盛期の洛南を凌ぐことは叶わなかった。ただあの時の洛南は正に神の領域に達した演奏であり、それと比較すること自体が気の毒というものだろう。少なくとも精華女子が文句なしの金賞であったことは自信を持って言える。ここのサウンドは柔らかく流麗。女性らしく、きめ細やか。そういう意味で、圧倒的パワーとヴィルトゥオーゾを誇った洛南の演奏とは対照的だ。また昨年も感じたことだが、演奏する生徒さんたちの上半身が音楽の流れと共に波のようにうねる、その動きがとても美しい!想わず見惚れてしまう。やはりこの特色は、精華女子がマーチングの名門であることと決して無関係ではないだろう。

屋比久勲先生が福岡工業大学付属城東高等学校を勇退、鹿児島情報高に赴任され3年目(福工大城東は今年、九州地区大会でダメ金だった)、昨年に続き2回目の全国大会出場である。いよいよ《屋比久サウンド》の完成を目の当たりにする想いがした。課題曲IVは低音に厚みがあって、どっしりした音のピラミッドを構築する。自由曲はショスタコーヴィチ/交響曲第5番「革命」~第4楽章。戦車の歩みのように重厚な出だしは屋比久先生が全日本吹奏楽コンクールで福工大城東を最後に振った「エルフゲンの叫び」を彷彿とさせ、金管の輝かしいファンファーレには胸がすくような心地がした。僕は金賞に値する演奏だったと想う。

沖縄県の高校が九州代表に選ばれたのは1988年沖縄県立首里高等学校以来、実に21年ぶり。なお、金賞を受賞したのは'74年の首里が最後である。コザの生徒さんたちは日焼けしていて、やっぱり南国だなぁと感じさせた。課題曲IVは音の処理が些か雑な印象を受けた。自由曲はR.W.スミス/交響曲第3番「ドン・キホーテ」。フルートがカスタネットも兼務。スペインの情緒が感じられ、灼熱の激情を内に秘めた演奏だった。初の全国大会出場、おめでとうございました。

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色々書いたけれど、とにかく愉しかった!そして胸が熱くなった。死力を尽くした高校生の皆さん、本当にありがとう。お疲れ様でした。

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ド迫力!大植英次/大フィルの「カルミナ・ブラーナ」

大植英次/大阪フィルハーモニー交響楽団(コンサートマスター:長原幸太)の定期演奏会をザ・シンフォニーホールで聴いた。

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  • ハイドン/チェロ協奏曲 第1番
  • オルフ/世俗カンタータ「カルミナ・ブラーナ」

ハイドンのチェロ独奏はオランダ出身のピーター・ウィスペルウェイ

ピリオド奏法しない大植さんのハイドンが聴く価値がないことは、端から分かっていた。この作曲家特有の疾風怒濤(Sturm und Drang)の雰囲気が全く醸し出されていない。20世紀的な古色蒼然たるスタイル。

むしろ独奏者の方が奏法の時代考証に敏感であった。出だしと音尻がノン・ビブラートで演奏され、聴いていて心地良い。

ソリストのアンコールは、

  • J.S.バッハ/無伴奏チェロ組曲 第1番よりサラバンド
  • J.S.バッハ/無伴奏チェロ組曲 第6番よりガヴォット

このバッハも極力ヴィブラートを排したもので、好感が持てる。後でプロフィールを見てみると、バロック・チェロの巨匠アンナー・ビルスマに師事したと書いてある。成る程と頷けた。

続く「カルミナ・ブラーナ」はソプラノ:シモーナ・サトゥロヴァ(スロバキア)、テノール:五郎部俊朗、バリトン:サイモン・ポーリー(ドイツ)、大阪フィルハーモニー合唱団+大阪すみよし少年少女合唱団という布陣。舞台上に所狭しと演奏者が並び、壮観だった。特に打楽器が7人、ピアノが2台とリズム・セクションの充実は特筆すべきであろう。

大植さんの古典は駄目だが、こういう近代の音楽、外連味(けれんみ)たっぷりの大仰な作品では水を得た魚、大見得(おおみえ)を切る千両役者としての実力を存分に発揮する。

冒頭「運命の女神よ」から聴衆は強烈なパンチを喰らう。単純な音形・リズムの執拗な反復(オスティナート)が原始的な内なる感情を呼び覚ます。合唱の発音がハッキリしていて歯切れがいい。ゆったりとしたテンポで進むかと思いきや、突如もの凄い加速で突っ走ったりして予測がつかない。そのレオポルド・ストコフスキー的”はったり”が愉しい。

この曲は生命の讃歌、人間が背負って生まれた業(ごう)に対する大らかな肯定であるということが、今回の演奏を通して理解することが出来た。つまり、「人は酒におぼれたり、異性にうつつを抜かしたりしてどうしようもない存在だけれど、それでよいのだ。我々に残された時間を、大いに愉しもうではないか!」ということ。

最後に、弱音が美しいソプラノ、柔らかい音色のバリトンが素晴らしかったことを申し添えておきたい。

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延原武春/クラシカル楽器によるベートーヴェンのピアノ協奏曲&ミサ曲

延原武春/テレマン室内管弦楽団・合唱団によるオール・ベートーヴェン・プログラムを聴いた。クラシカル楽器(古楽器)を使用した演奏である。

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  • 「コリオラン」序曲
  • ピアノ協奏曲 第2番
  • ミサ曲 ハ長調

コリオラン」はパンチの効いた嵐の音楽。

コンチェルトのフォルテピアノ独奏は高田泰治さん。使用されたのはベートーヴェンとも交流があったナネッテ・シュトライヒャー(女性)が1820年代に製作したもの(オリジナル楽器)で、いずみホール所蔵。

フォルテピアノはモダン楽器と異なり、暴力的な大音量は出ない。優しい響きでオケの音色によく溶け合うのが、なんとも魅力的。高田さんの演奏は気品があり、特に第3楽章ロンドは踊りの雰囲気が上手く醸し出されていた。

ミサ曲」は生まれて初めて聴いた。素朴で無骨。ベートーヴェンの不器用でありながらも、真摯な信仰心がよく表れた作品。第九を彷彿とさせる箇所が多々あり、肯定的な人間賛歌として聴き応えがある。ただ些か冗長な所もあり、この曲が滅多に演奏されないのもむべなるかなという側面があるのも確か。しかし、ピリオド・アプローチという新しい方法論によって作品に新たな光が当てられ、今後再評価が進んでいくことであろう。

古きをたずね、新しきを知る。延原武春を聴けば、時代の最先端をゆくベートーヴェンを体験することが出来る。次は12月20日(日)ザ・シンフォニーホールでの「第九deクリスマス」。詳細はこちら

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第57回全日本吹奏楽コンクール高校の部を聴いて 2009 《前編》

まず選曲の問題から考察していきたい。

今年、東京・普門館で開催された全日本吹奏楽コンクール《高校の部》に出場したのは29校。演奏された課題曲の内訳を以下に記す。

  • 課題曲 I     0校
  • 課題曲 II    2校
  • 課題曲 III   3校
  • 課題曲 IV 16校
  • 課題曲 V   8校

つまり朝日作曲賞を受賞した課題曲 I 「16世紀のシャンソンによる変奏曲」を選んだ団体は全て地区大会で淘汰され、全国まで駒を進められなかったということになる。ちなみに中学の部、大学の部、職場・一般の部を併せても(全95団体)、課題曲 I で金賞を受賞出来たのはたった1団体という惨憺たる有様だった。昨年の課題曲「ブライアンの休日」同様、「16世紀のシャンソンによる変奏曲」は確かに名曲には違いないが、コンクールで勝てない曲(鬼門)でもあったのである。このように、自由曲に於いても選曲で審査結果が変わってくるというのは実際にあることなのだ(おかしな話ではあるが)。

それから演奏順の運・不運についても書いておきたい。「朝1番に演奏する団体に対する審査員の評価は厳しくなる」というのも歴然とした事実である。過去20年間のデータを調べてみると、出演順が1番だった高校が金賞を受賞したのはたった2校。確率10%。今年出場29団体中金賞が10校あったので、全体で考えれば受賞出来る確率は10/29=34%となる。つまり統計学的有意差をもって明らかに不利ということ。淀工習志野も朝イチの年は銀賞だった。審査員も人の子。最初に付ける採点表は(匙加減が分からず)どうしても辛めになるのである。

僕が何を言いたいのかというと、今年朝イチだった柏市立柏高等学校市柏)の銅賞という不当に低い評価に対して憤りを禁じ得ないという話である。

コンクールの評価が必ずしも正しいとは限らない。名ピアニストのヴラディーミル・アシュケナージは1955年のショパン国際ピアノコンクールで第2位であった。その年の1位は「アダム・ハラシェヴィッチ」……って、一体誰??当時、審査員の1人であったアルトゥーロ・ベネデッティ・ミケランジェリがこの審査結果を不服としてサインしなかったことは余りにも有名。また天才イーヴォ・ ポゴレリッチは1980年のショパン国際ピアノコンクールでなんと本選落選。これに対し審査員だったマルタ・アルゲリッチが抗議・辞任するという大騒動に発展した。同様の《あり得ないジャッジ》が今年、市柏にも下されたのである。

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そろそろ各論に入ろう。北から順番に各地区ごと感想を書いていきたい。

北海道代表 東海大学付属第四高等学校 金賞 / 北海道旭川商業高等学校 銀賞

東海第四の課題曲IVは滔々とした大河の流れ。自由曲レスピーギ/バレエ音楽「シバの女王ベルキス」は悠久の歴史を回顧するように、聴衆を物語の世界へと誘(いざな)う。北海道の大地を連想させる雄大な演奏。文句なし!

旭川商業の自由曲はラヴェル/「スペイン狂詩曲」。音が翳り、日照時間の短い”北のラヴェル”という雰囲気だった。もっとスペインらしく、燦々と降り注ぐ陽光が欲しい。



東北代表 福島県立磐城高等学校 金賞 /福島県立湯本高等学校 銀賞 / 秋田県立秋田南高等学校 銅賞 

磐城って、いつ見ても男子生徒の学ランが清々しいんだよね。根本直人先生らしく、課題曲IVのマーチから荒ぶる魂を感じさせ嵐の予感。自由曲シュミット/ディオニソスの祭はバーバリズム(野性味)が炸裂!常に緊張感・危機感が失われることなく、とりわけ最後の2音に強烈な印象を受けた。「演奏によって曲が輝く」ことを実感させるものだった。

湯本の課題曲IVは滑らかで、優しい。自由曲の矢代秋雄/交響曲は金管がよく鳴り、アンサンブルの精度も高かった。金でも良かったんじゃないだろうか?

秋田南の課題曲Vはテンポが遅かった。自由曲はオーケストラの演奏会でも滅多に聴けないシュミット/交響曲第2番。こういう選曲は嬉しいし、ありがたい。編曲は天野正道さん。秋田南は天野さんの母校である。



北陸代表 石川県立小松明峰高等学校 金賞 / 富山県立高岡商業高等学校 銀賞 

小松明峰の課題曲IVは端正な解釈。自由曲バルトーク/バレエ音楽「中国の不思議な役人」は楷書的で正確・明快な演奏。本来、民族(ハンガリー)色が濃厚なバルトークがそれでいいのか?という疑問は残るが……。

高岡商の自由曲はR.シュトラウス/アルプス交響曲。6本のホルンがよく鳴っていた。それ以外の印象は希薄。



東関東代表 習志野市立習志野高等学校(千葉県) 金賞 / 横浜創英中学・高等学校 銀賞 / 柏市立柏高等学校(千葉県) 銅賞

習志野は青いジャケットが爽やか。石津谷先生の指揮台にカラヤンの写真が置かれていたのが可笑しかった。何故に?課題曲IIは軽妙洒脱でウィットに富む演奏。楽器を吹いていない生徒たちの笑顔が素敵だった。緊張する筈のコンクールでああいう表情ができるってすごい。自由曲はグリエール(石津谷治法 編)/バレエ音楽「青銅の騎士」。伸びやかでチャーミング、音楽のワクワクするような楽しさがこちらまで伝わってきた。ブラボー!

横浜創英の課題曲IIは堅い演奏。自由曲プッチーニ(後藤洋 編)/歌劇「トゥーランドット」はカンタービレが少々間延びして聴こえた。アインザッツ(休止後の吹き始め)が揃っていないのが気になる。

市柏の課題曲IVは歯切れがよく、強弱のコントラストが鮮明。自由曲は清水大輔/マン・オン・ザ・ムーン(Alternate Take)。ハミングあり、サンダーマシーンありとすこぶる面白い。冒頭部はジェームズ・ホーナーが作曲した映画音楽「アポロ13」みたいで格好いい。中間部に入ると不協和音の洪水となる(僕は2005年に市柏が挑戦した風変わりな自由曲「ウィンドオーケストラのためのムーブメントII~サバンナ」のことを想い出した)。石田修一先生、今年もチャレンジングな選曲をされたなと胸がスカッとした。ただこういう斬新な曲は保守的な審査員は受け入れられないだろうし(「サバンナ」の年は銀賞)、出場順が朝イチだから金賞は難しいかも知れないなとは感じたが、よもや銅賞などという判定が下されようとは夢にも想わなかった。目の覚めるような演奏を披露してくれた市柏の生徒さんたちが、本当に可哀想である。



東京代表 東京都立片倉高等学校 金賞 / 駒澤大学高等学校 金賞

東京勢は昨年2校とも銀賞という不本意な結果に終わったが、今年は大いに気を吐いた。なお、3出休み明けの東海大学付属高輪台高は支部大会で金賞を受賞するも代表にはなれず(=ダメ)、相当レベルの高い戦いだったようだ。

片倉は女子の多さが目を引いた。自由曲はバルトーク/バレエ音楽「中国の不思議な役人」。マグマが噴出するような熱い演奏。瀕死の役人が”のた打ち回る”雰囲気が巧みに醸し出されていて秀逸。終盤の加速が物凄く、ド迫力!馬場正英先生が指揮台で大暴れしているのが目に焼き付いた。

駒澤の課題曲IVはゆったりとしたテンポで。自由曲はコダーイ/ハンガリー民謡「くじゃく」による変奏曲。各声部(パート)がクリアに聴こえてくる、理知的で全体の見通しが良い「くじゃく」であった。

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上の写真は当日会場で配られた朝日新聞の号外。西関東代表以西の感想は《後編》で語ろう→こちらからどうぞ。

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大植英次/大フィル+ウィーン楽友協会合唱団の「ドイツ・レクイエム」

10月24日(土)15時10分。大阪シンフォニカー「名曲コンサート」が終了し、JR環状線で移動していずみホールの「ウィーン音楽祭」へ。

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16時開演の大植英次/大阪フィルハーモニー交響楽団ウィーン楽友協会合唱団の演奏会を聴くためである。

  • ブラームス/「哀悼歌」、「ドイツ・レクイエム」

僕は常々、ブラームスという作曲家の本質はメランコリーと諦念であると考えている。その特徴が顕著に出ているのが、歌詞が付いたこれら合唱曲であろう。

ウィーン楽友協会合唱団はカラヤン、バーンスタインらとのレコーディングで余りにも有名だが、アマチュアの団体であるということが何よりも驚きである。しかも「ドイツ・レクイエム」をはじめとして、ブルックナー/「テ・デウム」、マーラー/交響曲第8番などを初演したのもこの団体だというのだから凄い。

その合唱だが、まず弱音の凛とした佇まいにハッとさせられる。また低音部が充実しており、高音にかけてのピラミッドをしっかりと支える。実は人の声こそ、この世で最も美しい音を奏でる楽器なのではないかと確信させるような演奏だった。

大植さんの解釈はしなやかな歌に満ち、流麗なブラームス。最後は透明な光が溢れ、清々しい気持ちになった。

3年前のいずみホール「ウィーン音楽祭」ではアーノンクール/ウィーン・コンツェントゥス・ムジクス によるモーツァルトの「レクイエム」が圧巻だったが、今回の「ドイツ・レクイエム」もそれに匹敵する感銘を受けた。聴いて良かった!

いずみホールを後にしたのが18時頃。それから新大阪に向かい、新幹線で東京へ。翌日、いよいよ普門館で全日本吹奏楽コンクールを聴くことになる。

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名曲とは何か?/大阪シンフォニカー「名曲コンサート」

10月25日(日)に東京・普門館で開催された全日本吹奏楽コンクール《高校の部》の感想を書く前に、前日土曜日の13時半よりザ・シンフォニーホール(大阪)で聴いた児玉 宏/大阪シンフォニカー交響楽団の名曲コンサートのことに触れておこう。

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曲目は、

  • モーツァルト/交響曲 第34番
  • メンデルスゾーン/ピアノ協奏曲 第1番
  • シューベルト/交響曲 第3番

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これらを「名曲」と言って憚らないことこそ、一筋縄ではいかない児玉さんの真骨頂!特にメンデルスゾーンは本当に美しい。どうして滅多に演奏されないのか、皆目見当がつかないくらいである。

ピアノ独奏は菊池裕介さん。1977年まれの若手だが、実力は大したもの。鍵盤一音一音の粒が揃い、畳み掛けるような勢いがあった。現在アジアのピアニストとしては、北京五輪で演奏したラン・ランやショパン国際ピアノコンクール優勝のユンディ・リ、そしてユジャ・ワンなど中国勢の台頭が目覚ましいが、どうしてどうして日本も負けてはいないなと安堵した。

児玉さんの指揮は歯切れが良く、弾力がある。隅々にまで目が行き届き、繊細なニュアンスに富む。文句のつけようがない、パーフェクトな演奏であった。

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吹奏楽コンクール終了!

吹奏楽コンクール終了!
携帯電話より。

後半の部で瞠目したのは大阪桐蔭高等学校の進化。輝かしいサウンドだった。初の金賞、おめでとう。

それから今年の伊奈学園についてだが、銀賞は妥当な評価だったと想う。詳しくは後日。

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雨の普門館

雨の普門館
携帯電話より送信。全日本吹奏楽コンクール《高校の部》を聴きに来ている。今年はマスクをした生徒さんが多い。

前半の部が終わり、淀工は鉄板の金!しかし、市柏の銅という評価はあり得んだろ……。

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サブロー&雀々 二人の世界!!(第6回)

京橋花月へ。

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「サブロー&雀々 二人の世界!!」を聴くためである。

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ここは初めて足を踏み入れたのだが、客層に閉口した。

551の豚まんの臭いがプーンとどこからか漂ってくる、公演中でも平気で外から客席に入ってくる、傍若無人にお喋りをする……正にカオス。通常の落語会とはえらい違いであった。

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  • 桂雀々、太平サブロー、山崎邦正、プラスマイナス/ご挨拶
  • 柱サブサブ(太平サブロー)/宿題(三枝 作)
  • 月亭方正(山崎邦正)/阿弥陀池
  • 桂雀々/疝気の虫
  • プラスマイナス/漫才
  • サブロー&雀々/漫才「花嫁の父」

この会は第6回目とのことで、最初の4回はワッハ上方で開催されたそう。第5回目から京橋花月に。

山崎邦正さんは雀々さんの師匠である故・桂枝雀さんの落語「高津の富」を他の芸人さんから勧められDVDで観て、落語に開眼されたのだとか。昨年5月に月亭八方さんに入門、既に7本の持ちネタ(「猫の茶碗」「貧乏神」「一文笛」等)があるという。

「良いところに入門したなぁ!」と雀々さん。「月亭はあの《ぬる〜い》感じが何とも言えない」

邦正さんは八方さんから1時間ほど稽古を受け、「後は(弟子の)八天から習え」と言われたそう。

その月亭方正さんの落語だが、なかなか本格派で熱演だった。一寸ぶっ飛んだ感じがあって、個性的で面白い。

青ジャケットのサブローさんと赤ジャケットの雀々さんによる漫才もノリが良くて愉しかった。いとし・こいし師匠の代表作をアレンジしたものらしい。レアなものが聴けて、得した気分。

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奈良の旅/長谷寺・曽爾高原・マジックアワー

奈良へ車で日帰りの旅をした。まずは「源氏物語」「枕草子」「蜻蛉日記」「更級日記」などに登場する長谷寺へ。

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仁王門から本堂まで登廊と呼ばれる屋根の着いた石段が続く。

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国宝となった本堂には10メートル以上もある十一面観音像がすっくと立つ。

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本堂から五重塔を望む。

長谷寺を後に、曽爾高原ススキの原へ。

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ススキは”薄”、あるいは”芒”とも書く。

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日が西に傾き、次第に夕闇が迫ってくる。

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いよいよ、マジックアワーの到来である。

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マジックアワー(magic hour)とは?詳しくは→こちら。米アカデミー撮影賞を受賞した名作「天国の日々」(Days of Heaven,1978)は全編をマジックアワーに撮った、奇跡のように美しい映画である。

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それは正に、神様が降りてくる時間であった。

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ざこば・八方・春之輔/第1回”アラカン”の会@動楽亭

動物園前の動楽亭(席亭:桂ざこば)で”アラカン”の会を聴く。”アラカン”とは嵐 寛寿郎(あらし かんじゅうろう)のことではなく、”アラウンド還暦”の意。

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  • 桂 ひろば/大安売り
  • 桂春之輔/まめだ
  • 月亭八方/質屋芝居
  • 桂 ざこば/藪入り

春之輔さんは「まめだ(豆狸)」を「米朝師匠の作」と語られたが、実際は落語作家・研究者であった三田純市(1923-1994)の作品。1966年に桂米朝さんが初演した。しみじみとした淋しさがあって、その秋らしい情感が僕は結構好きだ。

八方さんの「質屋芝居」を聴くのはこれが二回目。今回は喉の調子が悪いようだった。

藪入り」はネタ下ろしだそう。しかしそこはベテランだけあってざこばさんらしい味わいがあり、じっくり傾聴した。福團治さんの「藪入り」は人情の押し売りが鬱陶しくてウンザリするのだが、ざこばさんはそこら辺の塩梅が実に巧み。父親の子供に対する愛情がじんわり滲む。

中入りを挟んで座談会。なんとシークレット・ゲストとして上方落語協会会長の桂三枝さんが登場!何とも豪華な顔ぶれとなった。

この日、三枝さんは首相官邸で鳩山総理を表敬訪問したのだそう。ハトをかたどった浅草の人形焼きを手渡し、「総理と掛けて浅草の人形焼きと解く」と謎掛け。鳩山さんが「その心は?」と合いの手を入れると、「鳩の中には良いあん(案)がいっぱい」。うまい!動楽亭の聴衆も、このエピソードに拍手喝采だった。

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今週末のスケジュール

今週末の僕の予定は中々大変なことになっている。

10月24日(土)、午前中は仕事。

13時半よりザ・シンフォニーホールで児玉宏/大阪シンフォニカー交響楽団の名曲コンサートを聴く。

  • メンデルスゾーン/ピアノ協奏曲 第1番
  • シューベルト/交響曲 第3番

これを「名曲」と言い切ってしまうところに児玉さんの一筋縄ではいかない、したたかさを感じるのは僕だけではないだろう。

名曲コンサートが終わり次第、環状線で移動していずみホールの「ウィーン音楽祭」へ。16時開演の大植英次/大阪フィルハーモニー交響楽団+ウィーン楽友協会合唱団による、

  • ブラームス/「哀悼歌」、「ドイツ・レクイエム」

なおチケットは早々に完売している。

このコンサートが終了したら今度は新大阪に向かい、新幹線で一路東京へ。ここで一泊。

翌、10月25日(日)は普門館で全日本吹奏楽コンクール高校の部》を前半・後半併せて聴く予定である。

という訳で、書くことが多すぎてブログの記事更新が暫く滞ると予想されるので悪しからず。なお、普門館からは携帯でちょっとだけ実況報告をするかも。

ところで非常に興味があるのは、《高校の部》の審査員として大フィル/クラリネット奏者の田本摂理さんのお名前があるのだが、田本さんは前日いずみホールの「ドイツ・レクイエム」は演奏されるのだろうか?

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ウィーン音楽祭 in OSAKA 2009/中嶋彰子「月に憑かれたピエロ」

いずみホールへ。ウィーン・フォルクスオーパーなどで活躍するソプラノ歌手・中嶋彰子さんをフィーチャリング(featuring)したコンサート。

まずはニルス・ムースさんのピアノ伴奏で歌曲から。

  • 貴志康一/「さくらさくら」「赤いかんざし」「かもめ」
  • メンデルスゾーン/「歌の翼に」「子守歌」「嘲り」

貴志版「さくらさくら」は冒頭の強烈なff(フォルティシモ)から魅了された。日本的情感豊かな五音音階が耳に心地良く、懐かしいようでまた何だか物悲しくもあり、これぞ関西が生んだ夭折の作曲家・貴志の真骨頂。

子守歌(Wiegenlied)」「嘲り(Glosse)」は今まで全く知られていなかったメンデルスゾーンの歌曲で、生誕200年を記念する今年初めて校訂版の楽譜が出版されたらしい(詳しくはこちら!)。何とこれが本邦初演だそう。「嘲り」は中々、劇的。やっぱりメンデルスゾーンはいいねぇ。

中嶋さんの歌唱は張りがあり、また弱音のコントロールが絶妙。

次にいずみシンフォニエッタ大阪のメンバーで、

  • シェーンベルク/浄夜(弦楽六重奏版)

研ぎ澄まされた叙情、冴え冴えとした透明感のある演奏だった。さすが卓越した奏者が揃っている。月明かりに照らされた幻想的光景が目の前に広がる。

休憩を挟んで中嶋彰子(独唱)、ニルス・ムース(指揮)/いずみシンフォニエッタ大阪で、

  • シェーンベルク/月に憑かれたピエロ

謎めいた、ミステリアスな曲。歌うよりも語るといった雰囲気があり、妖しくもクリムト的である。世紀末的香りがたゆたう。

Klim

そして「月に憑かれたピエロ」(1912年ベルリン初演)を聴きながら僕が強く親和性を感じたのは「三文オペラ」(1928年ベルリン初演)だった。シェーンベルク/ジローの「月に憑かれたピエロ」からワイル/ブレヒトの「三文オペラ」へ。そしてその精神は海を渡り、ブロードウェイでカンダー/エブのミュージカル「キャバレー」へと受け継がれてゆく。ちなみに「キャバレー」の舞台となるのはナチスが台頭しつつあるベルリンであり、ユダヤ人であったシェーンベルクとワイルはナチスの迫害から逃れアメリカに亡命することになるのである。

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ウィーン音楽祭 in OSAKA 2009/古楽器アンサンブルで聴くシューベルト《ます》

いずみホールで開催されているウィーン音楽祭 in OSAKA 2009に足を運ぶ。

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今回の演奏会はフォルテピアノの第一人者・小倉貴久子さん(ブルージュ国際古楽コンクール・フォルテピアノ部門第1位)を中心とした室内楽で「古楽器アンサンブルの楽しみ〜銘器シュトライヒャーを囲んで」と副題が付いている。

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古楽器のエキスパートが揃い、ヴァイオリン:桐山建志(ブルージュ国際古楽コンクール・ソロ部門第1位)、ヴィオラ:長岡聡季(オーケストラ・リベラ・クラシカ)、チェロ:花崎薫(新日本フィルハーモニー交響楽団首席)、コントラバス:笠原勝二(オーケストラ・リベラ・クラシカ)というメンバー。曲目は、

  • ベートーヴェン:ピアノ四重奏曲 第3番
  • ベートーヴェン:交響曲 第2番(ピアノ三重奏版)
  • シューベルト:ピアノ五重奏曲《ます》
  • フンメル:ピアノ五重奏曲より第2楽章メヌエット(アンコール)

プログラムの解説によるとベートーヴェンのシンフォニーは作曲家自身の編曲と記載され出版されたものだが、現在ではそれが疑問視されており弟子によるものではないかと考えられているそう。こちらで試聴出来る。ラジオやレコードなど録音技術がなかった当時としては、オーケストラ曲を家庭で手軽に愉しむ手段としてこのようなアレンジが求められていたようだ。ショパン/ピアノ協奏曲にもショパン自身の編曲による室内楽版が存在し、ライヴで聴いたことがある。

さて、今回使用されたフォルテピアノはナネッテ・シュトライヒャーが1820年代に製作したもの(コピーではなくオリジナル楽器)で、いずみホール所蔵。シュトライヒャーはウィーンを代表する製作者でベートーヴェンと交流もあったそう。 モーツァルト時代のピアノフォルテは膝レバーだったが、この頃の楽器は足ペダルになっている。

フォルテピアノは音域によって音色が異なる。鄙びた響きがして、現代のピアノと比較し大音量が出ないこの楽器はピュア・ガットを張った弦楽器と良く馴染み、音が溶け合う。

個性よりも調和。成る程、作曲家が頭の中で描いていたイメージはこういう響きだったのだと納得がいく、説得力のある演奏だった。

小倉さんのタッチは軽やかで小気味好い。《ます》では清らかな川面で魚が跳ねているような鮮度があった。

気心が知れた仲間たちが音楽を愉しんでいるという雰囲気があり、19世紀ウィーンのサロンに紛れ込んだような気分を堪能させてもらった。

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田辺寄席(10/17)/じっくりたっぷり笑福亭鶴志の段

田辺寄席の土曜夜の部を聴く。

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  • 笑福亭笑助/こんにゃく問答
  • 笑福亭鶴志/三年酒
  • 桂 文太/抜け蟹(贋作シリーズ)
  • 笑福亭達瓶/馬の田楽
  • 笑福亭鶴志/一人酒盛

抜け蟹」は文太さんによる贋作。古典「抜け雀」のパロディというか、改作したもの。物語の流れが自然で違和感はない。味のある名人芸を堪能。

笑福亭のお家芸と言えば、何と言っても酒にまつわる噺だと想う。酔いっぷりが上手い人が多い。例えば松喬さんの「禁酒関所」、あるいは福笑さんの新作「憧れの甲子園」など。そして鶴志さんの「試し酒」も絶品。

今回初めて聴いた「一人酒盛」も凄く良かった。師匠の松鶴とウィスキーのボトルを一晩で2本空けた時のエピソードなども臨場感があって愉しい。帰宅して無性に日本酒が飲みたくなったので、桂枝雀さんが愛した「呉春」で喉を潤した。

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《魔術師》児玉宏のブルックナー!/大阪シンフォニカー定期

大阪シンフォニカー交響楽団の定期演奏会をザ・シンフォニーホールで聴く。指揮は音楽監督・主席指揮者である児玉 宏さん。独唱は天羽明惠さん。

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曲目は、

  • R.シュトラウス/オーケストラ伴奏付き歌曲集より
  • ブルックナー/交響曲 第6番

R.シュトラウスは児玉さんがあるキーワードでセレクションしたもの。詳しくはこちら。馥郁たる香りが立ちこめ、この作曲家の本質である豊穣な響きに彩られた目の覚めるような演奏だった。

さて、お次は児玉/大阪シンフォニカーが数々の名演を聴衆の記憶に刻んできたブルックナー。セルジュ・チェリビダッケ、朝比奈隆、ギュンター・ヴァント亡き後、児玉 宏こそが世界最高のブルックナー指揮者であることは疑う余地がない。関西に住んでいながら児玉さんのブルックナーを聴いたことがないクラシック・ファンがもしいるとするならば、こんな不幸なことはないだろう。

交響曲第6番はブルックナーの作品中、最も人気がないが、そんなことを微塵にも感じさせない充実した内容。退屈する瞬間は微塵もなかった。

児玉さんのブルックナーは土台からひとつひとつ積み上げ、天を目指し空高く起立する教会を築いてゆく過程を目の当たりにするようなダイナミズムがある。

テンポは速めに設定され引き締まり、隙がない。音楽は一瞬たりとも滞ることがなく、滔々と流れる。そこには透明感があり見透しが良く、曲の立体構造が手に取るように浮かび上がってくる。音符の一つひとつが活き活きと輝き、生命を得ている。圧巻。

次回児玉さんが大阪シンフォニカーの指揮台に立たれるのは来年の3月17日。刮目して待て!

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映画「キャデラック・レコード」

評価:C

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1940-60年代のシカゴを舞台に、伝説的なレコード・レーベル「チェス・レコード」と、その所属アーティストたちの人生を描く実話。

ブルースからロックンロール誕生にかけてのアメリカ黒人音楽史、そしてチャック・ベリーからエルビス・プレスリー、ザ・ビーチ・ボーイズ、ローリング・ストーンズらへと、黒人音楽として生まれたロックンロールが白人社会に受け入れられていく様子が良く分かる。そういう意味で勉強になる作品。ただし、映画としての魅力には乏しい。

公式サイトはこちら

僕はビヨンセ・ノウルズが見たくて映画館に足を運んだのだが、彼女が登場するのは映画の後半以降で肩透かしを食らった。

ビヨンセはガッツがある女性である。映画「ドリームガールズ」では主役でありながら、助演のジェニファー・ハドソンにあらゆる賞を持っていかれてしまった。しかしアカデミー賞授賞式で主題歌賞候補作のパフォーマンスで登場した彼女は「このステージは私のもの」とばかり、もの凄い気迫で熱唱した。最近のインタビューで彼女はこう語っている。「オスカーが欲しい。今から何年かかってもいい。それが私のゴールなの」そしてこの「キャデラック・レコード」では自ら製作総指揮も務めている。

さてビヨンセが将来、オスカーを受賞出来るとすればどの作品だろう?まず現在リメイク企画が進行中の「スター誕生」(4度目の映画化)。1937年版のジャネット・ゲイナーと54年版のジュディ・ガーランドはアカデミー主演女優賞候補になっている。あるいは、ディズニー版ミュージカル「アイーダ」。ブロードウェイでタイトル・ロールを演じたヘザー・ヘッドリーはトニー賞に輝いた。まあいずれにせよ、今後の展開が愉しみだ。

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恋のため息 -バロック・シンギング-

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日曜日の昼下がり、帝国ホテル近くにあるOPAアートコート(ギャラリー)で開催されたコンサート(ワオンレコード主催)を聴いた。

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小林木綿(こばやし ゆう) ソプラノ/櫻田 亨 アーチリュートという組み合わせ。

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曲目は16世紀から17世紀に掛けてのイタリアの音楽で、

  • カッチーニ/甘いため息
  • モンテヴェルディ/あなたの眼差しが
  • モンテヴェルディ/ああ、倒れる
  • ピッチニーニ/トッカータ20番
  • メリー/カプリッチョ「偉大なマティアス」&コレンテ「王妃」
  • モンテヴェルディ/生きることをやめてしまおう
  • モンテヴェルディ/なんと甘い苦痛が
  • ディンディア/私が悲しめば
  • フレスコバルディ/こんなに僕を侮辱していいのかい
  • メールラ/それはとんでもない思い違いというものだ
  • フレスコバルディ/トッカータ&カンツォーネ「ヴィットーリア」
  • フレスコバルディ/十字架の下のマグダラのマリア
  • フェッラーリ/宗教カンタータ この鋭い茨のとげは

青字がリュート・ソロ。アンコールはランベールによるフランス歌曲だった。

櫻田さんからリュートという楽器は元々イスラム圏の楽器ウードが起源で、それがヨーロッパに伝わり宮廷音楽として洗練されたものがリュート、中国に渡り改良されたものが琵琶であるというお話があった。

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今回演奏された楽器は2本ずつ張られたガット弦が13コースあるもの。これはオール・イタリアン・プログラムに合わせた仕様で、フランスものだとまた違った楽器が必要になってくるのだそう。

小林木綿さんは1996年ブルージュ国際古楽コンクール第2位入賞。これは声楽家としては最高位だそう。澄み渡るイノセントな歌声に魅了された。ホール(サロンと呼んだ方が相応しいかも知れない)も良く響き、残響が豊か。まるで小さな教会で音楽を聴いているかのよう。

ルネサンス期からバロック期にかけてのイタリア歌曲は純朴な恋の歌、そして敬虔な祈りの歌など何れも魅力的で、すっと心に沁みる。匂い立つばかりの美しさを誇る「なんと甘い苦痛が」やフレスコバルディも良かったし、特に木綿さんが大切に歌っておられるという「この鋭い茨のとげは」は心の奥底まで届き、魂が震えるような感銘を受けた。

また、当日配布された小林英夫さんによる歌詞対訳が磨き抜かれた日本語で書かれていて素晴らしかった。その小林さんも会場に聴きに来られていた。

木綿さんは未だリリースしたCDがないそうである。実に残念な話だ。また聴きたいと切に望む。

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桂よね吉/すいた落語研究所 VOL.4

開口一番、「ようこそ、よね吉の秘密倶楽部へ!」

今日はその、潜入レポートである。

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よね吉さんは今年、「東西若手落語家コンペティション」でグランドチャンピオンに輝き(演目は「七段目」)、飛ぶ鳥を落とす勢いの若手噺家。吹田市文化会館「メイシアター」3階和室で開かれるこの会はいわば勉強会。今回の「かぜうどん」 はネタ下ろしだそうである。開場は座布団の間を歩くのも難しいくらいの満席。女性の比率が7-8割くらいで、その大半が2,30代。開場は午後5時半なの に早い人は2時半から並んでいたそう。いやはや、NHK朝ドラ「ちりとてちん」に出演していたことの影響もあるのだろうが、よね吉人気は本当に凄い。高座に上がると「待ってました!」「たっぷり!」の声も掛かる。

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  • 桂   二条/道具屋
  • 桂よね吉/かぜうどん
  • 桂阿か枝/金明竹
  • 桂よね吉/天神山

阿か枝さんは勝負ネタを持ってきた。これは今年のなにわ芸術祭「新進落語家競演会」新人賞(最上位)を受賞した演目(ちなみに次点である新人奨励賞を受賞したのは笑福亭たま「いらち俥」)。さすが完成度が高い。特に無表情で早口言葉を言う場面が可笑しく、とても受けていた。

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かぜうどん」は故・桂枝雀さんも得意にされていたネタ。ただ枝雀バージョンは本編の冒頭部をカットし、金魚売り、氷売り、さおだけ、こうもり傘の張替えなど、物売りの声を並べたマクラに独特な味があった。一方、よね吉版は冒頭部をカットしないフル・バージョン。これは兄弟子の吉弥さんも同様なので、恐らく師匠である吉朝(故人)の型なのだろう。うどん屋に品が感じられ、これが初演とはとても想えないくらい上手かった。

天神山」もよね吉さんらしく、シュッとしてスタイリッシュな高座。”変ちきの源助”が一心寺の前を通りかかるとき、”レレレのおじさん”(「天才バカボン」のキャラ)が登場したのには会場バカ受け。ここでよね吉さん、「師匠に習った通りにやってるんですけれど……どないな伝承芸能やねん!」と。帰って調べてみると、確かに吉朝版「天神山」にも”レレレのおじさん”が出てくるようである。いやぁ、面白かった。それから京都は西陣、織屋清兵衛の娘”小糸”が幽霊となり、”変ちきの源助”のもとに押しかけ女房としてやってくる件で、”小糸”の喋り方が歌舞伎口調になっている演出は初めて聴いた。成る程、芝居噺といえば吉朝一門のお家芸。とっても聴き応えがあリ、大満足の会だった。

以前よりふっくらしたよね吉さん。12月の独演会では「たちぎれ線香」を掛けるそうで、「それまでには体を絞ります」と宣言された。

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九雀の噺@繁昌亭

昨年末、上方落語協会に復帰された桂九雀さんが初めて天満天神繁昌亭で主催する夜席、そして初登場となる噺劇(しんげき)を鑑賞した。一階席は満席。二階席も結構、埋まっていたよう。

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噺劇とは4年前に九雀さんがやり始めた、落語を題材にした新しい演劇。舞台装置はなく、出演者は全員着物。小道具は落語同様、扇子と手拭いのみ。鳴り物(お囃子)も入り、雰囲気を盛り上げる。前回僕がこれを体験した時の感想はこちら

大阪では「蜆売り」一話のみだが、10/13-14に北沢タウンホールで開催される東京公演はそれに加え噺劇「転宅」も上演されるそう(詳細はこちら)。

九雀さんによると繁昌亭には様々なルールがあり、噺劇を二つ掛けることは不可能だという。

  1. 番組の半分以上を落語が占めなければならない。
  2. 上方落語協会に所属する噺家がトリを取らなければならない。

また九雀さんは敢えて触れられなかったが「3. アマチュアが繁昌亭の高座で落語をしてはならない」というルールもあるようだ(これが原因で桂福團治さんの落語会が中止になるというトラブルもあった→詳細はこちら)。だから今回、噺劇に出演されているコント赤信号の小宮孝泰さんは東京公演で落語をされるようだが、大阪公演はなし。

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  • 笑福亭生寿/時うどん
  • 桂九雀/僕は廃品回収業
  • 柳家小権太/たいこ腹(→柳家喬太郎「落語こてんパン」へ)
  • 小宮孝泰、世弥きくよ、鍋島浩、原尚子/噺劇「蜆売り」
  • 桂九雀/どうらんの幸助

九雀さんは古典を改作したものも高座に掛けられている。「延陽伯」が「御公家女房」へ、そして「紙屑屋(天下一浮かれの屑より)」が「僕は廃品回収業」へ。(確か)脚色されたのは落語作家・小佐田定雄さん。その小佐田さんも聴きに来られていた。

その「僕は廃品回収業」だが、口跡軽やかでテンポ良く、芝居噺的な可笑しさもあり堪能した。特に九雀さんが「北の宿から」「アンコ椿は恋の花」を歌うところは大笑い。中々歌も上手である(これなら東京の柳亭市馬さんに対抗出来るのでは?)「ちゃっきり節」や阿波踊りを披露する場面もあり、実に愉しい。

蜆売り」は以前、桂文我さんの口演をNHKテレビで聴いたことがある。はっきり言って退屈で、途中からダレた。やはり僕はこういう湿っぽい人情噺が苦手だ。

九雀さんの師匠である桂枝雀さんと小佐田定雄さんが以前、落語の「情」について語られた内容を「らくごDE枝雀」(ちくま文庫)から引用してみよう。

枝雀 なんぼ「情」が結構やちゅうてもおしつけがましなったらいけまへん。おしつけがましい「情」てなもん、私らの最もかなわんもんでっさかいね。
(中略)
小佐田 演者に先に泣かれてしまうと私らみたいなヘソ曲がりの客は「オッサン、なに泣いとんねん」てなもんで、かえってサーッと醒めてしまいますねんな。ことに落語なんかで「泣き」を入れられると、「わかったわかった。もうええもうええ」てな気ィになってしまいますな。

全く同感。正鵠を射た対談である。つまり演じ方によっては箸にも棒にもかからない人情噺を飽きさせず聴かせる手段が、噺劇であるというのが僕の解釈。そういう意味で九雀さんが台本を書かれた「蜆売り」は見事に成功している。この噺がこんなに面白かったとは!正に目から鱗の体験であった。必見。

九雀さんは今後も繁昌亭でこの噺劇をシリーズとしてやっていく予定だそうである。とても愉しみだ。

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笑いとは何か?/テーマ落語会「稽古をつけてくれた師匠、ごめんね特集」

桂枝雀は「笑いとは緊張の緩和である」という説を唱えた。

一方、立川談志は「桂吉坊がきく 藝」(朝日新聞出版)の中で次のように語っている。

人間の世界は、すべて常識という、人間のつくったルールで動いている。そうしないと社会というものが破綻してしまうから、しょうがない。(中略)だけど、その常識の中にこぼれ落ちるもの、またはその常識に反するものを観客に聞かせて自我を解放するのが落語なんだ。

そして僕はふたりが全く同じことを言っているということに気が付いた。つまり常識=緊張反常識(自我の解放)=緩和という図式である。

そういう意味に於いて現在、生き様そのものが落語であると僕が感じる上方の噺家が桂ざこば笑福亭福笑である。

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さて、天満天神繁昌亭でテーマ落語会「稽古をつけてくれた師匠、ごめんね特集」を聴いた。

  • 笑福亭たま/寝床
  • 笑福亭福笑/代脈
  • 笑福亭三喬/首の仕替え
  • 笑福亭生喬/牛の丸子
  • 笑福亭福笑/世帯念仏

福笑たまという師弟コンビは上下(かみしも)を振らない独特なスタイル。それでも聴き手は混乱せず、いま誰が喋っているのか分かるのだからさすがだ。

たまさんの「寝床」はエキセントリックで独自の工夫がたくさんあり、すこぶる面白かった。

代脈」は福笑さんらしく中々過激で確かに上手い。ただ下ネタが多いので、時々僕の許容範囲を超え、引いてしまう。やはりまだ常識に囚われているのかも知れない。う〜ん、これではいかん。もっと自我を解放しなくては。

Don't think. Feel !(映画「燃えよドラゴン」より)

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空気人形

評価:B

大人のための寓話。R-15指定なので中学生以下の健全な少年少女はこれ以上、決して読まないように。しかし、高校生でさえも刺激が強すぎる(R-18相当)と想うんだがなぁ……。映画公式サイトはこちら

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さて、これからは不健全な大人の時間だ。身も蓋もないことを言ってしまえば、本作は心を持ったダッチワイフの話である。

カンヌ国際映画祭で主演男優賞(柳楽優弥)を受賞し、キネマ旬報ベストテンでは日本映画ベストワンに輝いた「誰も知らない」の是枝裕和監督、最新作。僕は正直「誰も知らない」が好きになれなかった。「過酷な現実を切り取ってそのまま観客に提示するだけで、果たして”映画”と言えるのか?」という疑問を感じたからである。しかしこの「空気人形」は中々面白かった。正しく立派な”変態映画”である。映画を観ながら即座に連想したのは「卍」「赤い天使」「盲獣」など一連の増村保造監督の作品群である。女体に対する執着は江戸川乱歩的とも言えるだろう。これだけ”変態的”な作品は久しぶりに出会った気がする。

空気人形を所有する中年男が古びたアパートの天井にプラネタリウムで星座を写し、ベッドに彼女を抱きながら語りかける場面ではルキノ・ヴィスコンティ監督の映画「ルートヴィヒ/神々の黄昏」を想い出した。考えてみればヴィスコンティの「地獄に落ちた勇者ども」や「ベニスに死す」なども”格調高い変態映画”であった。

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この映画の最大の魅力はペ・ドゥナに尽きるだろう。僕が彼女を初めて知ったのは天才ポン・ジュノ監督のデビュー作「ほえる犬は噛まない」(2001、韓国)。コメディネンヌとしてのコケティッシュな魅力を放散していた。そして同じくポン・ジュノの「グエムル-漢江の怪物-」(2006)では颯爽として勇ましく、青春映画の傑作「リンダ・リンダ・リンダ」(2005、日本)では、ほんわかしてゆる~い感じが何とも言えず良かった。さて「空気人形」の彼女だが、もう雰囲気がぴったり!拙い日本語にも妙にリアリティがあり、正にはまり役と言えるだろう。監督のキャスティング・センスに脱帽だ。しかし、ペ・ドゥナにメイド服を着せて、デパートを歩かせるなんて、是枝裕和は只者ではない。この人にこんな”変態性”があったなんて、もうびっくりした(イヤ、これは褒め言葉である)。僕にとって今年の主演女優賞は文句なしにペ・ドゥナに決まりだ。

また映像の美しさも特筆に価する。何ともその”空気感”がいい。撮影監督は台湾の名手リー・ピンビン。香港のウォン・カーウァイと組んで「花様年華」(キネマ旬報ベストテン第2位)を世に問い、また、現在村上春樹原作の「ノルウェイの森」を撮影中のトラン・アン・ユン監督(ベトナム出身)とは「夏至」で一緒に仕事をしている。

東京を舞台にしながらも、キャメラは執拗に都会の裏側の路地や河川敷など下町の風景にこだわる。それは例えば宮部みゆきの小説(「理由」「模倣犯」)や押井守監督の傑作アニメーション「機動警察パトレイバー2 the movie」に通じる世界、異次元空間である。

そしてそこで生活する市井の人々の描写を通して見えてくるテーマは、「世界は美しい」「生きてるって素晴らしい」ということ。

そんな感じで心地よく観ていて、中盤まではB+くらいにしようかなと考えていたのだが、少々グロテスクで後味の悪い結末で評価が下がってしまった。それはないぜ!是枝さん。

それにしてもペ・ドゥナが好きになる青年(ARATA)が働くレンタル・ビデオ屋のマニアックさには笑った。壁にフェリーニ監督の映画「道」のスチール写真(ジュリエッタ・マシーナとアンソニー・クイン)や、野口久光さんが描いた「大人は判ってくれない」(1959)とか「赤い風船」(1956)のポスターも貼ってあるといった調子である。

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ちなみにこのポスターが大いに気に入ったフランソワ・トリュフォー監督は映画「二十歳の恋/アントワーヌとコレット」(1962)の中で、アントワーヌの部屋にこれを飾っている(→「誕生100年記念 グラフィックデザイナー野口久光の世界」展情報へ)

またレンタル店を訪れる客が「ビクトル・エリセ(スペイン)の『マルメロの陽光』かテオ・アンゲロプロス(ギリシャ)の『蜂の旅人』はありませんか?」と尋ねたりと、超マニアック!映画館のあちらこちらから笑いがこぼれていた。 あと、店のモニター画面に流れる映画「太陽がいっぱい」でヨットに絡まった死体を引き上げる場面をペ・ドゥナが見ながら「海…」と呟き、それが切っ掛けでARATAとお台場デートになるシーンも気に入った。

小さい女の子が父親とレストランで食事をしていて「フォークで髪を梳いたらいけないよ」と注意される場面で、彼女が「だってアリエルがしてたもん!」と答える場面が特に僕にはツボだった(ディズニー映画「リトル・マーメイド」のこと)。

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第二回 繁昌亭各賞受賞者の会@繁昌亭夜席

天満天神繁昌亭にて

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  • 桂三四郎/時うどん
  • 桂   吉坊/胴切り
  • 桂歌之助/佐々木裁き
  • 桂   三風/下町の散髪屋
  • 桂かい枝/野ざらし
  • 桂   吉弥/親子酒

三四郎さんはまず、食べるうどんの長さにびっくり!袖が引っ張られる距離も長く、色々と創意工夫が感じられる。ただし、うどんを催促する喜六に、清八がどんふりの中身を頭から浴びせかけるのはやり過ぎだろう。とても友達に対してする行為とは思えない。

吉坊さん(第3回輝き賞)はまず着物のセンスが抜群(これは兄弟子のよね吉さんにも言えることだが)。そして気楽な男が辻斬りに遭遇し、武士が「ズバ~ッ!」と刀を抜いたときの所作が何と美しかったことか!!(見えない筈の)刀が描く軌道が一直線で、想わず見惚れてしまった。さすが普段から能のお稽古もされ、狂言師との交流もある吉坊さんだなぁと唸った(今から僕は「桂吉坊がきく 藝」を読み始めるところである)。この日のベスト・パフォーマンスおよびベスト・ドレッサー賞は文句なしに吉坊さんのものだった。

三風さん(第1回創作賞)は営業でご葬儀無料相談会に招かれ落語を披露したこととをマクラに(その時の様子はご自身のブログに書かれている)。本編もすこぶる面白く、特に(下町のヒーローである)相撲力士の断髪式における司会の葬儀屋さんが可笑しい。

英語落語を武器に世界を駆け巡るかい枝さん(第1回爆笑賞)は、つい最近もブルネイに行かれたそうである。桂春蝶を襲名したばかりの(旧)春菜さんや、吉弥さんが同期であるとことを話すと、会場から「えーっ!」の声。すかさず「その『えーっ』はどういう意味ですか!?」とツッコミが入り、大爆笑に。続いて吉弥さんに弟子入り志願の人が来ていることを紹介し「実は僕にも去年初めて来たんです」それがなんとメールで届き、最後は「よろしくお願いしますm(_ _)m」と書かれていたとか。でも結局、待てど暮らせど本人は現れなかったそう。この日、受賞者の会が終わって送り出しに姿を現されたかい枝さん、「え~、弟子入りを希望される方はいらっしゃいませんか!?」と帰る人々に呼びかけ、またまた笑いを取っていた。

吉弥さん(第3回大賞、第2回奨励賞)の「親子酒」は初めて聴いたけれど、さすがの上手さ。その明るい口調がなんとも華やいだ雰囲気を醸し出す。噺に登場するうどん屋が浮かない顔をしていて、理由を尋ねられると「実はさっきの客に一文、誤魔化されたんで」ここで三四郎さんの「時うどん」と繋がる仕組み。これには拍手喝さいとなった。

僕は吉弥さんの高座を生で十回以上聴いているが、弟弟子・よね吉さんに対する強烈なライバル意識を感じさせることが多い。今回もマクラでよね吉さんの話題が登場。

天才・手塚治虫は生前、次から次へとデビューしてくる優秀な新人漫画家に、異常なまでの嫉妬と対抗心を燃やしたという(詳しくはこちら)。そのエネルギーが手塚の創作における原動力となった。だから吉弥さんとよね吉さんがお互い良き好敵手として切磋琢磨することは決して二人にとってマイナスにはならないだろう、と僕は信じる。

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上方落語ファンに質問!〜「崇徳院」「植木屋娘」サゲの考察

今回は上方落語をよく聴かれる方に質問があります。

僕が是非知りたいのは桂ざこばさんが高座に「崇徳院」を高座に掛けられるとき、そのサゲは何か?ということなのです。

桂米朝さんが演じる「崇徳院」のサゲは熊五郎と床屋の客が、もみ合った末に鏡が割れ、「割れても末に、買わんとぞ思う」で終わります。これはご存知の通り百人一首・崇徳院の下の句「われても末に、逢わんとぞ思ふ」の駄洒落になっています(余り上々の落ちとは言えません)。そしてこの型は例えば直弟子の米二さん、孫弟子(吉朝の弟子)の吉弥さんらに継承されています。

ところが直弟子の枝雀さんはこれを変えてしまいました。「互いに探す相手が知れまして一対の夫婦が出来上がります。崇徳院というおめでたいお話でございます」で終わるのですね。童話の慣用句"And They Lived Happily Ever After"みたいな感じでしょうか。つまりメルヘンへの転化です。

「植木屋娘」でも同じようなことが起こります。愛娘・お光の懐妊の相手が、かねて婿にほしかったお寺の伝吉と分かり、植木屋は住職に掛け合いますが、伝吉の答えは「商売が植木屋でございます。根はこしらえものかと存じます」これが(六代目)松鶴や(五代目)文枝のサゲです。これを米朝さんは住職と植木屋の会話「これこれ、なんぼなんでも侍の家を取ったり継いだりでけるかいな」「接ぎ木も根分けも、うちの秘伝でおますがな」に変えました。以下、米朝さんの言葉から引用。

むかし、夜店などで質(たち)の悪い商人から買った植木に根がなくて、すぐ枯れてしまったりするのがあったそうですが、これはちょっとひどいサゲで、伝吉という人間もこれで大変悪い男になってしまうし、この一篇の落語が実にあと味のよくないものになります。

そしてここでも枝雀さんは「わが子を思う親の一念が通じましたものか、目出たく一対の夫婦が出来ます、植木屋娘でございます」と高座を下りました。やはり一つのメルヘン、ファンタジーへの昇華を試みられています。

生前、文枝は「めでたしめでたしで終わるのは落語ではない」「『一対の夫婦~』では講談なのであって落語ではない」と語っていたそうです。成る程、「落とし噺」ですからそういう意見があるのは尤もなことでしょう。しかし僕は、枝雀さんのやり方も一篇の美しいお伽噺を聴いた心地がして、とても好きなのです。「落語と云(い)うのは」と題された箇条書きの中に記された、枝雀さんの信念がそこに反映されているように想えるのです。

「生きててよかったなァと思って貰(もら)うもの」

さて本題に戻りましょう。実は先日、ざこばさんのお弟子さんである都丸さんの「崇徳院」を聴きました。これが完全に、エピローグまで枝雀さんの型でした。そこで僕は考えたのです。「これは都丸さんが直接、枝雀さんから稽古を受けられたのだろうか?それとも枝雀→ざこば→都丸というルートで伝授されたのだろうか?」と。つまり、ざこば版「崇徳院」のサゲが分かれば、どちらか推定出来るということになります。

そういう訳で、もしご存じの方がいらっしればコメント欄に記入して頂けると幸いです。

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落語は寂しさの中に~桂枝雀 論その2

これは昨年書いた記事、

の第2弾である。

先日、NHK BS-hiで放送された5時間に及ぶ桂枝雀さんの特集を観た。枝雀さんのことを知れば知るほど、「この人は、寂しい孤独な方だったんだなぁ」という想いが募る。

枝雀さんは家族に恵まれ、そして八人の弟子たちに囲まれて、ある意味幸せな人生を送られた。しかしその心の奥底には常に《一人ぼっちで生きている》という意識があったのではなかろうか?そうでなければ周りの人々を見捨て、自ら命を絶ったりはしないだろう。

枝雀さんと桂米朝・宅で3ヶ月間一緒に内弟子生活を送ったざこばさんの証言。

内弟子は朝、6時半か7時に起きて掃除をせんといかん。最初の1週間は私もちゃんと起きていました。しかし元々ずぼらやから、その後は平気で寝てる。兄ちゃん(枝雀)はパッと起きる。そしたら奥さんが私を起こしに来る。それが続くと怒るんです。それで兄ちゃんに愚痴った。「兄ちゃん汚い。あんたが起きる時、私も起こしてぇな」「寝たいもんは寝てたらええがな」「そしたら奧さんに怒られるやろ」「怒りたいもんは怒らせといたらええ」「それじゃ、私がつらいがな」「つらかったら、起きたらよろしい」

ここにも《自分は自分、他人は他人》という哲学が垣間見られる。《孤高の人》だった、と言っても良いかも知れない。

枝雀さんは長年うつ病を患っておられた。27歳の時、朝日放送「きょうの世紀、あすの世紀」というテレビ番組(白黒)の中で披露した新作落語「20世紀」。 舞台となるのは20世紀が始まったばかりの明治34年。「20世紀はどうなるでしょう?」「死なない薬が発明されるだろうな」と会話が続く。「もうこの世が嫌になって死にたくなったらどうします?首を吊りますか?」「そしたら機械が縄をプツンと切ってしまうな」「じゃぁ川に飛び込みますか?」……死にたくても死ねない世界。この頃から死の観念に囚われていたことが窺われる。

自身のうつ病を本人は「死ぬのが怖い病」と呼んでいた。 師匠である米朝さんの証言によると、若い頃の枝雀さんは「地球最後の日に人類がロケットで脱出するとなると、役に立たない落語家が最後ですな」と言っては客から笑いをとっていたそうだ。(何を笑ってまんねん)「これホンマの話しでっせ」と、ついには高座で泣き出すのであった。

しかし小米から枝雀を襲名した昭和48年(1973年)あたりから、その高座は変り始めた。オーバーアクションで明るい爆笑落語のスタイルを確立してゆくことになる。「ずっと笑いの仮面をかぶり続ければ、いつかその仮面が自分の顔になる」という想いがそこにはあったという。

枝雀さんの新作には「夢たまご」や「山のあなた」(DVD「桂枝雀/落語大全 第四十集」収録)などがある。爆笑の古典とは雰囲気が異なり、枝雀さんの新作は哀しい。でもそこには幽玄の儚い美しさ、人生の真実を映し出す言葉がある。夕暮れ時、あたり は薄暗く万物の境界がぼんやりと溶け合ってくる時間。「そは彼の人か」…現(うつつ、此岸)と夢(彼岸)の境界まで曖昧になってくる。最早達観した世界。 その中に独り淋しく、静謐に佇む枝雀さんの姿がある。「この人は、もう死ぬしか他に道がなかったんだ」と落語を聴く誰しもが、そう想うことだろう。

落語作家・小佐田定雄さんの協力を得て枝雀さんが初演した「貧乏神」にも、貧乏神が夕焼けをうっとり眺める場面が登場する。枝雀落語の真骨頂である。また僕が大好きな古典に「三十石 夢の通い路」がある。京都・伏見から大阪への帰路、舟歌がたゆたい、夜舟の中で人々はまどろむ。やがて朝もやの中、舟はゆっくりと音もなく川面を進む。そして枝雀さんの姿もそこに溶けて消えてゆく。なんとも幻想的で、この世のものとは想えない情景を描く口演は絶品。これは夕暮れの逆バージョンと言えるだろう。

たそがれ時の噺家、滅びゆく者の美学。そういった側面も枝雀落語の本質にあるのではないか?という気が僕にはするのである。

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月亭遊方・林家染弥のくら出し!うちわ話

高津の富亭にて。

噺家の日常を語るこのトークライブも、第6回目。今回のテーマは「落語家の悩み」「落語家とファンとの関係性」に本音で迫るというもの。40人くらいの入り。

今回は桂雀太さん(32)がゲスト。座右の銘は「それがどないしたんや」、落ち込んだときは酒を飲んで「パパリコシャンシャン」といった話が面白かった。

「そのパパリコシャンシャンって何やねん!?」と訊く遊方さんに対し、「亡くなった枝雀師匠の口癖だったそうです」ちなみに雀太さんの師匠が雀三郎さんで、さらにその師匠が枝雀さんにあたる。

噺家が打ち上げでファンと親しくなったり、メルアドの交換をしたりすることの是非について話題が移る。客との距離感について雀太さん、「近づき過ぎると見えなくなるものがある」「ヤマアラシのジレンマですね」と。ちなみにこのヤマアラシのジレンマの話は「新世紀エヴァンゲリオン」にも登場する。

また健康オタクの遊方さん、食育セミナーに参加し「青色2号(食品添加物)ってありますけれど青色1号はあるんですか?」と問い合わせたとか、サイゼリアに電話して「おたくは有機野菜を使っておられますか?」と訊ねたというエピソードには大笑い。サイゼリアのミラノ風ドリアは299円。有機野菜1本の値段の方がよっぽど高いと思うのだけれど。まあそういうところが遊方さんの愛すべき人柄である。

そんなこんなであっという間の、愉快な2時間だった。

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モーリス・シュテーガー/リコーダー・リサイタル

兵庫県立芸術文化センター・小ホールにて。

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モーリス・シュテーガーは1971年スイス生まれ。これが初来日となる。チェンバロを演奏する北谷直樹はスイスに拠点を置き活動しており、シュテーガーと長年コンビを組む。

今回の演奏会は”ヴィヴァ!イタリア”と副題が付き、オール・イタリアン・プログラムだった。

  • ヴェラチーニ/リコーダーと通奏低音のためのソナタ イ短調
  • ウッチェリーニ/シンフォニア 第14番「ラ・フォスキーナ」
  • ロッシ/シンフォニア 第11番「イン・エコー」
  • ストラーチェ/シャコンヌに基づく即興演奏(チェンバロ独奏)
  • フォンタナ/ソナタ 第2番
  • デラ・チャイア/チェンバロ・ソナタ 第5番よりトッカータとカンツォーネ
  • メアッリ/ソナタ「ラ・カステラ」
  • コレッリ/ソナタ 第7番
  • バベル/ヘンデル 歌劇「リナルド」より(チェンバロ独奏)
    序曲、「私を泣かせてください」、「私は戦いたい」
  • サンマルティーニ/ソナタ ト長調

特に後半の気高いコレッリ、そして美しい歌に満ちたサンマルティーニが良かった。

6本のリコーダーを取替え演奏するシュテーガーに対し、北谷さんは3台のチェンバロを弾き分けられた。

シュテーガーの演奏は軽やかで、速いパッセージでも難なく指がよく回る。また上半身の動きが大きく、グルグル体を廻したりする。それも時計回転かと思いきや、直ぐさま反時計回転に切り替わったりと面白い。全身で音楽を表現しているのである。

リコーダーの底穴を膝を上げてふさぎ、高音を出すテクニックは今回初めて見た!(運指表には"B"と表記)いやはや驚いた。

北谷さんは剛直なタッチで力強い。見事な伴奏である。僕が生で聴いた中ではトン・コープマンや鈴木雅明さんより巧い。ただ”切れ味の鋭さ”という点では中野振一郎先生の方が一枚上手かな。

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リコーダーはヴィブラートをかけない"pure tone"なので音が素直にスッと心に沁み、実に爽やか。やはりバロックからベートーヴェンの時代まではこうありたい。

2006年にロジャー・ノリントンを客演指揮者に迎えたNHK交響楽団は初めてノン・ヴィブラート奏法="pure tone"に挑み、多大な成果を上げた。そして2009年9月のN響定期に登場したクリストファー・ホグウッドともまた、完全ノン・ヴィブラートでベートーヴェンを演奏した。僕はBSでこれを視聴し、N響の《本気》を感じた。ユベール・スダーンが音楽監督を務める東京交響楽団はノン・ヴィブラートが当たり前だし、新日本フィルハーモニー交響楽団もまたフランス・ブリュッヘンとのハイドン・プロジェクトやダニエル・ハーディングとのコラボでピリオド奏法に積極的に取り組んでいる。これが時代の潮流であり、最早誰も押し止めることなど出来はなしない。

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コンサートの帰りに新装オープンした阪急デパートでお菓子を購入。50人以上のすごい行列で大人気。ふっくら柔らかく、美味なり。

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立川談志休演、談春代演/朝日東西名人会

シアタードラマシティにて。

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当初出演が予定されていた立川談志さんが病気療養のため年内のスケジュールを全てキャンセルされ、代わりに弟子の談春さんが出演されることとなった。

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本当はこの翌日、繁昌亭での「談志・三枝ふたり会」のチケットも取っていたのだが公演中止となり、そちらは払い戻しをした。

  • 桂      吉坊/宿屋町
  • 林家 彦いち/青菜
  • 笑福亭松喬/質屋蔵
  • 林家  染二/貧乏神(小佐田定雄 作)
  • 立川   談春/ねずみ穴

吉坊さんは軽快に明るい口調でぽんぽんと高座を運ぶ。所作が綺麗。「宿屋町」は”東の旅”シリーズのひとつ。お伊勢参りを済ませた二人連れの帰路を描く。「こぶ弁慶」の前半部にあたり、この後に「三十石」が続く(恐らく「こぶ弁慶」という噺は後世の人がふたつの噺を無理やりくっ付けたものと推定される)。

彦いちさんは大阪駅からタクシーに乗り、「梅田芸術劇場まで(ドラマシティーはその地下にある)」と告げると、運転手さんから「アイーダに出んのん?」と訊かれたエピソードをマクラに。

松喬さんはもっちゃりと、愛嬌のある調子で。人の良さそうな熊さん(熊五郎)の描き方が秀逸、ほのぼのとして親しみがわく。これぞ名人の味わい。

染二さんのネタは故・桂枝雀さんが初演したもの。枝雀さんとはまた違ったキャラクター設定(役作り)で、その巧さが光る。

談春さんは談志さんの代役ということで荷が重かっただろうが(「師匠の代わりが務まる者がこの地球上にいるとは想えません」とキッパリ)、そのプレッシャーを跳ね返すパワーに溢れた大熱演であった。才気迸り、切れがある。ある意味、凄みを感じた。

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スタジオジブリ・レイアウト展

サントリーミュージアム(天保山)にてスタジオジブリ・レイアウト展を鑑賞。

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レイアウトとはいわば、アニメーションの設計図である。画面の構図のみならず、カメラの動き、描かれた雲が移動するスピード、ここは(美術監督が担当する)背景画なのか、あるいは(動画アニメーターの受け持ちである)セル画なのか等、細かく記載されている。

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宮崎駿さん(以下、”宮さん”と呼ぶ)が初めてこのレイアウトを手がけたのが東映動画時代の「太陽の王子 ホルスの大冒険」(1968)。その後、劇場用中篇アニメーション「パンダコパンダ」(1972)を経て、テレビ「アルプスの少女ハイジ」(1974)で本格的に取り組むことになる。なんと全52話のレイアウトを宮さんがたった一人で担当したそうだ。しかしその時代”レイアウト”という言葉はなく、高畑勲監督は宮さんのために苦心して”場面設定”、”画面構成”といった用語を編み出した。

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展覧会の方は「風の谷のナウシカ」から「崖の上のポニョ」までの宮崎駿監督によるアニメーション映画のみならず、初期のテレビ作品「アルプスの少女ハイジ」「母を訪ねて三千里」「赤毛のアン」(宮さんがレイアウトを担当したのは1-15話まで。「アンは嫌いだ。後はよろしく」と言い残し、映画「ルパン三世 カリオストロの城」に着手)「未来少年コナン」「ルパン三世」などのレイアウトまで展示されていたのには驚いた。

兎に角、膨大な数のコレクションであった。作品によって残っているものと、ないものの差があり、「魔女の宅急便」はたった2枚しかなく残念であったが、その代わり米アカデミー賞長編アニメーション部門を征した「千と千尋の神隠し」コーナーのボリュームには圧倒された。天井まで壁一面がレイアウトに覆い尽くされている。鑑賞する人々から「オォ!」と驚嘆の声が漏れる。天才・宮崎駿の偉業、ここに極まれり。

また千尋の両親が豚に変身する前、食べたメニュー(香辛料をたっぷりすり込んだ鳩の丸焼き、汁気たっぷりの具を詰めた鳥、変わり春巻き、カレー味の魚、モルモットの味噌煮、豚の角煮)が判明したのがちょっと嬉しかった。

なにしろ1,300点もあるので、全部に十分な時間は掛けられない。当然、僕が大嫌いな高畑勲監督作品(「火垂るの墓」「おもいでぽろぽろ」「平成狸合戦ぽんぽこ」「ホーホケキョ となりの山田くん」)や宮さんの息子(「ゲド戦記」)のコーナーは素通りすることとなった。

レイアウト展の開催期間は10月12日まで。必見!

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動楽亭昼席(10/1)

地下鉄「動物園前」駅すぐ近くの動楽亭にて落語を愉しむ。木戸銭2,000円なり。

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  • 雀太/道具屋
  • 壱之輔/善哉公社
  • 紅雀/七度狐
  • 雀々/がまの油
  • 団朝/時うどん
  • ざこば/強情

今までここの昼席に出演する噺家は米朝一門に限られていたが、今月から他の一門の客演も。そのトップバッターとなったのが桂壱之輔さん(春團治一門)。

今回一番愉しかったのは桂雀々さん。開口一番「みなさん、動物園前の秘密倶楽部へようこそ!」その後、マシンガン・トークを堪能。特に師匠の枝雀さんが愛飲した酒「呉春」を”鶴呑み”する様子を面白おかしく演じられたのが秀逸だった。

団朝さんはマクラで動楽亭近く、ジャンジャン横町にある立ち喰いうどん「松屋」を紹介された。なんと素うどん150円、おにぎり2個で100円だそう。しかもおにぎりにはうどんの汁にねぎを乗せ、スープとして出してくれるとか(団朝さんは「おにぎり定食」と命名)。う~ん、やはりここは別世界、いや、新世界か。

席亭のざこばさんは彦八まつりのやんちゃ以降、どうも元気がないのが気になるところ。酒癖の悪さをしきりに反省されている様子。でもそんな所がざこばさんらしさでもあるのだが……。

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The Musical 「AIDA アイーダ」

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梅田芸術劇場でThe Musical 「AIDA アイーダ」を鑑賞。宝塚歌劇団が2003年7月に星組で初演した名作「王家に捧ぐ歌」を新たにリニューアルしたもの。「王家に捧ぐ歌」は2003年度の芸術祭演劇部門で優秀賞を受賞、さらに月刊「ミュージカル」誌の年間ベスト・ミュージカル第1位に輝いた。僕はこの初演時に宝塚大劇場で鑑賞し、市販されているDVDも所有している。アムネリスを演じた檀れいさんが神々しいくらいに美しかった!

この作品をより理解するためには創られた時代背景を考えておく必要があるだろう。2001年9月11日にアメリカで同時多発テロが勃発。「対テロ戦争」の名の下にアメリカは10月7日からアフガニスタン空爆を開始、さらに2003年3月にはイラク侵攻に踏み切ることになる。余談だが僕は2001年8月末にニューヨークにいて、ミュージカル「プロデューサーズ」や「オペラ座の怪人」そしてディズニー版「アイーダ」(同役でトニー賞を受賞したヘザー・ヘッドリーがアイーダ、「RENT」のアダム・パスカルがラダメス)などを鑑賞、崩壊する直前の世界貿易センタービルを見た。

つまり「王家に捧ぐ歌」の《戦いは新たな戦いを生むだけ》というテーマはこうした時代の空気を反映しており、富めるエジプト=アメリカ合衆国貧しいエチオピア=イスラム圏の国々というメタファーになっている。劇中でアイーダの兄がファラオを暗殺した直後に自害するが、これはハイジャックして世界貿易センターに突っ込んだテロリストの”ジハード”を連想させる仕掛けだ。

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さて今回のThe Musical 「AIDA アイーダ」、脚本・演出:木村信司(宝塚歌劇団)、作曲・編曲・音楽監督:甲斐正人は「王家に捧ぐ歌」から続投。宝塚版でアイーダを演じた安蘭けいさんが再び同役を演じている。

元々出来の良い作品であったが、それが格段にパワー・アップ。これぞ和製ミュージカルの最高傑作!と太鼓判を押しても過言ではない。ディズニー版「アイーダ」と比べても遜色ないだろう。台本がよく練られているし音楽が劇的で美しく、心に響く。ピラミッドの三角形を組み合わせた美術(大田 創)や、被り物が印象的な衣裳(有村 淳)も特筆に値する。ただし振り付け(麻咲梨乃)は些かダサかった。日本には加藤敬二(劇団四季)とか謝珠 栄などもっと優れた振付師がいるだろうに……。

安蘭けいという人は宝塚男役のトップスターとしては華がなく地味な存在だったが、元来歌の上手い人だけにアイーダは文句なし。彼女の代表作と言えるだろう。

東宝版「エリザベート」の皇太子ルドルフ役でブレイクした伊礼彼方は上半身裸でムキムキの肉体美を披露。マッチョで少々おつむが足りなさそうなラダメス。イメージ的にシルヴェスター・スタローンが演じたロッキーとかランボーに近い。まあラダメスってこういう役だからそれでいいのだ。

ANZAは歌唱力があり、鋭い眼差しでクール・ビューティなアムネリスを好演。

威厳のあるファラオを堂々と演じた光枝明彦さんは、彼が劇団四季在籍中に観た「ジーザス=クライスト・スーパースター」「アスペクツ・オブ・ラブ」「夢から醒めた夢」「壁抜け男」などのことを想い出しながら懐かしく拝見した。

アモナスロ役の沢木 順さんと言えば劇団四季時代、「キャッツ」のラム・タム・タガーが印象深い。在団中に「オペラ座の怪人」タイトルロールを観ておきたかったなぁとちょっぴり後悔。

劇団四季が大阪で日本初演したディズニー版「アイーダ」は情けないことにカラオケ上演だったが、勿論今回の公演は生オーケストラの演奏付き(指揮は大阪市音楽団とのコンビでお馴染みの牧村邦彦さん)。やっぱり舞台は生に限る。

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(上の写真は宝塚雪組のトップスター・水 夏希さんから届けられた胡蝶蘭)

平日夜にもかかわらず会場は大入り満席、最後は客席総立ちのスタンディングオベーションとなった。

なお、The Musical 「AIDA アイーダ」は12月10日にDVDが発売される予定だそうである。必見。

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