宝塚雪組/ミュージカル「カラマーゾフの兄弟」大阪千秋楽
S.フィッツジェラルド 著/村上春樹 訳「グレート・ギャツビー」のあとがきで、村上さんは次のように書かれている。
もし「これまでの人生で巡り会ったもっとも重要な本を三冊あげろ」と言われたら、考えるまでもなく答えは決まっている。この『グレート・ギャツビー』と、ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』と、レイモンド・チャンドラー『ロング・グッドバイ』である。どれも僕の人生(読書家としての人生、作家としての人生)にとっては不可欠な小説だが、どうしても一冊だけにしろと言われたら、僕はやはり迷うことなく『グレート・ギャツビー』を選ぶ。
その「カラマーゾフの兄弟」の読みやすい決定版として異例のベストセラーとなったのが光文社新訳文庫から出た亀山郁夫版である。この新訳を基に宝塚歌劇団がミュージカル化した。台本・演出は齋藤吉正。彼の大劇場デビュー作「BLUE・MOON・BLUE」(2000)は非常に出来が良いショーだったので、ドストエフスキーを如何に料理するかお手並み拝見といった気持ちでシアター・ドラマシティ(大阪)に足を運んだ。
そうそう、余談だが村上春樹さんが愛してやまない「グレート・ギャツビー」も宝塚でミュージカルになっている(台本・演出:小池修一郎)。
ドストエフスキーが果たしてミュージカルになり得るのか?と、観劇前は甚だ疑問であったのだが、膨大な原作を手堅く2時間半でまとめ、破綻のない見事な作品に仕上がっていた。カラマーゾフの兄弟のうち原作では三男アレクセイが主人公なのだが、ミュージカル版は長男ドミートリィが主人公にシフトしており、それも成功の要因だろう。
黒澤 明監督はドストエフスキーの「白痴」に《純真で無垢な魂》を見出し、それに惹かれて映画化した。もし齋藤が「カラマーゾフの兄弟」に於いて修道者であるアレクセイを軸に台本作りしていたら、似たようなテーマの作品となっていたかも知れない。しかしドミートリィが中心になったお陰で、全く異なる味わいのミュージカルとなった。
考えてみれば明治大学文学部教授・齋藤 孝さんはドストエフスキーの書いた登場人物をネタに「過剰な人」(文庫版は「ドストエフスキーの人間力」に改題)というすこぶる面白いエッセイを執筆されているのだが、「カラマーゾフの兄弟」も過剰な人々のオン・パレード!まことミュージカルに相応しい、愉快な面々である。物語は一見、悲劇であるが、ある意味これは人間喜劇とも言えるのではないだろうか?
オペラやミュージカルには過剰な人々が多々、出没する。「アイーダ」のアイーダやアムネリス、「オテロ」のオテロとイアーゴ、「トスカ」の歌姫トスカと警視総監スカルピア、「カルメン」のカルメンとドン・ホセ、「トゥーランドット」だってそう。ミュージカルなら「オペラ座の怪人」の怪人は無論のこと、「レ・ミゼラブル」のジャン・バルジャンやジャベール警部、「エリザベート」のエリザベート、死神トート、そして暗殺者ルキーニ。「スウィーニー・トッド」なんか、もう登場人物全員が過剰だもんね。結局、歌いながら演技をすること自体が過剰な行為なのでこういった登場人物たちこそ相応しい(不自然ではない)のだろう。
作曲は「ゲド戦記」の寺嶋民哉。ゲーム音楽みたいな打ち込み音があったり、とても新鮮。良い意味で宝塚らしくなく、完成度が高い。
出来の悪い和製ミュージカルというのは全て台詞で説明してしまい、音楽が入ると途端に物語が停滞するものが多い。しかしこの「カラマーゾフの兄弟」は音楽自体が雄弁に語り、推進力がある。そこが素晴らしい。何度でも観たいし、日本から世界に発信しても恥ずかしくない作品に仕上がっていると太鼓判を押せるだろう。
水 夏希、白羽ゆり、彩吹真央ら出演者たちも好演。観劇した25日は千秋楽とのことで、観客は総立ち、カーテンコールが何度もあった。この公演で退団する二人のジェンヌや水さんからの挨拶、そして白羽さんや彩吹さんからの一言もあった。同じカンパニーで来年早々、東京・赤坂ACTシアターでの公演もあるそうな。
檀れいさん(映画「感染列島」間もなく公開!)が宝塚を去って以降、白羽ゆりさんは現役娘役の中で一番の美人であると僕は常々想っていたのだが、何と2009年5月31日で退団すると同じ日に発表があった。えっ!ドラマシティではそのことに一言も触れられなかったのに……大変残念である。
「カラマーゾフの兄弟」観劇後はカトリック夙川教会に移動し、延原武春/テレマン室内管弦楽団・合唱団によるJ.S.バッハ「クリスマス・オラトリオ」を聴いて夜を過ごした。
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