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2008年7月

村上春樹/ノルウェイの森 映画化

村上春樹さんの小説「ノルウェイの森」の映画化が遂に決まった。詳細はこちら。これまで映画化のオファーは何度もあったが、なかなか実現には至らなかった。しかし12歳の時にベトナム戦争を逃れ、故郷ベトナムから両親と共にフランスに移住したトラン・アン・ユン監督の熱意に村上さんが遂にほだされたということなのだろう。ユン監督のデビュー作「青いパパイヤの香り」(1993)と「夏至」(2000)は観たことがあるが、決して感情的にならない静謐な作風で、この監督なら静かな哀しみを湛えた名作「ノルウェイの森」に相応しいと僕は信じて疑わない。

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実は今から11年前に、僕は村上さんに直接、「ノルウェイの森」映画化の可能性について訊ねたことがある。村上さんはその当時「村上朝日堂」というHP上で、文学史上初となる作家と読者の電子メール交換を実現されていたのである。このメールのやりとりは僕のHP「はるか、キネマ」のこちらのコーナーに掲載している(掲載にあたり、朝日新聞の担当者から許可は取った)。この時、村上さんは

「ノルウェーの森」を映画にするつもりは、誰が監督をするとしても、いまのところありません。あれは活字だけでこそっと置いておきたいのです。

と書かれているが、村上さんは長い時間をかけて本当にいい人とめぐり逢ったと想う。

ただ、映画化に際して一番のネックはビートルズの版権問題だろうなぁ。果たして「ノルウェイの森」オリジナル音源の使用許可が下りるかどうか……。

1985年にビートルズの版権を買ったのがマイケル・ジャクソン。多額の負債を抱えるマイケルが万が一破産した時、第三者の手で競売にかけられるのを回避するため2006年にソニーがビートルズの版権を担保に、彼に新しい融資先を調整したと発表されたのだが、この問題はますます混迷を深めていると言わざるを得ない現状である。

1981年に篠田正浩監督の映画「悪霊島」でビートルズの「レット・イット・ビー」(オリジナル音源)が使用された。しかし公開後、版権問題がこじれてこの作品は長らくテレビ放送もビデオ化も出来ない羽目に陥ったのである。結局、別のアーチストのカヴァー演奏に差し替えることでこの問題は解決し、現在発売されているDVDは公開版とは異なるものとなっている。

さて、映画「ノルウェイの森」はどのような作品になるのであろう?キャスティングも含めてこれからの展開に目が離せない。

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延原武春/テレマン室内管弦楽団 クラシカル楽器によるベートーヴェンの第九

ベルリンでの交響曲の初演が熱狂的な喝采を受けたという手紙をもらいました。彼の地に送った楽譜には、全体にメトロノーム表示をつけておいたのです。  L.v.ベートーヴェン

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延原武春/テレマン室内管弦楽団(および合唱団)の日本初となる試み、古楽器(クラシカル楽器)によるベートーヴェン交響曲全曲演奏会も遂に最終曲、第九までたどり着いた。不毛に終わった昨年の大植英次/大阪フィルハーモニー交響楽団のベートーヴェン・ツィクルスと違って、実りの多い演奏会だったと想う。21世紀のベートーヴェン演奏は作曲家の指示したメトロノーム速度を無視しては成立しない。

ただし、弦楽セクションは全く問題ないが、管楽器については在阪の音楽家が馴れない古楽器を演奏するのはまだまだ課題が多く、前途多難であると感じられた。特にホルン。第九でもしばしば音を外してしまい、正直聴いちゃいられなかった。

所詮クラシック音楽は大阪の文化ではなく、西洋の文化である。この道を究めるには、やはり海外留学することが必要不可欠ではないだろうか?ちなみに日本を代表する古楽オーケストラ、バッハ・コレギウム・ジャパンやオーケストラ・リベラ・クラシカのメンバーの多くは(古楽の本場)オランダやベルギーに留学経験がある。

僕は延原さんの颯爽として小気味好いベートーヴェン解釈は日本の指揮者の中でもトップクラスだと信じて疑わない。延原/テレマン室内O.のコンビは、年末にモダン楽器で「第九deクリスマス100人の第九)」というイヴェントを毎年ザ・シンフォニーホールで開催しており、一度聴いたことがある。奏者がこなれている分、今回のツィクルスよりもモダン楽器による演奏の方が断然いいと僕は想った。

第九よりもむしろ感銘深かったのは、その前に演奏された合唱幻想曲の方である。テレマン室内合唱団の実力は安定したものであるし、独唱陣も申し分ない。さらにフォルテピアノを演奏した高田泰治さんの腕前が鮮やかだった。

今回使用されたのはいずみホールが所有するフォルテピアノ。ベートーヴェンと同時代に作られたオリジナル楽器で、ペダルがなんと!5つもあるそうである(詳細はこちら)。ちなみに演奏会で用いられるフォルテピアノは現代に作られたコピー楽器であることが多い。

交響曲シリーズは終わったが、次回は同じメンバーでベートーヴェン/荘厳ミサ曲がいずみホールで演奏される。日時は10月20日(月)19時半より。また聴きに往くつもりなので、さらなる快演を期待したい。

関連記事:
・ 高田泰治/フォルテピアノ・リサイタル
・ 刮目せよ!延原武春/テレマン室内管弦楽団 クラシカル楽器によるベートーヴェン

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染二百席練磨 激突!上方落語面長派!2

今回は7月19日に繁昌亭(夜席)で行われた林家染二さんの落語会の模様を書こう。

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演目は以下の通り。

  • 笑福亭呂竹/たぬさい(狸の賽)
  • 林家染二/壺算
  • 桂  九雀/猫の忠信
  • 林家染左/遊山船
  • 林家染二/土橋万歳

染二さんはさすが第2回繁昌亭大賞を受賞されただけのことはあり、熟練の味わい。軽妙かつ、「土橋万歳」のような芝居がかった噺(歌舞伎「夏祭浪花鑑」が元ネタらしい)でも、その淀みない語り口が実に心地よく、落語の醍醐味を堪能させて貰った。

九雀さんは爆笑王と呼ばれた桂 枝雀さんのお弟子さん。枝雀一門は上方落語協会を脱退したため繁昌亭昼席に出演することは出来ない。三枝会長は再三にわたり協会復帰を呼びかけているが、枝雀さん亡き後、弟子たちだけの意思で師匠の生前の意思を裏切ることはなかなか難しいようである。会長が代わり、繁昌亭も出来て状況はどんどん変化しているのだから、僕はもう復帰したらいいと想うのだけれど……。

関連記事:
・ 落語はJAZZだ!~桂 枝雀と上方落語論

初めて聴いた九雀さんは師匠の高座を彷彿とさせる大変な熱演で、とても聴き応えがあった。枝雀さんがしばしば開口一番に言われてた「今日も一生懸命のお喋りなのです」をふと、想い出した。

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桂三枝/はなしの世界 その七

7月22日、桂三枝さんの落語会を聴きに、繁昌亭に足を運んだ。前回「はなしの世界」の感想はこちら

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上方落語協会会長に三枝さんが就任されたのが2003年。その後、大阪の噺家にとって悲願だった落語専門の定席(毎日公演している小屋)を実現するために奔走され、天満天神繁昌亭がオープンしたのが2006年9月15日のことである。その後も繁昌亭の改革は進み、つい先日も喫煙コーナーが廃止され館内禁煙になったし、自由席である昼席を待つ長蛇の行列を緩和するために、今月から整理番号制度が導入された。さらに三枝さんは、ヒートアイランド対策としてドライミストを設置したいということも今回仰っていた(ただし、導入には多少時間が掛かり今年の9月くらいになりそうとのこと)。

演目は以下の通り。

  • 桂 三段/にぎやか寿司
  • 桂 三枝/平成CHIKAMATSU心中物語
  • 桂 三象/憧れのカントリーライフ
  • 桂 三枝/メルチュウ一家
  • 桂 三枝/相部屋(新ネタ)

お弟子さんがされたのも全て、三枝さんの創作落語である。

中でも気に入ったのは「平成CHIKAMATSU心中物語」。近松門左衛門の心中ものを平成に移し変え、"チカちゃん"と"松ちゃん"の物語とした手腕はお見事。ブラックなサゲ(落ち)も秀逸である。

「メルチュウ一家」はお年寄りも持つのが当たり前になった携帯電話を素材に、メール中毒の噺。背後にスクリーンを登場させ、携帯の画面が映し出される手法が斬新で、常に現代と対峙しようという姿勢が素晴らしい。

ただ、ご本人がされると面白いのに、お弟子さんが三枝さんの書かれた落語を高座にかけても、どうも違和感が最後まで付きまとう。これは後日、繁昌亭昼席で聴いた三扇さんも同様。この辺りが創作落語の難しさなのだろう。三風さんや、(ざこばさんの次女と結婚することで話題の)三若さんらは自作の落語で頑張っていらっしゃるし、折角三枝さんに弟子入りするのだから自分で噺を創ってやろうというくらいの気概が欲しいところである。

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天神祭と繁昌亭

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日本三大祭のひとつ、天神祭の時期が来た。

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陸渡御、船渡御の出発地点となり、その前日に宵宮祭が行われるのが大阪天満宮である。
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天満宮のすぐ横に、落語専門の定席・天満天神繁昌亭がある。開席は2006年9月15日。用地は天満宮から無料で提供された。

繁昌亭のある場所はNHK連続テレビ小説「ちりとてちん」の主人公、喜代美の師匠となる徒然亭草若邸の舞台設定に一致している。ここは草若の死後、上方落語初の常打ち小屋「ひぐらし亭」に改装されるわけで、つまり繁昌亭がモデルになっているのである。また師匠の家を寄席小屋にするというエピソードは故・笑福亭松鶴邸が弟子の鶴瓶さんの手で帝塚山・無学に生まれ変わったことを参考にしていると想われる。

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天神祭の日に繁昌亭の昼席に立ち寄った。演目は以下の通り。

  • 桂   吉の丞/つる
  • 林家   染左/狸の賽
  • 桂      三象/シルバーウエディングベル(三枝 作)
  • いわみ せいじ/似顔絵
  • 桂     坊枝/火焔太鼓
  • 笑福亭鶴笑/義経千本桜
  • 桂    三扇/英才教育(三枝 作)
  • 笑福亭伯枝/三人上戸
  • 桂   朝太郎/マジカル落語
  • 笑福亭松喬/花筏

赤字色物である。寄席で落語や講談の間にされる、その他の芸のこと。いわゆる骨休めだ。中入り(休憩)を含め約3時間。どっぷりと落語に漬かり、お腹いっぱいとなった。

なかでも抱腹絶倒の面白さで腰を抜かしたのが鶴笑さんのパペット落語「義経千本桜」。これはもう、想像を絶する世界だった。→鶴笑さんのホームページ

マクラの日本昔話も最高に可笑しかったし、まさかあんなところから静御前や義経が登場するとは想ってもみなかった!いやはや参りました。詳しく書いたら鮮度が落ちるので、とにかく一度あなたも生で観て下さい。本当に凄いから。第2回繁昌亭大賞爆笑賞を受賞されたのも当然であろう。反則技スレスレで「あれが落語か?」との異論もあろうが、僕は断固支持する。鶴笑さんは落語の革命児である。

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やるじゃねえか、大フィル。

アレクサンダー・リープライヒ/大阪フィルハーモニー交響楽団の定期演奏会を聴きに往った。

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曲目は以下の通り。

  • ハイドン/交響曲第39番
  • ハイドン/トランペット協奏曲 変ホ長調
  • ジョリヴェ/トランペット、弦楽とピアノのための小協奏曲
  • マーラー/交響曲第4番(独唱:天羽明惠)

世界遺産に登録された街・レーゲンスブルク(ドイツ)生まれのリープライヒは現在40歳。2006年日本デビューということで知名度は低いが、なかなか実力のある指揮者であった。

プログラム後半のマーラーは叙情的旋律を十分に歌うわけでもなく、かといって(寺岡清高/大阪シンフォニカー交響楽団が演ったように)唐突に現れる奇怪なフレーズを際立たせ、世紀末的雰囲気を醸しだすわけでもない、純音楽的で中庸な解釈。このアプローチがマーラーに相応しいとは僕には想えず、正直物足りなかった。

しかしハイドンジョリベは文句なしに素晴らしかった。ハイドンは速めのテンポで、弾むような勢いと切れがあった。驚いたのは大フィルがピリオド奏法に果敢に取り組んだことである。ここ2年くらい定期演奏会にはほぼ欠かさず通っているが、大フィルが今回のようにビブラートを極力排した演奏をしたのを聴いたことがない。清冽で、目の覚めるような演奏だった。やれば出来るじゃないか!

2年前、金 聖響/大阪センチュリー交響楽団によるピリオド・アプローチのモーツァルトを聴いた時は、「下手なオケがノン・ビブラートに挑戦すると、まるで素人が演奏しているみたいでますます下手に聴こえるなぁ」と呆れたものだが、さすが大フィルは違った。やっぱりハイドンはこうでなくちゃ。ちなみに対向配置ではなく、トランペットもティンパニもモダン楽器を使用していた。

関連記事:
・ 21世紀に蘇るハイドン(あるいは、「ピリオド奏法とは何ぞや?」)
・ 広上淳一/大フィル いずみホール特別演奏会

トランペット独奏はベネズエラからやって来たフランシスコ・フローレンス。まだ20代の若手でシモン・ボリバル・ユース・オーケストラのメンバー。

ベネズエラは恐るべき国である。近年、音楽教育の水準が飛躍的に向上し、あっという間に日本を追い抜いてしまった。この国出身のエディクソン・ルイスは17歳でベルリン・フィルのコントラバス奏者として採用された。楽団史上、最年少記録である。

現在ベネズエラ・ボリバル共和国(人口2,600万人)には220もの青少年オーケストラがあり、その選抜メンバーで組織されたのがシモン・ボリバル・ユース・オーケストラグスターボ・ドゥダメル(現在27歳)が指揮し、ドイツ・グラモフォンからCDデビューしたことで世間の話題をさらった。しかも曲目があのベートーヴェン/交響曲第5&7番である!在阪オーケストラがグラモフォンからCDを出すことなんて到底あり得ないわけで、ベネズエラの実力が如何に凄いかお分かり頂けるだろう。世界中が彼らの画期的教育システムを学ぼうと、躍起になっている。

フローレンスのトランペットは超絶技巧で圧巻だった(特にジョリベ!)。悔しいけれど、日本の金管奏者でこれだけ吹ける人は皆無である。また彼がハイドンを演奏するときは20世紀に作曲されたジョリベとは全く異なるアプローチで、ビブラートを抑制して吹いた(音を伸ばした時に、その真ん中あたりだけかける)のも見事だった。古典音楽におけるトランペットの雅(みやび)な雰囲気がよく出ていた。

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崖の上のポニョ

評価:A+

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恐ろしい映画だ。

可愛らしいポニョ、海の中の極彩色の描写、そして一見、ディズニー「リトル・マーメイド」風のハッピー・エンドに騙されてはいけない。以下、ネタバレ全開で語り尽くそう。

今から10年くらい前だろうか?宮崎 駿さん(以下、"宮さん"と呼ぶ)が雑誌のインタビューに答え、「僕は人間が存在していること自体が地球の生態系にとって"悪"なのではないかと考えているのです。疲弊した地球を救うには人類そのものが滅びるしかないのではないかと……」といった旨の発言をされているのを読んだ記憶がある(なにしろ昔のことなので、細かいところが曖昧なのはご了承頂きたい)。

宮崎アニメは繰り返し人類の終末を描いてきた。宮さんの初演出作品「未来少年コナン」の設定はこうだ。

西暦2008年、超磁力兵器による戦争で人類の大半が滅び、地形は大きく変化し多くの都市は海中に没した。それから20年後の"残され島"で……

「風の谷のナウシカ」も《火の七日間》と呼ばれる最終戦争により高度の文明は滅び、瘴気の充満する《腐海》が広がっているという設定である。「ルパン三世 カリオストロの城」では湖の底に沈んでいた古代ローマ遺跡が現れ、「天空の城ラピュタ」では人間のいなくなった楽園=ラピュタが最後に天高く上っていく。宮崎アニメを貫くのはこうしたペシミズムである。

「崖の上のポニョ」の舞台となる離島は、まるで「未来少年コナン」の"残され島"みたいだ。そして《腐海》のように汚れきった近郊の海底、老人ホームの人々、大洪水、地球に接近してくる月、流れ星のように落ちてくる人工衛星、宗介の父・耕一が見る難破船の墓場、耕一の横で念仏を唱える船員。この映画は夥しい死と終末のイメージで溢れている。

表面通り受け取ると、物語の後半は一見破綻している。嵐の後、ポニョと宗介が出会う人々は家が水没しているにもかかわらず、どうしてあんなに落ち着いていて、明るいのか?ポニョに課せられた"試練"とは何か?老人たちはどうして歩けるようになるのか?洪水の後に古代魚が泳いでいるのは何故か?

しかし、こう仮定すればどうだろう。嵐の翌日、ポニョと宗介が目を覚ますと、ふたり以外の地球上の人々は全員死に絶えているとしたら?彼らがその後見る風景は(映画「シックス・センス」のように)生者(ふたり)と死者(それ以外)が共存する世界だとしたら?こう解釈すれば全ての疑問は氷解する。人類が滅び、地球が一旦リセットされたからこそ海は澄み渡り、古代魚の登場となるのだろう。

ポニョと宗介は小船の上で日傘を差し、赤ん坊を抱いた古風な婦人と出会う(→公式サイト)。宗介は彼女の夫から蝋燭を受け取るのだが、結局その蝋燭に火が灯されることはない。蝋燭の炎は生命を象徴する。つまりこのエピソードは、その小船の家族が既に死んでいることを暗示しているのではないだろうか?

ポニョが恐がるトンネルは「千と千尋の神隠し」同様、異界への入り口である。今回のそれは死者の国へ通ず黄泉比良坂(よもつひらさか)の役割を果たしていると考えられる。

とすればポニョに課せられた"試練"とは何かが、自ずと分かってくるであろう。人類が滅亡し、ポニョと宗介はこの地球でふたりきりで生きていかなければならない。そのこれからの人生そのものが"試練"なのである。彼らは21世紀のアダムとイヴとなったのだ。老婆たちが宗介の母を遠くに見つめながら言う台詞「リサさん、辛いでしょうね」も、こう解釈して初めて意味を成す。

この僕の説を裏付ける根拠として、ポニョの父・フジモトが彼女のことを最初"ブリュンヒルデ"と呼ぶことを挙げておこう。

ブリュンヒルデとはワーグナーの楽劇にもなった神話「ニーベルングの指輪」の登場人物。神々の長、ヴォータンの娘たち=ワルキューレの一人である。彼女は人間の英雄ジークフリートを愛し、彼の妻となる。「ニーベルングの指輪」は神々の黄昏と人間の台頭を描く、壮大な叙事詩である。

つまりこの映画では明らかにポニョ=ブリュンヒルデ、ポニョの妹たち=ワルキューレ、宗介=ジークフリートとして描かれている。宗介の手の怪我が、ポニョに舐められて治癒するエピソードはジークフリートが竜を退治した際、浴びた血で不死身の体になることを彷彿とさせる。ポニョが嵐の晩、波の上を駆けながら宗介の家へ向かう場面で、久石譲さんの音楽がワーグナーの「ワルキューレの騎行」そっくりなのも、決して偶然ではない。

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CGを一切使わず、全てを手描きで一枚一枚丁寧に仕上げていった手法はウォルト・ディズニー全盛期のフル・アニメーションへの回帰と言うべきだろう。宗介の母、リサが運転する車の疾走感が凄い。それは「ルパン三世 カリオストロの城」のカーチェイスを彷彿とさせる。嵐の場面の絵の力強さも圧倒的である。在りし日の宮さんが帰ってきた!と往年のファンは目頭が熱くなるのを抑えることが出来ないであろう。掛け値なしの傑作である。

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文珍・南光・鶴瓶 + 1/しごきの会

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帝塚山「無学の会」の翌日は、天満天神繁昌亭 「しごきの会」があった。

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この会は文珍・南光・鶴瓶という三人が毎回、成田屋看板(「大看板を張れる名人に成りたや」という洒落)の若手一人をしごくのだが、今回登場したのはな、な、なんと!この秋に米團治を襲名する予定の桂小米朝さん、49歳。父親である米朝さんに入門してはや30年、弟子は未だいない(ちなみに第1回繁昌亭大賞を受賞された笑福亭三喬さんは現在入門25年目で、2人の弟子がいる)。

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演目は以下の通り。

  • 笑福亭鶴瓶/回覧板(私落語)
  • 桂   文珍/蔵丁稚
  • 桂   南光/胴切り
  • 桂  小米朝/一文笛

鶴瓶・文珍・南光さんらは、語り口の巧さで聴衆を魅了した。

「一文笛」は米朝さんが昭和34-5年頃、書かれた新作落語。

小米朝さんは同門の南光さんから「お前、もうちょっと気ぃ入れろ」と言われ、数日後「兄さん、気を入れてきました!」と報告したそうだ。どうしたのかと尋ねられ、小米朝さん曰く「気功師の所に往ってきました」

鶴瓶さんは、「立ち切れ線香」を小米朝さんが演った時、ヒロイン小糸のことをこととと言ったこと、「阿弥陀ガ池」に出てくるを間違えてと言ったこと、鶴瓶さんが上方落語協会副会長となり、小米朝さんが間もなく米団治を襲名することが頭の中でごっちゃとなって鶴瓶さんのことを「福団治さん」と呼んだことなどを披露され、場内爆笑となった。

文珍さんが「胴と足がバラバラやな」と言うとすかさず南光さんが「下半身の方はあちこち歩き廻ってまっせ!祇園に往ったらしょっちゅう、こいつに会いますねん」と。

文珍さんに「襲名披露の時は演目何やるの?」と問われ、「いやぁ、まだ考えていません。何が良いでしょう?でも、さすがに『一文笛』という訳にはいかんでしょう」と小米朝さん。文珍さんに「どこがいかんの?そんなこと言ったらお父さんにも、今日のお客さんに対しても失礼でしょう」と窘められる一幕もあり、笑いが絶えないままお開きとなった。

まあはっきり言って小米朝さんの落語自体は名人芸からほど遠い。30年やってこの有様だから、今後も期待薄である。しかし一方で、彼には捨てがたい人間的魅力があることもまた確かである。上方落語に登場する"道楽者のアホな若旦那"がそのまま現実世界に抜け出してきたような希有な個性。所謂、《キャラが立っている》のである。

「そやけど、 一生懸命なアホほど愛おしいもんはない 」

……NHK連続テレビ小説「ちりと てちん 」に登場する名台詞である。小米朝さんの生き様を見ていると、いつもこの言葉が想い出されるのである。

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笑福亭鶴瓶/帝塚山 無学の会

 大阪市・粉浜(こはま)にある帝塚山・無学で毎月開催されている笑福亭鶴瓶さんプロデュースの会に往った。

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ここは師匠である(六代目)笑福亭松鶴の住居跡を鶴瓶さんが買取り、改築した寄席小屋。松鶴の記念碑もあった。

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「無学の会」のゲストは毎回シークレットで当日会場に往くまで分からない。過去に明石家さんま、タモリ、上岡龍太郎、イッセー尾形、桂米朝、桂春團治など錚々たる顔ぶれが登場している。前回は石田純一だったそうだ。客席は椅子席。80人余りでぎゅうぎゅう詰めになる小さな小屋だ。前の方に一旦坐ったらトイレに立つのもままにならない。

今回のゲストは桂 文福さんとそのお弟子さんたち(茶がま文鹿まめだぽんぽ娘)。

まず鶴瓶噺(よもやま噺)で会場は大いに盛り上がり、交代で文福さんが登場。お得意の大相撲風景(甚句入り)を披露された。鶴瓶さんは松鶴一門で文福さんは文枝一門。しかし入門はどちらも72年で同期になるそうだ。

続いて弟子たちの登場。茶がまさんは師匠が吉本と喧嘩別れしても吉本に残ったこと、さらに東京進出された時のことなどを話され、文鹿さんは落語家と同時にプロボクサーとしても活躍されたことなどを話された。

(自称)自閉症気味のまめださんが《まめだ》という名前を師匠から貰った時の感想を訊かれて「もっと大きな名前が欲しかったです」と言うと、すかさず鶴瓶さんが「いやぁ、似合ってると思うよ」と切り返した。「何か芸をしないと」とまめださんが拙い手つきで皿回しをして、大きな皿を落として客席前方の人がひやりとする場面も。続いて南京玉すだれを披露。何とも微妙な芸で、可笑しな味があった。

ぽんぽ娘(こ)さんは以前、「おさなぎ色」の芸名で浅草でメイド漫談をやっており、8年のキャリアがあるらしい。文福さんへ入門したのは2006年10月。ということは落語家としての年季明け(通常3年)はまだかな?

4人の弟子たち各々が個性的というか見事にバラバラなのが面白い。彼らを通じて文福さんの人柄が偲ばれ、ここらあたりがゲストの魅力を引き出す鶴瓶さんのプロデュース力の巧さだなと舌を巻いた。

続いて鶴瓶さんと文福さんの対談。文福さんは有名人恐怖症だそうで、なんと鶴瓶さんが仕掛けて文福さんが尊敬するタモリさんから生電話!シドロモドロでなに言ってんだか分からない文福さんが最高に可笑しかった。次に相撲好きの文福さんに阿武松(おおのまつ)親方からのプレゼントと生電話。すると突然、人が変わったように滑らかに喋る文福さんに客席はまたまた大爆笑となった。

最後は文福さんを中心に皆で河内音頭を踊って〆。とても愉しく、大満足で帰途に就いた。

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桂吉弥の《新》お仕事です。 

NHK連続テレビ小説「ちりとてちん」で大ブレイクした桂 吉弥さんの落語を聴きに繁昌亭に往った。

間もなく朝ドラ史上初のスピンオフドラマ「ちりとてちん外伝 まいご3兄弟」が放送される。詳しくはこちら。7/21(月)に吉弥さんはNHK「トップランナー」にも出演される。

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今回の演目は以下の通り。

  • 吉之丞/軽業
  • しん吉/住吉駕籠
  • ざこば/子ほめ
  • 吉弥/蛇含草
  • 吉弥/三十石

ざこばさんはサプライズ・ゲスト。なびら(演者の名前が書いてある紙)をめくるとざこばさんの名前が現れて場内がどよめいた。お囃子にのって本人が登場すると、やんややんやの大喝采。ちなみに吉弥さんの師匠・吉朝(故人)とざこばさんは兄弟弟子の関係にあたる。

ざこばさんが今回された「子ほめ」は以前、関西テレビで放送された桂ざこば芸歴45周年&還暦記念ドラマ「子ほめ」のDVD特典として収録される予定だそうである。実に面白かった!

落語会に集まる聴衆は男性率が高く、50歳以上の中高年が目立つのが特徴である。しかし吉弥さんの場合、20-30代の若い女性が圧倒的に多かった。これも「ちりとてちん」効果だろう。

彼女たちは例えば「三十石」で六と八が登場しただけでコロコロと笑う。このふたりの名前は「ちりとてちん」に何度も出てくるからである。ドラマの主人公、和田代美(きよみ)=B子と、その幼なじみ、和田海(きよみ)=A子の名前も六・八に由来する。

また「蛇含草」の餅を食べるところで、吉弥さんが"お染久松比翼投げ"と言うと、彼女たちは嬉しそうに顔を見合わせ、ひそひそと囁きあった。この"お染久松比翼投げ"もドラマで重要な役割を果たす上方落語「愛宕山」に出てくる台詞だからである。

吉弥さんは「ちりとてちん」に出演することで、明らかに落語ファンの枠を広げた。このことは高く評価されてしかるべきだろう。繁昌亭が毎日盛況なのもこのドラマのお陰である。

しかし偏狭な、いわゆる落語通の中には、役者として活躍しスターとなった吉弥さんのことを(嫉妬心から)快く想っていない人も少なくはない。

映画「ロード・オブ・ザ・リング 王の帰還」の名場面で、アラゴルンは「フロドのために!」と叫んで突進する。結局、吉弥さんがしていることも全て「上方落語のために」なっているのだと僕は信じて疑わない。

ただ吉弥さん、今度発売される吉弥全集のDVD-BOX「桂吉弥のお仕事です そろそろ」特典ディスクの内容が"スチル写真のスライド・ショー "だけというのは如何なものだろう?やっぱりこういった特典には落語をもう一席収録するなど気が利いた工夫が欲しかったなぁ。

関連記事:
・ 桂吉弥&柳家三三 落語会

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宝塚宙組「雨に唄えば」

宝塚宙組(そらぐみ)公演を観に梅田芸術劇場(梅芸)に足を運んだ。

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「雨に唄えば」はハリウッドの映画会社MGMの偉大なるプロデューサー、アーサー・フリードが製作した1952年の作品。MGMの金字塔であり、ミュージカル映画の最高傑作である(アメリカ映画協会AFIが選定したアメリカ映画オールタイム・ベスト100第5位ミュージカル映画ベスト25選では第1位に輝いた)。フリードは元々作詞家で「雨に唄えば」で使用された楽曲は全てフリードが作詞し、ナシオ・ハーフ・ブラウンが作曲したもの。オリジナル脚本を書いたのはベティ・コムデンとアドルフ・グリーンのコンビ。このふたりは他に「踊る大紐育」「バンド・ワゴン」などの名シナリオを執筆し、舞台作品ではレナード・バーンスタインが作曲した「オン・ザ・タウン」「キャンディード」などがある。

映画「雨に唄えば」はジーン・ケリーが主演し、監督・振付も担当した。共同監督はスタンリー・ドーネン。彼は他に「踊る大紐育」「略奪された七人の花嫁」「パリの恋人」などミュージカル映画の傑作を世に送り出している。それ以外のドーネン監督作品では僕はオードリー・ヘップバーンが主演した「いつも2人でTwo for the Road 」('67)が大好きだ。キネマ旬報社から発売されている「私の一本の映画」という本の中で、作家の村上春樹さんはこの「いつも2人で」を挙げておられる。

「雨に唄えば」の舞台版は1983年にロンドンで2年間上演され、85年にブロードウェイでも上演されたが、こちらは10ヶ月で終了した。これに独自のフィナーレ・ショーを追加するなど改変し、宝塚版が東京の日生劇場で初演されたのが2003年。演出は中村一徳さん。その時の主演は安蘭けいさん、陽月 華さん。そして主人公の友人コズモ役を大和悠河さんが演じた。この公演を僕はビデオで観た。

今回の主な配役は以下の通り(括弧内は映画版)。

  • ドン・ロックウッド:大和悠河(ジーン・ケリー)
  • キャッシー・セルダン:花影アリス(デビー・レイノルズ)
  • コズモ・ブラウン:蘭寿とむ(ドナルド・オコナー)
  • リナ・ラモント:北翔海莉(ジーン・ヘイゲン)

ちなみに「雨に唄えば」でデビー・レイノルズは見事なタップ・ダンスを披露しているが映画出演が決まるまで彼女は一度も踊ったことがなく、数ヶ月の猛特訓であのレベルまで到達したそうである。凄いガッツだ。そして彼女の娘がキャリー・フィッシャー。そう、「スター・ウォーズ」のレイア姫である。

宝塚宙組版の舞台写真はこちら

僕は歴代の宝塚トップ・スターの中で、大和悠河さんと麻路さきさんは突出して唄が下手だと想っていた。ところが久しぶりに大和さんの舞台を観て驚いた。知らぬ間に歌唱力が向上しているではないか!特に音を伸ばすと声が震える癖が明らかに改善されている。トップになってからも日々稽古に励んだ成果なのだろう。

彼女の最大の魅力は何と言っても華があることだ。パッと周囲を明るくする笑顔、燦然と輝くオーラが眩しい。舞台の真ん中に立つべくして生まれてきた圧倒的存在感。彼女こそ、正にスターである。

1幕のフィナーレは"Singin' in the Rain"を唄い踊る場面で、ここで本物の雨をステージに降らせるのがこのミュージカル最大の売りである。そのことは03年版のビデオで事前に知ってはいたのだが、実際に観てみると想像以上の激しい雨で驚いた。恐らく宝塚史上、トップがステージ上でずぶ濡れになるなんてことは前代未聞の筈だ。大和さんの熱演に拍手喝采を贈りたい。

当初この公演でキャッシーにキャスティングされていたのは、宙組のトップ娘役・陽月 華さんだった。しかし陽月さんは前の公演で骨折し降板、若手娘役の花影アリスちゃんがチャンスを掴んだ。彼女は宝塚歌劇に入団し宙組に配属された時から、フランス人形みたいな可憐な容姿で目立つ存在だった。元来バレエ体型である彼女のキャッシーは本当に踊りが上手くて見惚れた。風花 舞さん以来のダンサーと言っても過言ではないだろう。心配した唄もまずまず。是非近い将来、アリスちゃんが娘役トップになったら是非コール・ポーターの"CAN-CAN"を再演して欲しい。

蘭寿とむさんは演技・唄・踊りと三拍子揃ったバランス良い男役で、今回も抜群の安定感があった。

少し残念だったのはリナ役の北翔海莉さん。頑張ってはいるが、この役はもっと素っ頓狂な声が欲しかった。「清く、正しく、美しく」がモットーのタカラジェンヌとしてはこれが限界なのかも知れないが……。

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再び大阪城音楽堂「たそがれコンサート 2008」へ!

先週に引き続き、「たそがれコンサート」に足を運んだ。

関連記事:
夏本番!大阪市音楽団/たそがれコンサート 2008

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まずは大阪市文の里・高津・春日出中学校吹奏楽部 合同演奏。1年生の合唱あり、「YOSAKOI ソーラン節」では踊りありと、中学生らしく微笑ましかった。

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続いて陸上自衛隊中部方面音楽隊の演奏。

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ここの演奏で愉しみだったのがミュージカル「キャッツ」と「オペラ座の怪人」セレクション。(ウィンド・バンドのための)交響曲第1番「指輪物語」などで有名なヨハン・デ=メイによる編曲だからである。デ=メイは昨年来日し、大阪市音楽団を指揮して自作の交響曲第3番「プラネット・アース」を本邦初演した。それを聴いた時の僕の感想はこちらに書いた。

キャッツ」からはジェリクル・ボール、デュトロノミー(長老猫)、ジェニエニドッツ (おばさん猫)、メモリーのメドレー。

オペラ座の怪人」からは Angel of Music 、Masquerade、Think of Me 、All I Ask of You 、 The Phantom of The Opera 、Wishing You Were Somehow Here Again 、The Music of The Night のメドレーとなっていた。

それぞれ内容が充実しており、とても重厚かつシンフォニックなアレンジで聴き応えがあった。

「オペラ座の怪人」の吹奏楽用編曲は数あれど、昨年のスプリングコンサートで明浄学院高等学校吹奏楽部Queenstarが演奏した建部知弘 編曲版と、このデ=メイ版は完成度の高さで双璧だと想った。ただし、デ=メイ版で少々不満なのは「マスカレード(仮面舞踏会)」が曲の前半だけで、合唱が入るサビの部分がカットされていることである。あそこが一番このミュージカルの中で華やかで、僕が好きな所なんだけどなぁ……。

こっちも読んでね!:
前略 関西吹奏楽連盟さま

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大植英次/大フィル 朝比奈隆生誕100年記念演奏会

朝比奈隆100回目の誕生日である7月9日に、大植英次/大阪フィルハーモニー交響楽団の演奏会を聴いた。

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朝日放送(ABC)によるテレビ収録も行われていた。

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ロビーには朝比奈が最後に大フィルでブルックナー/交響曲第9番を振った時のスコアと指揮棒が展示されていた。

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ページ左には朝比奈が生涯に第9番を指揮した全28公演の詳細ーオーケストラ、ホール、及びその日付が記録されていた。晩年の1996年にシカゴ交響楽団を振った4回、2000年にNHK交響楽団を指揮した2回、そして2001年9月に大フィルの指揮台に立った1回は手書きである。

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ザ・シンフォニーホールの玄関口で、高校生の集団に出くわした。大阪府立淀川工科高等学校吹奏楽部(淀工)の生徒たちだった。彼らは1階席最前列2列で静かに聴いていた。その光景は昨年の「青少年のためのコンサート」を想い出させた。

プログラム最初はモーツァルト/ピアノ協奏曲第23番、独奏は伊藤 恵さん。

伊藤さんは繊細なタッチで、一音一音が宝石の煌めきのように輝いており魅了された。

大植/大フィルの交響曲第36番「リンツ」を聴いた記事で僕は《しなやかに歌うレガート・モーツァルト!》と感想を書いたが、今回の伴奏も同様の印象を抱いた。「リンツ」よりも速めのテンポで、好演だったと言えるだろう。

伊藤さんのアンコール、モーツァルト/ピアノ・ソナタ第15番ハ長調より第1楽章も文句なし。

さて、休憩を挟んで後半はいよいよブルックナー/交響曲第9番である。モーツァルトもブルックナーも第1および第2ヴァイオリンが指揮者の両翼で向かい合う対向配置、ブルックナーではコントラバスがオケ後方で横1列にずらりと並んだ。つまり、大植さんがベートーヴェンを指揮する時と同様の趣向である。

オーケストラは大変な熱演で、弦楽パートの紡ぎ出す深い音色、ド迫力で鳴らす管楽器ともに聴き応えがあった。ただし、終楽章コーダのホルン(およびワーグナーチューバ)のロングトーンが難所であることは分かるのだが、ピッチが全く合っておらず音がうねっていた。帰宅して朝比奈が2000年5月にNHK交響楽団を指揮した時の演奏を改めて聴いてみたのだが、N響はこの最後のピッチをしっかり合わせていた。この点はまだまだ大フィルにとって今後の課題であろう。

そして一番の問題は大植さんの解釈である。僕は大植さんの人間性が好きだし、特にマーラーやチャイコフスキーに関しては現役では世界でトップクラスの素晴らしい指揮者だと確信している。また、先日定期で聴いたエルガー/エニグマ変奏曲も掛け値なしの名演であった。しかし、前から指摘してきたことだが彼の音楽的資質はベートーヴェンとブルックナーにはどうもそぐわないように想われる。今回も曲の初っ端から違和感が付き纏った。

大植さんの解釈はフレーズごとに句読点がはっきりしていて極めて歯切れがいい。外科医のメス捌きのように腑分けされ、曲のパースペクティブ(見通し)が良好だ。しかし、明快な演奏がブルックナーに相応しいかといえばそれはまた、別の話であろう。ブルックナーの交響曲は、弦のトレモロによる原始霧の中から朧気に主題が立ち上がってくるような神秘性が必要だと僕は想うのだ。

ブルックナーの特長であるゼネラル・パウゼ(全休止)も音楽の行間に醸し出されるケミストリー(化学反応)が不可欠だろう。しかし大植さんのそれは単なる無音でしかない。第1楽章は各所で曲がぶち切れ状態で、歪な音楽に終始した。

しかし第2楽章のスケルツォ以降はなかなか良かった。複合三部形式のAパートは破壊的曲想が際立っており、爆撃戦闘機がズンズン突撃していくようだ。一転してトリオ=Bパートはすばしっこく軽妙で、あたかも子ネズミがちょこまか動き回っている光景が連想された。

第3楽章アダージョはブルックナーの、今生への告別の歌と言えるだろう。そういう意味でマーラー/交響曲第9番の第4楽章アダージョに通じるものがある。だから本来、マーラーを得意とする大植さんにこの楽章は似合っている気がした。

大植さんは今回も暗譜で指揮された。譜面台の上には朝比奈の遺影が置かれ、演奏が終わるとそれをコンサートマスターの長原幸太さんに手渡した。そして自らの胸元からも朝比奈の写真を取り出し、涙を目に浮かべながら聴衆にかざした。

大植さんは、初めて大フィル定期でブルックナーの交響曲(第8番)を取り上げた2004年7月8-9日にも似たようなことをされたらしいのだが、こういう熱くて感傷的なパフォーマンスはマーラーの音楽なら相応しいが、ブルックナーでは如何なものだろう?

アントン・ブルックナーは聖フローリアン教会のオルガニストとして生涯神に奉仕し、死後はその地下墓所に埋葬されている。だから彼の交響曲はある意味神に対する《音楽の捧げもの》と言うべきでものであり、余りそこに人間的感情が介在する余地はないと想われるのだ。

……しかしまぁ、今回は偉人を偲ぶ特別な演奏会だから、しょうがないか……。

関連ブログ記事:
・ 不惑ワクワク日記…同じ演奏会に往かれた方の感想。これだけ聴き手により受け取り方が異なるのも、音楽という芸術の面白さだろう。

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イースタン・プロミス

評価:C+

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僕は「スキャナーズ」('81)、「ヴィデオドローム」('82)の頃からカナダ出身の監督、デヴィッド・クローネンバーグのファンである。「デッドゾーン」('83)なぞはスティーブン・キング原作で映画化されたうちでも傑出した一本だと信じて疑わないし、「ザ・フライ」('86)はクローネンバーグの最高傑作だと想っている。岡嶋二人の小説「クラインの壺」に似た話ではあるが、ジュード・ロウ主演の「イグジステンズ」('99)もクローネンバーグらしく病んだ映画で好きだなぁ。

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さて、「イースタン・プロミス」はウェル・メイドな佳作である。ただ、古くからのファンとしてはクローネンバーグと言えばドロドロ、グチョグチョの映画を撮る"変態監督"だという認識があるので、こういうまともな映画を提供されたら却って戸惑ってしまうのも事実である。

ただ今回、とても新鮮だったのはイギリスを舞台にロシアン・マフィアを題材にしたことである。「ゴッドファーザー」で描かれたのはシチリア移民で、「ロード・トゥー・パーディション」はアイルランド系マフィアの話。アカデミー作品賞を受賞した「ディパーテッド」もアイルランド系マフィアだった。だから映画にロシアン・マフィアが登場するのは珍しい。

本作の音楽を担当したハワード・ショアは「ロード・オブ・ザ・リング」3部作で効率よくオスカーを3つも受賞し、今や押しも押されぬ巨匠になったが、クローネンバーグとのコンビは「ザ・ブルード/怒りのメタファー」('79)以降ずっと続いている。義理堅い男である。これだけ長い間、監督と作曲家が良好な関係を続けることは極めて希で、フェリーニとニーノ・ロータ、そしてスピルバーグとジョン・ウィリアムズくらいしか頭に浮かばない(余談だが「ホビットの冒険 The Hobbit」の音楽は誰になるのだろう?ピーター・ジャクソン監督は「キング・コング」でショアの音楽をキャンセルしてしまったからなぁ……)。

「イースタン・プロミス」の音楽は寒々としていて、舞台はイギリスなのにまるでそこには「デッドゾーン」で描かれたカナダの風景が寂寞と広がっているかのような錯覚に囚われた。お見事!

最後に、「ロード・オブ・ザ・リング」のアラゴルン役で一世を風靡したヴィゴ・モーテンセンが、全く異なる役作りで素晴らしい演技を見せてくれたことを褒め称えておきたい。アカデミー主演男優賞にノミネートされたのもむべなるかな。

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ぐるりのこと。

評価:C

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悪くはない。ただ、精神的に病んでいく妻を優しく見守る夫という設定は、篠崎誠 脚本・監督の映画「おかえり」(1996)に似ているので新鮮味に欠ける。 

なんと言っても特筆すべきはこれが映画初主演となる木村多江の好演に尽きるだろう。これは彼女のための映画と言っても過言ではない。

僕はベストセラーとなり、本屋大賞も受賞したリリー・フランキーの「東京タワー  オカンとボクと、時々、オトン」が大嫌いである。自伝的小説とは言えお涙頂戴の展開はウンザリするし、あんな稚拙な文章でよくもまあ商売できるものだと感心する。しかし「ぐるりのこと。」における役者としての彼はなかなか良かった。

この映画でリリー・フランキーが演じるのは法廷画家。なんと1枚描いて8万円の報酬だそうだ(90年代の話)。なかなか割がいい仕事で驚いたが、不定期だからこれだけで生活していくことは難しいだろうな。「東京タワー」にも出てくるが彼は武蔵野美術大学卒業なので、はまり役と言えるだろう。

それにしても、これだけの物語を語るのに上映時間2時間20分は長い。30分くらいは編集で短く出来るように感じられた。

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弐つの落語会

最近聴いた高座についてサラッと述べよう。まずは龍谷大学OBが集まった落語会から。

7月2日「爆笑!龍谷大学繁昌亭」

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  • 桂雀五郎/青菜
  • 林家染二/いらち俥
  • 桂雀三郎/神だのみ初恋編(小佐田定雄 作)
  • 漫  才  /シンデレラエキスプレス
  • 林家染二/皿屋敷

そして落語「高津の富」「崇徳院」の舞台となった高津宮(高津神社)で行われた落語会。

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7月6日「文太の会 in 高津の富亭」

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  • 桂  文太/稽古屋
  • 桂  文太/二番煎じ
  • 桂壱之輔/代書
  • 桂  文太/二十四孝

改めて感じたのは中堅(40~50代)の落語家の中でも、染二さんと文太さんは飛び切りの名人であるということ。面白いだけではなくて、稽古を積み年輪を重ねて初めて滲み出してくる深い味わいがある。文太さんのじっくり噺を聴かせる芸、染二さんの飄々として軽やかな芸、どちらも見事である。

今回「皿屋敷」を聴いて、幽霊のお菊がどうして「一枚……二枚……」と皿を数えるのか、その理由を初めて知った。落語はやっぱり勉強になる。ただし、全く何の役にも立たないけれど。

「いらち俥」を聴くのはもう4回目くらいだが、染二さんの描く"病み上がりの俥屋"は、よぼよぼの老人という今までにない設定で新鮮だった。同じ噺でも演者によってアプローチが全く異なるところも古典を聴く醍醐味である。

ただ、「代書」というネタは春團治という現役の大御所が磨き上げた完成品があり、さらに過去には枝雀さんによる究極の爆笑落語があるので、これを壱之輔さんのような若手(30歳)がするにはキツイところがある。申し訳ないが全く笑えなかった。枝雀さんの直弟子である南光さんや雀三郎さんは「代書」を高座に掛けようとはされないが、師匠の凄さを目の当たりにしているだけに却って手出しすることが躊躇われるのではないだろうか?

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ブロードウェイの現在、そして宝塚星組「スカーレット・ピンパーネル」

先日、NHK-BSで放送されたトニー賞授賞式を観て、ブロードウェイ・ミュージカルの現状に暗澹たる気持ちになった。

ヒスパニック系移民の生活を描いた「イン・ザ・ハイツ」( In the Heights)は今年最多の13部門ノミネート。結局、ミュージカル作品賞・楽曲賞・編曲賞・振付賞の4部門を制覇した。もともとオフ・ブロードウェイで数年前から上演され話題となり、オンに進出した作品である。ラップやサルサなどラテン系音楽を取り入れた音楽が聴き応えあり、確かに優れた作品ではある。しかし所詮は低予算の作品だけに、余りにも地味。トニー賞に相応しいとは僕には到底想われない。

「パッシング・ストレンジ」(Passing Strange)は7部門ノミネート。これも元々オフ・ブロードウェイ作品だ。

ではメジャーの大作はどうかと言えば、作品賞にノミネートされた「ザナドゥ」は衣装や演出がダサく、酷い代物だった。ノミネートされなかったけれど、授賞式に華を添えるためにパフォーマンスが披露された「リトル・マーメイド」「ヤング・フランケンシュタイン」も同様。これはもう、哀れを通り越して笑えてくるくらいの体たらく。3作品いずれも映画の焼き直しというのも実に情けない。

特に救いようが無かったのがディズニーの「リトル・マーメイド」。背景がCGというのもしょぼいし、人魚である筈のアリエルに尻尾だけでなく最初から足が生えているのにはずっこけた。この足で海底をちょこまか動くのである。これはギャグか!?こんな子供騙しは東京ディズニーリゾートでやっとけ、という話だ。

今年のトニー賞で演出賞や男・女優賞の全てが「ジプシー」「南太平洋」といったリバイバル作品に攫われたのも、象徴的現象と言えるだろう。この状況は、リメイク作品ばかり量産され、アカデミー賞ではインディーズ(独立)系が席巻する今のハリウッド映画と酷似している。ブロードウェイ栄光の時代は完全に終わりを告げたのである。

そんな中、宝塚歌劇 星組「スカーレット・ピンパーネル」(略してスカピン!)を観に宝塚大劇場まで足を運んだ。公式サイトはこちら

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スカーレット・ピンパーネル」は1905年に出版されたバロネス・オルツィの小説。実は「はこべ」というタイトルで宝塚は既にこれを79年にミュージカル化し上演している(台本・演出:柴田侑宏)。ただ今公演中なのはフランク・ワイルドホーンが音楽を担当したブロードウェイ版で、1997年に開幕し98年にはトニー賞でミュージカル作品賞・脚本賞・主演男優賞にノミネートされている。いやー、こういう安心して観れる大作はいいねぇ。これぞブロードウェイ・ミュージカル!

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ワイルドホーンはミュージカル「ジキル&ハイド」で一世を風靡した作曲家。宝塚歌劇のために「NEVER SAY GOODBY」という作品も書き下ろしている。僕はどちらもそれ程好きではないのだが、今回のスカピンの音楽は劇的で派手で、とても良かった。ただ心境独白シーンでバラードが多いので、途中睡魔に襲われることが何度かあったが……。

原作は大ベストセラーとなった冒険小説で、後にシリーズ化もされたそうなのだが、なかなか手に汗握らせる波乱万丈の展開で面白い。ミュージカル「ベルサイユのばら」や「マリー・アントワネット M.A.」で描かれたフランス革命直後という時代背景も良い。ただしミュージカルの台本(ナン・ナイトン)そのものには欠陥があり、ヒロイン=マルグリットのキャラクター設定が支離滅裂で全く感情移入できない人物像となっている。

潤色・演出の小池修一郎さんは「華麗なるギャツビー」「エリザベート」「モーツァルト!」で3度、菊田一夫演劇賞を受賞されている。日本を代表する演出家である。今回も期待に違わぬ素晴らしい出来栄えで、流れるような舞台転換の上手さには唸らされた。特に1曲歌っている間に、イギリスのクラブ・ハウスから帆船でドーバー海峡を渡り、フランスに到着するまでを一気に見せる場面はこのミュージカルのハイライトと言えるだろう。

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星組のトップスター、安蘭けいさんと遠野あすかさんは共に歌の上手さには昔から定評があり、安心して聴けた。安蘭さんは芸達者な人なので、変装の場面などコミカルな演技では巧みに笑いを取り、大いに愉しませてくれた。ただ、前から感じていたのだがこのコンビ、欠点はないが決定的にに欠けるんだよね。スカピンは良い作品だけれど、もう一度この配役で観たいという食指は動かない。

でも別の組でスカピンが再演されたら、また是非観に往きたいなと想わせる魅力的なミュージカルであった。

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夏本番!大阪市音楽団/たそがれコンサート 2008

大阪夏の風物詩、たそがれコンサートの季節がやって来た!7月から8月にかけ毎週金曜日、夕日に映える大阪城(野外)音楽堂が吹奏楽の響きで満ち溢れる。

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まずトップバッターは関西大学応援団吹奏楽部の登場。

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1曲目は「関西大学 学歌」が演奏された。これを作曲したのは「赤とんぼ」「この道」、オペラ「黒船」などで知られる山田耕筰。なんと、早稲田と並び日本3大校歌のひとつに挙げられる明治大学校歌も彼の作曲だそうである。帰宅後、調べてみて驚いた。例えば関西に限っても、山田は関西学院大学歌、同志社大学歌、龍谷大学学歌、京都女子大学歌など多数の校歌を作曲している(その多くの作詞を手掛けているのは北原白秋)。さらに高校の校歌も、北は北海道・室蘭から南は宮崎県まで40校近く手掛けているのである。

他にも「ボギー大佐(クワイ河マーチ)」で有名なアルフォード作曲の行進曲「ナイルの守り」などが演奏された。中でも印象的だったのは「イン・ザ・ミラー・ムード」(W.パーカー 編)。グレン・ミラーのヒット曲をメドレーにしたもので、SWINGするノリのいいアレンジが見事だった。

休憩を挟んで、いよいよ真打ち大阪市音楽団(市音)の登場である。指揮は中井章徳さん。中井さんは今年3月の「にしなりクラシック」で大阪フィルハーモニー交響楽団も指揮されている。

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最初に演奏されたのは櫛田朕之扶(くしだ てつのすけ)/雲のコラージュ。1994年全日本吹奏楽コンクール課題曲から生まれた、日本情緒溢れる、たおやかな名曲である。京都生まれである櫛田さんの作品は「石の庭」「斑鳩の空」「飛鳥」「秋の平安京」など、関西に因んだ曲が多い。

次は田中久美子/吹奏楽のための「虹」。これは市音の委嘱作品でCD「ニュー・ウインド・レパートリー2008」に収録されている出来たてホヤホヤの新曲。田中さんは香川県高松市在住の作曲家。なんとこの日、わざわざ高松から会場に駆け付けて来られていた。とても可愛らしい曲調で、なんだか雰囲気が子供たちの冒険物語に似合いそう。日本ファンタジーノベル大賞を受賞し映画化もされた「鉄塔 武蔵野線」とか、岩井俊二監督の名作「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」などを想い出しながら、ワクワクして聴いた。技術的には難しそうではないので、吹奏楽部に所属する中学生諸君!この曲に挑戦してみてはいかが?

行進曲「コバルトの空」に続いて演奏されたのは久石 譲 作品集(森田一浩 編)。《君をのせて(天空の城ラピュタ)~鳥の人(風の谷のナウシカ)~帰らざる日々(紅の豚)~風のとおり道(となりのトトロ)》といった構成になっている。森田さんには伊奈学園の宇畑知樹先生からの依頼で「ラピュタ」〜キャッスル・イン・ザ・スカイ〜という素晴らしい編曲があるが、今回演奏されたものもそれに劣らぬ名アレンジであった。

関西で実力NO.1のオーボエ奏者、福田さんのソロよる前奏に続いてソプラノ・サックスがラピュタの主題歌「君をのせて」を奏でた。いいねぇ、たまらんねぇ。「鳥の人」を聴きくと、即座に「ユパ様!これ運んで下さるー?気流が乱れて上手く飛べないのー」というナウシカの台詞が脳裏に蘇る。「帰らざる日々」なら自宅の庭に飛び出したジーナが、頭上に旋回するポルコの飛行艇を見上げて「バカ……」と呟く場面。こうして約20年、宮崎アニメと久石さんの音楽と共に僕は生きてきたんだなという感慨が深い。「風のとおり道」になると、近くに座っていた5、6歳の少女が市音の演奏と一緒に歌い出した。そうか!映画本編ではこの曲に歌詞はないが、「イメージアルバム」では歌付きだったなぁと懐かしく想い出した。時代は移ろっても、子供たちは何時だってトトロが大好きだ。音楽堂周囲の林の方から虫の鳴き声もそれに和した。

プログラム最後は酒井 格(さかい いたる)/たなばた。この曲は酒井さんが高校生の時に作曲したもので正式名称は"The Seventh Night of July"。実はその当時、酒井さんが憧れていた女性の誕生日が7月7日だったとか。酒井さんは大阪府枚方(ひらかた)市出身。そして枚方市内をその名もずばり「天の川」が流れているそうである。「たなばた」の優しい曲調が僕は大好きだ。

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アンコールはSMAPが歌った「夜空ノムコウ」で締めくくられた。今回もとても愉しかった!

金管セクションに関しては、在阪4オーケストラ(大フィル、関西フィル、シンフォニカー、センチュリー)よりも市音の方が上手いことは僕が太鼓判を押す。市音が最近出したCD「ニュー・ウインド・レパートリー2008」と定期演奏会のライブ「中国の不思議な役人」は共に雑誌「レコード芸術」7月号で特選盤に選ばれた。在阪オケのレコーディングしたCDが特選盤になることなど滅多にない。プロの吹奏楽団と比較しても、シエナ・ウインド・オーケストラや東京佼成ウインドオーケストラのCDがレコ芸で特選になったというのは、余り記憶にない。市音の実力が如何に凄いかお分かり頂けるだろう。彼らこそ、大阪が世界に誇れる文化である。たそがれコンサートではその彼らの演奏が無料で聴けるのだからたまらない。是非あなたも一度、足を運んでみて下さいね。

こちらも読んでね!
前略 関西吹奏楽連盟さま
大阪市音楽団/青少年コンサート
小松一彦/大阪市音楽団 定期
大阪市音楽団〜青春の吹奏楽70'sヒットパレード

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いずみシンフォニエッタ大阪 定期/室内オーケストラの可能性

飯森範親/いずみシンフォニエッタ大阪(ISO)の定期演奏会を聴きにいずみホールに往った。今回はNHKによるテレビ収録もあり、10月3日および10日に「クラシック倶楽部」(BS-hi、BS-2)の枠で放送される予定だそうである。

ISOのメンバー構成などについては以前の記事に書いたので省略する。

過去の演奏会の感想:
・ いずみシンフォニエッタ大阪の描く北欧
・ これぞ新世紀の第九!飯森範親/いずみシンフォニエッタ大阪

開演は19時だが、その30分前に恒例のロビーコンサートがあった。

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1曲目のドニゼッティはハープの独奏。2曲目以降はヴァイオリンも加わった。間近で聴くハープは想像以上に大きな音で、雄弁に鳴り響き驚いた。遠目に観るとその弾いている姿は優雅だが、ハープって重そうだし、意外と体力いるんじゃないかな?

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本編のプログラムは以下の通り。

  • アダムス/室内交響曲(1992)
  • ヒンデミット/木管、ハープとオーケストラのための協奏曲(1949)
  • 伊福部昭/土俗的三連画(1937)
  • 西村 朗/室内交響曲第2番<コンチェルタンテ>(2004)

全て20世紀以降の現代音楽だが、決して小難しいものではなく親しみやすかった。飯森さんの指揮は明晰で曖昧なことろが些かもなく、耳に心地よい。この演奏会の翌日には飯森/ISOのコンビは東京に移動し、紀尾井ホールで同一プログラムを演奏する予定である。

アダムスはミニマル・ミュージックの旗手。ミニマル・ミュージックとは最小限の単位の音型を執拗に繰り返すスタイルの作品。聴いているうちに耳が麻痺してきて、単調な反復が心地よいリズムとなる。映画「ピアノ・レッスン」の音楽を書いたマイケル・ナイマンや宮崎アニメでお馴染みの久石 譲さんもミニマル系出身の作曲家だ。例えば「風の谷のナウシカ」でナウシカがペジテの飛行船内からネーヴェで飛び立つ場面や、「紅の豚」の空中戦シーンなどにミニマル・ミュージックの手法が用いられている。そしてその技法が頂点に達した傑作が北野武監督「ソナチネ」のメイン・テーマ。

ヒンデミットはフルート、オーボエ、クラリネット、ファゴット、ハープの独奏と、小編成オーケストラとの掛け合いによる小気味いい合奏協奏曲。作曲者の銀婚式を記念して、3楽章はメンデルスゾーン/結婚行進曲のパロディとなっており、実に愉しい。

伊福部の曲は作曲者23歳の作品。アイヌの歌と踊りに触発された曲で、「ゴジラ」「空の大怪獣ラドン」「地球防衛軍」など後年彼が手掛ける特撮映画の音楽の萌芽が、もう既にこの頃から認められるのが興味深い。パンチの効いたリズムの塊がズシンと腹に響く。アイヌの民俗音楽との出会いなくして、かの有名な「ゴジラ」のテーマは存在し得なかったのだということがよく分かる。

大阪に生まれた作曲家、西村 朗さんはISOの音楽監督でプログラムの企画・監修にも携わっておられる。だから西村さんは毎回ISOの定期演奏会に足を運ばれ、飯森さんとのトークもある。今回演奏されたのは4年前飯森/ISOが初演した曲。これはCDにもなり、「レコード芸術」誌で特選になっている(CDの詳細はこちら)。そういえば、このレビューで絶賛されていたのを読んで、僕は初めていずみシンフォニエッタ大阪の存在を知ったのであった。

しかし地元出身の作曲家なのに、在阪4オーケストラが西村さんの曲を取り上げることは殆どない。実に情けない話だ。ベートーヴェン、ブラームス、チャイコフスキー、マーラーなど欧米のポピュラー音楽ばかり演奏して、それで果たして「大阪の文化」と胸を張って言えるのだろうか?在阪の音楽家の方々にはそのことを是非一度、真剣に考えて頂きたい。

7月9日、大植英次/大阪フィルハーモニー交響楽団は朝比奈隆誕生100年記念演奏会と称して、モーツァルト/ピアノ協奏曲第23番とブルックナー/交響曲第9番を演奏する。この日は朝比奈の誕生日であると同時に《浪速のバルトーク》こと、「大阪俗謡による幻想曲」を作曲した大栗 裕の誕生日でもある。今年は大栗生誕90周年という記念の年にあたる。

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・ 大阪俗謡をめぐる冒険
・ 大栗 裕の世界

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田辺寄席 in 寺西家

田辺寄席に往った。

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演目は以下の通り

  • 桂 雀太「道具屋」
  • 桂 春菜「昭和任侠伝」
  • 桂 文太「居残り佐平次」
  • 笑福亭鶴志「試し酒」

春菜さんのネタは亡くなった父、春蝶さんの創作落語。春菜さんは来年この「春蝶」襲名が決まっている。高倉健や鶴田浩二など仁侠映画のスターに憧れる男の噺。一度テレビで聴いたことがあったが、生で聴いた方が遥かに面白かった。またこれは、「七段目」「蛸芝居」「蔵丁稚」など芝居噺をベースに作られているんだなということが今回よく分かった。

文太さんはさすが名人芸で相変わらず聴き応えがあった。

雀太さんの師匠は雀三郎さん。そして雀三郎さんの師匠が故・桂 枝雀である。「道具屋」は枝雀の十八番。雀太さんが小刻みに体を揺らしながら喋る姿はまるで枝雀の生き写しで、《師匠の落語を受け継ぐ》というのはこういうことなんだなぁとしみじみ想った。

鶴志さんのダイナミックな話しっぷりも良かった。師匠の笑福亭松鶴が酔っ払った時のエピソードをマクラで披露され、それもすこぶる面白かった。また、鶴志さんの喋り方が時々、鶴瓶さんに似ていたので驚いた。鶴志さんと鶴瓶さんは兄弟弟子。ふたりはもしかしたら松鶴の口調を受け継いでいるのかも知れない。う~ん、落語というのは奥が深いなぁ。

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ザ・マジックアワー

評価:B

映画公式サイトはこちら

これは三谷幸喜版「アメリカの夜」(1973)である。 「アメリカの夜」とはハリウッドの映画用語で、カメラに特殊なフィルターを使い、夜の場面を昼間に撮影する「擬似夜景」(day for night)のこと。フランス・ヌーベルバーグ(新しい波)の巨匠フランソワ・トリュフォーが監督した映画讃歌である。余談だがこの映画に監督役で出演したトリュフォーを観て、スピルバーグが「未知との遭遇」に出演依頼をしたというエピソードは余りにも有名。

「マジックアワー」も映画用語で、詳しくは映画本編の台詞、あるいは公式サイトのイントロダクションを参照のこと。この、日没後数十分しかないマジックアワーのみで一本の映画を撮ってしまったのがテレンス・マリック監督の「天国の日々」('78)。撮影監督のネストール・アルメンドロスはこれでアカデミー撮影賞を受賞。映画史上、最も美しい芸術品である。ちなみにアルメンドロスはトリュフォー組のひとりで、代表作に「恋のエチュード」「アデルの恋の物語」「終電車」などがある。

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「ザ・マジックアワー」の舞台となる港町・守加護(すかご)は、禁酒法時代のシカゴを彷彿とさせる。そう。三谷さんが敬愛するビリー・ワイルダー監督の映画「お熱いのがお好き Some Like It Hot」('59)へのオマージュである。「お熱いのがお好き」の名台詞「完璧な人間なんていない(Nobody's perfect.)」も本編に登場する。三谷さんは期間限定ブログでも「お熱いのがお好き」に言及されている→こちら

また、深津絵里がクラブ「赤い靴」(←'48年のイギリス映画)の舞台上で乗る、三日月形のブランコは「ペーパー・ムーン」('73)。この映画に出演したテイタム・オニールは史上最年少(10歳)でアカデミー助演女優賞を受賞した。

Papermoon

劇中に登場する市川崑 監督が撮っている映画は「黒い101人の女」。これは市川監督の名作「黒い十人の女」('61)のパロディ。また「暗黒街の用心棒」という映画も出てくるが、このタイトルは「座頭市」と「用心棒」をくっつけた勝新太郎&三船敏郎ダブル主演、岡本喜八監督の「座頭市と用心棒」('70)のパロディになっている。

そもそも本作の《ピンチを乗り切るため、売れない役者を助っ人として連れてくる。しかし連れてこられた方はこれは映画の撮影だと勘違いしている》というシチュエーションは、三谷さんが大好きな映画「サボテン・ブラザース ¡Three Amigos!」('86)そっくりそのままである。実は三谷夫人である小林聡美さんも週刊誌の《私の一本の映画》という記事で「サボテン・ブラザース」を取り上げている。さらに言えば、このプロットを三谷さんはテレビドラマ「合言葉は勇気」(役所広司、香取慎吾 主演)で既に使用済みである。

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という訳で、そこそこ面白い映画ではあるが二番煎じの感は否めない。荻野清子の音楽も、「ここはゴッドファーザー風」「ここは007風」という意図が透けて見えるし、散漫な印象でいただけない。舞台「コンフィダント・絆」の音楽は良かったけれど、彼女に映画を一本任せるには荷が重すぎたのではなかろうか?

全体的に余りパッとしない本作だが、佐藤浩市の好演が光ることと、種田陽平の美術セットが丁寧な仕事で素晴らしい出来映えであることを申し添えておく。

結局、三谷監督の映画なら「ラヂオの時間」や「THE 有頂天ホテル」の方が僕は好きである。それから次回作は是非、ミュージカル映画を期待したい。「オケピ!」を映画化してもいいだろうし、オリジナル作品ならなお一層、嬉しいなぁ。

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