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2009年4月

2009年4月30日 (木)

桂文太で落語三昧/昭和の日はどっぷり、昭和町 2009

4月29日、「昭和の日」は大阪市・昭和町でどっぷり落語漬けとなった。

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ここで「田辺寄席」が朝から晩まで一気に五回公演されたのである。

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整理券が必要で基本的に入場無料。会場を出る時に有志は"笑納金"を箱に収める仕組み。僕は別途、参加協力券(通し券)を2,000円で購入した。

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第一公演(苗代小学校)10:30〜12:00

  1. 桂福丸 「平林」
  2. りんりん亭りん吉 「つる」
  3. 千田やすし 「腹話術」
  4. 桂文太 「軽業」

第二公演(苗代小学校)12:30〜14:00

  1. 桂雀五郎 「子ほめ」
  2. 桂三象 「三象踊り」
  3. 桂文太 「禁酒関所」
  4. 笑福亭小つる 「愛宕山」

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第三公演(苗代小学校)14:30〜16:00

  1. 笑福亭智之介 「道具屋」
  2. 林家そめすけ 「物真似あれこれ」
  3. 桂文太 「高津の富」
  4. 春野美恵子 「浪曲/新釈・南部坂(忠臣蔵)」

第四公演(寺西家)16:30〜18:00

  1. 林家卯三郎 「湯屋番」
  2. 桂米平 「立体紙芝居/西遊記」
  3. 桂文太 「熊野詣」
  4. 桂米二 「茶の湯」

第五公演(寺西家)18:30〜20:00

  1. 笑福亭呂竹 「延陽伯」
  2. 桂朝太郎 「マジック」
  3. 桂文太  「袈裟茶屋」
  4. 桂春駒 「天狗裁き」

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計7時間半、20席(うち落語14席)を聴破。演る方も尋常じゃないし、聴く方だってそう。もう最後はヘロヘロだった。第五公演の開口0番で文太さん曰く、「シャブ中の状態っていうのは、こんな感じなんでしょうな」

小学生落語家・りんりん亭りん吉さん(第11回ワッハ上方大賞金賞受賞、公式ブログはこちら)は丁度一年ぶりに聴いたが、表情豊かで可愛らしく、リズム感もあってセンス抜群。自宅のテレビ画面の右上に「アナログ」と表示が出て、両親がイライラするというマクラも出色の出来だった。声も一年前より通るようになってきた印象を受けた。

文太さんの五席が何れも充実した至芸であったことは言うまでもないが、今回一番注目されたのは「熊野詣」。これは文太さんの師匠である故・桂文枝(五代目)の創作落語。「熊野古道を愛する会」から依頼を受けたことをきっかけに取り組み、以来三年間ひたすら古道を歩くことで構想を練ったという作品である(詳しくはこちら)。

「熊野詣」の完成度は決して高いとは言えないが、熊野古道のガイダンス的側面は古典落語「天王寺詣り」を彷彿とさせ、三本足の八咫烏(やたがらす)が登場する件は「天狗裁き」、そして最後に歌を詠む場面は「天神山」といった具合に古典のエッセンスを巧みにブレンドした作品となっていた。

文太さんはこの噺を高座にかける前に文枝の未亡人に挨拶に行かれたそうである。そして、「師匠より上手にせんといてや。DVDが売れんようになったら困るさかい」と言われたとか。ちなみに「五代目桂文枝」DVD+CD BOXは10枚組(分売なし!)26,880円である。発売元はよしもとアール・アンド・シー。さすがよしもと、えげつない商売をする。

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2009年4月28日 (火)

映画「ミルク」

評価:B

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アメリカ現代史を知る上で、大変勉強になる作品。そのことがエンターテイメントとしての映画にとってプラスなのか、そうではないのかは議論の分かれるところだろう。後は個々人の嗜好の問題である。公式サイトはこちら。アカデミー賞では主演男優賞(ショーン・ペン)、脚本賞を受賞。また作品賞、監督賞などにノミネート。

ゲイの活動家ハーヴィー・ミルクの半生を描く実話。脚本を書いたダスティン・ランス・ブラックと監督のガス・ヴァン・サントもゲイだそうだ(こちらの記事を参照)。

この映画で初めて知ったミルクの生涯を追っていくと、その生きざまがマーティン・ルーサー・キング牧師に重なってくる。最後に暗殺されるという点でも両者は似ている。

キング牧師による黒人(アフリカ系アメリカ人)の公民権運動が最高潮に盛り上がるのは1960年代。かの有名な演説"I Have a Dream"を彼が行ったのは1963年である。だから1970年代に巻き起こるミルクによる性の解放運動はそれから約10年遅れていたと言える。恐らくその理由は、ゲイは見た目だけでは分からないこと、つまり多くの人々がなかなかカミング・アウト(=クローゼットの中から出ること)が出来なかったこと、そして宗教上の理由(キリスト教は同性愛を禁じている)などが考えられる。映画の中にもゲイを認めない人々の「何故なら、聖書に書かれているからだ」という台詞が登場する。このあたりのニュアンスは中々日本人には理解し辛いところである。

アメリカ独立宣言が書かれたのは1776年。しかしその理想を現実のものとして人々が勝ち得るまでには、さらに長い年月と、血の滲むような闘いを要したということがこの映画を通じて良く理解することが出来た。

言わずもがなではあるが、ショーン・ペンが渾身の熱演。表情や物腰が柔らかく、正にゲイそのもの。役者って凄いなぁとつくづく感銘を受けた。

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2009年4月27日 (月)

大植英次/大フィル 雨の中の「星空コンサート 2009」!

今年で4年目を迎えた大植英次/大阪フィルハーモニー交響楽団の「星空コンサート」。僕は初回から皆勤で大阪城・西の丸庭園に足を運んでいる。なお、昨年まで毎回あったテレビ収録は不景気のため今年はなし(→ブログ「やくぺん先生うわの空」)。

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過去3回は好天に恵まれたが、今年は当初25日(土)開催予定が雨で順延。翌日曜日、天気予報は曇りで降水確率は30%だった。しかし蓋を開けてみると、リハーサルから本番まで雨が降ったり止んだり生憎の空模様となった。それでも入場者数約4千人。悪条件の中、大したものである。決行した大フィルも偉いし、寒い中震えながら最後まで聴き通した観客の皆さんもご苦労様でした。

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16時ごろのリハーサル風景。スタッフが大植さんに傘を差しかけているのがご覧頂けるだろう。本番でも雨は降ったが、大植さんは(傘なしで)ずぶ濡れになりながら明るく元気一杯に棒を振られた。

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オケは前方に屋根がないので、ヴァイオリンおよびビオラ奏者は後方に下がり、立ったまま演奏した。

本当は14時からプレ・コンサートとして大阪府立淀川工科高等学校(淀工)吹奏楽部のステージがある予定だったが、翌日にずれ込んだので消滅してしまった。日曜日に淀工は狭山市SAYAKAホールで13時から演奏会があり(チケットは発売日たった1時間で完売)、バッティングしたためだ。それでも16時30分には淀工の丸谷明夫先生(丸ちゃん)が西の丸庭園に姿を見せた。

本番は18時30分。しかし雨のため少々開演がずれ込み、準備が整うまで大植さんが電子ピアノでソロを披露して下さった。

  • ベートーヴェン/ピアノソナタ第14番「月光」第1楽章
  • ガーシュウィン/3つの前奏曲より第2曲

そして本編のプログラムは、

  • ワーグナー/歌劇「ローエングリン」第3幕への前奏曲
  • J.シュトラウスⅡ世/ワルツ「春の声」
  • ベートーヴェン/交響曲 第6番「田園」より 第1楽章
  • ラロ/スペイン交響曲 より 第5楽章
  • M.ノーマン(J.バリー)/ジェームズ・ボンドのテーマ
  • コープランド/「アメリカの古い歌」より“ささやかな贈り物”
  • スーザ/行進曲「ワシントン・ポスト」
  • R.ロジャース/「サウンド・オブ・ミュージック」より
  • チャイコフスキー/序曲「1812年」
  • (アンコール)外山雄三/「管弦楽のためのラプソディ」より”八木節”

今年のテーマはエコ(ecology)。だから紙媒体でのパンフレットは配布されなかった。人間の手ではどうすることも出来ない自然の力を見せつけられたという意味で、正にこのテーマに相応しい天候だったと言うことも出来るだろう。

春の声」は最近の大植さんの特徴である音にタメを作った、テンポが変幻自在のワルツであった(これでは絶対踊れない)!その音楽的自由さは師のバーンスタインよりも、寧ろレオポルド・ストコフスキーに似て来たのではないかと僕は感じている。いや〜、面白かった。

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上の写真はベートーヴェンの肖像画を持つ大植さん。「一度、この楽聖と同じ格好をしてみたかったんです!」

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田園」は以前ベートーヴェン・チクルスで聴いた時よりも柔軟で、しなやかさを増した音楽になっていた。大植さんの現在の良好な健康状態が、演奏に明らかに反映されている。

スペイン交響曲」のヴァイオリン独奏は黒田小百合さん。吹田市在住の11歳。

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音尻で、もう少し早く弓を弦から放せばもっと軽やかに聴こえるのにとか、混じり気(雑音)が気になるとか今後の課題は散見されたが、何と言ってもまだまだ小学生。力強い音色で大器の予感を抱かせるに十分な資質を備えたヴァイオリニストである。今後を大いに期待したい。

ところで大フィルからの公式発表プログラム(hoshizora@osaka-phil.comに空メールを送ると、Eメール形式で自動配信される)には「ジェームズ・ボンドのテーマ」の作曲がJ.バリーとなっているが、これは誤りである。かつて英「サンデイ・タイムズ」紙はこのテーマを007シリーズの音楽を担当してきたジョン・バリーが書いたという趣旨の記事を書き、それに対し著作権を保持する作曲家モンティ・ノーマンが名誉毀損訴訟を起こした。そして2001年3月18日にノーマン側の主張が全面的に認められ、結審ししている。バリーは寧ろ、アレンジャーとしての役割を果たしたというべきであろう。 

ジェームズ・ボンドのテーマ」で大植さんは甥っ子から連絡を受け知ったというインターネットに書かれた自分の風貌の描写を読み上げた。具体的にはこちらのブログの二行目、「間違ってもらっては困るが…」の件(くだり)である。これを読み頭に血が上ったという大植さん、対抗措置として格好いいところを見せようとサングラスを掛けボンド風に変身。客席に下りてボンド・ガールを探すというパフォーマンスをされた。「これを書かれた方、きっと今日いらしていると想います。後で是非、僕に声を掛けて下さい!お話しましょう」と大植さん。でもこの記事、東京公演の感想なんですけれど……。

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ワシントン・ポスト」では大阪市の平松市長が登場。大植さんに促され、曲の後半を指揮する一幕も。市長が振り始めるとテンポが落ちてしまったのは、まあ御愛嬌。8月から開催される水都大阪2009(公式サイトはこちら)もちゃっかり宣伝された。今年の「大阪クラシック」は丁度この時期と重なることになる。

サウンド・オブ・ミュージック」は《私のお気に入り》《もうじき17歳》《サウンド・オブ・ミュージック》《愛など続かない》《ひとりぼっちの羊飼い》《エーデルワイス》《ド・レ・ミの歌》などのメドレー。そして最後は勿論、感動の名曲《すべての山に登れ》であった。なお《愛など続かない》は映画版には登場しない、舞台だけのナンバーである。

余談だが、僕はバーンスタイン作曲「キャンディード」の終曲《Make Our Garden Grow》は、《すべての山に登れ》と非常に近い雰囲気を持っていると想っている。修道院長がマリアに餞(はなむけ)の言葉として歌う、《すべての山に登れ》の歌詞(作詞:オスカー・ハマースタイン2世)を紹介しよう。

  Climb every mountain, search high and low,
  Follow every byway, every path you know.
  Climb every mountain, ford every stream,
  Follow every rainbow, 'til you find your dream!

  A dream that will need all the love you can give,
  Every day of your life for as long as you live.

  Climb every mountain, ford every stream,
  Follow every rainbow, 'til you find your dream!

すべての山に登りなさい、高い山も低い山も訪ね
知っている小道なら、どんなわき道でも辿りなさい
すべての山に登り、すべての浅瀬を渡り
すべての虹を追って、あなたの夢を見出すのです

夢を叶える為には、あなたが与え得るすべての愛が必要です
生きている限り、来る日も来る日もその愛を与え続けるのです

すべての山に登りなさい、すべての浅瀬を渡り
すべての虹を追って、あなたの夢を見出しなさい

中学生の時、映画「サウンド・オブ・ミュージック」を観て感激した僕は、大学の卒業旅行でオーストリアのザルツブルクに旅し、映画のロケ地を訪ねた。《ド・レ・ミの歌》を歌いながら、ミラベル公園を歩いたりもした。そんなことどもを懐かしく想い出しながら聴いた。

プログラム最後は星空コンサート恒例「1812年」。バンダ(金管別働隊)として淀工、箕面自由学園高等学校吹奏楽部、明浄学院高等学校吹奏楽部、近畿大学吹奏楽部らが加わった。

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バンダを指揮したのは芝生の客席中央に立った丸ちゃん

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丁度、大植さんと向かい合う形となった。大植さんから「丸谷先生は吹奏楽の世界遺産です!」との紹介もあった。100名に上るバンダは大迫力であった。

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上の写真は「祭」と書かれた法被を着た大植さん。アンコール「八木節」の模様である。そういえばリハーサル時にジョン・ウィリアムズ/「スター・ウォーズ」のテーマを演奏してくれたのだけれど、本番ではなかった。あれはもしかして、早くから忍耐強く待っている聴衆へのファン・サービスだったのだろうか??

いずれにせよ大植さん、次回も楽しみにしています。そして来年は、晴れたらいいな!

 記事関連blog紹介:(同じコンサートを聴かれた方の感想)

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2009年4月25日 (土)

らぶりぃ寄席/桂雀々 三番勝負 その1

河内長野市Lovery Hallで桂雀々さんの口演を初めて聴いた。

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枝雀一門である雀々さんは上方落語協会に所属されていないので、天満天神繁昌亭昼席に出演できない。夜席も協会員からゲストとして招かれない限り高座に上がれないので、今まで中々聴くチャンスがめぐって来なかった。「ようやくお会いできましたね」という気持ちで一杯である。これで枝雀直系の弟子8人中、病気療養中のむ雀さんを除き7人全員の高座を聴いたことになる。

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  • すずめ家すずめ/酒の粕
  • すずめ家ちゅん助/強情灸
  • 桂 雀々/鶴満寺
  • 桂 雀々/子ほめ

雀々さんが二席ということで最初は物足りないかな?と心配していたのだが、マクラもたっぷりあって、とても充実したひと時だった。観光バスでマイクを握り締め、台湾からの旅行客を相手に8時間孤軍奮闘したエピソードには大笑い!怪しげな広東語(?)も傑作だった。

枝雀師匠との想い出や、(小米朝改め)米團治さんのこと…彼が落語に登場する「若旦那」そっくりであるということも(またまた)話題となった。

雀々さんの語り口はポンポン気持ちよく言葉が飛び出してきて、疾走感がある。そのリズムは聴いていて実に心地よい。もう最後は汗だくで、枝雀さんの「一生懸命のお喋りでございます」を想い出した。

では雀々さんの高座は枝雀さんのコピーみたいかと問われれば、それは全然違う。例えば「鶴満寺」には登場人物が次第に酔っ払っていく描写がある。酔っ払いは枝雀さん得意中の得意とするところ。その演じる理論はこうだ(ちくま文庫「桂枝雀のらくご案内」から引用)。

  1. ロレツがまわらなくなる。
  2. ものがはっきり見られなくなるので、その分だけ逆に一点を時々ジーッと見つめようとする。
  3. 自分の体の力が脱けていくわけですから、重力に従って姿勢が低くなっていく。

そして枝雀さんのギャグは最後におでこを床にゴツンとぶつけて笑いを取るのである。

雀々さんもこの理論に従い次第次第に姿勢が低くなっていった。しかし、おでこゴツンは最後までされなかった。ここに僕は「自分は師匠とは違う」というこだわりを見た気がした。

昨年10月、雀々さんが出版した自叙伝「必死のパッチ」(幼少期から枝雀さんとの出会いまでが描かれる)は大いに話題となった。そして今年はその続編の発刊予定があるらしい。今度はいよいよ入門後、枝雀さんと過ごした日々、そして師匠の死までが描かれるようだ。大いに期待したい。

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2009年4月24日 (金)

鈴木秀美と仲間たち/モーツァルト&ウェーバーのクラリネット五重奏

大阪音楽大学/ザ・カレッジ・オペラハウスで聴いた、鈴木秀美さんプロデュースによる室内楽の話をしよう。

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曲目は、

  • モーツァルト/クラリネット五重奏
  • ウェーバー/クラリネット五重奏

鈴木秀美さんは言わずと知れたバロック・チェロの世界的名手。ヴァイオリンがバッハ・コレギウム・ジャパン(指揮:鈴木雅明)および、オーケストラ・リベラ・クラシカ(指揮:鈴木秀美)のコンサート・マスターを務める若松夏美さん。そしてバセット(ヒストリカル)・クラリネットの名手ロレンツォ・コッポラ(イタリア出身、オランダのデン・ハーグ王立音楽院で学ぶ)が登場し、秀美さんの通訳を交え楽器に纏わるレクチャーもあった。

クラリネットが登場したのは18世紀の初め頃。初期の楽器は音域によって音が出たり引っ込んだり均一には鳴らず、ベートーヴェンら当時の作曲家たちはその陰影を活かすように譜面を書いたとのこと。

モーツァルトの五重奏は名手アントン・シュタードラーのために書かれ、想定されていたのはバセット・クラリネットという特別に広い低音域を備えた楽器だった。普段、我々が聴いている演奏(新モーツァルト全集、ベーレンライター版)はなんと、出ない音を変更して通常の楽器で吹けるよう編曲されたものだったのだ。実際オリジナルを聴いてみると林の中を吹き抜ける微風のような、とても柔らかく優しい音色がした。さすが「クラリネット・ダムール」(d'amor=”愛の”)と呼ばれるだけのことはある。なおこれは、モーツァルト没後200年を記念して1991年に漸く復元された楽器だそうである。

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コッポラ氏はモーツァルトの五重奏にはオペラの影響が色濃い(庶民が気軽にオペラを愉しむための代用品という側面もある)というお話をされた。その特徴がさらに顕著だったのがウェーバーの五重奏。第1楽章はオペラの序曲風に始まり、ロッシーニ的軽快さを持つ第1主題へ。そして叙情的アリアを想わせる緩徐楽章、農民たちが陽気に踊る第3楽章メヌエットを経て、終楽章のロンドはコッポラ氏曰く、「ここまでイタリア・オペラ風だったのが、一気にスペインに飛びます」。半音階を駆使し、幅広い跳躍もあり、ヴィルトゥオーゾ的で心躍る愉しい曲だった。

アンコールはチェコ出身の作曲家、アントン・ライヒャ(アントニーン・レイハ)/クラリネット五重奏〜終楽章

なお、A音=430Hz(古典派ピッチ)で演奏された。ちなみにモダン・ピッチは440-442Hz、バロック・ピッチが415Hz、ヴェルサイユ(フレンチ)・ピッチが392Hz。時代を溯るに従い、音程は下がっていく。「絶対音感」という言葉があるが、あれは本来「相対音感」が正しい。時代により「正しい」周波数が異なるのだから。つまり「絶対音感」は生まれながらに持っているものではなく、音楽教育により生後獲得される能力だということがお分かり頂けるだろう。

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2009年4月23日 (木)

有田正広/フルート400年の旅

大阪のいずみホールで有田正広さんのフルートを聴いた。伴奏は有田千代子さん。このホールが所有するフレンチ・モデルのチェンバロと1820年代に製作されたフォルテピアノ(シュトライヒャー製作)が使用された。

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曲目は、

  • エイク/イギリスのナイチンゲール&わが麗しのアマリッリ
  • ランベール=オトテール/ブリュネットとドゥーブル《ある日ぼくのクロリスは…》
  • クープラン/恋のうぐいす
  • ブラヴェ&クヴァンツ/組曲 ホ短調
  • J.S.バッハ/ソナタ ホ短調
  • ドビュッシー/パンの笛、またはシランクス
  • ドンジョン/3つのサロン・エチュード
  • F.X.モーツァルト/ロンド ホ短調
  • ドゥヴィエンヌ/フルートとバスのためのソナタ ホ短調
  • 福島和夫/冥

そしてアンコール、

  • ウッダール/セレナーデ
  • ラヴェル/ハバネラ形式の小品

プログラムの10曲を、9本の年代の異なるフルート(作曲された当時の楽器)で吹き分ける。それも1600年頃に製作された穴を指で直接押さえるルネッサンス・フルートから1730年頃のバロック・ピッコロを経て、現代のベーム式キー・システムによるものまで多種多様。世界広しといえど、こんな離れ業が出来るのは有田さんただ一人だろう。正に"笛の魔術師"。しかも指は良く動くし、無駄に漏れる空気音もなく、何れの楽器も奏法が完璧なのが凄い。

ガット弦で聴く古楽演奏もそうなのだが、木製のルネッサンス・フルートやバロック・フルートの音を聴いていると、さながら森の中を彷徨っているような感覚に陥る。楽器が呼吸しているのを肌で感じられるのだ。また当時の楽器の音は鳥の声に近い。だから実際に曲名が「ナイチンゲール」とか「うぐいす」など、鳥に因んだものが多いのである。

F.X.モーツァルトはなんと、あのヴォルフガング・アマデウスの末子!息子も作曲家だったなんて今回初めて知った。浪漫的色彩の濃い中々素敵な曲だった。

現代音楽「冥」は低音部が尺八の奏法を模していて、高音部は篠笛を彷彿とさせた。東洋と西洋の融合を図った面白さがあった。

フルート400年の歴史を一夜で俯瞰する画期的なコンサート。有田さんはいずみホールのスタッフと相談しながら今回のプログラムを決めていかれたそうだ。この素晴らしい企画を実現したいずみホールに対して、この場を借りて心から感謝したい。ただ、漸く実現した名手・有田さんの大阪でのコンサートなのに客の入りが今ひとつだったのは真に勿体ない話である。

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2009年4月22日 (水)

京都の旅/大植英次のチャイコフスキー

大植英次/大阪フィルハーモニー交響楽団により年一回開催されている京都特別演奏会を聴きに往った。

演奏会は午後7時なので折角大阪から足を運ぶのだからと有給をとり、昼間はぶらり京都をひとり歩きをすることにした。

で、何処に往こうかと考えた挙句、やはり僕にとってここは「怪奇大作戦/京都買います」(実相寺昭雄 監督の最高傑作!)の街なので、ロケ地を訪ねることにした。

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上の写真は東福寺の方丈庭園である。

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方丈から通天橋の眺め。新緑の美しさは、さながら「楓(かえで)の海」。紅葉の時期はさぞかし絶景であろう。

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今度は逆に通天橋から方丈を見る。なお、方丈庭園の入場料400円、通天橋は別料金でさらに400円。うむむ……

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この回廊を嘗て、「京都買います」の牧(岸田森)と美弥子が歩いた。

 関連記事:

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次に訪ねたのが世界文化遺産となった下鴨神社。ここは京都としては珍しく入場無料である。

現在、僕がお気に入りの作家に森見登美彦(「夜は短し歩けよ乙女」で山本周五郎賞受賞、公式ブログは→こちら)がいる。彼の小説「有頂天家族」に下鴨神社やその参道「糺(ただす)の森」が登場し、読んでいて無性にこの森の雰囲気を味わいたくなったのである。深閑として厳かな雰囲気があり、なかなか素敵であった。

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さて、いよいよ京都コンサートホールに到着である。

曲目は、

  • スメタナ/歌劇「売られた花嫁」序曲
  • シベリウス/ヴァイオリン協奏曲
  • チャイコフスキー/交響曲 第5番

独奏は大フィル首席コンサートマスターの長原幸太さん。夫人も聴きに来ていたようだ(大植さんが客席の彼女に向かって呼びかけ、手を振る一幕もあり)。よって今回はゲスト・コンサートマスターとして新日本フィルのソロ・コンマス崔 文洙さん(公式サイトはこちら)が招聘された。チャイコフスキーで長原さんは1st.ヴァイオリン最後尾で演奏した。

スメタナシベリウスは通常の配置、プログラム後半のチャイコフスキーは大植さんがベートーヴェンやブラームスでする対向配置(コントラバスはオケ最後方に横一列)だった。

軽快なスメタナの後、演奏されたシベリウスのコンチェルトは昨年一月の定期で聴いている。しかしこの時は、独奏のサラ・チャンがあっけらかんとした明るい音色で作品世界をぶち壊にした。彼女に対して「もう二度と日本に来なくていいよ」と本気で想ったくらいである。長原さんは大フィルのコンマスに就任した当初からこの曲を演りたいと希望していたそうで、入魂の演奏だった。力強く研ぎ澄まされた音色、作品が持つ固有の仄暗さも兼ね備え、申し分なし。それにピッタリと寄り添う大植さんのサポートも万全であった。

さて、休憩後はお待ちかねのチャイコフスキーである。このコンビによる交響曲 第6番「悲愴」は僕が生で聴いた内、最高の名演であったという気持ちは今も変わりない。

ムラヴィンスキーの下、レニングラード・フィルの首席コンサートマスターを務めたヴィクトル・リーバーマン(リベルマン)は1990年代に亡命し、後にアムステルダム・コンセルトヘボウに入団した。そのリーバーマンから大植さんはチャイコフスキーを演奏する時の秘訣を直伝されたそうだ。

大植さんによる交響曲第5番は2006年の大フィル定期および梅田芸術劇場の演奏会でも取り上げられたが、残念のことに僕はたまたま都合が悪く聴き逃してしまった。だから今回、漸く念願を果たしたという感慨が深い。

先日のブラームス/交響曲第3番でも感じたことなのだが、このチャイコフスキーも極めて自由度が高いものだった。

第1楽章、序奏部の「運命の動機」は沈鬱で、凍てつくシベリアの雪原を想わせる。そして主部の第1主題に入るとその風景が次第に変化し始める。あたかも雪解けと共に流氷がゆっくりと動き出すかのようだ。そして第2主題のカンタービレ。大地が、そして生き物たちが伸び伸びと生を謳歌する。《溜め》が効いていて、テンポの変化は目まぐるしい。強弱も極端なくらいついており、押しては返す波のような音楽。ニュアンスに富み、デフォルメされたチャイコフスキーの姿がそこにはあった。

また、第3楽章のワルツの何と弾けていることだろう!指揮台の大植さんも生き生きとして躍動感があり、本当に愉しそうだ。

そして第4楽章。序奏では「運命の動機」が長調になり、あたかも勝利の凱旋のように力強い行進を見せる。そして主部に入ると猛烈な加速が掛かり音楽は猪突猛進、疾風怒濤の展開となる。CDを含めこの4楽章がこれほど速いのは正に前代未聞である。

壮絶な演奏だった。京都の聴衆が熱狂したことは言うまでもない。「やり過ぎだ」という意見もあるだろう。しかし僕はこの破天荒な面白さを断固支持する。チャイコフスキーはこれくらいやっていい。

アンコールは長原さんのソロでマスネ/タイスの瞑想曲。実はこれ、彼にはナイショで準備されていて、不意打ちの出し物だったそうだ。曲名を聞いて驚いた長原さん、仲が良い2nd.Vn.トップの佐久間さんに対して「騙しやがったな」と怒るポーズ。でも譜面台が用意されると大植さんに「暗譜で大丈夫」とアピール。今回のプログラムにはハープが用意されていなかったので、ハープのアルペジオ(分散和音)は一部のヴィオラとチェロによるピチカートに置き換えられた。

実に愉快で、中身の濃い演奏会であった。

 記事関連blog紹介:(同じ演奏会を聴かれた方の感想)

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2009年4月20日 (月)

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評価:A+

文句なし、完全無欠の映画である。公式サイトはこちら

一昨年、アカデミー作品賞・監督賞を受賞した「ディパーテッド」に対する筆者の評価はD(レビューはこちら)、昨年の「ノーカントリー」はBだった(レビューはこちら)。だから今年は久しぶりに納得のいく、心から祝福出来る受賞結果であったと言える。

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まずインドのスラム街を舞台として、鮮烈な色彩感溢れる映像が素晴らしい(アカデミー撮影賞受賞)。このセンス、舞台設定で僕が即座に想い出したのは黒澤明監督の初カラー作品「どですかでん」(1970)である。

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また斬新なカット割り、縦横無尽に走るカメラとエッジが効いた編集(アカデミー編集賞受賞)の相乗効果はブラジル映画「シティ・オブ・ゴッド」(2002)を彷彿とさせる(これもスラム街を舞台としたストリート・チルドレンの物語)。

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映画全体の1/3、主人公ジャマールの幼少期はヒンズー語で描かれる(英語字幕付き)。そしてジャマールが成長し、子役が交代した時点で子供たちの会話も英語に切り替わる。ここの演出がとても自然で、実は《映画的嘘》なのだけれど違和感が無い。監督のダニー・ボイル、大した男である。

ジャマールとその兄サリーム、そして主人公が愛する少女ラティカは成長に合わせてそれぞれ3人の役者で演じられる。しばしば映画では「えーっ!、あの可愛い子供が大人になって、こんな顔になるか??」と突っ込みを入れたくなることがあるが(最近では「つぐない」が典型例)、本作ではそれがない。キャスティングがパーフェクトである。

またシナリオ(アカデミー脚色賞受賞)の素晴らしさについても触れないわけにはいかないだろう。幼少期、ジャマールは憧れのスターからブロマイドにサインを貰おうと夢中になって駆ける。しかし兄のサリームには弟の異常なまでの情熱・固執が全く理解できないし、むしろ嫉妬さえ感じてそれを妨害しようとする。実はこの関係はふたりが長じてからも繰り返されることになる(《鍵をかける》という象徴的行為も2度ある)。つまり、ブロマイド=ラティカのメタファー(暗喩)となっているのである。本作は一部マスコミが《純愛映画》のように宣伝している趣があるが、僕はむしろこれは三角関係を描いた作品なのではないかと考える。

映画の中盤、孤児を道具にして金を稼ぐ裏社会のボス・ママンからサリームは人生の選択を迫られる。「このまま惨めなスラム生活を続けるのか、それとも弟を犠牲にして大金持ちにのし上がるのか?」と。これは後に、クイズショーの司会者からジャマールが選択を迫られることと対になっており、伏線の張り方が実に巧みである。《数々の選択がその人の人生を決める》これが本作の大きなテーマと言えるだろう。

「スラムドッグ$ミリオネア」で描かれる社会は悲惨である。多くの登場人物たちは暗い人生を歩むことになる。しかし、だからこそ人々はジャマールとラティカに自分たちの夢を託し、テレビの前で熱狂的に応援するのだ。この映画には躍動感と強烈なパワーがある。

そして最後に流れる"Jai Ho"は聴いていて本当にワクワクする名曲である。これがアカデミー歌曲賞を受賞したこと、及び映画がアカデミー作品賞・監督賞を受賞したのは……

D.  It is written. (運命だった)

「ファイナルアンサー?」「イエス、ファイナルアンサー」

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2009年4月19日 (日)

桂枝雀/没後十年、生誕七十周年

4月19日。今日は落語家・桂枝雀(二代目)の命日である(没後十年)。そして来る8月13日は生誕七十周年にあたり、サンケイホールブリーゼに一門が集い記念イヴェントが開催される予定になっている。この春には新たなDVD-BOX「枝雀十八番」も発売された(一門による座談会、副音声コメンタリー付き)。

Sijaku

最近上方落語を聴くようになって、高座のマクラで話題になる噺家のツー・トップは(小米朝 改め)桂米團治さんと、枝雀さんであることに気がついた。米團治さんは天然ボケのエピソードの数々、そして彼のキャラクターが落語に登場する《若旦那》にそっくりそのままであることがしばしば語られる。一方枝雀さんの場合は在りし日の高座が如何に大爆笑であったかについてしみじみと……。その度に僕は、枝雀さんの不在が今の上方落語にとってどれほど痛手であったかを身に染みて感じるのである。

残念なことに僕は枝雀さんの高座を生で聴く機会に恵まれなかった。落語の面白さ、豊かさに気が付くのが遅すぎたのだ。だから枝雀さんのことはDVD及びテレビでしか知らない。それでも、その凄さは十分に分かる。《不世出の天才》《爆笑王》……これらの言葉が相応しい落語家が、果たして他にいるだろうか?

枝雀さんの座右の銘は「萬事(ばんじ)気嫌よく」。色紙を頼まれると、いつもこの言葉を書かれていたそうだ。稽古の虫でもあった。電車の中で、あるいは散歩中も常にぶつぶつとネタを繰っていたらしい。

うつ病という持病があった枝雀さんは決して明るい人間ではなかった。高座でいつもニコニコ笑う《稽古》もしていたという。本人曰く、「こうして《仮面》を身に付けることに成功したのです」……死因は自殺であった。

NHK総合「かんさい想い出シアター」では4/11と18(土)の2週、枝雀さんをシリーズで特集した。第1回は新作落語「夢たまご」、第2回は古典「八五郎坊主」が取り上げられた。

枝雀さんの新作は、爆笑の古典とは雰囲気(色彩)がかなり異なる。そこには「落語とは何か?」という信念、哲学が反映されている。夕暮れ時、あたりは薄暗く万物の境界がぼんやりと溶け合ってくる時間。「そは彼の人か」…現(うつつ、此岸)と夢(彼岸)の境界まで曖昧になってくる。最早達観した世界。その中に独り淋しく、静謐に佇む枝雀さんの姿がある。「この人は、もう死ぬしか他に道がなかったんだ」と落語を聴く誰しもが、そう想うことだろう。

「夢たまご」も良いが、僕は「山のあなた」(DVD「桂枝雀/落語大全 第四十集」収録)がとても好きだ。枝雀さんの新作は哀しい。でもそこには幽玄の儚い美しさ、人生の真実を映し出す言葉がある。ちなみに弟子の南光さんは将来もっと年をとって頭が薄くなってきたら、是非「夢たまご」に挑戦したいとNHKの番組内で仰っていた。

枝雀さんの創作に関しては、《SR》にも触れないわけにはいかないだろう。Short Rakugoというだけではなく、SF Rakugoの意を兼ねているだけあって、星新一ショートショート的色合いも濃い(DVD「桂枝雀/落語大全 第二十八集」収録)。何とも不思議な味わいがある作品である。

枝雀さんが始めた英語落語は現在、桂かい枝さん(文枝一門)や、笑福亭鶴笑さん(松鶴一門)らが受け継ぎ、《SR》は笑福亭たまさん(松鶴の孫弟子)の《ショート落語》として結実している。その遺志を継いだのが枝雀一門でないところが、落語という芸能の面白いところでもある。

最後に、「落語と云(い)うのは」と題された箇条書きの中から、枝雀さんが記された言葉を引用してみよう。 

「生きててよかったなァと思って貰(もら)うもの」

果たして、21世紀中に(三代目)枝雀は生まれるのだろうか?興味は尽きない。

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2009年4月17日 (金)

大植英次/大フィルのロマンティック・ブラームス!

大植英次/大阪フィルハーモニー交響楽団(コンサートマスター:長原幸太)の定期演奏会を聴いた。

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プログラムは、

  • ブラームス/交響曲 第3番
  • バーンスタイン/組曲「キャンディード」(C.Harmon 編)
  • ストラヴィンスキー/バレエ組曲「火の鳥」(1919年版)

大植さんは痩せてスリムになった体で軽快に動いていた。アクションも大きく、元気一杯!

大植/大フィルによる「火の鳥」の感想は既に昨年聴いている(下記記事)。受けた印象に大きな変化はないので、ここでは敢えて繰り返さない。大植さんのストラヴィンスキーは文句なしに素晴らしい。

キャンディード」はバーンスタイン直伝であり、悪かろう筈がない。この組曲はそもそも、大植さんの為に編纂さらたものらしい(ただし、レニー本人の手でアレンジされたものではない)。

雄弁でかつこの曲特有の諧謔(ユーモア)、パロディ精神に富む演奏。弾むようなワルツから、終曲"Make Our Garden Grow"の祈りにも似た、崇高な盛り上がりに至るまで申し分ない。

キャンディード」と「火の鳥」は通常配置。一方、プログラム前半のブラームスは対向配置(1st.Vn.と2nd.Vn.が指揮台をはさみ左右で向かい合う)であった。コントラバスはオケの後方、横一列にずらりと並ぶ。しばしば省略される第1楽章提示部の繰り返しは敢行された。また、第2楽章から第4楽章までアタッカで(楽章間に休みを置かず、切れ目なく)演奏された。

大植さんのブラームスはあくまで《新古典派》の作曲家としてではなく、《浪漫派》の音楽として描かれる。例えば第1楽章、これほど極端なまでに緩急の変化に富み、恣意的にテンポを動かすブラームスは珍しいだろう。この方法論には賛否両論あってしかるべきであるが、僕は第3交響曲に関しては違和感が無かった。何故ならベートーヴェンを意識して20年かけて創作した(骨組みのしっかりした)第1番とは異なり、比較的短期間で書かれた後期の第3番はブラームスの私的心情の吐露があるからである。そこにはメランコリーが感じられ、黄昏時の憂愁の美しさがある。

たっぷり歌う大植さんの解釈は特に第3楽章で遺憾なく本領が発揮された。あくまでエレガント。そして、その響きは絹のように滑らか。大フィルが誇る優秀な弦楽セクションの真骨頂である。

ただし、第1楽章および第4楽章終結部のホルンのピッチが(いつものことながら)全く合っていなかったことは真に残念であった。

 関連記事:(ブラームス/交響曲第1番の感想)

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2009年4月16日 (木)

赤壁 決戦天下/レッドクリフ Part II -未来への最終決戦-

評価:B+

Sekiheki

映画公式サイトはこちらジョン・ウー(監督)の美意識が画面の隅々まで行き渡った渾身の傑作。アクション(合戦)シーンのスケールの大きさは空前絶後。《ライフ・ワーク》と呼ぶに相応しい仕上がりとなっている。CGにもお金が掛かっており、安っぽさや違和感はない。

金城武が爽やかに孔明を演じ、当にはまり役。また小喬を演じた林志玲(リン・チーリン)は本当に綺麗だ。

前作のレビューは下記。Part IIの冒頭で人物関係やあらすじの紹介があるので、混乱することはないだろう。

前にも書いたが岩代太郎の音楽がとにかく素晴らしい!打楽器を前面に押し出したそのアプローチはつい先日亡くなったモーリス・ジャール(「アラビアのロレンス」「パリは燃えているか?」「ドクトル・ジバゴ」)を彷彿とさせる。琴の掛け合いも迫力がある。

今回改めて、ジョン・ウーのスローモーションの使い方の巧さに唸った。マントや旗がゆっくりと翻る時の、なんという格好良さ!周瑜(トニー・レオン)の《剣の舞》もスタイリッシュな映像で美しかった。スローモーションが使用されるのは僅か数秒。1カットで5秒以上続くことは決してない。《スロー → 通常スピード → スロー》とカット割りを交互に繰り返すことで、編集にリズムをつけているのである。

結局物語の最後で劉備・孫権の連合軍は勝利を収めるのだが、後には空しさが残るというのも諸行無常の余韻があって良い。ただ、ヴィッキー・チャオ演じる尚香(孫権の妹)と敵の兵士との悲恋のエピソードは無くもがなで、些かダレた。

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2009年4月15日 (水)

キンボー・イシイ=エトウ/大阪シンフォニカー定期「春の息吹」

ザ・シンフォニーホールで大阪シンフォニカー交響楽団の定期演奏会を聴いた。タクトを振ったのは、この春から首席客演指揮者に就任されたキンボー・イシイ=エトウさん。

Osaka

曲目は、

  • ブリテン/シンプル・シンフォニー
  • ストラヴィンスキー/ピアノと管楽器のための協奏曲
  • シューマン/交響曲 第1番「春」

ストラヴィンスキーのピアノ独奏は岡田博美さん。達者なテクニックの持ち主。端正なタッチで、とても良かった。

オーケストラはブリテンが弦楽合奏のみで、ストラヴィンスキーが管楽器+コントラバス。そしてプログラム後半のシューマンで両者が合体するという構成がニクイ。

弦はいずれも対向配置。客席から向かって舞台左から右へ、1st.Vn.→Vc.→Va.→2nd.Vn. と並んだ(つまり1st.と2nd.Vn.が指揮台を挟んで向かい合う)。コントラバスは1st.Vn.の後方、舞台下手(客席から向かって左側)と中々面白い趣向。1st.と2nd.Vn.の掛け合いが手に取るように分かる。

キンボー・イシイ=エトウさんを聴くのは今回が初めて。グイグイとオケを引っ張っていき、音楽に推進力がある。キュッと引き締まった緊張感は最後まで途切れることがない。シューマンの交響曲は生命力に溢れ、春を謳歌する光で輝いていた。終楽章はパンチが効いていて実に爽快。素晴らしい資質、音楽的センスを持った指揮者だ。

ただオーケストラに関して、弦は問題ないのだがファゴットの出だしのタイミングがズレたりと、管楽器のアンサンブルが乱れる箇所が散見されたことは今後の課題であろう。

弦高管低。これは在阪オケ(そして恐らくは多くの日本のオケ)が抱える問題点である。大フィルはトランペットがお粗末だが、その点シンフォニカーの2人は巧い。しかしその反面、シンフォニカーはホルンが心許ない。ホルンに関する限り大フィルの方が実力は上(ただし、ピッチはしっかり合わせて欲しい)。まあ、一長一短といったところか……。

 関連記事:

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2009年4月14日 (火)

笑福亭たまの実験落語会"NIGHT HEAD"~第2章@コモンカフェ(4/13)

大阪・中崎町にあるcommon cafe(コモンカフェ)で笑福亭たまさんの落語会を聴く。夜7時30分開演。生三味線も入り、お代は2,000円。

聴衆の男女比は1対2くらい。1人で来ている20~30代の女性が多い。

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  • 笑福亭たま/新作ショート落語
  • 笑福亭たま/牛ほめ
  • 旭堂    南青/太閤の風流(講談)
  • 笑福亭たま/遊山船
  • 笑福亭松五/応挙の幽霊
  • 笑福亭たま/人間国宝(たま 作、初演)

まず最初に、(たまさん曰く)「《SR》ぽいショート落語」も2つ披露された。《SR》のことは当ブログでも何度か取り上げたが、故・桂枝雀さんが編み出したもので《Short Rakugo》と《SF Rakugo》を掛け合わせた名称。枝雀さんは落語の本質は「緊張の緩和」であると説いたが、《SR》の場合はサゲの後でも緊張が残る(緩和されない)のが特徴である、といった旨の解説がたまさんからあった。

たまさんの「遊山船」は、舞妓が南京豆を振袖に入れたら食べにくいだろうと言う喜六に対して、清八が「そんなん、入れへん」「違うがな、ひょっと入れたらや」「入れへん」「入れたらや!!」という会話の繰り返しがなんとも愉しい。心地よいリズム感がある。

応挙の幽霊」は比較的珍しい噺。松五さんは林家染丸 師匠から稽古を受けたそう。この幽霊の実際の画像が見られるサイトを発見→こちら!確かに噺に出てくる通り中々の美女である。

たまさんの新作は、文楽の人形遣いが人間国宝に選定されるが、なんと認定書交付式の当日に死んでしまう。生きていてこその人間国宝。そこで、おかみさんが弟子たちに指示したのは……という噺。古典落語「らくだ」で死人に《かんかんのう》を踊らせる場面をベースにしながら、発想の転換、物語を構成するセンスが抜群。やっぱりたまさんの創作は心底面白い。ただ刈り込んだためか、あっと言う間に終わってしまったのがちょっと物足りなかったかな。さらに練って膨らませば、もっともっと面白くなるだろう。この噺がこれからどう育っていくのか、大いに愉しみである。

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2009年4月13日 (月)

バッハ・コレギウム・ジャパン「マタイ受難曲」(メンデルスゾーン版)

鈴木雅明/バッハ・コレギウム・ジャパンによる「マタイ受難曲」は昨年、ザ・シンフォニーホールでも聴いた。この受難曲の歴史や作曲家・武満 徹とマタイの関係などについても語っているので、まずはその時の感想からどうぞ→こちら

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今回兵庫県立芸術文化センターで演奏されたのは、バッハの死後完全に忘れ去られていた「マタイ受難曲」を100年ぶりに蘇演した、メンデルスゾーン版(1841)によるもの(日本語字幕付き)。今年はメンデルスゾーン生誕200周年にあたる。

合唱や管弦楽がそれぞれ第 I 群 、第 II 群と左右に分かれているのはオリジナル版同様。しかし独唱者が昨年はソプラノ I ・ II 、アルト I ・ II、テノール I ・ II、バス I ・ IIとそれぞれ2人ずついたのに対し、今回は単独だった(ただしバスのみユダ/ペテロ/大司祭カヤパ/ピラト役を合唱団の1人が兼任し、イエス担当の独唱者と2人体制)。またメンデルスゾーンの時代にはオーボエ・ダモーレやオーボエ・ダ・カッチャといった古楽器が既に消滅しており、クラリネット/バセット・ホルンが代役を果たした(名手ロレンツォ・コッポラが担当)。さらに通奏低音ではヴィオローネとヴィオラ・ダ・ガンバが無くなった代わりに、チェロ2名とコントラバス2名が加わった。弦楽器はガット弦が使用され、ノン・ビブラート奏法であることはオリジナル版と同様。フルートは現代のベーム式(キー装置)ではなく、穴を指で直接押さえる木製楽器。またアリアやコラールの幾つかがカットされ、曲全体が短く刈り込まれている。

最初はバッハの音楽でクラリネットが鳴ることに対する違和感を若干覚えた。しかし次第にそれにも慣れ、僕は「マタイ受難曲」の美しく峻厳とした世界に魅了され、のめり込んでいった。

鈴木雅明さんの解釈は、当然ながらオリジナル版と基本的に変わらない。イエスの哀しみ、諦念を粛々と描きながら、時には静謐に、時には激しく劇的な感情で聴衆を呑み込む。もうこれ以上望むべくもない、圧倒的名演。ただ我々は、バッハが残した至高の芸術、魂を揺さぶる人類の遺産の前にひれ伏すのみである。

独唱者については《世界最高のエヴァンゲリスト》と呼び声の高いゲルト・テュルク(テノール)、イエス役のドミニク・ヴェルナー(バス)と、男性陣が特に充実した歌を聴かせてくれた。

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2009年4月11日 (土)

きん枝のがっぷり寄席&繁昌亭らいぶシリーズ II

4月6日(月)「きん枝のがっぷり寄席」@天満天神繁昌亭

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  • 桂   三若/妄想ノート(三若 作)
  • 柳家喬太郎/竹の水仙
  • 桂  きん枝/天神山
  • きん枝×喬太郎/対談(三象踊りあり)

広瀬和生(著)「この落語家を聴け!いま、観ておきたい噺家51人」という本がある。これは東京の噺家のみ対象としているが、その中で(大御所の談志小三治は別格として、)立川談春さんとともに絶賛されていたのが喬太郎さんだった(Web版は→こちら)。

だから今回初めて聴く喬太郎さんには大いに期待をしていたのだが、予想をはるかに上回るもの凄い高座だった。変幻自在のリズム感、天才的話術。この衝撃は、故・桂枝雀さんの高座にDVDで遭遇した時の体験に匹敵すると言っても過言ではないだろう。東京にもこんな《爆笑王》がいたとは!

僕が落語を初めて生で聴いた時点で既に枝雀さんは亡くなっており、とても悔しい想いをした。しかし、枝雀には間に合わなかったが、喬太郎には間に合った。この至福を今、しっかりと噛みしめたい。申し訳ないが、喬太郎さんの前ではきん枝さんが霞んで見えた。

「竹の水仙」はもう既に何度も聴いたネタだが、喬太郎マジックに掛かると全く違った噺に聴こえた。

詰まらない噺などない。詰まらない噺家がいるだけだ。

この真実を、鋭い刃で突きつけられたような心地がした。

対談できん枝さんが「上方の秘密兵器、テポドンを紹介します」と登場したシークレット・ゲストが三枝さんの弟子、桂三象さん。噂には聞いていた《三象踊り》だが、これは最高!三象さんの落語よりよっぽど面白い。珍しいものを見る様に、首を傾げて下から三象さんを覗き込んだ喬太郎さんの表情がまた可笑しくて、客席がどっと沸いた。

4月10日(金)「繁昌亭らいぶシリーズ 十巻完成記念 II

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  • 桂   壱之輔/転失気
  • 笑福亭銀瓶/阿弥陀池
  • 林家  染二/貧乏神(小佐田定雄 作)
  • 笑福亭鶴志/試し酒
  • 笑福亭三喬/べかこ
  • 桂   春之輔/死ぬなら今

銀瓶さんはとても滑舌が良く、軽妙な語り口で聴いていて爽快だった。

染二さんと鶴志さんは以前も同じ演者で聴いたネタだったのが一寸残念。どちらも、とても上手いのだけれど。

三喬さんによれば、上方には泥丹坊堅丸(どろたんぼうかたまる)という落語家が出てくる噺が3席あるそうだ。その一つが「べかこ」。これと「死ぬなら今」は初体験だった。

「死ぬなら今」は元々は上方のネタだが、現在は春之輔さんくらいしか演者がいないそう。東京では何人かいるらしいのだが。どうしてそんなに人気がないのかといえば、「しょ~もない噺でんねん」と。実際聴いてみて、これは珍品の類だなと想った。でも滅多にない機会だから、それはそれで良かった。

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2009年4月10日 (金)

映画「ヤッターマン」

評価:B+

実写ではあるが"漫画映画"の悦楽、ワクワク感に溢れた傑作。それは同時に、"作り物"の面白さにも繋がっている。オモチャ箱をひっくり返したような賑やかさが何とも愉しい!

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櫻井 翔、福田沙紀 主演。映画公式サイトはこちら

1977年から放送された、タツノコプロ製作のテレビ・アニメを僕は一度も見たことがない。「ブタもおだてりゃ木に登る」の語源がこの作品であることも全く知らなかった(古くからある故事だと信じていた)。しかし予備知識がなくとも何の不都合もなかった。

巷ではドロンジョを演じたセクシーな深キョン(深田恭子)のことで話題沸騰である。彼女は勿論良かったが、ボヤッキーを演じた生瀬勝久、海江田博士役の阿部サダヲ(劇団大人計画)ら脇役が生き生きと描かれており、各々のキャラが立っているのが素晴らしい。

実写とCGの融合もお見事。全く違和感がない。三池崇史監督の手腕は確かである。山崎 貴監督(ALWAYS 三丁目の夕日)が撮った「Returner/リターナー」(2002)の頃はこの両者の共存が上手くいっておらず、日本のCG技術に対して絶望的な気持ちを抱いたものだが、隔世の感がある。

映画「ヤッターマン」は全国週末興行成績ランキングで4週連続第1位を独走する快挙を成し遂げた。一方、ハリウッドで実写映画化された「DRAGONBALL EVOLUTION」は初登場3位と、なんとか面目を保ったものの(ただし通常より1日早い金曜日から上映し、その動員を加算するという姑息なトリックを使っている)、上映2週目で第8位、3週目で第11位とあっと言う間に滑り落ちていった。「マッハGoGoGo」をハリウッドで実写映画化した「スピード・レーサー」(監督は「マトリックス」のウォシャウスキー兄弟)もこけた。最早日本人には日本の漫画やアニメがハリウッドで映画化されたからといって、ありがたいという心情が全くないのではないだろうか?今年、「おくりびと」や「つみきのいえ」が米アカデミー賞を受賞したことでも分かる通り、漸く日本人も自分たちの生み出す文化(漫画、アニメ、映画、etc.)に自信と誇りを持てるようになったのではないかと僕は考える。

Japan As No.1!……そう、胸を張って言おうではないか。

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2009年4月 9日 (木)

吉野の山桜を訪ねて 2009

大阪に棲むようになって、毎年春には奈良の吉野に足を運ぶことが恒例となった。今年は4回目の訪問である。

言葉は要らない。とにかく見て下さい。

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ここの桜については、昨年下記コラムでも触れた。

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2009年4月 8日 (水)

ゲルハルト・ボッセ/大フィルのハイドン!

ハイドン没後200年を記念する演奏会をいずみホールで聴いた。演奏はゲルハルト・ボッセ/大阪フィルハーモニー交響楽団(コンサートマスター:長原幸太)である。昨年、大フィルのいずみホール公演は客席が半分くらいしか埋まらず閑古鳥が鳴いていたが、今回は9割を越える大入りとなった。

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20世紀、モダン楽器演奏の手垢に塗れ「ハイドンの交響曲は詰まらない」という不幸な烙印が押されてしまった。そしてハイドンはモーツァルトやベートーヴェンに比べると、演奏会で取り上げられる機会が極端に少ない作曲家に成り果てた。

そこで初演された当時のスタイルに戻り、ハイドンに新しい光を当てることに成功したのがフランス・ブリュッヘン/18世紀オーケストラの古楽器演奏である。そしてその精神は当時18世紀オーケストラのチェロ奏者だった鈴木秀美と、彼が創設したオーケストラ・リベラ・クラシカによって受け継がれた。ブリュッヘンは今年2月、新日本フィル(モダン楽器)と組んで東京でハイドン・プロジェクトを企画し、話題となったことは記憶に新しい。この際ブリュッヘン鈴木秀美による対談も実現し、雑誌「音楽の友」4月号に掲載されている(現在発売中)。

さてボッセの解釈だが、彼の場合ピリオド・アプローチ(ノン・ビブラート奏法)は採らない。では20世紀的で退屈なハイドンなのか?と問われれば、それも全く違う。最新の研究成果に基づいた、新鮮で生き生きとした音楽がそこでは展開される。また以前ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の第一コンサートマスターでもあったボッセは、弦楽奏者に対してボーイングや弓の位置についての的確なアドヴァンスを行うことが出来る指揮者でもある(彼のインタビュー記事は→こちら)。だから今回も大フィルの弦楽セクションは瑞々しく、(時に疾風怒涛を感じさせるような)勢いもあって、目の覚めるような演奏を展開した。ビブラートは掛けるが発音(アーティキュレーション)が明瞭で、とても水捌けが良い。カール・ベームや朝比奈隆は年をとるにしたがいテンポが遅く、リズムが重くなっていったが、現在87歳のボッセはそういったこととは無縁である。速めのテンポが選択され、そのタクトから生み出される音楽は常に若々しい。

演奏された曲目と共に、弦の編成(1st.Vn.-2nd.Vn.-Va.-Vc.-Cb.)も併記しよう。

  • ハイドン/交響曲第85番「王妃」 (8-6-4-4-2)
  • ハイドン/ヴァイオリン協奏曲第1番 (4-4-3-2-1)
  • ハイドン/交響曲第104番「ロンドン」 (12-10-8-6-3)

曲に応じて柔軟な対応がなされていることがこれで良くお分かり頂けるだろう。先に書いた鈴木/ブリュッヘン対談でも、ハイドンがロンドンに渡ってからオーケストラの規模が大きくなったことが話題となっていた。ちなみにプログラムの解説によればロンドン時代のオケは12-12-6-4-5という体制だったそうで、ほぼ初演と同じである。

ヴァイオリンソロは郷古 廉(ごうこ すなお)くん。1993年12月生まれの15歳。まだ高校1年生である。良い音がするなぁと感心して調べてみると、彼が使用している楽器は1682年製アントニオ・ストラディヴァリだった。朝日新聞の記事によれば、勉強のためにと1年間の期限付きで個人の所有者から貸与されたそうだ。ボッセ/郷古のインタビュー記事も見つけた(→こちら)。

郷古くんのアンコールは、

  • ハイドン/ヴァイオリン協奏曲第1番から第2楽章(リプライズ)
  • バッハ/無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番~ I. アルマンド

ハイドンは力強く、どこまでも伸びる澄んだ音色に魅了された。そして奏法をがらりと変えたバッハも素晴らしかった。さすが日頃からボッセの薫陶を受けているだけのことはある。将来が本当に楽しみなヴァイオリニストである。

チャイコフスキー国際コンクールで第1位に輝いた諏訪内晶子と神尾真由子、パガニーニ国際ヴァイオリンコンクール第1位の庄司紗矢香(史上最年少の16歳)、ロン=ティボー国際コンクールで第1位となった山田晃子(史上最年少の16歳)ら、国際的な賞を受賞する日本人は最近、女性ばかりである。郷古くんは彼女たちの後に続くことが十分出来るだけの才能を持ったヴァイオリニストだと想うし、日本男児の存在感を示すためにも是非頑張って欲しい。期待しています。

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2009年4月 7日 (火)

フロスト×ニクソン

評価:C-

Frost

映画公式サイトはこちら

トーク番組の人気司会者デビッド・フロスト(マイケル・シーン)は、ウォーターゲート事件が発覚し大統領を辞職したリチャード・ニクソン(フランク・ランジェラ)に対する単独インタビューに挑む。ただそれだけのことを映画にして、果たして面白いのか?と半信半疑で映画館に足を運んだ。しかし結局、危惧した通りの結果に終わった。上映中、退屈で何度も意識を失い掛けた。

結局フロストはニクソンから謝罪の言葉を引き出し、カメラは憔悴しきった彼の表情を捉えることに成功する……だから、何なんだ?というのが僕の正直な感想である。

元々は舞台劇だそうで、どうしても地味な印象は拭えない(ブロードウェイで主役を演じた二人が映画も続投)。

本作がアカデミー賞で作品賞や監督賞にノミネートされ、世紀の傑作「ダークナイト」(キネマ旬報ベスト・テン第3位)が選から漏れたことは僕にはどうしても納得がいかない。

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2009年4月 6日 (月)

第7回神戸国際フルートコンクール/入賞者による披露演奏会

神戸文化ホールで開催されていた神戸国際フルートコンクールは4月5日(日)に幕を閉じた。

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入賞順位は以下の通り。

  1. ダニエラ・コッホ(オーストリア)
  2. ロイク・シュネイデル(フランス)
    +オーケストラ賞を併せて受賞
  3. デニス・ブリアコフ(ロシア)
    +オーディエンス賞(第3次審査における聴衆の投票で決定)
  4. メーガン・エミ(アメリカ)
  5. アレクサンドラ・ルッソ(イタリア)
  6. マリヤ・セモチョク(ウクライナ)
    +ロマン派音楽最優秀演奏賞

さらに、現代音楽最優秀演奏賞というのが3名選ばれた。

  • 古田土 明歌(日本)
  • アレクサンドラ・グロット(ロシア)
  • グリゴリー・モルダショフ(ロシア)

Kobe

披露演奏会のプログラムは下記。作曲家/曲名《奏者》の順に表記している。

  • ライネッケ/ソナタ「オンディーヌ」
    《セモチョク》
  • ファーニホウ/カサンドラの夢の歌
    《モルダショフ》
  • ジャン=マリー・ルクレール/ソナタ
    《ルッソ》
  • ドナトーニ/Nidi(「巣」~<p><p><p><p><p><p><p><p><p><p><p><p><p><p><p><p><p><p><p><p><p><p><p><p><p><p><p><p><p><p><p><p><p><p><p><p><p><p><p><p><p>ディスコグラフィ (ドナトーニ)</p></p></p></p></p></p></p></p></p></p></p></p></p></p></p></p></p></p></p></p></p></p></p></p></p></p></p></p></p></p></p></p></p></p></p></p></p></p></p></p></p>ピッコロのための二つの小品より第2曲)
    《グロット》
  • シューベルト/「しぼめる花」の主題による変奏曲
    《エミ》
  • フィリップ・ユレル/エオリア(ひとりのフルート奏者のための)
    《古田土》
  • モーツァルト/フルート協奏曲 第1番から第1楽章
    《ブリアコフ》
  • モーツァルト/フルート協奏曲 第2番から第1楽章
    《シュネイデル》
  • モーツァルト/フルート協奏曲 第2番から第2,3楽章
    《コッホ》

感想は、まず現代音楽最優秀演奏賞を受賞した3人から書こう。

モルダショフさんの曲はフラッター、つばを飛ばしたり、尺八のように音程を変化させていく奏法があったり、指でキーを叩いて打楽器のような効果を出したりと、聴いていてとても面白かった。

古田土さんの曲も同様の趣旨で、合いの手に叫び声を上げたりする場面もあった。ただフルート自体は空気音が目立ち、演奏が荒い印象を受けた。不発が多すぎる。

グロットさんの無伴奏ピッコロは羽ばたきの音がしたり、巣の中で小鳥たちが会話している情景が目に浮かんだ。おっとりとして大人しい雛もいれば、攻撃的でけんか腰の雛もいる。その描き分けが見事だった。

第6位、セモチョクさんは、音になりきれず掠れた空気音が気になった。それから低音になると音量が小さくなるのも彼女の欠点だと想う。

第5位、ルッソさんが吹いたルクレールは18世紀フランス(バロック期)の作曲家。風に舞う羽のように軽やかな演奏で、典雅な雰囲気に満ちていた。

第4位、エミさんは繊細で静謐な変奏や、雄弁で力強い変奏など、その性格の違いを巧みに表現していた。

第3位、ブリアコフさんは一つ一つ音の粒が揃っているのが素晴らしいと想った。

第2位、ロイクさんは強弱や音の入り方、抜き方のニュアンスが豊かで繊細。その唇から紡ぎ出される音楽は軽やかでのびやか。天衣無縫な自由さ、ピチピチと跳ねるような鮮度が魅力的である。

第1位、コッホさんはビロードのように滑らかで、柔らかい音色が筆舌に尽くしがたい。特にその宝石のようにきらきら輝くpp(ピアニッシモ)の何と美しいこと!

トップの2人は文句なしの審査結果であったと想う。しかしどちらが上で、どちらが下かというのは全くもって決めかねる。両者の資質が全く異なるからである。今回の披露演奏会を聴いた限りでは、いっそのこと第2回(1989年)のように、第1位が2人でも良かったのではないだろうか?と想ったくらいである。

ダニエラ・コッホさんはオーストリア出身だけに、将来はウィーン・フィルの首席奏者も夢ではないだろうと僕は期待している。彼女は来年再び神戸に招聘され、リサイタルが開催される予定であると主催者よりアナウンスもあった。

なお、コンチェルトで伴奏をしたのは神戸市室内合奏団(指揮者なし)。なかなか好サポートであった。ここは弦楽合奏団なので大阪フィルハーモニー交響楽団ホルン首席の村上さん、同じく大フィルのオーボエ奏者・浅川さんらがトラ(客演)として参加されていた。また会場で大フィルのフルート首席・榎田さんのお姿もお見かけした。

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2009年4月 5日 (日)

淀工 IN スプリング・コンサート2009

4/5(日)大阪城音楽堂で恒例のスプリング・コンサートを聴いた。

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大阪を代表する吹奏楽の名門が集うこのコンサート、今年は中学、高校、大学、一般、プロとそれぞれ1団体ずつの出場となった。

11時30分、まずは大谷中・高等学校吹奏楽部/バトントワリング部によるパレードが華やかに展開され、春爛漫の高揚した気分を盛り上げる。

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曲は「聖者が町にやってくる」スーザ/行進曲「雷神」など。

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12時。彼らが野外音楽堂に到着すると、いよいよコンサートの開始である。

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まずトップバッターは大阪市立市岡中学校吹奏楽部(指揮:下田 泰)。ここは2008年関西吹奏楽コンクールで金賞を受賞している。

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コンクール出場時の3年生が抜けたため、約20名の演奏であった。フルートはひとりだけで、ピッコロも兼任。

  • ヴァンデルロースト/アルセナール
  • アッペルモント/ガリバー旅行記
  • 久石 譲(森田一浩 編)/アニメ・メドレー
  • 都倉俊一(山下国俊 編)/ピンクレディー・メドレー

久石さんの作品集は全て宮崎 駿監督作品で、「天空の城ラピュタ」君をのせて~「風の谷のナウシカ」鳥の人~「紅の豚」帰らざる日々~「となりのトトロ」風のとおり道 という構成。森田一浩さんには「ラピュタ」~キャッスル・イン・ザ・スカイ~という名アレンジがあるが、こちらもそれに劣らず素晴らしい。鳥の人では「ユパ様、これ運んで下さるー?気流が乱れて上手く飛べないのー」、帰らざる日々なら「飛ばねぇ豚は、ただの豚だ」といった名台詞が即座に脳裏に蘇る。また風のとおり道を聴きながら三鷹の森ジブリ美術館を訪ねた時のことや、宮崎さんが「もののけ姫」でロケハンした屋久島の縄文杉までトレッキングしたことなどを懐かしく想い出した。

続いて丸谷明夫先生(丸ちゃん)率いる、大阪府立淀川工科高等学校(淀工)吹奏楽部の登場である。

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  • シェルツァー/行進曲「ハイデックスブルグ万歳!」
  • ショスタコーヴィチ(ハンスバーガー編)/祝典序曲
  • 真島俊夫 編/カーペンターズ・フォーエバー(全曲版)
  • 弾 厚作(磯崎敦博 編)/ジャパニーズ・グラフティIV(お嫁においで~サライ)
  • スーザ/行進曲「星条旗よ永遠なれ」

つい先日NHKで、ベネズエラの音楽教育システム「エル・システマ」(詳細はこちら)に関するドキュメンタリーを観ていたら、設立者アブレウ博士の精力的な仕事振りについて、あるスタッフがこんなことを言っていたのがとっても印象的だった。

博士が好きなことわざは「天国に行けば、たっぷり休める」です。

これを聞いて、アブレウ博士と淀工丸ちゃんは本当に似ているなぁとつくづく感じた。

淀工に赴任されて45年。先生は自分の人生を子供たちの音楽教育に捧げてこられた。定年後も学校に留まる道を選び、関西吹奏楽連盟理事長を兼務しながら年間1日か2日しか休日がないという生活を続けておられる。

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今回は100名を超す新2年生、3年生が全員出演ということでステージに所狭しと椅子が並べられた。無論、譜面台など置くスペースはなく、生徒は暗譜である。

人数は多いがそこは天下の淀工。縦(アインザッツ)と横(ピッチ)が完璧に合い、もの凄い音圧で客席に迫ってきた。特に祝典序曲における木管の勢いある上昇音型は、疾きこと風の如し!

祝典序曲ではOBによるバンダ(金管別働隊)が客席後方にずらりと並び、音楽堂は壮大な音響に包まれた。

やっぱり大阪の春は丸ちゃん/淀工の演奏を聴かなくちゃ始まらない。そういう想いを新たにしたのであった。

本当はこの後、近畿大学吹奏楽部創価学会関西吹奏楽部大阪市音楽団の演奏と続くのだが、僕は14時から神戸文化ホールで神戸国際フルートコンクール入賞者による披露演奏会を聴きに行かなちゃならないので、そそくさと会場を後にした。その演奏会についても書かなければ……。でもそれはまた、別の話。

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2009年4月 4日 (土)

神戸国際フルートコンクール/審査員によるスペシャルコンサート

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神戸文化ホールで開催されている第7回神戸国際フルートコンクールで、審査員によるスペシャルコンサートを聴いた。

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このコンクールは過去にエマニュエル・パユ(ベルリン・フィル首席)、エミリー・バイノン(ロイヤル・コンセルトヘボウ首席)、マテュー・デュフー(シカゴ交響楽団首席)など、錚々たる入賞者が名を連ねている。

ロビーにはファイナリスト6名が掲載されていた。

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国籍は出場順にロシア、イタリア、アメリカ、ウクライナ、フランス、オーストリア。

今回のコンクールは世界から59人の若いフルーティストが集結した。そのうち日本16、韓国7、台湾2、中国2とアジア勢総計27名。しかし、本選を前に何と全滅!そもそも第2次審査を通過し第3次審査に臨んだ12人中、日本と中国から1名ずつしか残っていなかったようである。前回の第1位と第3位は日本人が入賞したのだが……。

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さて、審査員によるコンサートの曲目である(括弧内は奏者)。

  • クーラウ/ファンタジー(神田寛明)
  • マルタン/バラード(尹 慧利)
  • カルク=エレルト/交響的カンツォーネ(アンドレア・リーバクネヒト)
  • マレ&ブーレーズ/スペインのフォリアにちりばめられたうつろいゆくもの5番(フェリックス・レングリ)
  • タファネル/トマの「ミニョン」による幻想曲(フィリップ・ベルノルド)
  • ライネッケ/バラード(酒井秀明)
  • フォーレ/コンクールのための小品(キャロル・ウィンセンス)
  • フォス/3つのアメリカ風小品( 〃 )
  • ウィリィ/フルートソロのための小品(ヴォルフガング・シュルツ)
  • ドボルザーク/ロマンス(ウイリアム・ベネット)

アンコールはアンサンブル(四重奏やデュエット)で、

  • モーツァルト/歌劇「フィガロの結婚」序曲
    (リーバクネヒト&ウィンセンス&レングリ&ベルノルド)
  • J.シュトラウス(神田 編)/喜歌劇「こうもり」序曲
    (シュルツ&神田)
  • ベートーヴェン(神田 編)/交響曲全9曲を1分で吹いちゃいます
    (ベネット&尹&酒井&金 昌国)

客席にはコンクール参加者も多数詰め掛けていて、国際色豊か。審査員の先生たちがとても愉しそうに吹かれているのが印象的だった。

NHK交響楽団の首席、神田さんは1年間ウィーン国立音楽大学に留学されており、そこでウィーン・フィル首席のシュルツさんに師事したそう。アンコールで師弟によるデュエットを聴きながら感じたことは、ふたりのビブラート奏法が似ているということ。とても控えめなのだ。

シュルツさんの無伴奏ソロは1986年にオーストリアの作曲家ウィリィが彼のために書いた作品だそう。現代音楽を吹かれるのは滅多にないことだと司会の金 昌国さんが仰っていた。シュルツさんは昨年5月兵庫芸文でフルート・リサイタルを開催される予定で僕もそのチケットを購入していたのだが、心臓の緊急手術をされることになり直前でキャンセルになってしまった(→詳細はこちら)。手術後20Kg減量されたとのことで、お元気そうで良かった。

アメリカのジュリアード音楽院から来られたウィンセンスさんはノン・ビブラートから高速までビブラートのかけ方が変幻自在。ネイティブ・アメリカンの音楽を意識したフォス作品はフラッタリング(羽ばたき)奏法も駆使されていて聴き応えがあった。

リーバクネヒトさんはひとつひとつに音がびっしり詰まったような大変充実した演奏で、高音から低音まで均一に響くのが素晴らしい。

レングリさん(スイス生まれ)はフラウト・トラヴェルソ(木製のバロック・フルート)も吹きこなされるそうだが、今回手にしたのは24金のモダン・フルート。フランスの作曲家マラン・マレが18世紀に書いた曲と、20世紀のブーレーズ/トランジトワール Vの楽譜を2つの譜面台に乗せ、同時並行で交互に吹くという意表を突くパフォーマンス。正に《未知との遭遇》を愉しんだが、どうしてこんなことをするのかその意図は??だった。 

僕が一番聴き惚れたはフィリップ・ベルノルドさんの演奏。1987年、ジャン=ピエール・ランパル国際フルート・コンクール優勝者。メロディは蝶のように軽やかに舞い、音色は花のように香り華やか。

なんと贅沢な演奏会だろう!正に夢の競演であった。これが入場料たった2,000円だなんて俄かに信じ難い。主催者の神戸市に感謝。

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2009年4月 3日 (金)

桂吉弥の新お仕事です。&福笑と異常な仲間たち

天満天神繁昌亭にて。

4月1日(水)「桂吉弥の新お仕事です。

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  • 桂 そうば/ろくろ首
  • 桂   吉弥/花筏
  • 桂よね吉/天災
  • 桂   吉弥/ねずみ

事前に発表されていた演目は《ねずみ》だけであった。

登場した吉弥さんが藤原紀香の離婚について触れ、「美人薄命と申しますが…」ときた瞬間、僕は「あちゃー、これは《短命》に進めるためのマクラ(前振り)かいな」と想った。既に吉弥さんの《短命》は2回聴いている。

続けて吉弥さん、「…と、通常はここで《短命》に入るのですが、『またか!』という表情をされたお客さんが何人もいらっしゃるので、別のをやります」と、初めて聴く《花筏》になった。こういう客席との駆け引きこそ、ライヴならではの醍醐味であろう。

また吉弥さんは東京で開催される柳家三三さんとの「ふたり会」で《親子茶屋》をネタおろしされるそうで、米團治さんから稽古を受けたとか。それを聞いた吉の丞さん(吉弥さんの弟弟子)、「え!兄さん、あの方から何か学ぶことがありますか!?」……「ちゃんと、吉の丞が言うたとネットに書いてくださいね」とは吉弥さんの弁。

《ねずみ》は東京の(三代目)桂三木助が浪曲師の広沢菊春と意気投合し、《加賀の千代》と交換にネタを譲ってもらって脚色したもの。昭和31年に初演された。これを上方で三木助から直伝されたのが、先日亡くなられた露の五郎兵衛さん。また最近では桂文我さんや桂梅団治さんも口演されているようである。舞台は備前岡山・池田家の城下町に移植され、西大寺の「はだか祭り」も登場、吉弥さんは《おえりゃあせん》と(唯一覚えたという)岡山弁を連発され、中々愉しかった。

今回一番凄みを感じたのがよね吉さん。《天災》は吉弥さん(94年入門)とよね吉さん(95年入門)の師匠である桂吉朝の高座をDVDで鑑賞したことがあるが、よね吉さんは既に師匠を上回る出来であった。後妻で揉める《ねずみ》の前に、先妻で揉める《天災》を持ってくるセンスも抜群だ。着物の趣味が良いし、彼の高座は艶があって華やか。そして口跡はエッジが効いていて、切れ味抜群。さすが「東西若手落語家コンペティション」でグランドチャンピオンの栄冠に輝いただけのことはある。吉弥さんが彼のことに言及するときも、「こいつには負けられない」という強烈なライバル意識がひしひしと感じられた。兄弟弟子で競い合い、切磋琢磨することは二人にとって決して損にはならないだろう。

4月2日(木)「福笑と異常な仲間たち

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  • 笑福亭たま/胎児(たまよね 作→詳細はこちら
  • メグマリコ/メス動物園
  • 笑福亭福笑/ちしゃ医者
  • メグマリコ/昭和の歌(物真似)
  • 笑福亭福笑/憧れの甲子園(福笑 作)

たまさんはお腹の中にいる双子の胎児が対話するというシュールなネタ。座布団の上で逆立ち(?)し胎児の格好をしたり、解いた帯をへその緒に見立てたりと着眼点が流石である。

《メス動物園》は、落語《動物園》の登場人物を全員女性に替えたもの。途中メグマリコさんが着物を脱ぐと、下から豹柄の衣装が登場する仕掛けもあって意表を突いた。

福笑さんは強烈な下ネタの古典より、新作《憧れの甲子園》の方が面白かった。高校野球の監督が一升瓶を手に、酔いが回って呂律が怪しくなると共に、次第に選手に絡み出す情景描写が秀逸。これぞ当に笑福亭のお家芸だと膝を打った。

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2009年4月 2日 (木)

画期的音楽教育システム「エル・システマ」とシモン・ボリバル・ユースオーケストラ

4/4(土)23時30分からNHK BS-hiで「エル・システマ~ベネズエラ 音楽教育で未来を築く~」という番組が放送される。

音楽教育システム「エル・システマ」は南アメリカ北部に位置するベネズエラ・ボリバル共和国で施行されている。経済学者で文化大臣を務めたこともあるホセ・アントニオ・アブレウ博士が1975年が創設、現在では約30万人が参加している。2歳半からプログラムは開始され、楽器は無償で提供される。子供たちは学校の放課後4時間を練習に当て、それが週5日行われるスケジュールとなっている。元々の趣旨としては貧困と治安悪化に喘ぐ社会の中で、子供たちを薬物中毒や犯罪に手を染めることから守ることが目的であった。

ベネズエラ(人口2,600万人)には220もの青少年オーケストラがあり、児童オーケストラ→青少年オケ→選抜オケへと進むシステムとなっている。その頂点に立つのがシモン・ボリバル・ユースオーケストラと指揮者のグスターボ・ドゥダメル(現在28歳)。このコンビはドイツ・グラモフォンからCDデビューを果たした(ちなみに日本のオケでドイツ・グラモフォンからCDを出しているのはオーケストラ・アンサンブル金沢だけである)。ドゥダメルは既にベルリン・フィルの指揮台に立ち、今年夏のザルツブルク音楽祭ではウィーン・フィルを指揮する予定である。同じく「エル・システマ」の申し子、コントラバス奏者のエディクソン・ルイースは17歳という史上最年少でベルリン・フィルに入団した。

昨年末ドゥダメル/シモン・ボリバル・ユースオーケストラの演奏会が東京であり、NHKにより放送された。途轍もない演奏であった。弦についてはまだ日本の音楽家の方が勝っていると想うが、管楽器は完敗である。あっという間に日本はベネズエラに追い抜かれてしまった。それに弦の音は楽器の値段に左右されるので、シモン・ボリバルの連中が日本の音楽家が所有する楽器を手にしたら、勝負はもう分からない。

戦後60年、日本は優秀な指揮者や弦楽奏者たちを沢山、世界に送り出してきた。これは桐朋学園の齋藤秀雄の音楽教育(齋藤メソッド)に寄るところが大きい。

小澤征爾、秋山和慶、尾高忠明、井上道義、小松一彦、児玉宏、大植英次〜これらの指揮者はみな齊籐秀雄の門下生である。

ここ20-30年、世界的に活躍する指揮者や弦楽奏者は桐朋学園出身者が多く、東京藝術大学を圧倒している。その理由の一つは1979年以降、国立大学に共通一次試験(現在の大学入試センター試験)が導入され音楽以外の学力を求められるようになったこと、そして東京藝術大学には齊籐秀雄がいなかったことが考えられる。

「弦の国」と呼ばれるほど、(ベルリン・フィルを含む)世界中のオーケストラに日本の弦楽奏者たちが在籍しているが、管楽器はからきし弱い。これは齋藤秀雄があくまでチェロ奏者・指揮者であり、その教育理論が管楽器奏者には通用しなかった為ではないかと想像する。

プロとして活躍するヴァイオリニストやチェリストの大半は幼少期から楽器を手にしている。しかし日本では高校生の時から木管楽器を始めた人でもNHK交響楽団の主席奏者になれるというのが現状である。日本の管楽器レベルを上げるためには、子供の頃からの音楽教育が如何に大切であるかを「エル・システマ」は私たちに語りかけているのである。

日本がベネズエラから学ぶべき事は多い。

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2009年4月 1日 (水)

貴志康一 生誕100年記念コンサート/大阪フィルハーモニー交響楽団

作曲家・貴志康一は1909(明治42)年3月31日に大阪府吹田市で生まれた。それから丁度100年。ザ・シンフォニーホールで開催された記念コンサートを聴いた。

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演奏は小松一彦/大阪フィルハーモニー交響楽団(コンサートマスター:長原幸太)、ソプラノ:坂本環、独奏ヴァイオリン:小栗まち絵

曲目は、

  • 歌曲「天の原」「かごかき」「赤いかんざし」「力車」
  • ヴァイオリン協奏曲
  • 交響曲「仏陀」

貴志の音楽は以前3回、下記演奏会で聴いた。

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28年という短い生涯だったが、貴志康一は明治に生まれ、大正・昭和という時代を生きた。関西の作曲家で朝比奈隆と交流があり、その作品がベルリン・フィルで演奏されたという点では「大阪俗謡による幻想曲」の大栗裕と色々共通項がある。

小松一彦さんは貴志作品の監修・蘇演・CD化にライフワークとして取り組んでおられ、演奏会のプレトークでは「音楽が短調から長調に転調した時の幸福感は貴志の神髄です」と仰っていた(実際、その転調がある箇所で指揮台の小松さんが本当に嬉しそうな笑顔をされるのが印象的だった)。また交響曲「仏陀」では、ドビュッシーが編み出した全音音階が用いられていることもピアノを交えて解説して下さった。

貴志の音楽の魅力は和洋折衷にある。ハイカラな大正浪漫というか、洋食に喩えればオムライスとかハヤシライスのような、レトロな懐かしさを感じさせる味わいである。

ヴァイオリン協奏曲の第1楽章は日本音階による第1主題で始まり、それがストラヴィンスキー/「春の祭典」を彷彿とさせる弦のリズムを経て、メンデルスゾーンにも似た第2主題に至る。

第2楽章はフルートの旋律にハープのアルペジオが絡み、まるで篠笛と琴のような効果を上げる。正に日本の叙情である。

第3楽章は祭囃子。そこには明らかに「大阪俗謡による幻想曲」との親和性がある。

作曲家自身の指揮/ベルリン・フィルにより初演された交響曲「仏陀」の第1楽章は弦によるトレモロの霧の中からホルンの旋律が立ち上がる。さながらワーグナー/楽劇「ニーベルングの指輪」(序夜「ラインの黄金」冒頭部)である。そしてそれは勿論、ブルックナーにも繋がっている。

第2楽章の副題は「ガンジス川のほとり」。悠久の川の流れを感じさせる滔々とした音楽。

第3楽章「仏教徒の地獄での受難と苦しみ」のファゴットの旋律はまさしくデュカス/「魔法使いの弟子」。

第4楽章「涅槃に入り変容する仏陀」がアダージョというのは、マーラー&ブルックナー/交響曲第9番の終楽章のよう。やがて曲は短調から長調に転調し、魂が浄化される。最後はホルンが響き渡り、そこに雲の彼方に黄昏の光を浴びて輝くワルハラ城が見えた。

小松さんは入魂の指揮ぶりだったし、大フィルの演奏も申し分なかった。また「仏陀」におけるヴァイオリン(長原幸太)、ヴィオラ(小野眞優美)、チェロ(近藤浩志)のソロが素晴らしかった。ヴァイオリン協奏曲ではソリスト(小栗)と1st.Vn(長原)、2nd.Vn(佐久間聡一)トップによる掛け合いもあったりして、面白かった。

大阪の名所を読み込む「かごかき」(歌詞はこちら)など、歌の数々も味わい深い。ただビブラートを効かせたクラシックの歌唱は歌詞が聴き取り難いので、プログラムに記載するか字幕付きにして欲しかった。

ザ・シンフォニーホールの一階席は8割以上が埋まる盛況ぶり。貴志の遺族の方々もいらっしゃっていた。真に生誕100周年に相応しい演奏会だった。

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