「ベンジャミン・バトン 数奇な人生」とスコット・フィッツジェラルドのこと
評価:A
映画公式サイトはこちら。
ロスト・ジェネレーションを代表するアメリカの作家スコット・フィッツジェラルド(1896-1940)が執筆した60ページ足らずの短編を基に映画化された、上映時間167分におよぶ大作。アカデミー賞では作品賞、監督賞など13部門にノミネートされている。
日本でスコット・フィッツジェラルドと言えば村上春樹さんだろう。以前にも引用したフィッツジェラルドの長編「グレート・ギャツビー」(村上春樹 訳)のあとがきから。
もし「これまでの人生で巡り会ったもっとも重要な本を三冊あげろ」と言われたら、考えるまでもなく答えは決まっている。この『グレート・ギャツビー』 と、ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』と、レイモンド・チャンドラー『ロング・グッドバイ』である。どれも僕の人生(読書家としての人生、作家とし ての人生)にとっては不可欠な小説だが、どうしても一冊だけにしろと言われたら、僕はやはり迷うことなく『グレート・ギャツビー』を選ぶ。
村上さんはこの外にフィッツジェラルドの短編集を数冊翻訳されており、「ザ・スコット・フィッツジェラルド・ブック」なるエッセイ・論評の著書(中央文庫 刊)もある。しかしこの「ベンジャミン・バトン」については一切手をつけておられず、長らく日本では未訳のままだった(今年になってようやく他者の手で翻訳された)。
この映画でケイト・ブランシェット演じる女性の名は"デイジー"だが、これは「グレート・ギャツビー」のヒロインの名前である(調べてみると案の定、原作にデイジーは登場しない)。主人公が船で世界中を航海するエピソードもギャツビーを彷彿とさせる。また途中、ベンジャミンは"Winter Palace Hotel"に泊まるが、この名称はフィッツジェラルドの短編"Winter Dreams"(冬の夢)と"The Ice Palace"(氷の宮殿)から採られたのではないかと推測する。
さて、映画の冒頭でワーナー・ブラザースとパラマウントのロゴが無数のボタンで表現されており「あれっ?」と想った。その意味は映画を観ているうちに分かる仕掛けになっており、中々しゃれたことをするなと感心した。
主人公の人生と共に20世紀アメリカ現代史を俯瞰するような構成は、「フォレスト・ガンプ/一期一会」みたいだなと想いながら観ていたのだが、帰って調べてみるとどちらもシナリオを執筆したのがエリック・ロスだと判明した。
この映画最大の見所は驚異のメイクアップであろう。ブラッド・ピットの老人メイクが話題になっているが、僕がむしろ驚愕したのはブラピが若返った時である。20代くらいの姿はまるで「テルマ&ルイーズ」(1991)で初めて観た頃、あるいは「リバー・ランズ・スルー・イット」(1992)に主演し《若き日のロバート・レッドフォードそっくり》とセンセーションを巻き起こした頃のブラピが目の前に蘇ったような錯覚に囚われた。若作りしたケイト・ブランシェット(現在39歳)の美しさにも息を呑んだ。
映画中盤、ベンジャミンがブロードウェイのマジェスティック劇場にバレリーナとなったデイジーに会いに行くエピソードが登場するが、ここで彼女が踊っているのがロジャーズ&ハマースタインのミュージカル「回転木馬」。主人公の娘”ルイーズ”が踊るこのバレエの振り付けは、初演でアグネス・デ・ミルが担当した。彼女はアメリカン・バレエ・シアター(ABT)の創設メンバーであり、デイジーはこのバレエ団に所属しているという設定なので辻褄が合っている。僕は巨匠ケネス・マクミランが振り付けたロンドン&ブロードウェイ再演版で観た。「回転木馬」の中でも最も幻想的で美しい名場面である。東京では今年3月から笹本玲奈、浦井健治主演でこのミュージカルを上演予定だが、大阪には来てくれないのだろうか?(→「回転木馬」公式サイトへ)
なお「回転木馬」が初演されたのは1945年。現在このマジェスティック劇場では「オペラ座の怪人」が上演中であり、88年の初演からもう20年が経過した。
話が横道に逸れた。映画「ベンジャミン・バトン 数奇な人生」は人間が老いることの意味を考えさせ、僕らひとりひとりが持つ限られた《時》の愛おしさを実感させてくれる素晴らしい作品である。必見。
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コメント
おはようございます。鯉太郎です。
待ってました!という記事です。ますます「ベンジャミン・バトン 数奇な人生」への期待が高まります。久しくスクリーンで映画を見ていなかったので、今からわくわくドキドキです。『ロジャーズ&ハマースタインのミュージカル「回転木馬」』楽しみです。そして『人間が老いることの意味を考えさせ、僕らひとりひとりが持つ限られた《時》の愛おしさを実感させてくれる』。ありがとうございました。期待が倍にふくれました。
いつもありがとうございます。心から楽しんで、寄せて貰っています。
投稿: 鯉太郎 | 2009年2月 9日 (月) 07時04分
鯉太郎さん、2/22(日本時間23日)のアカデミー賞発表までに是非ご覧下さいね。そしてどの部門で受賞するか予想してみるのも一興です。僕はメイクアップを含め、ノミネートされた13部門中3部門程度と読みます。
投稿: 雅哉 | 2009年2月10日 (火) 00時05分
こんばんは。
レイトショーで見て帰ってきたところです。
冒頭の無数のボタンでのロゴを見たときに、こちらのブログを思い出しました。私はタイトル(というか、主人公の名前)とも引っ掛けたかなとも思いましたね。あと、あのロゴの後、すぐ本編が始まり、タイトルが全く出てこなかったことに、しばらくしてから気づきましたが、ラストまで見たら、これもちょっと映画の内容に絡めた、しゃれた仕掛けがありましたね。
レイトショーだったので、終了が11時半ということもあり、エンディングロールの途中で席を立った人も多かったので、あれを楽しまないというのはちょっと損じゃないかと。
原作を読まずに見たので、私も「デイジー」という名前にあれ?と思いましたが、やはりそうでしたか。今度原作を読んでみたいと思います。
確かに、マジェスティック劇場が出てきて「回転木馬」の場面が出てきたときには、ミュージカルファンとしては嬉しい場面でしたね。「回転木馬」は、95年の東宝版の大阪公演で見ました。梅芸になってから一ヶ月単位の公演が減っているのですが、「回転木馬」、久しぶりに来てほしいものです。
仰るとおり、ブラピの特殊メイクに関しては、若返りメイクのほうが凄いと思いましたね。実年齢の顔のまま20代(この映画では60歳ごろ?)までいくのか、そしたら微妙に目の周りあたりはきついな~と思っていたら、見事に少年のような顔が作り出されていたのにはびっくりでした。老けメイクというのは、この映画に限らず、よくありますからね。
確かに、限られた「時」の大切さを感じさせられる映画でした。ご紹介ありがとうございました。
投稿: ぽんぽこやま | 2009年3月 2日 (月) 00時22分
ぽんぽこやまさん、嬉しいコメントありがとうございます。
「回転木馬」、すごく好きな作品です。是非、笹本玲奈・主演のニューバージョンを大阪で観たいです。ついでに言えば玲奈ちゃんの「ミー&マイガール」も(今年6月に帝劇で再演)。笹本&井上コンビのミーマイは前回の東京公演を観ましたが、最高に良かったです。
そうそう、ミュージカル映画「回転木馬」をヒュー・ジャックマンがリメイクしたいと考えているらしいんですよ。こちらも実現して欲しいものです。
投稿: 雅哉 | 2009年3月 2日 (月) 00時47分
そう言えば「回転木馬」のナンバー"You'll Never Walk Alone"は今や、サッカーのサポーター・ソングとして知られるようになりました。リヴァプールFCのサポーターが1964年ごろから歌い始めたとか。いい曲です。
昨年も全日本吹奏楽コンクールで金賞を受賞した大阪の女子高、明浄学院高等学校吹奏楽部Queenstarは、この"You'll Never Walk Alone"を合言葉にしています。こんな風にして歴史は繋がっているのですね。
投稿: 雅哉 | 2009年3月 2日 (月) 08時58分
リンク先から今年の「回転木馬」の公式サイトを見に行きましたけど、演出はまた新しいものなのですね。
主催がテレビ朝日か・・・。前回は東宝だったのですが、大阪公演実現できるかは微妙ですよね。何とか実現させてほしいですが。
前回の公演は、「ミス・サイゴン」のニコラス・ハイトナーが、「サイゴン」に続いて演出したものでしたね。元々オペラ畑の演出家だったのかな、あまりミュージカルの演出には興味がないところを口説いて「サイゴン」を演出してもらったようですが、一度やってみたら面白かったんでしょうか。
「回転木馬」はいい曲が多いので、その意味でも、笹本・浦井というフレッシュな主演コンビで見てみたいものです。
投稿: ぽんぽこやま | 2009年3月 2日 (月) 12時27分
大地真央さんも、いいかげん《世界最高齢のイライザ》という記録を更新し続けるのはやめて、玲奈ちゃんあたりに「マイ・フェア・レディ」を譲ってもらいたいものです。
そうそう、ニコラス・ハイトナーといえば、彼が監督した「センターステージ」はご覧になられましたか?アメリカン・バレエ・シアター(ABT)が全面的に協力したバレエ映画の大傑作です。もし未見なら是非お勧め致します。
投稿: 雅哉 | 2009年3月 2日 (月) 13時16分
ご紹介ありがとうございます。
機会があれば拝見させていただきます。
投稿: ぽんぽこやま | 2009年3月 3日 (火) 12時38分
こんにちは。遅ればせながら映画と原作を体験してその余韻にひたっているところです。こちらのブログにたどりつき、ますます世界がひろがっています。原作を読みフィッツジェラルドの文体に魅力を感じました。村上さんのお勧めする「グレート・ギャツビー」は必読のようですね。
原作のテーマをほんとに深く掘り下げた映画になっていて、その脚本のすばらしさにも関心していたのですが、「フォレスト・ガンプ」と同じ脚本家だったのですね。改めて「なるほど」と思い、映画のところどころを「フォレスト・ガンプ」に重ね合わせてみたりしています。
楽しみが広がる、素敵な情報の数々ありがとうございました。
投稿: ETCマンツーマン英会話 | 2012年11月27日 (火) 03時14分