大阪国際会議場で開催された第56回全日本吹奏楽コンクール《職場・一般の部》の感想を書こう。
実際に高校の部、職場の部、一般の部を通して聴いて、全体の平均的実力を比べると、
高校>一般>職場
となる。勿論、例えば職場の部のヤマハ吹奏楽団や一般の部の大津シンフォニックバンドのように、高校の部の金賞校に匹敵する実力を持った団体もあるが、それは極めて例外的な話である。
この差の理由は確率論から考えれば明らかであろう。吹奏楽コンクールA部門(全国大会予選)の参加団体数と、全国大会出場団体数との比を以下に記す。
- 高校 29/1544=1.9%
- 一般 16/483=3.3%
- 大学 12/168=7.1%
- 職場 8/25=32%
つまり職場の部で全国大会に出場できる可能性は一般の部の10倍、高校の部の17倍もあるのだ。職場の部は来年から一般の部に統合されるそうで、これは大変結構な話である。
だから吹奏楽コンクールで一番聴き応えがあるのは高校の部なのだが、職場・一般の部の魅力は吹奏楽オリジナル曲(しかも初演)が多いことである。高校はオーケストラの編曲ものが多く、聴いていて「やっぱり管弦楽曲はオケの演奏には敵わない」と想う事がしばしばある。
では印象に残った団体について書こう。
職場の部
ヤマハ吹奏楽団浜松 金賞
普段から楽器の製作、修理などに携わっている職人たちの集団だから言ってみればセミ・プロ。だからべら棒に上手い。指揮はクラシック系サキソフォン奏者としては世界一、そして東京佼成ウインドオーケストラのコンサートマスターでもある須川展也さん。我流の指揮法がとてもユニークで見ていて面白かった。曖昧さのない明晰な演奏でppもよく音量が落ちていた。演奏が終わり須川さんが客席に着くと、女子高生4人組が握手を求めてやって来た。須川さんが気軽に応じるととても嬉しそうに顔を見合わせ、自分たちの席に戻って往った姿が微笑ましかった。
ブリヂストン吹奏楽団久留米 金賞
兎に角、音圧が凄かった。自由曲はストラヴィンスキー/バレエ組曲「火の鳥」より。金管がブイブイ鳴らす"魔王カスチェイの凶悪な踊り"は良かったが、美しい旋律の"王女たちのロンド"はもっと繊細さが欲しかった。ただこれは、オーケストラ曲を吹奏楽ですることの限界かも知れない。
阪急阪神百貨店吹奏楽団 銀賞
正直、今年の阪急にはがっかりした。課題曲 I は始終、鳴らしっぱなし。自由曲のベートーヴェン/「エグモント」序曲は、なんでこれを吹奏楽で演奏する必然性があるのかさっぱり分からなかった。本来ヴァイオリンで演奏する譜面をクラリネットに置き換えたアレンジはとても変!意味がない。音のバランスは悪いし、演奏は緊張感に乏しく精彩を欠く。僕は銅賞で十分だと想った。
一般の部
名取交響吹奏楽団(宮城県) 金賞
引き締まった演奏で特に金管が強烈だった。自由曲は吹奏楽オリジナルのメリロ/プラトンの洞窟からの脱出。まず野性的で重々しい歩みのAパートから開始され、それが清らかな響きのBパートへ移行する。そして最後はA+Bで大いに盛り上がって終わる。なかなか良い曲だった。
ソールリジェール吹奏楽団(埼玉県) 金賞
全国大会2回目の出場にして初の金。文教大学吹奏楽部のOB・OGを中心に編成された一般吹奏楽団なのだそうだ。指揮をされた瀬尾宗利さんは管弦楽組曲「第六の幸福をもたらす宿」などを作曲したマルコム・アーノルドの編曲者として特に有名。ソールリジェールの自由曲もアーノルド/交響曲第4番より第1・3・4楽章だった。ちなみに今年の全日本吹奏楽コンクールでアーノルドを演奏したのは4団体。その全てが瀬尾さん編曲だった。一音一音が丁寧で、アーノルドの伝道師としての気合が導いた勝利という気がした。
土気(とけ)シビックウインドオーケストラ(千葉県) 金賞
土気はなによりその大人数に気圧(けお)される。チューバが6、バス・クラが3、そしてトロンボーンが7人。低音の厚みが凄い。しかし、一糸乱れぬアンサンブルが展開されるのだからこれはもう、文句なし。ちなみに土気のブログによると、コンクール本番当日の練習は淀工の合奏場を借りたらしい。自由曲は鈴木英史/カントゥス・ソナーレだった。
大津シンフォニックバンド(滋賀県) 金賞
課題曲 V 「火の断章」のベスト演奏はここで決まり!スコアの見通しが良く、曲を聴きながらマグマの蠢きやら熱風を感じることが出来た。自由曲の鈴木英史/《鳥のマントラ/萬歳楽》は金管の輝かしい響きが印象的だった。
実は正直言うと、僕は鈴木英史さんを「小鳥売り」「メリー・ウィドウ」「こうもり」「微笑みの国」などオペレッタの卓越した編曲者として高く評価しているが、彼のオリジナル曲は散漫な印象で、今まで一度も良いと想ったことがなかった。しかし、《鳥のマントラ/萬歳楽》は違った。短いモチーフが執拗なまでに繰り返され、曲全体に統一感がある。時折聴こえてくる鳥の声も清々しい。これは後世に残る名曲だろう。ちなみにOSBの音楽監督である森島洋一さんによる曲の解説はこちら。
今年は川口市・アンサンブルリベルテ吹奏楽団(指揮/福本信太郎)と川越奏和奏友会吹奏楽団(指揮/佐藤正人)が三出休みだったのが残念であった。しかし福本さんは相模原市民吹奏楽団を、佐藤さんは秋田吹奏楽団を率いて出場された。
相模原市民吹奏楽団(神奈川県) 銀賞
課題曲 III はパーカッションが印象的。自由曲の鈴木英史/ライフ・ヴァリエーションズ〜生命と愛の歌〜はリズムが強烈で、ストラヴィンスキー/春の祭典を彷彿とさせた。しかし、終わり方は唐突だった。
秋田吹奏楽団 銀賞
兎に角、阿部勇一/「沈黙の地球(ほし)〜レイチェル・カーソンに捧ぐ〜」という、自由曲のタイトルが気取りすぎ。音楽という抽象芸術で環境問題を語ろうなどとは、実におこがましい。力任せで身も蓋もない曲。これがコンクールで演奏されることは恐らく二度とあるまい。
リヴィエール吹奏楽団(東京都) 銀賞
推進力ある演奏。サックスもよく鳴っていたし、切れがあってここは金賞に値すると想った。自由曲は天野正道/エスティロ・デ・エスパーニャ・ポル・ケ?カスタネットなどパーカッションが大活躍し、如何にもスペイン!という感じで最高。最初の半音階はラヴェル/スペイン狂詩曲みたい。それが途中からファリャ風になってリズムの多彩な変化が面白かった。これは今後、人気曲になるかも知れない。
尼崎市吹奏楽団(兵庫県) 銀賞
自由曲は伊藤康英/吹奏楽のための「北海変奏曲」。これも気に入った。華やいだ始まりで、のびやかで賑やかな祭りの音楽となる。ソーラン節なども聴こえてきて愉しい。
伊奈学園OB吹奏楽団(埼玉県) 銀賞
指揮は伊奈学園の中学、高校も全国大会に導いた宇畑知樹 先生。淀工はOBよりも現役生の方が遥かにアンサンブルの精度が高いのだけれど、それは伊奈学園でも同様。つまりアマチュア・バンドの実力を決めるのは楽器の経験年数ではなく、練習時間ということだ。高校生は平日毎夜遅くまで、さらに土日も練習出来る。しかし社会人はそうはいかない。仕事があるし、家族に対する責任もある。そこに歴然とした差が生まれるのだ。
伊奈学園OBバンドの演奏は一週間前に聴いた高校生たちの演奏と比較したら拙い演奏であった。しかしそこには宇畑先生とOBたちの強い絆、師弟関係の美しさが認められ、僕は深い感銘を受けた。
課題曲 V は透明性が高く、滑らかな半音階で強風が吹き荒れるような雰囲気が醸し出されていた。自由曲はプッチーニ/歌劇「トゥーランドット」より(後藤 洋 編)。テンポの変化に富み、重さと軽さのコントラストが鮮明。非常に劇的でオペラの一場面が目の前に浮かぶようであった。
宇畑先生とOBたちの演奏を聴きながら僕が感じたこと。それは《人を感動させるのは技術ではない。音楽は心だ》ということであった。
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