
昨年、第55回全日本吹奏楽コンクールの感想に僕は全29校×12分( = 5.8時間)の演奏をぶっ通しで聴いて疲れたと書いているが、今年は不思議と最後まで疲労感はなかった。ただし課題曲4曲を延々と繰り返し聴くことになるので、そちらは確かに飽いたけれど。
記事「関西吹奏楽コンクールを聴いて2008《後編》」に朝日作曲賞を受賞した課題曲 I 「ブライアンの休日」を選曲するのは鬼門ではないかと考察したが、全国大会に出場した高校の選んだ課題曲と、その結果の内訳を以下に示す。
- 課題曲 I 6校→金1校
- 課題曲 II 9校→金6校
- 課題曲III 9校→金2校
- 課題曲IV 5校→金1校
コンクールの選曲は難しい。そして実は《今年決して選んではならない課題曲》だった「ブライアンの休日」で唯一、金賞に輝いた精華女子高等学校はさすがである。
さて、昨年ブレーンミュージックの販売した全日本吹奏楽コンクール・金賞団体集DVD-BOXの特典ディスクについて、僕は下記記事に書いた。
そこで今年、普門館に設けられたのブレーンのブースに足を運び、女性担当者に質問してみた。
「今年のJapan’s Best for
2008 初回限定BOXセットのことなんですけれど」
「はい」
「昨年の特典ディスクは課題曲1曲につき1団体しか収録されておらず、正味20分程度の内容だったのですが、今年はもっと収録団体を増やすことは出来ないのですか?」
「今年も昨年と同様の仕様になる予定です」
……とても残念だ。

そろそろ本題に入ろう。今年も各地区ごとに感想を述べていきたいと想う。まずは地元関西から。
関西代表 淀工が大会規定により3出休みだった2006年、関西勢は銀賞2つ、銅賞1つという情けない結果であったが、今年は代表3校が全て金賞という輝かしい成績であった。
淀川工科高等学校 金賞
丸ちゃん(丸谷明夫先生)/淀工の全国大会30回目の出場にして22回目の金賞受賞、自由曲で「大阪俗謡による幻想曲」を取り上げるのは6度目、勿論全て金賞である。
まず課題曲から縦(アインザッツ)と横(ピッチ)が完璧に揃い、引き締まったリズムが小気味好い。曖昧さは一切なく響きはクリアに澄み、聴いているだけでまるでスコアの音符一つ一つが目の前に展開されていくような錯覚に囚われた。
自由曲も勢いがあり、祭りの熱狂がビンビン伝わって来た。2005年普門館の演奏で唯一気になったピッコロ・ソロ前の締太鼓の失速もなく、ティンパニの強打が鮮烈に腹に響き、決定版と言われる1989年を凌ぐ気迫に満ちた演奏であった。
丸谷明夫という類い希な教育者、指揮者の存在を知ったのが今から2年前。そして今、丸ちゃん/淀工の十八番である「大阪俗謡による幻想曲」を、しかも普門館という大舞台で聴くことが出来た至福。言うべきはただ一言。「この瞬間に立ち会えてよかった!」
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明浄学院高等学校 金賞
大阪の女子高である。昨年に続いて2回目の金賞。去年表彰台に立った生徒は泣いていたが、今年彼女たちに涙はなかった。それだけ頑張って、自信もあったのだろう。おめでとう。非の打ち所のない堂々たる演奏でした。
自由曲「BACHの名による幻想曲とフーガ」は昨年、光ヶ丘女子高等学校が全国大会で初演し、金賞を攫った曲。女子高から女子高へのリレーというのも面白い。B(シ♭)A(ラ)C(ド)H(シ)という音列が変幻自在に反復され、さながら万華鏡のように色彩豊な音楽が花開く。
天理高等学校 金賞
正直に言おう。関西大会を聴いた時点で僕の全国大会の予想は淀工と明浄が金、天理は銀だった。ところがそれから1ヶ月半後、普門館での天理は見違えるようなサウンドで吃驚した。特に課題曲IIIは前半の部ではNO.1の演奏であった。いやはや、お見逸れしました。
吉田秀高先生の指揮は課題曲はタクトなしで、自由曲のバレエ音楽「中国の不思議な役人」はタクトを用いて指揮された。その使い分けが興味深かった。
北海道代表 東海大学付属第四高等学校 金賞 / 北海道札幌白石高等学校 銅賞
昨年は東海大四が3出休みだった為に、北海道勢は金賞が取れなかった。僕は今回初めて念願の東海大四を生で聴くことが出来た。北海道の大地のように雄大で、大河の如く滔々と流れる音楽が展開され、さすが北の王者。自由曲は歌劇「トゥーランドット」より(プッチーニ/後藤 洋 編)。このバージョンは2006年に大滝 実/埼玉栄高等学校が全国大会初演し金賞を受賞、2007年には6団体が取り上げた。どこよりも遅めのテンポでたっぷりと歌い、井田重芳先生が今まで追求されてきたのはこのような音楽だったのだなと感じられる、真に美しい演奏であった。それから、やっぱり東海第四の生徒さん達は白かった!
札幌白石の課題曲はテンポも音量も変化が乏しく、平板な演奏。自由曲の矢代秋雄/交響曲は2006年に根本直人/福島県立磐城高等学校の圧倒的名演があるだけに、分が悪かった。特にホルンの難易度が極めて高い作品であり、指導される先生はもっと選曲を熟考されるべきだろう。
東北代表 福島県立湯本高等学校 金賞 / 秋田県立秋田南高等学校 銅賞 / 宮城県泉館山高等学校 銅賞
湯本について僕は昨年の感想で「金賞でも良かったんじゃないかな」と書いた。今年の演奏もそれぞれのフレーズの処理が明確で、隅々までコントロールされた知的な演奏だった。自由曲「中国の不思議な役人」はそつがなく客観的で、名指揮者ピエール・ブーレーズの解釈に近いものを感じた。しかし僕は根本直人/福島県立磐城高等学校のようにもっと凶暴で荒々しい「役人」の方が好きだ。ただこれは、単に好みの問題であろう。
「BR(バトル・ロワイアル)」「GR(ジャイアント・ロボ)」などで有名な作曲家、天野正道さんは秋田県立秋田南高等学校の出身で、だから秋田南の今回の自由曲、黛敏郎/管弦楽のための饗宴も天野さん編曲だった。兎に角、曲とアレンジが良かった。余談だけれど天野さんは意外なことに関西では人気がなくて、取り上げる団体が非常に少ない(プロの大阪市音楽団も完全無視である)。僕はお気に入りなんだけれど……。
泉館山の自由曲はイベール/交響組曲「寄港地」より。変幻自在のテンポで洗練された演奏だった。エキゾチックで旅情漂い、僕はとても気に入った。いくらなんでも銅賞は厳しすぎる。ただこの「寄港地」、実は丸ちゃん/淀工が過去に2度全国大会で挑んで、いずれも銀賞という結果に終わっている。チャイコフスキー同様、吹奏楽コンクールで審査員の評価を得られにくい曲なのかも知れない(習志野、福工大府、創価学会関西でさえ、チャイコフスキーを取り上げた年は銀賞だった)。
北陸代表 富山県立高岡商業高等学校 銀賞 / 金沢市立工業高等学校 銀賞
高岡商の自由曲はショスタコーヴィチ/交響曲第5番「革命」第4楽章。速めのテンポでなかなか良かったが、一本調子という印象も拭えなかった。
金沢市立工の課題曲は元気な演奏で、自由曲のラヴェル/左手のためのピアノ協奏曲はそつがない演奏。これも天野正道さんのアレンジがgood。
東関東代表 柏市立柏高等学校(千葉県) 金賞 / 習志野市立習志野高等学校(千葉県) 金賞 / 横浜創英中学・高等学校 銅賞
昨年はいわゆる《御三家》の市柏(いちかし)と習志野、そして常総学院が共に3出休みで、東関東は金賞0。低調な感は否めなかった。しかし今年は《御三家》のうち2校が復帰し、大いに気を吐いた。残る1校・常総の進出を阻み、1996年以降続いた《御三家》の牙城を崩したのが横浜創英だが、全国大会は残念な結果に終わった。しかし銅賞は酷だなぁ。創英の自由曲はプッチーニ/歌劇「蝶々夫人」より。編曲は「トゥーランドット」で一世を風靡した後藤 洋さんと指揮をされた常光誠治先生。特に2幕第1場「水兵の合唱(ハミング・コーラス)」の場面ではフルートの軽やかなハーモニーがとても美しく、冴え渡る月夜の情景が目に浮かぶようだった。
僕は市柏・石田修一先生の大ファンである。兎に角、風変わりというか珍曲ばかり選曲されるあのセンスが好きだ。是非将来、なにわ《オーケストラル》ウィンズの客演指揮者として登場してくれたらなぁと心から願っている。市柏のDVDが出ているがこれはお勧め!非常にユニークなバンドである。しかし2005年、石田先生が選んだ「ウィンドオーケストラのためのムーブメントII〜サバンナ」は余りにも前衛的で、審査員の理解を超えたため銀賞という不当な評価に終わった。「やり過ぎた」と反省されたのだろうか、石田先生は翌年には喜歌劇「こうもり」セレクション(鈴木英史 編)という至極まっとうな曲に路線変更され、生真面目な演奏で見事金賞を受賞された。でも僕にとってそれは《市柏らしくない》と、些か残念にも想われたのも事実である。そして今年、石田先生が選ばれたのは高 昌帥/ウインドオーケストラのためのマインドスケープ。「サバンナ」と「こうもり」の中間に位置するくらいの匙加減という印象を受けた。勿論、文句なしの演奏だった。
習志野はまず青いブレザー姿が格好よかった!そしてアナウンスがあって場内が明るくなると、生徒さん達が本当に満面の笑顔だったのがとても印象的だった。演奏が始まると皆の体が波のように揺れ、音楽をする歓びが直に客席に伝わってくる。課題曲は極端なまでの強弱がつき、大変メリハリがあった。自由曲はムソルグスキー/組曲「展覧会の絵」。指揮をされた石津谷治法先生の編曲で、プロムナード-古城-ババ・ヤーガの小屋-キエフの大門という構成であった。キエフの大門はラヴェル編曲のオーケストラ版では金管の輝かしいファンファーレから始まるのだが、石津谷版では意表を突いて木管の柔らかく透明なハーモニーから入り、とても新鮮だった。習志野の名演が聴けてとても幸せでした。ありがとう!
後編に続く。
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