宝塚宙組「雨に唄えば」
宝塚宙組(そらぐみ)公演を観に梅田芸術劇場(梅芸)に足を運んだ。
「雨に唄えば」はハリウッドの映画会社MGMの偉大なるプロデューサー、アーサー・フリードが製作した1952年の作品。MGMの金字塔であり、ミュージカル映画の最高傑作である(アメリカ映画協会AFIが選定したアメリカ映画オールタイム・ベスト100で第5位、ミュージカル映画ベスト25選では第1位に輝いた)。フリードは元々作詞家で「雨に唄えば」で使用された楽曲は全てフリードが作詞し、ナシオ・ハーフ・ブラウンが作曲したもの。オリジナル脚本を書いたのはベティ・コムデンとアドルフ・グリーンのコンビ。このふたりは他に「踊る大紐育」「バンド・ワゴン」などの名シナリオを執筆し、舞台作品ではレナード・バーンスタインが作曲した「オン・ザ・タウン」「キャンディード」などがある。
映画「雨に唄えば」はジーン・ケリーが主演し、監督・振付も担当した。共同監督はスタンリー・ドーネン。彼は他に「踊る大紐育」「略奪された七人の花嫁」「パリの恋人」などミュージカル映画の傑作を世に送り出している。それ以外のドーネン監督作品では僕はオードリー・ヘップバーンが主演した「いつも2人でTwo for the Road 」('67)が大好きだ。キネマ旬報社から発売されている「私の一本の映画」という本の中で、作家の村上春樹さんはこの「いつも2人で」を挙げておられる。
「雨に唄えば」の舞台版は1983年にロンドンで2年間上演され、85年にブロードウェイでも上演されたが、こちらは10ヶ月で終了した。これに独自のフィナーレ・ショーを追加するなど改変し、宝塚版が東京の日生劇場で初演されたのが2003年。演出は中村一徳さん。その時の主演は安蘭けいさん、陽月 華さん。そして主人公の友人コズモ役を大和悠河さんが演じた。この公演を僕はビデオで観た。
今回の主な配役は以下の通り(括弧内は映画版)。
- ドン・ロックウッド:大和悠河(ジーン・ケリー)
- キャッシー・セルダン:花影アリス(デビー・レイノルズ)
- コズモ・ブラウン:蘭寿とむ(ドナルド・オコナー)
- リナ・ラモント:北翔海莉(ジーン・ヘイゲン)
ちなみに「雨に唄えば」でデビー・レイノルズは見事なタップ・ダンスを披露しているが映画出演が決まるまで彼女は一度も踊ったことがなく、数ヶ月の猛特訓であのレベルまで到達したそうである。凄いガッツだ。そして彼女の娘がキャリー・フィッシャー。そう、「スター・ウォーズ」のレイア姫である。
宝塚宙組版の舞台写真はこちら。
僕は歴代の宝塚トップ・スターの中で、大和悠河さんと麻路さきさんは突出して唄が下手だと想っていた。ところが久しぶりに大和さんの舞台を観て驚いた。知らぬ間に歌唱力が向上しているではないか!特に音を伸ばすと声が震える癖が明らかに改善されている。トップになってからも日々稽古に励んだ成果なのだろう。
彼女の最大の魅力は何と言っても華があることだ。パッと周囲を明るくする笑顔、燦然と輝くオーラが眩しい。舞台の真ん中に立つべくして生まれてきた圧倒的存在感。彼女こそ、正にスターである。
1幕のフィナーレは"Singin' in the Rain"を唄い踊る場面で、ここで本物の雨をステージに降らせるのがこのミュージカル最大の売りである。そのことは03年版のビデオで事前に知ってはいたのだが、実際に観てみると想像以上の激しい雨で驚いた。恐らく宝塚史上、トップがステージ上でずぶ濡れになるなんてことは前代未聞の筈だ。大和さんの熱演に拍手喝采を贈りたい。
当初この公演でキャッシーにキャスティングされていたのは、宙組のトップ娘役・陽月 華さんだった。しかし陽月さんは前の公演で骨折し降板、若手娘役の花影アリスちゃんがチャンスを掴んだ。彼女は宝塚歌劇に入団し宙組に配属された時から、フランス人形みたいな可憐な容姿で目立つ存在だった。元来バレエ体型である彼女のキャッシーは本当に踊りが上手くて見惚れた。風花 舞さん以来のダンサーと言っても過言ではないだろう。心配した唄もまずまず。是非近い将来、アリスちゃんが娘役トップになったら是非コール・ポーターの"CAN-CAN"を再演して欲しい。
蘭寿とむさんは演技・唄・踊りと三拍子揃ったバランス良い男役で、今回も抜群の安定感があった。
少し残念だったのはリナ役の北翔海莉さん。頑張ってはいるが、この役はもっと素っ頓狂な声が欲しかった。「清く、正しく、美しく」がモットーのタカラジェンヌとしてはこれが限界なのかも知れないが……。
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