その日のまえに
評価:B+
映画公式サイトはこちら。
はじめに断っておくが、僕は大林宣彦監督の筋金入りファンである。尾道三部作、新三部作を観ては広島県・尾道市でロケ地めぐりをし、「廃市」の福岡県・柳川市、「なごり雪」「22歳の別れ」の大分県・臼杵市、「はるか、ノスタルジイ」の北海道・小樽市にも旅をした。そして遂には「天国に一番近い島」こと、ニューカレドニアのウベア島にまで往ってしまった人間である。常軌を逸していることは重々自覚しているつもりだ。だから、どうしても評価は甘くなる。
大林作品は基本的にカルト(既成の社会からは正統的とは見なされない)映画である。だから本作に関しての感想は一切、責任が持てない。そのつもりで、以下読んで頂きたい。
余命わずかと宣告された妻、そして彼女を見守る夫や子供達との最後の日々を綴った重松清の同名小説(連作短編)に基づく。大林監督がこれを映画化したいと企画していることは以前から知っており、2年ほど前に原作を読んだ。
重松清が書く、あざとい小説世界が僕は大嫌いだ。「流星ワゴン」も途中まで読みかけて、読者を泣かせようという意図ありありの展開に閉口してやめた。「その日のまえに」はヒロイン《和美》の無神経な台詞の数々(例えば、再開発のため立ち退きを余儀なくされた商店街の人々に対し、「みんな幸せにやってるよね」など)に腹が立ったが、それでも我慢して何とか最後まで読んだ。しかし一体全体この小説のどこに大林監督が惹かれたのか、皆目理解出来なかった。
それでも映画は違うのではないかと期待していた。何故なら脚色が市川森一だからである。彼が大林監督と組んだ映画「異人たちとの夏」(原作:山田太一)も良かったし、大河ドラマ「黄金の日々」('78、NHK)、第1回向田邦子賞を受賞した「淋しいのはお前だけじゃない」('82、TBS)、そして 「明日(あした)-1945年8月8日・長崎」('88、日テレ)等が僕はとても好きだ。現実とファンタジーの融合が巧みなシナリオライターである。
映画「その日のまえに」を観て、期待通り、いや、それ以上の出来で嬉しかった。原作小説を換骨奪胎し、しかもそれに宮沢賢治の詩「永訣の朝」や「銀河鉄道の夜」「セロ弾きのゴーシュ」を合体、さらに短編童話「やまなし」に出てくるクラムボンまで登場させるという力技。こりゃあ、重松清のファンは怒るだろうなぁ(実際に評判はすこぶる悪いようだ)。しかし小説の嫌らしい部分=灰汁(あく)を浄化し、夢か現か幻かという境界線を曖昧にして紛れもない大林+市川ワールドに転化したその手腕を高く評価したい。不覚にも僕は感動し、涙が零れた。
兎に角、《とし子》を演じた永作博美が素晴らしい。こんな魅力的な女優だったのかと目を瞠った。これは彼女のための映画である。《駅長君》も良かった。
それにしても大林監督は相変わらず作為に満ちた人工的映画に仕上げている。永作以外の役者は全員台詞が棒読み。はめ込み合成を駆使した画面を多用し、雨のシーンでは実際には水を降らさず、撮影済みのフィルムに後から特殊効果の雨脚を加えたりしている(この手法は「時をかける少女」でも用いられた)。一般の観客には何故このような演出法を用いるのか理解して貰えまい。そりゃ、僕だって上手く説明は出来ない。「だって、監督の流儀だから」と答えるしかない。
寂しいことに「その日のまえに」は大阪府では梅田ブルク7の単館上映である。余り多くの人の目には触れないだろう。しかしこれはカルト映画の宿命であり、詮ないことである。
こちらに監督のロング・インタビューが掲載されている。原作との出会い、宮沢賢治がこの物語と合体した経緯、ヒロインが《和美》から《とし子》に代わった理由などなかなか面白い。
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コメント
見たかった。ただひたすらに見たかった。
DVDリリースを待ち望んでいますが、スクリーンで見たかった・・・。
投稿: ぽんぽこやま | 2009年1月17日 (土) 10時33分
大林監督の新作は名古屋が舞台になります。
「夢の川」(仮題)の詳細はこちらです。
投稿: 雅哉 | 2009年1月17日 (土) 20時36分