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賛否両論渦巻く、マーラー交響曲第5番~大植英次/大阪フィル定期

大植英次/大阪フィルハーモニー交響楽団の定期演奏会(2日目)に足を運んだ。コンサートマスターは長原幸太さん。

20090220182652

曲目は、

  • モーツァルト/ピアノ協奏曲第9番 「ジュノム」
  • マーラー/交響曲第5番

コンチェルトは以前大植さんで聴いた時の感想と同様である。しなやかに歌う、レガート・モーツァルト。音楽は穏やかに響き、その音色は優しい。

ただフランスからやって来た独奏者、ジャン=フレデリック・ヌーブルジェの演奏は凡庸な印象を受けた。もっと子猫が鍵盤を駆けめぐるような軽やかさが欲しい。この程度弾けるピアニストなら日本にだって沢山いるだろう。

アンコールはドビュッシー/亜麻色の髪の乙女(前奏曲第1集より第8曲)。これは中々良かった。僕はこの曲を聴くと、瞬間的にジェニファー・ジョーンズ主演の「ジェニーの肖像」(1948)の映像が脳裏に蘇る。幻想映画の大傑作である。なお、東京ではドビュッシー/ベルガマスク組曲より第3曲「月の光」、大阪定期第1日目は同じベルガマスク組曲より第4曲「パスピエ」が弾かれたそうである。

さて、問題のマーラーである。彼が交響曲というジャンル、およびソナタ形式の歴史においてどのような役割を果たしたかは下記記事で考察した。

今回大植さんが指揮した東京公演、および大阪定期の1日目演奏を聴かれた方々はブログ等で異口同音にそのテンポの遅さを話題にされている。その多くは否定的見解であり、「狂気」「異常なマーラー」と書かれている方もいらっしゃるようだ。

そこで定期2日目、僕は時計で演奏時間を計測しながら聴いた。なお、参考までに手元にあるCD、アバド/ベルリン・フィルとバーンスタイン/ウィーン・フィル(レニー最後の録音)の演奏時間も括弧内に併記した(=アバド、=バーンスタイン)。

  • 第1楽章:16分 (:12'36、 :14'32)
  • 第2楽章:19分 (:14'46、 :14'59)
  • 第3楽章:24分 (:17'27、 :19'02)
  • 第4楽章:16分 (:08'58、 :11'13)
  • 第5楽章:19分 (:15'42、 :15'00)
  •      総計:94分 (:69'29、 :74'46)

アバドとの演奏時間差実に25分!モーツァルトの交響曲1曲分である。これがどれくらい特異な事態であるかお分かり頂けるだろう。

僕は3年前にフェスティバルホールで大植/大フィルによるこの第5番を体験している。その時は演奏時間も70分程度で、極めてオーソドックスなテンポの熱演だった。しかし、今回はまるで別人の演奏を聴いているみたいだ(両者で共通しているのはトランペットが何度も音を外したことくらいか)。

第1楽章「葬送行進曲」から音楽は滑らかに進まない。流れは歪み、唐突に出現するフレーズでしばしば中断される。刀折れ、矢も尽きた戦士が息も絶え絶えに地を這いずっているイメージが思い浮かぶ。このグロテスクさはまるでベルリオーズ/幻想交響曲の第5楽章「ワルプルギウスの夜の夢」の続きを見ているようだ。

第2楽章は正に爛熟した浪漫派の音楽が、腐って溶け落ちていくのを目の当たりにするかのような退廃的雰囲気が漂う(アニメ「風の谷のナウシカ」終盤に登場する巨神兵の姿を想い出して欲しい)。そしてティンパニの連打が強烈な印象を与え、《運命》の動機のように響く。最後の審判が下される光景と言い換えても良いかも知れない。

第3楽章スケルツォは粘着質なリズムがまるで糸を引くような奇っ怪な音楽。

永遠に続くのではないかと想われるようなゆったりとしたテンポで、弦楽器群が息の長い旋律を奏でる第4楽章は死の床にある人のまどろみ、あるいはレクイエムのように響いた。なおWikipediaによると、この楽章の表題「アダージェット」を速度表記の「やや遅く」と解釈すると、演奏指示のSehr langsam(非常に遅く)と矛盾する。だから「小さなアダージョ」とでも理解するのが妥当だろうと記載されている。とすれば、大植さんの極端な解釈も"あり"かも知れない。

僕が想うにマーラーは元々「病的な」「破綻した」音楽を書く人だし、大植さんが今回描いた彼のグロテスクな肖像は、その本質を見事に突き、その醜い姿を白日の下に晒しているという気がするのである。

躁うつ病でフロイトの診察も受けたことがあるマーラーは、「大地の歌」を含めると生涯に10の交響曲を残した。それらを最初から順番に聴いていくと、作曲当時彼がどのような精神状態だったか手に取るように分かる。そこが彼の面白さであり、魅力でもある。

交響曲第1番は躁状態で、第2番「復活」になると沈うつな状態に陥っている。一転、天国的に美しい第4番では明るく振舞っており、この第5番になるとまた激しく沈み込む。それでも第5楽章では幾分気分が前向きとなり上昇するのだが、第6、第7番は元の木阿弥。その魑魅魍魎跋扈する様は極度の抑欝状態の産物と言えるだろう。

そして前にも書いた通り、このマーラーの精神的不安定さ、誇大妄想、生み出す音楽の退廃的本質を巧みに映像で表現したのがルキノ・ヴィスコンティ監督の「ベニスに死す」(1971)なのである(ケン・ラッセル監督の「マーラー」【1974】も面白い。「ベニスに死す」のパロディも登場)。

大植英次という人は案外、自己主張の激しい指揮者である。そして彼がよくやるのが、交響曲の終楽章で一旦極度にテンポを落とし、コーダで一気に加速、聴衆を熱狂させるという《はったり》である。この大植さんによるけれんみたっぷりの演出を僕が体験したのがベルリオーズ/幻想交響曲であり、マーラー/交響曲第1番そしてブラームス/交響曲第1番であった。テンポの恣意的な操作はベートーヴェン、ブラームス、ブルックナーには向かない。だから僕は大植/大フィルの演奏する3Bは評価しない。しかしマーラーでは話が全く別だ。大植さんのあざといまでに扇情的な解釈は《オレオレ音楽》、つまり自分のことばかり語ろうとするベルリオーズ、マーラーなど浪漫派の作曲家に対して極めて有効である。

僕は3年前に聴いた推進力のある流麗なマーラーの方がどちらかと言えば好きだ。しかし、今回のがらっと変わったユニークなマーラー像も新鮮で悪くない。だから断固、大植さんの英断を支持したい。

最後に、この長大な曲を極度に遅いテンポで、緊張の糸を切らすことなく演奏し切った大フィルの楽員たちを大いに賞賛したい。しかし聴衆の方も、コンサートが終了した時点で疲労困憊し切っているようなマーラーであったことも事実である。

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コメント

こんにちは。

私の拙いブログにトラックバックありがとうございました。
昨日私のブログは最多ヒット数を記録しました。
あの「ギネス級最遅マラ5」にとまどった人たちが感想ブログを読み歩かれたのでしょうね。

演奏された大フィルのみなさまと聴衆に「お疲れさま」です(苦笑)。

投稿: ユイ | 2009年2月21日 (土) 10時09分

ユイさん、コメントありがとうございます。

「ギネス級」、仰る通りですね。かのバーンスタインより20分も長い演奏だったのですから!

僕は面白く聴きましたが、この解釈に拒否反応を示される方がいらっしゃるのも当然頷けます。定期2日目には演奏が終わってブーイングされる方もいらっしゃいました。日本の演奏会では珍しい光景でしたが、こうあってしかるべきだと考えます。むしろ万人受けする演奏の方が、詰まらないんじゃないでしょうか?

投稿: 雅哉 | 2009年2月21日 (土) 11時51分

ケン・ラッセルの『マーラー』とても観念的で狂気に満ちましたが面白かったですよね。
私もこの映画のことを連想し、見直してみようと思いましたから、やはりこの演奏も狂気を帯びていたのでしょうか?
まぁしばらく波紋を呼びそうな演奏でしたが、私は2日間聞いたので初日のショックは遠退き、すっかり受け入れてしまいました。
2日目の最終楽章の終演の頃には、この演奏の意味が何となく分かったような気分になり、心地よい疲労感
を自覚しました。

投稿: jupiter | 2009年2月21日 (土) 20時48分

jupiterさん、コメントありがとうございます。

ケン・ラッセルの「マーラー」は、特に交響曲第3番を作曲する過程を映像で見せる場面が圧巻でしたね。

あと「エルガー」や、ディーリアスの晩年を描く「夏の歌」など、ケン・ラッセルが監督した一連の作曲家シリーズはとても好きです。

投稿: 雅哉 | 2009年2月21日 (土) 21時35分

こんばんは、記事興味深く拝見しました。

この5番を聴いてしまうと、大フィルで9番をどうしてもやって頂きたい、聴きたい、という気持ちになります。

でも、それはもしかしたら不可能かもしれない、ですね。

投稿: ぐすたふ | 2009年2月22日 (日) 23時56分

ぐすたふさん、コメントありがとうございます。

マーラー/交響曲第9番は今年のハノーファー北ドイツ放送フィルの来日公演で演奏されますね。大阪公演でこれを振るのは大植さんたっての希望とか。ということは、急病でドタキャンになった幻の大フィル定期(チケット購入していました!)に対するお詫びの意味と、当分これを大フィルで振る予定はないという二重の意味を持ってきます。

残念ながらこの日僕は兵庫芸文でアムステルダム・ルッキ・スターダスト・カルテットによるリコーダー四重奏を聴きに往きますので、大植さんの第9番は聴けません。まあ、大フィルでやってくれるのを気長に待つことにします。ぐすたふさんは勿論、聴かれるのでしょう?楽しんできて下さい。

投稿: 雅哉 | 2009年2月23日 (月) 00時38分

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 会場:ザ・シンフォニーホール  指揮:大植英次  独奏:ジャン=フレデリック・ヌーブルジェ(ピアノ)  コンサートマスター:長原幸太  曲目:モーツァルト「ピアノ協奏曲第9番 変ホ長調『ジュノム』K.271」     アンコール:ドビュッシー「ベルガマスク組曲より第4曲『パスピエ』」     マーラー「交響曲第5番 嬰ハ短調」  --------------------  マーラーで疲労困憊です(苦笑)。マイッタ。  派手でダイナミックでドラマティックで嫌い... [続きを読む]

受信: 2009年2月21日 (土) 10時03分

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