第57回全日本吹奏楽コンクール高校の部を聴いて 2009 《後編》
この記事は、第57回全日本吹奏楽コンクール高校の部 2009《前編》と併せてお読み下さい。
西関東代表 春日部共栄高等学校(埼玉県) 金賞 / 埼玉県立伊奈学園総合高等学校 銀賞 / 埼玉栄高等学校 銀賞
春日部共栄の課題曲Vはタテがきっちりと揃っていた。自由曲は福島弘和/ラッキードラゴン〜第五福竜丸の記憶。静謐な美しさを湛えた名演。ここは常に邦人作曲家の新作に取り組んで来た学校であるが、保守的な選曲の団体ばかり高く評価される不利な状況の中、金賞が受賞出来て本当に良かった。
伊奈学園の課題曲IVは少女がはしゃいで水たまりを跳ね回っている姿を連想させる、チャーミングな演奏。問題は自由曲のマーラー/交響曲第1番「巨人」第4楽章。曲を聴きながら弦楽器のないマーラーへの違和感が終始付きまとった。ヴァイオリンのパートをクラリネットとフルートで代用しても駄目なのだ。吹奏楽でマーラーをする意味が皆目分からなかった。演奏中に僕は「今年、伊奈学園の金賞は絶対にないな」と確信した。これは宇畑知樹先生の戦略ミスと言えるだろう。宇畑/伊奈学園と長年コンビを組む作曲家・森田一浩さんのアレンジも精彩を欠いた。
大滝実/埼玉栄の神髄は"歌心"。その息遣いまでもが見事にコントロールされた歌の世界が展開された。自由曲はメンケン(宍倉晃 編)/「ポカホンタス」。アカデミー作曲賞および主題歌賞("Colors of the Wind")を受賞したディズニー・アニメのメドレー。優しい歌に満ち、ボンゴなどが活躍して愉しい。今年ここが何故金賞でなかったのか、さっぱり理解出来ない。
東海代表 光ヶ丘女子高等学校(愛知県) 銀賞 / 安城学園高等学校(愛知県) 銀賞 / 愛知工業大学名電高等学校 銀賞
光ヶ丘女子の自由曲は僕が大好きな新進気鋭の作曲家マッキー/「翡翠」よりI. 雨上がりに... II. 焔の如く輝き。ただ前から何度も書いていることだが、マッキーで金賞を取ることは至難の業である(今年までに6団体が挑戦し、金賞ゼロ)。演奏に破綻はないが、もっと躍動感・溢れ出る生命力が欲しい。
安城学園のこれ見よがしの学校ロゴ入り譜面隠しは如何なものか。いかにも私立らしい発想である。自由曲はカリンニコフ/「交響曲第1番」より第2・第4楽章。鈴木英史さんのアレンジがイマイチで、吹奏楽でなぜこの曲を??と頭の中が疑問符でいっぱいになった。
愛知工大名電の自由曲はR.シュトラウス(森田一浩 編)/楽劇「サロメ」〜7つのヴェールの踊り。各々の奏者が上手で歯切れ良く、精度の高い演奏だった。
関西代表 大阪府立淀川工科高等学校 金賞 / 大阪桐蔭高等学校 金賞 / 天理高等学校(奈良県) 銀賞
淀工の丸谷明夫先生(丸ちゃん)と言えば、マーチを振らせれば天下無双。課題曲IVはきりっと手綱を引き締め、タテがしっかり合った完璧なアンサンブル。強弱の変化(ダイナミックス)も際だっている。自由曲はラヴェル/バレエ音楽「ダフニスとクロエ」第2組曲。淀工の神髄はpp(弱音)の美しさ。冒頭部のアルベジオから曖昧さは皆無で、精緻・鮮明。複雑なオーケストレーションが隅々まで見透かせるような演奏で文句の付けようがない。見事23回目の金賞受賞となった。
丸ちゃんは昔、自由曲で色々な試みをして来た。しかしイベール/交響組曲「寄港地」に2回挑み、いずれも銀賞だったあたりから「吹奏楽コンクールには金賞を勝ち取れる曲と、そうでない曲がある」という悟りの境地に至ったのではないか?と推察する。その頃から「ダフニスとクロエ」「スペイン狂詩曲」「大阪俗謡による幻想曲」という鉄壁の3曲ローテーションが始まり、1995年以降実に12大会連続金賞(3回の3出休みを挟む)という快進撃となった。これには当然、賛否両論があるだろう。しかしコンクールの目的はやりたい曲を演奏するとか、聴衆を楽しませることではない。「確実に勝つ。子供たちに絶対悲しい想いをさせない」というのも、やはりひとつの正しい見識であるだろうと僕は想うのだ。
大阪桐蔭が演奏する自由曲オルフ(J.クランス 編)/世俗カンタータ「カルミナ・ブラーナ」は今年の7月、(偵察がてら)既に聴いている。
この時点では正直、全国大会で金賞を獲れる内容だとは想わなかった。それから3ヶ月、高校生は練習を積み重ねればこれだけ伸びるのかと、その目覚ましい進化に腰を抜かした。課題曲Vは細かいニュアンスまで目が行き届き、精度が極めて高い。自由曲は金管の力感とヌケが抜群で、燦然と輝く華やかな音色に圧倒された。ユージン・オーマンディが音楽監督だった時代のフィラデルフィア管弦楽団のサウンドを彷彿とさせたと言ったら、褒めすぎだろうか?いやはや凄かった。
天理は音に表情がなく平板。自由曲「ダフニスとクロエ」は冒頭部が曖昧模糊としている。それから終曲「全員の踊り」はもっと軽やかさが欲しかった。
中国代表 修道高等学校(広島県) 銀賞 / おかやま山陽高等学校 銅賞 / 明誠学院高等学校(岡山県) 銅賞
修道は今時、珍しい男子校だった。パワーはあるが荒っぽい。それから鈴を鳴らすタイミングが遅れているのが気になった。自由曲「ダフニスとクロエ」は冒頭部がムニャムニャ混沌とし、旋律が間延びして聴こえた。
おかやま山陽は結構テンポが動く課題曲Vだった。自由曲はリスト(田村文生 編)/バッハの名による幻想曲とフーガ。聴いてて心地良い演奏。
明誠学院の課題曲IVは威勢がいい反面、大雑把。自由曲はカールマン(鈴木英史 編)/喜歌劇「チャルダッシュの女王」セレクション。手拍子が途中入ったり、元気よく若々しい演奏。賑やかで愉しいアレンジに魅了された。
四国代表 香川県立坂出高等学校 銅賞 / 高知県立高知西高等学校 銅賞
四国地区は昨年に引き続き銅賞2つ。7年連続銅賞のみという不名誉な記録も持つ。
坂出はリズムの後打ち(ホルン、トロンボーン)が遅れているのがすごく気になった。
高知西の課題曲Vはメリハリがあったし、自由曲ブライアント/アクシス・ムンディは緻密な演奏だった。銅という評価は、これが現代曲だったので損をしたのだろう。2年前、高知西が全国大会初演したマッキー/レッドライン・タンゴの時と全く同じ現象が起こったのである。
九州代表 精華女子高等学校(福岡県) 金賞 / 原田学園鹿児島情報高等学校 銀賞 / 沖縄県立コザ高等学校 銅賞
今年のコンクールで何といっても期待されたのは藤重佳久/精華女子による自由曲C.T.スミス/華麗なる舞曲。最早伝説となったあの壮絶な名演、宮本輝紀/洛南高等学校吹奏楽部(京都府)の「華麗なる舞曲」(1992年全国大会)を果たして超えることが出来るのか?ということに注目しつつ、固唾を呑んで見守った。だが残念なことに精華女子の演奏は細かなミスが目立ち、全盛期の洛南を凌ぐことは叶わなかった。ただあの時の洛南は正に神の領域に達した演奏であり、それと比較すること自体が気の毒というものだろう。少なくとも精華女子が文句なしの金賞であったことは自信を持って言える。ここのサウンドは柔らかく流麗。女性らしく、きめ細やか。そういう意味で、圧倒的パワーとヴィルトゥオーゾを誇った洛南の演奏とは対照的だ。また昨年も感じたことだが、演奏する生徒さんたちの上半身が音楽の流れと共に波のようにうねる、その動きがとても美しい!想わず見惚れてしまう。やはりこの特色は、精華女子がマーチングの名門であることと決して無関係ではないだろう。
屋比久勲先生が福岡工業大学付属城東高等学校を勇退、鹿児島情報高に赴任され3年目(福工大城東は今年、九州地区大会でダメ金だった)、昨年に続き2回目の全国大会出場である。いよいよ《屋比久サウンド》の完成を目の当たりにする想いがした。課題曲IVは低音に厚みがあって、どっしりした音のピラミッドを構築する。自由曲はショスタコーヴィチ/交響曲第5番「革命」~第4楽章。戦車の歩みのように重厚な出だしは屋比久先生が全日本吹奏楽コンクールで福工大城東を最後に振った「エルフゲンの叫び」を彷彿とさせ、金管の輝かしいファンファーレには胸がすくような心地がした。僕は金賞に値する演奏だったと想う。
沖縄県の高校が九州代表に選ばれたのは1988年沖縄県立首里高等学校以来、実に21年ぶり。なお、金賞を受賞したのは'74年の首里が最後である。コザの生徒さんたちは日焼けしていて、やっぱり南国だなぁと感じさせた。課題曲IVは音の処理が些か雑な印象を受けた。自由曲はR.W.スミス/交響曲第3番「ドン・キホーテ」。フルートがカスタネットも兼務。スペインの情緒が感じられ、灼熱の激情を内に秘めた演奏だった。初の全国大会出場、おめでとうございました。
色々書いたけれど、とにかく愉しかった!そして胸が熱くなった。死力を尽くした高校生の皆さん、本当にありがとう。お疲れ様でした。
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コメント
今年のコンクールは本当の意味で"波乱"でしたね・・・・
柏市立柏が銅なんて・・・・
会場で聞きましたがあの素晴らしい演奏に金賞がつけがたくて、賞が下がったとしても銀賞になる演奏でした・・・・・
演奏自体は金賞だと思っていたのですが、まさかの銅・・・
会場で石田先生とお会いし、お話を聞くと「鳴らしすぎたかなぁ」とおっしゃっていました。(ついでに握手も(笑))
残念でなりません。
丸谷先生は石田先生に
「俺たちが金をもらうのはちがうよ、修ちゃんたちだよ」
とお声をかけたそうです。
柏の関係者のかたから聞きました。
本当に柏の演奏は金賞だったと思います。
残念でなりません。
最後に大阪桐蔭さん
即売で聞きましたが素晴らしいですね!!!!
おめでとうございます!!
ではでは失礼します。
今年も楽しく読ませていただきました^ω^
投稿: RUKI | 2009年11月 1日 (日) 13時07分
RUKI君こんにちは。ところでブログ休止しちゃったの?何時も愉しく読ませてもらっていたのだけれど…。
市柏が冒険的な選曲をせず、例えば2006年の喜歌劇「こうもり」セレクションのようなオーソドックスな曲を選んでいれば、今年も金賞だったと想います。でも「分かっちゃいるけど、やめられない」という、石田先生のそんなセンスが僕は大好きです。
いつの日か、なにわ《オーケストラル》ウィンズの指揮台に立つ石田先生の雄姿が見たい−これが僕の長年の夢です。
投稿: 雅哉 | 2009年11月 1日 (日) 17時15分
遅くなりました。この記事今か今かと待ち続け、繰り返し繰り返し読ませて頂きました。今年は都合で行くことが出来ず悔しい思いをしましたが、この記事を拝見して、嬉しく、胸熱くなりました。本当にありがとうございました。
掲示板など様々な記事・コメントがありましたが、雅哉さんのように出場高校を北から順番に書かれるものはなく、いつも日本地図を思い描きながら、読ませて頂いております。
娘は天理のAメンに残れませんでした。その思いを一緒に持って持てる限りの力を精一杯出し切ってくれたメンバーに感謝です。
そしてこの舞台に立つ、それがどれほど凄く素晴らしいことか。例え金をとれなくても、舞台に立ったこと、胸を張って誇らしくこれからの人生を歩いてくれることを祈ります。また普門館目指して汗を流した生徒達。そしてその吹奏楽部に所属して3年間泣きながら一生懸命ホルンと闘った娘に、良く頑張った!と伝えたい。
普門館、まさに雅哉さん仰る「とにかく愉しかった!そして胸が熱くなった」です。
本当にありがとうございました。
投稿: 鯉太郎 | 2009年11月 9日 (月) 19時08分
鯉太郎さん、嬉しいコメントをありがとうございます。
鯉太郎さんのお嬢さんを含め、吹奏楽に青春を賭けてきた高校生の皆さん方に、幸あらんことを祈ります……あ、そういえば未だ「全日本マーチングコンテスト」@大阪城ホールが残っていましたね。勿論、こちらも聴きに往きます。そして全身全霊を込めてレポート致しますのでご期待下さい!
投稿: 雅哉 | 2009年11月10日 (火) 00時39分
昔のコンクールの記事を拝見しながら、ふっと思ったのですが、中学は別として、高校・大学・職場・一般を合同でコンクールをするとしたら、やはり大学あたりが金を獲得するのでしょうか?
雅哉さんも過去にチラッと書かれていた気がするのですが、全て聴かれている雅哉さんとしては、いかが思われますか?
投稿: 鯉太郎 | 2009年11月10日 (火) 08時13分
吹奏楽コンクールで一番レベルが高いのは高校の部。これは歴然とした事実です。
アマチュアバンドの実力を決めるのは次の2点であるというのが僕の持論です。
1.優れた指導者
2.練習時間
ハッキリ言って楽器の経験年数は全く関係ありません。半数以上が初心者の淀工が毎年金賞を受賞しているのですから。吹奏楽推薦などで生徒を集めても、優れたバンドが出来るというものではありません。
毎日毎日夜遅くまで練習している高校生が、大学生や仕事のある社会人よりも上手いのは当たり前のことなのです。
投稿: 雅哉 | 2009年11月11日 (水) 08時04分
四国は55回北条高校が銀
7年連続銅ではありません。
投稿: | 2009年11月22日 (日) 16時32分
四国支部は第48回(2000年)から第54回大会(2006年)まで7年連続銅賞のみです。
投稿: 雅哉 | 2009年11月22日 (日) 19時55分
初めまして。
大変興味深く読ませていただきました。
1988年に出場した沖縄県立首里高等学校のものです。
勢いのある福岡勢に負けじと、九州大会の聴衆の前で全国の演奏をしよう!と当時は精一杯演奏していました。
88年は福岡工業大学附属高等学校(華麗なる舞曲)は代表確実と思ってました。
全国大会当日は沖縄の10月には経験したことのない寒さと普門館の慣れない残響に戸惑いました。メンバーが暑さに強くて寒さに弱いことがよく分かりました(沖縄の衣替えは11月なのです)。
今聞くと恥ずかしい演奏です。
一応進学校だったため、顧問が受験勉強をおろそかにさせないように練習時間を制限していたのを覚えています。
首里高等学校の1971年、1974年のことまで記録していただき感激です。
仕事の都合で1年前までコザ高校近くに住んでいましたので頑張ってほしい気持ちはひとしおでした。
1991年から1997年まで関東在住時は後輩と全国大会を聴きに行きました。ブログの写真をみて懐かしくなりました。
ありがとうございました。
投稿: 首里 | 2009年12月21日 (月) 03時45分
首里さま、コメントありがとうございます。
1988年は首里と那覇高等学校、沖縄県が2校も九州代表に選ばれたのですね!
この年の自由曲を見ると、「ダフニスとクロエ」や「ローマの祭り」など現在もコンクールを賑わせている作品もあれば、アルフレッド・リードの「オセロ」や「ハムレット」への音楽、「春の猟犬」などを取り上げているところがあるのが興味深いです。リードは現在、コンクールで全く聴かれなくなってしまいました。流行り廃りというのは確かにあるものですね。
投稿: 雅哉 | 2009年12月21日 (月) 23時58分