山下洋輔 vs. 佐渡 裕/エクスプローラー
上の写真は西宮神社の十日戎(えびす)の様子である。
この日、同じ西宮市にある兵庫芸文で佐渡 裕/兵庫芸術文化センター管弦楽団(PAC)の第21回定期演奏会を聴こうと足を運んだ。ゲストはジャズ・ピアニストの山下洋輔さん。プログラムは、
- 山下洋輔/ピアノ協奏曲第3番「エクスプローラー」
- ショスタコーヴィチ/交響曲第5番
「エクスプローラー」のオーケストレーションは国立音楽大学在学中の挟間美帆さん(彼女の公式サイトはこちら)が担当した。なかなかの美女で、仕事の出来栄えも申し分ない。
第1楽章はまるで世界の混沌を描いているかのような印象を受けた。冒頭のクラリネットはガーシュウィン/「ラプソディ・イン・ブルー」へのオマージュ。淀工吹奏楽部出身の稲本渡さんが見事なクラリネット・ソロを披露された。また、この楽章の終盤には「パリのアメリカ人」を彷彿とさせる金管群のスウィングもある。
第2楽章は夜の音楽。大都会の夜景が目の前に広がる高層ビル最上階のジャズ・バーで静かにグラスを傾けるような雰囲気が漂う。あるいは北極圏のオーロラとか、星屑の海の中をひとりぼっちで漂っている宇宙船などを連想させられるものもあった。時折、ベートーヴェン交響曲第3番「英雄」第1楽章や「エリーゼのために」の断片も聴こえてくる。
第3楽章は山下さんご自身が書かれた明確な考想メモがある。「宇宙に飛び出して木管猫生物、弦楽器地底生物、金管素粒子生物、疾走打楽器生物に出会う。やがて時間を遡行してビッグバンに遭遇して皆死ぬ」
プレ・トークで山下さんと佐渡さんが仰っていたのだが、この作品はオーケストラの譜面はきっちり書かれているが、山下さんのピアノ・パートは殆ど白紙だそうである。つまり毎回即興演奏でその部分は紡がれていく。僕が聴いたのは定期三日目。一日目と二日目ではまったく弾かれた中身が異なっていたそうだ。
あくまで自由なスタイルなので、例えば一つの楽章に一貫した主題(モティーフ)のようなものは見当たらない。山下さんの楽興(形式にとらわれない自由 な発想)の趣くまま、次から次へと様々な旋律が生まれては消えてゆく。しっかりした構成とか全体の統一感は乏しい。そういう点では、果たして古典的 な三楽章の協奏曲という形式にする意味があるのかという疑問を感じるのも確かである。
僕はこれを聴きながら、1970年にピンク・フロイドがオーケストラと競演した「原子心母」(Atom Heart Mother)のことを想い出した。プログレッシブ・ロックを代表する名盤である。結局「エクスプローラー」は《山下洋輔の山下洋輔による山下洋輔のための》協奏曲なのであって、他のピアニストが演奏しても意味がないし、この曲に挑戦しようとする人は今後も現れないんじゃないか?という気がする。つまりクロスオーバー(Crossover)楽曲としての「ラプソディ・イン・ブルー」、あるいはピアソラ/バンドネオン協奏曲がような普遍性は本作にはなく、あくまで山下さんのフリー・ジャズを愉しむために存在するのであって、その意味では十分目的を果たしていると言えるだろう。
山下さんのパフォーマンスは文句なしに素晴らしい。その半音階の多用は、印象派の作曲家ラヴェルに通じるものを感じた(ラヴェルのピアノ協奏曲はジャズのイディオムを大胆に取り入れている)。
アンコールは2曲あった。
- 山下洋輔/サドン・フィクションより第5曲 スウィング
- 枯葉~スィングしなけりゃ意味ないね(メドレー)
1曲目はオーケストラとの共演で2曲目はピアノ・ソロ。オケは最後に全員が立ち上がって演奏しながら動き回ったりというパフォーマンスもあり、大変愉しかった。ソロの方はもう曲の原型を殆ど留めていないくらい崩した、山下さんらしいアグレッシブで尖がったアレンジ。その真骨頂を堪能させて貰った。
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ショスタコは冒頭で弦楽器低音部の主題がホールに鳴った瞬間、これは物足りないなと想った。この曲は2007年に大植英次/大阪フィルハーモニー交響楽団の定期演奏会で聴いているが、大フィルの弦楽パートの方が断然、響きに潤いと深みがあった。ホールの違いもあるだろうが、どうもPACは弦が弱い気がする。それから佐渡さんも、明るくあっけらかんとした解釈で違和感が終始付きまとった。確かにこの5番はユニゾンが多く一見単純明快なようだが、どうしてどうしてショスタコーヴィッチはもっと陰鬱で屈折した、アイロニカルな音楽なのではないだろうか?但し、速めのテンポでかっ飛ばした第4楽章は爽快で中々良かった。
PACの管楽器セクションは概ね好演だったが、ホルン・トップ奏者のミスが目立ってお粗末だったことを最後に付け加えておく。
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