飯森範親 登場!/大阪市音楽団 定期
ザ・シンフォニーホールで飯森範親/大阪市音楽団(市音)による第98回定期演奏会を聴いた。
飯森さんと市音の首席客演指揮者・小松一彦さんにはいくつか共通項がある。まず桐朋学園大学指揮科卒業であること、ドイツで研鑽を詰まれたこと、そして邦人作曲家の初演に積極的に取り組み、中島健蔵音楽賞を受賞されていることなどである。
飯森さんはマイクを手に取り、一曲一曲解説しながら演奏会を進行された。僕はスパークの「宇宙の音楽」が世界初演された第90回以降、市音の定期には毎回欠かさず足を運んでいるが、こんな試みは前代未聞である。とてもフレンドリーな雰囲気で良かったのではないだろうか?
さて、今回の曲目は、
- ジェイムズ・バーンズ/ワイルド・ブルー・ヨンダー
- ヨハン・デ=メイ/ダッチ・マスターズ組曲
- フィリップ・スパーク/ウィークエンド・イン・ニューヨーク
- 後藤 洋/彼方の祝祭(市制120周年記念 世界初演)
- クロード・T・ スミス/華麗なる舞曲
バーンズ(アメリカ)は先日放送されたテレビ朝日「題名のない音楽会」の吹奏楽人気曲ランキングで2位に輝いた「アルヴァマー序曲」の作曲家。「ワイルド・ブルー・ヨンダー」は2006年にアメリカ空軍ワシントンD.C.バンドから委嘱を受けて作曲された。冒頭は疾走する木管楽器の動きが風のような効果を上げ、超高速で空を駆け巡るような爽快な曲。
デ=メイ(オランダ)の作品は母国が誇る3枚の名画を素材に音で描写する、いわば吹奏楽版「展覧会の絵」と言えるだろう(以下、各々のタイトルをクリックすれば、どんな絵か分かるようにリンクを張っている)。
I. 「夜警」(レンブラント・ファン・レイン) 冒頭、火縄銃の銃声が鳴り響き、鼓手によるドラムと共に重々しく気高い市民自衛団の行進が展開される。
II. 「恋文」(ヨハネス・フェルメール) まずリュート(シンセサイザーで代用)の伴奏でイギリスの作曲家ジョン・ダウランド(1563-1626)の「悲しみよ、来たれ」がハミングされる。これは絵の中の女主人がシターンという楽器を演奏しながら歌っている情景であろう。そこへ突如、ノックの音が高鳴りハミングは中断、海のうねりのような音楽へと突入する。これは女中によってもたらされた手紙が、(背後の壁に掛けられた絵に描かれた)帆船を経て届られたことを暗示する。昂ぶる感情!しかし、次第に気持ちは落ち着き「悲しみよ、来たれ」が回顧され、穏やかに終結する。真に美しい楽章である。
III. 「王子の日」(ヤン・ステーン) 居酒屋における賑やかなどんちゃん騒ぎ。サイコロ賭博やトランプをしたり、乾杯したりと楽員があちらこちらで各自好き勝手なことをしている。そして次第に混沌・無秩序な中からしっかりと音楽が立ち上がってくる手腕が見事。僕はチャールズ・アイヴズが作曲した「宵闇のセントラルパーク」のことを想い出した。
スパーク(イギリス)の新曲は「パリのアメリカ人」ならぬ、「ニューヨークのイギリス人」といった雰囲気。Jazzを主体とした音楽で、都会の喧騒・クラクションの音などが飛び出し、明らかにガーシュウィンを意識したものとなっている。しかしそこは手練れのスパーク、巧みなオーケストレーションでしっかり独自色を打ち出し、聴き応えある愉しい作品に仕上げている。自作「宇宙の音楽」を彷彿とさせる曲想も途中あったりして、ニヤリとさせられる。
吹奏楽コンクールでは「トゥーランドット」のアレンジにより一世を風靡した後藤 洋さん。当日、会場にもお越しになっていた。飯森さんの手招きでステージに上がられ、新作のコンセプトを解説された。「彼方の祝祭」は特定のストーリーに基づくものではなく、演奏時間は10分程度であるということをお話され、「深い思索と、豊かなイマジネーションの世界に皆様をお連れします」と。
飯森さんも仰っていたが、この「彼方の祝祭」は《祈り》を想わせる静謐な響きが全体を貫き、時折ミュート(弱音器)を付けたトロンボーンやトランペットの祝祭的ファンファーレが、《遠くのこだま》のように聴こえてくる。そんな遠近感(奥行き)のある素敵な作品であった。ただ決して難易度は高くないので、これが今後吹奏楽コンクールで演奏されることはないだろう。しかし、コンクールだけが吹奏楽の全てではない。もっと豊かなジャンルとして捉えて欲しい-そういう後藤さんの願いを、音楽の行間から僕は確かに受け止めた。
定期演奏会のクライマックスは17年前、飯森/市音のコンビが岡山シンフォニーホールで披露し、一大センセーションを巻き起こした「華麗なる舞曲」!変拍子、複雑に入り組んだリズムを駆使した超絶技巧の難曲を飯森さんは指揮台でグイグイ煽り、それに市音の楽員も全神経を集中して応え、壮絶な演奏となった。最早人間業の限界を超えたスーパープレイの数々。聴衆はその凄さに息を呑み、ただただ圧倒され、そして最後にザ・シンフォニーホールは熱狂の渦に巻き込まれた。
アンコールは、
- 久石 譲/おくりびと(Sop.Sax: 長瀬敏和、Pf: 飯森範親)
- ヤン・ヴァンデルロースト/ウェディング・マーチ
映画「おくりびと」には飯森さんも指揮者として出演されている。
これは飯森さんのピアノと市音コンサートマスターである長瀬さんと2人だけによる演奏。「華麗なる舞曲」が超ハードな曲だけに、恐らくここで他の楽員の唇を休ませてあげる為の配慮だったのではなかろうかと考える。
ヴァンデルロースト(ベルギー)の「ウエディング・マーチ」は友人であるデ=メイの結婚(再婚)を祝って、2007年に作曲されたもの(翌年に出版)。華やかなファンファーレ、そして格好いいテーマが展開され、「アルセナール」のように魅力的な作品となった。
市音の定期は基本的に新作がお披露目される場であり、必ず《ハズレ》の曲というのはある(例えば前回の「星のきざはし」第2部)。しかし今回は当代きっての実力を持つ人気作曲家たちの作品がずらりと並んだお陰で、それが一切なかった。これは画期的なことであり、本当に充実した白熱の演奏会であった。恐らく秋にはライヴCDが発売されると想うので、生演奏を聴き逃したという気の毒な方たちは是非愉しみにお待ち下さい。
最後に飯森さんの公式ブログをご紹介しておく→こちら!
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コメント
本当に感動的なコンサートでした。
雅哉さんに薦めてもらって得した気分です
パワフルで団員の集中力、そして超絶技巧の演奏、飯森さんのトークも端的であるのに充分に分かりやすい好感度の高いものでした。
後藤さんの話も大変奥深いものでしたが、私のようなブラス初心者にはバーンズやスミスの音楽が分かりやすかったです。
飯森さんは風貌がちょっと軽いので(?)ちょっと一般的は誤解され気味では?初演のこなし方といい、本当に実力のある指揮者でいらっしゃると思いました。
投稿: jupiter | 2009年6月 7日 (日) 10時13分
jupiterさん、コメントありがとうございます!気に入っていただけたようで、推薦した僕としても嬉しい限りです。
吹奏楽の面白さの一つは、どんどん魅力的な新曲が生まれてくるところにあると想います。シェーンベルクの十二音技法発明後、クラシック音楽の中では約100年間にわたり調性音楽を書くことがタブー視されてきました。そして次第に聴衆の支持を失っていきました。
その一方、映画音楽や吹奏楽の世界で調性音楽は守られ、優れた作曲家を沢山輩出してきたのではなかろうかと考えます。
それから飯森さんについてですが、現代音楽を明晰な解釈で指揮される素晴らしいマエストロですが、モーツァルトやベートーヴェンではピリオド奏法を指示する時代の最先端を走る指揮者でもあります。飯森さんの古典も是非一度、お試し下さいね。
投稿: 雅哉 | 2009年6月 7日 (日) 17時23分