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2009年3月13日 (金)

ダウト~あるカトリック学校で~

評価:A

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映画公式サイトはこちら

舞台となるのは1964年、ニューヨーク州ブロンクスのカトリック学校。ケネディが暗殺された翌年である。またその頃、マーティン・ルーサー・キング牧師(プロテスタント・バプティスト派)がアフリカ系アメリカ人公民権運動を展開、ワシントン大行進であの有名な"I Have a Dream"の演説を行ったのが63年である。翌64年にキングはノーベル平和賞を受賞した。そしてアメリカが北爆を開始しベトナム戦争の泥沼に踏み込むのが65年、キングが暗殺されるのが68年のこと。つまり64年は正に時代が激動し嵐の予感に満ちた年であり、その不安感は心象風景として巧みに映像で描かれている。

厳格な校長のシスター・アロイシス(メリル・ストリープ)と進歩的考えの持ち主フリン神父(フィリップ・シーモア・ホフマン)との対立を軸に物語りは展開する。論点は、フリン神父が初めて入学してきた黒人生徒を《やったか、やらないか》。

この映画の原作となる戯曲が発表されたのは2004年。つまり2002年に発覚したボストン教区司祭ジョン・ゲーガン神父の児童に対する性的虐待事件(30年間で被害者はのべ130人に上る)を踏まえて執筆されている。ゲーガンは実刑判決を受け、2003年に矯正センターで他の収容者に暴行され死亡した。

ボストン大司教バーナード・ロー枢機卿はゲーガンの問題行動について度々報告を受けていたにもかかわらず、事態が公になりそうになると教区を転々とさせる措置をとっていた。これに類似したエピソードが映画にも登場する。ちなみに過去52年間でアメリカの聖職者による子供への性的虐待が疑われたのが11,000件、うち立証されたのが6,700件にも上るそうだ(詳しくは→こちら)。

原作となる戯曲を執筆したジョン・パトリック・シャンリィが映画用の脚色をし、自ら監督もしている。面白いのは舞台版で彼は他者に演出を委ねていること。これはトニー賞の演劇作品賞およびピューリッツァー賞をダブル受賞した(同じような例として「エンジェルズ・イン・アメリカ」やミュージカル「RENT」がある)。なお原作者本人もブロンクス生まれで少年時代カトリックの学校に通っている。

シャンリィは「月の輝く夜に」(1987)でアカデミー脚本賞を受賞し、1990年には「ジョー、満月の島へ行く」で映画監督デビューを果たした。しかしその評判は芳しくなく、ショックから立ち直るのに18年かかったと本人が語っている。今回はそのリベンジであり、そして見事に成功している。

実は舞台版の登場人物は4人しかいない。その役に配されたメリル・ストリープ、フィリップ・シーモア・ホフマン(「カポーティ」でアカデミー主演男優賞受賞)、エイミー・アダムス(「魔法にかけられて」)、ヴィオラ・デイヴィス(2001年トニー賞受賞)の火花を散らす演技合戦が壮絶で迫力満点。この4人全員が今年のアカデミー賞候補となったのは伊達じゃない(メリルは本役で全米映画俳優組合【Screen Actors Guild , SAG】の主演女優賞を受賞した)。

またスタッフの充実も素晴らしい。撮影監督が過去8度アカデミー賞にノミネートされ、2007年には「ジェシー・ジェイムズの暗殺」「ノーカントリー」でダブル・ノミネートを果たしたロジャー・ディーキンス。衣装デザインが「イングリッシュ・ペイシェント」でオスカーを獲得したアン・ロス、音楽が「ロード・オブ・ザ・リング」のハワード・ショア!正に望みうる最強の布陣と言えよう。

シスター・アロイシスは旧世代の不寛容(intolerance)を象徴し、それに対して新世代のフリン神父は進歩主義者 (progressive)である。フリンの行動がベトナム戦争の反動として出現したヒッピー、フリーセックスといったムーブメントに繋がっているのは間違いないだろう。

さらにあくまでフリンの行動に疑惑(doubt)を抱くアロイシスに対し、新人教師シスター・ジェイムズ(エイミー・アダムス)は純真であり、フリンの言い分が真実だと信じる。こうした様々な対比がこの物語に緊迫感を与え、密度の濃い作品に仕上がっている。また、確たる証拠もなくフリンを糾弾するアロイシスは、大量破壊兵器があると主張してイラク戦争を仕掛けたブッシュ政権を彷彿とさせる(シャンリィもこの作品を書く切っ掛けとなったのは2001年9月11日に勃発した同時多発テロ後、アメリカを満たした異常な空気であると述べている)。

フリンが黒人少年を《やったか、やらないか》?その答えは映画の最後まで示されない。ハリウッド的予定調和に終わらないこの手法に、モヤモヤとした気持ちで観客は映画館を立ち去ることになる。しかし、考えてみれば人生もまた同じではないだろうか?我々は《答えのない質問》(The Unanswered Question)を自らに問いながら、残された時間を懸命に生きていくしかないのである。

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コメント

「ダウト」は個人的に結構気になってる映画なんですが、俺が住んでいる新潟でやってくれるかが気になる。まぁ、ダメなら最悪DVDで楽しもうと思ってます。

あと全然関係ないですが・・・
「ヤッターマン」見るか「ドラゴンボール」見るか
迷ったら迷わず「ヤッターマン」を選びましょう(笑)
同じ金額払うなら深キョンのドロンジョ様見た方がいいです。

投稿: S | 2009年3月14日 (土) 23時14分

Sさん、こんばんは!

日本での評判が最悪な「DRAGONBALL EVOLUTION」については、ゴールデン・ラズベリー賞が受賞出来るか?という一点で僕は注目しています。しかし、アメリカで話題にならなければラジー賞でさえ難しいかも知れません。あちらでも大々的に公開してもらいたいですね。

深キョンのドロンジョは僕も是非観たいです!

投稿: 雅哉 | 2009年3月15日 (日) 00時50分

これ、見たいなぁ。

なにしろ、メリルは「マンマ・ミーア!」の直後ですから(日本だけの現象ですが)。

梅田ガーデンシネマも、京都シネマも遠い・・・。遠すぎる・・・(泣)。

単館ロードショーなら、もっと便利なところで上映してほしいですね。

仕方ない、来週ぐらいになったら少し時間も出来るので、深キョンドロンジョでも見てくるか。こないだ散髪に行ったら、もう還暦近いそこのご主人が「ヤッターマン見てみたい」って言ってまして、笑ってしまいました。でも、考えたら、オリジナルの「ヤッターマン」を見ていてもおかしくない年代なんですよねぇ(笑)。

投稿: ぽんぽこやま | 2009年3月15日 (日) 13時30分

最近の大林映画はみな単館上映ですが、これは一般的認知度から考えて仕方ないにしても、ハリウッド映画しかもメリル・ストリープ出演作までというのは酷い話です。

「RENT」とか「カポーティ」もそうだったなぁ。あっ、「ヱヴァンゲリヲン新劇場版」も!

投稿: 雅哉 | 2009年3月15日 (日) 18時32分

そうですね、RENTも梅田ブルクまで見に行きました。ちょうど公開中に仕事で梅田まで行く用事があり、その仕事が早く済んで、上映時間に間に合ったんです。

なにしろ「やまあい寄席」会場近くに住む身としては、梅田に行くのも一日仕事になるんです。車を飛ばして宝塚を見に行くほうが楽かもしれないです。

一年余り前になりますか、南隣の岸和田で、西日本で初めてできたシネコン「ワーナーマイカル東岸和田」がなくなってしまいました。南大阪にもあちこちにシネコンができて、パイの食い合いになっているんです。

宮崎作品のような大ヒットが見込まれる映画は仕方ないとして、メリル・ストリープ主演のハリウッド映画ぐらいだと単館上映じゃなくても、と思うんですよね。

こんなにあちこちシネコンがあるんですから、各シネコンでオリジナリティのある作品を選んで上映してくれれば、もっと映画人口を増やすのに役立つんじゃないかと思うんですが、甘い考えですかね。

もっぱら一番近いTOHOシネマズ泉北に行くことが多いのですが、同じTOHOシネマズだと、もう少し車を飛ばすと、先日トム・クルーズがやってきた鳳にもありますし、南にいけば岸和田にはユナイテッドシネマズもあります。堺市にはもうひとつMOVIX堺もあるんですから。私のような僻地に住んでいても、少し車で足を伸ばせば気軽に行けるシネコンはこれだけあるんですからね。

投稿: ぽんぽこやま | 2009年3月16日 (月) 01時08分

RENT映画版はオリジナル・キャストが沢山出て観応えありましたね。

その映画版にも出演したアダム・パスカルとアンソニー・ラップが今年のRENTツアーで来日するようです。詳細はこちら。ただ残念なことに大阪公演は今のところ予定されていないんです。

アダム・パスカルは彼が出演中にブロードウェイでディズニー版「アイーダ」を観ました。圧倒的歌唱力で感動しました。

投稿: 雅哉 | 2009年3月16日 (月) 18時49分

同感です。映画はオリジナルキャストがたくさん出ていたのがうれしかったですね。

アダム・パスカルとアンソニー・ラップは、ロンドンでRENTを見たときに出ていたんです。

ブロードウェイやウェストエンドに行ってもオリジナルキャストで見られることはなかなかありませんが、ことRENTに関してはラッキーでした。

投稿: ぽんぽこやま | 2009年3月16日 (月) 22時55分

アダム・パスカルとアンソニー・ラップはロンドンの舞台にも出ていたんですね。知りませんでした。

しかし、アダムが現在38歳、アンソニーは37歳ですから、そろそろあの役を演じるのもキツイ年齢になってきましたね。いい年して、何時までボヘミアンやってるんだ!って。

投稿: 雅哉 | 2009年3月17日 (火) 00時40分

あの二人は映画の時点でも少しつらかったですね。ただ、映画版は、極力オリジナルキャストを使うことに意味があったように思えますが。

「ダウト~」をなかなか見に行くことが出来ず、深キョンドロンジョ見てうさ晴らししてきました(笑)。テレビアニメを見ているという前提で作っている、という点はあるものの、CGも上手く使っていて、意外と楽しめる大作になっていたのには感心しました。

投稿: ぽんぽこやま | 2009年3月23日 (月) 16時22分

ミュージカル映画で必ずしもオリジナル・キャストがこぞって出たからといって成功しないのだなと想ったのは「プロデューサーズ」です。僕はこれ、2001年にオリジナル・キャストが全員出演している舞台をブロードウェイで観たんです。後に映画を観て愕然としました。スーザン・ストローマンには映画監督としての才能が全くなかった!あれは酷い代物でした。

深キョンのドロンジョは近日中に観ます。

投稿: 雅哉 | 2009年3月24日 (火) 01時24分

「プロデューサーズ」はオリジナル舞台を見なかったので比較できないですね。

マシュー・ブロデリックは「ハウ・トゥ・サクシード」のリバイバル上演のときに、ブロードウェイで見ました。これもはまり役でしたね。日航ジャンボ機墜落事故で、夫坂本九さんを亡くされてから「二度と飛行機には乗らない」と公言されていた柏木由紀子さんを劇場でお見かけしたので、腰を抜かしそうになりました(っていうか、そのときは、見覚えのある人だなと思って会釈したら、会釈を返してくれて、しばらくしてから気づいたという間抜けぶり)。考えたら、日本での初演は坂本九さんが主演で演じられたので、NYでの再演を聞いて、どうしても見たいと思われたんでしょうね。それに気づいたときは胸が痛みました。

投稿: ぽんぽこやま | 2009年3月24日 (火) 02時27分

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