《20世紀》映画音楽の台頭、そして名門オーケストラの受容史
これは記事「夢のミュージカル映画」、「ニーノ・ロータの想い出」の続きである。
20世紀は色々な意味で《実験の世紀》であった。
政治の面では《社会主義国家建設》という壮大な実験が行われた。そして絵画の領域ではセザンヌからピカソ、ブラックらのキュビズム(立体派)、マティスらのフォービスム(野獣派)を経て、抽象絵画の時代に突入した。
ではクラシック音楽はどうだったかと言えば、ラヴェル、ドビュッシーら印象派による半音階の多用から発展し、シェーンベルクが12音技法を編み出した。そしてその後、怒涛の如く無調音楽全盛期へ雪崩れ込んだのである。従来の調性音楽は"古臭い手法"、"退廃音楽"と断罪され、放逐された。こうして現代音楽は急速に一般聴衆の支持を失っていくことになる(この辺りの詳しい話は1973年にレナード・バーンスタインがハーバード大学で行った歴史的レクチャー「答えのない質問」を聴講されることをお勧めしたい。大変分かりやすく、かつ面白い名講義である。現在日本語字幕つきDVDが発売されている→こちら)。
調性音楽を守ろうとした作曲家たちはヨーロッパ楽壇での自分たちの居場所を失った。これと時期を同じくして、第1次世界大戦で多額の賠償金を負わされたドイツのインフレ、政治不安、ナチスの台頭が起こる。身の危険を感じた彼らの多くはアメリカに亡命し、ある者はハリウッドの映画音楽を書くことで生計を立て、また「三文オペラ」のクルト・ワイル(ドイツ)はブロードウェイ・ミュージカルの作曲家となった。
アメリカに渡り映画音楽作曲家に転身した人々の具体例を上げよう。ドイツのフランツ・ワックスマン(レベッカ、サンセット大通り、陽のあたる場所)、オーストリアのマックス・スタイナー(キングコング、風と共に去りぬ、カサブランカ)、ハンガリーのミクロス・ローザ(白い恐怖、ベン・ハー、エル・シド)らである。ワックスマン同様にユダヤ人で、かつてはオペラ「死の都」「ヘリアーネの奇蹟」などをウィーンで発表し時代の寵児となったエーリッヒ・ヴォルフガング・コルンゴルトもハリウッドに渡り、ワーグナーが編み出したライトモティーフの手法を映画に持ち込んだ。そして彼は「風雲児アドヴァース」「ロビン・フッドの冒険」で2度、アカデミー作曲賞を受賞する。
第二次世界大戦が終結し、コルンゴルトは新作を携えウィーンを訪問したが、「映画に魂を売った下等な作曲家」と侮辱され、失意のうちにハリウッドに戻ることになる。
リゲティ、ベリオ、ブーレーズ、シュトックハウゼンなど無調・前衛音楽が席巻する20世紀クラシック界において、見下され続けていた映画音楽が初めて注目を集めたのが1977年のことである。そう、あの「スター・ウォーズ」が公開された年だ。ジョン・ウィリアムズが作曲した音楽はオーケストラのために書かれた20世紀の最高傑作である。
このサウンド・トラックを演奏したのは名門・ロンドン交響楽団(LSO)だった。そして最終的にLSOはシリーズ全6作に参加した。1977年当時、ロンドン交響楽団の音楽監督はアンドレ・プレヴィン。ジャズ・ピアニストでもあるプレヴィンは1950年代からハリウッドの映画会社MGM専属となり、映画音楽を作曲したりミュージカルの音楽監督を務めた。例えば、映画「マイ・フェア・レディ」(1964)で彼はアレンジと指揮を担当している。
だからプレヴィンとジョン・ウィリアムズは古くからの友人であり、「スター・ウォーズ」のスコアを書き上げたジョンにプレヴィンが手兵LSOの提供を快く申し出たというのが真相である。そしてジョンはコルンゴルトが得意としたライトモティーフの手法を「スター・ウォーズ」に応用し、見事にその精神を引き継いだ。
後にプレヴィンはコルンゴルトの再評価にも尽力し、2003年には妻のアンネ=ゾフィー・ムターの伴奏指揮をしてコルンゴルト/ヴァイオリン協奏曲をレコーディングしている(5人目の妻だったムターとは2006年に離婚)。なお、これはプレビンが同曲を指揮した3回目の録音となった。コルンゴルト/ヴァイオリン協奏曲は自作の映画音楽で使用されたテーマが多数取り入れられた、まことに甘美な名曲である。
「スター・ウォーズ」の公開直後、ズービン・メータ/ロサンゼルス・フィルは「スター・ウォーズ」組曲と「未知との遭遇」組曲をレコーディングし、そのレコードはクラシック業界で異例の大ヒットとなった。1973年からボストン交響楽団の音楽監督だった小澤征爾はジョン・ウィリアムズの才能に着目し、ボストン・ポップス・オーケストラの音楽監督を依頼。1980-1993の間、ジョンはその任についた。
そして今やシカゴ交響楽団やニューヨ-ク・フィルなど名門オケもジョン・ウィリアムズを客演指揮者として招き、映画音楽のコンサートを開催する時代となったのである。
ベルリン・フィルに雪解けが始まったのは2002年9月、イギリスのサイモン・ラトルが芸術監督に就任して以降のことである。2005年イギリスBBC製作のドキュメンタリー映画「ディープ・ブルー」でジョージ・フェントンが作曲した音楽を作曲者自身の指揮でベルリン・フィルが演奏、サントラを担当するのはこれが彼らにとって初体験となった。続く2006年、今度はNHKとBBCの共同制作によるドキュメンタリー「プラネットアース」(映画「アース」はその短縮版)にも彼らは参加し、2006年のドイツ映画「パフューム -ある人殺しの物語-」ではサントラをラトル/ベルリン・フィルが担当した。
そして遂に2004年、ザルツブルグ音楽祭で小澤征爾/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団はコルンゴルト/ヴァイオリン協奏曲を演奏し(独奏:ベンヤミン・シュミット)、それは同時にライヴ・レコーディングされた。
2008年9月、イタリア人指揮者リッカルド・ムーティに率いられたウィーン・フィルの来日公演でアッと驚く出来事があった。サントリーホールでのプログラムに以下の曲が含まれていたのである。
- ニーノ・ロータ/トロンボーン協奏曲
- ニーノ・ロータ/交響的管弦楽組曲「山猫」
天下のウィーン・フィルが映画音楽を演奏する!!このような事態は20世紀では絶対にあり得なかった事である。コンサート当日配布された冊子に掲載された楽団長のコメントにも「初めて演奏する曲」「取り上げたことのない作曲家(ロータ)」とあったそうだ。ムーティはロータをイタリアの3大作曲家の一人と称するほど尊敬していて、彼の曲を紹介するのを使命と考えているとか。
21世紀に入り、世界のオーケストラは大きく変貌を遂げようとしている。ウィーン・フィルやベルリン・フィルが演奏する「スター・ウォーズ」が聴ける日も、そんなに遠い未来ではないかも知れない、と僕は今期待に胸を膨らませている。
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