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2009年3月 4日 (水)

チェンジリング

評価:A-

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Changeling

"Changeling"とは《取替え子》の意味。ヨーロッパの伝説では、妖精が人間の子供をさらった後に置いていく妖精の子供のことを指すそうだ。

クリント・イーストウッド極めて優れた映像作家である。彼の映画はハードでタフだ。それらは非情な現実と、ヒリヒリするような人生の真実を鋭い刃で観客に突きつけてくる。

僕はイーストウッドが監督した「ミスティック・リバー」(2004年キネマ旬報ベストワン)や「ミリオンダラー・ベイビー」(2005年キネマ旬報ベストワン、米アカデミー作品賞・監督賞受賞)が余り好きじゃない。救いのない話で気が滅入ってしまうからだ。特にサクセス・ストーリーの《ボクシング映画》と見せかけておいて、実は《安楽死についての映画》だった「ミリオンダラー・ベイビー」には参った。まんまと騙された。

「チェンジリング」は「ミスティック・リバー」「ミリオンダラー・ベイビー」の流れを汲む映画である。しかし今回はそんなに不快でなかった。それは恐らく失踪した幼い息子を必死で探すヒロインに向けられたイーストウッドの眼差しが優しいからだろう。イーストウッド自身が作曲し、ピアノの鍵盤と対話するように紡がれた呟くような音楽も心に沁みる。そして終盤の畳み込む展開、演出の力強さには唸った。アンジー(アンジェリーナ・ジョリー)の最後の言葉は恐らく、映画史に残る名台詞として人々の記憶に刻まれるに違いない。

この映画は1928年のロサンゼルスを舞台とした実話である。昔のロス市警(LAPD)が汚職警官で塗れ、腐敗していたことはジェイムズ・エルロイが執筆した《暗黒のLA》4部作(「ブラック・ダリア」「ビッグ・ノーウェア」「LAコンフィデンシャル」「ホワイト・ジャズ」)を読んで知っていた。しかし、あの小説群の時代背景は1940年代から50年代にかけてである。今回「チェンジリング」を観て、20年代のロス市警はエルロイが描いた時代よりもさらに酷かったのだなと度肝を抜かれた。もう、無茶苦茶である!その事実を知るためだけでも、この映画は観る価値がある。

本作でアカデミー主演女優賞にノミネートされたアンジーは確かに好演しているが、彼女よりも印象深かったのは長老派教会牧師を演じたジョン・マルコヴィッチ。さすが名優である。「マルコヴィッチの穴」(Being John Malkovich,1999)で彼が増殖したのには笑った。コーエン兄弟の新作「バーン・アフター・リーディング」も愉しみだ。

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コメント

たびたびお邪魔いたします、ぽんぽこやまです。

「やまあい寄席」を検索していてたまたま見つけた雅哉さんのブログ、エンターテインメント関係の詳しさには脱帽しております。ついついいつも拝見するブログになってしまいました。

いや、「怖い」映画ですね。いろんな意味で。

20年ほど前になりますか、我が家から車で10分ぐらいの堺市内のとある交番に、ある主婦が落し物の財布を届けたところ、対応した警官がその財布の中身を横領したんですね。半年後ですか、落とし主が見つかったという連絡もないので(その場合は拾得した人のものになりますよね)、その交番に行ったところ、逆にその主婦がうそつき呼ばわりされたという事件がありました。

ちょうど見に行った映画館からすぐ近くのところですし、私もしょっちゅう通りがかるところですから、その事件、小さな事件で片付きましたが、いまだに強く印象に残る事件です。

ごくごく普通の、まじめに暮らしている市民が、権力の腐敗によって、冤罪を着せられたりするといったようなことは今でも起こりうるわけで、今でも、政府や権力の腐敗といったことは、今でも起こりうるわけです。

松本サリン事件の河野さんなんて、警察もそうですが、マスコミの責任も大きかったですよね。

そういう点も含めて「怖かった」映画でした。

ジョン・マルコヴィッチ演じた牧師も実在の人物なんでしょうが、この牧師の存在も大きかったんでしょうね。長老派教会というのはブッシュ政権がらみで最近よく取り上げられるような原理主義的な教派ではありませんが、教会の牧師に、こういう正義感の強い、徹底的に権力の腐敗を追及する人物がいたということ、アメリカでのキリスト教の影響力についてもあらためて考えさせられました。

そういう牧師をマルコヴィッチのような名優が演じていたことで、より説得力が増しましたね。アンジェリーナ・ジョリーの力強い眼差しも印象強いものでした。

ネタばれになりますが、ラストが良かったですね。数年たっても、仲間にアカデミー賞のラジオ中継を聞きながらのパーティーに誘われても、まだ一緒に参加しないというのは、彼女が負った深い傷がまだ癒えていないということでもあるし、その一方で、自分が予想した作品がアカデミーを受賞したことに、一人ささやかに喜んでいたのは、彼女が息子のことに関して、まだ希望を捨てていないということでもあるし、上手い終わり方だなと。そして、彼女が街中へ出て行った通りの先の映画館には・・・(あそこは字幕が出ませんから、英語がわかる人にはちょっとしたオマケ的な楽しみ方が出来ますね)。

投稿: ぽんぽこやま | 2009年3月15日 (日) 13時23分

辛い物語ですが、主人公の最後の台詞に救われますね。

ラストシーンは1935年2月27日。皆でアカデミー賞授賞式をラジオで愉しもうというエピソードが良いですね。この年作品賞を受賞した「或る夜の出来事」(It Happened One Night )、僕も大好きです。特にクローデット・コルベールがクラーク・ゲーブルに対し《ヒッチハイク指南》をするシーンなんか、最高に笑えます。あと、「ジェリコの壁」とか!(これは「新世紀エヴァンゲリオン」に引用されています)

投稿: 雅哉 | 2009年3月15日 (日) 18時58分

マルコヴィッチ、「バーン・アフター・リーディング」では正反対のような、ばかばかしい役柄、がんばってますよ。この映画と結びつかなかったな。

「バーン~」はアメリカンブラックユーモアだらけで、面白かったけど、日本では一般受けしにくいかな。ブラピのお馬鹿ぶりばかりPRしてるので、予想とはイメージが違ったという観客も多いみたいです。

投稿: ぽんぽこやま | 2009年5月10日 (日) 15時14分

ぽんぽこやまさん、「バーン・アフター・リーディング」ですが、日本での評判が余りにも芳しくないので映画館で観るかどうか迷っています。今週末には「天使と悪魔」も公開されますしね。

投稿: 雅哉 | 2009年5月12日 (火) 00時33分

そうですね、「バーン・アフター・リーディング」ですが、日本では一般受けしにくい映画だと思います。

CMの印象ではブラピが前面に出されてますが、ジョージ・クルーニーが主役と言っていいと思いますし、ノーテンキな映画化と思いきや、シュールでブラックなアメリカンジョークだらけの映画で、私も後味悪かったです。でも良く考えたら面白かったかなと。いずれにせよ、万人受けする映画ではないですね。

投稿: ぽんぽこやま | 2009年5月12日 (火) 09時58分

考えてみれば、アカデミー賞を受賞した「ノーカントリー」を含め、コーエン兄弟の映画を面白いと感じたことは今まで一度もありません。相性が悪いんでしょうね。

投稿: 雅哉 | 2009年5月12日 (火) 19時07分

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