NHK大河ドラマ「篤姫」礼賛
遂に「篤姫」が終わってしまった。大河ドラマ史上、空前絶後の面白さであった。それにしても最終回のタイトルバック、篤姫の歩む《一本道》が光ったのには吃驚した!
NHKは今年度、上半期のゴールデンタイム(午後7時〜同10時)平均視聴率で民放各局を押さえ堂々第1位となった。同局がこの時間帯に単独トップとなるのは記録の残る1963年度以降、初めてのことである。正に「篤姫」効果であろう。
この傑作を見逃したという不幸な方は12月26-28日に放送される総集編をお待ちあれ(詳しくは公式サイトへ→こちら)。でも総集編では決してこのドラマの本質的魅力は伝わらないから、もしこれを気に入られたら再放送かDVD(ブルーレイ?)で全篇ご覧になることをお勧めしたい。
幕末は複雑怪奇だ。その一番の原因が節操のない薩摩・長州の動きであろう。なんで「尊皇攘夷」と叫んでいた連中が、途中から開国へと180度転換するのか?……要するに彼らは権力が欲しかっただけで、そこに理念など何もなかったという事情が今回のドラマで分かりやすく描かれていた。
幕末の物語で主人公となるのは概ね、坂本竜馬、西郷隆盛、勝海舟、徳川慶喜、そして新撰組といった面々である。しかし今回は天璋院篤姫や小松帯刀といった、いままで表舞台に出ることの少なかった日陰の存在にスポットライトを当てるという着眼点がすこぶる面白かった。
篤姫の人生にも目を瞠った。薩摩・島津家の分家の出という低い身分から将軍家の正室に。まるで宝塚歌劇の人気演目「エリザベート」みたいなシンデレラ・ストーリーではないか。また篤姫の意志の強さは「風と共に去りぬ」のヒロイン、スカーレット・オハラを彷彿とさせる。こういったところが視聴者の女性たちの絶大な支持を得たポイントなのだろう。
ヒロインを演じた宮崎あおいは、オリコン調査の「なりたい顔ランキング」(20-35歳女性が対象)で第2位となり、今年生まれた女の赤ちゃんの命名ランキングでは「葵」が1位になったという。その人気たるや、恐るべし。
「篤姫」のあおいちゃんは本当に綺麗だった。そして薩摩時代の肌はとても日に焼けていて、それが薩摩藩の江戸屋敷に移り江戸城入りする過程で次第に白く変化していく。それと共に彼女の声のトーンも次第に下がってくる。この計算された演技が実に見事であった。
小松帯刀を演じた瑛太の情けない感じも良かった。彼は映画「サマータイムマシーン・ブルース」とか「アヒルと鴨のコインロッカー」、テレビ「のだめカンタービレ」などで観てきたが、今迄で最高のはまり役と言えるだろう。特に幼なじみだった篤姫のことを他人から尋ねられ、「あの方は、私の碁の師匠のような方でした」と答えた場面には腹を抱えて笑ってしまった。
そしてこのドラマで大ブレイクしたのは何と言っても第13代将軍、徳川家定を演じた堺雅人だろう。大河ドラマ「新選組!」の山南敬助役も好演だったが、今回はそれを上回るものだった。特に、ゆっくりとした《瞬き》がとても印象的。あれが彼の演技に深みを与え、視聴者の心を鷲掴みにするのだ。総集編でご覧になる方は《瞬き王子》に注目!
何を考えているか分からない屈折した男・徳川慶喜を演じた平 岳大(平幹二朗の息子)、真っ直ぐで誠実な男・西郷隆盛を演じた小澤征悦(世界的指揮者・小澤征爾の息子。顔がそっくり!)、そしてドラマ中盤から《鬼》になる腹黒い男・大久保利通を演じた原田泰造らも好演。
しかし、このドラマ最大の功労者は何と言っても脚本を執筆した田渕久美子であろう。「篤姫」のテーマはずばり《家族》である。でもそれは例えば「ゴッドファーザー」のコルレオーネ・ファミリーのような、血縁や婚姻関係を必ずしも意味しない。
篤姫はまず薩摩藩主の養女となり、さらに京都の公家・近衛家の養女となって徳川将軍家に嫁ぐ。そして大奥の女たちを家族として扱い、さらに血の繋がらない家茂(松田翔太)を"息子"とする。さらに家茂に嫁いできた孝明天皇の妹・和宮(堀北真希)が彼女の"娘"となる。
ヒロインが様々な人々と《家族》を形成していく過程を主軸として、田淵は極めて繊細緻密で、躍動感に溢れたドラマを紡いだ。心に残る台詞も多い。この功績は十分、向田邦子賞に値するものである。ただ、向田邦子賞は今まで基本的に原作のないオリジナル・シナリオが受賞してきたし、大河ドラマが選ばれたことは過去26回において皆無である。これは恐らく、毎年4月1日から翌年3月31日まで、原則として放送されたテレビドラマを対象とするという規定があるためではないかと推測する。大河の放送は1月から12月までなので、当てはまらないのだ。「篤姫」が越えなければならないハードルはいくつかあるが、前例を覆してでもこの作品が受賞するべきだと僕は信じて疑わない。
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