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2009年2月15日 (日)

世紀末ウィーンの知られざる交響曲/フックス、滅びの美学〜大阪シンフォニカー定期

寺岡清高/大阪シンフォニカー交響楽団の定期演奏会に足を運んだ。「ベートーヴェンと世紀末ウィーンの知られざる交響曲」シリーズ第2夜である。前回の感想は下記。

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今回のプログラムは、

  • L.v.ベートーヴェン/交響曲第4番
  • ロベルト・フックス/交響曲第3番日本初演

ここで今一度、西洋音楽が辿った近代史を、オペラと交響曲という二つのキーワードを柱として俯瞰してみよう。

オペラから派生したオペラ・ブッファ(「セビリアの理髪師」「フィガロの結婚」「ファルスタッフ」等)は「天国と地獄」「メリー・ウィドウ」「こうもり」といったオペレッタに発展し、海を渡ってアメリカでミュージカルという形態に生まれ変わった。またワーグナーはライトモティーフ(示導動機)を駆使することで楽劇という形式を生み、それはリヒャルト・シュトラウスを経てエリック・ウォルフガング・コルンゴルト(オペラ「死の都」「ヘリアーネの奇蹟」)に引き継がれた。ナチスの台頭と共にコルンゴルトはハリウッドに亡命しこの手法を映画音楽に導入、それは「スター・ウォーズ」のジョン・ウィリアムズの手により現代まで脈々と生き続けている。

一方、ハイドン(1732-1809)が確立したソナタ形式に基づく4楽章形式の交響曲はベートーヴェン(1770-1827)という天才の出現で、一気に完成の域に達する。

後に続いたシューベルト、ベルリオーズ、シューマンら浪漫派の作曲家は、結局ベートーヴェンが築いた完全無欠の牙城を切り崩し、ちっぽけな自我でこねくり回すことでしか交響曲という形態を成立させることが出来なかった。

展開部の複雑化、冗長化で次第に壊れていくこのジャンルに「待った!」と歯止めをかけ、均整が取れた美を取り戻そうとしたのがいわゆる《新古典派》ブラームス(1833-1897)の登場である。しかしブラームスによる必死の試みは音楽の《進歩》においては所詮《退行》に過ぎず、時代の奔流を食い止めることは不可能であった。

そして行き着くところまで行ってしまった終極にグスタフ・マーラー(1860-1911)が存在する。彼において後期浪漫派の肥大化した自意識、誇大妄想は極まった(指揮者ニコラウス・アーノンクール曰く、「マーラーの場合は、どうも『自分だけのこと』を語ろうとしているように思えてならない。『僕は、僕は、僕は……!』とね」)。それは調性音楽と、ソナタ形式に基づく4楽章形式の交響曲の終焉をも意味していた。マーラーがその音楽活動を支援したシェーンベルク(1874-1951)がそこに颯爽と現れ、彼の編み出した十二音技法により調性音楽で成り立ってきた世界は瓦解する。

この音楽史を見事に映像として表現したのがルキノ・ヴィスコンティ監督のイタリア映画「ベニスに死す」(1971)であろう。

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ウィキベディアにも書いてあるように、「ベニスに死す」の主人公アッシェンバッハはマーラーがモデルである。この映画で交響曲第5番の第4楽章アダージェットが有名になったのはご存知の通り。ヴィスコンティは本作の中にアルノルト・シェーンベルク(劇中名はアフルレッド)も登場させ、美についてマーラーと激論を戦わせている。そして映画のラスト、アッシェンバッハの死と共に醜く崩れ落ちていく彼の化粧は、爛熟し腐っていく浪漫派の黄昏、交響曲というジャンルおよび調性音楽の死を象徴しているのである。

本題に戻ろう。そのマーラーに橋渡しした作曲家という位置づけで登場するのが、ウィーン楽友協会音楽院教授(和声学)として彼を教えたロベルト・フックス(1847-1927)であり、マーラーの学友として2歳年上だったハンス・ロット(1858-1884)である。

統合失調症(昔の病名で言えば精神分裂病)だったロットや、躁うつ病のマーラー(彼はフロイトの診察を受けたこともある)とは違って、今回初めて聴いたフックス/交響曲第3番が健全な精神で書かれた音楽であることは一目瞭然だ。しかし病んだ部分がないことが、むしろこの楽曲の魅力の乏しさに繋がっているのは何とも皮肉な話である。

それでもフックスの交響曲を聴いていると、世紀末浪漫派の咽ぶような芳香、《黄昏時の輝き》《滅びゆくものの儚い美しさ》がそこにあるのも確かである。それは貴族社会の終焉、デカダンスを描いたヴィスコンティの美学に通じるものがある。でも「地獄に落ちた勇者ども」(1969)「ベニスに死す」(1970)「ルードウィヒ/神々の黄昏」(1972)ほど、朽ち果ててはいない。むしろその一歩手前、「夏の嵐」(1954)「山猫」(1963)あたりを彷彿とさせる音楽であった。

 記事関連ブログ紹介:
 ・ ふーじーの見た空(演奏者の立場から見たフックス像)

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コメント

再びこんにちは。
いつもとても勉強になる記事をありがとうございます。
この記事で、ベートーヴェン好き(というかクラシックはほとんどベートーヴェンしか聴いていないのですが)のわたしが、何度聴いてみても「なんかマーラーって苦手...。」と思ってしまうわけがわかりました。美しいんですけど、なんだか、くどい男の独り言を延々と聞かされてるような気分になって来るな~とか思っていたので、アーノンクールさんの言葉に納得(笑)。

投稿: みなみ虫 | 2009年2月15日 (日) 10時19分

みなみ虫さん、コメントありがとうございます。

仰る通りですね。マーラーにより交響曲というジャンルは極限にまで拡大されました。それはグロテスクと言い換えても差し支えないでしょう。もうここまできたら後は崩壊するしかないという終末像です。だから彼は交響曲・ソナタ形式に引導を渡した作曲家と言えるのですね。

ただそこには滅びゆくものの美しさ、デカダンスの魅惑があることも確かです。果実は熟し、腐る直前が一番甘いのです。だから僕は案外、マーラーの交響曲は好きなんですよ。来週の大植英次/大フィルによる交響曲第5番も愉しみにしています。後は大フィルのアキレス腱=トランペットが音を外さないことを祈るのみ。

投稿: 雅哉 | 2009年2月15日 (日) 11時12分

再びこんにちは。

>ただそこには滅びゆくものの美しさ、デカダンスの魅惑があることも確かです。
なんとなく、わかります。
わたしも、マーラーが嫌い、というわけではないんですよね。
(くどい男の...とか散々書いちゃいましたが(笑))
苦手だと思うのは、まだまだわたしの方が聴く準備(?)が出来てないのかなぁとか思ったりもします。あと、今はやっぱりベートーヴェンが好き過ぎて(笑)。

コンサートのレヴュー、楽しみにしています。

投稿: みなみ虫 | 2009年2月15日 (日) 17時34分

考えてみたら、僕は今まで「マーラーが好き」という女性に出会ったことがありません。その辺がモーツァルト、ショパン、ラフマニノフとの違いなのでしょう(ポイントはピアノ曲にある気がします)。

そういう意味ではマーラーの音楽は大林映画に似ているのかも知れません。

投稿: 雅哉 | 2009年2月15日 (日) 18時21分

しつこくすみません。

なるほど、やっぱりそうですか~。
交響曲数曲しか聴いてないくせに言うのはおこがましいのですが、マーラーの曲ってなんとなく、男の人が好きそうだなぁといつも思ってたんですよね。
いやあ、なんだかおもしろいですね。

投稿: みなみ虫 | 2009年2月15日 (日) 22時43分

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