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2009年7月

らぶりぃ寄席/桂雀々 三番勝負 その2

河内長野市Lovery Hallで桂雀々さんの口演を聴く。前回の感想はこちら

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今回の演目は、

  • 桂 優々/東の旅発端
  • すずめ家すずめ/犬の目
  • 桂 雀々/舟弁慶
  • すずめ家ちゅん助/阿弥陀池
  • 桂 雀々/疝気(せんき)の虫

優々(ゆうゆう)さんは雀々さんのお弟子さんで、今年4月に入門。7月26日に動楽亭で開催された「桂雀々 夏の噺を聴く会」で初舞台を踏んだばかり。そのときの演目は「子ほめ」だったそう。若干トチった箇所もあったが直ぐ立ち直り、しっかりした声で堂々たる高座だった。初々しくてなかなか良かった。ただ上下(かみしも)を振った時、視点が定まっていないのが少々気になった。それは今後の課題だろう。長いこれからの噺家人生、頑張って下さい!

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舟弁慶」のマクラで雀々さんは沖縄の離島、小浜島の落語会に呼ばれたときのエピソードを披露。ホテルの窓を開けっ放しにして翌日の落語会打ち合わせに出かけた雀々さん。戻ってくると、(ハブを食べてくれるので)島で放し飼いにされている孔雀がいつの間にか室内に!その孔雀は「Meco…」を連呼しながら逃げ回り、仕舞にはベッドの上で羽を広げ雀々さんを威嚇したとか。その形態模写に会場は大爆笑。「雀々の部屋が孔雀の間になってしまいました」いやぁ、実に愉快でした。雀々さんの魅力は畳み掛ける語り口(リズム感)と、そのダイナミックな動作にあると言えるだろう。

疝気の虫」は恐らく上方で雀々さんくらいしかされないネタ。馬鹿馬鹿しい噺だがなんともユーモラスで、登場する虫が愛おしい。「別荘…、別荘…?」とキョロキョロ辺りを探しながら雀々さんが立ち上がり、客席を抜けて退場する幕切れも新鮮である。

なお、「疝気の虫」には堺名物・大寺餅が登場するが、どんなお菓子かは→こちら!与謝野晶子も大好物だったとか。一度、食べてみよう。

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次回は11月27日に予定されている。

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大植英次/大フィルのサン=サーンス「オルガン付き」

ザ・シンフォニーホールで大植英次/大阪フィルハーモニー交響楽団(コンサートマスター:長原幸太)の定期演奏会、二日目を聴いた。それにしても今年になってから、もうひとりのコンサートマスター:梅沢さんの姿を全くお見かけしないが、どうされたのだろう?

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曲目は、

  • パガニーニ/ヴァイオリン協奏曲 第1番
  • サン=サーンス/交響曲 第3番 「オルガン付」

ヴァイオリン独奏はハンガリー・ブダペスト生まれのクリストフ・バラーティ、オルガンは室住素子さんが担当された。

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定期一日目を聴いた人たちがブログでバラーティのことを「超絶技巧」と絶賛していたので期待していたのだが、全然大したことなくてがっかりした。力強さに欠け、演奏に芯がない。(テクニックの欠如を隠すためか)終始ゆっくりめに弾き、腑抜けた印象を受けた(コンチェルトの場合、テンポに関しては指揮者よりもソリストの意向が尊重される。その有名な例がグレン・グールドとバーンスタインが共演した例の事件である。詳細は→こちら)。パガニーニは、もっとデモーニッシュに弾いてくれなくちゃ!

生前のパガニーニを聴いた人は「彼の演奏技術は悪魔に魂を売り渡した代償として手に入れたものだ」と噂し、パガニーニの死後は教会から埋葬を一時拒否され、その遺体は各地を転転とする羽目になったという。

だからこのコンチェルトは速いパッセージのダブルストップ(重音奏法)、二重フラジオレット(弦楽器で倍音を出す演奏技巧)、スピカート奏法(弓を叩くように強く弾ませる)など難易度の高い技法が多々登場するが、肝心の箇所でバラーティのテンポが落ちてしまう。この傾向は下手な奏者にありがちなこと。フラジオレットの高音域も掠れ、まともな音になっていない。

一応僕の勘違いでないことを確かめるために、帰宅してから庄司紗矢香さんがパガニーニ国際コンクールに史上最年少(16歳)で優勝した翌年、ドイツ・グラモフォンにレコーディングした同じ協奏曲 第1番のCDを聴いてみた。明らかに17歳の庄司さんの方が今日聴いたバラーティより上手い。その差は歴然としている。所詮、彼はロン=ティボー国際コンクールで2位にしかなれなかった(この年の1位はベルリン・フィルのコンサートマスターに内定した樫本大進さん)2流のヴァイオリニストに過ぎないのだなと得心した次第である。

バラーティのアンコールは、

  • イザイ/無伴奏ヴァイオリンソナタ 第2番より第1楽章
  • J.S.バッハ/無伴奏ヴァイオリン・パルティータ 第2番よりサラバンド

イザイは今年ヒラリー・ハーンの演奏を生で聴いたが、如何に彼女が奏でるフラジオレットの高音部が美しかったかを今日改めて思い知らされた。

バッハはヴィブラートを多用しすぎで下品。こんなお粗末なバッハ、久しぶりに聴いた。ある意味希少価値かも。

一方、プログラム後半のシンフォニーはしなやかで緊張感にも溢れ、素晴らしかった!

サン=サーンスは1853年から1858年までサンメリー教会のオルガニストとなり、1858年から1877年まではパリ・マドレーヌ教会のオルガニストとして活躍した(後任はフォーレ)。つまり、足かけ20年以上も教会に勤めていたことになる。

交響曲第3番は1886年に作曲された。第1楽章の序奏がワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」(1865年初演)を彷彿とさせるのは偶然ではないだろう。実際、サン=サーンスはワーグナーと交流があったそうだ。

この曲は2楽章形式で、どちらの楽章も《第1部》と《第2部》に分かれている。第1楽章も第2楽章も《第1部》は劇的で、仄暗い弦の音色が魅力的。一方、オルガンが初めて登場する第1楽章の《第2部》はオーケストラの奏でる和音がコラール(賛美歌)風で、どことなくエルガー/エニグマ変奏曲に通じる響きもある。調べてみるとエルガーの父親は聖ジョージ・カトリック教会のオルガニストだったそうだ。そう、つまりこの《第2部》は紛れもなく《教会音楽》なのだ!

第2楽章もオルガンが加わるのは《第2部》からで、荘厳なフーガやカノンといった《教会音楽》が展開される。つまり、いずれも《第1部》が世俗の苦悩とか情熱を描き、《第2部》は神の栄光を讃える展開となっている。そのコントラストが鮮明な名演であった。やっぱり大植さんは、19世紀以降のこういう曲を振らせると絶品である。

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真夏の夜の怖い映画10選+α/Top 10 Horror & Thriller Films

昨年は「夏の映画、夏の音楽」という記事を書いて、好評を博した。今年はシリーズ第2弾(?)として夏だからやっぱり怪談、恐怖映画を特集してみよう。トップテンに収まりきらなかったので、若干多めにご紹介。

  1. サイコ(1960)
  2. 恐怖の振り子(1961)
  3. 羊たちの沈黙(1991)
  4. ザ・フライ(1986)
  5. セブン(1995)
  6. エイリアン(1979)
  7. フランケンシュタインの花嫁(1935)
  8. スウィーニー・トッド フリート街の悪魔の理髪師(2007)
  9. 白い肌に狂う鞭(1963)
  10. 呪怨(1999、東映Vシネマ版)
  11. リング(1998)
  12. 箪笥(2003)
  13. ジョーズ(1975)
  14. 怪猫有馬御殿(1953)
  15. 血を吸う薔薇(1974)

サイコ
Psycho
ヒッチコックの編集術の凄さは映画の教科書として使用される程。特に有名な”シャワー・シーン”のモンタージュで注目すべきは、ナイフが体に刺さっているショットが全くないこと。それでも観客はヒロインがメッタ刺しにされていると錯覚されるように巧みに編集されている。またソウル・バスによる斬新なタイトルデザイン(バスは”シャワー・シーン”の絵コンテも担当)、バーナード・ハーマンが作曲した弦楽器だけによる恐怖の音楽も圧巻である。

恐怖の振り子
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ロジャー・コーマン監督によるエドガー・アラン・ポー原作シリーズ。最後に登場する振り子の大きさに度肝を抜かれる。バーバラ・スティールの美しさも忘れがたい。主演は怪奇映画の帝王、ヴィンセント・プライス。ポー&コーマン&プライスによる「アッシャー家の惨劇」も傑作。プライスはマイケル・ジャクソンの「スリラー」でナレーションを担当している。また彼はティム・バートン監督が敬愛してやまない役者であり、処女作「ヴィンセント」とはずばり彼のこと(こちらも自らナレーションを担当)。「シザーハンズ」ではマッドサイエンティストを演じた。

羊たちの沈黙
Lamb
一応これはミステリーなのだけれど、兎に角ハンニバル・レクターのキャラクターが強烈で一度観たら一生忘れることが出来ない。愛聴曲はグレン・グールドが弾くバッハ/ゴルトベルク変奏曲というのも怖い。レクター博士を演じたアンソニー・ホプキンスがアカデミー主演男優賞に輝いたのも大納得である。アカデミー作品賞・主演女優賞(ジョディ・フォスター)・監督賞・脚色賞も受賞。

ザ・フライ
僕は本作こそデヴィッド・クローネンバーグ監督の最高傑作だと想う。その切なさが良い。実はこれ、リメイクでオリジナルはヴィンセント・プライス主演「蝿男の恐怖」(1958)。また、クローネンバーグなら「ビデオ・ドローム」(1982)も素晴らしい。
Videodrome
ビデオを観ることの恐怖を体験するという意味で「リング」に通じるものがある。

セブンSe7en
想像を絶する戦慄のラスト。ケヴィン・スペイシーの静けさが不気味だ。それにしても、この頃のグアネス・パルトロウは地味で目立たない存在だった。まさかオスカー女優になろうとは!この映画がきっかけで彼女はブラッド・ピットと恋に落ちるのだが……。同じデヴィッド・フィンチャー監督の「ゾディアック」(2007)も現代の闇を描き秀逸。

エイリアン
SFホラーの傑作。リドリー・スコット監督のスタイリッシュで研ぎ澄まされた映像が光る。クライマックスでハワード・ハンソンが作曲した交響曲 第2番「ロマンティック」が高らかに鳴り響くのに注目!また、ジェームズ・キャメロンが監督した「エイリアン2」も名作なのだが、あちらは《戦争映画》と呼ぶべきだろう。

フランケンシュタインの花嫁
Bride_of_frankenstein
シリーズ一作目「フランケンシュタイン」よりこちらの方が浪漫的、濃密な雰囲気があって僕は好きだ。フランツ・ワックスマンの音楽も絶品。ちなみに、本作を監督したジェイムズ・ホエールの晩年を描く映画が「ゴッド・アンド・モンスター」(1998)で、イアン・マッケラン(「ロード・オブ・ザ・リング」の”ガンダルフ”)が演じた。

スウィーニー・トッド フリート街の悪魔の理髪師
Sweeney
詳しいレビューはこちらに書いた。「スウィーニー・トッド/狂気のビブラート」という記事も併せてご覧下さい。グラン・ギニョール(Grand Guignol=「荒唐無稽な」「なまぐさい」芝居)の傑作。ただし血しぶき(splatter)が苦手は人にはお勧めしない。

白い肌に狂う鞭
Whip
血とバラ」(1960)に並ぶ、耽美的恐怖映画の傑作。いまや「スター・ウォーズ」の”ドゥークー伯爵”や「ロード・オブ・ザ・リング」の”サルマン”として有名なクリストファー・リーの代表作。サディスティックなドラキュラ役者としての面目躍如!監督はホラー界の巨匠マリオ・バーヴァ(ジョン・M・オールドという名前でクレジットされることもある)。バーバラ・スティールが主演した「血ぬられた墓標」(1960)も印象深い。

呪怨
Juon
まず東映Vシネマ版が世間を震撼させ、その後”伽椰子”と”俊雄”くんは増殖し続けた。映画版が2本出来て、そしてハリウッド版も2本。さらに……。しかし怖さという点で、やはりオリジナル版がNO.1である。映画の中では日本版「呪怨2」が一押し。

リング
The_ring
我が郷里、岡山出身の中田秀夫監督が脚本家・高橋洋氏と組んだ、心底震え上がらせられる戦慄の映画。これから派生して「らせん」「リング2」そしてハリウッド版も2本製作された。でもやはり、第1作にとどめを刺す。中田監督のホラーとしては「女優霊」、「仄暗い水の底から」も優れている。「仄暗い水の底から」はハリウッドで「ダーク・ウォーター」というタイトルでリメイクされた。こちらの出来も良い。

箪笥
Tansu
韓国ホラーの代表作。美しくも哀しい物語。美少女ムン・グニョンがブレイクする切っ掛けとなった。現在、ハリウッドでリメイク企画が進行中。

ジョーズ
Jaws
本作をホラーのジャンルに入れるかどうかについては当然異論もあろう。しかし、《見えないものの恐怖》をこれ程まで巧みに演出した映画を僕は他に知らない。スティーブン・スピルバーグが撮ったテレビ映画「激突」(1971)も、同様の意味においてホラーである。

怪猫有馬御殿
入江たか子さん主演による《化け猫映画》の代表作。大林宣彦監督の「HOUSE ハウス」(1977)や「麗猫伝説」(1983)は本作へのオマージュである。ちなみに「麗猫伝説」はたか子さんと入江若葉さんが母娘共演をしている。

血を吸う薔薇
Blood
日本最高のドラキュラ役者、岸田 森からはこの一本。ポスターはおどろおどろしいが、映画の中身はそれ程じゃありません。岸田 森なら是非、怪奇大作戦 第25話「京都買います」も観てね!

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仲道郁代/ショパン 鍵盤のミステリー 第1回「天才誕生」

兵庫県立芸術文化センターで仲道郁代さんによるオール・ショパン・プログラムを聴く。4回シリーズで今回は第1回目。

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  • 幻想即興曲
  • ポロネーズ ト短調 (ショパン7歳、最初の作品)
  • ノクターン レント・コン・グラン・エスプレッシオーネ
  • 12のエチュード 作品10より「革命」
  •  〃 「別れの曲」
  • アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ
  • バラード 第1番 ト短調
  • 12のエチュード 作品25より第1番「エオリアンハープ」
  • 2つのポロネーズ 作品26より第1番
  • スケルツォ 第2番 変ロ短調

仲道さんのお話を交えてのコンサートだった。スライドも使用され、ショパンの生家、肖像画、自筆楽譜などが映し出され、またショパンの手紙が読み上げられたりと、その生涯を辿りながら多面的に作曲家を読み(聴き)解く構成となっており、レクチャーと呼んでも良い濃密な内容だった。仲道さんのピアノも強靭な小指を駆使して全ての音が均一にキラキラ輝き、申し分ない。ミス・タッチは皆無。(休憩20分をはさみ)素晴らしい2時間半を過ごした。

A席3,000円、B席1,000円という安価な価格設定も実に魅力的。ビバ!兵庫芸文。大ホール(2,001席)は勿論、満席。文化事業に関して、大阪が兵庫から学ぶべきことは多い。

別れの曲」を聴きながら、僕の脳裏に即座に蘇るのは大林宣彦監督の名作「さびしんぼう」(1985年、「キネマ旬報」読者選出ベストワン、第2回おおさか映画祭・作品賞 受賞)である。どこか懐かしい尾道の風景、夕焼けに映える海を行き交うフェリー、富田靖子と自転車、そして全編に流れる「別れの曲」(エンディングで富田靖子が唄う主題歌の旋律も「別れの曲」である)。この作品ほど、ショパンの音楽が持つ叙情、魂の震えを巧みに掬い上げた映画を僕は他に知らない。

ひとがひとを恋うるとき、ひとは誰でもさびしんぼうになる

さびしんぼう」の熱烈なファンサイトをご紹介しておこう→こちら

また、練習曲「エオリアンハープ」(シューマンが命名したらしい)は大林監督が同じく尾道でロケした「彼のオートバイ、彼女の島」(1986年、ヨコハマ映画祭ベストテン第3位)に登場する。これは後に「ミナミの帝王」でブレイクする竹内 力の映画デビュー作。竹内演じるバイク乗りの好青年が自分のアパートで聴いているのが「エオリアンハープ」なのである。心に残る素敵な青春映画であった。

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アンコールで演奏された前奏曲 第7番で想い出すのは中原 俊監督の映画「櫻の園」(1990年、「キネマ旬報」ベストワン、監督賞、脚本賞 受賞)。この美しくも、儚く切ない名作の全編を彩るのがフェデリコ・モンポウ(スペイン)/「ショパンの主題による変奏曲」(ピアノ独奏:熊本マリ)。その《ショパンの主題》こそ、前奏曲 第7番のことなのだ。

そんな映画の夢に浸りながら、仲道さんのピアノにうっとり耳を傾けた。

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次回は来年3月6日(土)。もう既にチケットは半分以上売れているそうである。未購入の人は急げ!

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みのお茶寮

大阪府・箕面市にある「みのお茶寮」(公式サイトはこちら)で夕食をいただいた。

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ここは神社へ至る道すがらにある。

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まずは梅酒と先付。鮑や雲丹、海老などの上にジュレをかけた爽やかな一品。

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秋刀魚寿司と、早松茸などが入ったオクラのすり流し。柔らかく握られたシャリに、とろりと油ののった秋刀魚。その後にさっぱりとした碗が嬉しい。

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造りも丁寧。船に乗ってくるところが涼やかだ。

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八寸。この自家製からすみが良かった。また、ドラゴンフルーツの田楽など面白い料理があって飽きず、日本酒が進む。ドラゴンフルーツはそう好きな果物ではないが、つぼみの田楽は食感が新鮮だった。竹筒に入った冷たいスープは喉をすーっと通り、心地よい口当たりが余韻を残す。

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和牛と魳の炭焼き。部屋に炭を持ち込んで焼いてくれる。煙がもうもうと立ちこめて、なんだか可笑しかった。

花山椒を添えられた和牛の焼きあがりはミディアムで、サシは多いがそこまで脂っこくはなかった。

魳は酒盗の風味がよく効いていて、香りもいい。
量もたっぷりで、この辺りから段々お腹がいっぱいになってきた。

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天然鰻の白焼き。ちり酢がいい。鰻は臭みもなく、しっとりもっちり。

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鱧の小鍋。玉ねぎのせいか甘めのお出汁。

この後、土鍋のご飯、だし巻き卵、おつけもの、赤だしが出され、フルーツが出た後、抹茶を点ててくれた。

大阪市内の和食に比べてどうなのかなと不安もあったが、とても美味しかったしコストパフォーマンスも抜群だった。是非また寄りたいなと後ろ髪を引かれつつ、帰途に就いた。

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月亭八方 IN 月亭会(7/24)

大阪・阿倍野区文の里のアークカルチャースタジオで開催された「第11回 月亭会」に足を運ぶ。

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  • 月亭八方/ごあいさつ
  • 月亭八斗/色事根問
  • 月亭遊方/オオサカ・シネマロケンロール(遊方 作)
  • 月亭八方/鉄砲勇助
  • 月亭八天/仔猫

昨年、還暦を迎えた八方さんはここ一、二年で落語に目覚めたというお話をされた。若い頃は漫才の人たちからゴルフやマージャンに誘われたり、横山ノックさんから食事に誘われたりと稽古をする暇もなかったが、最近周りの人々が年を取ったり亡くなったりと「休日にせんならん用事がなくなったんですわ」

八斗さんはこの5/31に初舞台を踏んだばかり。そのときと同じ「色事根問」で良いからやりなさいと八方さんに言われたそう。なかなか声が通り、元気良い高座だった。

遊方さんはいつものハイ・テンションで会場が大いに盛り上がる。

再び登場した八方さん。新型インフルエンザが関西で大流行した5月、北海道に仕事で往ったときの話から。携帯電話に奥さんからの電話。「お菓子のお土産はいらんから、マスク買ってきて」「分かった」ここで八方さんはマスク・メロンと勘違い。「買えるだけ買ってきてよ!」「ああ…」高価なマスク・メロンをそんなに沢山買えるわけないじゃないかと考えながらも、邪魔くさいので適当に返事して電話を切る。結局メロンを1個だけ買って帰った八方さん。それを見た奥さんは一言、「あんたはアホか」

そして北海道で地元の人から聞いた話に続く。5月の札幌では皆セーターを着ているが、「山の上の、もっと北の方はこことは比べものにならないくらい寒い。あちらでは声も凍るんですよ」「火事も凍ってしまいます」と、法螺を吹く男の噺「鉄砲勇助」に。つまり後から振り返ってみると、マスク・メロンのエピソードから既に「鉄砲勇助」の世界に入っていたのだとも解釈でき、マクラと本編の境界がはっきり分からない摩訶不思議な高座であった。上手いっ!

八天さんも素晴らしかった。滑舌がよく、トーン・コントロール(音の高低を調整すること)により登場人物を巧みに演じ分け、凄みさえ感じる一席。

総じて月亭の底力を見せつけた、真に聴き応えのある夏の夜であった。

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桂よね吉/夏の噺 IN 繁昌亭昼席(7/23)

天満天神繁昌亭で昼席を聴く。ミスト・シャワーも降り注ぎ、今や夏本番。

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  • 林家  染太/もぎとり
  • 林家  竹丸/立候補(桂三枝 作)
  • 露の  吉次/持参金
  • 笑福亭笑子/腹話術
  • 桂    文昇/悋気の独楽
  • 桂    都丸/阿弥陀池
  • 旭堂    南海/講談・山内一豊(とその妻、千代)
  • 笑福亭学光/荒大名の茶の湯(荒茶)
  • 桂   よね吉/遊山船
  • 桂   雀三郎/帰り俥(小佐田定雄 作)

笑子さんの出囃子がビートルズの「イエロー・サブマリン」だったのが可笑しかった(彼女は師匠の鶴笑さんと共にロンドンを拠点に活動していた)。以前観た時よりも客の心を上手くつかみ、ショーとしてのエンターテイメント性を増したように想われる。

文昇さんは「悋気の独楽」に登場する女中・お竹の描き方が濃くて笑った。

帰り俥」を聴くのはこれが2回目。やはり作品の出来が芳しくないと想った。人力車が目的地に着くたびに、さらに遠くへ往ってほしいと依頼が舞い込むのだが、ワン・パターンで仕舞にダレてくる。この繰り返しが有効なのは、いくらなんでも3回までが限度だろう。雀三郎さんの師匠である枝雀さんの《緊張の緩和》理論で説明するなら、後半は《緩和》ばかりで「次は何が起こるのかな?」という《緊張》が乏しい噺になってしまっている。それから雀三郎さんの高座は人力車のスピード感がないのが致命的。

よね吉さんは華のある磨かれた高座で絶品だった。ただ彼は大阪で独演会をしてくれないので、それがとても残念だ(東京では何度か行われている)。入門が一年早い兄弟子・吉弥さんは数ヶ月に一度「新・お仕事です」を繁昌亭でされているのだし、そろそろよね吉さんもフルスロットルで突っ走っても良い頃なのでは?

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ヤナーチェク/シンフォニエッタ~吹奏楽コンクールの話題あれこれ

村上春樹さんの7年ぶりの新作小説「1Q84」がベストセラーになっている。それに伴い小説に登場するヤナーチェク/シンフォニエッタのCDが売れに売れ、現在入手困難らしい。女性の主人公"青豆"がタクシーの中でたまたま耳にするのが、ジョージ・セル指揮クリーヴランド管弦楽団によるこの曲という設定になっている。さらにもうひとりの主人公、"天吾"はシンフォニエッタをティンパニ奏者として吹奏楽コンクールで演奏したというエピソードも出てくる。

そのシンフォニエッタを8月10日に開催される大阪府吹奏楽コンクールで早稲田摂陵高等学校(昨年までは向陽台高等学校)ウィンドバンドが演奏するそうだ。

また昨年、全日本吹奏楽コンクールでクロード・T・スミス/「フェスティバル・バリエーションズ」を演奏し、大センセーションを巻き起こした藤重佳久/精華女子高等学校吹奏楽部は今年のコンクールで同じスミス「華麗なる舞曲」を取り上げている(既に7/19に福岡吹奏楽コンクールは終了し、順当に代表に選ばれている)。この「華麗なる舞曲」は1992年に宮本輝紀/洛南高等学校吹奏楽部が全日本吹奏楽コンクールで演奏し、伝説的名演として名を轟かせているだけに、果たして精華女子はかつての洛南を超えられるのか?今から目が離せない。

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大阪桐蔭高校吹奏楽部・大阪市音楽団/さわやかサマーコンサート

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7月20日「海の日」、大阪市中央体育館で開催された「さわやかサマーコンサート」を聴いた。

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最初は大阪市立市岡中学校吹奏楽部の演奏(昨年、関西吹奏楽コンクール金賞)。指揮は下田 泰先生。

カールマン/喜歌劇「チャルダッシュの女王」セレクションが洗練されたアレンジ(鈴木英史 編)で良かった。中学生にはオペレッタがよく似合う。8月の吹奏楽コンクール自由曲として準備しているのであろう、順調な仕上がりであった。

清風高等学校新体操部などの演技の後、プログラム後半に大阪桐蔭高等学校吹奏楽部が登場した。

2007年、創部2年目で全日本吹奏楽コンクール出場(銀賞)を果たした大阪桐蔭は、昨年の関西大会では惜しくもダメ金(金賞は受賞するも、全国大会出場権は得られず)だった。その代わり全日本マーチングコンテストには初出場し、銀賞を受賞している。

昨年は野球部が甲子園で優勝し、その応援にかり出されたという不運(?)もあった(決勝戦が8月18日、関西吹奏楽コンクールが28日)。

梅田隆司先生は今年こそはという想いでコンクールに臨まれることであろう。

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曲目は、

  • 世俗カンタータ「カルミナ・ブラーナ」より
  • マーチング2千3×3(つのオレンジへの恋・角帽子・つの奇跡)
  • ルーキーズ・コレクション
  • ジャパニーズグラフティー 〜嵐メドレー〜
  • 東京ブギウギ

カルミナ・ブラーナ」は組曲としてアレンジされており、かの有名な「おお、運命の女神よ( O Fortuna)」は最後に持ってこられていた。編曲者はプログラムに記載がなく不明(ちなみに全日本吹奏楽コンクールで過去にこの曲を取り上げたのは21団体。その全てがジョン・クランス編曲版である)。演奏時間8分。丁度、コンクール自由曲を想定した長さである。これのみ、コンクール出場メンバーと想われる人数で演奏され、他の曲は161人の部員全員が参加した。

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兎に角、金管の輝かしい音色が素晴らしかった。ソロを担当した生徒もみな上手く、さすが吹奏楽コースのある私立高校だと感心した(桐蔭の教育システムを紹介した記事はこちら)。楽器もどれも新品で眩しいくらい。

ただ表面的には美しい演奏なのだが、指揮者の資質によるものか音楽に個性が薄く、余り印象に残らない。「東京ブギウギ」ももっとリズミカルで、音楽の愉しさが欲しい気がした。

昨年、全日本吹奏楽コンクールで金賞を受賞した明浄学院高等学校(大阪代表)が三出休みなので、今年は桐蔭にも大いにチャンスがある。そして昨年の関西大会を聴く限り、恐らく強力なライバルとなるのは伊勢敏之/四條畷学園高等学校であろうと僕は考える。ちなみに四條畷の自由曲は中橋愛生/「閾下の桜樹ー吹奏楽のための」だそうだ。伊勢さんは創価学会関西吹奏楽団を指揮し、同じ作曲家の吹奏楽のための祝典序曲「科戸の鵲巣」で全国大会金賞を受賞している。

さて、桐蔭に続いて大阪市音楽団の演奏があった。

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  • 海の歌(R.ヴォーン=ウィリアムズ)
  • 海の歌(R.ミッチェル)
  • 天地人〜オープニング・テーマ(杉本幸一 編)
  • コラール・ブルー〜沖縄民謡「谷茶前の主題による交響的印象〜(真島俊夫)
  • クラシック・デューク(コットン・テイル〜ソフィスティケイテッド・レディ〜スウィングしなけりゃ意味ないね)(P.マーサ 編)
  • マシュ・ケ・ナダ(M.ブラウン 編)
  • ジャングル・ファンタジー(岩井直溥 編)
  • Time To Say Goodbye(山下国俊 編)
  • リトル・マーメイド・メドレー(星出尚志 編)

「海の日」にちなんで、2人の作曲家による「海の歌」 という選曲が面白かった。スケールが大きく、ロマンティックなミッチェルが秀逸だった。また「天地人」は意外と吹奏楽に合っていた。

真島さんのオリジナル曲はユニークで良かったし、デューク・エリントンのJAZZやボサノバの「マシュ・ケ・ナダ」もノリが良く聴き応えがあった。

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ハープの貴公子メストレ登場!PACオケ定期

兵庫芸術文化センター管弦楽団(PACオケ)の定期演奏会を聴く。指揮台に立ったのは1967年フィンランド出身のハンヌ・リントゥ

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  • チャイコフスキー/幻想序曲《ロメオとジュリエット》
  • グリエール/ハープ協奏曲
  • シベリウス/交響曲第5番

前半2曲がロシア(ソヴィエト)の作曲家、後半がフィンランドの作曲家というプログラムであった。

フィンランドはロシアと国境を接しており、1809年〜1917年の間ロシアに支配されていた。また、フィンランドの首都ヘルシンキは北緯60度に位置する。これはロシアのサンクトペテルブルクとほぼ同じである。

独奏は25歳でウィーン・フィルのソロ・ハーピストに就任したグザヴィエ・ドゥ・メストレ(フランスのトゥーロン生まれ)。男性的な力強い弾き方で、演奏に切れがある。僕がハープに抱くイメージを一新するくらい、鮮烈な印象を受けた。

メストレのアンコールは、

  • パリシュ=アルバース/マンドリン

アルバース(1808-1849)はイギリスに生まれ、ウィーンで活躍したハーピスト兼、作曲家。ドレスデンで彼のコンサートを聴いたベルリオーズは「この男は"ハープ界のリスト"だ」「魔術師だ」と絶賛している。

さてリントゥの指揮だが、若いメンバーが多く、ともすると軽薄な演奏になりがちなPACの弦楽器からロシア的な仄暗い音色と、粘りのあるボウイングを引き出した手腕はさすがであった。正に《凍てついた大地》を感じさせる演奏で、PACがこれだけ高いレベルの演奏をしたことは未だ嘗てないと断言出来る。まあホルンは相変わらず肝心の所で音を外していたが、これは関西のオケ全てに共通する弱点なので目を瞑ろう。

《ロメオとジュリエット》は以前、佐渡 裕/PACオケでも聴いたが、同じ曲とは到底信じられないくらい充実した響きが今回はした。緩急のコントラストが鮮明で、モンタギュー家vs.キャピュレット家の確執を描く場面では、畳み掛ける激情の音楽が展開され圧巻だった。

シベリウスの第5シンフォニーが終わり、チューバ奏者が入ってきた瞬間、僕はアンコールが何かを悟った。

  • シベリウス/交響詩「フィンランディア」

序奏はロシアの圧政に苦しむ民衆の呻き。金管の重苦しい響きがずしんと腹にくる(かつて帝政ロシア政府はこの曲を演奏禁止にした)。そして曲は短調から長調に転調し、アレグロの主部へ。輝かしい勝利の歌、そして清浄な《フィンランディア讃歌》。リントゥは今まで聴いたこともないような速いテンポでオケを煽り、熱狂のうちにタクトを下ろした。それはある意味、《爆演》と言っても良いものだった。

物凄い演奏会であった。是非リントゥには、近いうちにPACの指揮台に再び上がって欲しいと切実に想う。

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映画「ハリー・ポッターと謎のプリンス」

評価:B

原題は"HARRY POTTER AND THE HALF-BLOOD PRINCE"つまり、「ハリー・ポッターと混血の王子」。しかし混血が差別用語に当たるとして日本では差し替えになった。

ディズニーの"THE HUNCHBACK OF NOTRE DAME"(ノートルダムのせむし男)が「ノートルダムの鐘」に変更された事例と同様である。「言葉狩り」というのは何と空しいことか……。

前作「ハリーポッターと不死鳥の騎士団」のレビューはこちら

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「不死鳥の騎士団」で劇映画デビューを果たしたデヴィッド・イェーツはしっかり独自のスタイルを持つディレクターである。特に俯瞰ショットの使い方が上手い。本作ではハリーとロン、ハーマイオニーが再会する時に意表を突く仰角ショットを用いて、とても印象的な場面に仕上げている。

原作は2巻に及ぶ長尺だが、映画脚色のプロセスですっきり枝葉を刈り、大変分かり易い。

シリーズで最も出来が悪かったのがマイク・ニューウェルが監督した「炎のゴブレット」だが、イェーツが監督に抜擢されてから完全に復調した。シリーズ最高作は間違いなくアルフォンソ・キュアロン監督の美意識が隅々まで透徹した「アズカバンの囚人」。その次に来るのが「不死鳥の騎士団」と、この「謎のプリンス」と言って良いだろう。

"ハーマイオニー・グレンジャー"役のエマ・ワトソンは本当に綺麗な娘に成長した。彼女の起用は大成功であろう。それからイヴァナ・リンチ演じる《学園の不思議ちゃん》こと"ルーナ・ラブグッド"が、いい味出している。

中でも秀逸なのが《悪い魔女》ベラトリックスを演じるヘレナ・ボナム=カーター。正にはまり役。彼女がデビューしたての「眺めのいい部屋」(1985)の頃は普通の女優さんだったが、ティム・バートンと交際するようになって演じる役柄が変わってきた(大体、ふたりの最初のコラボレーションが「猿の惑星」だからね!)ミュージカル映画「スウィーニー・トッド」の"ミセス・ラヴェット"なんか最高だった。ティム・バートン最新作「アリス・イン・ワンダーランド」では"赤の女王"役。写真はこちら!こちらもまたまた愉しみである。

さて、シリーズ最終作「ハリー・ポッターと死の秘宝」は2部作として公開される。デヴィッド・イェーツが監督を続投し、現在撮影中。音楽は是非ジョン・ウィリアムズに復帰してもらい、最後を締めて欲しいというのが僕の切なる希望である。

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あやめ・小染・鶴笑/新世界ネタ下ろし売り市場!

動楽亭で桂あやめさんと林家小染さんの会。

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会の名前は「ネタ下ろし」と「卸売市場」をかけたもの。これが第1回目となる。入りは40人くらいだった。

今回のゲストはパペット落語で有名な笑福亭鶴笑さん。小染さんによると、鶴笑さんが使用するパペットは全て自分で手縫いしたものだそうだ。何と器用な!

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  • 桂さろめ/犬の目
  • 桂あやめ/危険な女たち (あやめ 作)
  • 林家小染/算段の平兵衛
  • 笑福亭鶴笑/彦八出世物語 (大道芸!?)
  • 桂あやめ/猿後家

二番太鼓のお囃子で、笛の音が掠れて殆ど鳴っていない。場内から笑いが起こる。

そして開口一番、(あやめさんの一番弟子)さろめさんが登場。「みなさんもお気付きでしょうが、笛は私が吹きました。全員ネタ下ろしの会ということで、笛も初物です」と。

ちなみに落語会での笛は通常噺家が担当するが、今まで僕が「この人は名手だなぁ」と感心したのは桂 米左さんと月亭八天さんである。

さろめさんは江戸弁での口演。山形県出身ということで、彼女にとってどういう形がもっとも相応しいのか現在、模索中であるとあやめさんの弁(初高座は関西弁で「東の旅・発端」だった)。今回は笑福亭生喬さんが上方の噺を逐一、関東の言葉に翻訳して彼女に口伝したという。

危険な女たち」は24-5年前のディスコ全盛期にあやめさんが創作した噺。ちゃんと現代に合うようアレンジが施されていて、すこぶる面白かった。

またマクラで、バブル時代だったその頃に寺社建築「金剛組」の宴会で司会のアルバイトをされたエピソードを話されたのだが、なんとここは創業が千四百年前で四天王寺を建築したとか!日本最古かつ世界最古の企業らしい。そんな会社が存在するなんて、正に関西ならではであろう。

朝ドラ「ちりとてちん」にも登場した「算段の平兵衛」を生で聴いたのはこれが初めて。この噺を現代に蘇られた桂 米朝さんの高座をDVDで観たことはある。主人公が実に悪い男で、それを魅力的に演じ、笑いを取るのは大変難しい。小染さんは巧みにこなし、主人公の嫌らしさを感じさせない、むしろ好感の持てる人物に仕立て上げた。

鶴笑さんもネタ下ろし。先ずは座布団に座り、旦さんと丁稚・定吉との会話から始まる。そこへ表に大道芸人登場。一旦楽屋に引っ込み、道具を携え再び舞台へ。ここからユニークな鶴笑ワールドが展開される。客席から輪投げをしてもらい、首で受ける。紙切りをしてその輪をくぐり、ワイヤーハンガーもくぐり抜ける。さらにイギリスの刑務所で使用されているという拘束服を着てお客にしっかり縛ってもらい、そこからの脱出にも見事成功。やがてこの大道芸人は噺家に転向し、米沢彦八という名で大成功を収めたとさ。 <んな、あほな!

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バッハ・コレギウム・ジャパン《一夜のヘンデル・フェスティバル!》

兵庫県立芸術文化センター小ホールで鈴木秀明/バッハ・コレギウム・ジャパン(BCJ)によるオール・ヘンデル・プログラムを聴いた。今年はヘンデル没後250年である。

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以前、BCJの演奏で聴いたヘンデルの感想は下記。

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今回のプログラムは、

  • 合奏協奏曲「アレクサンダーの饗宴〜音楽の力」
  • 詩編《しもべらよ、主をたたえよ
  • オルガン協奏曲 ト短調
  • 詩編《主は、わが主に言いたまいぬ

オルガン協奏曲の独奏は鈴木雅明さん。今回、鍵盤奏者としての鈴木(兄)の演奏を初めて聴いたが、ミス・タッチが結構あるし、指がもたつきイン・テンポで弾けていない場面も散見された。これなら昨年聴いたトン・コープマンの方がよっぽど上手いなと想った。

ソプラノ独唱は松井亜希さん、彼女およびBCJの合唱はまことに美しく、ウットリ聴き惚れた。

しもべらよ、主をたたえよ》(ラウダーテ・プエリ・ドミヌム)は作曲された地イタリアの陽光が燦々と降り注ぐような明るさ、朗らかさがある。また《主は、わが主に言いたまいぬ》(ディクスィト・ドミヌス)はグレゴリオ聖歌が取り入れられ対位法を駆使した、とても劇的な傑作。有名な「メサイア」よりも、僕は断然この2曲の方が好きだ。

指揮者としての鈴木(兄)には全く文句なし。バロック・チェリストである鈴木秀美(弟)らが弾く管弦楽も鉄壁のアンサンブルで、歯切れよく生き生きしたヘンデルを聴かせてくれた。

楽器の配置は客席から見て左→右へ、Vn,Va,Vc,Cb,そして木管(オーボエ、ファゴット)という順で、対向配置でないのが興味深かった。

今回の評価としてはオルガン協奏曲が40点、他の3曲が100点満点で、総合点は(100×3+40)÷4=85点といったところだろうか。

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大阪でパリ祭!?《フランス語で歌うシャンソン》

7月14日、パリ祭の日。仕事を終えて大阪倶楽部へ。

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日本テレマン協会が主催する《フランス語で歌うシャンソン》の夕べを聴くためである。スライドによる日本語字幕付き。

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まずはベルサイユ時代、バロックのシャンソン(シャンソンとはフランス語で”歌”の意味)。

  • ラモー/ミューズ達の語らい(クラブサン・ソロ)
  • ゲドロン/嬉しいことに、楽しいことに(宮廷シャンソン)
  • ランベール/悩みがなければ恋はない(宮廷シャンソン)
  • リュリ/帰っておいで、帰っておいで、愛の神達よ(オペラ・アリア)
  • クープラン/羽虫(クラブサン・ソロ)

クラブサン(チェンバロ)独奏は吉田朋代さん。歌は泉 由香さん。そして通奏低音としてチェロの曽田 健さんも加わった。

第2部は近代に下り、メロディー・フランセーズ。

  • ドビュッシー/星の夜
  • ドビュッシー/マンドリン
  • フォーレ/月あかり
  • プーランク/愛の小径

歌は引き続き泉さんで、ピアノ伴奏は浜野りささんが担当された。

休憩を挟み第3部は現代シャンソン。

  • イタリア古典歌曲集よりプレジー・ダムール
  • 詩人の魂
  • パリの屋根の下
  • シャンゼリゼ通り
  • パリの空の下
  • 私の心はヴァイオリン(ヴァイオリン独奏:浅井咲乃)
  • 幸せを売る男
  • さくらんぼの実る頃
  • バラ色の人生
  • ラ・ボエーム
  • 枯葉

後半のヴォーカルは中津洋子さんと永海 孝さんが交互に務められた。バックはジャズコンボ(ピアノ、ベース、ドラム)のストンプ in KOBEおよび、延原武春/シンフォニエッタ・TELEMANN(テレマン室内管弦楽団メンバー、弦楽六重奏)が担当。

こうやってフランス歌曲の歴史を辿っていくと、その流れが現在に至るまで脈々と続いているのだなということが良く分かる。喜び、悲しみ、愛と死。それは人生そのもの。なんと洗練され、心地よいメロディの数々であろうか!プーランクの曲なんか、いわゆる流行歌そのもののスタイルでとても親しみやすい。

20世紀の日本を代表する作曲家、武満 徹は終戦直前にリュシエンヌ・ボワイエが歌うシャンソン「聴かせてよ、愛の言葉を」を聴き、その衝撃が音楽家を志すきっかけとなった。そして後に日本語による珠玉の《うた》の数々を生み出すことになる。

さくらんぼの実る頃」はフランスの共産主義運動パリ・コミューン(1871年に蜂起、革命政府は72日間という短命に終わる)に参加したジャン=バティスト・クレマンが、そこで出会い若くして命を落とした野戦病院付き看護婦ルイーズの想い出を綴った歌である。そしてこのシャンソンはムッソリーニが台頭した時代のイタリア・アドリア海を舞台に一匹狼のコミュニスト、ポルコ・ロッソとファシスト政権との攻防を描く宮崎駿監督の「紅の豚」の挿入歌となり、加藤登紀子が歌った。ご存知のとおり彼女は高校時代に安保デモに参加、全学連の委員長だった藤本敏夫と獄中結婚したというまさに筋金入りの人である(まぁ、大体「紅の豚」というタイトルそのものが「俺はアカで、中年の太った醜い豚だ」と世間に堂々と宣言しているのだから、さすがである)。

パリ・コミューンへの共感から文豪ヴィクトル・ユーゴーは小説「レ・ミゼラブル」を書き、それは大ヒット・ミュージカルとなって現在でも日本でしばしば上演されている(「レ・ミゼラブル」の時代背景についてはこちらに詳しい)。

ミシェル・ルグランが作曲したミュージカル映画「シェルブールの雨傘」「ロシュフォールの恋人たち」、そして舞台ミュージカル「壁抜け男」「マルグリット」などもシャンソンという大きな歴史の流れの中にある。みんな繋がっているのだ。

そんなことどもを考えながら、夏の夜のひと時を愉しんだ。

アンコールは「巴里祭(巴里恋しや)」。日本語詞がスライドに掲示され、聴衆も全員で歌った。

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夏、到来!

蝉の声が、かしましい。いよいよ本格的な夏の到来である。

夏に観たい映画、聴きたい音楽については昨年、下記記事で詳しく語った。

これに多くを付け加えることはないのだが、ついでに今年の夏、一押しの映画をご紹介しておこう。

文化庁メディア芸術祭アニメーション部門大賞、日本アカデミー賞/最優秀アニメーション作品賞、毎日映画コンクール/アニメーション映画賞、アヌシー国際アニメーション映画祭(フランス)長編部門特別賞などに輝いた「時をかける少女」の細田守 監督最新作「サマーウォーズ」である。

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映画公式サイトはこちら。キャラクターデザインが「ヱヴァンゲリヲン新劇場版」「時をかける少女」の貞本義行、そして主題歌「僕らの夏の夢」を長編アニメーション初挑戦となる山下達郎が歌う。

今年もまた、熱い夏になりそうだ。

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児玉宏(指揮)、岩田達宗(演出)/モーツァルト 歌劇「イドメネオ」

大阪音楽大学、ザ・カレッジ・オペラハウスでサマーオペラを鑑賞。今回はモーツァルト「イドメネオ」である。イタリア語上演、日本語字幕付き。

演奏は児玉宏/ザ・カレッジ・オペラハウス管弦楽団&合唱団。児玉さんはチェンバロも兼任された。演出は鬼才・岩田達宗(神戸市 出身)。チケットは完売で、会場はぎっしり満席。

チケット代7,000円、破格の安さが嬉しい。「それで安いの?」と疑問に想われる方もいらっしゃるかもしれないが、オペラというのはとてもお金がかかるものなのだ。舞台装置・衣装・照明などの裏方、オーケストラ、合唱団、独唱者、指揮者、演出家……。人件費だけでも馬鹿にならない。ちなみに、他のオペラやミュージカルと料金を比較してみよう(最高額のみ記載)。

・ウィーン国立歌劇場2008年来日公演(東京):65,000円
・パリ国立オペラ2008年来日公演(兵庫芸文):58,000円
・佐渡裕プロデュース オペラ「カルメン」(兵庫芸文):12,000円
・宝塚歌劇(宝塚大劇場、生オケ):11,000円
・劇団四季 ミュージカル「オペラ座の怪人」(大阪、カラオケ):9,800円

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児玉宏さんのことについては、当ブログで何度も語ってきた。

児玉さんは”日本のカルロス・クライバー”であると、僕は常々思っている。天才的なセンス、オーケストラの統率力。世界でも指折りの名指揮者である。ドイツの様々な歌劇場で25年以上のキャリアを持っておられる児玉さんのオペラに今回、遂に接する機会に恵まれた。

また、岩田達宗さんの演出された舞台は過去に2回観ている(いずみホール)。何れも素晴らしいプロダクションだった。

Idomeneo

児玉×岩田。この史上最強の組み合わせに文句があろう筈もない。きりりと引き締まり、躍動する音楽。(例えば第3幕冒頭部など)要所要所にノン・ビブラート奏法を配し、その美しい音色が聴き手をハッとさせる。第2幕終盤では嵐の音楽が切れ味鋭く猛威を振るい、強烈なインパクトをもたらす。

シンプルな丸型の舞台装置はギリシャの円形劇場を意識したものであろう(「イドメネオ」は古いギリシャ神話を題材としている)。そこに帆が張られたり、赤い花弁やロープに繋がれた人形が天井から落ちてきたりすることで場面変換される巧みな演出。

歌手陣も充実していた。特に目を惹いたのがイーリアを演じた石橋栄実さん(公式サイトはこちら)。澄み渡る声、背筋をピンと伸ばしたその立ち姿の美しさ。つま先から歩く動作は軽やかで、あたかもバレリーナの如し。これも演出家の指示なのだろうか?11月に同じザ・カレッジ・オペラハウスで上演されるオネゲル/オペラ「火刑台のジャンヌ・ダルク」ではタイトル・ロールを演じられるそうだ。また愉しみが一つ増えた。

なお、公演の様子はザ・カレッジ・オペラハウスのブログで見ることが出来る(→こちら)。

今後、僕が児玉さんの指揮で是非とも観たいオペラはR.シュトラウスの「ばらの騎士」や「ナクソス島のアリアドネ」、あるいはE.W.コルンゴルトの「死の都」「ヘリアーネの奇跡」等である。スタッフの皆さん、ご検討宜しくお願いしますね!

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知られざるヴィブラートの歴史

これはここ数年、「ビブラートの悪魔」「ウィーン・フィル、驚愕の真実」「21世紀に蘇るハイドン(あるいは、ピリオド奏法とは何ぞや?)」等の記事を通して僕が考えてきてこと、そして本やインターネットを調べるなどして分かった新たな事実を総括したものである。

ルネッサンスからバロック期、そしてハイドン、モーツァルト、ベートーヴェン(1827年没)の時代に至るまで、装飾音以外で弦楽器や管楽器に恒常的ヴィブラート(伊: vibrato)をかける習慣はなかった(当時の教則本などが根拠となる)。それを現代でも実践しているのが古楽(器)オーケストラ、例えば日本で言えばバッハ・コレギウム・ジャパン、オーケストラ・リベラ・クラシカ、大阪ではコレギウム・ムジクム・テレマン(テレマン室内管弦楽団)等である。

19世紀半ばになると、ロマ(ジプシー)の音楽に関心が高まる。リスト/ハンガリー狂詩曲(1853)、ブラームス/ハンガリー舞曲(1869)、ビゼー/歌劇「カルメン」(1875)、サラサーテ/ツィゴイネルワイゼン(1878)等がそれに該当する。それとともにジプシー・ヴァイオリンのヴィブラートを常時均一にかける奏法(continuous vibrato)が注目されるようになった。これは従来の装飾的ヴィブラートがでするものだったのに対し、ヴィブラートへの変革も意味した。

ここに、continuous (arm) vibratoを強力に推進する名ヴァイオリニストが颯爽と登場する。フリッツ・クライスラー(1875-1962、ウィーン生まれ)である。20世紀に入り急速に普及してきたSPレコードと共に、彼の名は世界的に知られるようになる。音質が貧弱だったSPレコードに於いて、甘い音色を放つヴィブラートという武器は絶大な威力を発揮した。その”ヴィブラート垂れ流し奏法”と共に弓の弾き方(ボウイング)にも変化が起こる(このあたりの事情はサントリー学芸賞、吉田秀和賞を受賞した片山杜秀 著/「音盤博物誌」-”さよなら、クライスラー”に詳しく書かれている)。

一方、当時のウィーン・フィルハーモニー管弦楽団はノン・ヴィブラートを貫いていた(1938年にレコーディングされたワルター/ウィーン・フィルのマーラー/交響曲第9番でもヴィブラートはかけられていない)。クライスラーはウィーン・フィルの採用試験を受けるが、審査員の一人だったコンサートマスター、アルノルト・ロゼは「そんなにヴァイオリンを啼かせるものではない」と言い、「音楽的に粗野」という理由でクライスラーを失格させた。しかしマーラーの妹と結婚し、自身もユダヤ人だったロゼはナチスのオーストリア併合直後に国外追放となり、ロンドンへ逃れ客死。娘のアルマはゲシュタポに捕らえられアウシュビッツで亡くなったという(オットー・シュトラッサー 著/「栄光のウィーン・フィル」音楽之友社)。

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第2次世界大戦後、1950年代に入りオーケストラは大きな転機を迎える。スチール弦の普及である(これは鈴木秀美さんのエッセイに詳しい)。それまで弦楽奏者たちは概ね羊の腸を糸状に縒ったガット弦を使用していた(パブロ・カザルスもガット弦でバッハ/無伴奏チェロ組曲をレコーディングしている)。ガット弦よりスチール弦の方が強度に優れ切れにくく、湿度の影響も受けない。おまけに値段も安価である(消耗品だからその方がありがたい)。だから皆、一気に飛びついた。しかし柔らかい音色のガット弦に対し、金属製のスチール弦は硬質な音がする。ヴィブラートの普及には様々な説があるが、その音質の違和感を緩和するために恒常的ヴィブラート奏法(continuous vibrato)が推奨されるようになったのも、理由の一つに挙げられるだろう。

その過程に於いて、フルートやオーボエなど管楽器にもヴィブラートが普及していった。フルートの場合、以前は木製のトラヴェルソであったが、19世紀半ばからリングキーを採用したベーム式が普及し始め銀製の金管楽器に取って代わられる。故に木管らしからぬ金属的響きを、ヴィブラートによって緩和する目的もあったのではないかと推測される。

ヴィブラートの普及に呼応して、オーケストラの演奏速度は遅延の方向に向かう。速いテンポではヴィブラートを十分に効かせられないからである。

ここに1920年代から40年にかけ、ラフマニノフがオーマンディやストコフスキー/フィラデルフィア管弦楽団と共演した自作自演によるピアノ協奏曲の録音がある。驚くべきは、現代とは比較にならないくらい速いそのテンポ感である。20世紀の間にラフマニノフがロマンティックな文脈で捉えられるよう変化していった過程がそこに垣間見られる。

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ベートーヴェンの交響曲も次第にロマン派以降の価値観で解釈されるようになり、遅くなっていった。ベートーヴェンがスコアに指示した極めて速いメトロノーム記号に則して演奏すると、ヴィブラートをかける暇などない。

そこで、

  • ベートーヴェンの時代は器具が正確ではなかったのでスコアに記されたメトロノーム表記は必ずしも信用できない。
  • 耳が聞こえなくなってから、ベートーヴェン本人が考えているテンポより速い表記になっている可能性が高い。

などといった、こじつけにも等しい説が登場した。しかし、考えてみて欲しい。まず作曲者本人を疑うとは何と無礼なことであろうか!スコアに記されたテンポで十分演奏可能であることは、延原武春、ブランス・ブリュッヘン、ロジャー・ノリントンら古楽系の指揮者たちが既に証明済みである。

こうやってヴィブラートの歴史を見ていくと、現在盛んに行われるようになってきたピリオド奏法(=モダン楽器を使用して古楽器風に演奏すること)は理に適っているのか?という疑問も生じてくる。つまり、金属的響きのするスチール弦をノン・ヴィブラートで演奏することに果たして意味はあるのだろうか?という問いである。そういう意味でピリオド奏法をする弦楽奏者達は今一度原点に立ち返り、スチール弦からガット弦に張り替える勇気を持つ必要もあるのではないかという気が僕にはするのだ。ちなみにダニエル・ハーディングやパーヴォ・ヤルヴィが音楽監督を務めてきたドイツ・カンマーフィルハーモニー・ブレーメンは奏者全員がガット弦だそうである。また名ヴァイオリニスト ヴィクトリア・ムローヴァも、最近ではガット弦を張り、バロック弓を使用している。

ヴィブラートにまみれ、スコアに記されたメトロノーム指示を無視した、遅くて鈍重なベートーヴェンを未だに「ドイツ的で重厚な演奏」と褒め讃える人々がいる。ドイツ的って一体、何?僕には皆目、理解が出来ない。

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繁昌亭 昼席/桂文三 襲名披露興行

天満天神繁昌亭にて。

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  • 桂     三幸/十徳
  • 桂   阿か枝/商売根問
  • 桂      文華/近日息子
  • 内海   英華/女道楽
  • 笑福亭竹林/親子酒
  • 月亭   八方/質屋芝居
  • 口上
  • 桂    春之輔/お玉牛
  • 桂    きん枝/悋気の独楽
  • 桂      文三/青菜

阿か枝さんはそろそろマクラの中身(小学校落語鑑賞会)を替えたほうがいい。もういい加減聴き飽きた。

第3回繁昌亭爆笑賞を受賞された文華さんは緩急を巧みに使い分け、お見事。

三味線を使った英華さんの芸は他では観ることが出来ないもので、とても愉しい。英華さんが復活させた「女道楽」は上方で長く絶えていた演芸だそうである。

八方さんは”しゅっ”とした端正な芸で魅了した。前に聴いた「稽古屋」や「大丸屋騒動」でも感じたことだが、もう客を笑わそうという魂胆などはなく、噺に登場する(長唄とか)歌舞伎の所作をきっちりと伝えることに全神経を注いでおられるようお見受けした。落語に真摯に向かい合う八方さんの姿は素敵だ。

文三さんは調子よく明るい高座で和ませてくれた。

舞台上横一列にずらりと並んだ噺家による襲名披露口上(文華、きん枝、春之輔、文三、八方、文福)も笑いが絶えず、見応えがあった。

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笑福亭鶴瓶/映画「ディア・ドクター」(Dear Doctor)

評価:B+

西川美和 原案・脚本・監督。これを西川さん本人が小説化した「きのうの神様」は直木賞候補となった。映画公式サイトはこちら

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西川監督の前作「ゆれる」(キネマ旬報ベスト・テン第2位)は日本映画史に永遠に記憶されるであろう大傑作であった(映画公開当時の筆者のレビューはこちら)。はっきり言って「ゆれる」に比べると「ディア・ドクター」の質が多少劣ることは否めない。新作には突出したものがなく、オーソドックスな「良い映画」の範疇に収まっている。それは結局本作が、僻地医療や高齢化、尊厳死などの社会問題を扱っているからだろう。そういうジャンルを掘り下げていって導かれる結論は多くはなく、大方予想出来るからである。しかし今年の日本映画を代表する、丁寧に創られた秀作であることに変わりはなく、是非映画館でご覧になることをお勧めしたい。

笑福亭鶴瓶さんの演技が素晴らしい。特にあの、人なつっこい笑顔が印象的。村の人々が「先生、先生」と慕う姿にリアリティが感じられる。

また「ゆれる」のレビューにも書いたことだが、本作では井川遥の登場シーンで彼女の顔の皺とか肌の弛みをわざと強調し、醜く描いているところに、女性監督らしい、同性への容赦ない悪意を感じとても可笑しかった。

八千草薫が、眠れない夜に夫の遺した落語のテープを聴くシーンで(十代目)金原亭馬生「親子酒」と(八代目)三笑亭可楽の「立ち切れ」が流れる。これは鶴瓶さんのアドバイスを受け西川監督が選んだものだそうだ。古いラジカセのスイッチが突然切れるのと、「立ち切れ」の三味線の音が止まるのが一致しているのがお見事。

映画を観る2日前に、鶴瓶さんによる生の高座でその「立ち切れ」を聴いた直後だっただけに、現実と虚構がシンクロして深い感銘を受けた。

 

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笑福亭鶴瓶「立ち切れ」/きん枝のがっぷり寄席

天満天神繁昌亭で「きん枝のがっぷり寄席」を聴く。

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今回のゲストは笑福亭鶴瓶さん。

  • きん枝・鶴瓶/対談
  • 笑福亭 鶴瓶/立ち切れ
  • 桂   きん枝/皿屋敷

対談は(桂)文枝一門と笑福亭の違いについてあれこれと。兄弟弟子が和気藹々とした雰囲気の文枝一門に対して(師匠は生前「兄弟仲良く」といつも言っていたという)、笑福亭は体育会系で上下関係が非常に厳しい。入門が一年早いだけでも直立不動で接しないといけない、等々。十番弟子である鶴瓶さんが亡くなった師匠・松鶴の邸宅を購入し寄席小屋「無学」を作ったときも、一番弟子である仁鶴さんにどう頼んで出演してもらおうかと苦心した話などで盛り上がった(面白いエピソードを色々聞かせてもらったが、「他所へは洩らさないように!」と釘を刺されたのでこれ以上は差し控えたい)。

きん枝さんの高座は、テンポが一定(単調)なのでどうも眠くなる。鶴瓶さんがされた「立ち切れたちぎれ線香)」に絡めたマクラで、桂米團治さんが小米朝時代、雀々さん主催の落語会で「立ち切れ」を高座に掛けた折にやらかした失敗談を披露された。

立ち切れ」は芸妓・小糸(こいと)と船場の若旦那の純愛物語(悲恋)である。上方落語、屈指の大ネタと言われている。線香=芸妓の花代の俗称で、当時は線香一本が燃え尽きる時間を単位とした。

落語「三枚起請」に小山(おやま=女郎)の小輝(こてる)という人物が登場するが、小米朝(当時)さんはそれと「立ち切れ」がごっちゃになり、”小糸”のことを最初に”小輝”と言ってしまった。それではいけないと想ったらしく話の途中で名前が”小糸”に代わり、最後は訳が分からなくなってなって「何で(三味線を)終いまで弾ぃてくれへんねん、”こてと”〜!!」と叫んだそうだ。

また、別の会でのエピソード。

以下、小糸の死後、クライマックスにおける若旦那と御茶屋の女将(小糸の母)との会話。

誰も弾かないのに仏壇から流れてきた三味線の音が「ピン」と急に止む。
「何でや? 三味線の糸が切れたん違うか? ちょっと見て」
「糸は切れてぇ しまへん……(中略)若旦那、もぉ何ぼ言ぅたかて、小糸、三味線弾かしまへんわ」
「何でやねん?」
「お仏壇の線香が、ちょうど立ち切れました」

ここで小米朝さん、言い間違えて「三味線が燃え尽きました」と。下座でお囃子を担当していたかつら枝代さん(枝雀夫人)がこれを聞き、「火事になるがな」と呟いたとか。

この「立ち切れ」は、笑福亭の元祖と言われる松富久亭 松竹(しょうふくてい しょちく)の作だとのこと。しかし現在、笑福亭でこの噺を高座に掛ける人がいないことが鶴瓶さんが取り組む契機になったそうだ。

鶴瓶さんは映画俳優としても活躍しておられるだけに役作りが巧みで、実に味わい深い「立ち切れ」に仕上げられていた。特に話の中盤に登場する番頭の威厳ある態度が絶品だった。

ただ、鶴瓶さんの高座の最中、客席のおばちゃんの携帯電話が派手に二回(しかも同一人物!)鳴ったことは非常に残念であった。マナーが悪いのは大体、年寄りと相場が決まっている。

昨年の「大阪クラシック」でも、演奏中に同様のことが起こった。僕が隣に座っていた張本人に「携帯の電源を切って下さい」と注意すると、そのおばちゃん曰く「切り方が分からないんです」……仕方ないので僕が代わりにOFFにしてあげた。機器の使用法が分からないのなら、最初から携帯を持つな!と言いたい。

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落語の前に繁昌亭近くの「亀の池 浪速」で、うな重をいただく。こんがり焼けた鰻はふっくら、サクサク。まことに美味なり。

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続報!のだめカンタービレと飯森範親さん

これは以前書いた記事「のだめカンタービレと飯森範親さん」と併せてお読み下さい。

映画版「のだめカンタービレ」(主演: 玉木宏、上野樹里)のヨーロッパ・ロケが現在、進行中である。この度、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の本拠地であるウィーン楽友協会(ムジークフェライン)大ホールでロケが行われた(くわしくはこちら)。楽友協会が映画の撮影で使用されるのは世界で初めてだそうである。演奏されたのはお馴染み、ベートーヴェン/交響曲第7番。楽団員はチェコのプロの交響楽団63人が動員された。何故チェコかというと、物価の関係で安く雇用できるからだと推測される(久石譲さんも「もののけ姫」「ハウルの動く城」などをチェコ・フィルハーモニー管弦楽団とレコーディングしている)。

これに関連して指揮者の飯森範親さんがブログで意味深なことを書かれている→こちら。調べてみると、映画「のだめカンタービレ」のロケがウィーン楽友協会で行われたのはこの6月28日(日)であることが判明した。飯森さんはスロヴァキアの首都ブラチスラバで行われたロケにも立ち会われたようだ→こちら

ということは、映画版「のだめカンタービレ」では影武者ならぬ影の指揮者として飯森さんのベト7が聴けるということだろう。これは実に愉しみである。飯森さんのことだ、果たして千秋がウィーン楽友協会で振るベートーヴェンはピリオド奏法になるのか!?その際バロック・ティンパニは使用するのか等、興味は尽きない(東欧諸国にはピリオド奏法は浸透していないので、恐らくモダン奏法だろうと想われるが……)。

なお、僕もこのウィーン楽友協会でコンサートを聴いたことが一度だけある。黄金色に輝く、世界で最も美しいホールである。

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桂文太@高津の富亭(7/5)

落語「高津の富」「崇徳院」の舞台となった高津神社で「文太の会」を聴く。

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  • 桂文太/眼鏡屋盗人(古典)
  • 桂文太/親子茶屋(古典)
  • 桂三四郎/お忘れ物承り所(三枝 作)
  • 桂文太/目良のさいら(贋作)

開口0番で文太さんは、7/1に和歌山県の熊野において師匠である故・桂文枝の創作落語「熊野詣」を口演されたことを話された。師匠の未亡人や、息子さんも聴きに来られたそうだ(→新聞記事はこちら)。

名人・文太師の高座はいつも耳に心地よい。日溜りのようにぽかぽか暖かくて、穏やかな気持ちになれる。《ヒーリング落語》と呼べるかも知れない。体験されたことのない方は、是非一度ご賞味あれ。

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月亭八方・立川志の輔/朝日東西名人会

シアター・ドラマシティでの落語会。

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  • 三遊亭王楽/やかん
  • 桂     文三/宿替え
  • 立川志の輔/三方一両損
  • 笑福亭三喬/転宅
  • 月亭   八方/大丸屋騒動

宿替え」は引っ越し先に到着したあたりから。文三さんは軽やかな口調で調子よく《徳さん》を演じ、お見事。

僕は志の輔さんの思わせぶりな「間」が大嫌いだけれど、今回はあの人情を押し売りする新作落語ではなく、そここそ愉しめた。特にマクラの小話連発は想わず笑ってしまった。それから、怒りとか哀しみは他者と共感(共鳴)しやすいが、笑いは千差万別で、隣の人が笑っていても何が可笑しいんだかさっぱり理解出来ないということがあるという話にも、うんうんと頷けるものがあった。「悲劇」よりも「喜劇」の方が、実は難しいのである。

三喬さんは十八番の泥棒噺。しかも上方では演じる人が殆どいなくなったという珍しいもの。三喬さんの巧みな話術で聴くと十分面白いのだが……。

大丸屋騒動」は江戸時代に京都で実際起こった殺人事件を元に、講釈・歌舞伎にも取り入れられた後に落語になった噺だそうだ。笑いが少なく陰惨な内容だが、八方さんは緊張と緩和をバランス良く配しながら、一瞬たりとも聴衆を飽きさせることなく演じ切った。是非今度は八方さんが最も得意とされていると耳にする「算段の平兵衛」を聴いてみたい。

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井上道義/大フィル「夏の夜のメンデルスゾーン」

いずみホールで大阪フィルハーモニー交響楽団(コンサートマスター:長原幸太)によるメンデルスゾーン生誕200周年記念/特別演奏会を聴く。会場はほぼ満席。

指揮はミッキーこと、井上道義さん(→愛称に関して本人の弁)。先日、井上道義/オーケストラ・アンサンブル金沢が演奏するベートーヴェンの第七シンフォニーをBSで視聴していたら、バロック・ティンパニを使用したピリオド奏法だったので驚愕した。ミッキー、いつの間にスタイルを変えたんだ!?以前、大フィルと組んだ第九を聴いた時は通常のモダン奏法だったのに……。そういう風に非常に柔軟な考えを持ったマエストロである。

Inoue

  • メンデルスゾーン/演奏会用序曲「真夏の夜の夢」
  • メンデルスゾーン/ヴァイオリン協奏曲
  • メンデルスゾーン/劇音楽「真夏の夜の夢」

ヴァイオリン協奏曲に登場したのは韓国生まれのシン・ヒョンスさん。彼女は2008年にロン・ティボー国際コンクールで優勝している。同コンクールで優勝した日本人には、つい先日ベルリン・フィル第1コンサートマスターに内定した樫本大進さん(1996年)、そして史上最年少の16歳で優勝した山田晃子さん(2002年)がいる。また韓国は優れた弦楽奏者たちを輩出しており、その代表がチョン・キョンファ(指揮者・ピアニストとして名高いチョン・ミュンフンの姉)であろう。

僕は大阪シンフォニカーの定期で聴いた山田晃子さんの演奏の方が好きだが(そのコンサートのレビューはこちら)、ヒョンスさんも好演だった。各小節の区切りが明確であり、歯切れの良い演奏と言えるだろう。ただ欲を言うならば、山田さんのようにもっとエレガントであるとか、神尾真由子さんのように力強く情熱的であるとかといった特徴が欲しかった。これからどのようなバイオリニストになろうと目指しているのか、その方向性が見えてこない。

ミッキーの指揮は彼女に寄り添うだけではなく、挑みかかるような攻めの姿勢、自己主張もあり、なかなかスリリングで面白かった。

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真夏の夜の夢」は序曲と劇音楽が切り離されて演奏されたが、実は序曲が作曲されたのはメンデルスゾーンが17歳で、劇音楽の方は34歳のときに初演されている。

また、シェイクスピアの戯曲A Midsummer Night's DreamのMidsummer Nightとは本来、「夏至祭(6/24)」前夜のことだそうだ。日本の夏の夜は真っ暗闇になるのでお化けが出るが、緯度の高い北ヨーロッパでは夏至の夜も薄明かりが続くから妖精が現れるのだと、語り部の朝岡 聡さん(元・テレビ朝日アナウンサー)が解説された。ちなみに朝岡さんはリコーダー歴30年という古楽ファン。鈴木秀美/オーケストラ・リベラ・クラシカの熱心なサポーターでもある(→朝岡さんのブログへ)。

ミッキーの指揮は軽妙なテンポ感で、弾力とダイナミクス(強弱変化)に富み、まこと申し分のないものであった。演奏会用序曲では冒頭、管楽器が奏でるおっとりして夢見るような和音に続き、悪戯好きの妖精たちがこちょまか飛び回る様子を弦楽器が躍動的に描き、そのコントラストが鮮やか!大フィルのアンサンブルもさすがで、特に序曲終結部、ノン・ビブラートで奏でる弦の音色がとても美しかった。さらに、マイクを握ったミッキー朝岡さんの息の合ったやりとりも愉しかった(今回の台本はミッキー自身の手によるもの)。

照明を落として雰囲気作りをしたり、衣装をまとった2人のソプラノ(天羽明恵松田奈緒美)と大阪フィルハーモニー合唱団(女性のみ)による小芝居もあり。学芸会的でほのぼのとした温もりがあり、素敵な夏の夜の夢を見させてもらった。

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「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序」TV放送に寄せて

本日、「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序」が地上波でオン・エアされる。既にレビューは下記に書いたのでそれをお読みいただくとして、いくつか書き忘れたことを追記したい。

ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序」は"EVANGELION: 1.0 YOU ARE (NOT) ALONE"というタイトルで7月17日より北米公開が決まっている。約100館規模でスタートする予定だそうだ。英語版予告編はこちら

上のレビューにも書いたが「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序」はテレビ版の第1話から6話までをほぼ忠実に踏襲している(絵のクオリティは飛躍的に向上)。僕が不思議に感じたのは主人公の碇シンジが新劇場版でもDATウォークマンを聴いていたことである。テレビ版「新世紀エヴァンゲリオン」が放送されたのは1995-96年。その当時ならこれにもリアリティがあったろう。しかし物語の設定は近未来である。今やDATは完全に時代遅れ。「どうしてiPodなど携帯型デジタル音楽プレイヤーに変更しないのだろう。もしかして、これってパラレル・ワールド??」と頭の中は疑問符でいっぱいになったのだった。

ところが「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破」を観てその謎は一気に氷解した。見事に論理的かつ納得がいく説明がなされていたのである。このようにしっかり整合性がとれたシナリオ作りがされるならば、今回の新劇場版はテレビ版のように辻褄が合わなくなった挙げ句の果て、物語を放棄したようなボロボロの結末にはならないだろうと期待したい。

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おかえり、ミッキー・ローク/映画「レスラー」

評価:B

この映画は、ミッキー・ロークという役者の生き様を知っているかどうかで大きく評価が変わってくるだろう。

ロークは1980年代、映画「イヤー・オブ・ザ・ドラゴン」「ナインハーフ」「エンゼル・ハート」などに出演し、セックス・シンボルとして一時代を築い た。しかし90年代に入り彼は凋落する。1992年6月23日ボクシングの試合のため来日し、両国国技館でたった1ラウンド2分8秒でKO勝ちを収めたが、これは《猫パンチ》の八百長試合であると散々叩かれた。そしてその後の暴力事件、整形手術と肉体の崩れ。彼は家庭も、金も、キャリアも全てを失っ た。落ち目の時、仕事を探していた彼のエージェントはあるハリウッドのスタジオからこう言われたそうだ。「ミッキー・ロークはいい役者だけど、自分でチャ ンスを全て台無しにしちゃっただろ?」

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映画「レスラー」の撮影前に、ダーレン・アロノフスキー監督は彼に言った。「いいかい、これからは僕が言うとおりにやってもらう。時間厳守、クラブなどでの夜遊び禁止。スタッフの前で僕に対して絶対に不遜な態度をとらないこと。これが守れたらギャラを払うから」その言葉に対してロークはこう思ったそうだ。「コイツ、なかなかやるじゃないか」

そしてその結果、ヴェネチア国際映画祭金獅子賞、ゴールデン・グローブ賞で主演男優賞を受賞。アカデミー賞でも主演男優賞にノミネートされた。ミッキー・ロークは見事カムバックを果たしたのだ。

映画の主人公は明らかに、ミッキー・ロークの人生そのものを彷彿とさせるキャラクター設定になっている。かつての栄光。それから20年が経って、老い、肉体の衰え、孤独。そして人生のどん底からの再起。映画の観客はボロボロになった主人公を一生懸命応援し、そしてそれを演じるロークの復活を心から祝福する。そういう二重構造になっているのである。

ストリッパーを演じたマリサ・トメイ(アカデミー助演女優賞ノミネート)がいい。現在44歳。彼女もまた、老いた肉体に悩む役柄を等身大で巧みに演じ切った。

ロークとトメイが酒場で、「80年代は最高だった。90年代はクソ喰らえ!」と叫ぶ場面は、とても実感がこもっていて身に沁みた。

アロノフスキー監督の演出は基本的に近接のバスト・ショットで登場人物を追い、レスリングの場面では肉体の軋みを肌で感じるくらいの迫力があった。スクリーンを見つめながらこれ程までにヒリヒリした痛みを覚えるという体験は滅多にないことである。16mmフィルムで撮影したドキュメンタリー・タッチのザラザラした質感も、この映画に相応しい(通常は35mmを使用する)。

ただ、ゴールデン・グローブ主題歌賞を受賞したブルース・スプリングスティーンの歌はいただけない。1993年にアカデミー歌曲賞を受賞した映画「フィラデルフィア」の"Streets of Philadelphia"と曲調が全く同じなのだ。永遠の自己模倣。こんなくだらない曲をアカデミー賞にノミネートしなかった米映画芸術科学アカデミーの見識を僕は支持する。ゴールデン・グローブ賞はハリウッド外国人映画記者協会会員の投票で決まる。つまり彼らは音楽に関して《ずぶの素人》なのである。

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雑感/イギリス近代音楽に寄せて 

これは前の記事、秋山和慶/大フィル「ベルシャザールの饗宴」の続きである。

ヘンリー・パーセルが生きた17世紀、イギリスは素晴らしい作曲家を輩出したが、18-19世紀の古典派からロマン派の時代にかけてイギリス音楽は暗黒期が続いた。

ところが19世紀末から20世紀に至るとホルストディーリアスエルガーヴォーン=ウィリアムズブリテンウォルトンアーノルドら優れた作曲家が綺羅星のごとく登場する。

しかし残念なことにホルスト「惑星」、エルガー「威風堂々」など極一部の例外を除き、彼らの曲が日本のオーケストラで取り上げられることは殆どない。

これは日本に限らずアメリカやヨーロッパ大陸でも同様なことが言えるだろう。フランスのオケやベルリン・フィル、ウィーン・フィル等がエルガーヴォーン=ウィリアムズの交響曲を演奏したという話は余り耳にしない。イギリス近代音楽(特にシンフォニー)は英国オーケストラの専売特許のようになってしまっている。

マルコム・アーノルドの9つある交響曲などは日本のオケに完全無視されている代わりに、むしろ全日本吹奏楽コンクールで演奏されることが多い。アーノルドが作曲したロマンティックな映画音楽の傑作「第六の幸福をもたらす宿」も吹奏楽のアレンジ(瀬尾宗利 編)で人気に火がつき、テレビ朝日「題名のない音楽会」の視聴者投票ランキングでは堂々第8位に入選した。

Arnold

ところで、夏になると無性にディーリアスの音詩(tone poem)が聴きたくなる。だから秋山和慶/大阪フィルハーモニー交響楽団で「春初めてのカッコウを聞いて」「川面の夏の夜」が聴けたのはとても嬉しかった。しかし、悲しいかな演奏会で聴けるディーリアスはこれらか「ブリッグの定期市(イギリス狂詩曲)」くらいに限られている。今回の大フィル定期では折角合唱団も出演したのだから、バリトン独唱と合唱による「海流」とか、あるいは「日没の歌」「高い丘の歌」などディーリアスの(オーケストラ伴奏による)合唱曲も聴きたかった!そうそう、それから僕は美しい旋律に満ちた歌劇「村のロミオとジュリエット」がとても好きだ(劇中オーケストラ単独で演奏される「楽園への道」がことに有名)。日本でなんとか上演されないものだろうか?

僕がウォルトンの音楽を初めて聴いたのは中学生の時。ジョン・ウィリアムズ/ボストン・ポップス・オーケストラのLPレコードに収録されていた戴冠式行進曲「宝石と王のつえ」であった。エリザベスII世(現女王)の戴冠式のために書かれた曲である。エルガーの「威風堂々」を彷彿とさせる高貴なファンファーレ、気高い曲調に魅了された。そしてその後、高校生の時にスタンリー・ブラック/ロンドン・フェスティバル管弦楽団のレコードで映画「スピットファイア」〜前奏曲とフーガを聴いて、完全にノック・アウトされた。

Spitfire

他にウォルトンが映画のために書いた作品ではローレンス・オリヴィエ監督・主演「ハムレット」の葬送行進曲も素晴らしい。ウォルトンはイギリス以外で未だに過小評価されている作曲家だと想う。彼の交響曲第1番や2番なども、もっと世界中で演奏されていい。

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