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2009年8月28日 (金)

桂文我/猫間川寄席(8/26)

桂文我さんが世話人を務められている玉造・猫間川寄席に足を運んだ。

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  • 桂  さん都/強情灸
  • 桂   紅雀/いらちの愛宕詣り
  • 桂   文我/莨の火
  • 笑福亭生喬/笠碁
  • 桂   文我/南瓜屋政談

猫間川寄席初登場となるさん都さん。名前の《さん=三》には重要な意味があり、「師匠の都丸が次のような大きな舞台で落語を演じられるような噺家になりなさいという願いを込めて名付けて下さいました。まず一番目が大阪・松竹座。二つ目が京都・南座。そして三つ目が……ここ、さんくすホールです!」やんややんやの大喝采。「今日でその目標の一つを達成することが出来ました」

笠碁」と「南瓜屋政談」はいずれも元々は江戸落語。「南瓜屋政談」は江戸で「唐茄子屋政談」と呼ばれ、中身は人情噺+お裁き。江戸版は柳家三三さんで、また上方版も桂文太さんにより「南京屋裁き」 という演題名で聴いたことがある。

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文我さんがマクラで師匠である故・桂枝雀さんの想い出を語られ、それがとても印象深かったのでここに書きとめておきたい。

枝雀さんは1981年のむ雀さん入門以降、長らく弟子を取っていなかった。その時期に、各地で枝雀さんの独演会があるごとにやって来た若い女性がいたそうである。毎回リュックを背負ってやって来た彼女は、熱心に弟子入り志願を繰り返した。しかし、む雀さんを最後に弟子を取らないと決めていた枝雀さんは「女のお方が上方落語をするのは大変な困難を伴いますし、上方伝統芸能にも義太夫とか女性がやれる道もございます。あんさん、どうぞ他をお探しなさい」 と言われたそうである。ある日、香川県大川郡大内町(現・東かがわ市、徳島県境に接する位置にある)の落語会にも現れた彼女に対し、枝雀さんはその言葉を繰り返した。開演を待たずに田舎の畦道をとぼとぼと肩を落として帰っていく彼女を見送りながら、枝雀さんは文我さんにポツリとこう言ったそうだ。「今度あのお方が来たら、弟子に取ろう。仕方がない、ここまで追いかけて来たんだから」……しかし、その日を最後に彼女は二度と現れなかった。

それからしばらくして紅雀さん(滋賀県出身)が青森県・弘前市の落語会に現れ入門志願し、1995年にそれが認められることになる。枝雀さんにとって14年ぶりの、そして最後の弟子となった。弘前で紅雀さんの顔を見た瞬間、文我さんは「うちの師匠は彼を弟子を取るだろう」と直感したそうである。

まこと縁(えにし)とは人智の及ばぬ摩訶不思議なものであり、運命の女神は時として残酷であることを実感させるエピソードである。

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