NEC古楽レクチャー/バッハからブラームスへ~延原武春、大フィルとの初共演を大いに語る
大阪倶楽部で開催されたNEC古楽レクチャーを聴く。
講師は日本テレマン協会代表で、日本で初の試みとなる古楽器によるベートーヴェン・チクルスを成功させた延原武春さんと、音楽評論家でバロック・ヴァイオリン奏者でもある寺西 肇さん。タイトルが「時系列に見るドイツ音楽解釈 ~原点的アプローチと3B~」
会場にはチェンバロとフォルテピアノ(モーツァルトの時代に相当)が置かれ、高田泰治さんの演奏を交えて講演が行われた。
演奏された曲目は、
- J.S.バッハ/半音階的幻想曲とフーガ(両楽器の弾き比べあり)
- ハイドン/ピアノ・ソナタ
レクチャーの方は、まずメンゲンベルクが1939年にアムステルダムで指揮した「マタイ受難曲」のCDが掛けられる。ナチス・ドイツがオランダを侵略する直前の録音で、冒頭から聴衆の啜り泣きが聞こえると噂される伝説的演奏。とにかく現在では考えられないくらいテンポが遅い!
そしてリヒター/ミュンヘン・バッハ管弦楽団が1958年に録音した「マタイ」の歴史的名盤。これを生で聴いた延原さんの感想、「良かったけれど、長かった」リヒターは大バッハが生前カントル(音楽監督)を務めていたライプツィヒ聖トーマス教会のオルガニストだったが、ドイツが東西に分裂。社会主義統一党の支配に反発した彼はカントル就任要請を断り、西ドイツ(ミュンヘン)に活動の本拠を移したことが解説された。
続いてヨゼフ・メルティン/ウィーン室内管弦楽団のメンバーが演奏する「ブランデンブルク協奏曲」1950年の録音。なんとニコラウス・アーノンクールがチェロを、グスタフ・レオンハルト(チェンバロ奏者)がヴィオラ・ダ・ガンバを演奏している。まだモダン楽器による、穏やかな演奏である。
次にアーノンクールが50年後の2000年に、ウィーン・コンツェントゥス・ムジクス録音した古楽器による「マタイ受難曲」が流れる。テンポがメンゲンベルクの2倍くらい速く、弾むようにリズミカル。延原さんから「横の流れ(旋律)を重視するバッハ→低音からの縦系(リズム)を大切にするスタイルへの転換」というお話があった。
最後はアメリカの音楽学者ジョシュア・リフキンが、One Voice Per Part (各声楽パートを1人ずつで歌う)を提唱しそれを実践したジョン・バット指揮ダンディン・コンソート&プレーヤーズの「マタイ受難曲」 (2007年録音)が紹介された。「今の古楽は何でもあり」「チャレンジ精神でどんどんする」「一番大切なのはリーダーの方向性」という会話が交わされる。延原さんは「バッハの生きた時代、確かにOne Voice Per Partという方式で歌われたこともあるでしょうが、そればかりじゃないでしょう。僕は合唱による厚みのある響きの方が好き」と言えば、寺西さんが「そうですか、僕はこのやり方も嫌いじゃないんです。ごめんなさい」と応酬する場面もあった。
休憩を挟んでレクチャー後半は延原/日本テレマン協会がバロック音楽に取り組んできた歩みについて振り返られた。ロンドンにおけるエリオット・ガーディナーとの出会い、1983年アンナー・ビルスマ(バロック・チェリスト)との共演。古楽器演奏に取り組もうとしていた時期、クリストファー・ホグウッドからバロック・ヴァイオリンの名手サイモン・スタンデイジを紹介されたこと(1987年頃)。当初、テレマン協会内でも古楽派(A=ラの音=415Hz)とモダン派(A=440Hz)に別れていて、絶対音感を身についている奏者は半音低いバロック楽器の調弦に耐えられず、辞めていったこと等々。
クラシカル楽器によるベートーヴェンの演奏は本当は避けたかった。何故なら弦楽器はともかく、管楽器の演奏が極めて難しいから。しかし次第に気が変わってきたのはオリジナル楽器は弦と管の音が良く溶け込みバランスが良いから。モダン楽器は管が鳴りすぎる、と延原さん。
寺西さんは「スタンデイジから言われたことは『ベートーヴェンでは先弓を使いなさい』と。バロック・ボウで弓の先を使うと折れてしまう。あるいは力が伝わらないので音にムラが出来る。しかしベートーヴェンの頃からは弓が長くなり重心が中心に移動、音が平均化して鳴るようになりました」
ロジャー・ノリントンの話も登場。古楽器オーケストラであるロンドン・クラシカル・プレイヤーズを指揮していた当初、彼は"rare vibrato"(控えめのヴィブラート)と言っていたのに、いつの間にかその主張が"non-vibrato"(ヴィブラートの排除=ピュア・トーン)に変っていったこと、最近は活動の拠点をモダン・オーケストラに移行し、"non-vibrato"をドヴォルザーク、チャイコフスキー、ブルックナー、マーラーの時代にまで広げ、実践している。保守的なドイツにおいて、シュトゥットガルト放送交響楽団が彼を主席指揮者として迎え入れた事は画期的事件であったことなどが語られた。
そして9月25日に兵庫芸文で延原さんが大阪フィルハーモニー交響楽団と初共演し、ブラームス/交響曲第1番に挑戦することに話題が移る。寺西さんからブラームスの部屋にはクラヴィコードがあったという事実が紹介され、後から付け加えられた第1楽章の序奏にはバッハ、特に「マタイ受難曲」への想いがあったのではないかと指摘される。「”古楽で何かやってきた人”=延原さんが、大フィルを振るというのはエポック・メイキングなこと。今回、第2楽章では初稿の楽譜が使用されますが、これは恐らく日本初演の筈です」
延原さんによるとコンサートマスターは日本フィルハーモニー交響楽団の木野雅之さんが務められるとのこと。バッハ、ベートーヴェン、ブラームスで各々配置と編成を替える予定で、ボウイングなど色々書き込みをした楽譜を既に大フィル側に送っているそうだ。3日間のリハーサルで奏法を徹底することは不可能なので「ヴィブラートは少なめが希望なのですが、もう好きなようにして下さいと言ってあります」「ブラームスのシンフォニーに込められたバッハへの憧れ、シューマン夫妻への想いを大切にしたい」と締めくくられた。
なかなか面白い演奏会になりそうである。当日は大フィル弦楽奏者の左手(ヴィブラート)に注目!
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コメント
こんにちは、ごぶさたしています。
とても興味深いレポートをありがとうございました。
以前ベートーヴェンチクルスが終わってからのレクチャーを聴きに行って、
初心者なりにも楽しめたので(延原さんの飄々とした語り口が好きです(笑))、
こちらも気になってたんですが予定があり残念ながら行けませんでした。
おすすめいただいた今度のブラームスも、
どうしても欠席できない予定があって聴きに行けないんですが(泣)、
せめてこちらのレポートを楽しみにしています。
(ちなみに10月のいずみホールでのミサ曲には行きます)
投稿: みなみ虫 | 2009年9月21日 (月) 20時54分
みなみ虫さん、コメントありがとうございます。
大フィルと延原さんのコラボ、行かれないのですか。それはとても残念ですね。大フィルからの発表によれば、バロック・ティンパニを使用する予定だそうです。これは僕の知る限り、大フィル史上初の事件なのではないでしょうか?
当日の様子はしっかりレポートしますので、ご期待下さい。
投稿: 雅哉 | 2009年9月24日 (木) 20時39分