ビクトル・エリセ監督特集/「ミツバチのささやき」「エル・スール」
スペインが生んだ巨匠、ビクトル・エリセは10年に1本しか映画を撮らない寡作の映像作家として知られている。彼が創造した珠玉の名作が梅田ガーデンシネマで(ニュープリント版)リバイバル上映されたので観に往った。
長編第一作「ミツバチのささやき」は1973年の作品(日本公開は'85年)。約20年前に僕はビデオ鑑賞しているが、スクリーンでは初体験。後半、夜の暗いシーンが多くビデオでは何が写っているのか良く分からなかった場面が、今回初めて鮮明に見えた。
評価:A
エリセの作品は僕にとって《聖なる映画》である。心が洗われるとは正にこのこと。「ミツバチのささやき」は映像で綴られた一編の詩に喩えることが出来るだろう。
20年前に観た時は、この映画にスペイン内戦→フランコ独裁政権という時代背景が暗い影を落としていることに僕は全く気が付かなかった(映画が製作された'73年はフランコが存命中であり、ここに秘められた反骨精神は当時の検閲官も見抜けなかったということになる)。しかし今ではスペイン内戦を描くヘミングウェイの「誰がために鐘は鳴る」も読んだし、映画「パンズ・ラビリンス」やピカソが描いた「ゲルニカ」のことも知っている。それらで得た予備知識を持って「ミツバチのささやき」に接すると、また映画が別の様相を呈してくるのだから面白い。こうして年月を経て見直すことも大いに意義があるのだということを、身をもって体験した次第である。
またエリセはジョン・フォード監督に私淑しているそうで、フォードの映画からの影響が多々あることも今回初めて気が付いた。特にかの有名な「捜索者」(1956)のオープニング・シーン、薄暗い家の中から扉を開き外の広大な風景が広がっていくというショットの再現が「ミツバチのささやき」でも見られた。
本作でやはり一番強い印象を与えるのは名子役アナ・トレントであろう。「ミツバチのささやき」が彼女の映画初出演で当時7歳。エリセはマドリードの小学校で彼女を見出した時、「フランケンシュタインって知っているかい?」と話しかけた。すると彼女は次のように答えたそうだ。「ええ、知っているわ。でもまだ会ったことがないの」当初脚本には別の役名が書かれていたのだがアナは「どうして名前を変えなきゃいけないの?」と反発、それを聞いたエリセは本名のまま演じさせることを決断したという。成長したアナは次第に女優として生きる道を志すようになりニューヨークへ留学、演技の勉強を続けた。最近ではナタリー・ポートマンとスカーレット・ヨハンソンが主演した映画「ブーリン家の姉妹」(2008)にも出演している。一本の映画が一人の少女の運命を決定付けたのである。
さて、エリセの第二作「エル・スール」は1982年の作品である(第三作「マルメロの陽光」はさらに10年後の1992年)。
評価:A
哀しい映画だけれど静謐な叙情があり、そして最後は仄かな希望が見えてくる。この作品を観る度に僕は涙が溢れてくるのを止めることが出来ない。しかしその涙は決して不快ではない。それは登場人物たちに向けられたエリセの眼差しが、限りなく優しいからであろう。
映画はフェード・イン、フェード・アウトを繰り返すが、その瞬間がベラスケスやミレーの絵画を彷彿とさせ、荘厳な美しさを湛えている。
この作品で特記すべきは音楽の使い方の巧さである。カフェ・オリエンタルの場面で登場する秘やかで切ないグラナドス/オリエンタル(「スペイン舞曲集」第2曲)、そして少女の南へ(エル・スール)の憧れの象徴として流れるグラナドス/アンダルーサ(「スペイン舞曲集」第5曲)。いずれも鮮烈な印象を刻印する。考えてみればこれらの名曲に僕が最初に出会ったのも20年前に観たこの映画だったなぁと懐かしく想い出した。
興味を持たれた方はDVDが発売されているので、是非ご覧下さい。
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