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ハンス・ロット/交響曲第1番が内包する狂気~大阪シンフォニカー定期

寺岡清高/大阪シンフォニカー交響楽団による定期演奏会に足を運んだ。「ベートーヴェンと世紀末ウィーンの知られざる交響曲」シリーズ第1回目である。今回演奏されたのはハンス・ロット/交響曲第1番で、今後はフックス(09年2月)、ツェムリンスキー(09年5月)、シュミット(10年2月)の交響曲も取り上げられる予定である。

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ハンス・ロット(1858-1884)が交響曲第1番を作曲したのは20歳のときである。ロットはウィーン音楽院に16歳で入学、ブルックナーに師事した。学友に2歳年下のマーラーがいた。

ロットと同居したこともあるマーラーは彼を敬愛しており、帝立宮廷歌劇場(現・ウィーン国立歌劇場)のライブラリーから交響曲第1番のスコアをしばしば借り出た記録が残っている。しかしウィーン・フィルの指揮者でもあったマーラーは生涯、一度たりともロットの曲を聴衆に紹介することはなかった。結局その交響曲第1番全曲が初演されたのは、作曲されてから実に110年も経過した1989年のことだった。日本では2004年11月11日に沼尻竜典/日本フィルハーモニー交響楽団により初演された。

ロットはこのシンフォニーの第1楽章でベートーヴェン作曲賞コンクールに応募するが、ブルックナーを除く審査員たちから嘲笑され、あえなく落選した。次に完成したスコアを携えブラームスのもとを訪ねるが、才能がないから音楽を諦めろと手厳しい評価を受けた。失意のロットは合唱指揮者として生計を立てるべくアルザスへ列車で向かうが、その道中で「ブラームスが爆弾を仕掛けた」という妄想にとらわれ、煙草に火をつけようとしたほかの乗客に危険だと叫びピストルを突きつけ、そのまま精神病院送りとなった。彼が22歳の時のことである。病院に残された診察カルテには「幻覚を伴う精神異常および被害妄想。最早回復の見込みなし」と書かれていた。つまりロットは統合失調症(2002年までの名称は「精神分裂病」)だったと考えられる。結局、彼は25歳で亡くなった。死因は結核であった。

だから音楽史的にはロットはブラームスのせいで精神を病んだように言われており、今回の演奏会プログラムの論旨もそれに沿って執筆されているが、曲を聴いてみると僕には真実は全く違うところにあるのではないかと想われた。

第1楽章、第1主題はロットの師であったブルックナーの交響曲第4番「ロマンティック」を彷彿とさせる。またその旋律は、ワーグナー/楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」前奏曲にも似ている(ブルックナーもロットもワーグナーを崇拝していた)。それが突如、第2主題になると調性と無調を行き交うような作風に転じる。これはむしろマーラーやツェムリンスキーに近い(この作品が作曲されたのはマーラーがまだ交響曲第1番さえ着手していない時期である)。

第2楽章はまずパイプオルガンのような教会音楽的和音から始まる。正しくブルックナーだ。しかしすぐにマーラー/交響曲第5番、第4楽章《アダージェット》や交響曲第6番、第3楽章《アンダンテ・モデラート》みたいに弦楽器による息の長い、うねるような旋律が続く。

第3楽章はホルンによる狩の音楽。ブルックナーでお馴染みのスケルツォ。しかし、曲調は後半次第に崩れ、支離滅裂になってくる。魑魅魍魎が跋扈するグロテスクな世界へと変転するのだ。

第4楽章第1主題は明らかにブラームス/交響曲第1番、第4楽章の"歓喜の主題"にそっくり。それがフーガとして展開されると最後はブルックナーばりの壮大なコラールによるコーダで閉じられるという案配だ。

つまり総じてこの交響曲は統一感が全くない。これが書かれた時点で既にロットが精神を病んでいたことは明かである。作曲家の分裂気質が如実に曲に反映されているのだ。

大体、ブラームス派とワーグナー=ブルックナー派の対立が顕著だった時代である。古典的調和を愛してやまないブラームスにこの様な交響曲を評価してもらおうと考えた時点で既にロットは常軌を逸している。僕はこれを認めなかった当時のコンクール審査員たちやブラームスの見識を断固支持する。現代の作曲コンクールに応募したとしても間違いなく落選するだろう。

しかし、だからといってこの交響曲が詰まらなかったか?と問われれば全く逆である。これほどまでに真性の狂気の音楽はかつて体験したことがない。僕は日本三大奇書のひとつ、夢野久作の「ドグラ・マグラ」(他の二つは「虚無への供物」と「黒死館殺人事件」)を想い出しながら聴いた。これはシンフォニーで描かれた「ドグラ・マグラ」である。

狂気の音楽といえば真っ先に思い起こされるのがベルリオーズ/幻想交響曲の第4楽章《断頭台への行進》第5楽章《ワルプルギスの夜の夢》、そしてバーナード・ハーマンがヒッチコック映画「サイコ」のために作曲した音楽である。しかしこの両者は知性を保った作曲家が論理的・客観的に描いた狂気の世界であるのに対して、ロットの音楽は正真正銘主観的狂気であるところが凄い。これは前代未聞である。

さらにマーラーがロットから多大な影響を受けたにもかかわらず、そのことを世間からひた隠しに隠していた事実も非常に興味深いものがある。この交響曲を通じて19世紀末ウィーンの複雑な音楽事情が垣間見られる想いがした。

今回この秘曲(珍曲?)を我々関西人に初めて紹介して下さった指揮者の寺岡清高さんと、寺岡さんの企画にGOサインを出す英断を下された新・音楽監督の児玉 宏さんにこの場を借りて深く感謝したい。

さて、6月20日のシンフォニカー定期はいよいよ真打ち奇跡を呼ぶ男児玉さんの登場である。一堂、刮目して待て!

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コメント

とても勉強になりました。ありがとうございました。

投稿: | 2009年6月 7日 (日) 14時07分

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