「一度落語を聴いてみたいけれど、どの噺家が出演するものを選べばいいのか分からない」と言われることがある。大阪に来た当初は僕もそうだった。誰が聴く価値があって誰がそうでないのか皆目分からず、手当たり次第色々な落語会に足を運んだ。
こうして沢山の口演を聴いて、最近漸く「この噺家は面白い」と人に勧められるようになってきた気がする。しかし上方落語協会には現在210名が所属しており、その全員を聴いたわけでは勿論ない。協会員ではない桂雀々さんなども、繁昌亭に出演されないので今まで接する機会に恵まれなかった。
だから少し落語を囓りかけたばかりの僕が、あくまで独断と偏見で選んだ現時点の十人である。今後もどんどん聴いていくつもりなので、また一年後に同じ企画をやってみたいと想う。その時はどれくらい入れ替わりがあるのか、僕自身愉しみだ。
なお当然現役の方で選んでおり、桂米朝さんはもう高座で落語を演じられることはないので外している。
さあ、それではいってみよう!
- 桂春團治
- 林家染二
- 笑福亭鶴瓶
- 笑福亭たま
- 桂ざこば
- 桂吉弥
- 桂よね吉
- 桂文珍
- 桂文太
- 桂あやめ
(以上、順不同)
笑福亭小つるさんの言葉を引用してみよう(出典「ライブ繁昌亭で会いましょう」)。
「春團治の落語が好きや」っていっても、春團治の魅力は何やねんといえば「羽織の脱ぎ方や」と。「誠に美しい羽織の脱ぎ方をする、それがかっこええ」と、亡くなった(桂)春蝶師匠なんかも言うてはったんです
至言である。正にこれに尽きる気がする。春團治さんの高座を聴いて、羽織の脱ぎ方ひとつが芸になっているのだなぁと感銘を受けた。どのネタでも磨き上げられ、一分の隙もない。ただし現在演じられている持ちネタが十しかないので注意を要する。つまり何回か春團治さんを聴いているうちに、必ず重複してくるということ。まあ、何度聴いても飽きることはないのだが。
染二さんは第二回繁昌亭大賞を受賞。しっかりした稽古に裏打ちされた完成度の高い高座を常に聴かせてくれる人である。ただ本人の資質によるものか(雰囲気が深刻になりがちなので)、滑稽噺よりは人情噺にその力量が最大限に発揮されるような気がする。特に「たち切れ線香」は絶品だった。
鶴瓶さんは漫談=鶴瓶噺が何と言っても面白い。さすが東京の芸能界で鍛えられた話芸である。そしてそれを発展させた《私(わたくし)落語》は鶴瓶さんにしかできない芸当であろう。「青春グラフィティ松岡」「青木先生」「ALWAYS-お母ちゃんの笑顔-」…どれもお勧め出来る。
たまさん(繁昌亭輝き賞)は一言で言えば天才である。特にその創作落語の実力は他の追随を許さない。「伝説の組長」は最高に可笑しかった。桂枝雀さんの生み出した《SR》の精神を継いだ、ショート落語の数々も出色の出来。古典では「いらち俥」や「宿替え」の一生懸命さが印象深い。
ざこばさんの魅力はその豪放磊落なところにある。親分肌で涙もろい…その生き様そのものが落語である。生で聴けば必ず分かる。是非肌で感じて下さい。"Don't think, Feel !"(by ブルース・リー「燃えよドラゴン」より)
NHK朝ドラ「ちりとてちん」で大ブレークし、一躍人気者となった吉弥さんには常に人々から注目を浴びることにより磨かれ、洗練された輝き=オーラがある。その明るさも魅力のひとつ。ただ、いくらチヤホヤされても奢ることなく精進し続ける姿勢も素晴らしい。「くっしゃみ講釈」というネタひとつ取っても、一年間で見違えるような進歩を遂げているところが凄い。第三回繁昌亭大賞を受賞した実力は伊達じゃない。中でも僕が一押しなのは、華やかな「高津の富」。
よね吉さんは今年2月に東京・紀尾井小ホールで開催された《東西若手落語家コンペティション2008》において、観客の投票により見事2代目グランドチャンピオンに選ばれた。敵地(away)での勝利なのだから大したものである。平成19年度NHK新人演芸大賞も受賞。故・桂吉朝の弟子であり、吉朝一門といえば何はさておき芝居噺。当然よね吉さんの十八番である。同門の吉弥さんも得意としている「七段目」(コンペで披露)も見事だが、僕が圧倒されたのは「蛸芝居」。歌舞伎の所作がピシッ!と決まり、その形が真に美しい。着物のセンスも文句なし。
文珍さんはちょっと嫌みの効いた知的なマクラが僕のお気に入り。ただし個性(灰汁)が強いので、聴き手を選ぶ噺家かも知れない。古典も巧いし創作もいける。お勧めは「地獄八景亡者戯」。
文太さんはあの飄々として軽やかな語り口が好きだなぁ。浮世離れしていて、まるで仙人の話を聴いているような感覚に襲われる。噛めば噛むほど味が出る。特に《贋作》シリーズが愉しい。
あやめさん(繁昌亭奨励賞)は、女性噺家の代表として選んだ。基本的に落語という伝統芸能は男の演じ手を念頭に創られているので、女というだけでそのハンディは大きい。しかしあやめさんは創作落語を武器に、女性でしか出来ない道を究めてこられた。その先駆者としての生き様に、惜しみない拍手を贈りたい。
なお、十人のリストに入れようかどうしようか最後まで迷った方々も次に列記しておく。
- 桂三枝
- 桂三若
- 桂かい枝
- 桂吉坊
- 桂米左
- 桂九雀
- 笑福亭松喬
- 笑福亭鶴笑
- 月亭八方
- 月亭遊方
創作落語を200以上も発表され、その何れも高いレベルに仕上げておられる三枝さんに対しては畏敬の念を禁じ得ない。特に大作「大阪レジスタンス」における、大阪と大阪弁への溢れんばかりの愛は尋常ならざるものが在った。また、上方落語協会会長として戦後初の定席・繁昌亭を実現させたこと、枝雀一門の協会復帰に尽力されたことなどその功績は計り知れない。現在弟子が16人。恐らく米朝さんの次に多い数であろう。三枝さんは《落語の鬼》である。
吉朝一門の吉坊さん(繁昌亭輝き賞)はまだ20代なのに能・狂言などの伝統芸能に対する深い素養もあり、将来が空恐ろしい噺家である。米朝さんの真の後継者は彼かも知れない。
またかい枝さん(繁昌亭爆笑賞)の英語落語(Sit-Down Comedy)、鶴笑さん(同じく爆笑賞)のパペット落語、九雀さんの噺劇(しんげき。落語的手法による芝居)という活動も非常にユニークで注目に値する。
今、上方落語は熱い。そして文句なしに面白い。是非貴方も、一度足を運んでみて下さい。
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