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2009年3月

笑福亭たま/安養寺寄席

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3月29日(日)、奈良県・大和小泉にある安養寺で、たまさんの落語会。

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大阪からもファンが大勢詰め掛けていた。通常の落語会は中年以降の聴衆が主流なのだが、たまさんの場合は若い女性客が多いのが特徴である。男女比は大体2対3くらいか。

僕の近くに坐った女性たちが「たまさん、昨日ほど高座で汗をかいていないね」等と会話していた。どうやら、難波の「よしもと∞」で開催されている花花寄席のことらしい。

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新作も手掛けるたまさんだが、今回の演目は全て古典落語だった。

  • 笑福亭たま/近日息子
  • 笑福亭松五/手水廻し
  • 笑福亭たま/鼻ねじ(隣の桜)
  • 笑福亭たま/愛宕山

安養寺の会は通常たまさん一人が出演し、お囃子はCDを使用しているそうだ。しかし今回はハメモノの入る噺をしたいということで、生の三味線と鳴り物(松五さん担当)付き。これで木戸銭1,000円ポッキリとは申し訳ない位である。

たまさんのことを一言で表すなら、《全身落語家》が最も相応しいのではないだろうか。そこまでしなくても、というくらい声を張り上げ、渾身の力を振り絞り一席一席を演じる。そのダイナミックで汗だくの熱演には感動を禁じえない。「愛宕山」で大きな傘を広げ崖の上から谷底へ飛び降りた一八が、勢い余って瓦(かわらけ)投げの的(まと)にぶっかったのには大笑いした。

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とりそめ(林家染二25周年)さあ、カイシ(かい枝)で〜す!

3/28(土)仕事を終えて、まず難波のトリイホールへ。

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第2回繁昌亭大賞を受賞された林家染二さん、入門25周年の出発となる落語会。18時30分開演。

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  • 林家   染吉/時うどん
  • 林家   染二/素人浄瑠璃
  • 林家卯三郎/くっしゃみ講釈
  • 林家   染二/愛宕山
  • 桂     米左/天狗裁き
  • 林家   染二/子別れ(初演)

素人浄瑠璃」は当初プログラムにはなく染二さんは二席の予定だったが、新幹線グリーン車オーディオチャンネルのための音源録音として急遽付け加えられた。なんだか、とても得した気分。

愛宕山」で一瞬、ネタが抜けるというハプニングがあった。数十秒後直に高座は滞ることなく続いたが、染二さんのようなベテランにもこんなことがあるんだなぁと驚いた。これもライヴならではの醍醐味だろう。

子別れ」はこれが初演とはとても信じられないくらい、練り上げられた芸を披露された。まるでひとり芝居を観ているかのような迫真の演技。染二さんの上手さは《間の取りかた》にあるのだなということに、今回初めて気がついた次第。

米左さんは端正な芸で(ある意味"cool")、同期の染二さんとはまた違った持ち味で観客を魅了した。

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「とりそめ」が跳ねて、地下鉄で移動し南森町へ。お次は天満天神繁昌亭で桂かい枝さんのレイトショー「さあ、カイシで〜す」。21時45分開演。何とこの時間帯で8割強の入り!大人気である。

  • 桂   かい枝/秘伝書
  • 笑福亭銀瓶/七段目
  • 桂   かい枝/星野屋

生の三味線が入り、太鼓などの鳴り物はかい枝さんと銀瓶さんが交代で担当した。「深夜やし、今の若い人はお金を払わないと手伝ってくれないんやから、ちゃんと雇っとけと怒ったんですわ」と銀瓶さん。「ゲストなのにチラシの挿み込みとか働かされて、むかついたから私はハメモノの沢山入る七段目を選びました。かい枝は『兄さん、ようやりません』言いましたけれど、『お前の感覚でやれ』と返しました。私の落語はどうでもええから、そっちに注目して下さい」このかい枝さんによる微妙にズレた鳴り物が最高に可笑しくて、会場も大いに盛り上がった(→かい枝さんのブログへ)。下座ではかい枝さんが太鼓を打たないといけないのをすっかり忘れていて、それに気が付いた三味線の勝正子さんが咄嗟にバチで叩くという場面もあったそうだ。

かい枝さんは開口一番、「今日から高速道路が1,000円で何処まででも行けるようになりました。そんな日に1,500円の落語会に来て下さってありがとうございます」「最近おめでたいことが続きますねぇ。まずWBCで日本が世界一になって、今日は相撲で白鳳が優勝しました。私、あの力士が大好きなんです。それから三つ目が、紀香の離婚!」これは観客に大ウケ。「胸のつかえが、す〜っと下りました」ちなみにかい枝さんは陣内智則と同じ、吉本興業の所属である。

星野屋」のマクラでは落語で女性を表現するにはクロス(交差)の所作が有効だということを話され、本編に入るとその女性の仕草をくどい位濃厚に演じられ、大爆笑のうちに夜は更けていった。

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教会音楽シリーズ/G.Ph.テレマン本邦初演(4曲)

兵庫県西宮市、阪急線の夙川(しゅくがわ)駅近くにあるカトリック夙川教会にて日本テレマン協会(創立45周年)の教会音楽シリーズを聴いた。

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今回は指揮者・延原武春さんが、「ドイツ連邦共和国功労勲章功労十字小綬章」を受賞された記念演奏会となった。これは長年にわたるテレマンやバッハ等の演奏活動、そして昨年のピリオド(古)楽器によるベートーベン交響曲全曲演奏(本邦初)の功績が高く評価されたもの。日本人指揮者として勲章を授与されるのは故・朝比奈隆(大阪フィルハーモニー交響楽団)、鈴木雅明(バッハ・コレギウム・ジャパン)に続いて3人目となる。

会場はびっしり満席。演奏に先立って大阪・神戸ドイツ連邦共和国総領事ゲロルト・アメルリンクさんからお祝いの挨拶もあった。

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プログラムは全て日本初演となるG.Ph.テレマンの作品で、

  • 3つのトランペットと2つのオーボエのための協奏曲
  • オラトリオ「喜びの声をあげよ、喜び祝い、そして歌え」
  • パストラーレ
  • オラトリオ「解き放たれたユダヤの民」

オラトリオはドイツ語で歌われ、日本語訳がスライドで正面に映し出された。

モダン楽器も弾くテレマン室内管弦楽団だが、今回はバロック(古)楽器による演奏だった。つまり羊の腸をねじって糸状にしたガット弦、トランペットとホルンはピストンのないナチュラル管、フラウト・トラヴェルソ(バロック・フルート)、バロック・ティンパニ等が使用された。

最初の協奏曲は祝祭的雰囲気があって華やか。

パストラーレは弦楽合奏およびチェンバロのみの演奏。のびやかで、文字通り「牧歌的」。ドヴォルザーク、チャイコフスキー、そしてエルガーらによる弦楽セレナードの原点はここにあったのだな頷ける、説得力ある演奏だった。

このプログラム中、僕が一番気に入ったのがオラトリオ「解き放たれたユダヤの民」。モーゼがユダヤの民を率いてエジプトを脱出する「出エジプト記」が描かれるのだが、内容が内容だけに嵐や津波の情景描写もあり、音楽が非常に劇的で面白い。これぞエンターテイメント!

ヘンデルにも同じ題材を描くオラトリオ「エジプトのイスラエル人」という作品があって、有名な「メサイア」よりもこちらの方が断然傑作だと僕は確信しているのだが、「出エジプト記」は(教会に拘束されていた)当時の作曲家にとって最もやり甲斐のある仕事だったのではないだろうか?と、ふとそんなことを想った。

また独唱者およびテレマン室内合唱団が非常に充実した歌唱を聴かせてくれたことも特筆に価する。

なお、来る4月27日(月)に巨匠・有田正広さん(フルート・指揮)が室内合奏団THE STRINGSと共演するオール・モーツァルト・プログラムがこのカトリック夙川教会で開催されるそうである。詳細は→こちら

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フィッシュストーリー

評価:D+

「風が吹けば桶屋が儲かる」みたいな話である。原作は今を時めく伊坂幸太郎

映画公式サイトはこちら

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監督は「アヒルと鴨のコインロッカー」の中村義洋。「アヒル…」の出来は割と良かったが、こちらは凡作。

伊坂幸太郎は2008年「ゴールデンスランバー」で山本周五郎賞、本屋大賞を受賞。雑誌「このミステリーがすごい!」2009年版では堂々第1位に輝いた。また同作で直木賞候補を辞退したことでも話題になった。

僕も「ゴールデンスランバー」は読んだのだが、正直余り好きになれなかった。大体、仙台(伊坂くんの出身地)を舞台にジョン・F・ケネディ暗殺の濡れ衣を着せられたオズワルド事件を再現しようという壮大な構想に無理がある。近未来の設定とはいえ、どう考えても《虚構の中のリアリティ》が感じられない。

吉川英次文学新人賞を受賞した「アヒルと鴨のコインロッカー」(2003)、「チルドレン」(04)、日本推理作家協会賞短編部門を受賞した「死神の精度」(05)の頃は彼の小説は面白かったし、好きだった。しかし、「魔王」のあたりからこの作家はおかしな方向に進み始めた。

ファシズム、独裁者の台頭を描く「魔王」、《8年後に小惑星が落ちてきて地球が滅亡する》と発表されて5年後、カオスと化した仙台を描く「終末のフール」、そして「ゴールデンスランバー」とどんどん話がデカくなってきた。最近の彼は政治とか社会のことなどを饒舌に語りたがる。「俺って文章が上手いだろう?」と言いたげな気取りも鼻につく。

「フィッシュストーリー」も同様。彗星が地球に激突し人類滅亡するまであと5時間とか、正義の味方が世界を救うとか大風呂敷を広げ過ぎ。気持ちが萎える。

確かに4つの時代を行き来するプロットはトリッキーで凝っているが、中身が空疎。《策士策に溺れる》とは当にこのことだろう。

伊坂幸太郎がまだ身の丈にあった小説を書いていた頃=初期作品の映画化「重力ピエロ」(近日公開)に期待したい。

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大阪市音楽団/発見!吹奏楽の宝島

大阪府立青少年会館で開催された大阪市音楽団/第35回青少年コンサートを聴いた。入場無料。応募方法はインターネットおよび往復はがきによる抽選だった。

指揮をされたのは岡山県倉敷市出身の中井章徳さん。今月は大阪フィルハーモニー交響楽団の指揮台に立ち、「にしなりクラシック」や、大フィルが中学生と共演する「はじめましてオーケストラ」等の指揮もされている。

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曲目は、

  • 大学祝典序曲(ブラームス/高橋徹 編)
  • I Will...~ウィンドアンサンブルのための~(清水大輔)
  • アルメニアン・ファイアー・ダンス(G.リチャーズ)
  • トッカータとフーガ(J.S.バッハ/藤田玄播 編)
  • 行進曲「星条旗よ永遠なれ」(スーザ)
  • 行進曲「ナイルの守り」(アルフォード)
  • ミッキー・マウス・マーチ(J.ドット)
  • 煙が目に滲みる(J.カーン)アルトSax独奏
  • トランペット吹きの休日(L.アンダーソン)Tp三重奏
  • ユー・レイズ・ミー・アップ(R.ラヴランド)ユーフォニアム独奏
  • 宝島(和泉宏隆/真島俊夫 編)

アンコールは、

  • 主よ、人の望みよ喜びよ(J.S.バッハ/A.リード 編)
  • 行進曲「アルセナール」(J.ヴァンデルロースト)

クラシックの編曲あり、JAZZやT-スクェアのフュージョン(宝島)あり、吹奏楽のオリジナル/マーチもありと盛りだくさんの内容でお腹一杯。

特にアルトSaxをフィーチャーした「宝島」が格好よかった!淀工の十八番、「カーペンターズ・フォーエバー」でお馴染みの真島俊夫さんによる卓越したアレンジが冴え渡る。

「大学祝典序曲」は昨年秋に楽譜が出版されたばかりのニュー・アレンジとのこと。なかなか巧みに原曲の持ち味を生かしている。

昨年、なにわ《オーケストラル》ウィンズの為に「夢のような庭」を作曲された清水さんの曲は航空自衛隊中部航空音楽隊の委嘱により書かれ2005年に初演されたもの。トランペット・ソロのある非常に静謐な音楽で、コープランド/「クワイエット・シティ」とかジョン・ウィリアムズ/「JFK」、「プライベート・ライアン」などを連想させる雰囲気がある。

「アルメニアン・ファイアー・ダンス」は元々金管バンドの為に書かれた曲だそうで、狂騒的テンポで駆け抜ける様は、まるでファンファーレ・チォカリーアみたいだった。

「ミッキー・マウス・マーチ」はアレンジが楽器紹介にもなっており、主旋律をピッコロ→フルート→オーボエといった調子で歌い継ぐ。途中、サキソフォン四重奏も登場した。とても愉しい。

会場には先生に引率された中学生たちが沢山詰め掛けていた。最後に中井さんが「アルセナール」をしますとアナウンスすると、「ヒャー!」と女子生徒たちから悲鳴のような歓声が上がった。

僕はもう、この曲を聴くと瞬間的に滝二の颯爽とマーチングする雄姿が瞼に蘇る。

嗚呼、吹奏楽の熱い季節が再び巡ってきた!そういう想いを胸に帰宅の途に就いたのであった。

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絶対お勧め!4月以降の関西クラシック&吹奏楽コンサート情報

以前こちらの記事に書いた通り、日本でハイドンを振らせたらこの人の右に出る者なし、ゲルハルト・ボッセ/大阪フィルハーモニー交響楽団によるオール・ハイドン・プログラム(4/7、いずみホール)、バッハ・コレギウム・ジャパン至高の「マタイ受難曲」(4/12、兵庫芸文)、フラウト・トラヴェルソ(フルート)の達人・有田正広さんが10本の笛を吹き分ける演奏会(4/22、いずみホール)は僕が100%の自信を持ってお勧め出来るものである。そして今回はさらに追加情報をお届けしよう。

まずは4/18に大阪音楽大学、ザ・カレッジ・オペラハウスで開催される「鈴木秀美と仲間たちによる珠玉の室内楽」。詳細はこちら。これの何がすごいって、モーツァルト/クラリネット五重奏を作曲された当時の楽器=バセット・クラリネットで聴けること。脇を固めるのは鈴木秀美(Vc)、若松夏美(Vn)らオーケストラ・リベラ・クラシカのメンバーであり、古楽器の世界的名手揃い。当然ガット弦を張った演奏になる(モダン楽器はスティール弦)。バセット・クラリネットについてのレクチャーまである。こういう演奏会、関西じゃ滅多に聴けません(ちなみに秀美さんは神戸のご出身)。しかも一般3,000円(小・中・高校生1,000円)という料金設定はさすが大学ならではで、非常に良心的。

さてお次は全ての吹奏楽を愛する方に、そして「吹奏楽なんか一度も聴いたことがない」と仰るクラシック・ファンの皆様にも是非一度騙されたと想って聴いて頂きたいのが6/5(金)にザ・シンフォニーホールで開催される大阪市音楽団定期演奏会である。市音を知らない大阪のクラシック・ファンは吃驚仰天されるだろうが、ここは在阪オケのどこの管楽器セクションよりも上手い。その差は歴然としている。近年市音が出すCDの大半は「レコード芸術」誌で特選盤(ふたりの音楽評論家が共に推薦した場合適応される)に選出されている。ちなみに大植英次/大フィルハーモニー交響楽団が過去に出したCD(最新のブルックナー/交響曲第9番含む)で特選になったのはマーラー/交響曲第6番ただ一枚のみである。

今後、大阪では大フィルとセンチュリーを軸にオーケストラの合併問題が活発に議論されることになるだろう。その際、市音の実力を知っておくことはこの問題を考える参考になるだろうと僕は想っている。管楽器セクションを強化し、市音レベルまで引き上げることは在阪オケの急務である。

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6月の市音定期をお勧めする理由は2点ある。まず指揮者として飯森範親さんが登場されること。2007年にいずみホールで実現した飯森/市音のコラボレーションはセンセーショナルな大成功を収めた。

飯森さんは米アカデミー外国語映画賞を受賞した「おくりびと」に出演されており、山形交響楽団を指揮してベートーヴェンの第九を披露されている(→飯森さんのブログへ!)。

さらに、こんなところでも活躍されている。

そして強力に推す2番目の理由。今度の定期は曲目が素晴らしいことだ→詳しくは、こちら

「アルヴァマー序曲」で有名なジェイムズ・バーンズ、交響曲第1番「指輪物語」、第3番「プラネット・アース」のヨハン・デ=メイ、「オリエント急行」「宇宙の音楽」のフィリップ・スパークと吹奏楽の世界で最も人気のある作曲家の新作が目白押し!そして市政120周年記念委嘱作品として世界初演される「彼方の祝祭」を書き下ろす後藤 洋さんは、最近の吹奏楽コンクールでは「トゥーランドット」のアレンジャーとして一世を風靡した。

17年前、飯森/市音のコンビが岡山シンフォニーホールで披露したクロード・T・スミス/華麗なる舞曲の壮絶な名演は、今だ吹奏楽ファンの間で語り草になっている(試聴は→こちら)。そしてその伝説が今度はザ・シンフォニーホールで蘇る。

チケット発売は4/1から。これを聴き逃す手はない。That's Entertainment!

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映画「オーストラリア」

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評価:F (不可)

まず一言。バズ・ラーマン(原案・脚本・監督)よ、お前はアホか?

映画公式サイトはこちら

1939年から物語は始まり、1942年日本軍によるオーストラリアの都市ダーウィン空襲までを描く陳腐なメロドラマである。それだけならまだ良い。

人物描写が類型的でご都合主義のこんな脚本にニコール・キッドマンやヒュー・ジャックマンのような大スターが出演をO.K.したのも、ひとえに愛国心ゆえであろう(ふたりともオーストラリア出身)。

アボリジニ(先住民族)の子供たちを集めた「伝道の島」で、実際にはオーストラリアに上陸していない日本軍兵士がアボリジニを銃殺する《歴史捏造問題》にも目を瞑ろう。所詮これはプロパガンダ・国策映画なのだし、目くじらを立てるほどのものではない。

しかし問題なのは、本作にアボリジニに対する政府による《白人同化政策》のエピソードを入れたことである(この件に関してオーストラリア首相は2008年に正式に謝罪した。詳しくは→こちら)。

《白人同化政策》について、最も鋭い視点で抉り出した映画は「裸足の1500マイル」である。撮影監督クリストファー・ドイルによる映像も素晴らしく、傑出した作品である。これに比べると、「オーストラリア」の掘り下げ方は余りにも浅い。

本作はアボリジニの少年によるナレーションで始まる。これがなんと英語なのだ。どうしてアボリジニの言葉を使わないのか?マーケティングのことを考えて英語を使用したいのなら、逆にアボリジニの少年に語らせるべきではないだろう。

この少年は劇中、ニコールから映画「オズの魔法使い」(1939年公開)の主題歌”虹の彼方に”を聴かされ大いに気に入り、後にこの旋律を彼女との合図に用いる。

さらに少年は、映画の最後でアボリジニとしてのアイデンティティを自覚し、祖父と共にウォークアバウト(徒歩で放浪の旅をする、成人になるための儀式)に出発する。この旅立ちの音楽がなんと、エルガー/「エニグマ変奏曲」~ニムロッドなのである。

なんでやねん!よりにもよってイギリスの作曲家とは。ウォークアバウトはアボリジニ特有の儀式なのだから、当然彼らの音楽(民族楽器ディジュリドゥを使用したもの)がここで高鳴るべきじゃないのか?

結局、バズ・ラーマンは口では「アボリジニの権利・自由」とか奇麗ごとを叫びながら、心の中では白人の言語・文化の優位性を信じて疑っていない事実がこれらを見れば明らかである。またそのことを全く自覚していないということが限りなく罪深い。これでは20世紀にオーストラリア政府が良かれと信じ、善意で行ってきた《白人同化政策》と変わりないではないか。この映画の根底に流れる思い上がり、傲慢さには反吐が出る。

無意味なスロー・モーションの多用にもウンザリした。だれか奴に正しい使い方を教えてやってくれ!

こんな下手くそな演出家が今度は(既に再映画化権を取得している)S.フィッツジェラルド原作「グレート・ギャツビー」のメガホンを本当に取るのか??

頼むから勘弁してもらいたい……まあ、完成したら観に行くけど <結局、行くんかい!

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桂文太/田辺寄席 弥生席

田辺寄席に足を向けた。

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3/21(土)夜席

  • 桂佐ん吉/犬の目
  • 桂都んぼ/真田小僧
  • 桂  文太/饅頭こわい
  • 月亭遊方/オオサカ・シネマロケンロール(遊方 作)
  • 桂   米輔/抜け雀

3/22(日)昼席

  • 桂  三幸/道しるべ(噺家・講談師ユニット「セブンエイト」作)
  • 桂  文鹿/浮世床
  • 桂  文太/天神山
  • 桂枝曾丸/(和歌山弁落語)同窓会
  • 桂   枝光/井戸の茶碗

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文太さんが「開口0番」でよくされるのが、《落語を愉しく聴くための、あいうえお》。

  • くびをしない
  • ねむりしない
  • ろうろしない
  • がおで聴く
  • ならをしない

といった調子。今回は田辺寄席世話人の息子さんの結婚式に出席されたことを語られた後、《夫婦仲良くするための、たちつてと》を披露された。

  • なべ寄席を見に来る(しかし、決して手伝わない)
  • からを合わせる
  • きあいは悪くなっていい(誘われても3回に1回は断る)
  • きとうな距離を保つ
  • きどき手を握る

う~ん、なかなか含蓄がある。

さて、土曜日夜席は小学生落語家・りんりん亭りん吉さん(昨年、アマチュア演芸コンテストでワッハ上方大賞金賞を受賞)が聴きに来ていた。

遊方さんは今まで4本の映画に出演されたそうで、それが全部ヤクザの子分役。「極道の妻たち」シリーズに出た時の役名は"子分F"だったとか。そして今までで一番大きな役だったのがVシネマ「売春暴力団」(1997、永島敏行 主演)……と、ここまで話したところで客席のりん吉さんと目が合った。焦った遊方さん、「アッ、しまった!小学生には不適切な内容でした。ここまではカットね」とフィルムをハサミで切る仕草。非常に愉快なマクラだった。

文太さんの「饅頭こわい」は饅頭各々の食べ方がとても美味しそうで、名人芸を堪能。部屋に投げ込まれる饅頭の中に《551蓬莱》の豚まんが混じっているというギャグが秀逸だった。

枝曾丸さんの「同窓会」は文福さんのネタとお題目が同じだが、中身は全く異なるもの。

枝光さんは本当に《一生懸命のお喋り》で、躍動感のある大熱演。いやはや、面白かった!

僕は文太さんの師匠、故・桂文枝が十八番としていた「天神山」という噺がとても好きだ。特に終盤、狐の女房が安兵衛との間に生まれた子どもを置いて山に還っていく時に書き残す歌

恋しくば 訪ね来てみよ 南なる 天神山の 森の中まで

が切なくて良い。何度聴いても味わい深い名作である。

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小曽根真 presents No Name Horses

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サンケイホールブリーゼで、ジャズ・ピアニスト小曽根真さん率いるビッグバンド、No Name Horsesを聴いた。

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No Name Horsesは、小曽根さんがプロデュースした伊藤君子(Vo)のアルバムのレコーディングのために2004年に結成された。このハイ・クオリティなサウンドに手ごたえを感じた小曽根さんは継続して活動することに決め、以後1年に1回のペースでツアーを行っている。

トランペット4、トロンボーン3、サクソフォン5、それにベース、ドラムス、ピアノ各1という編成。サクソフォン奏者によるフルートおよびクラリネットへの持ち替えあり。

曲目は(順不同)、

  • Toi & Moi(小曽根真)
  • Midnight Call(三木俊雄)
  • You Always Come Late(小曽根真)
  • Three Wishes(小曽根真)
  • You are not Alone(小曽根真)
  • Carney (Rick Henderson)
  • She(シャルル・アズナブール、ピアノ・ソロ
  • No Siesta(小曽根真)
  • Cave Walk(小曽根真)
  • Three Wishes(小曽根真)
  • No Strings Attached(小曽根真)

5月にリリース予定のアルバム「Jungle」からも2曲、カラフルなラテン・ナンバーが披露された。

Sheは昨年2月、大阪フィルハーモニー交響楽団定期演奏会に小曽根さんが客演したときにアンコールで聴いた。

また大阪クラシック2008ではこんな素敵な出来事もあった。

小曽根さんは高校生の時、旧サンケイホールで秋吉敏子 with ビッグバンドの演奏を聴いて、「何時か自分もこんなバンドをやってみたい」と思われたそうだ。

No Name Horsesのメンバーは、各々がリーダーとして活躍している世界的ミュージシャン揃い。ホーンが唸り、ゴージャスな音色で聴き応えあり。全員のソロがフィーチャーされていたが、皆べらぼうに上手い。日本最高峰のビッグバンドであることは間違いない。

神戸出身の小曽根さんによる関西弁を交えたMCもとても面白い。ある意味、淀工の丸谷明夫先生と似た資質を感じた。この人柄のよさで優秀な音楽家たちが彼のもとに集結したのだろうな、と納得がいった。

また、トロンボーン奏者による《アフリカ象とインド象の鳴き声》というパフォーマンスもとても愉快だった。

No Name Horsesは来る7/2(木)~4(土)に、ビルボードライブ大阪(06-6342-7722)でもステージが予定されているそうである。

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 記事関連blog紹介:同じコンサートを聴かれた方の感想

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圧巻! 児玉宏/大阪シンフォニカーのアッテルベリ

曲が終わった瞬間、ザ・シンフォニーホールがどよめいた。拍手喝采の中で立ち上がった大阪シンフォニカー交響楽団の楽員たちが充実した顔つきで、今まで見たことがない位の満面の笑みを浮かべている。そしてそれが観客たちにも伝播し、みんな幸せそうに笑っている。それがアッテルベリ/Dollar交響曲の反応だった。一端舞台袖に引っ込み再び登場した指揮者の児玉宏さんに楽員たちが拍手を送ると、児玉さんは譜面台のスコアを聴衆に向かって掲げ、それを指さし「作曲家を讃えてあげて」というジェスチャーをされた。

僕が初めて交響曲というものを全曲通して聴いたのは小学生の時である。その頃はカール・ベームが指揮するモーツァルト/後期交響曲集(第35-41番)とかベートーヴェン/交響曲第6番「田園」などが好きだった。あらから沢山の作品を聴いてきた。しかし、交響曲を聴きながら今回ほど興奮したことは一度もないと断言出来る。正に未曾有の体験であった。

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話は2時間前に遡る。この日定期演奏会のプログラムは、

  • エルガー/弦楽のためのセレナード
  • R.シュトラウス/4つの最後の歌
  • アッテルベリ/交響曲第6番日本初演

エルガーの曲はジョン・バルビローリ/シンフォニア・オブ・ロンドンのCDで長年親しんでいた。サー・ジョンはカンタービレに特徴がある指揮者である。そしてその棒から紡ぎ出される音楽は夕映えの美しさ、人生の哀しみを湛えている。

しかし、児玉さんの振るエルガーはサー・ジョンの解釈とは全く異なっていた。もっと歯切れが良く推進力があるのだ。生命力が漲っている。こういうアプローチもあるのか!と目から鱗が落ちる想いがした。

次のR.シュトラウスは一転、耽美的で色彩豊かな曲想を余すところなく表現した名演。曖昧さは皆無で、鋭い切れ味で外科医が腑分けするが如く、作曲家のオーケストレーションの巧が鮮やかに目の前に展開される。佐々木典子さんの独唱も、大変声量があり陰影のある音色で説得力を持って胸に響いた。

以前僕は児玉さんの指揮するベートーヴェン/交響曲第7番を聴いて、この人の資質に一番近いのは天才指揮者、カルロス・クライバーだと感じた。

そしてこの度、R.シュトラウスを聴きながら脳裏に蘇ったのは、やはり楽劇「ばらの騎士」を指揮する在りし日のクライバーの雄姿であった。

ただクライバーと児玉さんの大きな違いはレパートリーが極めて少なかったクライバーに対して、児玉さんはブルックナーやプロコフィエフも指揮するということである。

さて、スウェーデンのアッテルベリ(1887-1974)である。この曲は1928年シューベルト没後100年を記念して開催された国際作曲コンクールの優勝作品。この賞金1万ドルで彼はフォードの高級車を購入したため、Dollar(ドル)交響曲と呼ばれている。

初めて聴いて想ったのは「とにかく分かり易い!愉しい!格好いい!そして、ユニーク!」ということ。確か福永武彦の小説「死の島」に登場する一節だと記憶しているが、ある欧米の評論家がシベリウスの作風について「誰からの影響も受けず、誰にも影響を与えなかった」と評したそうである。それと同じ事を僕はアッテルベリの交響曲にも感じた。

第1楽章はソナタ形式。弦の刻みから勇壮なホルンの第1主題が登場するくだりは「これはブルックナーか?」と一瞬想ったが、音楽の様相は全く異なる展開を示し、ファゴットが提示する第3主題は民族音楽的で北欧伝説を彷彿とさせた。今にもホビットが登場しそうな雰囲気が醸し出される。

第2楽章アダージョは弱音器付きの弦に乗ってクラリネットが仄暗く、寂寞とした歌を奏でる。アルヴォ・ペルト(エストニア、1935- )の「フラトレス」(1977)とか、ヘンリク・グレツキ(ポーランド、1933- )の交響曲第3番「悲歌のシンフォニー」(1976)に通じる響きがあった。考えてみればスウェーデン、エストニア、ポーランドは環バルト海地域にあたるし、これは決して偶然ではないのだろう。

第3楽章(終楽章)はロンド形式で、一部フーガの手法も用いられている。ここで気分が一転し、賑やかなお祭り騒ぎ!ニヒルなパロディ精神があり、そういう意味ではショスタコーヴィチ的と言えるかも知れない(曲調は全然違うが)。

児玉宏/大阪シンフォニカーはここでも曲の魅力を十二分に伝える機動力を発揮し、その魔法で聴衆を虜にした。アッテルベリは演奏会と同時期にセッション録音され、この年の夏にCDの発売が予定されているそうである。当日、ザ・シンフォニーホールにいなかったという不幸な方は是非それで追体験して欲しい。中身の充実度、クオリティの高さは僕が絶対の自信を持って保証する。

 記事関連blog紹介:同じ演目を聴かれた方の感想

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なにわ芸術祭参加 室内楽シリーズ/The Chamber Players

The Chamber Playersの演奏をサンケイホールブリーゼで聴いた。

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メンバーは、大阪フィルハーモニー交響楽団・首席コンサートマスターの長原幸太さん、彼と2006-07年の大阪クラシックでも共演したヴァイオリニスト・千葉清加さん、読売日本交響楽団ソロ首席ヴィオラ奏者の鈴木康浩さん、元ロサンゼルス・フィルの首席ヴィオラ奏者で2008年まで大阪シンフォニカー交響楽団の首席指揮者を務められていた大山平一郎さん、大山さん就任中にシンフォニカーの特別首席チェロ奏者だった金子鈴太郎さん(2008年度、音楽クリティック・クラブ賞受賞)、そしてチェロの辻本玲さんら。

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曲目は、

  • ブラームス/弦楽六重奏 第1番
  • ブラームス/弦楽六重奏 第2番
  • チャイコフスキー/弦楽六重奏「フィレンツェの想い出」より第3楽章(アンコール)

ブラームスの第1番で長原さんが2ndにまわり、清加さんが1stだったので驚いた。彼女の奏でる音色は美しいのだが、如何せんおとなしくて、表面的演奏という印象が最後まで付きまとった。もっと緊迫感や力強さ、自己主張が欲しい。なんとも緩いブラームスで、他の5人が好演しているだけに「ここは《攻めの幸太》が1stを取らないと!」と惜しまれた。こういう趣向は気の合う仲間たちが集うホームパーティでやるなら良いのだろうが……。

しかしプログラム後半の第2番では長原さんが1stに交代し、チェロも金子さんが2nd→1stとなって俄然アンサンブルが引き締まった。ふたりの丁々発止のやり取りが実にスリリングで、目の覚めるようなブラームスを聴かせて貰った。アンコールのチャイコフスキーも胸がすく快演!

室内楽というのは楽器同士の対話であり、各奏者の技量が拮抗して初めて化学反応(chemistry)を起すのだな、ということを痛感した夜であった。

 記事関連blog紹介(同じ演奏会を聴かれた方の感想)

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N響メンバーによる木管五重奏の夕/神戸国際フルートコンクール

神戸国際フルートコンクール、記念演奏会シリーズ「N響メンバーによる木管五重奏の夕」に往った。会場は神戸文化ホール。

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メンバーは全員、NHK交響楽団の首席奏者あるいは首席代行である。

フルート:神田寛明、オーボエ:青山聖樹、クラリネット:磯部周平、ファゴット:水谷上総、ホルン:今井仁志

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曲目は、

  • ハイドン/ディヴェルティメント(H.ペリー編)
  • ヴィヴァルディ/協奏曲ト短調
  • ガーシュウィン/「ポーギーとベス」メドレー(B.ホルコム編)
  • ファルカッシュ/17世紀のハンガリー古典舞曲
  • ドヴォルザーク/弦楽四重奏第12番「アメリカ」(D.ウォルター編)

ヴィヴァルディの曲は、もとの編成がリコーダー、オーボエ、ファゴットと通奏低音という組み合わせだが、今回はフルート、オーボエ、ファゴットの三重奏で演奏された。つまり木管五重奏のために書かれたオリジナル曲はファルカッシュ1曲のみということになる。

ハイドンの曲は元々、木管八重奏として書かれた。この第2楽章は「聖アンソニーのコラール」という副題が付いている。そう、ブラームス/ハイドンの主題による変奏曲あの旋律だ。吹奏楽ファンならウィリアム・H・ヒル/聖アンソニー・ヴァリエーションでお馴染みだろう。

今回、聴いていて一番愉しかったのはヴィヴァルディ。次に20世紀ハンガリーに生まれたファルカッシュ。ハンガリーの舞曲といえばバルトークやコダーイを連想するが、さらに古(いにしえ)の鄙びた響きがした。

それから弦楽四重奏の為に書かれた曲を木管五重奏でするとどうなるんだろう!?と興味を引かれた「アメリカ」だが、これが意外と相性が合っていたので驚いた。考えてみればドヴォルザークはアメリカで採集した黒人霊歌や先住民族(ネイティブアメリカン)の民謡を取り入れているのだから、別に木管で演奏しても不自然ではないのだろう。第1楽章第1主題はまずファゴットで奏でられ、それがフルートに受け継がれる。第2主題はクラリネット。そして第2楽章はオーボエの歌で始るといった具合。弦だけの編成によるモノトーンな音色と比べると、色彩豊かになった。

ところで以前、工藤重典さんの演奏を聴いて気がついたことがある。

それは、優れたフルーティストは奏でる音もデカイということである。つまり、吹く息を100%音に変換する技術を持っているということ。下手な奏者は「フーッ!」と無駄に漏れる空気の音が派手に聴こえ、その差異は一目瞭然である。

これはオーボエ奏者にも当てはまる。下手な人は詰まったような音がして、音量も小さい。

そういう観点から聴いて、さすがN響のメンバーは名手揃いだなと感心した。ただ一方で、実力としては大阪市音楽団の楽員と同等だなと感じたのも事実である。やっぱり市音は上手いんだなと、大阪に住む人間として誇らしく思われた。

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PACオケ定期に神尾真由子 現る!

兵庫芸術文化センター管弦楽団(PACオケ)定期演奏会を聴いた。曲目は、

  • ウェーバー/歌劇「オベロン」序曲
  • ブラームス/ヴァイオリン、チェロと管弦楽のための協奏曲
  • チャイコフスキー/交響曲第6番「悲愴」

指揮はロシア、サンクトペテルブルク生まれのアレクサンドル・ドミトリエフ。独奏はVn.:神尾真由子、Vc.:山上ジョアン薫

神尾さんのコンサートを僕が以前聴いた感想は下記。

山上さんは神奈川・逗子の生まれ。2歳の時、家族と共にカナダに渡り、3歳の時よりチェロを始めた。現在カナダ国籍。2003年、カナダ政府より1696年製ストラディヴァリウス (愛称「ボンジュール」)を貸与されたそうだ。

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今回コンサートマスターを務めたのは豊嶋泰嗣さん。九州交響楽団と新日本フィルのコンサートマスターも兼任されている。久石譲さんとのコラボでも有名(例えば「崖の上のポニョ」イメージアルバムでVn.ソロを担当)。

また、ヴィオラのゲスト・トップ・プレイヤーは「アンサンブル・ベガ」や「いずみシンフォニエッタ大阪」のメンバー・馬渕昌子さんで、チェロのトップは東京交響楽団首席奏者・西谷牧人さん(以前PACオケのコアメンバー)だった。

はっきり言って「悲愴」は凡演。退屈で途中、何度も睡魔に襲われた。大阪フィルハーモニー交響楽団と比較するとPACオケはやはり弦が弱い。絶望と慟哭、そして虚無に至る過程を弦楽器が奏でなければならない第4楽章なんか、音が切実に響かない。弦高管低の大フィルと、全く対照的である。まあ、PACは年齢制限がある若いオケだけに仕方ないか……。

一方、ブラームスドッペルコンチェルト(二重協奏曲)はもう、文句なしに素晴らしかった!

まず山上さんのチェロが第一音から烈火の如くを放つ。彼女の荒々しい鼻息や唸り声まで耳に届いてきた。これを聴いた瞬間、《の人》ジャクリーヌ・デュ・プレの奏でる音色がまざまざと僕の脳裏に蘇ってきた。

前から書いているように神尾さんも熱いヴァイオリニストなので、まるで火の玉火の玉が空中でぶつかり合い、融合し、さらに巨大な火の玉になったかのような壮絶なコンチェルト。「もの凄いものを聴いた」というのが率直な感想である。

張り詰めた緊迫感で、《いっぱいいっぱい》弾いているかのような山上さんに対して、神尾さんは大人の余裕すら感じさせる堂々たる演奏だった。以前と比べても、彼女固有の資質である激しいパッションに、さらに女性らしい柔らかさ・ふくよかさが加味されたような印象を覚えた。神尾真由子は日々着実に進化している!そのことを確信させる鮮烈なパフォーマンスであった。ドミトリエフ/PACオケもきりりと引き締まったアンサンブルで、好サポート。

ブラームスという人は、ベートーヴェンを意識し20年かけて書いた交響曲第1番を唯一の例外として、寂寞とした諦念、メランコリックな作風の作曲家だと僕は想っている。特に交響曲第4番やクラリネット五重奏、クラリネット・ソナタなど後期の作品にその特徴は顕著である。

しかし今回聴いたドッペルコンチェルトは交響曲第4番の後に作曲されたにもかかわらず、そんな淋しさは微塵も感じさせなかった。むしろ前向きで生命力に溢れた音楽のように響いた。これは何より神尾さんと山上さんの若い力、桁外れの才能の賜物だろう。本当はこのチケットを購入した後、神戸国際フルートコンクール開催を記念したエマニュエル・パユの演奏会が同じ日にあることを知りショックを受けたのだが、結果的にPACの定期を聴いて良かったと心から満足して帰途についた。

最後に繰り返しになるのだが、今の神尾さんで僕が是非聴いてみたいのはエーリヒ・ウォルフガング・コルンゴルト/ヴァイオリン協奏曲だということを強調して、締めくくりとしたい。

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高田泰治の弾く、J.S.バッハ/ゴルトベルク変奏曲

大阪倶楽部であった高田泰治さんのチェンバロ・リサイタルに足を向けた。

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僕が過去、高田さんを聴いた時の感想は下記。

今回、使用された楽器は1730年製フレンチモデルの2段鍵盤チェンバロ「ブランシェ」。演奏されたのはJ.S.バッハ渾身の大作、ゴルトベルク変奏曲。そう、「羊たちの沈黙」の主人公ハンニバル・レクター博士の愛聴曲である。ただし、彼が好きなのはグレン・グ−ルドが弾くピアノ版だが。また、細田守 監督の傑作アニメーション「時をかける少女」ではこのゴルトベルクの第1変奏が非常に効果的に使われていた(新作「サマーウォーズ」が待ち遠しい!)

高田さんは的確なテクニックを持った将来有望なソリストである。現在も定期的にドイツに赴き、フォルテピアノ&チェンバロをミュンヘン音楽大学のクリスティーネ・ショルンスハイムに師事している。ショルンスハイムはフォルテピアノの第一人者、アンドレアス・シュタイアーの弟子であり、つまり高田さんはその孫弟子ということになる。

高田さんのバッハが素晴らしいのは、曲中でテンポが決して揺れないことである。その点が、難所に来るとテンポが落ちるトン・コープマンとの違いである。感情的に緩急が変化しても良いのはロマン派以降の話であって、絶対音楽であるバッハに人間的感傷は不要である。

弾き方は淡々としているが均整のとれた美しさがあり、真っ直ぐに、さらなる高みへと昇り続ける端正なバッハの姿がそこにはあった。

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大フィルよ、何処へ(Quo Vadis ? )

タイトルの「クォ・ヴァディス」とは、ローマでの迫害から逃れようとしていたペトロが、反対方向から歩いてきたイエスに問いかけた言葉「Domine, quo vadis?(主よ、何処へ行かれるのですか)」から採った。「クォ・ヴァディス」は1951年にハリウッドでスペクタクル大作として映画化され、アカデミー賞に作品賞を含め7部門ノミネートされている(日本では未公開)。僕はハンガリー出身で史劇を得意とする作曲家ミクロス・ローザ(「ベン・ハー」「白い恐怖」)がこの映画の為に書いた音楽がとても好きだ。

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さて、3月12日および13日に行われた大阪フィルハーモニー交響楽団の定期演奏会に足を運んだ。指揮はフランスからやって来たパスカル・ロフェ。コンサートマスターは長原幸太さん。

曲目はオール・フランスもので、

  • ドビュッシー/交響組曲「春」
  • デュサパン/「エクステンソ」(日本初演)
  • ラヴェル/バレエ音楽「ダフニスとクロエ」全曲

「エクステンソ」は「ひきのばす」という意味で、レガート、ロングトーンで音が伸ばされ、同時に《時間》もひきのばされる。聴き易くて中々面白い佳作だった(演奏時間12分)。

しかし今回の白眉は何と言っても合唱が加わった「ダフニスとクロエ」だろう。ロフェの指揮は曲の持つ幻想的雰囲気をしっかり醸し出しながら、細部は極めて明晰に響き解像度が高い。そして第2部《海賊たちの戦いの踊り》や第3部《全員の踊り》ではアクセル全開の快進撃でぶっ飛ばし、緩急自在の見事な手綱さばきだった。

大フィルの演奏はトランペットが音を外したりホルンのピッチが合っていなかったりと金管セクションが気になることが多いのだが、今回そんなことはなく目の覚めるようなパフォーマンスであった。こうして今シーズンの定期は幕を閉じた。

ところで、大フィルが平成20年度まで大阪府から貰っていた補助金+貸付金=約1億2千万円は21年度より廃止されることが既に決まっている(→大フィル公式サイトへ)。

また、府から年間4億円の補助を受けていた大阪センチュリー交響楽団は橋下府政の改革プロジェクトチームから一旦補助金を廃止する意向が示された。しかし一年間におよぶ折衝の結果、平成21年度は1億1千万円を府が支出することで決着した。この額が大フィルが今まで貰ってた額とほぼ同じなのは、決して偶然ではないだろう。

この件に関して、橋下知事の発言が大阪府・公式サイトで読める→こちら

センチュリーと大フィルの合併。もしそうなれば大フィルは補助金を取り戻せるのか?だが一方、3億円収入が減ったセンチュリーが22年度まで存続出来るとも僕には到底想えない。両者にとって、これからの一年が本当の正念場となるだろう。

「合併なんてあり得ない」「現実的ではない」と一笑に付す方がいらっしゃるかも知れない。しかし現に2001年4月、東京フィルハーモニー交響楽団と新星日本交響楽団の2つのオーケストラは経営基盤の強化のため合併している。

在阪オケは4団体の存続が必要なのか?今後の姿はどう在るべきなのか?そのことを我々聴衆も一緒になって、真剣かつ冷静に考えなければならない時期がいま正に来ているのである。

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ダウト~あるカトリック学校で~

評価:A

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映画公式サイトはこちら

舞台となるのは1964年、ニューヨーク州ブロンクスのカトリック学校。ケネディが暗殺された翌年である。またその頃、マーティン・ルーサー・キング牧師(プロテスタント・バプティスト派)がアフリカ系アメリカ人公民権運動を展開、ワシントン大行進であの有名な"I Have a Dream"の演説を行ったのが63年である。翌64年にキングはノーベル平和賞を受賞した。そしてアメリカが北爆を開始しベトナム戦争の泥沼に踏み込むのが65年、キングが暗殺されるのが68年のこと。つまり64年は正に時代が激動し嵐の予感に満ちた年であり、その不安感は心象風景として巧みに映像で描かれている。

厳格な校長のシスター・アロイシス(メリル・ストリープ)と進歩的考えの持ち主フリン神父(フィリップ・シーモア・ホフマン)との対立を軸に物語りは展開する。論点は、フリン神父が初めて入学してきた黒人生徒を《やったか、やらないか》。

この映画の原作となる戯曲が発表されたのは2004年。つまり2002年に発覚したボストン教区司祭ジョン・ゲーガン神父の児童に対する性的虐待事件(30年間で被害者はのべ130人に上る)を踏まえて執筆されている。ゲーガンは実刑判決を受け、2003年に矯正センターで他の収容者に暴行され死亡した。

ボストン大司教バーナード・ロー枢機卿はゲーガンの問題行動について度々報告を受けていたにもかかわらず、事態が公になりそうになると教区を転々とさせる措置をとっていた。これに類似したエピソードが映画にも登場する。ちなみに過去52年間でアメリカの聖職者による子供への性的虐待が疑われたのが11,000件、うち立証されたのが6,700件にも上るそうだ(詳しくは→こちら)。

原作となる戯曲を執筆したジョン・パトリック・シャンリィが映画用の脚色をし、自ら監督もしている。面白いのは舞台版で彼は他者に演出を委ねていること。これはトニー賞の演劇作品賞およびピューリッツァー賞をダブル受賞した(同じような例として「エンジェルズ・イン・アメリカ」やミュージカル「RENT」がある)。なお原作者本人もブロンクス生まれで少年時代カトリックの学校に通っている。

シャンリィは「月の輝く夜に」(1987)でアカデミー脚本賞を受賞し、1990年には「ジョー、満月の島へ行く」で映画監督デビューを果たした。しかしその評判は芳しくなく、ショックから立ち直るのに18年かかったと本人が語っている。今回はそのリベンジであり、そして見事に成功している。

実は舞台版の登場人物は4人しかいない。その役に配されたメリル・ストリープ、フィリップ・シーモア・ホフマン(「カポーティ」でアカデミー主演男優賞受賞)、エイミー・アダムス(「魔法にかけられて」)、ヴィオラ・デイヴィス(2001年トニー賞受賞)の火花を散らす演技合戦が壮絶で迫力満点。この4人全員が今年のアカデミー賞候補となったのは伊達じゃない(メリルは本役で全米映画俳優組合【Screen Actors Guild , SAG】の主演女優賞を受賞した)。

またスタッフの充実も素晴らしい。撮影監督が過去8度アカデミー賞にノミネートされ、2007年には「ジェシー・ジェイムズの暗殺」「ノーカントリー」でダブル・ノミネートを果たしたロジャー・ディーキンス。衣装デザインが「イングリッシュ・ペイシェント」でオスカーを獲得したアン・ロス、音楽が「ロード・オブ・ザ・リング」のハワード・ショア!正に望みうる最強の布陣と言えよう。

シスター・アロイシスは旧世代の不寛容(intolerance)を象徴し、それに対して新世代のフリン神父は進歩主義者 (progressive)である。フリンの行動がベトナム戦争の反動として出現したヒッピー、フリーセックスといったムーブメントに繋がっているのは間違いないだろう。

さらにあくまでフリンの行動に疑惑(doubt)を抱くアロイシスに対し、新人教師シスター・ジェイムズ(エイミー・アダムス)は純真であり、フリンの言い分が真実だと信じる。こうした様々な対比がこの物語に緊迫感を与え、密度の濃い作品に仕上がっている。また、確たる証拠もなくフリンを糾弾するアロイシスは、大量破壊兵器があると主張してイラク戦争を仕掛けたブッシュ政権を彷彿とさせる(シャンリィもこの作品を書く切っ掛けとなったのは2001年9月11日に勃発した同時多発テロ後、アメリカを満たした異常な空気であると述べている)。

フリンが黒人少年を《やったか、やらないか》?その答えは映画の最後まで示されない。ハリウッド的予定調和に終わらないこの手法に、モヤモヤとした気持ちで観客は映画館を立ち去ることになる。しかし、考えてみれば人生もまた同じではないだろうか?我々は《答えのない質問》(The Unanswered Question)を自らに問いながら、残された時間を懸命に生きていくしかないのである。

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五代目 桂文枝一門会/二日目

前日に引き続き、天満天神繁昌亭で桂文枝一門会・二日目を聴いた。

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  • 三弥/隣の桜
  • かい枝/英語落語 Eye Doctor(犬の目)
  • 小軽/鷺取り
  • きん枝/お文さん
  • 文昇/狸さい
  • 楽珍/色事根問・徳之島編
  • 文太/幾代餅

半年間アメリカ横断武者修行をされ、練り上げられたかい枝さんの英語落語はさすがだった。中学生程度でも理解出来る平易な英語を使いながら、途中関西弁を交えるタイミングも絶妙。大いに受けていた。

小軽さんは滑舌が悪く、リズムに乗れず聴いていてダレた。

きん枝さんは気っ風がよくて大阪人らしい喋り口調で、聴き応えがあった。

そしてトリできっちり締めたのが名人・文太師。あちらこちらから「ヨッ、待ってました!」とかけ声が掛かった。昨年の追善落語会では持ち時間が短くマクラなしでいきなり「七段目」に入ったが、今回は本編前にたっぷり愉しい小話も聴けた。文太さんの「幾代餅」を聴くのは今回2回目なのだが、その飄々とした語り口は何度聴いても味があって素晴らしい。落語の醍醐味を堪能した。

僕の隣に座っていた若い男女3人組はどうやらこれが寄席初体験らしく、きん枝さんの噺が終わると「ねえねえ、御寮人(ごりょんさん)さんて誰?」とか、楽珍さんのサゲ《穴を隠すには、秋葉はんのお札を貼っときなはれ》(落語「牛ほめ」に登場)に対しては「え、どういうこと??意味分かんねぇ」とかちんぷんかんぷんだったようなのだが、文太さんの噺には「最後はとっても面白かったね」と満足して帰って行った。

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五代目 桂文枝一門会/一日目

3月12日は五代目 桂文枝の命日にあたる。それにあわせ3月10日から始まった、一門会の第一日目を天満天神繁昌亭で聴いた。

昨年の追善落語会は二日間あり、文枝の直弟子二十人全員が揃い踏みという豪華さだった。そのときの感想は下記。

今年は三日間の開催となった。しかし直弟子のうち三枝文珍あやめら有名どころが出演せず、代わりに孫弟子が登場ということで中身が薄くなった感は否めない。正直余り期待せずに往った。ところが、蓋を開けてみると……。

演目は、

  • 三幸/お忘れ物承り所(三枝 作)
  • 阿か枝/池田の牛ほめ
  • こけ枝/ちりとてちん
  • 文也/はてなの茶碗
  • 枝曾丸/和歌山弁落語・入院上々
  • 枝女太/持参金
  • 文福/同窓会(文福 作)+相撲甚句

一日十人の出演から七人に減ったことで、各自たっぷり時間をとって本領発揮。見所満載の高座が展開された。

牛ほめ」は前座ネタだが阿か枝さんのようなベテランが演ると、また違った味わいがあった。

こけ枝さんの「ちりとてちん」は《びっくり食い》なる珍技が披露され、これがすこぶる面白かった。

京都在住の文也さんは、「はてなの茶碗」に登場する茶金(京都一名の知れた茶道具屋の金兵衛)が大阪から来た油屋に向ける冷ややかな視線、厭味な感じを巧みに演じられた。またマクラで「上方落語は大阪・京都・兵庫出身のNative Speakerでないと難しい」と強調され、後に登場する和歌山県出身のふたり(枝曾丸、文福)を牽制してブラックな笑いを取るなど、いかにも京都人らしくて可笑しかった。

「おばちゃんカツラ」を被った枝曾丸さんの和歌山弁落語は漫画家マエオカテツヤ氏との共作。おばちゃんの生態が生き生きと描かれた。

文福さんは持ち前の明るさで、登場しただけでパッとお目出度い気持ちになれるから不思議である。是非お正月に聴きたい噺家さんだ。

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ヤープ・テル・リンデン/バッハ無伴奏チェロ組曲

兵庫県立芸術文化センター小ホールでオランダからやって来たヤープ・テル・リンデンのチェロを聴く。

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曲目は、

  • J.S.バッハ/無伴奏チェロ組曲 第1,5,6番

アンコールは、組曲 第2番から”サラバンド”だった。

リンデンは元アムステルダム・バロック・オーケストラの首席チェリストで、かのヨーヨー・マにピリオド(古楽)奏法を伝授した人。使用されたのはミラノのジョヴァンニ・グランチーノが1703年に製作したチェロ。エンドピンがなく、現在のスティール弦ではなくガット弦を張った古楽器による演奏。なお、第6番は5弦のピッコロ・チェロ(1998年製)が使用された。この第6番はバッハが考案した"ヴィオラ・ポンポーザ"を想定して書かれたという説もあり、この楽器はつい最近"ヴィオロンチェロ・ダ・スパッラ"として復元された。

リンデンのバッハについては、活力とか生気に乏しいという批判もあるようだ。確かに比較的ゆったりとしたテンポで、この組曲が本来は踊りの曲であることを考えると違和感を覚える場面も少なくはない。しかし温かみとほの暗さを兼ね備えたその深みのある音色で綴られるバッハは、しみじみと聴く者の心にゆきわたり、多くのことを語りかけてきた。一本のチェロで奏でられる音楽は、僕たちの内的宇宙に繋がっている。

僕は今回のコンサートを聴きながら、ふと、宮沢賢治のことを想った。

賢治は生前チェロを弾いた。岩手県花巻市にある宮沢賢治記念館には彼が愛用したチェロが展示されている(胴の内側に《K .M . 1926》とサインがあることから1926年に購入されたものと考えられている)。「セロ(チェロ)弾きのゴーシュ」という作品があるのは御存知の通り。賢治は地元の農民たちに芸術の重要性を唱え、当時まだ珍しかったSP盤によるレコード鑑賞会を田んぼの真ん中で開いたという。

バッハの無伴奏チェロ組曲と宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」は互いに呼応し、響きあう。音楽の森を彷徨いながら、その木霊を僕は確かに聴いた。

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トン・コープマン/アムステルダム・バロック管弦楽団

今から丁度30年前、オルガニスト・チェンバリスト・指揮者として知られるトン・コープマン(オランダ生まれ)が中心となり、古楽器の名手たちが集まって結成されたアムステルダム・バロック・オーケストラ(ABO)の演奏をザ・シンフォニーホールで聴いた。

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今回東京での演奏会も2回予定されていたが、招聘元のムジークレーベンが倒産したため公演中止となったそうだ。払い戻しもないという。チケットを購入された方は本当に災難でした。

このような事態は日本だけのことではないらしい→Music for a while

世界的な不況の波はクラシック業界にも確実に押し寄せてきている。所詮クラシックは日本の文化ではないのだし、日本のオーケストラが潰れるのは一向に構わないと僕は想っている(映画「おくりびと」にも同様のエピソードが登場)。しかしヨーロッパの場合は話が別だ、だって「彼らの音楽」なのだから。文化は守られなければならない。古楽オケをめぐる現状は厳しいが、ABOには是非踏みとどまってもらいたいと切に願う。

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さて大阪公演の曲目は、

  • J.S.バッハ/管弦楽組曲 全曲

弦は第1ヴァイオリン4、第2ヴァイオリン4、ヴィオラ2、チェロ1、コントラバス1という編成で、古楽オーケストラが通常行う対向配置でないのが目を引いた。つまり上手(客席から向かって舞台右側)に低音部が陣取り、下手が高音部だった。また低音部は音尻に軽く装飾的ビブラートをかけていたが、高音部は完全なノン・ビブラートだった。

フラウト・トラヴェルソ(バロック・フルート)が活躍する組曲第2番では弦5部は各パート1人ずつの編成で演奏された。トラヴェルソは鳥の鳴き声に似て儚い音なので、これ以上の編成だと音が掻き消されてしまうだろう。

全体として歯切れが良く、颯爽としたバッハ。溌剌とした生命力に溢れていた。特に小編成で繊細な演奏の第2番が秀逸。ナチュラル・トランペットも名手揃いで安心して聴けた。やっぱりバッハは古楽器に限る。

コープマンのチェンバロやオルガンをソロで聴くと、曲の途中でテンポが変動するのがとても気になるのだが、アンサンブルだとそれがないのも良かった。

またトンやABOのメンバーたちが始終笑顔で、愉しそうに弾いている姿も好ましかった。トンのお辞儀はまるで《水飲み鳥》みたいでとても愛嬌があるのだが、あれはチェンバロを弾きながら上半身を前後に振り、指揮をする習慣から来ているのだなと今回納得がいった。

アンコールは、

  • ヘンデル/組曲「王宮の花火の音楽」より第4曲"歓喜"
  • ラモー/叙情悲劇「ダルダヌス」より"タンバリン"

ラモーが最高!ファンタスティックで、演奏も弾けていた。また、古楽器のタンバリンは独特な音がした。

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淀工・丸谷先生から届いた絵葉書

今年1月18日に開催された、大阪府立淀川工科高等学校(淀工)吹奏楽部の創部50周年記念演奏会は1万人を収容する大阪城ホールを満席にし、立ち見も出る盛況だった。そしてその中の《1000人のアルメニアンダンス》では僕も一般参加者として演奏した。

このイベントに注目した毎日新聞が、2月18日付けで紙面を割いて大きく取り上げている→Web版はこちら

執筆した学芸部・出水記者は大変よく取材しており、淀工のありのままの姿を巧みに文章で表現している。なお、記事に中で丸谷明夫先生(丸ちゃん)が10年位前に乳がんの手術をしたとあるが、その退院直後の様子がDVD「淀工吹奏楽日記~丸ちゃんと愉快な仲間たち~」に映像として記録されている。

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さて、来る3月11日に東京オペラシティコンサートホールで収録される予定の、テレビ朝日「題名のない音楽会」に丸ちゃんが出演するらしい。佐渡裕さんが「グリーンコンサート」に来てくれたお礼の意味もあるのだろう。当日演奏するのはシエナ・ウインド・オーケストラなので、淀工生は行かないようだ。どんな番組に仕上がるのか、今から待ち遠しくて仕方がない。

そんな淀工丸ちゃんから先日、こんな絵葉書が届いた。

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これは恐らく《1000人のアルメニアンダンス》参加者全員に配送されたのだろう。お忙しい中、ここまでしてくださらなくてもと、ただただ頭が下がるばかりである。そして僕は切に願う。また是非いつの日にか、丸ちゃんの指揮の下で楽器を吹きたい!と。

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PACオーケストラ/リサイタルシリーズ~メンバーの素顔に迫る!

2月26日(木)、兵庫県立芸術文化センター小ホールにて兵庫芸術文化センター管弦楽団(PACオケ)の楽員による室内楽を聴いた。入場料がたったの1,000円!兵庫県の文化事業は本当に素晴らしい。それに引き換え大阪府ときたら……。

大阪には府立や市立のコンサート・ホールさえない。オーケストラだけは無駄に4つもあるのに。

補助金の大幅削減で大ピンチの大阪センチュリー交響楽団を応援する会は10万7千の存続嘆願署名を集めた。しかし支援組織であるセンチュリーファンクラブ(入会金1,000円→2009年3月末まで無料、年会費2,000円)に入会したのは昨年12月30日現在で3,337人である。署名した人のうち、たった3%!これは一体どういう事??名前は書くが、(2,000円ですら)金を出す気は毛頭ないということか。

府民税の使い道は真剣に考えてもらいたいものだとつくづく想う。

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さて、今回聴いたのはまずヴァイオリン/クリストフ・ブロス、ピアノ/エミ・ナカジマで、

  • タルティーニ/ヴァイオリン・ソナタ「悪魔のトリル」
  • フランク/ヴァイオリン・ソナタ
  • エルガー/愛の挨拶(アンコール)

休憩を挟みプログラム後半はヴィオラ/吉瀬弥恵子、ビアノ/西村裕美子で、

  • ヒンデミット/ヴィオラ・ソナタ
  • ミヨー/4人の顔
  • エネスコ/演奏会用小品
  • シューマン/「おとぎの絵本」より第4曲

吉瀬さんのヴィオラは滋味あふれた良い音がして聴き惚れた。また彼女のトークが最高に可笑しかった!

ミヨー/4人の顔にはそれぞれ次のようなサブタイトルがついている。

  1. カリフォルニアの女
  2. ウィスコンシンの女
  3. ブリュッセルの女
  4. パリの女

吉瀬さんの解説によると、ウィスコンシン州は小説「マディソン群の橋」の舞台となった場所の近くだそうだ。その野原を少女が駆けているイメージだという。メリル・ストリープが主演した映画(クリント・イーストウッド監督)の風景を想い出しながら聴いた。

ベルギーの首都ブリュッセルについては、「ベルギーは北ヨーロッパで唯一、食事が美味しいところです」と吉瀬さん。言われてみれば確かにそうだ。特にイギリスは最悪!だって名物料理がローストビーフにフィッシュ&チップスくらいしかないんだぜ!?まこと食文化の貧しい国である。一方ベルギーはムール貝の白ワイン蒸しがあるし、フリッツ(フライドポテト)もいける。それにワッフル、チョコレートやビールも旨い。ステラ アルトワ(Stella Artois)はチェコのブドバー(Budvar)の次に僕のお気に入り。

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大阪にはこの生が飲める店がある。

閑話休題。吉瀬さんは桐朋学園大学音楽部在学中にパリ国立高等音楽院(コンセルヴァトワール)へ推薦留学、首席卒業という経歴を持つ。「パリは上を向いて歩いていると綺麗な街です。でも、下を見ると……」

そして、コンセルヴァトワールが「のだめカンタービレ」の”のだめ”が留学した学校だという話に移った。

ミヨーや(ルーマニア生まれの)エネスコはパリ音楽院の教授でした。《演奏会用小品》は音楽院の試験の為に書かれたものです。試験官の先生たちは、同じ曲を何度も聴かされるのにウンザリしているんです。演奏の優劣を決めるここぞというポイントが楽譜に何箇所かあって、コーヒーでも飲みながらそこだけ耳を傾けます。この《演奏会用小品》もそうで、登山で喩えるなら踵で登って、つま先で下山しろみたいな指示が書いてあるんですね。でも、『こんなん、できひん』と言ってしまったら零点なんです」といった面白い解説があった。

最後のシューマンは「これは子守唄です。皆さん、お疲れでしょう?それではおやすみなさい」

彼女の巧みな話術に魅せられた。貴重な逸材である。兵庫芸文さん、是非またこんな素敵なコンサートの企画をして下さいね。

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007/慰めの報酬

評価:C-

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「慰めの報酬」は「カジノ・ロワイヤル」ラスト・シーンの1時間後から物語は始まる。だから前作を観ていないと、話の展開に付いていくのが難しいかも知れない。

ダニエル・クレイグ演じるジェームズ・ボンドは非常に乱暴な肉体派である。敵を尋問もせず直ぐ殺してしまうのは如何なものか?ピアース・ブロスナン時代のボンドはもっとユーモアがあって洗練されていた。現ボンドは「ダイハード」の主人公ジョン・マクレーンみたいだ。全身傷だらけなのも似ている。つまりこういうアクションを描きたいのなら、007シリーズである必然性がない。

それでもシナリオの出来が良いので「カジノ・ロワイヤル」は愉しめた。しかしこの続編の質はかなり落ちる。監督は前作のマーティン・キャンベルからマーク・フォースターに交代した。フォースターの映画は「チョコレート」「ネバーランド」を観ているが、今まで彼の才気を感じたことは一瞬たりともない。極めて凡庸な監督である。「慰めの報酬」もアクション演出の稚拙さが目立つ。カット割りが細かく、そのくせアップの映像が多いので「いま撮されている肉体はボンドなのか、それとも敵なのか?」さえ判別がつかない。カーチェイスも2台の車のうちボンドがどちらを運転しているのか、さっぱり分からないまま終わってしまう。

格闘シーンとプッチーニの歌劇「トスカ」をフラッシュバックする演出はフランシス・フォード・コッポラの「ゴッドファーザー PART III」の暗殺シーンそっくりだった。フォースターの略歴を調べてみると12歳の時スイスの映画館でコッポラの「地獄の黙示録」を観たのが映画初体験で、それで熱中し映画監督を志したとか。でもだからって真似するなよ!

新しいボンド・ガール、オルガ・キュリレンコ(ウクライナ出身)はなかなかセクシーで良かった。

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チェンジリング

評価:A-

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Changeling

"Changeling"とは《取替え子》の意味。ヨーロッパの伝説では、妖精が人間の子供をさらった後に置いていく妖精の子供のことを指すそうだ。

クリント・イーストウッド極めて優れた映像作家である。彼の映画はハードでタフだ。それらは非情な現実と、ヒリヒリするような人生の真実を鋭い刃で観客に突きつけてくる。

僕はイーストウッドが監督した「ミスティック・リバー」(2004年キネマ旬報ベストワン)や「ミリオンダラー・ベイビー」(2005年キネマ旬報ベストワン、米アカデミー作品賞・監督賞受賞)が余り好きじゃない。救いのない話で気が滅入ってしまうからだ。特にサクセス・ストーリーの《ボクシング映画》と見せかけておいて、実は《安楽死についての映画》だった「ミリオンダラー・ベイビー」には参った。まんまと騙された。

「チェンジリング」は「ミスティック・リバー」「ミリオンダラー・ベイビー」の流れを汲む映画である。しかし今回はそんなに不快でなかった。それは恐らく失踪した幼い息子を必死で探すヒロインに向けられたイーストウッドの眼差しが優しいからだろう。イーストウッド自身が作曲し、ピアノの鍵盤と対話するように紡がれた呟くような音楽も心に沁みる。そして終盤の畳み込む展開、演出の力強さには唸った。アンジー(アンジェリーナ・ジョリー)の最後の言葉は恐らく、映画史に残る名台詞として人々の記憶に刻まれるに違いない。

この映画は1928年のロサンゼルスを舞台とした実話である。昔のロス市警(LAPD)が汚職警官で塗れ、腐敗していたことはジェイムズ・エルロイが執筆した《暗黒のLA》4部作(「ブラック・ダリア」「ビッグ・ノーウェア」「LAコンフィデンシャル」「ホワイト・ジャズ」)を読んで知っていた。しかし、あの小説群の時代背景は1940年代から50年代にかけてである。今回「チェンジリング」を観て、20年代のロス市警はエルロイが描いた時代よりもさらに酷かったのだなと度肝を抜かれた。もう、無茶苦茶である!その事実を知るためだけでも、この映画は観る価値がある。

本作でアカデミー主演女優賞にノミネートされたアンジーは確かに好演しているが、彼女よりも印象深かったのは長老派教会牧師を演じたジョン・マルコヴィッチ。さすが名優である。「マルコヴィッチの穴」(Being John Malkovich,1999)で彼が増殖したのには笑った。コーエン兄弟の新作「バーン・アフター・リーディング」も愉しみだ。

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厳重に監視された列車

評価:B

大阪・梅田ガーデンシネマで鑑賞。

チェコ映画「英国王給仕人に乾杯!」(2006)のイジー・メンツェル監督が1966年に発表した長編デビュー作。製作当時彼は28歳の若さで、本作は米アカデミー賞で外国語映画賞を受賞した。また2005年にはTIME誌による映画史上ベスト100の一本にも選出されている(全リストはこちら。本作の英語タイトルは"Closely Watched Trains"。日本からは「東京物語」と「雨月物語」が選ばれている)。

そしてメンツェルはミロシュ・フォアマンらと共に新しい波《チェコ・ヌーベルバーグ》として1968年の「人間の顔をした社会主義」=プラハの春に加わる。しかしその気運はソビエト連邦軍主導のワルシャワ条約機構軍の軍事介入(チェコ事件)により圧殺されてしまう。メンツェルはそれでもチェコに留まり、一方フォアマンはアメリカに亡命、後に「カッコーの巣の上で」と「アマデウス」でアカデミー作品賞・監督賞を受賞することになる。

「カッコーの巣の上で」(1975)の舞台となる精神病院の閉鎖病棟をチェコスロヴァキアのメタファー(暗喩)として捕らえてみよう。恐怖の看護婦長ラチェッド(ルイーズ・フレッチャー)はソビエト連邦、そしてそこから脱出を図るマクマーフィー(ジャック・ニコルソン)はフォアマン自身に置き換えることが出来る。そういう構造を持った映画なのである。

プラハの春の挫折は文学ではフランスに亡命したミラン・クンデラの「存在の耐えられない軽さ」として結実し(ダニエル・デイ=ルイス、ジュリエット・ビノシュが主演した映画も素晴らしい)、音楽ではカレル・フサの「プラハのための音楽1968」という傑作を生んだ。これは吹奏楽の為に書かれた名曲中の名曲である(名指揮者ジョージ・セルの依頼により管弦楽版も創られた)。

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さて、「厳重に監視された列車」の話である。

舞台となるのはナチス・ドイツ占領下のチェコ。村の駅に勤務する青年が主人公である。「英国王給仕人に乾杯!」同様に、暗い時代背景なのに映画のあちらこちらにユーモアが散りばめられており、決して深刻にはならない。そして物語はしばしば非現実的なファンタジーへと昇華しようとする。この絶妙な匙加減、独特な文体こそメンツェル監督の真骨頂だという気がする。

また映画に登場する女性たちが美人揃いで、監督の女優を選ぶセンスがいいと感じさせるのも「英国王給仕人に乾杯!」と共通する点である。

それと全く対照的なのがスティーブン・スピルバーグ。僕は彼の映画をデビュー作「続・激突!カージャック」(The Sugarland Express)以降全て観ているが、「E.T.」のドリュー・バリモアとか「宇宙戦争」のダコタ・ファニングなど子役の扱いはとても巧いのだけれど、彼は大人の女優を魅力的に撮ることが全く出来ない監督である。

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大植英次/大フィルのマーラーが、東西にもたらした衝撃を再考する。

大植英次/大阪フィルハーモニー交響楽団が東京公演および大阪定期で披露したマーラー/交響曲第5番の意表を突く解釈をめぐり、東西で大騒ぎになっている。大フィルの演奏がこれほど多くのブログに取り上げられたのは前代未聞だろう。東京公演を聴かれた方は概ね大植さんのマーラーに対して否定的で、大阪はさすが地元だけあってファンが多く、肯定的意見に傾いているという地域の温度差も面白い。ちなみに僕の意見は下記記事に書いたとおり。

その解釈の是非は置いておいて、平成20年度まで大阪府から貰っていた補助金+貸付金=1億2千万円が来年度より廃止され、窮地に立たされた大フィルにとって、世間の注目を集めるということは大いに意味があることだろう。一番いけないのは可もなく不可もない平凡な演奏をして、人々の口にものぼらないことではないだろうか?これだけ物議を醸したのだ。ライヴCDを出せば、かなり売れるだろう。

今を溯ること数十年前、マーラーは長大で支離滅裂な交響曲を書いた人と見なされ、マイナーな作曲家でしかなかった。レナード・バーンスタイン/ニューヨーク・フィルが世界初となる交響曲全集のレコーディングを完成させたのは、やっと1960年代後半のことである。カラヤンがマーラーを初録音したのは1972年。64歳のときだった(第5番)。これがルキノ・ヴィスコンティ監督の映画「ベニスに死す」が公開された翌年であるのは決して偶然ではないだろう。また、フルトヴェングラーはマーラーの交響曲を生涯一度も振っていない

レニーが初めてウィーン・フィルでマーラーを取り上げた時も、楽員たちは「どうしてこんな曲を俺たちが演奏しなくちゃいけないんだ?」と馬鹿にした態度で、失笑しながら弾いている弦楽奏者もいたそうだ。レニーが「これは君たちの音楽じゃないか。どうして真剣に取り組まないんだ!?」と激怒したというエピソードは余りにも有名である。

だからマーラーの交響曲が普通に名曲として扱われ、CDの種類も沢山あってコンサートでも人気が高いという現状の方が僕はむしろ尋常ならざることのように想われる。

前にも考察したとおり本来マーラーの交響曲は病的に膨張し、歪んだ、奇怪な音楽である。でも我々は綺麗に流れて耳に心地よい、オブラートにくるまれたマーラー演奏を聴き慣れてしまった。

そこへ今回大植さんがマーラー本来の姿を、グロテスクなまま提示された。だから多くの人々が生理的嫌悪感、拒否反応を催したのかも知れない。

マーラーの音楽は非常に人間的である。誇大妄想、自己矛盾、混沌としたその世界は、複雑な現代社会に生きる我々の姿そのものである。故に20世紀後半になって多くの人々の共感を得たのであろう。しかし誰だって、醜い姿に成り果てた自分自身を鏡で見たいとは想わない。大植さんは敢えてそれをされた。それがこの騒動の真相なのではないだろうか?

ベートーヴェンのスコアには作曲者自身が書いたメトロノームによる速度表記がある。それは当然、遵守されなければならない。演奏家は楽譜に書かれた以外のことを付け加えたり、差し引いたりすべきではない。だから僕は大植さんのベートーヴェンを評価しない(メトロノーム記号を無視してもよいという根拠がもしあるのなら、どなたか是非教えて下さい)。しかし今回のマーラーに関する限り、スコアに書かれたことを読み込んだ結果あのような演奏になったのではないだろうか。僕にはそう想えるのである。

ところで今回のコンサートでは大植さんの激痩せも話題になっており、健康不安説やマーラーの解釈と絡めて論じているブログも散見された。しかしその意見は正鵠を射たものではないと僕は考える。

2007年2月に大植さんは首を痛めてドイツの病院に入院され、大フィルの定期演奏会(マーラー/交響曲第9番)をキャンセルされた。続く6月、下記のような大変な出来事もあった。

そして同年11月末から12月にかけて、大植さんの体調は最悪だった。

あの頃に比べると今回のマーラーでは体も良く動いていたし、病気のようには見えなかった。むしろ健康のために計画的に痩せられたのではないかという気がした。調べてみると指揮者の岩城宏之さんも罹患された頸椎後縦靱帯骨化症は肥満が病気の一因だそうだ。つまり、首の病気は減量することにより再発予防に繋がるのである。

以前「大植英次、佐渡裕〜バーンスタインの弟子たち」という記事にupした写真をもう一度掲載しよう。

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どうです?昔の大植さんは痩身の青年だった。その頃の体型に戻されただけのことなのではないだろうか。

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上方落語の噺家たち/今、この十人が面白い

「一度落語を聴いてみたいけれど、どの噺家が出演するものを選べばいいのか分からない」と言われることがある。大阪に来た当初は僕もそうだった。誰が聴く価値があって誰がそうでないのか皆目分からず、手当たり次第色々な落語会に足を運んだ。

こうして沢山の口演を聴いて、最近漸く「この噺家は面白い」と人に勧められるようになってきた気がする。しかし上方落語協会には現在210名が所属しており、その全員を聴いたわけでは勿論ない。協会員ではない桂雀々さんなども、繁昌亭に出演されないので今まで接する機会に恵まれなかった。

だから少し落語を囓りかけたばかりの僕が、あくまで独断と偏見で選んだ現時点の十人である。今後もどんどん聴いていくつもりなので、また一年後に同じ企画をやってみたいと想う。その時はどれくらい入れ替わりがあるのか、僕自身愉しみだ。

なお当然現役の方で選んでおり、桂米朝さんはもう高座で落語を演じられることはないので外している。

さあ、それではいってみよう!

  • 桂春團治
  • 林家染二
  • 笑福亭鶴瓶
  • 笑福亭たま
  • 桂ざこば
  • 桂吉弥
  • 桂よね吉
  • 桂文珍
  • 桂文太
  • 桂あやめ

(以上、順不同)

笑福亭小つるさんの言葉を引用してみよう(出典「ライブ繁昌亭で会いましょう」)。

「春團治の落語が好きや」っていっても、春團治の魅力は何やねんといえば「羽織の脱ぎ方や」と。「誠に美しい羽織の脱ぎ方をする、それがかっこええ」と、亡くなった(桂)春蝶師匠なんかも言うてはったんです

至言である。正にこれに尽きる気がする。春團治さんの高座を聴いて、羽織の脱ぎ方ひとつが芸になっているのだなぁと感銘を受けた。どのネタでも磨き上げられ、一分の隙もない。ただし現在演じられている持ちネタが十しかないので注意を要する。つまり何回か春團治さんを聴いているうちに、必ず重複してくるということ。まあ、何度聴いても飽きることはないのだが。

染二さんは第二回繁昌亭大賞を受賞。しっかりした稽古に裏打ちされた完成度の高い高座を常に聴かせてくれる人である。ただ本人の資質によるものか(雰囲気が深刻になりがちなので)、滑稽噺よりは人情噺にその力量が最大限に発揮されるような気がする。特に「たち切れ線香」は絶品だった。

鶴瓶さんは漫談=鶴瓶噺が何と言っても面白い。さすが東京の芸能界で鍛えられた話芸である。そしてそれを発展させた《私(わたくし)落語》は鶴瓶さんにしかできない芸当であろう。「青春グラフィティ松岡」「青木先生」「ALWAYS-お母ちゃんの笑顔-」…どれもお勧め出来る。

たまさん(繁昌亭輝き賞)は一言で言えば天才である。特にその創作落語の実力は他の追随を許さない。「伝説の組長」は最高に可笑しかった。桂枝雀さんの生み出した《SR》の精神を継いだ、ショート落語の数々も出色の出来。古典では「いらち俥」や「宿替え」の一生懸命さが印象深い。

ざこばさんの魅力はその豪放磊落なところにある。親分肌で涙もろい…その生き様そのものが落語である。生で聴けば必ず分かる。是非肌で感じて下さい。"Don't think, Feel !"(by ブルース・リー「燃えよドラゴン」より)

NHK朝ドラ「ちりとてちん」で大ブレークし、一躍人気者となった吉弥さんには常に人々から注目を浴びることにより磨かれ、洗練された輝き=オーラがある。その明るさも魅力のひとつ。ただ、いくらチヤホヤされても奢ることなく精進し続ける姿勢も素晴らしい。「くっしゃみ講釈」というネタひとつ取っても、一年間で見違えるような進歩を遂げているところが凄い。第三回繁昌亭大賞を受賞した実力は伊達じゃない。中でも僕が一押しなのは、華やかな「高津の富」。

よね吉さんは今年2月に東京・紀尾井小ホールで開催された《東西若手落語家コンペティション2008》において、観客の投票により見事2代目グランドチャンピオンに選ばれた。敵地(away)での勝利なのだから大したものである。平成19年度NHK新人演芸大賞も受賞。故・桂吉朝の弟子であり、吉朝一門といえば何はさておき芝居噺。当然よね吉さんの十八番である。同門の吉弥さんも得意としている「七段目」(コンペで披露)も見事だが、僕が圧倒されたのは「蛸芝居」。歌舞伎の所作がピシッ!と決まり、その形が真に美しい。着物のセンスも文句なし。

文珍さんはちょっと嫌みの効いた知的なマクラが僕のお気に入り。ただし個性(灰汁)が強いので、聴き手を選ぶ噺家かも知れない。古典も巧いし創作もいける。お勧めは「地獄八景亡者戯」。

文太さんはあの飄々として軽やかな語り口が好きだなぁ。浮世離れしていて、まるで仙人の話を聴いているような感覚に襲われる。噛めば噛むほど味が出る。特に《贋作》シリーズが愉しい。

あやめさん(繁昌亭奨励賞)は、女性噺家の代表として選んだ。基本的に落語という伝統芸能は男の演じ手を念頭に創られているので、女というだけでそのハンディは大きい。しかしあやめさんは創作落語を武器に、女性でしか出来ない道を究めてこられた。その先駆者としての生き様に、惜しみない拍手を贈りたい。

なお、十人のリストに入れようかどうしようか最後まで迷った方々も次に列記しておく。

  • 桂三枝
  • 桂三若
  • 桂かい枝
  • 桂吉坊
  • 桂米左
  • 桂九雀
  • 笑福亭松喬
  • 笑福亭鶴笑
  • 月亭八方
  • 月亭遊方

創作落語を200以上も発表され、その何れも高いレベルに仕上げておられる三枝さんに対しては畏敬の念を禁じ得ない。特に大作「大阪レジスタンス」における、大阪と大阪弁への溢れんばかりの愛は尋常ならざるものが在った。また、上方落語協会会長として戦後初の定席・繁昌亭を実現させたこと、枝雀一門の協会復帰に尽力されたことなどその功績は計り知れない。現在弟子が16人。恐らく米朝さんの次に多い数であろう。三枝さんは《落語の鬼》である。

吉朝一門の吉坊さん(繁昌亭輝き賞)はまだ20代なのに能・狂言などの伝統芸能に対する深い素養もあり、将来が空恐ろしい噺家である。米朝さんの真の後継者は彼かも知れない。

またかい枝さん(繁昌亭爆笑賞)の英語落語(Sit-Down Comedy)、鶴笑さん(同じく爆笑賞)のパペット落語九雀さんの噺劇(しんげき。落語的手法による芝居)という活動も非常にユニークで注目に値する。

今、上方落語は熱い。そして文句なしに面白い。是非貴方も、一度足を運んでみて下さい。

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