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春野寿美礼 IN ミュージカル「マルグリット」、そしてミシェル・ルグランの軌跡

梅田芸術劇場で「マルグリット」を観劇した。

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ミュージカル「レ・ミゼラブル」や「ミス・サイゴン」を生んだアラン・ブーブリル&クロード=ミシェル・シェーンベルクが台本および作詞を担当し、「シェルブールの雨傘」で名高いミシェル・ルグランが作曲したロンドン(ウエストエンド)ミュージカル。イギリスでのワールドプレミアは2008年。スタッフはそのままで、日本人キャストによる上演がこのたび実現した。出演は宝塚歌劇退団後、初舞台作品となる春野寿美礼。そしてミュージカル初挑戦となるテノール歌手・田代万里生、寺脇康文ほか。

本作はヴェルディの歌劇「椿姫」を下敷きに、第二次世界大戦中ナチス・ドイツ占領下のパリに舞台を移している。

デュマ・フィスの原作で《椿姫》の名前はマルグリット、その恋人がアルマン。ヴェルディのオペラではこれがヴィオレッタとアルフレードに代わった。またオペラのタイトル「ラ・トラヴィアータ」とは《堕落した(道を踏み外した)女》という意味である。で、今回のミュージカルではマルグリットとアルマンに戻った。

新作「マルグリット」を観ながら想ったのは、まず台本が薄っぺらだということ。結局オペラを下敷きに戦時下に置き換えるという手法は、プッチーニの「蝶々夫人」をベトナム戦争に持ってきた「ミス・サイゴン」の方法論と全く同じであり、二番煎じでしかない。「ミス・サイゴン」の方がはるかに傑作であり、むしろ「マルグリット」よりもオペラ「椿姫」の台本の方が出来が良いのではないだろうか?ウエストエンドの沈滞振りを目の当たりにしたような失望感に捕らわれた。

アラン・ブーブリル&クロード=ミッシェル・シェーンベルクのコンビは「ミス・サイゴン」の後に「マルタン・ゲール」(1996)「パイレート・クイーン」(2006)というミュージカルを創ったが、いずれも泣かず飛ばず。「パイレート・クイーン」は散々な評判の中、2007年4月5日になんとかブロードウェイ開幕に漕ぎ着けるも、ニューヨーク・タイムズなどで酷評され6月17日にあえなく閉幕した。台本が陳腐で通俗的なこの「マルグリット」が仮にブロードウェイにたどり着けたとしても、「パイレート・クイーン」と同じ運命を辿るであろう。

キャストは好演しているし、演出も悪くない。照明は綺麗だし、ルグランの音楽は最高!でも、ミュージカルは台本が駄目だと他がいくら頑張っても救いようがない。その反面教師となる作品が本作である。同じ「椿姫」を題材とした作品ならバズ・ラーマン監督のミュージカル映画「ムーラン・ルージュ」の方が絢爛豪華で愉しめるし、三谷幸喜の「オケピ!」、松尾スズキの「キレイ~神様と待ち合わせした女~」、宝塚歌劇の「哀しみのコルドバ」「王家に捧ぐ歌」「カラマーゾフの兄弟」など和製ミュージカルの方が遥かに優れている。ロイド=ウェバーは「サンセット・ブルーバード」(1993)以降、才能が枯渇してしまったし、ロンドン・ミュージカルの命運はもう尽きた。

しかしミシェル・ルグランの音楽は"チャイナ・ドール"をはじめ、ため息が出るくらい美しい。ルグラン・ジャズも健在。だからこんな駄作の中に埋もれてしまうのが本当に惜しい。僕は迷わず、ロンドン・オリジナル・キャストCD(歌:ルーシー・ヘンシャルほか)を購入した。

ミシェル・ルグランの舞台ミュージカルといえば、劇団四季が上演した「壁抜け男」を想い出される方も多いだろう。フランス初演が1997年。日本初演が1999年11月14日。初日を迎えた福岡シティ劇場に僕もいた。東京以外ではカラオケ上演を続ける四季としては珍しく、生演奏による上演だった。奏者が3人しかいらないということで例外的に実現したのだろう(しかしその後あった全国公演はカラオケだった)。地味ながらフランス的エスプリがあり、味わい深く愛すべき作品だった。なお石丸幹二、井料瑠美、光枝明彦ら初演キャストは、既に現在四季を退団している。

「壁抜け男」はブロードウェイにも進出した。その際、大幅なアレンジが施されフル・オーケストラの楽曲に生まれ変わった。劇団四季版は以前ビデオが出ていたが現在は廃盤のようである。ブロードウェイ版はCDで聴くことが出来る。

ところで、映画監督のデビュー作から最後までコンビを組み続けた映画音楽作曲家というのは意外と少ない。僕が直に想いだすのはイタリアのフェデリコ・フェリーニ&ニーノ・ロータ、フランスのジャック・ドゥミ&ミシェル・ルグラン、そして最近ではアメリカのスティーブン・スピルバーグ&ジョン・ウィリアムズくらいだろうか?

ドゥミとルグランのコラボレーションによる最高作は「シェルブールの雨傘」(カンヌ国際映画祭パルムドール受賞)であるという世間の評価に全く異論はない。ただ、振り付けが変だとか色々と疵はあるけれど、僕がこよなく愛するのは「ロシュフォールの恋人たち」である。この映画におけるルグランの音楽はパーフェクトとしか言いようがない。特にJAZZYな"キャラバンの到着"は最高!日本では車のCMにも使用された(視聴は→こちら)。「シェルブールの雨傘」同様、「ロシュフォールの恋人たち」もフランスで舞台ミュージカル化されたらしいのだが、残念ながら日本での上演は実現していない。

後にルグランがハリウッドに進出し、アカデミー歌曲賞を受賞した「華麗なる賭け」の主題歌"風のささやき"も良い。でも僕がもっと好きなのはバーブラ・ストライザンド監督・主演の「愛のイエントル」(Yentl)である。ルグランはこれでアカデミー賞の音楽(歌曲・編曲)賞を受賞した。最初から最後までバーブラがひとりで歌うという、世にも珍妙な《ひとりミュージカル》映画である。《女も学問が許される自由な生き方》を求め、ユダヤ人であるヒロインが20世紀初頭のポーランドから新大陸を目指し移民船で旅立っていくラストシーンのナンバー"A Piece of Sky"はバーブラのパンチの効いた歌がズシリと胸に響き、聴く度に痺れる。バーブラもこのシーンがお気に入りらしく、彼女のコンサートではしばしば、映像付きで"A Piece of Sky"が歌われる。ルグランは「イェントル」を是非舞台化したいと考えている様なのだが実現には至っていない。恐らくバーブラか原作者の許可が下りないのだろう。原作者のシンガーは自作がミュージカル化される際、渋い顔をしてこう言ったという。

「イエントルは学問をしたかったのであって歌を歌いたかったわけではない」

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コメント

ロンドン・ミュージカルは一頃の勢いがものすごかったために、制作姿勢が安直になっているのかもしれないですね。

今はきちんとしたプロットをかける脚本家がいないのでしょうか。イギリスですから、いないとは思えないんですが。

「ミス・サイゴン」は成功したとはいえ、東洋人から見たら疑問の声がなかったとはいえなかった作品ですから、「ベトナム戦争」というテーマに真正面から取り組んだのが成功できた理由でしょうか。

今回は、春野寿美礼が本格的にミュージカルに取り組むということでどうなんだろうとは思っていたんですが、そういう状況ですか。

日程が取れるかわからないのですが、自分で見る機会があれば、自分の目で見て確かめてみようとは思ってはいますが。

ミシェル・ルグランとミュージカルといえば、まずは「シェルブールの雨傘」ですかね。故羽田健太郎氏が晩年に、「題名のない音楽会」にゲストで出演してくれたルグラン氏と、長年の夢がかなったとばかりにうれしそうに一緒にピアノを弾いていた姿がいまだに印象に残っています。

投稿: ぽんぽこやま | 2009年3月 1日 (日) 16時32分

ルグランの音楽は良いですし、観る価値は十分あると思いますよ。百聞は一見にしかず。ご覧になったら是非感想をお聞かせ下さい。

「ミス・サイゴン」に対する批判はジョナサン・プライスが"エンジニア"を演じたことが主たる火種となっているのではないでしょうか?そうでなくても良い役にありつけないアジア系の役者がそれに猛反発をしたと。台本の完成度は高いと想います。僕は元ネタの「蝶々夫人」より断然好きですね。

「シェルブールの雨傘」は確かに傑作なのですが、僕の不満は静かなバラード主体ということにあります。《ルグラン・ジャズ》こそ彼の神髄だと信じていますので。

投稿: 雅哉 | 2009年3月 1日 (日) 17時21分

「ミス・サイゴン」に対する批判ですが、いろいろあったと思います。

仰るとおり、アジア系ではないジョナサン・プライスが「エンジニア」を演じたということもひとつです。メイキングビデオを見るとわかるのですが、ロンドンの初演の頃は、瞼に特殊メイクで、ヨーロッパ人からみたアジア人のステレオタイプのような腫れぼったく細長い目をわざわざ作って演じていました。そういう点も東洋人にしてみればあまり気持ちの良いものではなかったのかもしれません。そのメイクはすぐにやめたはずです。

ブロードウェイの初日はものすごいデモがあって、劇場には近寄れなかったんですよね。それがいくつかの種類のデモがあって、アジア系の俳優によるデモもあったし、退役軍人による「アメリカの恥部をさらすな」というデモもありましたが、作品の持つ力、またプライスの演技力で、認めさせてしまったというのは凄いものがあると思います。

ただ、ヒロインが「蝶々夫人」と同じように自殺という結末だったことに対しては、賛否両論が、特にアジアの観客層には多かったように思います。思い違いなら申し訳ありませんが、故・筑紫哲也さんだったと思いますが、ロンドンに着いたとき、タクシーの運転手が「ラストは号泣した」というので期待して見に行ったら「蝶々夫人」と同じく自殺という結末だったのには「いまだに・・・」という思いを抱いたと書いていた記憶があります。

私は、あの結末は、あそこまで自己犠牲を払ってでも、子供にいい暮らしをさせてあげたかったキムの気持ちが痛いほど伝わる、結果的には、元ネタの「蝶々夫人」よりも母親のメッセージが強くなった結末だったと思います。ただ、ラストの場面は、効果的にするために随分苦労したようですね。オリジナルロンドンキャストのCDで聞いたものと、初演の東京版の段階で既に音楽がかなりいじられていますし、その後、さらに改変が加えられて、東京の再演時にはまた異なった音楽になっていましたから。

話が「マルグリット」からそれてしまいました。ここしばらく忙しい時期が続きますので、日程的に行けるかどうかわからないのですが、見る機会があれば、自分なりの感想をお知らせしたいと思います。

投稿: ぽんぽこやま | 2009年3月 2日 (月) 00時46分

ぽんぽこやまさん、「ミス・サイゴン」の詳しい分析と初演当時の様子を教えて下さってありがとうございます。

僕もキムが自殺する結末はあれで良いと想います。基本的に「蝶々夫人」には日本女性に対する蔑視が感じられますが、「ミス・サイゴン」にはそれがありません。そこを僕は高く評価します。

そうそう、ミュージカル「レ・ミゼラブル」は映画にしてしまうと物語のダイジェストになりそうですが、「ミス・サイゴン」は映画に向いていると前から想っているんですよね。スペクタクルもありますし。誰か企画してくれないかな?

投稿: 雅哉 | 2009年3月 2日 (月) 01時00分

「レ・ミゼ」は舞台が当たった早い時期に映画化の企画はありましたし、実際に東宝版のプログラムにも、公開時期を具体的に記した広告まで出ていましたが、監督も何度も交代、結果的に保留状態が続きながら、実質ポシャッたような雰囲気ですね。

自分も「ミス・サイゴン」は映像向きかなと。アメリカ大使館の閉鎖~ヘリの場面はものすごくスペクタクルですからね。

投稿: ぽんぽこやま | 2009年3月 2日 (月) 04時20分

アラン・ブーブリル&クロード=ミッシェル・シェーンベルクのコンビは元々、左翼思想が強い人たちですよね。「レ・ミゼラブル」はビクトル・ユーゴーのパリ・コミューン(フランス共産主義運動)への共感から生まれた小説ですし。照明が暗くて辛気臭い、あのミュージカルが僕はどうも苦手です。"Do you hear the people sing ?"(民衆の歌)なんか、まるでロシア革命歌《インターナショナル》みたいですから。

「ミス・サイゴン」も《アメリカ帝国主義の傲慢さ》がテーマになっています。だからアメリカで上演反対運動が起こるのもむべなるかなという気がします。むしろ、あの筑紫哲也が「ミス・サイゴン」に批判的だったというのが面白い現象ですね。

だから「マルグリット」もフランスのレジスタンス運動を描いているのでしょう。しかし今回はそれが物語と有機的に結びついていませんでした。

投稿: 雅哉 | 2009年3月 2日 (月) 12時38分

結局見逃してしまいました。

「梅田芸術劇場」になってからは、なかなか1ヶ月公演というのは少なくなりましたね。今回も10日間程度。行ければ、と思いつつ、日程的に無理でした。

話はまた「ミス・サイゴン」に戻るのですが、いわばある意味「アメリカの恥部をさらした」ような作品でありながら、アメリカ人の観客にも訴えるものが強い作品だったわけです。

2幕のバンコクの歓楽街の場面、ロンドン公演では「日本人観光客」だった設定が、初演では「アーユーブリティッシュ?」とイギリス人に変えられていましたね。東宝が「エンターテインメントとして見に来た観客に不愉快な思いをさせたくない」と横槍を入れたそうですが。

再演は見ませんでしたが、オリジナルどおりだったとも聞きました。バンコクの歓楽街に繰り出す日本人がどれぐらい多いのかわかりませんが、事実ならそこから目をそらすようなことはしてほしくなかったです。

投稿: ぽんぽこやま | 2009年3月 6日 (金) 13時05分

もし赤狩り(マッカーシー旋風)が吹き荒れた1950年代だったら、「レ・ミゼラブル」や「ミス・サイゴン」はアメリカで上演不可能だったでしょうね。なにしろあの、チャーリー・チャップリンですら国外追放になったのですから。

その頃は南部での黒人(アフリカ系アメリカ人)差別も根強くありました。オバマ大統領が誕生した現在では隔世の感があります。この半世紀でアメリカも大きく変わったんですね。

投稿: 雅哉 | 2009年3月 6日 (金) 20時32分

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