« 2008年5月 | トップページ | 2008年7月 »

2008年6月

2008年6月29日 (日)

JUNO/ジュノ

評価:B+

映画公式サイトはこちら

Juno

16歳の少女がクラスメイトとセックスして妊娠した…とくれば、どのように話が展開していくかはテレビ「3年B組金八先生」の例を挙げるまでもなく、ある一定のパターンをだれもが頭に浮かべる。

ところが、こちらのそんな安易な予想を次々と裏切る展開をしていくのがこの映画の面白いところである。

妊娠→出産を描けば「命の大切さ」とか「親子の愛情」がテーマになるというのが凡人の考えるところだが、この映画の主眼はそこにはない。むしろ、くそ生意気でひねくれた主人公の少女が、血の繋がらない他人とどのように関係を結んでいくのか?そのことを学び、成長してゆく姿を描く作品である。

だからジュノの母が義理の母親であるという事は決して偶然ではない。そしてそこにジュノの子供を養子にしたいと申し出る夫婦が現れて、物語は意外な方向へ進んでゆく。「シンデレラ」の昔から継母といえば意地悪、里親希望者が登場すれば曰く付きと相場が決まっている。ところが本作はそうじゃない。

少女が迷走した挙げ句、漸く最後にたどり着いた決断は実に感動的であり、想わず涙が零れた。

初脚本の本作でアカデミー賞に輝いたディアブロ・コーディ(29歳、元ストリッパー。ディアブロはスペイン語で"悪魔"の意)は大した才能である。

また、ふてくされていながら実は傷つきやすいヒロインを巧みに演じたエレン・ペイジ(実は撮影時20歳)も素晴らしい。アカデミー主演女優賞候補になったのも大納得である。

さて、これで僕は漸く今年アカデミー作品賞にノミネートされた5作品全てを観ることが出来たのだが、良かった方から順位を付けるとしたらこうなる。

  1. つぐない
  2. JUNO/ジュノ
  3. ノーカントリー
  4. フィクサー
  5. ゼア・ウィル・ビー・ブラッド

でも僕がもしアカデミー会員だったら、「ラスト、コーション」か「潜水服は蝶の夢を見る」に投票しただろう。むしろこれらがノミネートされなかったことに、今のアカデミー賞の問題点がある。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2008年6月27日 (金)

佐渡裕プロデュース 喜歌劇「メリー・ウィドウ」

兵庫県立芸術文化センターに佐渡 裕さん指揮による喜歌劇「メリー・ウィドウ」を観に往った。

20080626133136

かつて、オペラ・ブッファ(Opera buffa)と呼ばれた軽やかな歌劇があった。ロッシーニ「セヴィリアの理髪師」やモーツァルト「フィガロの結婚」がその代表選手である。

そこから派生して台詞と踊りのあるオペレッタ(喜歌劇)が誕生した。オッフェンバック「天国と地獄」(1858初演)、J.シュトラウス「こうもり」(1874)、レハール「メリー・ウィドウ」(1905)などである。

このオペレッタがアメリカに渡り、独自の発展をしたのがミュージカル。現代的ミュージカルとしてほぼ完成の域に達したのが1927年に初演された「ショウボート」である。これの脚本・作詞を担当したのがオスカー・ハマースタイン2世で、彼は後にリチャード・ロジャースとコンビを組み「王様と私」「南太平洋」「サウンド・オブ・ミュージック」などの名作を生むことになる。ハマースタン2世の隣に住んでいてミュージカル創作のノウハウを教えてもらったのが若き日のスティーブン・ソンドハイム。彼は「ウエストサイド物語」や「キャンディード」の作詞を手掛け、また作曲家としても「太平洋序曲」「スウィーニー・トッド」「イントゥ・ザ・ウッズ」などの名作を世に送り出す。

さらに付け加えるならば、モーツァルトの「魔笛」や「こうもり」、「メリー・ウィドウ」が初演されたのはアン・デア・ウィーン劇場。ここでは後に「キャッツ」「エリザベート」「モーツァルト!」などミュージカルがロングラン上演されることになる。このように現在に至るまで脈々と歴史は繋がっているのである。

20080626132756

佐渡さんは昔から上方の落語家・桂 枝雀さん(故人)の大ファンで、CD「枝雀落語大全 第五集」のライナーノーツを執筆されている。それによると以前はぬるめのお湯につかりながら、あるいはウォークマンで車や飛行機の移動中にも、枝雀さんのテープを繰り返し聴かれていたそうである。ものすごいプレッシャーを克服しフランスの指揮者コンクールで優勝を勝ち取れたのも、枝雀落語の支えがあったからだと書かれている。

だから今回、「メリー・ウィドウ」に枝雀さんの弟弟子(おとうとでし)にあたる桂ざこばさんを起用されたのも、そんな想いがあってのことなのだろう。もうざこばさんが登場しただけで大ホールは笑いに溢れ、とても温かい気持ちに包まれた。この起用は大成功だったと言えるだろう。

関連記事:
落語はJAZZだ!~桂 枝雀と上方落語論

また西宮市出身の元宝塚トップスター、平みちさんは男装で格好よくキメて華を添えた。「ベルサイユのばら」の有名な歌「愛あればこそ」もチラッと披露してくれて、場内は大いに盛り上がった。

舞台も宝塚歌劇を意識しており、銀橋(ぎんきょう)が設置されていた。銀橋とはオーケストラピット(オケピ!)と客席との間にある幅1メートルほどのエプロンステージ。まあ花道のようなものである。また、出演者全員によるロケット(ラインダンス)もあった。フレンチカンカンも実に愉しかった(この時は「天国と地獄」の楽曲が使用された)。

セシル・ビートンによる「マイ・フェア・レディ」のドレスを彷彿とさせる衣装デザイン(スティーヴ・アルメリーギ)や白いピアノを模した舞台装置(サイモン・ホルズワース)もとってもお洒落で、目を奪われた(具体的にどんなのかは→こちらを見てね)。

1993年からパリにあるコンセール・ラムルー管弦楽団の首席指揮者として活躍されている佐渡さんの指揮はさすがに洗練されたものだった。物語の舞台となるフランスの香りに溢れ、優雅なワルツの響きにウットリと聴き惚れた。

20080626132836

気品ある物腰で未亡人ハンナを凛として演じた佐藤しのぶ、その美声で観客を魅了したジョン・健・ヌッツォなど歌手陣の充実振りも光る。これは必見。

| | コメント (4) | トラックバック (1)
|

2008年6月25日 (水)

桂吉弥&柳家三三 落語会

NHK連続テレビ小説「ちりとてちん」完全版DVD-BOXを毎日、夢中になって観ている。このDVDの販売総数1万7000セットは「おしん」の9000セットを抜いて(約2倍!)、朝ドラ史上ぶっちぎりのトップだそうである。テレビドラマ史に新たな金字塔を打ちたて、人々を熱狂させて止まないこの空前絶後の名作の何処が凄いのか?その魅力についてはいずれ改めて、言葉を尽くして語りたいと想う。

「ちりとてちん」に出演し、一躍時の人となった上方の落語家が"徒然亭草原"こと、桂 吉弥さん(米朝一門)である。僕は三谷幸喜さんの大ファンなので大河ドラマ「新選組!」に吉弥さんが出演されていた頃から知ってはいたが、今や彼の人気は想像を絶するものがある。吉弥さんの出演する落語会は全て即日完売。大阪に住んでいてもなかなか、彼の高座を聴く機会には恵まれない(吉弥さんはこれを"「ちりとてちん」バブル"と言って謙遜する)。日本中から引っ張り凧で、つい最近も《別府日帰り》とか《鹿児島日帰り》といった強行軍をされたそうだ。しかも別府では2回公演で温泉に入る暇もなく、帰りの飛行機の中で立ち上る湯煙を眺めながらため息をつかれたとか。

そんな中、6月19日に吉弥さんと柳家三三(やなぎや さんざ)さんの「ふたり会」を聴きに、繁昌亭に足を向けた。これも発売10分でチケットが完売したそうである。

吉弥さんは第2回繁昌亭大賞で奨励賞を受賞、その授賞式および落語会が翌20日に繁昌亭で行われたのだが、こちらは欠席された。同じ日に「第77回堺一条じょいふる亭」という落語会に出ることが、先に決まっていたからである。これは師匠の故・桂 吉朝さんが生前、中心となって開催されていた会だそうだ(→吉弥さんのブログへ)。

受賞の連絡を受けた日はある劇団の公演に役者として出演中で、その日にあった記者会見も出席出来なかったとか。「『本当は吉弥は大賞が欲しかったのに、次点の奨励賞だったからへそを曲げて来ないんじゃないか』と誤解されてるかも知れませんが、全然そんなことないんですよ」と吉弥さん。

20080619180803_edited

今回の演目は以下の通り。

  • 桂  二条 「つる」
  • 柳家三三 「五目講釈」
  • 桂  吉弥 「蛸芝居」
  • 桂  吉弥 「短命」
  • 柳家三三 「笠碁」

東京から来られた三三さんは、特に「五目講釈」が絶品だった。道楽が過ぎて勘当され居候する若旦那が、長屋の連中を集めて講釈を語る。これが色々な内容がごちゃ混ぜになって迷走。挙句の果てにはフーテンの寅さんとか福田康夫、小沢一郎、オシム監督など時事ネタも飛び出すなど奇想天外な展開に大笑い。

吉弥さんは師匠も得意としていたネタ、「蛸芝居」がさすがの上手さだった。やっぱり役者もやっているだけに口跡がよく、「七段目」などの芝居噺が光る。

しかしそこは所謂《落語通》が沢山詰め掛けている繁昌亭。中入り(休憩)の時に、「あの蛸が登場するところはもっと芝居をたっぷり見せる所なのに……。あっさり流されちゃって、えっ、これで終わり!?って拍子抜けしたわ」「まあ別府から日帰りでお疲れなんでしょう」「いつの間にやら偉くなっちゃって」などと陰口も聴こえてきた。僕に言わせればこれは、最早《自分たちの吉弥》ではなくなった事に対するヤッカミ半分にしか聴こえないのだが、人気者はつらいねぇ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2008年6月24日 (火)

神尾真由子ヴァイオリン・リサイタル二連発!

2007年に開催されたチャイコフスキー国際コンクールで優勝したヴァイオリニスト、神尾真由子さんのリサイタルを聴いた。ピアノ伴奏はロハン・デ・シルヴァ。

大阪府豊中市に生まれた神尾さんは22歳。現在もチューリッヒ音楽院で研鑽を積んでいる。彼女が使用しているストラディヴァリウスは以前、ヨーゼフ・ヨアヒム(ブラームスがヴァイオリン協奏曲を献呈した人)が所有していたもので、2001年(彼女がまだ15歳の時!)にサントリー財団より貸与された。

ちなみに、90年にチャイコフスキー国際コンクールで優勝した諏訪内晶子さんが使用しているストラディヴァリウス「ドルフィン」はかつて巨匠ヤッシャ・ハイフェッツが使用していたもので日本音楽財団から貸与されており、パガニーニ国際コンクールで優勝した庄司紗矢香さんは日本音楽財団より貸与されたストラディヴァリウス「ヨアヒム」を使用している。

つまり、自分でストラディヴァリウスを購入せざるを得ないヴァイオリニストなんて、たいした才能はないということだ。ましてや持っていること自体を宣伝材料にするなんて……(誰のこと言ってるか分かります?)。さらに言えば五嶋みどりさん(大阪府出身)のヴァイオリンはグァルネリで、これは社団法人・林原共済会から終身貸与されているそうだ。閑話休題。

Mayuko

まず6/10に堺市立栂文化会館で聴いたプログラムは以下の通り。

  • シューベルト/ロンド
  • フォーティン/フォールン・ライト(委嘱作品)
  • チャイコフスキー/なつかしい土地の思い出より 瞑想曲
  • チャイコフスキー/ワルツ・スケルツォ
  • ショーソン/詩曲
  • サン=サーンス/序奏とロンド・カプリチオーソ
  • ラヴェル/ツィガーヌ

そして6/23いずみホール(大阪市)のプログラムは下記。

  • モーツァルト/ヴァイオリン・ソナタ第28番 ホ短調
  • プーランク/ヴァイオリン・ソナタ
  • チャイコフスキー/なつかしい土地の思い出より 瞑想曲
  • チャイコフスキー/ワルツ・スケルツォ
  • フランク/ヴァイオリン・ソナタ

こうして並べてみると、いま神尾さんが力を注いでいるのがフランス音楽だというのがお分かり頂けるだろう。プログラムの約半分を占めている。

アンコールは栂文化会館が

  • シマノフスキ/「神話」より第2曲 ナルシス
  • チャイコフスキー/なつかしい土地の思い出より メロディ

で、いずみホールはチャイコフスキー/メロディのみだった。ちなみに、両会場ともチケットは早々に完売した。

神尾さんのヴァイオリンの特徴は、まずその野太い音にある。楽器の性能を極限まで駆使し、鳴らし切るという鮮烈な印象。下手なヴァイオリニストが弓を弦に強く当てて弾くと、本来鳴るべきではない別の弦の音まで混じり、濁る。神尾さんにはそれが一切ない。そこが素晴らしい。

彼女には内側から迸るパッションがある(小説の主人公に喩えるなら「風と共に去りぬ」のスカーレット・オハラとか、「嵐が丘」のヒースクリフみたいなタイプ)。しかし、それを巧みにコントロールする術も体得している。神尾さんの日常を追ったNHKのドキュメンタリーで彼女のお母さんがインタビューに答え、子供の頃はその激しい感情の起伏を抑えることが出来なかったといったお話をされていた。

同じ番組で、ハードロックをヘッドホンでガンガン鳴らしながら、真夜中に自宅近くをジョギングする神尾さんの姿も捉えられていた。普段、クラシック音楽は一切聴かないそうである。彼女曰く、「体を鍛えないと」……末恐ろしい娘だ。僕は感服した。

生で聴いた彼女はさすが世界トップクラスの実力であり、ステレオ録音の残るハイフェッツ以降の歴代ヴァイオリニストと比較しても、彼女ほど熱いハートのこもった音楽を聴かせてくれる奏者は思い浮かばない。

ただ、たこ焼きやお好み焼きが名物の大阪出身だけに、濃厚なソース味のような演奏なのでモーツァルトの音楽は彼女の資質に(現時点では)合っていないなという印象を受けた。たとえ悲劇性を帯びた短調でも、モーツァルトはもっと軽やかさが欲しい。

しかし、チャイコフスキーは言うに及ばずフランスものもお見事でした。特に圧巻だったのはプーランクのソナタ。これはもう何かに憑かれたような、鬼神迫るものがあり、聴衆を圧倒した。人々は固唾を呑んで彼女を見守り、場内は物音一つしなかった。演奏終了後、あちらこちらから「す、凄かったね……」と恐れ戦いた様な囁き声がちらほらと聞こえてきた、そんな演奏会であった。

少々残念だったのは、コンクール予選で彼女が文句なしの名演を披露したワックスマン/カルメン幻想曲が今回聴けなかったこと(フランツ・ワックスマンはユダヤ系ドイツ人で、ナチスから逃れハリウッドに渡った映画音楽作曲家)。まあこれは次の機会のお楽しみとしよう。

神尾さんは11月に大植英次/大阪フィルハーモニー交響楽団の定期演奏会に登場し、ベートーヴェン/ヴァイオリン協奏曲を披露する予定。でも僕としてはベートーヴェンなんかより、プロコフィエフ、バルトークとかコルンゴルトのコンチェルトが聴きたいなぁ。

| | コメント (2) | トラックバック (0)
|

2008年6月23日 (月)

3000人の吹奏楽 2008

昨年の感想はこちら。なるべく内容が重複しないように書きたいと想う。

20080622140837

京セラドーム大阪で開催された「3000人の吹奏楽」、今年も終わってみれば3時間半弱の長丁場。それでも愉しくて、途中飽きることはなかった。昨年のゲストは振付家で詰まらなかったが、今年は「報道ステーション」のテーマ曲を作曲・演奏しているジャズピアニストの松永貴志さん。演奏に切れがあったし、テクニックも抜群で素晴らしかった。また「blast !」でお馴染みの石川 直さんがスネアドラムの華麗なるパフォーマンスを披露して下さり、こちらも圧巻だった。

そうそう、昨年まで8年連続出場していたマナ・カナこと三倉茉奈・佳奈 姉妹は今年は不参加だった。平成20年度後期に放送されるNHK連続テレビ小説「だんだん」が現在撮影中だからである。朝ドラ史上初となる二度目のヒロイン、頑張って下さい。

20080622141949

さて、今年のテーマは「~未来へ~歌いつなごう日本のうた」ということで、これは昨年暮れに亡くなった前・関西吹奏楽連盟理事長、松平正守先生が発案されたものだそうだ(現・関吹理事長は”丸ちゃん”こと淀工の丸谷明夫先生)。

20080622143245_2

秀逸だったのは向陽台高等学校 ウィンドバンド。初っ端の「宇宙戦艦ヤマト」「ルパン三世」から速いテンポで、軍隊式の規律正しいきびきびした動きに魅了された。ここが女子ばかりというのは俄かに信じられない。またこのバンドの魅力はステップの面白さにもある。

淡路地区合同バンドが作詞家の阿久悠メドレーを演ったのも印象的だった。このマーチングバンドは11の中学校吹奏楽部の寄り合い所帯なのだが、淡路島って大きいんだなぁと改めて驚いた。阿久悠さんは淡路島出身ということで、考えてみれば直木賞候補となり夏目雅子・渡辺謙 主演で映画化された彼の小説「瀬戸内少年野球団」も終戦直後の淡路島が舞台だったなぁと懐かしく想い出した。

女子高の明浄学院Queenstarと武庫川女子大付中・高マーチングバンドはマーチングバンド・バトントワリング全国大会の常連校だけに、カラーガード隊の上手さがさすがであった。京都橘高等学校は編成の規模が大きい割りに、カラーガード隊の人数が少ないのに違和感がある。中途半端。もっと増やすか、あるいは完全になくす方がかえってすっきりする気がするのだが、どうだろう?

淀工「ザ・ヒットパレード」は相変わらずサウンドの美しさが光っていた。吹奏楽コンクールにおけるここの強さの秘訣は、マーチングもやっていることにあると僕は睨んでいる。2004年にテレビ「笑ってこらえて!吹奏楽の旅」で淀工が取り上げられたとき、全日本吹奏楽コンクール大会直前に丸ちゃんが生徒たちに対し、課題曲《吹奏楽のための「風之舞」》を学校のグラウンドでマーチングしながら演奏させていたのには強烈な印象を受けた(「風之舞」は本来マーチではない)。つまり行進は一定のスピードで動くので、マーチングすることにより揺るぎのないテンポ感が養われるのである。

20080622173213 

上記写真は淀工のパフォーマンス。「世界に一つだけの花」の中からクジラが生まれたところ。

日本一のチア・リーダー部、箕面自由学園高校ゴールデンベアーズの超人的演技を、今年もまた観れたことがとても嬉しかったことを言い添えておきたい。関西のパワー炸裂である。

20080622174745

最後は照明が落とされ、ペンライトによる幻想的光景がドームを覆う。そして打ち上げ花火で華やかに幕となった。

実質的に出場者が4000人規模の「3000人の吹奏楽」は今年で48回目。2年後に50周年を迎える。恐らくその頃には「5000人の吹奏楽」と名称が変わることになるのではないだろうか。

こっちも読んでねッ!
前略 関西吹奏楽連盟さま

| | コメント (9) | トラックバック (1)
|

2008年6月21日 (土)

一つのメルヘン~児玉 宏/大阪シンフォニカー交響楽団 音楽監督就任!

児玉 宏/大阪シンフォニカー交響楽団 音楽監督・首席指揮者就任記念演奏会をザ・シンフォニーホールで聴いた。NHKがテレビ収録しており、そのうちBS-2で放送されるようだ。

20080620185025

まずはウォルトン/戴冠式行進曲「王冠」。僕がこれを最初に聴いたのが高校生の時。ジョン・ウィリアムズ/ボストン・ポップスによるLPレコードの演奏だった。しかし生で聴くのは今回初めて。それだけ日本ではウォルトンが滅多に演奏されないということだろう。パイプオルガンを伴った華やかなファンファーレが就任記念に相応しい。児玉さんらしく溌刺として小気味いい快演。

次にR.シュトラウス/交響詩「マクベス」。これも珍しい。22歳の時に書き始められた、シュトラウス最初の交響詩だそうだ。しかしライトモティーフ(示導動機)を駆使した技法は既に完成の域に達しており、聴き応えのある名曲だった。これはもっと演奏されても良い作品だと想う。

ただ、シュトラウスの父親はホルン奏者だったので、彼の音楽はホルンを中心に金管セクションが大活躍をする。その点、奏者の技量に些か苦しいところが散見されたのも事実である。しかし金管が弱いというのは関西のオケ全体の問題であり、シンフォニカーだけを責めるわけにはいかないだろう(関西でこのセクションが一番上手いのは大阪市音楽団である)。児玉さんは就任されたばかりだし、今後の充足に期待したい。

休憩を挟んでプロコフィエフ/交響曲第7番「青春」。これは世紀の名演であった。

1917年に勃発したロシア革命はロシアの作曲家たちの運命を様々に翻弄した。革命政府に故郷の土地を没収されたストラヴィンスキーはハリウッドに住み、最終的にニューヨークで没した。同様に革命を逃れたラフマニノフはカリフォルニア州ビバリーヒルズで没している。

ショスタコーヴィチは母国に留まり、共産党政権から絶えず批判に曝されながら、生涯闘い抜いた。

一方、プロコフィエフは革命後シベリア・日本経由でアメリカへ渡り、さらにパリに住んだ。しかし、1930年代に帰国、晩年にはソヴィエト共産党中央委員会から、その作風が社会主義リアリズム路線に反すると批判を浴びながら61歳で生涯を閉じた。

交響曲第7番は死の前年に完成された、プロコフィエフ最後の交響曲である。晩年の作曲家に去来した想いはどのようなものだったのか?その答えがこの曲の中にある。

以下は児玉さんの指揮するシンフォニカーの演奏を聴きながら、僕が感じたことである。音楽というのは抽象的な芸術であり、僕の解読が唯一正しいと主張するつもりなど毛頭ない。百人百様の感想があるだろうし、それで良いのだろう。

第1楽章。まず弦が儚げな、些か哀しみのこもった第1主題を奏でる。苦い後悔、そして諦めの気持ちが滲む。第2主題は明朗な気分へと一転し、作曲家が自らの青春時代を懐かしんでいるかのよう。

第2楽章は時に拍子が外れたワルツ。児玉/シンフォニカーは爽快なドライブ感でこれを奏で、まるで生き生きと魚が飛び跳ねているような新鮮さ、勢いがあった。

第3楽章、アンダンテ・エスプレシーヴォ。優しく、夢へといざなう子守歌。それは一つのメルヘン、言い換えるなら現実逃避の世界とも言えるだろう。

第4楽章は序奏に続いてまたまた活きの良い楽想がピチピチ跳躍する。おもちゃ箱をひっくり返した様な賑やかなお祭騒ぎとなり、最後は第1楽章の主題が回顧され、弱奏のピチカートで消え入るように終わる。それはまるで、人生の終末を暗示しているかのようだ。

文句の付け入る余地のないパーフェクトな演奏だった。

方やチャイコフスキー、マーラー、ショスタコーヴィチを得意とする大植英次さんがいて、方やベートーヴェン、ブルックナー、プロコフィエフを得意とする児玉 宏さんがいる。遂に大阪に完璧な布陣が敷かれた。この二大巨匠時代に居合わせ、時代の証人となれる自分はつくづく幸せ者だと想う。

関連記事:

* 同じ演奏会を聴かれた方の感想→ほどほどEssay

| | コメント (2) | トラックバック (0)
|

2008年6月20日 (金)

凍てついた明日

宝塚バウホールで「凍てついた明日-ボニー&クライドとの邂逅-」作・演出/荻田浩一)を観た。

ハードボイルド映画の名優と言えばハンフリー・ボガート、通称ボギー(「マルタの鷹」「カサブランカ」「必死の逃亡者」)。そして、小池修一郎さんと並び宝塚歌劇を代表する名演出家・萩田浩一さんはヅカ・ファンの間ではオギーと呼ばれている。

オギーはハイセンスなショー演出家としても抜きん出た才能を示す。その代表作が「パッサージュ」。そしてドラマの代表作がこの「凍てついた明日」だろう。初演は98年。香寿たつき(クライド)、月影瞳(ボニー)のコンビが演じた。

Ashita

僕はフランス、ヌーベルバーグ(新しい波)の映画は好きだけれど、「俺たちに明日はない(原題:Bonnie and Clyde)」('67)から始まるアメリカン・ニューシネマは好みじゃない。特に「イージー・ライダー」('69)とか「真夜中のカーボーイ」('69)みたいな汚らしい映画は大嫌い!《アメリカン・ニューシネマとは、その予算も志も貧相な映画である》というのが僕の定義だ。その中で名作だと想うのは、つい先日亡くなったシドニー・ポラック監督が大恐慌時代のダンス・マラソンを描いた「ひとりぼっちの青春(原題:"They Shoot Horses, Don't They?"ー彼らは廃馬を撃つー)」 ('70)くらいかな。

で「俺たちに明日はない」で描かれ、実在した銀行強盗のコンビ、ボニーとクライドを題材にしたのが宝塚版「凍てついた明日」である。

宝塚歌劇というのは基本的に愛と夢を描く、華やかな世界である。ある意味少女漫画的と言い換えてもいい。そんな中でボニー&クライドのようなピカレスク・ロマンに挑戦するというのは、極めてリスクの高い賭けである。そしてオギーの台本は見事にそのハードルをクリアしている。大恐慌時代の閉塞感を巧みに描き、主人公ふたりの行き場のない焦燥感から物語終盤の諦念、そして自分たちを待ち受ける運命の受容に至る過程を、説得力を持って描き切った。最後は感動的ですらある。映画「俺たちに明日はない」よりこちらの方が断然面白い。

ディキシーランド・ジャズやカントリー・ミュージックの要素をふんだんに盛り込んだ音楽(作・編曲/高橋 城)も素晴らしい。さらに衣装・装置は初演とは別のスタッフを起用し一新。こちらも文句なし!

今回10年ぶりの再演でクライドを演じた凰稀かなめさんは背が高くて、兎に角その立ち姿が美しい。動作ひとつひとつが絵になって格好よく、痺れた。凰稀さんは雪組「エリザベート」(再演)の皇太子ルドルフ役で一世を風靡したわけだが、新たなるカリスマ・スターの誕生に快哉を叫びたい。

ただ、ボニー役の大月さゆさんには若干の不満が残る。映画でこの役を演じたのはフェイ・ダナウェイ。やはりボニーには厭世的というか、生きることに倦んだ無表情が相応しい。そういう意味では"クール・ビューティ"と呼ばれた、初演の月影瞳さんは、正にはまり役であった。

| | コメント (2) | トラックバック (0)
|

2008年6月18日 (水)

前略 関西吹奏楽連盟さま

昨年、当日券狙いで大阪から京都まで関西吹奏楽コンクール《高校の部》を聴きに往って、とんでもない目にあった。

関西吹奏楽連盟は関係者のみにコンクールのチケットを配布し、一般の前売りは一切しない。そして当日券についても直前まで何枚出るかを明らかにせず、前半の部50枚、後半は20枚という事実が公表されたのはなんと大会前日であった。

聞くところによると、当日朝6時に会場に着いた人でさえ当日券は手に入らなかったそうである。結局買えたのは徹夜組だけ。その中には女子高生も何人かいたらしい。これは果たして、大会の趣旨として健全な姿なのだろうか?

ことの顛末については詳しく「玉砕!関西吹奏楽コンクール~京都頂上作戦」に書いた。結局、諦めきれなかった僕は後日、東京・普門館に全国大会を聴きに往った。関西大会では手に入らなかったチケットが、全国大会は容易に入手出来たのである。おかしな話だ。兎に角、関西大会のこのような閉鎖的で旧弊な販売方法は絶対に間違っている。

僕は朝日新聞大阪本社(電話06-6231-0131)内にある関西吹奏楽連盟に以上の旨、抗議した。

では今後、どのようにすればいいのか?具体案を示そう。今年の関西吹奏楽コンクール《高校の部・A組》は8月28日(木)に尼崎総合文化センター(アルカイックホール)で行われる。大ホールの客席数は1,820席である。このうち20席を審査員および関係者席とし(足りなければ補助席を出せばいい)、出場校は前半・後半がそれぞれ10校であるから前半の部・後半の部のチケットのうち1,000席ずつを各学校に配布する。1校あたり100枚。コンクールの出場人数制限は50人だから1人あたり2枚の割り当てとなる。妥当な線だろう。そして残る800席を一般発売とするのである。これを全て当日券扱いにしてもいいし、チケットぴあに委託販売してもいいだろう。ちなみに普門館で行われる全日本吹奏楽コンクールは客席の半分をチケぴで販売している。全日本に出来て関西が出来ない筈はない。

もしこれをお読みの貴方が関西吹奏楽コンクールを是非聴きたいと想われるなら、是非関西吹奏楽連盟にこの問題提起をして頂きたい。どうか、心よりお願い致します。

僕は今から行く気満々で、今からこの日の仕事のスケジュールは完全に空けている。

今は21世紀。20世紀的手法は最早古い。関吹がもっと開かれた場になることを心から願う。

| | コメント (1) | トラックバック (0)
|

2008年6月17日 (火)

続・一筋縄ではいかぬ男、児玉 宏~名曲コンサート

児玉 宏/大阪シンフォニカー交響楽団による「名曲コンサート」を聴いた。Meikyo_edited

前回、児玉さんが振った時の感想はこちら

「名曲コンサート」と言いながら児玉さんの選曲には一癖も二癖もある。恐らくザ・シンフォニーホールに集った聴衆のうち、グノー/交響曲第2番を聴いたことがある人なんて1%にも満たないであろう。ちなみに来年、児玉さんが振る「名曲コンサート」の曲目は以下の通り。

  • モーツァルト/交響曲第34番
  • メンデルスゾーン/ピアノ協奏曲第1番
  • シューベルト/交響曲第3番

どうです?見事に変化球でしょう。つまり児玉シェフが腕を振るう《おまかせコース》は、「こんな料理、一度も口にしたことがない!でも、最高に美味しい!!」というものばかりなのである。

20080615165038

まず第1曲目、ウエーバー/「オイリアンテ」序曲は切れ味のいい、躍動感溢れる解釈。「聴かずに死ねるか!児玉 宏/大阪シンフォニカーのベートーヴェン」でも書いたのだけれど、児玉さんの音作りはカルロス・クライバーを彷彿とさせるものがある(つまり桁外れの才能ということだ)。今回もこれを聴きながらクライバーが「魔弾の射手」序曲を振っている雄姿を想い出した。

お次はベートーヴェン/ピアノ協奏曲第5番「皇帝」。やっぱり児玉さんのベートーヴェンは最高だ。基本的にはビブラートを掛けた演奏なのだが、時折ふとノン・ビブラートの表情を見せ、それが「ハッ」とするほど美しい。音は決して溜めない。弦楽器群はフレーズごと弓をきちんと離し、スッと減衰する。古楽器オーケストラのようにアタックやアクセントを強調しないが、それでも十分弾力があって表情が生き生きしている。フットワークの軽いベートーヴェン。これぞ21世紀の新しい解釈、児玉さんの真髄である。形ばかりに拘り(ベーレンライター版使用、反復指示の遵守、対向配置)、中身は20世紀の古臭い解釈のままという大植英次さんの鈍重なベートーヴェンとは大違いだ。

グノー/交響曲第2番は今回初めて聴いたのだが、ベートーヴェンの第九との親和性を強く感じた。特に第3楽章のスケルツォが第九の第2楽章によく似ている。さすが児玉さん、「皇帝」の後にこれを持ってくるというのも意味深である。フランス音楽というと"エスプリ"、"洗練"といった言葉を連想するがこのグノーの曲はそういった類ではなく、もっと明朗で素朴。のびやかな気分で聴けて、とても愉しめた。この天才シェフの腕は確かだ。

さて、いよいよ6月20日は同じザ・シンフォニーホールで児玉さんの《音楽監督・首席指揮者就任記念》定期演奏会である。楽曲解説はこちら。児玉さんからのメッセージはこちら。当日券もあるようだ。読者諸君、これを聴かずして何を聴く?

関連ブログ記事:
ぐーたらOL Essay

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2008年6月16日 (月)

インディ・ジョーンズ/クリスタル・スカルの王国

評価:C+

映画公式サイトはこちら

20080515112350

シリーズ三作目「インディ・ジョーンズ/最後の聖戦」('89)が製作されてから実に19年ぶりの新作である。第一作「レイダース/失われた聖櫃」が公開された当時、僕は高校生だった。映画館で観た直後に買ったサントラは未だCDではなくて、LPレコードだった。だから今回のC+というのはノスタルジーが加味された甘い評価である。

全く自慢にはならないが、僕はスピルバーグの劇場映画デビュー作「続・激突!カージャック」(The Sugarland Express, 74年)以降、彼の映画24本+1/4(オムニバス映画「トワイライト・ゾーン/異次元の体験」)全てを観ている。その系譜の中で冷静に考えれば、「クリスタル・スカルの王国」の出来は「オールウェイズ」ほど悲惨ではないけれど、「フック」「ロスト・ワールド」「A.I.」レベルかな?というのが率直な感想である。

「クリスタル・スカルの王国」の時代設定は1957年である。《1947年にロズウェルで墜落したUFOを運び込み、宇宙人と共同研究をしている》という伝説で有名なネバダ州アメリカ軍基地エリア51から物語は始まる。そしてエルヴィス・プレスリー登場によるロックンロール・ブーム、チキンレース(映画「理由なき反抗」'55)、赤狩り、地上核実験場といった時代のアイテムを散りばめながらテンポよく進んでいく。

ただ本作に「ダイ・ハード4.0」、「ボーン・アルティメイタム」のような手に汗握る迫力あるアクション・シーンを期待すると肩透かしを食らうことになる。むしろディズニー・ランドでジェットコースターや急流下りのアトラクションに乗り込んだ時のようなゆるい感覚で、時折盛り込まれたユーモアを愉しみながら観るべき映画なのだろうと途中で悟った。

前三作と今回の大きな違いはCGがフルに活用されていること。スピルバーグ映画に大々的にCGが導入されたのは「ジュラシック・パーク」('93)以降の話である。ただ、映画特撮におけるCGの技術は「ロード・オブ・ザ・リング」シリーズと「スター・ウォーズ」エピソード1-3で頂点を極めた感が強く、ヨーダのデジタル化やゴラムを体験してしまった今、最早どんな映像を観ても不感症になってしまった自分に気づく。「クリスタル・スカルの王国」に新鮮な驚きは皆無だった。

撮影監督は前三作のダグラス・スローカムから「シンドラーのリスト」以降、スピルバーグの全作品を担当しているヤヌス・カミンスキーに交代した。カミンスキーの映像は冒頭の砂漠の場面では黄色く乾いた色調で、イェール大学でインディが教鞭を執る場面では50年代イーストマン・カラー調となり、さらに南米に飛び冒険が始まるとまた画質が変化していく。その色彩設計は相変わらずパーフェクトだ。

そしてやはり、このシリーズを語る上で巨匠ジョン・ウイリアムズの音楽について触れないわけにはいかないだろう。

ドイツの作曲家ワーグナーが発明し、オペラの中で用いたライトモティーフ(示導動機)という手法は、R.シュトラウス(オペラ「サロメ」「ばらの騎士」)、そしてE.W.コルンゴルト(オペラ「死の都」「ヘリアーネの奇蹟」)へと受け継がれた。しかし、ナチスの台頭と共にユダヤ人であったコルンゴルトはウィーンからアメリカに亡命、映画音楽にその手法を持ち込んだ。そして「風雲児アドヴァース」('36)「ロビン・フッドの冒険」('38)で2度アカデミー作曲賞を受賞することになる。ライトモティーフはハリウッドではシンプルにテーマと呼ばれるようになり、コルンゴルトの手法はジョン・ウィリアムズに引き継がれた。ウィリアムズの「スター・ウォーズ」サーガはワーグナーの楽劇「ニーベルングの指輪」に匹敵するスペース・オペラの大傑作であることは今更、僕が強調するまでもないだろう。

「クリスタル・スカルの王国」で懐かしかったのは第一作目以来となるマリオンのテーマが復活したこと。そして映画冒頭、エリア51の場面で聖櫃(アーク)のテーマが鳴り響く。つまり第一作ラストシーンで聖櫃が運び込まれた場所が、ここであったことを音楽が示しているのである。

今回はクリスタル・スカルのテーママットの冒険、そしてケイト・ブランシェット演じるイリーナのテーマなど新たな魅力的ライトモティーフが加わり、豊穣な音楽を紡ぎ出してゆく。文句なく素晴らしい。また、(第三作を彷彿とさせる)車とバイクのチェイス・シーンではイェール大学構内を突っ走るバイクの情景に重ねてブラームス/大学祝典序曲に登場する、陽気なドイツの学生歌が引用されたりしてユーモアのセンスも抜群である。必聴。

  20080601193224 

最後に、これは日本人特有の感性なのかも知れないが、本作に限らず「ブロークン・アロー」('95)や「トータル・フィアーズ」('02)などハリウッド映画で核爆発を扱った場合、放射能被爆の後遺症についての無知・無理解がいつも気になることを付け加えておく。恐らく一年以内にインディ・ジョーンズは白血病を発病して死ぬだろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2008年6月14日 (土)

アフタースクール

評価:B+

映画公式サイトはこちら

20080605135827_edited   

恩田陸が書いた「ドミノ」という小説がある。ドミノ倒しの如く一気呵成に事件が動き出し、様々な登場人物たちが時には交差し、時には離れながら東京駅という終着地点へ向けてノン・ストップで収斂してゆく。読み出したら止まらない傑作だ。

「ドミノ」と似た手法を映画でやってしまったのが「運命じゃない人」である。これはキネマ旬報ベストテン 第5位となり、内田けんじ監督は脚本賞も受賞した。

その内田監督の最新作が「アフタースクール」なのだが、前作同様に計算し尽くされた緻密なプロットによる脚本が圧倒的に素晴らしい。これは出色のミステリーだ。騙される快感、misleadingの醍醐味を堪能した。

自主映画が評価され、ぴあフィルムフェスティバル(PFF)スカラシップの権利を得て製作された「運命じゃない人」は低予算だったので無名の俳優ばかりだったが、今回は役者も豪華になっている。特に飄々とした大泉洋と、屈折した人物像を見事に演じた佐々木蔵之介が出色である。必見。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2008年6月13日 (金)

至福の時~大植英次/大フィルのエルガー

今回の記事は僕が以前に書いた「大植英次のエニグマ”謎”」と是非併せてお読み下さい。

大植英次/大阪フィルハーモニー交響楽団の定期演奏会に往った。コンサートマスターは長原幸太さん。

20080612200907

会場のザ・シンフォニーホールには遅れて到着したので、ヴォーン=ウィリアムズ/タリスの主題による幻想曲 は残念ながら聴けなかった。

続く、ブリテン/ヴァイオリン協奏曲 の独奏はダニエル・ホープ。実はチャイコフスキー国際コンクールで優勝した神尾真由子さんのリサイタルを二日前に聴いたばかりだったので、「神尾さんの方が断然上手いや」というのが第一印象。ホープも決して悪くはないのだが、如何せん分が悪い。大フィル定期は4月が長原さんのヴァイオリン独奏で、5月がヴィオラ協奏曲。ゲストが弦楽器に偏りすぎではなかろうか?正直飽いた。

ただ、ホープがアンコールで弾いたラヴィ・シャンカール/メニューインの思い出 は面白かった。シャンカールはインド生まれの作曲家でシタール(インド発祥の弦楽器)奏者でもある。だからヴァイオリンのための作品でも曲調がシタール風で非常にユニークなのだ。僕は彼が音楽を担当した映画「ガンジー」(82)のことを想い出しながら、悠久のガンジス川の流れに身を委ねるような心地で聴いた。ちなみに「ガンジー」でシャンカールはアカデミー賞にノミネートされたのだが、この年作曲賞を受賞したのは「E.T.」のジョン・ウイリアムズ。これはいくらなんでも相手が手強すぎた。

休憩を挟んでいよいよ待望のエルガー/エニグマ変奏曲 である。冒頭、弦楽器群によるアンダンテの主題はじっくり、ゆったりと歌われる。大植さんの解釈はむしろアダージョと言っていい位。息の長い旋律が続く。史上最長のエニグマ演奏といわれたバーンスタイン/BBC交響楽団のCDのことが一瞬、脳裏に浮かんだ。

しかし変奏に入ると様相は一変し、各々の変奏の性格に合わせ、ある時は風に舞う鳥の羽のように軽やかに、ある時は躍動感に満ち生き生きと、あるいは激しく畳み込むような勢いで、変化に富む目の醒めるような演奏であった。

大植さんは手をひらひらさせたかと想うと、メロディーに乗って唸り声を上げ、またチェロ独奏が活躍する第12変奏では間合いで「ハアーッ」と大きな吐息をついたりと、いつになく気合の入った指揮ぶりだった(最後は珍しくもガッツポーズが飛び出した)。

そしてやはりこの演奏の白眉といえば、なんと言っても第9変奏ニムロッド!ピアニッシモで囁くように始まる弦の崇高なまでの美しさときたら、もう筆舌に尽くしがたい。それはまるで教会に響く賛美歌のように聴こえた。これぞ大フィルの底力。そして次第にクレッシェンドする音楽にシンクロナイズするように、ある夏の夜、友人とベートーヴェンについて語らいながら散歩するエルガーの姿が僕の目の前に幻視された。

それは正に奇蹟の夜だった。

| | コメント (0) | トラックバック (1)
|

2008年6月11日 (水)

淀工サマーコンサート 2008

大阪府立淀川工科高等学校吹奏楽部(淀工)のサマーコンサートを聴きに、守口市市民会館(モリカン)へ往った。昨年の感想はこちら

20080609084926_edited

まずオープニングは華々しくアルフレッド・ニューマン/20世紀FOXファンファーレ(1935)。そして、そのままカーペンターズ・フォーエバー(真島俊夫 編)になだれ込む。これは全曲版ではなく"トップ・オブ・ザ・ワールド"や"遥かなる影"の入らないカット版。淀工がマーチングコンテスト等で演るバージョンだ。ただ、昨年11月の全日本マーチングコンテストや、今年1月のアマチュアトップコンサートでの演奏と比較すると、まだまだ金管が荒っぽいなという印象を受けた。つまりこの3月で3年生が卒業し世代交代したために、今のバンドは発展途上の段階にあるということだ。しかし彼らも、これから半年でぐんぐん伸びていくことだろう。その成長を見守るとことも、高校生バンドを聴く愉しみの一つである。

続いて2008年全日本吹奏楽コンクール課題曲4曲。まずは丸谷明夫 先生(丸ちゃん)の指揮でマーチ「晴天の風」丸ちゃんらしい、きびきびと軽快な演奏。作曲したのは香川県高松市在住の高校生である。「課題曲なので色々と言われていますが、高校生にしてはよく書けていると想います」と丸ちゃん

「セリオーソ」について丸ちゃんは「"セリオーソ"というのは"厳かに"とかいう意味ですが、羞恥心のないうちの生徒には縁のない言葉です」と聴衆の笑いを誘い「こういう暗い、辛気臭い曲は苦手なので…」と、これをコンクールで演奏する予定の高知県・土佐女子高等学校吹奏楽部の先生と指揮をバトンタッチ。

「天馬の道~吹奏楽のために」大阪朝鮮高級学校吹奏楽部の先生が指揮をされた。ふたりともコンサート前に15分ほどリハーサルをされたとのこと。

「ブライアンの休日」については事前に指揮者を決めておらず、客席から立候補してもらおうという趣向。「できれば、学校の先生がいいですねぇ……」と会場を見渡した丸ちゃん、ふと客席中央に坐っている初老の男性に目を留めた。「おやっ、もしかしたら京都・洛南高校の顧問をされていた宮本先生ではないですか!?是非こちらにお越し下さい」と手招きをする。

ステージに上がった宮本先生に丸ちゃんは「今日先生がいらっしゃっているなんて全然知りませんでした。招待状も差し上げなくて申し訳ありません。お金を払って入場されたのですか?大変失礼なことをしました」と一連のお詫びを述べた後、聴衆に向かい宮本先生の紹介をした。「先生は私にとって良きライバルでした。関西吹奏楽コンクールではいつも洛南高校という強敵がいて、うちも散々苦労させられました。でも先生が辞められて、ちょっと寂しいです」恐縮する宮本先生。

洛南高等学校は1981年以降、計14回吹奏楽コンクール全国大会に出場している(うち金賞受賞は4回)。その全てを指揮されたのが宮本輝紀 先生だった。我が家には洛南が1992年に自由曲で披露した「華麗なる舞曲」を収録したCDがあるが、その演奏のあまりの凄さに腰を抜かした。百聞は一見にしかず、是非一度聴いてみて下さい。これには淀工が「大阪俗謡による幻想曲」で史上最高のパフォーマンスを披露した89年の伝説的名演も入っている。

Cd
↑「全日本吹奏楽コンクール自由曲名演奏シリーズ Vol.4 オリジナル曲集/THE ORIGINAL」
CD

2006年3月、宮本輝紀 先生と丸ちゃんは共に定年を迎えた。宮本先生は洛南高校を去り、丸ちゃん淀工に留まった。そして昨年、淀工は吹奏楽コンクール全国大会で見事21回目の金賞を受賞し、洛南高校は関西大会銀賞で敗退した。「吹奏楽に名門校などない。優れた指導者がいるだけだ」これが僕の持論である。

宮本先生は現在、摂南大学で客員教授をされている(吹奏楽部指揮・指導)。摂南大学吹奏楽部の現部長は淀工出身だそうで、宮本先生が丸ちゃんに「素晴らしい生徒さんです」と褒めていらっしゃった。  ちなみに丸ちゃんは、2006年4月より大阪音楽大学特任教授として「吹奏楽を素材とした音楽指導法」を担任している。その授業内容はこちらに詳しい。

サマコンに話を戻そう。固辞する宮本先生に丸ちゃんが是非にと指揮棒を託し、遂に宮本先生が頭上高く指揮棒を振りかざした。速いテンポで躍動感に満ちた「ブライアンの休日」が場内に響き渡る。スカッ!と空が晴れ渡るような演奏だった。丸ちゃんが指揮する淀工は引き締まったリズムと緻密なアンサンブルが最大の魅力なのだが、むしろ宮本流は生徒の自主性を尊重しながら生き生きとした表情にその真髄があると見た。それから突然の依頼にもかかわらず、宮本先生が目の前に置かれたスコアをめくることなく暗譜で指揮されたのにも仰天した。

宮本先生が淀工を振るのは今回が初めてだそうである。貴重な体験をさせてもらった。大体、丸ちゃんと宮本先生という吹奏楽界の巨星が並び立つ光景だけでも壮観だった。

第1部最後は出向井先生の指揮で「大阪俗謡による幻想曲」。コンクール用にカットされた淀工バージョンではなく、吹奏楽全曲版が演奏された。昨年のサマコンで聴いた「ダフニスとクロエ」と比べると、この時期としては既にかなり仕上がっているという印象を受けた。淀工といえば俗謡。これはもう大阪人に刻み込まれたDNAの成せる業と言えるのかも知れない。しかし、やっぱりこの曲は丸ちゃんの指揮で聴かないと!今年はあと何度聴けるのだろう……。取り敢えず、関西吹奏楽コンクールの会場にはなんとしても乗り込まなくては。

関連記事:
大阪俗謡をめぐる冒険
続・大阪俗謡をめぐる冒険

第2部はOBの演奏。「フィンガー5コレクション」丸ちゃんが指揮したなにわ《オーケストラル》ウィンズ2008で東京公演のみアンコールで演奏されたらしい。ところがその時、とんでもないハプニングがあったとか。その顛末は大阪シンフォニカー交響楽団ファゴット奏者のふーじーさんがご自身のブログに書かれている。今回はそのリベンジの意味合いがあったのかも知れない。丸ちゃんがOBを指揮するときは手加減して現役生よりテンポを落とすことが多いのだが、今回は快速球で気持ち良かった。一人一人のパフォーマンスの上手さも光る。

「アフリカン・シンフォニー」淀工が演奏するのは珍しいのではないだろうか?過去のグリコン(グリーンコンサート)CDの収録曲でも見た覚えがない。甲子園出場校の応援団がしばしば演奏するこの曲、やっぱり燃えるねぇ。丸ちゃんの指揮で聴けて幸せ♪

そして「おたのしみコーナー」はOBのメンバー紹介および曲当てクイズ。卒業生の進路を聞いてみると、学校の先生が多いのに驚かされる。考えてみれば現在淀工の顧問をしておられる出向井先生も葦刈先生も丸ちゃんの教え子だ。丸ちゃんは「教職のどこが良いのかよく分かりませんが」と謙遜するが、その理由は火を見るよりも明らかだろう。みんな「丸谷先生みたいになりたい」と憧れるのだ。

淀工はまもなく創部50周年を迎える。OBは現在1,700名に上るとか。それだけの生徒たちに音楽を教えてきた丸ちゃん(あ、本業は電気科の先生です)。凄いことだ。誰にも真似できることではない。

第3部はまず楽器紹介の"Introduction to Soul Symphony"、そして「アルメニアン・ダンス」「ザ・ヒットパレード 手拍子ボコボコ篇!(パラダイス銀河→ヤングマン→世界に一つだけの花→羞恥心→幸せなら手をたたこう→六甲おろし→明日があるさ→We Are The World)がそれに続いた。ヒッパレで歌と踊りを担当するのは新一年生である。そしてアンコールは「ジャパニーズグラフティIV」(お嫁においで~サライ)、「星条旗よ永遠なれ」「ウエリントン将軍」

またフェスティバルホールが改修工事のため使用できないので、来年のグリコンは1月18日(日)に大阪城ホールで開催されることが発表された。ついては千人規模の合奏をやりたいから各自楽器を持ってきて欲しいと丸ちゃん。恐らくこれは佐渡 裕/シエナ ウインド オーケストラのアンコールで恒例となっている会場も一体となった「星条旗よ永遠なれ」演奏企画に刺激を受けたものではないかと想像する。ちなみに佐渡&シエナの「ブラスの祭典ライヴ2004」DVDでは横浜みなとみらいホールに招待された丸ちゃんが佐渡さんの呼びかけでステージに上がる模様が収録されている。


Sado

来年、千人の合同演奏で候補になっている曲は「アルメニアン・ダンス」「カーペンターズ・フォーエバー」「世界に一つだけの花」「六甲おろし」「ふるさと」「翼をください(宮川彬良 編)」等だそうである。会場からリクエストを募ると、「宝島」という意見も挙がった。さて、最終的にどの曲に決まるのだろう?実に愉しみである。

関連記事:

| | コメント (2) | トラックバック (0)
|

2008年6月10日 (火)

大植英次/大フィルの「リンツ」、「巨人」

6月7日、岡山の祖母が亡くなったと電話で連絡を受けた。99歳だった。取り急ぎ帰省する準備を整え、大阪を発つ前に大植英次/大阪フィルハーモニー交響楽団(コンサートマスター:長原幸太)のコンサートをフェスティバルホールで聴いた。

20080607174513_edited

まず演奏されたのはモーツァルト/交響曲第36番「リンツ」

モダン・オーケストラでモーツァルトを演奏することには様々な問題点がある。そのひとつがピッチである。現在日本のオーケストラ(スチール弦)の基準音はA(ラ)音=442Hzが一般的である(ウィーン・フィルやベルリン・フィルは445~446Hz)。しかし、モーツァルトの時代(ガット弦)には422Hzが基準音であった。このピッチで演奏しないと、作曲家が意図した本来の曲想が損なわれるのではないかという意見も少なくない。指揮者、作曲家の故・山本直純は嘗て、次のように警鐘を鳴らしていた。

私のように今を去る40年以上前、父親がドイツから持って帰ってきたピアノ(ベヒシュタイン)によって絶対音感が身に付いた人間には、当時それでも高かった、439~440ヘルツ程度のピッチが精一杯で、現在の如きインフレピッチ445などには、とても追いついてゆけないのである。モーツァルトやベートーヴェンの頃はもっとずうっと低かったのだから、今もし彼らが生きていれば、優に半音の違いが出てくるだろう。この問題は、オーケストラにおける将来大きな問題となろう。

  「音楽芸術」、1979

昨年、大植さんのベートーヴェン・チクルスには大いに失望させられたので、彼の古典派解釈には全く期待していなかった。「リンツ」第1楽章、序奏が終わり主部に入ってもテンポが上がらない。嘆息とともに「やっぱり……」というのが第一印象であった。

ところが様子が変わってきたのは第2楽章あたりからである。しなやかに歌うレガート・モーツァルト!大植さんの意図が次第に理解出来るようになってきた。第3楽章では部分的に弦楽群に各パート1人ずつ(つまり弦楽四重奏のように)演奏させる場面もあり、新鮮な驚きがあった。

この演奏を聴きながらふと、僕が小学生の頃の記憶が蘇ってきた。亡くなった祖母が誕生日にモーツァルト/後期交響曲集(第35-41番)のLPレコード3枚組を買ってくれたのである。ベーム/ベルリン・フィルの演奏であった。そのレコードが収納されは箱は僕の大切な宝物となり、繰り返し飽きることなく聴いた。ホグウッド、ガーディナー、ブリュッヘン、アーノンクールなど古楽器やピリオド奏法によるモーツァルトが登場するまだ前の時代。あの当時、世間ではベームの解釈が最高のものであると認知されていた。そんなことどもを懐かしく想い出した。

大植/大フィルのスタイルは古色蒼然としたものであったが、「たまにはこういうモーツァルトも悪くないか」という気がした。

モーツァルトは第1、第2ヴァイオリンが向かい合う対向配置であったが、次のマーラー/交響曲第1番「巨人」では第1ヴァイオリンとヴィオラが向かい合う通常配置に変更され、モーツァルトは指揮棒なしだった大植さんはマーラーではタクトを振るった。今までの手法を見ていると、これらの切り替えは古典派/浪漫派の境目でされているようだ。ただ今回吃驚したのは、ベートーヴェン・チクルスやベルリオーズ/幻想交響曲で全ての繰り返しを実行されてきた大植さんが、「巨人」第1楽章提示部の反復指定を省略されたことである。

「巨人」は文句なしに素晴らしい演奏だった。恐らくこのコンビによるマーラーは現在、世界でもトップ・クラスの充実ぶりと言っても過言ではないだろう。テレビ「情熱大陸」に出演したこともある大植さんは文字通り熱い人である。その迸るエモーションをぶつけられる音楽にめぐりあった時、最大限の効果を発揮する。だから、常に自分自身のことを音楽で語りたがったマーラーは大植さんに最適である。逆に、神に奉仕するために作曲したブルックナーのように、崇高で人間味(感情表現)の乏しい音楽は向かない。

「巨人」第1楽章はモーツァルトからの気分がそのまま延長されたような、のびやかに青春を謳歌する雰囲気が見事に醸し出されていた。そして楽章を追うごとに苦悩や歓びをないまぜにしながら次第にを帯びて来て、第4楽章で遂にその感情を爆発させる。疾風怒濤の音楽。そして葛藤から勝利の行進へ、大植さんは推進力を持ってぐいぐいと突き進む。コーダに突入しても比較的ゆったりとしたテンポで行くので、僕の脳裏には今年2月のこのコンビによる定期、ベルリオーズ/幻想交響曲フィナーレの、あの凄まじいアッチェレランドが想い出された。もしかして、またやるのか!?固唾を呑んで見守る。そして……きた、きた、来た~っ!!最後は今まで聴いたこともないような激しい加速でぶっ飛んだ。いやはや天晴れ、恐れ入りました。千両役者・大植英次の本領発揮である。フェスティバルホールに集った聴衆が熱狂し、歓声を上げたことは言うまでもない。

これで終了かと思いきや、大植さんがアンコールで「花の章」を演奏しますと喋られた。これは本来、マーラーが「巨人」の第2楽章として構想し、後に削除された曲。この楽譜は失われたものと考えられていたのだが、第二次世界大戦後に発見され1968年に出版された。翌69年にはオーマンディ/フィラデルフィア管弦楽団により初レコーディングされている。我が家にはラトル/バーミンガム市交響楽団によるCDがあるが、実演を聴くのは今回が初めてだった。トランペット・ソロが印象的な夢見るように美しい曲で、魅了された。第1楽章で繰り返しを行わなかったのも、後で「花の章」を演奏するためではなかったかと想われた。

2年前、フェスティバルホールでこのコンビによるマーラー/交響曲第5番を聴いた時はトランペットがミスを連発して呆れたものだったが、今回はよく健闘したと想う。この調子で頑張れ、大フィル!

関連ブログ記事:
不惑ワクワク日記(大植さんが話した、具体的内容が分かる)

| | コメント (2) | トラックバック (0)
|

2008年6月 8日 (日)

小松 一彦/大阪市音楽団 定期

プロの吹奏楽団である大阪市音楽団(市音)の定期演奏会を聴きにザ・シンフォニーホールに足を運んだ。指揮は主席客演指揮者の小松 一彦さん。

20080606194047

《物語と吹奏楽》というテーマで構成されたプログラムは以下の通り。

・樽屋 雅徳/ヘスペリデスの黄金の林檎
・ジュリー・ジロー/寓話の交響曲 
日本初演!
・ピーター・グレイアム/ユーフォニアム協奏曲 世界初演!
・ピーター・グレイアム/交響的情景「地底旅行」

さて、樽屋さんの「マゼランの未知なる大陸への挑戦」や「民衆を導く自由の女神」は格好良くて結構好きなのだが、今回の新曲は盛り上がりに欠ける駄作。樽屋さんの傾向として、タイトルばかりやたら凝っていて、名前負けというか中身が薄っぺらのことがしばしば見受けられる。「マリアの七つの悲しみ」とか「ラザロの復活」とか。

寓話の交響曲」は5楽章あり、それぞれライオンとネズミハーメルンの笛吹きウサギとカメみにくいアヒルの子三匹のヤギのがらがらどんと副題がついている。サン=サーンスの「動物の謝肉祭」を彷彿とさせる多彩な音楽で、とても愉しかった。特にフルート・ソロが活躍するハーメルンの笛吹きが秀逸。

グレイアムユーフォニアム協奏曲「称うべき紳士たちの列伝に」は19世紀の大衆小説をモチーフにしている。第1楽章「タイム・マシーン」(カデンツァを含むソナタ形式。再現部で第1,2主題の順序が逆に回想され、鏡面構造となっている。これにより主人公が時間を遡り現代に帰還することが示される)、第2楽章「シャーロック・ホームズの回想」~最後の事件、そして第3楽章は「80日間世界一周」。ソリストであるスティーブン・ミードの超絶技巧が堪能出来て聴き応えがあった。特に急速なテンポの第3楽章はソリストが絶えずピストンを動かし続け、常動曲(あるいは無窮動)とも言える凄まじい曲。これは圧巻。アンコールのモンティ/チャールダッシュでもミードは強烈なアッチェレランド(加速)で詰めかけた聴衆を魅了した。途轍もないテクニシャンなのだけれど、その響きはあくまで柔らかく会場の空気に溶け込んでゆく。

最後の「地底旅行」は火山の噴火口から地球の中心部に向かい、そこで古代の生物と遭遇し脱出するまでの冒険物語。まるでその情景が目の前に広がるようなワクワクする体験であった。

そしてなんと!ピーター・グレイアム本人も招待されており、曲が終わると客席からステージに上がった。彼が書いた「ハリソンの夢」が全日本吹奏楽コンクールで初演されたのは2003年。この年、宮本輝紀/洛南高等学校(京都)と福本信太郎/川口市・アンサンブルリベルテは共に「ハリソンの夢」で金賞に輝き、一大センセーションを巻き起こした。恐るべき難曲だが、翌2004年には 原口正一/横浜市立万騎が原中学校吹奏楽部が挑戦し、これも見事全国大会金賞を受賞している。ちなみに、「ハリソンの夢」日本初演をしたのも市音である。

コンサート終了後は中高生が憧れのグレイアムにサインを貰おうと殺到し、黒山の人だかりとなった。

市音のアンコールはヤン・ヴァンデルロースト/行進曲「ジュピター」。これは珍しい。「スパルタカス」や「アルセナール」で有名なヴァンデルローストは過去2回、市音の定期で指揮台に立ち自作自演しているが、この曲は聴いたことがない。調べてみると中部日本吹奏楽連盟50周年記念曲で、今年の中部日本吹奏楽コンクール(略称・中日コンクール)課題曲だそうである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2008年6月 6日 (金)

桂あやめ独演会 《あやめの花咲くころ》

第二次世界大戦直後、漫才ブームに圧されて上方落語は絶滅の危機に瀕していた。それを何とかしようと立ち上がった若者たちがいた。桂 米朝桂 春團治、(故)桂 文枝、(故)笑福亭松鶴らである。彼らはいつしか、上方落語四天王と呼ばれるようになった。

桂 春若さんによると、春若さんが入門された1970年に上方の落語家は50人くらいだったそうである。

そして空前の落語ブームに沸く現在、関西で活躍する噺家は220人にも上る。しかしその内、女性はたった5人しかいない。

6月3日火曜日、そこに新たにひとり加わることになった。「桂あやめ独演会」であやめさんの一番弟子、さろめさんが初高座をつとめたのである。会場となった繁昌亭は立ち見も出る盛況。客席からは「さろめちゃん、頑張って!」と声が掛かり、舞台袖には桂 三風さんら上方の落語家たちが所狭しと詰め掛け、大声援で彼女を送り出した。

20080603180638_edited

あやめさんによると、彼女が入門志願で初めてやって来たのは昨年9月のこと。山形県出身、既婚。夫を愛知県に残し、単身赴任の了解は既に得られているという。

あやめさんの師匠、文枝は「関西出身者でないと上方落語は無理だ」という持論があり、それ以外の弟子入りを全て断っていたそうだ。あやめさんは迷った。自分が弟子を取るということは、同時に文枝一門に入門するということである。一存では決められない。そこで兄弟子である三枝さんときん枝さんに相談に往った。

すると、ふたりの答えはあっさり「ええのんちゃう?」「おもろそうやないか」だったとか(ここで場内大爆笑)。あやめさんが入門した頃は女が落語家になること自体、周囲から散々言われて相当な軋轢があったそうだが、正に隔世の感がある。

正式な入門は昨年11月、それから稽古を積んでこの日に至ったのである。演目は「東の旅・発端」。伊勢神宮参詣を主題にしたシリーズもので、他に「煮売家」「七度狐」「こぶ弁慶」などがこれに続く。さろめさんは張り扇(叩き)、小拍子(こびょうし)を両手で叩きながら調子よく噺を進める(張り扇と小拍子の写真はこちら。その歴史的背景の解説もある)。あやめさんは最初からこの噺をさせることを決めていた。リズムに乗って喋るので、やり易いネタだからである。あやめさん曰く、「まあ、ラップみたいなものですから」

勢いのある瑞々しい初高座であった。これなら今後も期待出来るだろう。さろめさんの旅はいま始まったばかり。途中で挫折することなく、是非踏破してもらいたいと今はただ、願うだけである。

あやめさん最初の演目は「軽業」。丁度「東の旅・発端」の続きである。ちゃんと弟子とのリレーになっていた。

そしてあやめさんの創作落語「私はおじさんにならない」。3年前に作られた「私はおばさんにならない」の進化形である。40歳を過ぎて"おばちゃん"と呼ばれないように気をつけていたら、いつのまにか"おっさん"化していたという噺。笑いの渦が巻き起こり、繁昌亭が揺れた。

仲入りを挟んでで東京からのゲスト、「笑点」のレギュラーでもある林家たい平さんが高座に上がった。なんと!繁昌亭初登場だそうである。演目は芝居噺「七段目」。これは関西でもお馴染みのネタで、故・桂 吉朝が十八番としていた。そしてその弟子である桂 吉弥さんや桂 よね吉さん(ともにNHK朝ドラ「ちりとてちん」に出演)も、高座で精力的に取り上げている。たい平バージョンは上方とはまた違った趣向があり、これも大変面白かった。歌舞伎の声色や所作も見事で、落語通と思しき年配の観客たちにも大いに受けていた。

大トリは「口入屋」。古典であるがあやめさんにとっては今回がネタおろし。文枝師匠がやったとおりに演じたいと、ワッハ上方の演芸ライブラリーでNHKが収録したビデオを観て稽古されたとか。「ビデオは便利ですよ。何回やらせても文句言いませんから」

噺の最後はあやめ流にアレンジして、本来なら途中で消えてしまう"女衆(おなごし)"が大活躍する展開に。御寮人(ごりょん)さんの台詞も心がこもっていて、さすが女性ならではの仕上がり。お見事でした。

またこの日、あやめさんの5歳のお嬢さんがお茶子として登場。可愛らしい笑顔を振りまき、聴衆から盛んな歓声を浴びていた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2008年6月 4日 (水)

「崇徳院」の舞台で落語を聴く 《文太の会》

瀬をはやみ 岩にせかるる 滝川の
われても末に 逢はむとぞ思ふ

小倉百人一首の歌である。これを元にして落語「崇徳院(すとくいん)」が生まれた。上方随一のロマンティック・コメディである。この落語は朝の連続テレビ小説「ちりとてちん」にも登場した。物語の発端はこうだ。

商家の若旦那・作次郎はある日、高津神社に参詣する。茶店で休憩していると、年のころにして十七、八の美しい娘が現れて一目惚れする。しばらくして娘は立ち上がり茶袱紗を置き忘れていったので、作次郎は追いかけて手渡す。すると彼女は料紙に「瀬をはやみ 岩にせかるる 滝川の」と崇徳院の歌の上の句だけさらさらと書き残し、どこへともなく去っていった……。

このふたりが出合った場所、高津宮で落語《文太の会》があったので聴きに往った。ここはまた、富くじを題材にした落語「高津の富」の舞台にもなっている。

20080601131053

境内には《五代目 桂 文枝之碑》もあった。碑文は三代目 桂春団治さんの筆。文枝最後の高座は、ここ高津宮での「高津の富」だったそうである。思えば、桂 文太さんの落語を初めて聴いたのは、繁昌亭で行われた桂文枝 追善落語会であった。

20080601131704_edited

今回の演目は以下の通り。

  • 桂 文太 「ないもん買い」「いらちの愛宕参り」「南京屋裁き」
  • 笑福亭たま 「芝浜」

20080601132150

文太さんがマクラ(導入部)でされた、色々な噺家の話題は爆笑ものだったのだが、「ここだけの話でっせ、インターネットには書かんといて下さいよ」と高座で釘を刺されたからナイショだ。

文太さんの話術は巧みなので引き込まれて聴いた。どの噺も実に面白かった。「いらちの愛宕参り」は桂 枝雀さんの高座をDVDで観ていたのだが、文太さんの噺は枝雀版で省かれていたエピソードもあって、とても新鮮だった。

笑福亭たまさんは先日発表された繁昌亭大賞で輝き賞を受賞。京都大学経済学部卒、入門10年目。今一番、勢いのある若手噺家である。「芝浜」は僕が苦手とする退屈な人情噺(江戸落語)であるが、たまさんはふんだんに笑いの要素を盛り込み、また賑やかなお囃子を入れてドラマ仕立てにするなど創意工夫が感じられた。但しこの噺の中で、おかみさんがつく嘘は三年後の大晦日の夜まで観客にも事の真相が明かされないというミステリー仕立てになっている。ところがたまバージョンでは早々とネタ晴らししてしまう構成になっており、作劇術として如何なものかという気もした。まあたまさんは賢い努力家だから、今後に期待したい。

関連記事:
昭和の日に昭和町で落語三昧

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2008年6月 3日 (火)

日本テレマン協会/教会音楽シリーズ~バッハづくし

延原 武春/テレマン室内管弦楽団&合唱団の演奏を聴きに、カトリック夙川教会堂(兵庫県)に足を運んだ。

20080530191713

オール・バッハ・プログラムで、演奏された曲目は以下の通り。

・モテット第1番「主に向かって新しい歌をうたえ」BWV225(合唱のみ)
・教会カンタータ 第82番「われは満ち足れり」BWV82
・トッカータ ハ短調 BWV911
(チェンバロ独奏:高田泰治)
・教会カンタータ 第140番「目覚めよ、と呼ぶ声が」 BWV140

20080530180505

今回、管楽器はモダン楽器による演奏だった。ホルンは大阪シンフォニカー交響楽団首席奏者の細田昌宏さんがトラ(客演)として参加された。

日本テレマン協会の古楽器によるベートーベン・チクルスは、しばしば技術的に怪しいところが散見されハラハラする場面も多いのだが、モダン楽器だと安心して聴けた。やっぱり教会で聴くバッハは雰囲気があって心に染み入るなぁ。また、この場所で初めてチェンバロ独奏を聴いたが、これも面白い体験だった。はっきり言って高田さんの歯切れの良い演奏は、前日に聴いたラ・プティット・バンドのチェンバリストより明らかに上手い。さすが鬼才・中野振一郎 先生が惚れ込んだ弟子だけのことはある。

結局、バッハ・コレギウム・ジャパン→ラ・プティット・バンド→本演奏会と3日連続でバッハを聴くはめになったが、念のため断っておくけれど僕はキリスト教徒ではない。ただ純粋にバッハの音楽を美しいと想うだけである。 

レナード・バーンスタイン(レニー)はユダヤ教徒であった。彼の作曲した交響曲第3番は副題として「カディッシュ(Kaddish)」と名付けられているが、これはユダヤ教における"死者への祈り"という意味である。また宗教合唱曲「チチェスター詩篇」は約聖書の「詩篇」を歌詞とし、ヘブライ語で歌われる。

その一方でレニーは、約聖書に基づくバッハ/マタイ受難曲をニューヨーク・フィルとレコーディングしているし、モーツァルト/レクイエムなどカトリックのミサ曲を修道院付属教会で指揮している。

つまり音楽は国境を越えることが出来るように、宗教の枠も軽々と飛び越える芸術なのである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2008年6月 2日 (月)

幻の楽器ヴィオロンチェロ・ダ・スパッラ登場!~ラ・プティット・バンド

いずみホールでラ・プティット・バンド(ベルギーの古楽アンサンブル)を聴いた。

Band

今回のコンサートの目玉はなんと言ってもいわゆる肩掛けチェロ=ヴィオロンチェロ・ダ・スパッラが登場するということだろう。

昨年12月にノワ・アコルデ音楽アートサロンでバロック・ヴァイオリニストの寺神戸亮さんがスパッラを弾かれたようだが、コンサート・ホールでは実質的にこれが関西初披露と言ってもいいだろう。なお、寺神戸さんはラ・プティット・バンドのメンバーであり、リーダーのシギスヴァルト・クイケンからスパッラ奏法を伝授されたらしい(今回のコンサートには参加されていない)。現在スパッラを弾きこなせる奏者は世界で5人だけだそうで、日本人は恐らく寺神戸さんただひとりだろう。

スパッラという楽器の詳しい説明はこちらをどうぞ。寺神戸さんによる解説映像バッハ/無伴奏チェロ組曲第1番の演奏も視聴出来る。寺神戸さんの話でも分かるとおり、スパッラという楽器が昔あったことは確かだがその奏法は不明であり、バッハが弾いたかもしれない無伴奏チェロ組曲がスパッラを想定して作曲された可能性もあるが、確たる証拠は何もない。しかしそれでもなお、幻の楽器を蘇らそうとする古楽奏者たちの執念たるや凄まじいものがあるし、そういう何の役にも立たない行為に情熱を注げる人間の姿は美しいと僕は想う。恐らく、生きるということの本質はそんなところにあるのだろう。

なおラ・プティット・バンドと日本の古楽器演奏家との縁は深く、バッハ・コレギウム・ジャパンやオーケストラ・リベラ・クラシカでコンサート・ミストレスを務めていらっしゃる若松夏美さんも、バロック・チェリストの鈴木秀美さんもかつてはこのグループのメンバーだった。現在は赤津真言さん(Vn)が参加されている。

さて、コンサート一曲目はシギスヴァルト・クイケンがスパッラを肩にかけて独りで登場。バッハ/無伴奏チェロ組曲第1番を演奏した。スパッラの音域はチェロと同じだが、より木訥としていて、いぶし銀の鄙びた音色がした。

ただ、低音はチェロほど豊かな響きがしないのでヴィヴァルディ/「四季」などの通奏低音楽器としては物足りなかった。今回はスパッラのみでチェロもコントラバスもなかったから、アンサンブルに深みというか奥行きが感じられなかった。各パートひとりずつという編成も些か寂しい。

ヴィヴァルディ/フルート協奏曲「ごしきひわ」フラウティーノ協奏曲はリコーダーで演奏された。あの時代のトラヴェルソ(バロック・フルート)やリコーダーは鳥の鳴き声に近く、とても爽やかで耳に心地よい。特にフラウティーノ協奏曲で使用されたソプラニーノ・リコーダーはとても小さくて音色も可愛らしく、魅了された。

J.S.バッハ/「音楽の捧げもの」より3声のリチェルカーレはチェンバロ独奏(ベンジャミン・アラード)。これは関西が誇るチェンバロの貴公子・中野振一郎 先生の演奏と比べたら遙かに聴き劣りがする。ラ・プティット・バンドには嘗て、ピエール・アンタイという名手がいたのだが……。

J.S.バッハ/管弦楽組曲第3番は弦楽合奏版。う~ん、この編成には違和感がある。だって看板に偽りあり、これじゃあ「弦楽組曲」だ。

休憩を挟んでヴィヴァルディ/ヴァイオリン協奏曲集「四季」。古楽器演奏が盛んになる前の時代、1970年代まで「四季」と言えばイ・ムジチの演奏だった。そのLPレコードはカラヤンの「運命」「未完成」と並び、常にベストセラーのトップを走っていた。僕が小学生の頃、我が家にもアーヨ(Vn)が独奏を務めたイ・ムジチ第1回ステレオ録音のレコードがあった。

そこへ、「四季」革命をもたらしたのがニコラウス・アーノンクール/ウィーン・コンツェントゥス・ムジクスの演奏(1977年録音)である。僕が古楽器演奏というものを初めて聴いたのもこれである。あざといまでのテンポの変化、激烈なアクセント、極端なクレシェンド、意味不明なオルガンの使用といった具合に、とにかく衝撃的体験だった。当時のクラシック・ファンたちは戸惑い、賛否両論に分けれての喧々囂々たる議論が果てしなく続いた。しかしこの演奏が、古楽というものの自由さを世間に知らしめ、新しい時代を切り開いたことは誰も否定できないだろう。

その後ファビオ・ビオンディ(Vn)率いるエウローパ・ガランテ(91年録音)やジュリアーノ・カルミニョーラなどバロック・ヴァイオリンの名手による素晴らしいCDが登場し、今やイ・ムジチの演奏スタイルは過去の遺物になった。この30年間で聴衆の意識も完全に変わってしまったのである。

Biondi

ラ・プティット・バンドの「四季」は古色蒼然としたスタイルで、まるでイ・ムジチの演奏を古楽器で聴いているかのような印象だった。それからヴァイオリン・ソロを担当したサラ・クイケンがおとなし過ぎて、どうしようもなく物足りなかった。ヴァイオリン協奏曲なのだから、もっと優れた技巧の奏者にして貰わないと困る。シギスヴァルトか寺神戸さんのソロで聴きたかった。

サラはシギスヴァルトの娘。僕は映画「ゴッドファーザーPart III」の撮影時、マイケル・コルレオーネの娘役を降板したウィノナ・ライダーの代わりに娘のソフィア・コッポラを起用し、作品を駄目にして世間の顰蹙を買ったフランシス・フォード・コッポラ監督のことを想い出した(後にソフィアは女優を廃業、「ロスト・イン・トランスレーション」を脚本・監督し、アカデミー脚本賞を受賞した)。

関連ブログ記事:
# Credo
ぶらぶら、巡り歩き
やーぼーの聴楽雑誌

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2008年6月 1日 (日)

バッハ・コレギウム・ジャパン「バッハからメンデルスゾーンへ」

バッハ・コレギウム・ジャパンを聴きに兵庫県立芸術文化センターに往った。

20080530095113_edited

フェリックス・メンデルスゾーンはユダヤ人であるが7歳の時に父アブラハムの意思でルター派プロテスタントに改宗させられた。20歳の時J.S.バッハのマタイ受難曲を約100年ぶりに復活上演し、これがバッハ再評価の契機となった。ライプツィヒにある聖トーマス教会のカントル(音楽監督)であった大バッハもルター派であった。メンデルスゾーン/交響曲第5番「宗教改革」にはルター作曲のコラール「神はわがやぐら」、そしてドイツの賛美歌「ドレスデン・アーメン」が引用されている。

まず一曲目、J.S.バッハ/モテット《イエス、わが喜び》の弦楽パートは5人。第一、第二ヴァイオリンが指揮&フォルテピアノを担当する鈴木雅明さんを挟んで舞台前面左右で向かい合い、その奥でヴィオラふたりが向かい合う。そして正面奥がチェロおよびコントラバス、そしてオルガンが配置された。いわゆる対向配置である。合唱も中央に男性陣、その両脇に女性パートという具合に、中心部が低音で外側が高音域という按配だった。

二曲目以降、メンデルスゾーン/コラールカンタータ《イエス、わが喜び》、《キリスト、神の子羊よ》、《ただ尊い神の統べるままにゆだね》になると、今度は浪漫派の配置、即ち今日よく見られるように、高音→低音へと順に並ぶよう模様替えされた。また、一部の曲では19世紀に製作された木製のクラシカル・フルートも加わった。

こうしてガット弦を張り基本的にビブラートを掛けない奏法で聴くと、音楽が今まで知っていた筈のメンデルスゾーンとは全く違った様相を呈してくるから驚きだ。予備知識なしで聴いてこれがメンデルスゾーンの作品だと当てられる人は殆どいないだろう。

また、バッハと続けて演奏されることにより、メンデルスゾーンの作品に内包されたバッハからの影響が如実に明らかになるというスリリングな体験を今回させて貰った。ベートーヴェンがC.P.E.バッハ、ハイドンからの連続した流れの中にあるように、あるいはモーツァルトの音楽がヨハン・クリスティアン・バッハそっくりなのと同様に、バッハとメンデルスゾーンは確かに繋がっているのである。

後半のプログラムは小倉貴久子さんのフォルテピアノ伴奏でメンデルスゾーン/賛歌《わが願いを聞き入れ給え》。ちなみに小倉さんはフォルテピアノの名手で、例えばショパン/ピアノ協奏曲第1番(室内楽版)をフォルテピアノでレコーディングされている。

この曲になると浪漫派の色彩感が現れるようになり、クリスマス・キャロルとしてお馴染みのメンデルスゾーン/「あめにはさかえ」(賛美歌98番)を彷彿とさせた。

最後はJ.S.バッハ/カンタータ《神の時こそ、最上の時》。これはメンデルスゾーン上演稿に基づく演奏で、フルート2本にヴィオラ2、チェロ、コントラバス、フォルテピアノ、オルガンという面白い組み合わせによる伴奏で歌われた。

演奏についてはヴァイオリンの若松夏美さん、チェロの鈴木秀美さんなど、世界の第一線で活躍する音楽家たちなので悪かろう筈はない。合唱も勿論、極上である。大変興味深く、満足のいく演奏会であった。

来年は、メンデルスゾーン生誕200周年である。

関連ブログ記事:
facciamo la musica!(東京公演)
オペラの夜(西宮公演)

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

« 2008年5月 | トップページ | 2008年7月 »