朝海ひかる、山口祐一郎 IN 《東宝エリザベート》
史上最高の舞台ミュージカルは?と問われたら僕はこう即答する。「オペラ座の怪人」、そして「エリザベート」と。この二つの作品は映画に喩えるなら「風と共に去りぬ」や「七人の侍」、音楽で言えばバッハ/マタイ受難曲、ベートーヴェン/交響曲第5番の立ち位置に等しい。その存在価値は絶対であり、永遠不滅の金字塔である。
僕と「エリザベート」との出会いや宝塚版の歴史については下記に書いた。本記事はなるべく重複を避けて書きたい。
「エリザベート」が「オペラ座の怪人」と大きく異なっているのは、それぞれ上演されている場所ごとに演出が違うことだろう。このミュージカルが初演されたのは1992年。その舞台となったアン・デア・ウィーン劇場はベートーヴェン/交響曲第5番「運命」、第6番「田園」が初演された場所でもある。
'96年に宝塚版が初演されたときに潤色・演出したのは小池修一郎さん。男役を活躍させるためにトート(死神)の出番を増やし、「愛と死のロンド」という新曲も付け加えられた。さらにエルマーら三人のハンガリー革命家という新キャラクターが創作された。逆に清く、正しく、美しくという《すみれコード》に抵触しないよう、性的表現(姑である皇太后ゾフィーが新婚初夜の翌朝、エリザベートと皇帝フランツ・ヨーゼフのベッドのシーツをはぐる場面や、エリザベートがフランツからフランス病=梅毒をうつされるエピソード)、政治色が強い場面(ユダヤ人排斥運動からナチス台頭へ)などがカットされた。「愛と死のロンド」は同年開幕したハンガリー版と2000年に初演された東宝版にも取り入れられたが、他国のプロダクションでは歌われていない。
作詞・作曲家の絶大な信頼を受け、東宝版も小池さんが演出を担当した。宝塚版自体完成度が高いが東宝版もまた、それとは全く異なる見事なプロダクションであった。カットされていた場面も復活した。僕は2000年の初演(同年、菊田一夫演劇大賞を受賞)そして'04年の再演と今回の'08-9年版を観ているが、再演を重ねるごとに演出も手直しされ、随分と違ってきている(振付や舞台装置も初演と現行版では全く別物)。例えば初演では子ルドルフ(皇太子)が地球儀の上に乗せられくるくる回るという場面があったが現在は地球儀はなくなり、代わりに本の山の上に乗せられて歌うよう になった(たぶん地球儀は危険だからだろう)。また当初、精神病院をエリザが訪問する場面で患者のヴィンディッシュ嬢が拘束衣で登場し強烈な衝撃を受 けたのだが、現在はいたって普通の場面になった。ラストシーンについていえば、エリザベートが棺桶から登場し、ラストも棺桶に収まるのは再演版からの新演出である(初演ではエリザとトートは舞台奥へと歩いて消えていく)。またこの時、トートダンサーズが舞台両脇の柱に縛り付けられて踊る(クリオネみたいだと当時話題になった)面白い演出があって気に入っていたのだが、それもなくなってしまった。総じて僕はオーソドックスになった現行版より大胆で前衛的だった初演版の方が好きだ。
東宝初演時にはエリザベートがソロで歌う新曲「夢と現(うつつ)の間(はざま)に」が登場したが、再演時にはカットされた(CDには収録されている)。'01年ドイツ・エッセン版で追加されたトート&エリザのデュエット「私が踊る時」は'02年宝塚花組公演から日本で採用され、東宝再演版でも歌われるようになった。また「ゾフィーの死」というソロ・ナンバーは'99年オランダ版から登場し、現在の東宝版でも使用されている(宝塚版にはない)。
さて、多くの役にダブル・キャストが組まれている今回の公演(梅田芸術劇場)で僕が観たのは朝海ひかる、山口祐一郎のコンビ。武田真治、涼風真世の方は後日観劇予定。他の配役はフランツ・ヨーゼフ:鈴木綜馬、ルドルフ:浦井健治、ゾフィー:寿ひずる ら。
僕が初めて宝塚歌劇を観たのが'98年宙組「エリザベート」。朝海さんはその時、ルドルフを演じていた。これが余りにも素晴らしかったので各方面から絶賛を浴び、彼女が大ブレイクする切っ掛けとなった(その後一気に男役トップスターへと踊り出る)。
朝海エリザが登場すると、まずその可愛らしさに目を奪われた。ビジュアル的には100点満点だろう。但しその発音(特にハヒフヘホが聴き取りにくい)、と歌唱に多少問題があったのも事実である。幕間のロビーでは色々な感想が聞こえて来た。「やっぱり男役だから声がめっちゃ低いねぇ」「花ちゃん(宝塚初代エリザベートの花總まりさん)は凄かった……」仰ることはごもっとも。でも美しければ、その他のことは大目に見るのが僕の主義である。
やまゆう(山口祐一郎)さん演じる自己陶酔系のトート閣下は初演時から大好きなのだが、本公演は高音域の声がやや掠れており精彩を欠いた。長期公演でお疲れなのかも知れない。
今回特に良かったのはルドルフ役の浦井健治さん。見栄えが良いし歌も上手い。
そして《踊るコンダクター》こと、マエストロ・塩田明弘/東宝オーケストラの生き生きした演奏が花を添えた。
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色々書いたけれど、東宝「エリザベート」は作品の内容、そしてプロダクションの質が極めて高く、是非一度は観ておくべきものとしてお勧めしたい。まだまだ梅芸で上演中。当日券もあるようだ。
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コメント
私も今日休みが取れたので見てきました。
主役二人は同じく朝海・山口。涼風エリザも見たいのですが、もう日程的(+経済的)に無理かなと。
涼風・武田の組み合わせの感想、またアップしてくださいませ。
私は初演の宝塚雪組(一路トート)からずっと見ております。
東宝版については同じく、初演の演出のほうが好みです。LEDを使っているのでしょうか、あの後ろのスクリーンを使った演出は安っぽくてあまり好きではありません。あのスクリーンを使った演出がいちばん生きているのは「ゾフィーの死」の場面でしょうか。双頭の鷲の紋章が徐々に消えていくことで、ハプスブルグの終焉を意味しているのと、ゾフィーが自我を犠牲にしてハプスブルグの繁栄に生涯を捧げたというのが印象付けられる場面です。
朝海エリザですが、まだ少し男役の癖が見えるかなと。あと、音程的には厳しいというのは私も感じました。ただ、元男役ならではの凛とした雰囲気はさすが。一路エリザは後半が生きてくるのですが、朝海エリザはビジュアル的に前半が生きるタイプかなと思いました。まだ硬さは残るものの、将来性を感じました。
この作品、長いこと見てきたのですが、なぜか今回はすごく考え込んで見てしまいました。「レ・ミゼラブル」を中国の天安門事件の年に見た人が、どうも現実の事件と重なってものすごく重たかったというのと同じといってしまえるのか、不謹慎かもしれないのですが、どうも今の日本の皇室の状況と重ねて見えてしまう場面があって考え込んでしまいました(考えすぎですみません)。
投稿: ぽんぽこやま | 2009年1月20日 (火) 20時45分
仰るようにLEDの電飾は演出を安っぽくしますね。でも現在の姿は改善された方です。2004年再演時にはもっと沢山使用されており閉口しました。2000年東宝初演時には確か使用されていなかったように想います。
僕は基本的に舞台で映像を使用すべきではない、禁じ手だと想います。だってそれをしたいのならば映画にすればいいでしょう?演劇は演劇にしかできない三次元空間で勝負すべきです。
涼風&武田ペアのレビュー、お任せ下さい。
嗚呼、それにしても!花ちゃん(花總まり)のエリザベートを、もう一度観たいと希うのは僕だけではない筈です。
投稿: 雅哉 | 2009年1月21日 (水) 07時40分
仰るとおり、映像は禁じ手ですよね。確かに前回の公演時よりは改善されてましたが、エリザベートが木から落ちる場面はいかがなものかと。
「オペラ座の怪人」じゃラウルが奈落にジャンプしますし、他の作品を例に出すまでもなく、宝塚エリザベートじゃ、ちゃんと本人が生身で落ちてますからね。
東宝初演のときは、カットされた「夢と現の間」の場面で、エリザベートが大きな扉を開ける(閉めるだったかな)というような演出がされていて、その扉にかもめが空を飛ぶ映像が使われてはいましたが、「背景」的なものではなかったので、映像使用といっても、気になるような使い方ではなかったと記憶しています。
投稿: ぽんぽこやま | 2009年1月21日 (水) 12時33分
言われてみて想い出しました。確かにかもめが飛ぶ映像がありました!初演時はスクリーン映像で、それが再演からLEDを用いた安っぽい電飾に代わりました。
あの当時、小池さんはこの電飾に凝っていて、宝塚月組の「薔薇の封印~ヴァンパイア・レクイエム~」(2004)でも使用していました。あれは酷い代物でした。
投稿: 雅哉 | 2009年1月21日 (水) 12時50分