宮本亜門/狂気の「三文オペラ」
大阪厚生年金会館で宮本亜門演出「三文オペラ」を観た。公式サイトはこちら。
「三文オペラ」はドイツ生まれの劇作家ベルトルト・ブレヒトが作曲家クルト・ワイルと組んだ戯曲である。
1928年、ブレヒトはイギリスの劇作家ジョン・ゲイの「ベガーズ・オペラ」を翻案した「三文オペラ」をベルリンで発表し、大成功を収めた。しかし共産主義者だった彼はヒトラーが首相になると身の危険を感じ、1933年ナチスによる国会議事堂放火事件(共産党議員が濡れ衣を着せられた)の翌日に亡命した(彼の妻はユダヤ人だった)。デンマーク経由で漸くアメリカにたどり着くのだが、そこも決して安住の地とはならなかった。第二次世界大戦後、赤狩り(マッカーシー旋風)吹き荒れる1947年に非米活動委員会の審問を受けたブレヒトはアメリカから立ち去らざるを得なくなった。そして共産政権下となった東ドイツでその波乱万丈の生涯を閉じることになる。
一方、クルト・ワイルはベルリン時代、二つの交響曲や弦楽四重奏などを発表した。しかしユダヤ人だった彼もナチスを逃れて1935年アメリカに渡り、ブロードウェイでミュージカル作曲家となった。1950年ニューヨークで死去。
後に「三文オペラ」が上演されていた頃のベルリンを舞台に、ブレヒト&ワイルのコンビにオマージュを捧げたのが、ブロードウェイ・ミュージカル「キャバレー」(作詞:フレッド・エブ、作曲:ジョン・カンダー)である。
過去の日本における「三文オペラ」は1932年に完成された改稿台本に基づく上演だった。しかしこの亜門版では初めて、今まで許可が下りなかった'28年初演版を下敷きに構成された。これは恐らく'56年に亡くなったブレヒトの版権が切れ、漸く上演可能となったためだろうと想われる。
オープニングからエレキ・ギターの大音響が会場一杯に鳴り渡り、度肝を抜かれた。クルト・ワイルの楽曲をこのように料理(アレンジ)するとは驚き。まるでロック・オペラだ。でも違和感はない。「伝統を現代に!」…音楽監督・内橋和久のセンスが光る。
出演は三上博史、安倍なつみ、デーモン小暮、秋山菜津子、そしてカウンターテナーの米良美一(バッハ・コレギウム・ジャパンの定期公演で歌った教会カンタータでデビュー、その後「もののけ姫」主題歌で一世を風靡)ら異色キャスト。最初デーモン閣下の名前を聞いた時は「白塗りの彼だけ浮いてしまうのでは?」と危惧していたのだが、蓋を開けてみると他の出演者も全て顔を白塗りするという逆転の発想で、閣下もちゃんと馴染んでいた。演技も出来るし、なにより発音が良く歌詞が聴き取り易いのがありがたい。
また米良さんが妖しい(怪しい?)雰囲気を醸し出し、まるでデヴィッド・リンチ監督の世界(例えば「ツイン・ピークス」の”赤い部屋”とか、「マルホランド・ドライブ」の”クラブ・シレンシオ”)に彷徨いこんだような錯覚に捕らわれた。米良さんの役がミュージカル「キャバレー」ではM.C.になったと考えると分かり易いだろう。
とにかく登場人物全員が狂っているのが凄い。なっちもあんなメイクで、それでも可愛いのだからさすがアイドルである。歌も上手い。これからも是非、ミュージカルの世界で活躍して欲しい。
ぶっ飛んだ演出をした宮本亜門、天晴れなり!特にジョルジュ・メリエスの「月世界旅行」(1902年、最初期のサイレント映画)みたいな巨大な月が出てきた時はアッと言った。
是非将来、亜門版「三文オペラ」の再演を期待したい。それから亜門さんが演出し、石丸幹二さんが主演するソンドハイムのミュージカル「日曜日にジョージと公園で」、大阪公演はないんだろうか??
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コメント
"Sunday in the park with George"、かつて東宝が「ジョージの恋人」という題名で、鳳蘭・草苅正雄で上演しましたけど、そのときも東京の青山劇場だけでの公演でしたよね。
東京で上演したものは、大阪でも上演してほしい・・・。
今はあんまり好きじゃないですけど、劇団四季に関しては、その点だけは評価します(テープ演奏だけは勘弁してほしいとは思いますけど)。
投稿: ぽんぽこやま | 2009年5月24日 (日) 01時45分
「ジョージの恋人」は1987年上演ですから実に20年ぶりの再演ですね。僕はブロードウェイ版のDVDを観ました。大好きな作品です。主役に抜擢されたマンディ・パティンキンはバーブラ・ストライザンドが監督・主演した映画「愛のイェントル」でバーブラのお相手役を務めています。しかしこれはバーブラだけが一方的に歌うという《ひとりミュージカル》で、何のためにパティンキンを起用したのか観ていて笑えます。いや、好きなんですよ、この作品。ミッシェル・ルグランの音楽(アカデミー賞受賞)が最高です。
まあ、はっきり言ってソンドハイムのミュージカルは一般受けしないので関西では興行的に難しいのでしょう。残念ですが。宮本亜門の名演出「太平洋序曲」は初演と再演も東京のみの上演でした(どちらも観ました)。"Into the Woods"も初演は東京のみ。再演は2日間だけ兵庫芸文に来ましたけれど。
「日曜日にジョージと公園で」は石丸さんが出るので、関西でも集客力があるのでは?と想うのですが……。
投稿: 雅哉 | 2009年5月24日 (日) 08時27分
ビデオ化が難しいとされているブロードウェイミュージカルの中にあって、ソンドハイム作品は「ジョージの恋人」だけでなくて、"Into the Woods"もビデオ化されてますよね。それもオリジナルキャストじゃなかったかな。
私はNHKでトニー賞の中継が始まった頃、あの頃は贅沢で、数日間BSでミュージカル特集が組まれていて、それで録画してあります。
私も「太平洋序曲」は再演の折東京で見ました。ホリプロが上演した「リトルナイトミュージック」だけは近鉄で上演しましたよね。
仰るとおり、PRの仕方によっては集客できると思いますよ。
投稿: ぽんぽこやま | 2009年5月24日 (日) 10時23分
ソンドハイムでは他に「パッション」「スウィーニー・トッド(舞台版)」「PUTTING IT TOGETHER」などがDVD等で観ることが出来ます。
「リトル・ナイト・ミュージック」は僕も近鉄劇場で観ました。全曲がワルツで構成された音楽がパーフェクトだし、演出も良かったです。小池修一郎さんが演出した「カンパニー」も大阪公演に馳せ参じました。当時は岡山に住んでいたのですが。
投稿: 雅哉 | 2009年5月24日 (日) 13時20分
「リトルナイトミュージック」はソンドハイム作品の中にあって、割合親しみやすい作品ですよね。チェーホフ作品に通じる味わいがあると思います。
投稿: ぽんぽこやま | 2009年5月24日 (日) 23時37分
ソンドハイムのミュージカル「リトル・ナイト・ミュージック」の原作はイングマール・ベルイマン監督のスウェーデン映画「夏の夜は三たび微笑む」です。チェーホフはロシア人ですから、地理的にも近いですね。
投稿: 雅哉 | 2009年5月26日 (火) 00時29分