おかえり、ミッキー・ローク/映画「レスラー」
評価:B
この映画は、ミッキー・ロークという役者の生き様を知っているかどうかで大きく評価が変わってくるだろう。
ロークは1980年代、映画「イヤー・オブ・ザ・ドラゴン」「ナインハーフ」「エンゼル・ハート」などに出演し、セックス・シンボルとして一時代を築い た。しかし90年代に入り彼は凋落する。1992年6月23日ボクシングの試合のため来日し、両国国技館でたった1ラウンド2分8秒でKO勝ちを収めたが、これは《猫パンチ》の八百長試合であると散々叩かれた。そしてその後の暴力事件、整形手術と肉体の崩れ。彼は家庭も、金も、キャリアも全てを失っ た。落ち目の時、仕事を探していた彼のエージェントはあるハリウッドのスタジオからこう言われたそうだ。「ミッキー・ロークはいい役者だけど、自分でチャ ンスを全て台無しにしちゃっただろ?」
映画「レスラー」の撮影前に、ダーレン・アロノフスキー監督は彼に言った。「いいかい、これからは僕が言うとおりにやってもらう。時間厳守、クラブなどでの夜遊び禁止。スタッフの前で僕に対して絶対に不遜な態度をとらないこと。これが守れたらギャラを払うから」その言葉に対してロークはこう思ったそうだ。「コイツ、なかなかやるじゃないか」
そしてその結果、ヴェネチア国際映画祭金獅子賞、ゴールデン・グローブ賞で主演男優賞を受賞。アカデミー賞でも主演男優賞にノミネートされた。ミッキー・ロークは見事カムバックを果たしたのだ。
映画の主人公は明らかに、ミッキー・ロークの人生そのものを彷彿とさせるキャラクター設定になっている。かつての栄光。それから20年が経って、老い、肉体の衰え、孤独。そして人生のどん底からの再起。映画の観客はボロボロになった主人公を一生懸命応援し、そしてそれを演じるロークの復活を心から祝福する。そういう二重構造になっているのである。
ストリッパーを演じたマリサ・トメイ(アカデミー助演女優賞ノミネート)がいい。現在44歳。彼女もまた、老いた肉体に悩む役柄を等身大で巧みに演じ切った。
ロークとトメイが酒場で、「80年代は最高だった。90年代はクソ喰らえ!」と叫ぶ場面は、とても実感がこもっていて身に沁みた。
アロノフスキー監督の演出は基本的に近接のバスト・ショットで登場人物を追い、レスリングの場面では肉体の軋みを肌で感じるくらいの迫力があった。スクリーンを見つめながらこれ程までにヒリヒリした痛みを覚えるという体験は滅多にないことである。16mmフィルムで撮影したドキュメンタリー・タッチのザラザラした質感も、この映画に相応しい(通常は35mmを使用する)。
ただ、ゴールデン・グローブ主題歌賞を受賞したブルース・スプリングスティーンの歌はいただけない。1993年にアカデミー歌曲賞を受賞した映画「フィラデルフィア」の"Streets of Philadelphia"と曲調が全く同じなのだ。永遠の自己模倣。こんなくだらない曲をアカデミー賞にノミネートしなかった米映画芸術科学アカデミーの見識を僕は支持する。ゴールデン・グローブ賞はハリウッド外国人映画記者協会会員の投票で決まる。つまり彼らは音楽に関して《ずぶの素人》なのである。
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