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2008年12月

劇団四季のオペラ座の怪人はカラオケらしい。

という訳で、大阪四季劇場で上演中の「オペラ座の怪人」(カラオケ版)を再び観たいとは想わないので、明日からラスベガスに旅発つことにした。ハロルド・プリンス新演出によるベガス版「オペラ座の怪人」を鑑賞するためである。公式サイトはこちら

ついでに、シルク・ドゥ・ソレイユの人気演目"O"も観る予定。

O_

上記2作品は既にチケットを押さえてあるが、他は未定。現地でゆっくり考えるつもり。宿泊するホテルはパラッツオ。

気が向けばベガスでブログの更新をするかも知れないが、約束はしない。

しばしのお別れである。良いお年を!

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2008年映画個人賞はこの人に!

さて、僕が独断と偏見で決めた映画個人賞の発表である。映画タイトルをクリックすれば各々のレビューに飛ぶ(2007年版個人賞はこちら)。

監督賞:滝田洋二郎「おくりびと
主演女優賞:永作博美「その日のまえに
主演男優賞:本木雅弘「おくりびと
助演女優賞:夏川結衣「歩いても 歩いても
助演男優賞:ヒース・レジャー「ダークナイト
新人賞:タン・ウェイ(湯唯)「ラスト、コーション
功労賞:峰岸徹「おくりびと」「その日のまえに
ダンス・ダンス・ダンス賞
 トム・クルーズ「トロピック・サンダー
完全復活賞:ロバート・ダウニー・Jr
 「アイアンマン」「トロピック・サンダー
美少女賞:アナソフィア・ロブ「テラビシアにかける橋
色褪せぬ美貌(Eternal Beauty)賞
 ニコール・キッドマン「ライラの冒険 黄金の羅針盤
CGキャラクター賞
 お掃除ロボットM-O(モー)「WALL・E/ウォーリー
オリジナル脚本賞:内田けんじ「アフタースクール」、
 小山薫堂「おくりびと
脚色賞(原作あり):
 クリストファー&ジョナサン・ノーラン「ダークナイト
作曲賞:久石譲「おくりびと」、
 アレクサンドル・デプラ「ラスト、コーション
歌曲賞:スティーヴン・シュワルツ(作詞)
 アラン・メンケン(作曲)「魔法にかけられて
編曲賞:スティーブン・ソンドハイム
 「スウィーニー・トッド/フリート街の悪魔の理髪師
撮影賞:ヤヌス・カミンスキー「潜水服は蝶の夢を見る
美術賞:パン・ライ「ラスト、コーション
衣装デザイン賞:アレクサンドラ・バーン
 「エリザベス:ゴールデン・エイジ
 →インタビュー記事はこちら
編集賞:フェルナンド・ヴィレーナ、ブラッド・フラー
 「ブロードウェイ♪ブロードウェイ/コーラスラインにかける夢
サウンド・デザイン賞
 ベン・バート「WALL・E/ウォーリー
 →インタビュー記事はこちら
録音賞:「ダークナイト」の音響スタッフ
視覚効果賞:「ダークナイト」のVFXチーム
アニメーター賞(原画&動画):
 スタジオジブリのスタッフ一同「崖の上のポニョ
最低監督賞:押井守「スカイ・クロラ
最悪キャラクターデザイン賞
 西尾鉄也「スカイ・クロラ

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2008年映画ベスト25選

2008年にスクリーンで観た映画のベスト25を選出した。映画のタイトルをクリックすると、各々のレビューに飛ぶ。ちなみに昨年のランキングはこちら

まずはトップ3の発表から。何れも映画史に名を残す傑出した作品であり、順位をつけることは不可能。それはミケランジェロの「最後の審判」、フェルメールの「真珠の耳飾りの少女」、ピカソの「ゲルニカ」に優劣をつけるようなものである。

以下も敢えて順位は書かないが、基本的に僕が気に入っている順に列挙していると考えて頂いて差し支えない。

次点

明日は映画・個人賞の発表です。

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宝塚雪組/ミュージカル「カラマーゾフの兄弟」大阪千秋楽

S.フィッツジェラルド 著/村上春樹 訳「グレート・ギャツビー」のあとがきで、村上さんは次のように書かれている。

 もし「これまでの人生で巡り会ったもっとも重要な本を三冊あげろ」と言われたら、考えるまでもなく答えは決まっている。この『グレート・ギャツビー』と、ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』と、レイモンド・チャンドラー『ロング・グッドバイ』である。どれも僕の人生(読書家としての人生、作家としての人生)にとっては不可欠な小説だが、どうしても一冊だけにしろと言われたら、僕はやはり迷うことなく『グレート・ギャツビー』を選ぶ。

その「カラマーゾフの兄弟」の読みやすい決定版として異例のベストセラーとなったのが光文社新訳文庫から出た亀山郁夫版である。この新訳を基に宝塚歌劇団がミュージカル化した。台本・演出は齋藤吉正。彼の大劇場デビュー作「BLUE・MOON・BLUE」(2000)は非常に出来が良いショーだったので、ドストエフスキーを如何に料理するかお手並み拝見といった気持ちでシアター・ドラマシティ(大阪)に足を運んだ。

そうそう、余談だが村上春樹さんが愛してやまない「グレート・ギャツビー」も宝塚でミュージカルになっている(台本・演出:小池修一郎)。

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ドストエフスキーが果たしてミュージカルになり得るのか?と、観劇前は甚だ疑問であったのだが、膨大な原作を手堅く2時間半でまとめ、破綻のない見事な作品に仕上がっていた。カラマーゾフの兄弟のうち原作では三男アレクセイが主人公なのだが、ミュージカル版は長男ドミートリィが主人公にシフトしており、それも成功の要因だろう。

黒澤 明監督はドストエフスキーの「白痴」に《純真で無垢な魂》を見出し、それに惹かれて映画化した。もし齋藤が「カラマーゾフの兄弟」に於いて修道者であるアレクセイを軸に台本作りしていたら、似たようなテーマの作品となっていたかも知れない。しかしドミートリィが中心になったお陰で、全く異なる味わいのミュージカルとなった。

考えてみれば明治大学文学部教授・齋藤 孝さんはドストエフスキーの書いた登場人物をネタに「過剰な人」(文庫版は「ドストエフスキーの人間力」に改題)というすこぶる面白いエッセイを執筆されているのだが、「カラマーゾフの兄弟」も過剰な人々のオン・パレード!まことミュージカルに相応しい、愉快な面々である。物語は一見、悲劇であるが、ある意味これは人間喜劇とも言えるのではないだろうか?

オペラやミュージカルには過剰な人々が多々、出没する。「アイーダ」のアイーダやアムネリス、「オテロ」のオテロとイアーゴ、「トスカ」の歌姫トスカと警視総監スカルピア、「カルメン」のカルメンとドン・ホセ、「トゥーランドット」だってそう。ミュージカルなら「オペラ座の怪人」の怪人は無論のこと、「レ・ミゼラブル」のジャン・バルジャンやジャベール警部、「エリザベート」のエリザベート、死神トート、そして暗殺者ルキーニ。「スウィーニー・トッド」なんか、もう登場人物全員が過剰だもんね。結局、歌いながら演技をすること自体が過剰な行為なのでこういった登場人物たちこそ相応しい(不自然ではない)のだろう。

作曲は「ゲド戦記」の寺嶋民哉。ゲーム音楽みたいな打ち込み音があったり、とても新鮮。良い意味で宝塚らしくなく、完成度が高い。

出来の悪い和製ミュージカルというのは全て台詞で説明してしまい、音楽が入ると途端に物語が停滞するものが多い。しかしこの「カラマーゾフの兄弟」は音楽自体が雄弁に語り、推進力がある。そこが素晴らしい。何度でも観たいし、日本から世界に発信しても恥ずかしくない作品に仕上がっていると太鼓判を押せるだろう。

水 夏希白羽ゆり彩吹真央ら出演者たちも好演。観劇した25日は千秋楽とのことで、観客は総立ち、カーテンコールが何度もあった。この公演で退団する二人のジェンヌやさんからの挨拶、そして白羽さんや彩吹さんからの一言もあった。同じカンパニーで来年早々、東京・赤坂ACTシアターでの公演もあるそうな。

檀れいさん(映画「感染列島」間もなく公開!)が宝塚を去って以降、白羽ゆりさんは現役娘役の中で一番の美人であると僕は常々想っていたのだが、何と2009年5月31日で退団すると同じ日に発表があった。えっ!ドラマシティではそのことに一言も触れられなかったのに……大変残念である。

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「カラマーゾフの兄弟」観劇後はカトリック夙川教会に移動し、延原武春/テレマン室内管弦楽団・合唱団によるJ.S.バッハ「クリスマス・オラトリオ」を聴いて夜を過ごした。

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2008年、印象に残ったコンサート&コンクールの名演を振り返る

以前、あるブログで「クラシック音楽コンサートランキング」なる記事を読んだ。ベストテンが掲載されているのだが、面白いなと想ったのはその全てがオーケストラのコンサートだったのである。つまり、オケにしか興味のないクラシック・ファンもこの世の中にはいるのだなということを知った。

吹奏楽ファンの中にも吹奏楽コンクールや定期演奏会には足を運ぶけれど、マーチングには全く興味がないという人が少なくない。吹奏楽というジャンルは元々軍楽隊から発展してきたものであり、そのルーツであるマーチングを見ないというのはとても勿体ないことのように想われる。

さて、今年生で聴いて最も印象に残った演奏のベストテンを挙げよう(順不同)。各々のレビューにクリックで飛ぶ。

また、大植/大フィルは「エニグマ変奏曲」、児玉/大阪シンフォニカーは「ベートーヴェン/交響曲第7番」の素晴らしい演奏に置き換えることも可能であり、甲乙付けがたい。

特別(企画)賞

ベスト・ソリスト(協奏曲)賞

マーチング・ベスト・パフォーマンス賞

そして、今年最も期待はずれだったのは、

結局、大植英次という指揮者はロマン派や近・現代の音楽(特にマーラー、チャイコフスキー、ショスタコーヴィチ)の解釈は超一級だけれど、彼の振る3B(ベートーヴェン、ブラームス、ブルックナー)は聴く価値がないようだ、という結論に到達した。

それにしても、大植さんはハノーファー北ドイツ放送フィルハーモニー管弦楽団を振ってカバレフスキーの交響曲全集を録音されたりしているが、大フィルでもオーソドックスな路線は捨てて、もっと大胆な冒険をして下さらないものだろうか?

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大阪コレギウム・ムジクム/マンスリーコンサート《クリスマス・スペシャル》

今年のクリスマスはどう過ごそうかと考えあぐね、大阪コレギウム・ムジクム(公式サイトはこちら)のマンスリーコンサート「音楽市場」を聴こうと思い立った。そこで日本福音ルーテル教会(地下鉄「谷町四丁目」駅近く、ホテル・ザ・ルーテル隣)に足を向けた。

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大阪コレギウム・ムジクムはこのルター派の教会を拠点としている。一方、日本テレマン協会はカトリック夙川教会で教会音楽シリーズを長年やっており、バッハ・コレギウム・ジャパン(BCJ)は神戸松蔭女子学院大学内のチャペルで定期演奏会を開催している。神戸松蔭は調べてみると日本聖公会系とのことで、門外漢の僕には各々の違いは良く分からない。まあ、良い音楽が聴けるなら宗派に関係なくどこにでも出入してしまうところが日本人的発想であろう(お寺や神社である落語会にも往っちゃうし)。ちなみに、この中で音響が最も素晴らしいのは神戸松蔭チャペルであり、文字通り《天から音が降ってくる》という体験をした。BCJはCDのレコーディングをここで行っている。

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さて、日本福音ルーテル教会の話に戻ろう。まず滝田浩之 牧師からのお話があり、当間修一さんの指揮により今年の《クリスマス・スペシャル》が始まった。弦楽合奏はシンフォニア・コレギウムOSAKA、そして大阪ハインリッヒ・シュッツ室内合唱団の面々である。

  • J. デ・プレ/Ave Maria
  • H. シュッツ/「宗教的合唱曲集」よりEin Kind ist uns geboren
  • M. デュリュフレ/グレゴリオ聖歌の主題による4つのモテット
  • F. プーランク/Ave Verum Corpus
  • F. プーランク/アッシジの聖フランチェスコの4つの小さな祈り
  • G. サンマルティーニ/クリスマス・コンチェルト
  • O. レスピーギ/リュートのための古い歌と舞曲 第3集
  • 久しく待ちにし(賛美歌、D. ウィルコックス編曲)
  • きよしこの夜(賛美歌、D. キャッシュモア編曲)
  • 千原英喜/Ave Maria
  • 鈴木憲夫/Ave Maria(弦楽合奏版、当間修一編曲)
  • 荒野の果てに(賛美歌、当間修一編曲)
  • 罪、とが、不義、悪(賛美歌、当間修一編曲)
  • さやかに星はきらめき O Holy Night(賛美歌)

アンコールは、

  • A. ブルックナー/Ave Maria 
  • J.S.バッハ/主よ、人の望みの喜びよ

大阪ハインリッヒ・シュッツ室内合唱団は大変実力があり、毎年1月に行われるオーディションで選ばれるメンバーは専門的教育を受けた人たちが揃っているそうである。吹奏楽ファンなら大阪市音楽団の定期演奏会ライヴCDに収録されているヨハン・デ=メイ/交響曲第3番「プラネット・アース」で合唱を担当していると言えば、お分かり頂けるだろう(詳細はこちら)。

今回特に気に入ったのはフランスの作曲家プーランクの二曲。宗教音楽も洗練されていて、しっかり20世紀の和声で書かれていた。

また、「罪、とが、不義、悪」を聴いて吃驚。なんと、「風の谷のナウシカ」のクライマックスで、この賛美歌が使われていることを今回初めて知った。これは久石 譲さんの提案なんだろうか。それとも宮崎 駿さん?はたまたプロデューサーの高畑 勲さん??非常に興味深い。

ブルックナー/Ave Mariaでは、当間さんが「本来この曲は、残響が3秒くらいあるヨーロッパの教会で演奏したいところなのですが……」というお話された。というのは、このAve Mariaは交響曲同様、曲中にブルックナー休止が何度も登場するからである。これはブルックナーがオルガニストを長年勤めてきた聖フローリアン教会で歌われることを前提に作曲されており、残響が乏しいとその休止部が《ぶつ切れ》になって間が持たないのだ。

大阪ハインリッヒ・シュッツ室内合唱団がこのメンバーで歌うのは《クリスマス・スペシャル》が最後。来年早々にオーディションがあり入れ替えが行われるということで、終盤は目に涙を浮かべている団員が多かったのも印象深かった。2,000円という低料金で素敵な曲を沢山聴かせて貰い、とても充実したコンサートだった。また、休憩時間にはお菓子やワインが振る舞われたのも嬉しかった。当間さん、そして楽員の皆さん、ありがとうございました!

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ハッピーフライト

評価:B

映画公式サイトはこちら

矢口史靖 監督には借りがある。

僕は中学・高校の6年間、吹奏楽部で青春時代を送った。大学に入学して以降は音楽から離れた生活を送っていたのだが、そんな時に映画館で矢口史靖 脚本・監督の「スウィングガールズ」(2004)に出合った。ワクワクして観ながら、心の中で叫んだ「こんな青春映画を長い間待っていたんだ!」

これが契機となり、僕は十数年ぶりに楽器を手に取った。そして社会人吹奏楽団に入ることになる。また、全然聴いていなかった吹奏楽のCDやDVDを貪るように視聴し、淀川工科高等学校(淀工)吹奏楽部丸谷明夫 先生の存在を知り、挙句の果てに生まれて初めて東京・普門館に全日本吹奏楽コンクールを聴きに往くことにまで繋がった。

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さて、「ハッピーフライト」の話である。「飛行機はいかにして飛ぶか?」というHow To もの、すなわち「お葬式」「マルサの女」など一連の伊丹十三監督の作品群の流れを受け継ぎながら、そこに「大空港」(1970)「タワーリング・インフェルノ」(1974)といったパニック映画で定石の《グランド・ホテル形式》を持ち込んだのが本作である。

How to ものとしてのエピソードは大変充実しており、とても面白い。ただその分、本来主人公である筈の綾瀬はるかの物語が弱く、全く印象に残らないというのがこの映画の辛いところだろう。

それにしても綾瀬はるかの大根ぶりは、あの仲間由紀恵に匹敵すると言っても過言ではないのだが、そこはさすが矢口監督、彼女の周囲に芸達者な役者を揃え、その不備を見事にカバーしている。なかなかしたたかな戦略である。

チーフパーサー役の寺島しのぶ、グランドスタッフの田畑智子平岩紙(劇団「大人計画」)、ディスパッチャーの肘井美佳(プロフィールを調べてみると上方落語が好きで、桂米朝の大ファンだとか。渋い!)らが好演。綾瀬の脇をがっちり固め、映画を引き締めている。

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延原武春/日本テレマン協会《第九 de クリスマス》

延原武春/テレマン室内管弦楽団・合唱団による《100人の第九》がザ・シンフォニーホールで始まったのが1983年。以来これは大阪・年の瀬の風物詩となり、現在では《第九 de クリスマス》として定着している。今年も12/21(日)にザ・シンフォニーホールに足を向けた。会場は満席。補助席も出てびっしり埋まった。

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《100人の第九》は48名のオーケストラと合唱団併せて100名で演奏するもので、これはベートーヴェンが初演した当時の編成を再現しようという試みである。この考えをさらに推し進めたのが昨年、オケ+合唱の総勢80名で挑戦した飯森範親/いずみシンフォニエッタ大阪の演奏だった。

さて、今年日本初となるオリジナル(古)楽器によるベートーヴェンの交響曲全曲演奏会を敢行した延原/テレマン協会だが、《100人の第九》の方は古典的対向配置でモダン楽器によるピリオド奏法を採用している。つまり基本的に弦楽器はビブラートを抑え、音尻は伸ばさず速やかに弓を弦から放し、すっと減衰する。ティンパニのみピリオド楽器が使用され、それが非常に効果的であった。

ベートーヴェンの楽譜に記されたメトロノーム速度を遵守した小気味好いテンポで、贅肉を削ぎ落とされ引き締まった第九が展開されていく。文句なし。20世紀に主流だった肥大化したベートーヴェンよ、さらば!

延原さんのお話によると、来年はハイドンやモーツァルトもオリジナル楽器による演奏に挑戦してみたいとのことであった。

休憩を挟み後半は、モーツァルト/交響曲第25番第1楽章、「レクイエム」~"ラクリモサ"や、バロック音楽の名曲オン・パレード。

クープラン/神秘のバリケードではチェンバロの名手、中野振一郎 先生が華麗なテクニックを披露。

グルック/歌劇「オルフェオとエウリディーチェ」~"精霊の踊り" における森本英希さんのフルート・ソロ、J.S.バッハ/無伴奏パルティータ第3番~"プレリュード"浅井咲乃さんの独奏ヴァイオリンもとても良かった。

マルチェロ/オーボエ協奏曲第2楽章(映画「ヴェニスの愛」テーマ)は延原武春さんがオーボエを担当された。正に日本テレマン協会のショーピースという感じ。

クリスマス・キャロル「もろ人こぞりて」「神の御子は今宵しも」に続き、アンコールは《第九 de クリスマス》恒例「きよしこの夜」。照明が落とされ、暗闇にサイリュームの光が揺らめく中で演奏された。

午後2時開演で、終わってみれば既に4時50分。盛り沢山な内容でお腹いっぱい、大満足の演奏会だった。

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青い鳥

評価:B+

映画公式サイトはこちら

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重松清の小説が嫌いだという話は以前に書いた。だから「その日のまえに」に続いて、彼が原作を書いた映画を褒めることは本意ではないが、致し方ない。それだけこの作品に力があるということである。

「青い鳥」というタイトルからして胡散臭く、ましてや、いじめで生徒が自殺未遂を起こした学校に"吃音"の先生がやってくるという設定は如何にもあざとい。ところが実際観ていると、極めて真摯に創られた巧みな物語展開で深い感銘を受けた。いじめ問題に解答を示すような安易なことはせず、予定調和でないところに好感を抱いた。青春映画の新たな傑作の誕生である(しかし、青春につきものの恋愛はない)。

本作が劇映画初監督という中西健二の丁寧な演出が見事だし、を基調とした上野彰吾による撮影は、特筆すべきクオリティの高さである。ハッとするような青空の美しさをこの映画で再認識させられた。

中学校教師を演じた伊藤歩は本当にいい女優になった。僕がスクリーンで彼女を初めて観たのは大林宣彦監督の「水の旅人」(1993)。これがデビュー作で当時13歳、彼女もまだ中学生だったのである。岩井俊二監督の「スワロウテイル」(1996)も観たなぁ(詰まらない映画だった)。

「青い鳥」を観ながら、「水の旅人」の伊藤歩の部屋にムンクの「叫び」人形があって、彼女がそれにパンチを喰らわせていたことを懐かしく想い出した。

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《いずみシンフォニエッタ大阪》木管奏者たちによる室内楽の魅力

いずみシンフォニエッタ大阪(ISO)などで活躍されているフルート(Fl)奏者、安藤史子さんが企画した室内楽の夕べを聴きに兵庫県立芸術文化センターに往った。小ホール(417席)には約200人の聴衆が集った。

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安藤さん以外はオーボエ(Ob):大島弥州夫、クラリネット(Cl):八段悠子、ピアノ(Pf):碇山典子というメンバーだった。大島さんはISOおよびサイトウ・キネン・オーケストラ、水戸室内管弦楽団などに参加されており、八段さんはISOおよび日本フィルハーモニー交響楽団クラリネット奏者。

曲目は、

  • アーノルド/ディベルティメント(Fl,Ob,Cl)
  • シュミット/ソナチネ(Fl,Cl,Pf)
  • ダマーズ/四重奏曲(Fl,Ob,Cl,Pf)
  • ドリング/トリオ(Fl,Ob,Pf)
  • サン=サーンス/タランテラ(Fl,Cl,Pf)
  • サン=サーンス/デンマークとロシアにの歌による奇想曲(Fl,Ob,Cl,Pf)

実力者揃いで大変聴き応えのある演奏会だった。また、初めて聴く曲ばかりというのも愉しかった。

吹奏楽ファンにとってアーノルドは、映画音楽による組曲「第六の幸福をもたらす宿」でお馴染みだろう。サン=サーンス以外は全て20世紀に作曲されているが、小難しい曲は一つもなかった。

僕が特に気に入ったのはフランス・ボルドー生まれの現役の作曲家ジャン=ミシェル・ダマーズ(1928- )。優美でとても洒落た音楽で、調べてみるとこの人は懐旧的な作風のためブレーズやメシアンなど前衛的音楽が主流だった20世紀フランス楽壇では過小評価しかされず、最近になって漸く再評価の気運が高まってきているそうである。

そういう意味では映画音楽に対する偏見から20世紀後半のウィーンで黙殺された、エーリッヒ・ヴォルフガング・コルンゴルトに似た境遇だなと親近感を抱いた。

 関連記事:

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桂吉弥&柳家三三 ふたり会《その弐》

枝雀一門のうち四人の上方落語協会復帰が報道された翌日、三枝さんが仰るところの《革命の記念碑》=繁昌亭へ足を向けた。

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第三回繁昌亭大賞、および08年度芸術祭賞《大衆芸能部門》新人賞を受賞された桂吉弥さんと、東京からのゲスト・柳家三三さんの落語会を聴くためである。

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このふたり会は、僕にとって二回目となる。

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演目は以下の通り。

  • 桂 さん都/動物園
  • 桂  吉弥/時うどん
  • 柳家三三/夢金
  • 柳家三三/加賀の千代
  • 桂  吉弥/悋気の独楽

吉弥さんの会が他の落語会と異なるのは、客席に占める若い女性率が圧倒的に高いこと。「悋気ってどう読むのかしら?脚気(かっけ)かなと思って辞書を調べたら違ってたし……」という会話も聞こえてきた(正解は「りんき」)。

吉弥さん最初の噺(こちらの演目は《お楽しみ》となっており、未発表)はいきなりうどん屋と客の会話から始まったので、「もしかして《かぜうどん》の途中から入ったのかな?」と考えていると、次第に《時うどん》だと分かってきた。これはいわゆる前座ネタだが、エッセンスだけ残し換骨奪胎した噺に変貌を遂げており吃驚した。大きな賞をもらって、さらにNext Stageに突き進もうとする吉弥さんの意気込みがひしひしと感じられた。

三三さんは軽やかな語り口と、高座に登場する際の雲の上を歩くような出方に特徴があるのだが、舞台袖で出番を待っている時に、まるでボクサーのように小刻みなジャンプを繰り返しながらウォーミング・アップされている様子が客席から垣間見れた。成る程、舞台に上がった瞬間からその芸は始まっているのだなと感心した次第である。

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アカデミー賞の司会者、ヒュー・ジャックマンへの期待

ヒュー・ジャックマンが第81回アカデミー賞授賞式のホストに決定した。授賞式は来年2月22日にハリウッドのコダックシアターで開催される。

彼は米ピープル誌が選ぶ「2008年最もセクシーな男」に、あのジョージ・クルーニーを抑えて選出されている。

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「ヒュー・ジャックマンは完璧なまでのエンターテイナーで世界的な映画スター。また、上品かつエレガントで、場をわきまえる判断力を兼ね備えている」とはアカデミー賞を仕切るプロデューサーの弁。

《場をわきまえる判断力》とはアカデミー賞受賞式の場合、《政治的発言をしない》ことを意味する。かつてウーピー・ゴールドバーグ(「カラー・パープル」「ゴースト/ニューヨークの幻」「天使にラブソングを…」)が司会をした時、ウーピーは「アフリカ系アメリカ人」という言葉を連発し過ぎた。ジャックマンは既にトニー賞では3回ホストを経験しており、明るくて誰からも愛される紳士だから政治色抜きの華やかな祭典となるだろう。

来年のオスカー・ナイトで間違いなくハイライトとなるのは助演男優賞。故・ヒース・レジャー(「ダークナイト」)の名が呼ばれる瞬間、どのようなリアクションが会場に巻き起こるのか目が離せない。ヒース・レジャーはジャックマン同様オーストラリア出身であり、司会者からのコメントも愉しみだ。さて、誰がオスカーを受け取るのだろう?ちなみに地元オーストラリアでは姉のケイトと両親が授賞式に出席したようである(→詳細記事)。

ヒュー・ジャックマンはまた、《唄える司会者》でもある。しかも美声だ。彼はピーター・アレン(作曲家、および俳優)の生涯を描いたブロードウェイ・ミュージカル「ボーイ・フロム・オズ」で'04年にトニー賞の主演男優賞を受賞た。実はロイド=ウェバーのミュージカル「オペラ座の怪人」が映画化された際も彼に怪人役のオファーがあったのだが、「ボーイ・フロム・オズ」に出演中だったため断り、ジェラルド・バトラーに役が回ったという経緯がある。

律儀な男なのだ。だから必要もないのに「X-MEN」のスピンオフ映画「ウルヴァリン」に出たりする(「ウルヴァリン2」は東京でロケしたいとも発言している)。そういう点では、大スターになってからも暫くテレビ・シリーズ「ER救命救急室」に出演し続けたジョージ・クルーニーと似たところがある。

閑話休題。で、ホストのヒュー・ジャックマンに期待するのはアカデミー授賞式でたっぷり唄ってもらいたいということ(ビリー・クリスタルが司会をした時も、作品賞候補作を唄で紹介する場面があった)。そして彼がミュージカル・スターであることを全世界の視聴者に向けアピール(プロモーション)して欲しいのだ。それは未だ実現せぬミュージカル映画への出演を後押しすることにもなるだろう。

僕が是非、彼で観たいのはロイド=ウェバーのミュージカル「サンセット・ブルーバード」に登場する売れない脚本家ジョー・ギリス役。これはもともとビリー・ワイルダー監督の名作映画「サンセット大通り」(1950)を原作としており、映画ではウィリアム・ホールデンが演じた。実はヒュー・ジャックマンも「サンセット・ブルーバード」オーストラリア公演で同役を演っている。

Boulevard

ミュージカル版「サンセット・ブルーバード」映画化の企画はかなり以前からあるのだが、中々前に進まない。一時は監督候補としてマーティン・スコセッシ(「タクシー・ドライバー」「ディパーテッド」)の名前も挙がった。

今は忘れ去られたサイレント映画の大女優ノーマ・デズモンド役の最有力候補は舞台でも同役を演じトニー賞を受賞したグレン・クローズ。しかし、ライザ・ミネリやメリル・ストリープの名前も取りざたされており混沌としている。

ぶっちゃけ、ノーマ役は誰でも良い。でも彼女の”若いツバメ”であるジョー役はヒュー・ジャックマン以外考えられない。ただ、ウィリアム・ホールデンが同役を演じたのは32歳くらい。そしてジャックマンは既に40歳。”若いツバメ”の賞味期限は刻々と迫っている。

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枝雀一門の上方落語協会復帰に寄せて

故・桂枝雀のお弟子さんたちが上方落語協会を脱会している問題について、僕は以前下記記事で論じた。

そして今日、そのうち雀三郎さん、雀松さん、九雀さん、む雀さんの協会復帰が報道された。詳しくは→朝日新聞の記事

これによると南光さん、雀々さん、文我さんは復帰を見送ったそうだが、将来に明るい希望が見えてきた。大変めでたいことである(記事には八番弟子・紅雀さんの名前がないのだが??)。

今年6月に桂三枝さんが上方落語協会会長に再選され、続いて発表された新執行部では笑福亭鶴瓶さんが副会長、桂ざこばさんが代表理事に抜擢されている。ざこばさんと鶴瓶さんは南光さんと親しい間柄であり、これは南光さんの復帰を期待する人事ではないかと睨んでいる。

三枝さんの仰る《革命の記念碑》繁昌亭が、ますます輝きを増して見えるのは僕だけではないだろう(→三枝さんのブログへ)。

 関連記事:

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トロピック・サンダー/史上最低の作戦

評価:B-

映画公式サイトはこちら

Tropicthunder

本作同様にベン・スティラーが製作・脚本・監督・主演を兼任し、ファッション界を舞台とした「ズーランダー」(2001)の馬鹿馬鹿しさには死ぬほど笑った(評価:A)。

Zoolander

だから彼の創るコメディは信頼しているので、「トロピックサンダー」にも期待していた。

今回は「地獄の黙示録」「プラトーン」など過去の戦争映画をパロディにしながら、さすが完成度の高いコメディに仕上がっていたが、些か悪乗りし過ぎの感は否めず、特に「プライベート・ライアン」をからかった内蔵ドバッ!の場面はいくらなんでも悪趣味である。ゆえに評価がマイナス付きとなった。

アイアンマン」で完全復活を遂げたロバート・ダウニー・Jrがミンストレル・ショー風の黒塗りで登場。今回も好演だった。しかし、この映画で全てをさらっていったのは何と言ってもトム・クルーズの奇怪なダンス!いやぁ、ぶっ飛んだ。彼がアカデミー賞候補となった「マグノリア」(1999)の演技より断然良い。ちなみにふたりは本作でゴールデン・グローブ助演男優賞候補となっている(受賞することは絶対あり得ないが。だって対抗馬が「ダークナイト」のヒース・レジャーだぜ!?敵いっこない)。

しかし、とても淋しく想ったのはベン・スティラーの朋友(buddy)、オーウェン・ウィルソンが本作に出演していないことである。2007年8月26日に自殺未遂を図り、入院していたためである。ベンが演じた映画スターの、エージェント役はオーウェン・ウィルソンを想定して当て書きされたことが火を見るより明らかだった。またいつの日か、ベンと一緒にはしゃいでスクリーンを跳ね回る彼の姿を観たいものである。

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無垢根亭にて

先月、大阪府交野市にある大門酒造の無垢根亭に往った。

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駅からしばらく歩くと、昔ながらの屋敷が並ぶ細い路地がある。庭先の花々やたわわに実る柿。のどかな田舎の風景が続いている。その先に静かに佇む大きな屋敷がここ。

初めてだと分かりづらいかもしれない。歩いていると、僕の他にも迷っている家族連れに出くわした。

まずはオードブル。酒に合う濃いめの味付け。

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こちらの酒蔵で創られている利休梅という酒の大吟醸、純米吟醸などの利き酒セットとともにいただく。日本酒によくあるフルーティーな香りではなく、米の香りというか、香りに少しクセがある。僕の好みではないが、こってりとした料理には合うだろう。

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実際、後で出てきた鰤の脂がさっぱりと喉を流れ落ちていく。

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この後、無垢根鍋という味噌風味の鍋が出て、ご飯ものとデザートに続く。

府内とは思えないほどのんびりとした時間が過ごせた。

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NHK大河ドラマ「篤姫」礼賛

遂に「篤姫」が終わってしまった。大河ドラマ史上、空前絶後の面白さであった。それにしても最終回のタイトルバック、篤姫の歩む《一本道》が光ったのには吃驚した!

NHKは今年度、上半期のゴールデンタイム(午後7時〜同10時)平均視聴率で民放各局を押さえ堂々第1位となった。同局がこの時間帯に単独トップとなるのは記録の残る1963年度以降、初めてのことである。正に「篤姫」効果であろう。

この傑作を見逃したという不幸な方は12月26-28日に放送される総集編をお待ちあれ(詳しくは公式サイトへ→こちら)。でも総集編では決してこのドラマの本質的魅力は伝わらないから、もしこれを気に入られたら再放送かDVD(ブルーレイ?)で全篇ご覧になることをお勧めしたい。

幕末は複雑怪奇だ。その一番の原因が節操のない薩摩・長州の動きであろう。なんで「尊皇攘夷」と叫んでいた連中が、途中から開国へと180度転換するのか?……要するに彼らは権力が欲しかっただけで、そこに理念など何もなかったという事情が今回のドラマで分かりやすく描かれていた。

幕末の物語で主人公となるのは概ね、坂本竜馬、西郷隆盛、勝海舟、徳川慶喜、そして新撰組といった面々である。しかし今回は天璋院篤姫小松帯刀といった、いままで表舞台に出ることの少なかった日陰の存在にスポットライトを当てるという着眼点がすこぶる面白かった。

篤姫の人生にも目を瞠った。薩摩・島津家の分家の出という低い身分から将軍家の正室に。まるで宝塚歌劇の人気演目「エリザベート」みたいなシンデレラ・ストーリーではないか。また篤姫の意志の強さは「風と共に去りぬ」のヒロイン、スカーレット・オハラを彷彿とさせる。こういったところが視聴者の女性たちの絶大な支持を得たポイントなのだろう。

ヒロインを演じた宮崎あおいは、オリコン調査の「なりたい顔ランキング」(20-35歳女性が対象)で第2位となり、今年生まれた女の赤ちゃんの命名ランキングでは「葵」が1位になったという。その人気たるや、恐るべし。

「篤姫」のあおいちゃんは本当に綺麗だった。そして薩摩時代の肌はとても日に焼けていて、それが薩摩藩の江戸屋敷に移り江戸城入りする過程で次第に白く変化していく。それと共に彼女の声のトーンも次第に下がってくる。この計算された演技が実に見事であった。

小松帯刀を演じた瑛太の情けない感じも良かった。彼は映画「サマータイムマシーン・ブルース」とか「アヒルと鴨のコインロッカー」、テレビ「のだめカンタービレ」などで観てきたが、今迄で最高のはまり役と言えるだろう。特に幼なじみだった篤姫のことを他人から尋ねられ、「あの方は、私の碁の師匠のような方でした」と答えた場面には腹を抱えて笑ってしまった。

そしてこのドラマで大ブレイクしたのは何と言っても第13代将軍、徳川家定を演じた堺雅人だろう。大河ドラマ「新選組!」の山南敬助役も好演だったが、今回はそれを上回るものだった。特に、ゆっくりとした《瞬き》がとても印象的。あれが彼の演技に深みを与え、視聴者の心を鷲掴みにするのだ。総集編でご覧になる方は《瞬き王子》に注目!

何を考えているか分からない屈折した男・徳川慶喜を演じた平 岳大(平幹二朗の息子)、真っ直ぐで誠実な男・西郷隆盛を演じた小澤征悦(世界的指揮者・小澤征爾の息子。顔がそっくり!)、そしてドラマ中盤から《鬼》になる腹黒い男・大久保利通を演じた原田泰造らも好演。

しかし、このドラマ最大の功労者は何と言っても脚本を執筆した田渕久美子であろう。「篤姫」のテーマはずばり《家族》である。でもそれは例えば「ゴッドファーザー」のコルレオーネ・ファミリーのような、血縁や婚姻関係を必ずしも意味しない。

篤姫はまず薩摩藩主の養女となり、さらに京都の公家・近衛家の養女となって徳川将軍家に嫁ぐ。そして大奥の女たちを家族として扱い、さらに血の繋がらない家茂(松田翔太)を"息子"とする。さらに家茂に嫁いできた孝明天皇の妹・和宮(堀北真希)が彼女の"娘"となる。

ヒロインが様々な人々と《家族》を形成していく過程を主軸として、田淵は極めて繊細緻密で、躍動感に溢れたドラマを紡いだ。心に残る台詞も多い。この功績は十分、向田邦子賞に値するものである。ただ、向田邦子賞は今まで基本的に原作のないオリジナル・シナリオが受賞してきたし、大河ドラマが選ばれたことは過去26回において皆無である。これは恐らく、毎年4月1日から翌年3月31日まで、原則として放送されたテレビドラマを対象とするという規定があるためではないかと推測する。大河の放送は1月から12月までなので、当てはまらないのだ。「篤姫」が越えなければならないハードルはいくつかあるが、前例を覆してでもこの作品が受賞するべきだと僕は信じて疑わない。

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寺神戸 亮/ヴィオロンチェロ・ダ・スパッラによるJ.S.バッハ 無伴奏チェロ組曲

大阪府豊中市(阪急宝塚線・沿線)にある、ノワ・アコルデ音楽アートサロンでバロック・ヴァイオリンの名手・寺神戸 亮さんの演奏を聴いた。

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プログラムはJ.S.バッハ/無伴奏チェロ組曲。2日間に渡って全曲が演奏された。古くて新しい楽器ヴィオロンチェロ・ダ・スパッラを使用し、世界で初めて同曲をレコーディングした寺神戸さんのCDはこの度、2008年度レコード・アカデミー賞(器楽部門)に輝いた。

レコード・アカデミー賞には嘗て《特別部門/日本人演奏》というのがあったが、平成10年(1998)から撤廃されている。つまり特別扱いしなくても、日本人の演奏が十分世界に太刀打ちできるようになったということだ。ちなみに昨年度は鈴木雅明/バッハ・コレギウム・ジャパン(BCJ)の「ミサ曲ロ短調」が大賞銀賞に選出されている。余談だけれど関西の古楽愛好家の皆さん!来年4月12日(日)に兵庫芸文であるBCJの「マタイ受難曲」(メンデルスゾーン版)は決して聴き逃されませんよう。詳細はこちら。今年、僕が彼らの演奏を聴いた感想は下記。勿論、来年も聴きに往きます。

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閑話休題。さて、寺神戸さんの話だ。楽器についての詳しいことは下記記事に既に書いたので省略する(寺神戸さんについても触れた)。

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クイケンの演奏で聴いた時は低音が物足りなく到底チェロには敵わないと感じたのだが、寺神戸さんで聴くと十分深い響きがして「無伴奏チェロ組曲に対するこういうアプローチも”あり”かも知れない」と目から鱗の体験であった。これはクイケン寺神戸さんの腕の違いかも知れないし、ラ・プティット・バンドを聴いたのは821席のいずみホールで今回はたった55席のサロン、しかも奏者から5mくらいしか離れていないという状況の相違なのかも知れない。

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ガット弦を張ったヴィオロンチェロ・ダ・スパッラは、ざらざらした雑味(ざつみ)のある音色がする。つまりそれは豊な倍音を含んでいるということだ。この楽器でバッハを聴いていると、自分が音楽の森に彷徨いこんだような錯覚に捕らわれる。そして僕は確かに、楽器が呼吸をしているのを感じることが出来た。これはモダン楽器のスチール弦では絶対に味わうことの出来ない感触である。

曲の合間に寺神戸さんのトークもあった。バッハゆかりの地、ドイツ・ライプチッヒの博物館に元々ヴィオラ・ポンポーザという楽器が保管されており、これがバッハが考案しJ.C.ホフマンが製作したものらしいこいうこと。しかしその奏法は長年謎のままで、最近になって肩にかけて演奏する手法が”発見”されたこと。バッハ直筆の楽譜が失われ写譜しかない「無伴奏チェロ組曲」が当時スパッラで演奏されたかどうかは不明であり、現時点ではあくまで仮説でしかない。しかし少なくともチェロよりは奏法が自然である、等といったお話をされた。

休憩時間にはベルギー産ホット・チョコレートのサーヴィスもあった。アット・ホームな雰囲気でとても良かった。これでお代がたった3,500円とは申し訳ない位である。なんと北は北海道から、南は九州からもこの演奏会のために駆けつけてこられたファンの方がいらっしゃったそうだ。

なお、アンコールもあった。バッハ/「無伴奏フルートのためのパルティータ」~サラバンドを移調し、さらにオクターブ下げた演奏で、これが摩訶不思議なことにスパッラに見事に合っていたのだから驚きであった。

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繁昌亭昼席/女流落語家週間

繁昌亭昼席を聴いた。

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  • 露の   団姫/道灌(どうかん)
  • 笑福亭たま/動物園(+ショート落語)
  • 桂     三扇/鯛(三枝 作)
  • 笑福亭笑子/腹話術
  • 桂  よね吉/御公家女房(古典「延陽伯」→小佐田定雄 改作)
  • 桂  あやめ/義理ギリコミュニケーション(あやめ 作)
  • 内海    英華/女道楽
  • 笑福亭生喬/加賀の千代
  • 笑福亭瓶吾/親子酒
  • 露の      都/子別れ子は鎹

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「今週は女流とイケメンが集結しています!」と開口一番の団姫(まるこ)さん。出演者10人中6人が女性という布陣である。

大阪で活躍する噺家は現在200人を超えるが、あやめさんによると女性がこの度、漸く10人に達したそうだ。NHK「ちりとてちん」が放送されていた頃は5人位だった筈なので、短期間で随分増えたものだ。

あやめさんの創作落語は流石女性にしか書けないもの。4月にも同じ噺を聴いたが、さらに完成度が高まっていた。

笑子さんはシンガポールで鶴笑落語に出会い入門。師匠がロンドンへ移住すると一緒について行き、今度は鶴笑さんが日本に帰国するとなるとオーストラリア人の旦那と2歳の息子を連れて上方に乗り込んできたという活力に溢れた人である。外国で鍛えられた腹話術の腕は確かなものであった。しかし、未だ大阪人の心を掴みきれていないというか、話芸に迷いが感じられた。

よね吉さんは先日聴いた吉朝一門会の「蛸芝居」が圧巻だったが、今回の「御公家女房」もその巧さが際だっていた。華があるし、所作に艶があるので女形を演じさせても天下一品。今一押しの若手噺家である。

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WALL・E/ウォーリー

評価:A

映画公式サイトはこちら

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掛け値なしの傑作。つい先日、発表されたロサンゼルス映画批評家協会(LAFCA)賞で作品賞を受賞(次点は「ダークナイト」)。アカデミー賞長編アニメーション部門の受賞は120%確実である。

冒頭30分くらいは全く台詞がない。いわば音楽と効果音のみのサイレント映画仕立てになっており「これはもしかしたら21世紀の黙示録、つまり、新たなる《2001年宇宙の旅》ではないか?」と気がついた。すると舞台が宇宙船に舞台が移るやいなやJ.シュトラウス/ワルツ「美しく青きドナウ」が流れ、HAL9000を彷彿とさせるコンピューターの反乱、そして足が退化した人間が立ち上がる場面で高鳴るR.シュトラウス/交響詩「ツァラトゥストラはかく語りき」を聴くに及び、その予感は確信へと変わった。という訳で、スタンリー・キューブリック監督不朽の名作《2001年宇宙の旅》を知っているかどうかで本作の面白さは随分違ってくるので、未見の方は是非予習をお勧めしたい(勿論、そんな予備知識なしでも十分愉しめるウェル・メイドな作品だ)。

なお、人類が宇宙に移住し誰もいなくなった未来の地球でウォーリーが観ているのがミュージカル映画「ハロー・ドーリー!」(1969)である。これを唄っているのがマイケル・クロフォード。そう、後にロイド=ウェバーのミュージカル「オペラ座の怪人」初演版でタイトルロールに抜擢され、トニー賞を受賞するあの伝説の大スターだ。何とも嬉しいエピソードではないか!どんな曲かはこちらをご覧あれ。

ウォーリーの《猟奇的な彼女》=イヴのキャラクター設定も良かったし、特に二人で宇宙遊泳するシーンはロマンティックで素敵だった。

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僕はピクサー・アニメーションの長編映画第一作「トイ・ストーリー」から全て映画館で観てきた。ピクサー作品は軒並みBuddy Film(友だち映画)である。つまり、仲間が一番ということだ。それはこの「ウォーリー」でも一貫している。しかし伝統を尊重しながらも、その枠から一歩踏み出して新たな地平を切り開いた所にこの映画の凄さがある。

ただし、これがピクサーの最高傑作だとは想わない。僕は「Mr.インクレディブル」や「レミーのおいしいレストラン」など、ピクサーの異端児=ブラッド・バード監督作品の方が好みだな。

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メシアン生誕100周年記念/室内楽の夕べ

20世紀フランスを代表する作曲家、オリヴィエ・メシアン生誕100年を祝うコンサートを聴きに、いずみホール(大阪)に往った。

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モーツァルト生誕250年だった2006年は日本中で飽き飽きするくらいモーツァルトが演奏された。しかし同じ年、没後10年だった武満徹は大阪では無視され、今年メシアンを聴く機会も殆ど無かった。つまり、モーツァルトと違って武満やメシアンでは商業ベースに乗らないということだ。《大阪の文化レベル》とは、この程度のものである。今回の企画も、主催が相愛大学(音大)だから実現できたのだろう。

2006年春に経済界から提言された大阪の4オーケストラ統合問題で、各々の理事長たちは「統合すると大阪の文化が損なわれる」と発言した。

オケが大阪の文化だと僕は全く思わないが、折角4つもあるのだからせめて今年、メシアンの代表作・トゥランガリーラ交響曲をどこかが演って欲しかった。あの名曲を大阪で一度も聴けないなんて、これは異常な話である(東京では今年、NHK交響楽団や東京都交響楽団が演奏している)。

ちなみに僕の希望としては、トゥランガリーラ交響曲を是非、大植英次/大阪フィルハーモニー交響楽団で聴いてみたいと想っている。余り知られていない事実だが、この曲の初演をしたのはレナード・バーンスタイン/ボストン交響楽団だった。

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さて、今回のプログラムは以下の通り。

  • 2台のピアノのためのアーメンの幻影
  • 世の終わりのための四重奏

演奏したのはいずれも相愛大学の教授、准教授、講師ら。僕のお目当ては「世の終わりのための四重奏」で登場した、ヴァイオリンの小栗まち絵さん(サイトウ・キネン・オーケストラのメンバーで、いずみシンフォニエッタ大阪のコンサートミストレス)とクラリネットの金井信之さん(大フィル首席で、なにわ《オーケストラル》ウィンズ代表)だった。

いずみホールは約8割の入り。でも聴衆の大方は教師や生徒など、学校関係者だった様だ。

メシアンといえばカトリック神秘主義で、しばしばその作品の中で鳥の声が聴こえてくるという印象が強かったのだが(「鳥のカタログ」「異国の鳥たち」という曲もある)、今回じっくりと「アーメンの幻影」を聴いて、鳴り響く鐘の音が印象深かった。そのつもりで耳を澄ますと、慣れ親しんでいた筈の「世の終わりのための四重奏」からも鐘の音が聴こえてきた。

世の終わりのための四重奏」は第2次世界大戦中の1941年、メシアンがドイツ軍の捕虜として生活を送っていた収容所で初演された。クラリネット、ヴァイオリン、チェロ、ピアノという特異な編成は、その楽器を弾ける音楽家がそこにたまたまいたからである。

小栗まち絵さんのヴァイオリンが雄弁で素晴らしかったのはいつものことなのだが、その分チェロが弱く、全然鳴っていなかったのが残念だった。やはり室内楽というのは楽器同士の対話であり、各々が対等な力関係でなければならないということを改めて思い知った次第である。

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さて、来年はハイドン没後200年の記念の年。ハイドンなら、ここ大阪でも商売になるだろうか?

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上原彩子/ピアノリサイタル

チャイコフスキー国際コンクールのピアノ部門で日本人として、そして女性としてもとなる優勝を果たした上原彩子さんのピアノを聴きにいずみホール(大阪)に足を運んだ。

上原さんの経歴はプロの音楽家としてまことにユニークである。1980年生まれ。3歳児コースからヤマハ音楽教室に入会し、'90年よりヤマハマスタークラスに在籍。県立高校卒業後も音楽大学に進むことなく、ヤマハで研鑽を積んだ。

そういうこともあって、僕は当然YAMAHAのピアノで演奏するのかなと予想していたのだが、いずみホールに用意されていたのはスタインウェイ(Steinway & Sons)だった。ちなみにプロのピアニストが全てスタインウェイを使用するわけではない。ロシアの名ピアニスト、スヴャトスラフ・リヒテルはYAMAHAを愛用していた(→YAMAHAのサイトへ)。

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今回のプログラムは以下の通り。

  • 一柳慧(いちやなぎ とし)/ピアノ・スペース
  • グリーグ/叙情小曲集より6曲
  • グリーグ/ピアノ・ソナタ
  • グバイドゥーリナ/シャコンヌ
  • プロコフィエフ/ピアノ・ソナタ第8番

一柳さん以外は北欧・旧ソ連の作曲家たちが並んだ。アンコールは、

  • リスト/愛の夢 第3番
  • リスト/超絶技巧練習曲 第5番「鬼火」

上原さんは拍節のない一柳さんの曲は楽譜を見ながら弾かれたが、それ以降は全て暗譜だった。

多くのピアニストたちにとって課題となるのは十指のいずれでも均一の強さで鍵盤を叩くことができるか?ということであろう。親指や人差し指などと比較すると小指の力は弱いので、音にバラツキが生じ易い。その点、上原さんのテクニックは完璧。鍛えられた強靭な小指で、とても力強い演奏を聴かせてくれる。グバイドゥーリナ、プロコフィエフ、リストなど超絶技巧を要する曲でも、響きの曖昧さやミス・タッチが皆無というのも驚異的だ。

上原さんは鋼鉄のタッチを持つピアニストである。そういう意味ではリヒテルとかエミール・ギレリスの資質に近いものを感じる。ではその演奏は冷たいのか?と問われれば決してそういうことは無く、熾火のように隠微な炎がめらめらと燃えている。硬質な叙情。それが彼女の持ち味である。日本でも屈指の名ピアニストの演奏を十分堪能させて貰った。

ただ、馴染みのない曲が並んでいたせいか、客の入りは6、7割程度。こんなに素晴らしい演奏なのに勿体ないなと想われた。

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《一挙放出!!》最近聴いた落語会から

田辺寄席 in 寺西家(11/28)

  • 桂  三四郎/宿題(三枝 作)
  • 笑福亭生喬/加賀の千代
  • 桂     文太/平兵衛野盗伝奇(贋作芝居噺)
  • 桂     都丸/崇徳院

豪快な都丸さんの「崇徳院」が聴き応えあった。若旦那が一目惚れした娘を探し、熊五郎が大阪中を《グルグルグルグルグルグル》駆け回るという件の大熱演では、「あ、これはもしかしたら枝雀さんの型では?」と想った。すると、サゲが米朝さんの《割れても末に、買わんとぞ思う》ではなく、枝雀バージョン《こうして一対の夫婦が出来ました》だった(ちなみに、以前聴いた吉弥さんの「崇徳院」は米朝バージョン)。ここで2つの仮説が考えられる。

  1. 都丸さんが直接、枝雀さんから「崇徳院」の稽古をして貰った
  2. 枝雀ざこば(枝雀の弟弟子)→都丸(ざこばの弟子)というルートで伝授された

どちらが正解なのかは、ざこばさんの「崇徳院」を聴けば分かるのだろう。また、その日が来るのを愉しみに待ちたい。

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あみだ池寄席@落語「阿弥陀池」の舞台となった和光寺にて(11/30)

  • 露の団姫/子ほめ
  • 露の吉次/寝床
  • 桂三歩/鯛(三枝 作)
  • 露のききょう/逐虎伝(五郎兵衛 作)
  • 露の五郎兵衛/子別れ(子は鎹)

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「逐虎伝」は噺自体も、演者もいまいち。

三歩さんが良かった。「鯛」は以前、小学生落語家・りんりん亭りん吉さんで聴いたが、やはりベテランにしか出せない味わいというものがある。途中、ポニョが飛び出してきたり、独自のくすぐりもとても面白かった。

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夢の三競演@シアターBRAVA!(12/1)

  • 桂     楽珍/手水廻し
  • 笑福亭鶴瓶/オールウェイズお母ちゃんの笑顔(私落語)
  • 桂     文珍/胴乱の幸助
  • 桂     南光/高津の富

鶴瓶さんの「私落語」はやはり完成度が高く、お見事!としか言いようがない。

鶴瓶さんが師匠の故・笑福亭松鶴から一度も落語の稽古をして貰ったことがないというのは有名な話。南光さん(枝雀の一番弟子)は「高津の富」を松鶴から伝授されたそうで、その稽古中に鶴瓶さんが顔を出した。すると松鶴曰く、「鶴瓶が来たから、今日はもうやめようか」

「ひどい話でしょう?」と鶴瓶さん。すると文珍さんが「いやぁ、あなたは古典ではなく、私落語をしなさいということなのでしょう」……僕も文珍さんと同意見だ。師匠は鶴瓶さんの進むべき道を示されたのだろう。

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ざこば 福笑 二人会@繁昌亭(12/2)

  • 笑福亭 たま/いらち俥(+ショート落語)
  • 桂   ざこば/厩火事
  • 桂      出丸/二人ぐせ
  • 笑福亭福笑/絶体絶命

福笑さんも仰っていたが、ざこばさんはその人柄自体が魅力的で面白い。つまりざこばという人間そのものが落語なのである。マクラをたっぷりと「厩火事」だけで47分!噺家・ざこばを堪能した。中学校3年生の時、米朝さんに弟子入り志願。住み慣れた南海沿線から米朝さんの住む阪急沿線の高級住宅街へ初めて足を踏み入れたときの緊張感。「阪急電車の小豆色の車両を見ただけでドキドキしましたわ」

米朝宅で目の前に差し出されたお菓子を食べても良いのか考えあぐねていると、当時幼稚園児だった小米朝(現・米團治)さんが現れ、そのお菓子を掻っ攫っていったエピソード。「幼稚園児の癖にベレー帽被って、お前は画家か!?と思いましたわ」そして、年季明け前だった枝雀(当時・小米)さんとの出会い……。しみじみ良い噺を聴かせて貰った。

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桂 吉朝一門会@ピッコロシアター(尼崎市)

  • 吉の丞/軽業
  • しん吉/初天神
  • よね吉/蛸芝居
  • 吉弥/短命
  • あさ吉/天災

吉朝一門といえば芝居噺。もう兎に角、よね吉さんの「蛸芝居」が絶品!歌舞伎の型がビシッと決まり、その姿が惚れ惚れするくらい美しい。ちなみに彼はNHK連続テレビ小説「ちりとてちん」に落語家・万葉亭柳眉(まんようていりゅうび)役で出演している。

故・桂吉朝の弟子は全員で七人。その内、先日発表された第3回繁昌亭大賞で吉弥さんが大賞、そして吉坊さんが輝き賞を受賞した。まことに優秀な一門である。そして今回、漸く生で聴くことが出来たよね吉さんも十分受賞に値する実力があると見た。是非もっと頻繁に繁昌亭に出演され、大賞を狙って欲しい。

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「甘い生活」とパパラッチ

これは記事「ニーノ・ロータ(そしてフェリーニ)の想い出」の追記である。

約20年ぶりにフェリーニ監督の名作「甘い生活」(1960、カンヌ国際映画祭パルム・ドール、米アカデミー賞衣装デザイン賞受賞)を観て、気がついたことがある。

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映画の中でハリウッド女優がローマを訪問し、ゴシップ新聞記者である主人公とその相棒のカメラマンが彼女を追いかけ回すエピソードが登場する。そのカメラマンの名前が”パパラッツォ”というのだ。

えっ!?これってもしかすると……と調べたら案の定であった。ウィキペディアで確認したが、現在よく使われている”パパラッチ”という言葉は、なんとこの映画が語源であった。ちなみに”パパラッチ”とは”パパラッツォ”の複数形だそうである。

ひとつの映画から新しい言葉が生まれた。改めて「甘い生活」が世界に及ぼした影響力の凄さに感じ入った次第。

ちなみに「甘い生活」の原題は"La dolce vita"。そう、クリスチャン・ディオールが'95年から発売している香水「ドルチェ・ビータ」と同じ名前である。

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ラフマニノフ《3》~秋山和慶/大阪シンフォニカー交響楽団 定期

20世紀後半、ラフマニノフの音楽は「まるで映画音楽みたいだ」と揶揄され、甘ったるい感傷的な音楽と見なされてきた。僕が知る限り、ウィーン・フィルが彼の交響曲をスタジオ・レコーディングしたことは未だ一度もない筈だし、カラヤン/ベルリン・フィルピアノ協奏曲第2番をただ一度、ワイセンベルクのピアノ独奏でレコーディングしているのみである。

ただし、ウィーン・フィルラフマニノフ/交響曲第2番を演奏会で取り上げたことは何度かある。指揮をしたのはアンドレ・プレヴィンプレヴィンコルンゴルト同様に、ラフマニノフの普及にも長年尽力してきた。彼は2007年9月20日NHK交響楽団の定期でも交響曲第2番を取り上げている。

ラフマニノフ=映画音楽》というイメージが定着したのは、デイビッド・リーン監督によるイギリス映画の名作「逢びき」(1948)にピアノ協奏曲第2番が使用され、絶大な効果を上げたことも大きな要因であろう。

以来、ラフマニノフの音楽は常にロマンティックな文脈で語られ、ゆっくりしたテンポで、溜めて弾かれるのが常となった。

しかし僕は、この従来のラフマニノフ像は間違いではないかと最近考えるようになった。そのきっかけを与えてくれたのはピアニスト=ラフマニノフが残した自作自演の録音である。

Rachmaninov

協奏曲はオーマンディおよびストコフスキー/フィラデルフィア管弦楽団との共演で、極めて速いテンポ、剛直なタッチでグイグイ推し進められる。毅然としたその演奏には甘ったるいロマンティシズムなど一切介在しない。

20世紀、例えばベートーヴェンの交響曲に関しては作曲家が楽譜に指示したメトロノーム速度を大半の指揮者たちが無視しし続けたように、ラフマニノフの音楽も作曲家が意図した音楽とはかけ離れた解釈がなされてきたのではないだろうか?

さて、本題に入ろう。12月4日(木)に大阪シンフォニカー交響楽団の定期演奏会をザ・シンフォニーホールで聴いた。指揮はつい先日、大阪市音楽団の定期を振られた秋山和慶さん。

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プログラムは、

  • ラフマニノフ/ピアノ協奏曲第3番
  • ラフマニノフ/交響曲第3番

ピアノ独奏は清水和音さん。

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秋山和慶さんの指揮は一言で表現するならスタイリッシュ。客観的な解釈で音楽はよどみなく進み、その端正ですっきりした表情の中から曲の構造が鮮明に浮かび上がる。くどいくらい濃厚で、感情多寡な大植英次さんとは対極の位置に存在すると言えるだろう。大植さんのテンポは終始変化し続けるが、秋山さんは快調なテンポを旨とし、微動だにしない。

同じ齋藤秀雄の門下生でありながら、この二人の資質の相違は大変興味深い。恐らく大植さんの場合、桐朋学園在学中にアメリカに飛び出し、そこでレナード・バーンスタインと出合ったことが多大な影響を及ぼしているのだろう。むしろ、大阪シンフォニカー交響楽団の音楽監督である児玉 宏さんの方が秋山さんに近い気がする(児玉さんも齋藤秀雄の門下生)。なお、秋山さんは「斉藤秀雄メソッドによる指揮法」というDVDの監修・出演もされている。詳細はこちら

今回も秋山さんらしい指揮ぶりで、僕はその贅肉をそぎ落とされ引き締まったラフマニノフ像にとても好感を抱いた。ただ一方、従来のロマンティックな解釈を期待していた人々には少々物足りなかったのかも知れない。

音楽評論家・福本 健さんの公演批評がこちらに掲載されている。演奏を聴かれた印象は基本的に僕と同様の内容である。しかしそこから導き出される結論は違っている。それは結局、ラフマニノフの音楽とは何か?という立脚点が、僕と福本さんとでは全く異なるということなのだろう。

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ブロードウェイ♪ブロードウェイ/コーラスラインにかける夢

評価:A

映画公式サイトはこちら。どうも本作は世界に先駆け日本で最初に公開されたようだ。アメリカでは2009年4月24日に限定公開らしい。

観ていて涙が止まらなかった。しかし、このドキュメンタリー映画を観て感動するかは、その人が「コーラスライン」という作品を知っているかどうか、そして劇場という空間を愛しているかに掛かってくる気がする。

Line

ミュージカル「コーラスライン」がブロードウェイで初演を迎えたのは1975年。原案・振付・演出はマイケル・ベネット('87年にAIDSで死去)。トニー賞では最優秀作品賞など9部門受賞した。そして映画化されたのが'85年。僕はこれを封切り時に観ているのだが、その時既に劇団四季による舞台版も体験していた。日本初演が'79年だそうだから、その間に地方公演で観たのだろう。

'85年映画版の出来はB級。「ガンジー」でも分かるとおり、リチャード・アッテンボロー監督の演出は野暮ったく平板。余り作品に対する畏敬の念が感じられなかった。

「コーラスライン」の舞台となるのはある劇場、そこでミュージカルのオーディションを受けるために若いダンサーたちが集まってくる。彼らは演出家の求めに応じ、自分自身の物語を語り始める。

この作品は2006年にブロードウェイで再演され、そのオーディションの様子を追ったのが今回のドキュメンタリーである。応募した3,000人の中から19人だけが舞台に立つ切符を勝ち取れる。オーディションは最終選考まで8ヶ月間費やされた。

「コーラスライン」はマイケル・ベネットがダンサー達とワークショップを行い、そこで聞いた実際のエピソードを基に作り上げた作品である。そのワークショップの録音テープもドキュメンタリーの中で流され、更にオリジナル・キャストや作曲のマーヴィン・ハムリッシュへのインタビューも敢行。作品成立当時の様子が浮き彫りにされる。

つまり映画を観ているうちに、初演に至る過程と再演のオーディション、そして「コーラスライン」の物語そのものが渾然一体とる。それが実にスリリングなのだ。

再演の演出はボブ・エイビアン、初演時にベネットの振り付け助手をした人。またオリジナル版でコニーを演じたバイオーク・リーも審査に参加している。

コニー役を最終的に勝ち取るのは沖縄出身の高良結香。彼女の公式サイトはこちら。失業保険も切れてしまい、もう後がない彼女はオーディションに臨みこう言う。

"I really need this job."
「どうしてもこの仕事が欲しいの!」

またオーディションを受けた別の女優にカメラが向けられる。彼女からの知らせを古里で待つ父親へのインタビュー。彼も昔はプロのダンサーだったが、40歳の時舞台で大怪我をし、手術をした。その時は「もう踊れない」と絶望的な気持ちになったという。しかし、彼はこう続ける。

"But I can't regret what I did for love."
「(踊りを)愛したことに後悔はない」

実は上記2つの言葉は、「コーラスライン」の歌詞そのものなのである。こうして彼らの人生と作品が完全に重なり合う。つまり、「コーラスライン」とはダンサーの生き様それ自身であることが見事に描かれている。

このドキュメンタリーの白眉はポール役のオーディション場面だろう。男優の迫真の演技に審査員全員が涙をボロボロ流すのだ。「泣いたのは30年ぶりだ」と演出家のエイビアン。魔法の瞬間である。

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《20世紀》映画音楽の台頭、そして名門オーケストラの受容史

これは記事「夢のミュージカル映画」、「ニーノ・ロータの想い出」の続きである。

20世紀は色々な意味で《実験の世紀》であった。

政治の面では《社会主義国家建設》という壮大な実験が行われた。そして絵画の領域ではセザンヌからピカソ、ブラックらのキュビズム(立体派)、マティスらのフォービスム(野獣派)を経て、抽象絵画の時代に突入した。

ではクラシック音楽はどうだったかと言えば、ラヴェル、ドビュッシーら印象派による半音階の多用から発展し、シェーンベルクが12音技法を編み出した。そしてその後、怒涛の如く無調音楽全盛期へ雪崩れ込んだのである。従来の調性音楽は"古臭い手法"、"退廃音楽"と断罪され、放逐された。こうして現代音楽は急速に一般聴衆の支持を失っていくことになる(この辺りの詳しい話は1973年にレナード・バーンスタインがハーバード大学で行った歴史的レクチャー「答えのない質問」を聴講されることをお勧めしたい。大変分かりやすく、かつ面白い名講義である。現在日本語字幕つきDVDが発売されている→こちら)。

調性音楽を守ろうとした作曲家たちはヨーロッパ楽壇での自分たちの居場所を失った。これと時期を同じくして、第1次世界大戦で多額の賠償金を負わされたドイツのインフレ、政治不安、ナチスの台頭が起こる。身の危険を感じた彼らの多くはアメリカに亡命し、ある者はハリウッドの映画音楽を書くことで生計を立て、また「三文オペラ」のクルト・ワイル(ドイツ)はブロードウェイ・ミュージカルの作曲家となった。

アメリカに渡り映画音楽作曲家に転身した人々の具体例を上げよう。ドイツのフランツ・ワックスマン(レベッカ、サンセット大通り、陽のあたる場所)、オーストリアのマックス・スタイナー(キングコング、風と共に去りぬ、カサブランカ)、ハンガリーのミクロス・ローザ(白い恐怖、ベン・ハー、エル・シド)らである。ワックスマン同様にユダヤ人で、かつてはオペラ「死の都」「ヘリアーネの奇蹟」などをウィーンで発表し時代の寵児となったエーリッヒ・ヴォルフガング・コルンゴルトもハリウッドに渡り、ワーグナーが編み出したライトモティーフの手法を映画に持ち込んだ。そして彼は「風雲児アドヴァース」「ロビン・フッドの冒険」で2度、アカデミー作曲賞を受賞する。

第二次世界大戦が終結し、コルンゴルトは新作を携えウィーンを訪問したが、「映画に魂を売った下等な作曲家」と侮辱され、失意のうちにハリウッドに戻ることになる。

リゲティ、ベリオ、ブーレーズ、シュトックハウゼンなど無調・前衛音楽が席巻する20世紀クラシック界において、見下され続けていた映画音楽が初めて注目を集めたのが1977年のことである。そう、あの「スター・ウォーズ」が公開された年だ。ジョン・ウィリアムズが作曲した音楽はオーケストラのために書かれた20世紀の最高傑作である。

Star_wars

このサウンド・トラックを演奏したのは名門・ロンドン交響楽団(LSO)だった。そして最終的にLSOはシリーズ全6作に参加した。1977年当時、ロンドン交響楽団の音楽監督はアンドレ・プレヴィン。ジャズ・ピアニストでもあるプレヴィンは1950年代からハリウッドの映画会社MGM専属となり、映画音楽を作曲したりミュージカルの音楽監督を務めた。例えば、映画「マイ・フェア・レディ」(1964)で彼はアレンジと指揮を担当している。

だからプレヴィンジョン・ウィリアムズは古くからの友人であり、「スター・ウォーズ」のスコアを書き上げたジョンプレヴィンが手兵LSOの提供を快く申し出たというのが真相である。そしてジョンコルンゴルトが得意としたライトモティーフの手法を「スター・ウォーズ」に応用し、見事にその精神を引き継いだ。

後にプレヴィンコルンゴルトの再評価にも尽力し、2003年には妻のアンネ=ゾフィー・ムターの伴奏指揮をしてコルンゴルト/ヴァイオリン協奏曲をレコーディングしている(5人目の妻だったムターとは2006年に離婚)。なお、これはプレビンが同曲を指揮した3回目の録音となった。コルンゴルト/ヴァイオリン協奏曲は自作の映画音楽で使用されたテーマが多数取り入れられた、まことに甘美な名曲である。

「スター・ウォーズ」の公開直後、ズービン・メータ/ロサンゼルス・フィルは「スター・ウォーズ」組曲と「未知との遭遇」組曲をレコーディングし、そのレコードはクラシック業界で異例の大ヒットとなった。1973年からボストン交響楽団の音楽監督だった小澤征爾ジョンウィリアムズの才能に着目し、ボストン・ポップス・オーケストラの音楽監督を依頼。1980-1993の間、ジョンはその任についた。

そして今やシカゴ交響楽団ニューヨ-ク・フィルなど名門オケもジョン・ウィリアムズを客演指揮者として招き、映画音楽のコンサートを開催する時代となったのである。

ベルリン・フィルに雪解けが始まったのは2002年9月、イギリスのサイモン・ラトルが芸術監督に就任して以降のことである。2005年イギリスBBC製作のドキュメンタリー映画「ディープ・ブルー」でジョージ・フェントンが作曲した音楽を作曲者自身の指揮でベルリン・フィルが演奏、サントラを担当するのはこれが彼らにとって初体験となった。続く2006年、今度はNHKとBBCの共同制作によるドキュメンタリー「プラネットアース」(映画「アース」はその短縮版)にも彼らは参加し、2006年のドイツ映画「パフューム -ある人殺しの物語-」ではサントラをラトル/ベルリン・フィルが担当した。

そして遂に2004年、ザルツブルグ音楽祭で小澤征爾/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団コルンゴルト/ヴァイオリン協奏曲を演奏し(独奏:ベンヤミン・シュミット)、それは同時にライヴ・レコーディングされた。

2008年9月、イタリア人指揮者リッカルド・ムーティに率いられたウィーン・フィルの来日公演でアッと驚く出来事があった。サントリーホールでのプログラムに以下の曲が含まれていたのである。

  • ニーノ・ロータ/トロンボーン協奏曲
  • ニーノ・ロータ/交響的管弦楽組曲「山猫」

Leopard

天下のウィーン・フィルが映画音楽を演奏する!!このような事態は20世紀では絶対にあり得なかった事である。コンサート当日配布された冊子に掲載された楽団長のコメントにも「初めて演奏する曲」「取り上げたことのない作曲家(ロータ)」とあったそうだ。ムーティロータをイタリアの3大作曲家の一人と称するほど尊敬していて、彼の曲を紹介するのを使命と考えているとか。

21世紀に入り、世界のオーケストラは大きく変貌を遂げようとしている。ウィーン・フィルベルリン・フィルが演奏する「スター・ウォーズ」が聴ける日も、そんなに遠い未来ではないかも知れない、と僕は今期待に胸を膨らませている。

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ニーノ・ロータ(そしてフェリーニ)の想い出

これは記事「夢のミュージカル映画」の続きである。

僕は子供の頃、アガサ・クリスティのミステリーが大好きで、名探偵エルキュール・ポアロものを貪るように読んだ。小学校高学年の頃、クリスティの「ナイル殺人事件」が映画化され、親に頼んで映画館に連れて行ってもらった。その音楽を担当していたのがニーノ・ロータであった。

中学生になってからロータの音楽をよく聴いたが、むしろその頃は「太陽がいっぱい」「ロメオとジュリエット」「ゴッドファーザー」そしてフェリーニの「道」など、哀愁を帯びた甘美な旋律に惹かれていたような気がする。

フェリーニの映画も初期の作品「道」「カビリアの夜」などの素晴らしさはよく分かったが、高校生や大学生になって観た、後期の「甘い生活」や「8 1/2」はそもそも物語の意味からして理解不能だった。

しかしそれから約20年経って、「甘い生活」や「8 1/2」を観直してみた。すると、どうだろう!とても面白いのだ。今にして初めてフェリーニの倦怠や孤独、そして絶望が理解出来る。彼がこれらの作品を撮った年齢に自分が近付いたことが大きいのかも知れない。僕は悟った。映画を観るべき《適正年齢》というのは確かにあるのだと。

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ルネ・クレマン監督の「太陽がいっぱい」(1960)もそう。中学生で初めて観た時は単にミステリー映画としてハラハラ、ドキドキし、強い感銘を受けた。しかし今なら「同性愛のもつれから引き起こされた悲劇」という、この映画に隠されていた《裏の物語》を読み取ることが出来る。それを教えてくれたのは故・淀川長治さんだった。

 外部リンク:

Soleil

イタリア映画界の巨匠、ルキノ・ヴィスコンティ(「ルートヴィヒ/神々の黄昏」「ベニスに死す」「家族の肖像」)はバイセクシャルだった。そして「太陽がいっぱい」に出演したアラン・ドロンを愛していた。ヴィスコンティの「山猫」(1963)にドロンは出演しているが、この映画に曲を提供したのもニーノ・ロータである。非常にシンフォニックな音楽で僕は大好きだ(後にヴィスコンティはドロン主演で彼のライフワーク、プルーストの「失われた時を求めて」を撮ろうと奔走したが、ついに夢は果たせなかった)。

でも最近はむしろ、「カビリアの夜」「甘い生活」「8 1/2」などロータが書いたJAZZやサーカス音楽に惹かれる自分を感じる。ようやくその良さが分かる年齢に達したようだ。人生とはまことに不思議なものである。

つづく (To Be Continued...)

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夢のミュージカル映画

いよいよ師走である。昨年はクリスマスに是非観たいお勧め映画について書いたので、興味のある方はご覧下さい。

さて、本題。映画「ゴッドファーザー」で有名なイタリアの作曲家ニーノ・ロータウィーン・フィルの話をしたい。でもその前に大きく回り道をしよう。暫くお付き合い願いたい。

今、ミュージカル・ファンの間で話題沸騰なのが映画「マンマ・ミーア」である。公式サイトはこちら。アメリカではとっくに上映されているのだが、日本では漸く2009年1月30日に公開日が決まった。何と言っても注目はメリル・ストリープの歌!そしてMr.ジェームズ・ボンドこと、ピアーズ・ブロスナンも歌う。

劇団四季の舞台版でも御存知の通り全篇がABBAのダンサブルなナンバーに彩られたハッピー・ミュージカルである(余談だが東京では生バンドだったが大阪四季劇場ではカラオケ上演だった)。「ダンシング・クイーン」では観客も立ち上がり、劇場がディスコ・パーティへと変貌する。

映画版はアメリカで熱狂的リピーターを生み、100回以上観た人もいたそうだ。イギリスでも大ヒットとなり「ハリー・ポッター」シリーズの記録を抜き、興行成績で「タイタニック」に次ぐ歴代2位という数字をはじき出した。

Mamma_mia

しかし僕が語りたい《夢のミュージカル映画》とは「マンマ・ミーア!」のことではない。もっと凄いプロジェクトが来年控えているのである。

それはミュージカル映画「シカゴ」でアカデミー作品賞を受賞したロブ・マーシャル監督の最新作「ナイン」のことである。トニー賞を受賞したブロードウェイ・ミュージカルの映画化で、作曲を担当したのはモーリー・イェストン。彼は他にミュージカル「グランドホテル」「タイタニック/TITANIC the musical 」「ファントム」等で知られている(「グランドホテル」と「ファントム」は宝塚歌劇でも上演された)。

映画「ナイン」は現在、英国のシェパートン・スタジオで撮影中。なんといっても注目すべきは過去にアカデミー賞を受賞したことのあるスターが5人も出演していることである。

「マイ・レフト・フット」と「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」で2度オスカーを受賞したダニエル・デイ=ルイス、そしてニコール・キッドマン(めぐりあう時間たち)、マリオン・コティヤール(エディット・ピアフ ~愛の讃歌~)、ジュディ・デンチ(恋に落ちたシェイクスピア)、ソフィア・ローレン(ふたりの女)。さらにオスカー候補者となったペネロペ・クルス(ボルベール〈帰郷〉)、ケイト・ハドソン(あの頃ペニー・レインと)も出演する。ドリーム・キャストとは正にこのことだろう。

で、そのセットでの写真をご覧あれ→こちら。なんとゴージャス、なんてデカダンス!アメリカ公開は2009年12月。当然、アカデミー賞を狙う。

実は「シカゴ」でアカデミー助演女優賞を受賞したキャサリン・ゼタ=ジョーンズも当初キャスティングされていた。しかし自分の役が小さすぎると不満を持った彼女はロブ・マーシャルと衝突し、去っていった。また主人公の映画監督グイド役は「ノーカントリー」でオスカーを受賞したハビエル・バルデムが演じる予定だった。だが米脚本家組合(WGA)のストライキが100日間も続き、映画の撮影スケジュールが大幅に遅れたためバルデムの日程調整がつかなくり無念の降板となった。

僕は本当はバルデムのグイドが愉しみだったのだけれど、代わりにあのダニエル・デイ=ルイスが演ってくれるのなら何の不満があろう。ただ、彼は本当に歌えるのか?その点だけが少々心配ではある。なお、ブロードウェイ・リバイバル版でグイドを演じたのはアントニオ・バンデラスだった。

「ナイン」は1963年にアカデミー外国語映画賞および衣装デザイン賞を受賞したイタリア映画「8 1/2」(フェデリコ・フェリーニ監督)を基にミュージカル化したものである。役名もオリジナルのまま。主人公グイドはフェリーニの分身である。タイトルの「はっかにぶんのいち」とは、それまでにフェリーニが監督してきた映画の本数を示しており、"1/2"はオムニバスや共同監督したものを分数に換算したものである(ちなみに、フェリーニの映画「カビリアの夜」も後にボブ・フォッシー振付・演出でブロードウェイ・ミュージカル「スウィート・チャリティ」に生まれ変わっている)。

そしてオリジナルの「8 1/2」の音楽を担当したのが、デビュー作から全てのフェリーニ作品を手掛けてきたニーノ・ロータなのである。

つづく (To Be Continued...)

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