桂枝雀/没後十年、生誕七十周年
4月19日。今日は落語家・桂枝雀(二代目)の命日である(没後十年)。そして来る8月13日は生誕七十周年にあたり、サンケイホールブリーゼに一門が集い記念イヴェントが開催される予定になっている。この春には新たなDVD-BOX「枝雀十八番」も発売された(一門による座談会、副音声コメンタリー付き)。
最近上方落語を聴くようになって、高座のマクラで話題になる噺家のツー・トップは(小米朝 改め)桂米團治さんと、枝雀さんであることに気がついた。米團治さんは天然ボケのエピソードの数々、そして彼のキャラクターが落語に登場する《若旦那》にそっくりそのままであることがしばしば語られる。一方、枝雀さんの場合は在りし日の高座が如何に大爆笑であったかについてしみじみと……。その度に僕は、枝雀さんの不在が今の上方落語にとってどれほど痛手であったかを身に染みて感じるのである。
残念なことに僕は枝雀さんの高座を生で聴く機会に恵まれなかった。落語の面白さ、豊かさに気が付くのが遅すぎたのだ。だから枝雀さんのことはDVD及びテレビでしか知らない。それでも、その凄さは十分に分かる。《不世出の天才》《爆笑王》……これらの言葉が相応しい落語家が、果たして他にいるだろうか?
枝雀さんの座右の銘は「萬事(ばんじ)気嫌よく」。色紙を頼まれると、いつもこの言葉を書かれていたそうだ。稽古の虫でもあった。電車の中で、あるいは散歩中も常にぶつぶつとネタを繰っていたらしい。
うつ病という持病があった枝雀さんは決して明るい人間ではなかった。高座でいつもニコニコ笑う《稽古》もしていたという。本人曰く、「こうして《仮面》を身に付けることに成功したのです」……死因は自殺であった。
NHK総合「かんさい想い出シアター」では4/11と18(土)の2週、枝雀さんをシリーズで特集した。第1回は新作落語「夢たまご」、第2回は古典「八五郎坊主」が取り上げられた。
枝雀さんの新作は、爆笑の古典とは雰囲気(色彩)がかなり異なる。そこには「落語とは何か?」という信念、哲学が反映されている。夕暮れ時、あたりは薄暗く万物の境界がぼんやりと溶け合ってくる時間。「そは彼の人か」…現(うつつ、此岸)と夢(彼岸)の境界まで曖昧になってくる。最早達観した世界。その中に独り淋しく、静謐に佇む枝雀さんの姿がある。「この人は、もう死ぬしか他に道がなかったんだ」と落語を聴く誰しもが、そう想うことだろう。
「夢たまご」も良いが、僕は「山のあなた」(DVD「桂枝雀/落語大全 第四十集」収録)がとても好きだ。枝雀さんの新作は哀しい。でもそこには幽玄の儚い美しさ、人生の真実を映し出す言葉がある。ちなみに弟子の南光さんは将来もっと年をとって頭が薄くなってきたら、是非「夢たまご」に挑戦したいとNHKの番組内で仰っていた。
枝雀さんの創作に関しては、《SR》にも触れないわけにはいかないだろう。Short Rakugoというだけではなく、SF Rakugoの意を兼ねているだけあって、星新一ショートショート的色合いも濃い(DVD「桂枝雀/落語大全 第二十八集」収録)。何とも不思議な味わいがある作品である。
枝雀さんが始めた英語落語は現在、桂かい枝さん(文枝一門)や、笑福亭鶴笑さん(松鶴一門)らが受け継ぎ、《SR》は笑福亭たまさん(松鶴の孫弟子)の《ショート落語》として結実している。その遺志を継いだのが枝雀一門でないところが、落語という芸能の面白いところでもある。
最後に、「落語と云(い)うのは」と題された箇条書きの中から、枝雀さんが記された言葉を引用してみよう。
「生きててよかったなァと思って貰(もら)うもの」
果たして、21世紀中に(三代目)枝雀は生まれるのだろうか?興味は尽きない。
| 固定リンク | 0
「古典芸能に遊ぶ」カテゴリの記事
- 柳家喬太郎 なにわ独演会 2024(2024.12.13)
- 桂 二葉 独演会@兵庫芸文(2024.12.12)
- 柳家喬太郎独演会@兵庫芸文 2024(2024.12.12)
- 映画「オッペンハイマー」と、湯川秀樹が詠んだ短歌(2024.06.15)
コメント
私も生の枝雀さんは2回位です、あとはCDばかり。
毎日のように聞いてしまうのですが、同じところで何回でも笑えて泣けてきます。
雀々さんの名前なんかも出てきて、可愛がってられたのでしょうね。
吉朝さんは一度も拝見したことないのですが、生きておられたら米朝さんを襲名されたかもしれませんね。
投稿: jupiter | 2009年4月19日 (日) 22時20分
jupiterさん、コメントありがとうございます。
遂に雀々さんを今週生で聴いて来ます!(これが初体験)そして、5月にそごう劇場である独演会も2日連続で聴く予定です。
こんな事書いたら一門の方々に怒られそうですが、僕は将来「米朝」の名を継ぐのに最も相応しいのは吉坊さん(吉朝の弟子)ではないかと想っています。米朝さんご自身も、新聞に若い頃の自分と吉坊さんを重ねて書かれていますし。
「吉朝」を誰が継ぐのかも興味深いところです。吉弥さんか、はたまた、よね吉さんか……。襲名問題は(端から見ている分には)面白いですね。
投稿: 雅哉 | 2009年4月20日 (月) 00時04分